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2021年11月22日月曜日

ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集

ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集

《目次》

(1)実験方法

 (1.1)操作的な基準としての内観報告

(2)意識の発生は遅れるが内容は遅れない

 (2.1)感覚皮質への刺激で意識感覚を生じさせるには約0.5sの持続時間が必要

 (2.2)では、刺激は遅れて意識されるのか?

 (2.3)初期誘発電位と事象関連電位

 (2.4)意識は遅れない

 (2.5)刺激の位置や感覚モダリティの違いによらず同時に意識される

 (2.6)時間的な遅れなしの意識は、脳機能の創発特性か?

(3)その他の実験

 (3.1)実験(感覚皮質への刺激、皮膚への刺激)

 (3.2)実験(内側毛帯の束への刺激、皮膚への刺激)

 (3.3)遅延刺激によるマスキング効果 

 (3.4)遅延刺激による遡及性の促進効果

 (3.5)意図的な引き延ばしによる反応時間

(4)記憶と意識

 (4.1)疑問:0.5sの持続時間は短期記憶に必要なのではないか?

 (4.2)意識経験と記憶は別の現象である

 (4.3)意識感覚は瞬時に発生してはいない

 (4.4)痕跡条件付けを利用する実験

(5)意識と無意識

 (5.1)無意識な信号の検出

 (5.2)無意識な信号の検出の例

 (5.3)無意識と精神事象 

 (5.4)持続時間理論

 (5.5)意識現象の発現の仕方

 (5.6)ふるい分けされた、ごく一部の感覚入力が意識化される

(6)自由意志論




(1)実験方法
(1.1)操作的な基準としての内観報告
 気づきのない行動と、気づきのある行動が存在する。気づきのある行動は、被験者の内観報告 を基礎に判断できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
(a)気づきのない行動
 (1)信号を検出し、観察可能な筋肉の活動とか、自律神経系の変化(たとえば心拍数、血 圧、発汗など)が起こる。
 (2)被験者は、気づくことなく、無意識に反応する。
(b)気づきのある行動
 (1)被験者は、信号に気づき、主観的な意識経験をする。
 (2)被験者は、実験者の質問を理解し、自分の個人的な経験について、内観的な経験を報告 する。

(2)意識の発生は遅れるが内容は遅れない


(2.1)感覚皮質への刺激で意識感覚を生じさせるには約0.5sの持続時間がが必要

 感覚皮質に、約0.1~0.5msのパルス電流を20~60p/s の周波数で与え、閾値レベルの微弱な意識感覚を生じさせるには、約0.5sの持続時間が必要で ある。高周波数では閾値の強度は低くなるが、約0.5sの持続時間は不変である。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))
(1)実験方法
(1.1)短いパルス電流(実験によってそれぞれ約0.1~0.5ミリ秒間持続する)による刺激 を、1秒あたり20パルスから60パルスの範囲で反復する。
(1.2)1秒あたりのパルス数を決めたら、電流の強さは、意識感覚を生じるような最低限の レベルまで下げる。
(2)実験結果
(2.1)閾値レベルの微弱な感覚を引き出すには、反復的な刺激パルスを約0.5秒間継続しな ければならない。
(2.2)1秒間あたり30パルス(pps)から60パルスという、より周波数の高い刺激パルスに すると、閾値の強度が低くなる。すなわち、弱い電流でも意識経験が生じる。
(2.3)しかし、60ppsで意識感覚を引き出すために必要な最小限の連発持続時間が0.5秒間 で、変わらない。すなわち、与えられた周波数ごとに決まる閾値強度を用いている限りは、 0.5秒間の連発時間という最小限の必要条件は、周波数または刺激パルスの回数には影響を受 けず、不変である。

以下、補足説明。(ただし、図は概念的なものである。)
(a)被験者の報告する意識感覚の長さも変わる。
││││││││││││││││││││
┼┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┼
│←─5~0.5秒───────────→│

(b)閾値レベルの微弱な感覚を引き出すには、反復的な刺激パルスを約0.5秒間継続しなけれ ばならない。
││││││││││
┼┴┴┴┴┴┴┴┴┼
│←─0.5秒 ──→│

(c)連発した閾値の刺激を0.5秒以下に短縮すると、感覚が消失する。
│││││││││
┼┴┴┴┴┴┴┴┼
│←0.5秒 より→│
短時間

(d)パルスの強度(ピーク電流)が十分に上がっていればどうにか意識的感覚を引き出すこと ができる。しかし、強度をより強くしていくと、人間の通常の日常生活ではそう簡単には出会 わないであろうレベルの末梢感覚インプットの範囲に達する。
││││
││││
││││
││││
││││
┼┴┴┴

(e)ほんの数回、または単発のパルスでも反応が生じるほどの強度の刺激を体性感覚皮質に与 えた場合には、手または腕の筋肉のわずかな痙攣が発生し、被験者の報告に影響を与える。す なわち、感覚皮質への刺激だけから、意識的感覚が生み出されたかどうかを判断することがで きなくなる。
││
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┼┴

(2.2)では、刺激は遅れて意識されるのか?

 感覚皮質への刺激が意識経験を生じさせるのに、約0.5sの持続時間が必要だとすれば、通常の 皮膚への刺激などによって意識感覚が生じるためには、刺激から約0.5sの遅れがあるはずであ る。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))



(2.3)初期誘発電位と事象関連電位

皮質の一連の電気変化
 ↑意識感覚を生み出すために、
 │500ms以上の間持続することが必要である。
 │全身麻酔状態にある場合、ERPは消失する。
 │皮膚パルスの強さを、意識できないレベル
 │まで下げると、ERPは突然消失する。
 │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
 ↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。
 │初期EPが無くとも,意識感覚は生み出せる。
 │初期EPがあっても,意識感覚は生み出せない。
 │
 │速い特定の投射経路を通っていく。
 │
単発の有効な皮膚への刺激パルス

(2.4)意識は遅れない

 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。この意識の発生が初期EPにより調整されていることは、片側の感覚上行路 に損傷のある患者の例で実証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(1)初期EP(誘発電位)の役割
(1.1)皮膚への刺激の正確な位置を識別するために重要な役割を果たす。
(1.2)皮膚入力の主観的なタイミングを、過去のある時点に向って遡及するときに、遡及先 となるタイミング信号を提供する。
(2)確認されている事実
(2.1)脳卒中患者は、非常に大ざっぱな方法でしか、皮膚刺激の位置を示せない。例とし て、2点刺激の弁別では、刺激ポイントを何cmも離さないと識別できない。
(2.2)脳の右半球に限局した脳卒中で、特定の感覚上行路に永久的な損傷のある患者の場 合。
(a)不自由な左手の皮膚への刺激パルス
(b)健常な右手の皮膚への皮膚パルス
(a)と(b)を同時に与えた場合、(b)の次に(a)を感覚する。
(a)と(b)の意識感覚が、同時に発生したと患者が報告できるようにするには、(b)よりも 0.5秒先に(a)を与えなければならない。

意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└────────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる  │
皮質の一連の電気変化      │
↑意識感覚を生み出すために、   │
│500ms 以上の持続が必要である。 │
│                           │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス


