2020年7月7日火曜日

既にコード化が完了し、注意によってアクセスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちていく前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

アクセス可能な前意識

【既にコード化が完了し、注意によってアクセスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちていく前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(4)、(5.2)追記。

(4)アクセス可能な前意識
 意識は能力が限られているため、新たな項目にアクセスするには、それまでとらえていた項目から撤退しなければならない。新たな項目は、前意識の状態に置かれ、アクセスは可能であったが、実際にアクセスされていなかったものだ。また、どの対象にアクセスすべきかを選択するのに、注意が意識への門戸として機能する。
 (4.1)知覚のコード化は終わっている
  情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえすればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態にある。
 (4.2)前意識(ジークムント・フロイト(1856-1939))
  「プロセスのなかには、(……)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもある。(……)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」
 (4.3)アクセスされない知覚情報
  (a)前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちていく。
  (b)慣れによって意識されない表象
   慣れによって、その印象に新鮮な魅力がなくなって、我々の注意力や記憶力を喚起するほど十分強力ではなくなり、感覚されなくなることがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

 (4.4)遅れてアクセスされた知覚情報
  (a)短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。
  (b)意識されない表象の記憶
   注意力が気づくことなく見過ごしていたある表象が、誰かが直ちにその表象について告げ知らせ、例えば今聞いたばかりの音に注意を向けさせるならば、我々はそれを思い起こし、まもなくそれについてある感覚を持っていたことに気づくことがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

(5)アクセス中の表象としての意識
 ある項目が意識にのぼり、心がそれを利用できるようになる。私たちは基本的に、特定の一時点をとりあげれば、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。それらは、言語システムや、その他の記憶、注意、意図、計画に関するプロセスの対象として利用可能になる。そして、私たちの行動を導く。

 (5.1)意識の劇場(イポリット・テーヌ(1828-1893))
  人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))

 (5.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
  (仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))
  (5.2.1)グローバル・ワークスペース
   グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
  (5.2.2)意識されている情報
   引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。このとき、その情報は、意識化される。
  (5.2.3)意識されない情報
   その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
  (5.2.4)情報の広域化機能
   (i)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
   (ii)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
  (5.2.5)ワークスペースの抑制機能
   (a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「ない」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
   (b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
   (c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
   (d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。
  (5.2.6)グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
   (i)対応する外部刺激が途絶えたあとでも、それを長く心に留めておく機能
   (ii)外部刺激を名前と対応づける機能

 「「脳の作用のほとんどは無意識のうちに生じる」という、第2章の主たるメッセージを思い出そう。私たちは、呼吸から姿勢のコントロール、そして低次の視覚から微細な手の動き、さらには文字認識から文法に至るまで、自分が何をしているのか、何を知っているのかに気づいていない。非注意性盲目が生じると、着ぐるみのゴリラが胸を叩く様子でさえ見落とす。私たちのアイデンティティや行動様式は、無数の無意識のプロセッサーによって織り上げられているのだ。
 グローバル・ワークスペース理論は、この混乱したジャングルにいくばくかの秩序をもたらす。それは、メカニズムが劇的に異なる個々の脳領域における無意識の働きを分類する。非注意性盲目では何が生じるかを考えてみよう。それが起こると、意識的知覚が現れる通常の閾値をはるかに超えて視覚刺激が与えられるのに、別の課題によって心が完全に占められているため、それに気づかない。私はこの文章を妻の実家で書いている。それは17世紀の農家で(ヨーロッパの石造建築は何世紀も使用に耐える)、その魅力的な居間に置かれている巨大なホール時計の振り子が、たった今私の目の前で揺れ、時を刻んでいる。しかし本書の執筆に集中していると、時計のリズミックな音は、私の心から消え去る。このように、気づきは非注意性盲目によって妨げられるのである。
 われわれは、この種の無意識の情報には「前意識の」という形容詞を加えて分類するよう提案する。それは待機中の意識を指す。つまり、情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえすればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態を言う。われわれはこの用語をジークムント・フロイトから拝借した。『精神分析概説』で彼は、「プロセスのなかには、(……)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもある。(……)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」と述べる。
 グローバル・ワークスペースのシミュレーションによって、前意識の状態を生む神経メカニズムがいかなるものかを推定できる。シミュレーションに刺激を与えると、それによって引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。すると次に、この意識的な表象は、二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁を築く。この中枢での競争は避けられない。意識的な表象は、何であるかと同程度に、何では《ない》かによっても定義されると、先に述べた。われわれの仮説によれば、ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では《ない》かを報せるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。このような抑制の拡大は、皮質の高次の中枢にボトルネックを生む。いかなる意識ある状態においても必須の部分を構成する、活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。しかしそれは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちていく。短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.266-268,高橋洋(訳))
(索引:前意識)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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