(2.5)刺激の位置や感覚モダリティの違いによらず同時に意識される

 初期誘発電位反応には、刺激の位置や感覚モダリティによって、5~40msの潜伏時間の違いが あるにもかかわらず、主観的には同時に意識される。(ベンジャミン・リベット(1916- 2007))

初期EP(誘発電位)の発生タイミング
(a)同じ体性感覚のモダリティの刺激でも、体の部位間の距離の違いによって、5~10ms (頭への刺激の場合)から、30~40ms(脚への刺激の場合)と差がある。
(b)異なる感覚モダリティ間で、同期した刺激を与えた場合、たとえば、銃の発射音と閃光 を知覚する場合。視覚は、時間がかかり初期誘発反応の遅延は、30~40msになる(網膜内の 光受容体⇒次々と神経層を通る⇒神経節細胞⇒視覚神経線維⇒視床⇒視覚皮質)。
(c)実験に当たっての注意事項1:身体の一つの部位へ非常に強い刺激が与えられた場合に は、意識化に必要な脳の活動は極めて短い持続時間になる。この脳活動時間の差は、100~ 200msに及ぶ。これは、同時には感じられない(推測)。
(d)実験に当たっての注意事項2:皮質の表面に設置した電極で記録ではなく頭皮の記録で見 られる最も速い大きな電位は、初期誘発電位反応ではなく、より遅いコンポーネントの反応で ある。このコンポーネントは、初期誘発電位反応よりも50~100ms長い潜伏期間がある。


(2.6)時間的な遅れなしの意識は、脳機能の創発特性か?


 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。もしこれが、初期EP反応だけで実現されていたとしても、「適切な脳機能 の創発特性」として十分あり得ることだ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007)) 

意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└───────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる │
皮質の一連の電気変化     │
↑意識感覚を生み出すために、   │
│500ms 以上の持続が必要である。│
│               │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス

(1)意識の内容は、刺激の発生時刻を指し示す。これは、どのようにして実現されているのだ ろうか。
(2)「タイミングと空間位置に遡及する主観的なアウェアネスへの信号を与えているのは、初 期EP反応だけであるようなのです。すると、初期EP反応にまで逆行する、この遅延した感覚経 験の遡及性を媒介し得るような、追加の神経プロセスを考えることが難しくなります。もちろ んそのようなメカニズムは実際にもまったく不可能というわけではないですが」。
(3)例えば、アントニオ・ダマシオ(1944-)が「中核自己」が発現する仕組みの中で仮定し た、「原自己」の変化と感覚された対象の状態を時系列で再表象する「2次のニューラルマッ プ」のようなものへ、初期EPからの情報が接続されていれば、このような意識の時間遡及性を 説明できるだろう。(未来のための哲学講座)
(参照: 2次のニューラルマップとは?(アントニオ・ダマシオ(1944-)))
(4)「他の未知の神経活動の媒介なしで時間の規定因となるのであれば、主観的な遡及は純粋 に、脳内での対応神経基盤のない精神機能ということになります」。この場合、「精神の主観 的機能は、適切な脳機能の創発特性であるというのが私の意見です」。すなわち、今の場合、 初期EPの存在というタイミングを決めるのに必要な情報は不足していないので、一見して明白 でないと思えるような精神現象を生み出していても、それは十分あり得ることでもあり、それ が適切な脳のプロセスなのかもしれない。

(3)その他の実験


(3.1)実験(感覚皮質への刺激、皮膚への刺激)

 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。これは、感覚皮質への直接刺激による感覚と、皮膚への刺激による感覚と の比較により検証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)感覚皮質への、アウェアネスに必要な閾値に近い強さの連発した刺激パルス(500ms)
(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス
(a)の後、(b)が数百ms遅延したとしても、(b)(a)の順で感覚される。
(a)の後、(b)が500ms遅延したときのみ、(b)(a)は同時に感覚される。

(a)感覚皮質への、アウェアネスに必要な閾値に近い強さの連発した刺激パルス(500ms) 

意識的な皮膚感覚


事象関連電位(ERP)と呼ばれる
皮質の一連の電気変化
↑意識感覚を生み出すために、
│500ms以上の持続が必要である。

感覚皮質への連発した刺激パルス

(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス

意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└────────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる   │
皮質の一連の電気変化           │
↑意識感覚を生み出すために、    │
│500ms 以上の持続が必要である。│
│                           │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス

参照: 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。この意識の発生が初期EPにより調整されていることは、片側の感覚上行路 に損傷のある患者の例で実証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(3.2)実験(内側毛帯の束への刺激、皮膚への刺激)

 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。この意識の発生が初期EPにより調整されていることは、内側毛帯の束へ の、連発パルス刺激の実験で実証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス
(c)脳内の特定の感覚上行路(内側毛帯の束)への、連発パルス
(c)の一番最初の刺激パルスと、(b)のパルスが同時に与えられると、「被験者はどちらの 感覚も同時に現われたと報告する傾向がありました」。
(c)の持続時間が、500ms以下にまで削減されると、被験者は何も感じない。

(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス
意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└───────────────────┐
事象関連電位(ERP)と呼ばれる │
皮質の一連の電気変化     │
↑意識感覚を生み出すために、   │
│500ms以上の持続が必要である。│
│                           │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c)脳内の特定の感覚上行路(内側毛帯の束)への、連発パルス
意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の発生タイミングを決める
││
│└───────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる │
皮質の一連の電気変化     │
↑意識感覚を生み出すために、  │
│500ms 以上の持続が必要である。│
│               │
内側毛帯への連発パルスの、それぞれ個々の刺激パルスに対して、初期EP(誘発電位)が局所 的に発生する。


脳内の特定の感覚上行路(内側毛帯の束)への連発パルス


(3.3)遅延刺激によるマスキング効果

 遅延刺激によるマスキング効果:最大で100ms遅れた刺激は、先行する刺激の意識化を抑制す る。遅延刺激が皮質への直接的な刺激の場合には、200~500ms遅れた刺激でも、先行刺激の 意識化を抑制する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)1番目の刺激による意識的な感覚が生じるのに十分な脳の活性化が完了する前に、2番目の 刺激を与えると、2番目の刺激に妨げられて、1番目の刺激が意識されなくなる。

1番目の刺激は
意識されない


感覚皮質の活性化─妨げられる
↑                                 ↑
1番目の刺激      │
小さな微弱な          │
光の点                      │
│                    2番目の刺激
│                    1番目の刺激を囲む、
│                    より強く大きな閃光
│                          │
      最大100ms遅れ

(b)両腕の皮膚刺激による実験
1番目の刺激
一方の前腕の皮膚に、閾値の強さのテスト刺激(電気刺激)を与える。
2番目の刺激
もう一方の前腕に、条件刺激を与える。
結果:テスト刺激の閾値が上がる。
最大100ms遅れても効果がある。500ms遅れると効果はない。

(c)条件刺激を、皮質への刺激に変えた実験
1番目の刺激
皮膚へ微弱な単発のパルスを与える。
2番目の刺激
電極を使って、皮質へ連発したパルスを与える。
結果
200~500ms遅れた皮質刺激でも、意識をブロックできる。
皮質刺激が、100ms以下の連発刺激や単発のパルスでは、意識をブロックできない。

(3.4)遅延刺激による遡及性の促進効果

 遅延刺激による遡及性の促進効果:遅延刺激が皮質への直接的な微弱な刺激の場合には、最大 400msの遅れた刺激でも、先行刺激を遡及して強める。すなわち遅延刺激は、条件によってマ スキング効果と促進効果の両方を持つ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

2番目の刺激S2
S1より強く感じられる


感覚皮質の活性化─促進
↑                     ↑
2番目の刺激 │
S2                      
│                    │
│           3番目の刺激
│                    │
│                    │
   50~1000ms遅れ

(a)遅延する条件刺激は皮質への刺激
1番目の刺激(テスト刺激の大きさを評価するための対照刺激)
皮膚へ微弱な単発のパルスを与える。S1
2番目の刺激(テスト刺激)
1番目と同じ、皮膚へ微弱な単発のパルスを与える。S2
1番目の刺激から、5秒間の間隔を置いている。
3番目の刺激(条件刺激)
電極を使って、皮質へ連発したパルスを与える。
このパルスは、マスキングの時より、小さい刺激である。
2番目の刺激S2から、50~1000ms遅れて与える。
結果
S2の後、最大400ms以上遅れていたとしても、S1よりも S2の刺激のほうが強く感じされると被験者は報告する。


(3.5)意図的な引き延ばしによる反応時間

 信号に対する反応時間は、200~300msであ る。被験者に100ms、意図的に反応を引き延ばすよう指示すると、結果は600~800msにな る。これは、刺激を意識化するのに必要な約500msで説明可能だ。(ベンジャミン・リ ベット(1916-2007))

(a)通常の反応時間(RT)測定
(a1)被験者への指示
前もって決められた信号が現れたらできるだけ早くボタンを押すこと。
(a2)結果
採用した信号の種類によって、200~300ms
(b)意識的な引き延ばしによる反応時間(RT)測定
(b1)被験者への指示
前もって決められた信号が現れたら、100ms程度、意図的に引き延ばしてボタンを押すこ と。
(b2)結果
採用した信号の種類によって、600~800ms

(a)通常の反応時間(RT)測定では、反応のために刺激へのアウェアネスは必要ない。実際、 アウェアネスの発生前に、反応が起こるという直接的な証拠がある。

意識的感覚
↑                             反応.....................
│                              ↑           ↑
感覚皮質の活性化 │         200~300ms
↑                               │          │
├───────────┘         │
刺激.............................................

(b)意図的なプロセスによってRTを引き延ばしたい場合、被験者はまず刺激に気がつかなくて はならない。

      反応.....................
      ↑                              ↑
┌───────┘                      600~800ms
意識的感覚                                   │
↑                                                     │
│                                                    │
感覚皮質の活性化           │
↑意識感覚を生み出すために    │
│500ms以上の持続が必要         │
刺激.............................................


(4)記憶と意識


(4.1)疑問:0.5sの持続時間は短期記憶に必要なのではないか?

 疑問:アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間というのは、単にある事象の短期記憶を 生み出すのにかかる時間を反映しているだけではないか。(ベンジャミン・リベット (1916-2007))

(a)明らかに、被験者がそのアウェアネスを想起し報告するには、ある程度の短期記憶の形成 が起こらなければならない。

記憶の想起と内観報告

意識的な皮膚感覚──この感覚の短期記憶
          があるはず

アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間

単発の有効な皮膚への刺激パルス


(4.2)意識経験と記憶は別の現象である

 意識経験を生み出す0.5秒間の脳の活性化は、海馬が媒介する顕在記憶や、非宣言的記憶や潜 在記憶と同じものではない。すなわち、意識経験と記憶とは別の現象である。(ベンジャ ミン・リベット(1916-2007))

(1)宣言記憶、顕在記憶
 意識的な想起や報告が可能で、側頭葉の海馬組織が生成を媒介している。
(2)非宣言的記憶、潜在記憶
 事象についての意識的なアウェアネスがまったくなくても形成され、想起や報告ができな い。
(3)両方の海馬構造が損傷した患者の事例
(3.1)今起こったばかりの出来事について、実際想起できるアウェアネスがまったく無い。
(3.2)しかしながら、今現在と、自身について自覚する能力を維持している。起こったばか りのことを覚えられない自分の能力の欠陥についても自覚しており、これが生活の質に深刻な 損害を与えている、と苦痛さえ訴える。また、潜在的なスキルの学習能力もある。
(3.3)顕在記憶とは関係なく意識経験が発生するとしても、意識に必要な最低0.5秒間持続 する活動についての、短期記憶がなければ意識経験は発生しないのではないか。「どのような 短命の記憶であっても、依然としてそれはアウェアネスが生じる潜在的な基盤となる」。実 際、両方の海馬を損傷した患者でも「1分程度だったら、この患者はものを覚えている」。
参照: 両方の海馬構造が損傷している患者は、顕在記憶を失っているが、意識経験があることは、自 覚ある想起の証拠を必要としない心理認知テストで確認できる。(ベンジャミン・リベッ ト(1916-2007))

(b)疑問:アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間というのは、単にある事象の短期記 憶を生み出すのにかかる時間を反映しているだけではないか。
(c1)可能な仮説1:記憶痕跡の発生そのものが、アウェアネスの「コード」である。
(c1.1)潜在記憶の生成そのものが、意識経験を生み出しているわけではない。なぜなら、 潜在記憶は想起や報告ができないからだ。

                          これは想起できない
         ↑
意識的な皮膚感覚    │
↑                                  │
アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
↑(これが、潜在記憶そのもの?)

単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c1.2)顕在記憶の生成そのものが、意識経験を生み出しているわけではない。なぜなら、 両方の海馬を損傷して顕在記憶を失った患者でも、意識的な経験を確かに持っているからだ。

記憶の想起と内観報告に代えて、
自覚ある想起の証拠を必要としない
心理認知テスト

意識的な皮膚感覚──この感覚の短期
          記憶があるはず

アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
↑(これが、顕在記憶そのものではあり得ない。)

単発の有効な皮膚への刺激パルス


(c2)可能な仮説2:ある事象のアウェアネスは遅延無しに発生するが、それが報告可能になる には、0.5秒間の長さの活性化が必要である。(ダニエル・デネット(1942-))


(4.3)意識感覚は瞬時に発生してはいない

 意識感覚は瞬時に生み出されるとする仮説に反する諸事実:(a)両方の海馬を損傷している患 者の意識経験 (b)遅延刺激によるマスキング効果、遡及性の促進効果 (c)2番目の遅延刺激に よる脱抑制効果(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

記憶の想起と内観報告
↑意識経験があっても、
│記憶がないと報告できない

意識的な皮膚感覚──この感覚の短期記憶
          があるはず
↑ 記憶の定着に0.5秒間が必要である

(アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間)
↑これは不要で、意識的感覚は瞬時に発生する

単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c2.1)(仮説2に反する事実1)
 両方の海馬構造が損傷している患者は、顕在記憶を失っているが、意識 経験があることは、自覚ある想起の証拠を必要としない心理認知テストで確認できる。 (ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(c2.2)(仮説2に反する事実2)
もし、意識経験が瞬時に発生すると仮定すれば、微弱な感覚刺激に引きつづく、感覚皮質に 与えられる連発した刺激パルスが、先行した意識経験をマスキングすることが説明できない。 先行する意識経験は、既に発生済みだからだ。マスキング可能な事実は、後続の刺激パルスが 与えられたとき、必要な0.5秒間に満たずに意識経験が「生成中」であることを示す。
参照:遅延刺激によるマスキング効果:最大で100ms遅れた刺激 は、先行する刺激の意識化を抑制する。遅延刺激が皮質への直接的な刺激の場合には、200~ 500ms遅れた刺激でも、先行刺激の意識化を抑制する。(ベンジャミン・リベット (1916-2007))

(c2.3)(仮説2の反論)
遅延したマスキングは、ただ単にアウェアネスのための記憶痕跡の形成を妨害しているので はないか。
(c2.3.1)(仮説2の反論に反する事実1)
記憶痕跡を破壊するような刺激は、ショック療法で使うような強い電気ショックである が、実験で使った刺激は、これと比較すると極めて小さい。
(c2.3.2)(仮説2の反論に反する事実2)
1番目のマスキング刺激の後に、2番目のマスキング刺激を与えるとき、2番目のマスキン グ刺激が、1番目のマスキング刺激の感覚を消去するとともに、最初の皮膚刺激のアウェアネ スを復活させることができる。もし、1番目のマスキング刺激が最初の刺激の意識経験の記憶 痕跡を破壊しているのだと仮定すると、この事実が説明できない。
(c2.3.3)(仮説2の反論に反する事実3)
 遅延刺激による遡及性の促進効果:遅延刺激が皮質への直接的な微弱な刺激の場合には、最大 400msの遅れた刺激でも、先行刺激を遡及して強める。すなわち遅延刺激は、条件によってマ スキング効果と促進効果の両方を持つ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(4.4)痕跡条件付けを利用する実験

参照: 両側の海馬に損傷があると、単純遅延条件付けが可能なのに対して、痕跡条件付けは不可能に なる。痕跡条件付けには、二つの刺激の時間的関係についての気づき経験と、それについての 宣言的な記憶とが必要である。(ラリー・スクワイア(1941-))

(a)古典的条件付け(単純遅延条件付け)
これは、両側の海馬に損傷のある動物でも起こる。

      CS-US関係が学習される
       ↑                         ↑
       │                   反射反応
気づき経験─気づきの記憶  ↑
↑                    (非宣言的な           │
│                     短期記憶)             │
アウェアネスに必要な     │
0.5秒間の活動持続時間     │
↑                                                    │
│                                                   │
│                                       非条件刺激(US)
           例:まばたき反応が
           生じる空気の圧力
条件刺激(CS) 例:信号音
USの直前、または同時。

(b)痕跡条件付け
(b1)両側の海馬に損傷のある動物や、海馬の構成に損傷のある健忘症患者では、この痕跡条 件付けが得られない。すなわち、時間的に離れた二つの刺激の関係を学習するには、海馬を介 した記憶が必要である。
(b2)刺激に気づいているときに限って、痕跡条件付けが得られる。人間以外の動物に対して も、この痕跡条件付けを用いると、気づきの経験を研究することができる。


     CS-US関係が学習される
       ↑              ↑
       │          反射反応
       │             ↑
       │         非条件刺激(US)
       │
気づき経験─気づきの記憶
↑                    (この記憶には、海馬が必要)

アウェアネスに必要な
0.5秒間の活動持続時間

条件刺激(CS) 例:信号音
USの始動する約500~1000ms前には終わる


(5)意識と無意識


(5.1)無意識な信号の検出

信号の無意識の検出を示す諸事例:(a)閾値に達しない弱い刺激に対する強制的選択による反 応、(b)皮膚に与えられた振動性パルスの周波数の弁別、(c)盲視の患者の事例。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))

(a)意識的な感覚経験に基づく反応

意識的な感覚経験────┐
↑                                         │
│                                        │
事象関連電位(ERP)         │
↑500ms 以上の持続時間 │
│                                        │
後続する脳活動────┐│
↑  信号の無意識の検出││
│                                     ││
初期誘発電位                ││
↑14~50ms後。               ││
│                                      ↓ ↓
閾値に近い刺激           反応

(b)刺激を意識できないレベルまで下げると、ERPは突然消失する。この実験の場合、被験者 は意識経験の有無にかかわらず、強制的選択により、反応するように指示される。
結果:被験者は限りなくゼロに近い低刺激信号に対しても、「偶然のレベルよりも高い確率 で反応」する。この場合信号の無意識の検出においては、閾値レベルのようなものは事実上存 在せず、「反応の正確さは、ゼロから始まる刺激の強さと正確さとを関係づけたカーブに沿っ てなめらかに増加」する。

事象関連電位(ERP)
↑消失

後続する脳活動────┐
↑信号の無意識の検出│
│                                   │
初期誘発電位        │
↑14~50ms後。      │
│                                     ↓
閾値以下の刺激        反応

(c)信号の無意識の検出を示す他の事例。
(c1)皮膚からの感覚入力については、一本の感覚神経線維にある、単発の神経パルスを検出 するらしい。
(c2)皮膚に与えられた振動性パルスの周波数の弁別。
・個々の反復する振動性パルスの間の時間間隔が、500msよりはるかに短い。
・この刺激が、意識に登る前の段階で検出されている。
・その後、周波数の違いを弁別するアウェアネスは、後から生ずる。
(c3)盲視の患者の事例
・視覚野に損傷があるため、視野のある部分で意識を伴う視力を失った患者が、見えない 領域にある対象を想像でもよいので指し示すように指示された場合、被験者は卓越した正確さ で実行していながら、対象が見えていなかったと報告した。


(5.2)無意識な信号の検出の例

信号の無意識の検出を示す例:例えばアスリートたちの、感覚信号に対する迅速な運動反応 は、信号への気づきの前に起こる。感覚信号を、後続する刺激でマスキングした場合にも、反 応時間が同じ可能性がある。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

信号の無意識の検出を示す例
(1)感覚信号に対する迅速な運動反応は、信号の100~200ms後に起こり、信号への気づきは その後に続く。
(1.1)偉大なアスリートたちは概して、意識的な心に妨げられることなく、彼らの無意識の 心に主導権を委ねている。
(1.2)「芸術・科学・数学といったすべての創造的なプロセスにもこれがあてはまる」。
(2)反応時間を測定している最初の信号に引き続き、遅延したマスキング刺激を与えること で、最初の信号への気づきをマスキングする。この場合でも、「与えられた信号への反応時間 は同じである可能性があることが示されて」いる。



(5.3)無意識と精神事象 

精神とは、主観的な意識経験と、無意識の心理的機能の両方を含んだ、脳の全体的な特性であ るという定義が有効である。無意識機能も、意識と類似の記述によって、臨床上の経験とも整 合的な理論記述が可能となる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(1)無意識的な「精神事象」は、存在しないという考え方。
(1.1)無意識的な機能は、特定のニューロン活動だけを伴うと考える。
(1.2)ただしニューロン活動は、別の意識的な考えや感情に影響を与えることができる。 

(2)無意識的な「精神事象」も、存在するという考え方。
(2.1)無意識のニューロン活動
 アウェアネスがない以外は、質的に意識プロセスによく似ており、精神的特性と見てもよ い機能属性を持ったニューロン活動が存在する。また、皮質活動の持続時間が最大0.5秒間ほ ど長引けば、無意識機能にアウェアネスを付加することができる。
(2.2)無意識の機能
 無意識は、意識機能と基本的なところが似通って見える方法で、心理学的な課題を処理す る。例えば、無意識ではあっても、経験を表象していると考えられる事象がある。また例え ば、認知的で想像力に富んだ意思決定的なプロセスが、意識的である機能よりも、しばしばよ り独創的に、無意識的に進行する。
(2.3)意識過程の機能の言語で記述された無意識理論の有効性
 機能的な記述をする場合にも、より単純で、生産的な記述が可能で、より想像力に富んだ 予測も可能となり、臨床上の経験とも整合性があるように見える。

(5.4)持続時間理論

 意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、活動の持続時間が 500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」による選択が関与し ているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

持続時間理論(仮説)
(1)意識を伴う感覚経験を生み出すには、その感覚事象が閾値に近い場合、適切な脳活動が最 低でも500ms持続していなければならない。
(2)この同じ脳活動の持続時間が、アウェアネスに必要な持続時間よりも短い場合でも、この 脳活動にはアウェアネスのない無意識の精神活動を生み出す働きがある。
(2.1)無意識の機能が現れるには、より少ない時間(100ms前後)でよい。
(2.2)この場合、意識的な神経反応に似た、記録可能なニューロンの反応が見られる。
(3)したがって、無意識機能の適切な脳活動の持続時間を単に長くしさえすれば、意識機能に 変わる。

意識的な感覚経験


事象関連電位(ERP)
↑500ms以上の持続時間

初期誘発電位
↑14~50ms後。

閾値に近い刺激

(4)タイム-オン(持続時間)はおそらく、無意識と意識との移行の唯一の要因というわけでは なく、むしろ一つの制御因子としてみなすことができる。以下は、仮説である。
(4.1)感覚信号が、無意識に検出される。
(4.2)他の信号ではなく、ある信号に「注意」を集中する。
(4.3)注意が、大脳皮質のある特定の領域を「点火」または活性化し、この興奮性のレベル の増加が、神経細胞反応の持続時間の延長を促し、アウェアネスに必要な活性化時間を継続さ せる。

《仮説》「注意」が選択するという仮説

意識的な感覚経験


事象関連電位(ERP)
↑↑500ms以上の持続時間
│└────────────┐
初期誘発電位         「注意」
↑14~50ms後。         ↑
│                                    │
閾値に近い刺激       能動的な自己?



(5.5)意識現象の発現の仕方

 意識作用には、意識を伴わない「精神機能」、 ニューロン活動が先行する。感覚だけではなく、意識を伴う思考や感情、情動、自発的な行為 を促す意図、創造的なアイデア、問題の解決なども、同様であろう。(ベンジャミン・リ ベット(1916-2007))
(a)体性感覚
(i)意識を伴わない感覚信号の検出、ニューロン活動が先行する。
(ii)適切なニューロン活動の持続時間が、ある程度増加することによって、感覚の意識が現 れる。
(iii) 意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、活動の持続時間が 500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」による選択が関与し ているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(b)他の感覚モダリティ(視覚、聴覚、嗅覚、味覚)でも、同様である。

(c)意識を伴う思考や感情、情動、自発的な行為を促す意図でも、同様である。
(i)話し始める過程、話の内容が、話が始ま る前に既に無意識に起動され、準備されている。仮に、ある人が話す単語の一つ一つについて まず自覚してからでなければ話せないならば、一連の言葉を速やかに話すことが不可能になる だろう。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
(ii)ピアノやバイオリンなどの楽器の演奏 も、無意識のパフォーマンスの働きによるものに違いない。実際、個々の指を動かす意図を自 覚していない、と演奏者たちは報告している。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(d)創造的なアイデア、問題の解決なども、同様であろう。
(i)無意識の精神機能におけるニューロン 活動の持続時間は100ms以下である。このことは、意識されない問題解決のプロセスが極めて 迅速に、効果的に進行できることを示唆している。(ベンジャミン・リベット(1916- 2007))

(e)継続した意識の流れは、どのように生じているのか。
 内発的な意識過程には、発生時刻への主観的な遡及 を可能にする脳活動がないのに、遅延のない連続的でなめらかな流れが意識される。これは、 異なる複数の現象がオーバーラップして実現していると思われる。(ベンジャミン・リ ベット(1916-2007))

(i)意識的な感覚の、時間的に逆行する主観的な遡及
 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。もしこれが、初期EP反応だけで実現されていたとしても、「適切な脳機能 の創発特性」として十分あり得ることだ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
(ii)自発的な行為への意識を伴う意図
 自発的な行為への意識を伴う意図が、内発的に立ち現れる場合、その体験の主観的なタイ ミングは、自発的な行為を導き出す脳活動の始動後400ミリ秒間かそれ以上、事実上遅延する ことが、実験によって示されている。
(iii)内発的な意識過程には、遅延が発生すると思われるが、実際は違う
 遡及に必要な初期EP反応がない内発的な過程においては、500ミリ秒間の神経活動によっ て初めて、意識事象が始まるとしたら、一連の意識事象は継続した流れとしては現れず、非連 続的なものになると思われる。ところが、私たちの意識を伴う日常生活の中で、断続性は感じ られない。
(iv)仮説:非連続的である異なる精神現象がオーバーラップしている。
 私たちの一連の思考のスムーズな流れという主観的な感情は、異なる精神現象がオーバー ラップしているということで、説明できると思われる。内在している事象が非連続的であるに もかかわらず、全体としてなめらかで連続性のある産物を生み出している。


(5.6)ふるい分けされた、ごく一部の感覚入力が意識化される

 無数の感覚刺激が意識化されたら、無意味な騒音を抱え込みすぎることになる。意識はふる い分けの機能によって、一度にごく少数の事象や問題に集中することが可能になる。
 意識化されない無数の感覚刺激の中から、意味のある情報 をふるい分ける機能の一部として、意識化に必要な持続時間条件があり、また「注意」による 選択の仕組みが存在する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)意識化されない感覚入力をふるい分けるための仕組み
(i)意識化に必要な持続時間条件
(ii)注意の機能
 おそらく注意のメカニズムが、与えられた選択された反応を、意識を引き出すために、 十分に長い時間持続させる。
参考:意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、 活動の持続時間が500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」に よる選択が関与しているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007)) 

(b)意識化されない無数の感覚刺激
脳には、1秒間に何千回もの感覚入力が到達しているが、意識化されない。

サブリミナル知覚
 無意識の精神機能が、持続時間500ms以上で意識化 されるとする仮説は、意識されない刺激、知覚でも、意識的な知覚、選択、行為に影響を与え 得ることを示唆する。(サブリミナル効果、プライミング)(ベンジャミン・リベット (1916-2007))
(1)意識的でない知覚
 サブリミナル(閾下)の刺激に対して意識的な自覚が本人にない場合でも、そのサブリミ ナル刺激を無意識に知覚できる可能性がある。
(2)普通の自然な感覚における意識できな知覚
 サブリミナルとアウェアネスを生み出す閾値上の感覚刺激の強さ、持続時間などの違いが 通常小さいので、普通な自然の感覚刺激が使われる場合、立証するのはより難しくなる。
(3)実験で確認されたもの
 意識を伴うアウェアネスにまでは到達しないような刺激が提示された後で、テスト時に加 えられたさまざまな操作において、サブリミナル刺激の影響が現れる。
(a)サブリミナル効果
図や言葉を視覚的に提示した時間が1~2msのため、被験者はその内容にまったく気づか ないにもかかわらず、言語連想法のテストにおける被験者の反応の選択に影響を与えた。
(b)プライミング
閾値より下であっても上であっても、すなわち見えたという自覚がなくてもあっても、 図や言葉が先に提示されていると、その刺激または関連刺激への活性化が高まり、処理されや すくなる、あるいは選ばれやすくなる効果がある。

 無意識の精神機能が、持続時間500ms以上で意 識化されるとする仮説は、意識と無意識が脳の同一領域で生ずることを示唆する。ただし、機 能が複数の段階、複数の脳の領域と関係する場合は、事情はもっと複雑である。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))
 無意識の信号検出、精神機能、ニューロン活動 が存在し、持続時間が500ms以上で意識化されるとする仮説は、知覚や認知の変容現象を解明 する可能性を与える。変容には、その人独自の経験、歴史、情動が反映される。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))

(6)自由意志論


(a)陰極線オシロスコープ 
の点は2.56秒で円を一周する。すなわち、ひと目盛り約43msで移動する。 
(b)被験者
 (i)オシロスコープから約2.3メートル離れたところに座る。
 (ii)被験者は、自由で自発的な行為として、単純だが急激な手首の屈曲運動を、やりたいとき にいつでも行ってよいと指示されている。 
 (iii)被験者はいつ行動するかあらかじめ考えずに、むしろ行為が「ひとりでに」現れるがまま にさせるように言われている。
 (iv)被験者は、自分の動きを促す意図や願望への最初のアウェアネスを、その時点での回転す る光の点の「時計針の位置」と結び付けて覚えるように指示される。 
 (v)結び付けて覚えた時計が示す時点を、試行のあとに被験者は報告する。報告されたこの時 点を、私たちは、意識的な要求(wanting)、願望(wishing)、意志(willing)を表す 「W」と呼ぶ。


(a)被験者は、自発的な行為をせずに、一回の実験が終わるたびに(Wのときと同 様)皮膚感覚があったときに時計が示す時点を報告する。
(b)報告されたS時点は、実際に刺激が与えられた時点より約マイナス50ミリ秒 間の差がある(つまり、早い)ことが確かに示された。

→時間軸→
報告された 実際の
刺激時刻  刺激時刻
 ├─────────┤
    50ms
つまり、実際より早めに報告する傾向がある。

報告された 実際の
意志感覚  意志感覚
(W)
 ├─────────┤        準備電位
    50ms            (RP)
 ├────────────────────────┤
   200ms
        ├──────────────┤
           150ms
 

(RP) 
準備電位   自発的
 800ms                    行為
 ├──────────┤

RP:頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇する



予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -500    -150     0
 ms                   ms       ms
W:意識を伴った意志
意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。





予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -550    -150     0
 ms                   ms       ms
RP1:予定している行為の準備電位
・あらかじめ予定していた行為は、平均して(運動行為の前から)約800~ 1000ミリ秒ほど早く始動するRP1を生み出す。
RP2:予定していない行為の準備電位
・補足運動野は、頭頂知覚の中心線に位置し、私たちが記録したRPの発信源であると 考えられてい

W:意識を伴った意志
・予定していてもいなくても、Wは同じである。この「今、動こう」とするプロセスは、行為を実行しようとする思考や事前の選択決定とは 区別しなければならない。
・意識的な意志の気づきと時計が指し示す時点を関連付けた時点は、自動的な時間軸に逆行する遡及で正しく知覚されていた。
・その関連性に気づいた時点は、お そらく最大500ミリ秒間の遅延があった。





拒否が、無意識過程の結果なのか、意識的な意志の発動なのかを、考察するための整理である。
(a)皮質への刺激では、感覚のアウェアネスは主観的に遅延する一方、皮質下の経路への刺激は、主観的に遅延しない。
(b)無意識の信号の検出は、この信号へのアウェアネスがある場合、正確な検出と一致する可能性もある。
(c)しかし、その同じ内容に気づくようになるには、皮質下経路への刺激の 持続時間はおよそ400ミリ秒増加する必要がある。
(d)内発的な、自由で自発的な活動において、行為を促す意図へのアウェアネスは、脳プロセス がプロセスを無意識に始動した後、約400ミリ秒間遅延する。
(e)意識的な意志のアウェアネスには、行為を促す意識的な衝動の内容と、意 識を伴う拒否に影響を与える要因の内容も含み、意図しあるいは拒否する一方のみ意識化されるというわけではないだろう。
(f)拒否するという決定の基となる要因は、拒否に先行する無意識プロセスによって事実上発生する可能性もある。同時に、先行する無意識プロセスがなく、直接実行されている可能性もある。









マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

拒否するという決定は、まさに意識されている故に、先行する無意識過程の結果なのか、あるいは、行為を促す衝動と拒否に影響を与える要因のせめぎ合いの中における能動的な制御なのか、これが問題である。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

拒否は能動的な意志の発動なのか

拒否するという決定は、まさに意識されている故に、先行する無意識過程の結果なのか、あるいは、行為を促す衝動と拒否に影響を与える要因のせめぎ合いの中における能動的な制御なのか、これが問題である。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


拒否が、無意識過程の結果なのか、意識的な意志の発動なのかを、考察するための整理である。
(a)皮質への刺激では、感覚のアウェアネスは主観的に遅延する一方、皮質下の経路への刺激は、主観的に遅延しない。
(b)無意識の信号の検出は、この信号へのアウェアネスがある場合、正確な検出と一致する可能性もある。
(c)しかし、その同じ内容に気づくようになるには、皮質下経路への刺激の 持続時間はおよそ400ミリ秒増加する必要がある。
(d)内発的な、自由で自発的な活動において、行為を促す意図へのアウェアネスは、脳プロセス がプロセスを無意識に始動した後、約400ミリ秒間遅延する。
(e)意識的な意志のアウェアネスには、行為を促す意識的な衝動の内容と、意 識を伴う拒否に影響を与える要因の内容も含み、意図しあるいは拒否する一方のみ意識化されるというわけではないだろう。
(f)拒否するという決定の基となる要因は、拒否に先行する無意識プロセスによって事実上発生する可能性もある。同時に、先行する無意識プロセスがなく、直接実行されている可能性もある。


「明らかに、拒否するという決定を意識するということはまさに、その事象に気づいている ことを意味します。このことと私の提案とは、どのようにつじつまを合わせることができるの でしょうか? おそらく、私たちはアウェアネスの概念を再検討しなくてはならないでしょ う。とりわけ、アウェアネスとその内容とが、それらをともに発生させる皮質プロセスの中で どのように関係しているか、を。アウェアネスはそれ自身が独自の現象であり、その内容、す なわちその人が気づき始めることの中身とは区別しなければならないことを、私たちの研究は これまで示してきました。 たとえば、感覚刺激のアウェアネスは、体性感覚皮質と皮質下の経路(視床または内側毛 帯)両方への連発刺激と同じような持続時間を必要とする場合があり得ます。しかし、この二 つの場合において、これらのアウェアネスの《内容》は異なります。皮質への刺激では、感覚のアウェアネスは主観的に遅延する一方、皮質下の経路への刺激は、主観的に遅延しません。 無意識の精神プロセスの内容(たとえば、信号へのアウェアネスなしで正確に信号を検出する こと)は、その信号へのアウェアネスがある場合、その意識的な内容(正確な検出)と一致す る可能性があります。しかし、その同じ内容に気づくようになるには、皮質下経路への刺激の 持続時間はおよそ400ミリ秒増加する必要があるのです!(リベット他(1991年)参照) 内発的な、自由で自発的な活動において、行為を促す意図へのアウェアネスは、脳プロセス がプロセスを無意識に始動した後、約400ミリ秒間遅延します(前の節で扱った、「「今、動 こう」という状況の中での、事象の生起順序」参照)。ここで発生するアウェアネスは、意志 プロセス全体に適用されると考えられます。これには、行為を促す意識的な衝動の内容と、意 識を伴う拒否に影響を与える要因の内容も含みます。ある事象のアウェアネスは、全体の事象 の内容の中の一つの事項に制約される必要がありません。 拒否するという決定の基となる要因は、拒否に先行する無意識プロセスによって事実上発生す るという可能性は、排除されていません。しかし、拒否を促す意識的な決定は、先行する無意 識プロセスによる直接的な指定なしで実行される可能性があります。つまり、先行する一連の 無意識な脳プロセス全体によって与えられた運動プログラムを、人は意識的に受容または却下 できます。しかし、拒否しようとする決定のアウェアネスは、先行する無意識のプロセスを必 要とし、そのアウェアネスの内容(拒否しようとする実際の決定)は、先行する無意識プロセ スという同じ必要条件があてはまらない、特別な特質を持つのです。[訳注=ここでは著者は 「拒否する決定も意志決定である以上、他の意志決定と同様400ミリ秒先立つ無意識的プロセ スを必要とするのではないか。そうなると、論理的に無限後退してしまう」という批判に、応 えようとしている。]」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.172-173,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

2021年11月20日土曜日

もし、意識を伴う拒否が、先行する無意識な過程の結果であるなら、拒否は意識的な選択とは言えない。それは、先行する無意識プロセスを必要とせず、起動されつつある行為の単なる意識化とは異なる制御機能であり、能動的な意志の発動なのではないか。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自由意志

もし、意識を伴う拒否が、先行する無意識な過程の結果であるなら、拒否は意識的な選択とは言えない。それは、先行する無意識プロセスを必要とせず、起動されつつある行為の単なる意識化とは異なる制御機能であり、能動的な意志の発動なのではないか。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


「意識ある拒否には、先行する無意識の発生源があるのだろうか? ここで私たちは、意識を伴った意志の発達と出現の場合と同様、意識的な拒否そのものにつ いても先行する無意識プロセスに発生源があるかという可能性について考えなければならない でしょう。もし拒否そのものが無意識に起動し、発展するものであるのならば、拒否という選 択は、意識的な原因事象というよりも、《やがて自覚化される》無意識の選択ということにな ります。適切なニューロンの活性化のわずか約0.5秒後に、脳はある対象へのアウェアネスを 「生み出す」ことを、私たちのこれまでの証拠は示しています(第2章、およびリベット (1993年、1996年)参照)。 拒否を選択した無意識の起動でさえも、無意識とはいえ本人による正真正銘の選択であり、 依然として自由意志のプロセスであるとみなすことができる、と提案した人もいます(たとえ ばベルマンス(1991年))。自由意志についてのこのような意見が容認できるものでないこと に私は気づきました。このような意見によれば、人は意識的に自分の行為をコントロールする ことができないことになります。この場合、人は無意識に始動した選択にのみ、気づくことに なります。先行するどのような無意識プロセスの本質に対しても、直接的な意識を伴ったコン トロールをすることがまったくできないということになります。しかし、自由意志プロセスと いうときには、行動すべきか否かの選択について、人は意識的に責任を負うことができるとい うことが含意されています。私たちは、意識的なコントロールの可能性がなければ、無意識に実行する行為についてその人への責任を問いません。 たとえば、精神運動性のてんかんの発作やトゥレット症候群(社会的に眉をひそめられるよ うな言葉での罵り叫ぶ)の患者の行為は、自由意志に基づくものとはみなされません。それな らばなぜ、健常な人物に無意識にある事象が発生し、それがその人自身の意識的なコントロー ルも及ばないプロセスである場合にも、それはその人自身が責任を負わなければならない自由 意志に基づく行為だとみなされなくてはならないのでしょうか? このような考えに代わって、意識を伴う拒否は、先行する無意識プロセスを必要としなけれ ば、その直接的な結果でもないという考えを私は提案します。意識を伴う拒否は制御機能であ り、行為への願望に単に《気づく》こととは異なります。どのような心脳理論においても、ま た心脳同一説においてさえも、意識を伴う制御機能の性質に先行し、これを決定する特定の神 経活動が必要とされるような論理的な必然性はありません。また、先行する無意識プロセスが 特定の発達をすることなしに、制御プロセスが現れる可能性を否定する、実験的な証拠もあり ません。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.170-172,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

行為が期待されている直前の時点、100~200ms前であっても、予定した行為の拒否が可能であることが、実験 的に示される。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

拒否としての自由意志

行為が期待されている直前の時点、100~200ms前であっても、予定した行為の拒否が可能であることが、実験 的に示される。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


「行動しようとする衝動の拒否、という経験は、私たちは日ごろよく経験しています。予測 される行為が、社会的に受け入れがたいものである場合あ、その人の全人格や価値観と合わな いものである場合に、これは特によく起こります。実際に、行為が期待されている直前の時 点、100~200ミリ秒前であっても、予定した行為の拒否が可能であることを、私たちは実験 的に示してきました。しかしこれは、実験的に限定された検証でした。自然発生的な拒否にお いては、電気的な筋肉の活性化がなく、そこを起点に時間を遡って何秒という時点の頭皮の電 気活動をコンピュータに記録されることができないわけですから、このことは検証できませ ん。したがって技術的に、あらかじめ予定した時間に実行するように計画された行為の拒否に 関する研究だけしか、行うことができません。被験者は、「時計」のある時点、たとえば10秒 の印のところで、行為を準備するように指示を受けます。しかし、被験者は予定していた時間 での行為を100~200ミリ秒前に拒否することになります。被験者が行動しようとする期待を 感じている報告と一致して、拒否を行うよりも1、2秒前にかなりの大きさのRPが発生します。 しかし、このRPの発生は、被験者が行為を拒否し、筋肉反応が現れなくなると、あらかじめ予 定していた時点のおよそ100~200ミリ秒前のところで横ばいになります。観察者は、行為を 予定した時点になったら、コンピュータに起動信号を送ります。このことによって、人は行為 を予定していた時点の直前100~200ミリ秒以内に、その行為を拒否できることが少なからず 示されました。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.161-162,下條信輔(訳))




マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

自由意志は意志プ ロセスを起動しない。しかし、意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断したり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自由意志

自由意志は意志プ ロセスを起動しない。しかし、意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断したり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

「強迫反応性障害(OCD)は、行為を促す自発的な衝動と拒否機能の役割の異常な関係につ いて、興味深く適切な例を提示します。たとえばOCDの患者は、何度も繰り返し手を洗うと いった、特定の行為を繰り返し実行しようとする意識を伴った衝動を経験します。この患者に は、衝動を毎回拒否し、その行為をし続けないようにする能力が明らかに欠けているのです。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経学者であるJ・M・シュワルツとS・ベグレイ(2002 年)が行った非常に興味深い臨床調査では、OCD患者を訓練して、行為せずにはいられない衝 動を積極的に拒否する能力を改善することができました。患者は衝動的なプロセスを意識的に 拒否するように努力ことを学び、やがてOCDの症状を克服しました。積極的な「精神力」が、 行動せずにはいられない衝動を拒否する原因として作用すると解釈しなければならず、そのた めこの意識的な精神力は決定論的唯物主義者の観点からは説明がつかず、解決できない、と シュワルツとベグレイは提案しました。最近では、行動の暴力的な患者がこうした暴力の衝動 を拒否できるように訓練し始めた、とサンフランシスコのある精神科医が私に教えてくれまし た。 こういったことすべてが、私の意識的な拒否機能についての意見と合致しており、自由意志 がどのように作用するかという私の提案を強力に支持しています。つまり、自由意志は意志プ ロセスを《起動》しません。しかし、意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断し たり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御することができます。 [訳注=この部分は、一見すると脳一元の決定論に見える自身の研究結果と、自由意志を擁護 する健全な常識的立場をなんとか矛盾なく両立させようとする、著者リベットの努力の跡、と 見ることができる。その骨子は、メンタルプロセスを二つに分け、行動への最初の衝動は無意 識裡に生理学的に起動されるが、それを止める「権利」は自由意志が有する、というものであ る。S・コズリンの「序文」に見るように、この考え方は主観的な現象と合致するばかりか、カ オス、複雑系などの影響を受けたモダンな脳観とも相性がよい。しかし反面で、この「最初の 衝動」と「抑制の意志決定」をそんなにきれいに切り分けられるのか、という疑問も提起す る。たとえば、ある行為をし続けていて、「そろそろ止めようか」という「抑制の意志決定」 はどちらに属するのか、議論の余地が残る。]」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.167-168,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

今、動こう」とする自発的なプロセスは、無意識に始動する。意識ある自己は、このプロセスを始動できなかった。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自由意志とは何なのか

「今、動こう」とする自発的なプロセスは、無意識に始動する。意識ある自己は、このプロセスを始動できなかった。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

「哲学者ジョン・R・サール(2000年aとb)は、「『意識ある自己』が理由に基づいて行動 し、行為を《始動する》能力がある場合に、自発的な行為は現れる」、と主張しています。し かし、「今、動こう」とする自発的なプロセスは無意識に始動することを、私たちは発見しま した。したがって、意識ある自己はプロセスを始動できなかったはずです。行為が意識ある自 己によって発生しなくてはならない理由があるとすれば、それがいかなる理由であっても、予 定することや選択を決定したりするカテゴリにぴったりとあてはまるはずです。この種のプロ セスは、最終的な「今、動こう」とするプロセスとは明らかに異なることを、私たちは実験的 に示してきました。結局のところ、人は、まったく行動することすらせずに、ある行為につ いて計画し、思考することができるのです! 実験的に判明しているすべての証拠を考慮に入 れなかったことから、サールが哲学的に生み出したモデルは苦境に立たされます。彼のモデル のほとんどは検証されておらず、検証不能ですらあるのです。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.158-159,下條信輔(訳))
(索引:)








マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

自発的な行為の前には、頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができる。これは準備電位と呼ばれ行為を実行する約800msかそれ以上前に開始する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自発的行為の準備電位

自発的な行為の前には、頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができる。これは準備電位と呼ばれ行為を実行する約800msかそれ以上前に開始する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(RP) 
準備電位   自発的
 800ms                    行為
 ├──────────┤

RP:頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇する

「この疑問についての実験的な研究の可能性は、コーンフーバーとディーック(1965年)の 発見によって切り開かれました。彼らは、脳活動の電位変化が、自発的行為に規則的かつ特異 的に先立って記録できることを発見しました。自発的な行為の前には、頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができます。電位変化は、被験者が自発的であ ると思われる明らかな行為を実行する約800ミリ秒かそれ以上《前》に開始します。そのた め、これは《準備電位》(RP、またはドイツ語で Bereitschaftspotential(ベライト シャフツポテンシャル)と呼ばれます。
 ここで調べた行為は、手首または指の急激な屈曲でした。個々のRPは非常に微弱であるた め、他の休息中の脳の電気活動の間に実質的には埋もれていました。そのため、微小なRPを合 計してコンピュータで平均化された波形を作成するためには、このような行為を何度も実行し なければなりませんでした。被験者は、こうした無数の行為を「マイペース」で実行すること が許可されていました。しかし、コーンフーバーとディーックは、許容範囲である実験時間内 にRPが合計で200から300回繰り返されるように、被験者の行為するタイミングを毎回約6秒間 に制限していました。
 コーンフーバーとディーックは、行為を促す意識を伴った意志がいつ現れるかという問題 を、脳の準備(RP)と関連づけて考えていませんでした。しかし、RPが自発的な行為に先立つ 時間があまりに長いことから、《脳》活動の《始動》時点と、自発的な実行を促す《意識的 な》意図が現れる時点との間にはズレがあるに違いない、と私は直感的に感じていました。意 志のある行為についての公開討論の中で、神経科学者であり、ノーベル賞受賞者のジョン・エ クルス卿は、自発的な行為の800ミリ秒以上前に始まるRPがあるということは、そのRPのいち 早い立ち上げよりもさらに前に、これに対応した意識を伴う意図が現れることを意味するに違 いない、という彼の信念を述べました。脳と心の相互作用についての彼自身の哲学におそらく 色づけされているエクルス卿のこの考えには、裏付けとなる証拠がないことに、私は気づきま した(ポッパーとエクルス(1977年)参照)。[訳注=エクルスは、脳が心に因果的影響を与 えると同時に、心も脳神経過程に影響し得るという、いわゆる二元論の立場を採った。]」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.144-146,下條信輔(訳))
(索引:)






マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

報告された意志感覚の発生時刻は、反応時刻の200ms前である。皮膚への刺激で感覚時刻が実際より50ms早まるので、報告時刻の補正をすると、意志感覚の実際の発生時刻は、反応の150ms前となる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

報告された意志感覚の発生時刻は、反応時刻の200ms前である。皮膚への刺激で感覚時刻が実際より50ms早まるので、報告時刻の補正をすると、意志感覚の実際の発生時刻は、反応の150ms前となる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)被験者は、自発的な行為をせずに、一回の実験が終わるたびに(Wのときと同 様)皮膚感覚があったときに時計が示す時点を報告する。
(b)報告されたS時点は、実際に刺激が与えられた時点より約マイナス50ミリ秒 間の差がある(つまり、早い)ことが確かに示された。

→時間軸→
報告された 実際の
刺激時刻  刺激時刻
 ├─────────┤
    50ms
つまり、実際より早めに報告する傾向がある。

報告された 実際の
意志感覚  意志感覚
(W)
 ├─────────┤        準備電位
    50ms            (RP)
 ├────────────────────────┤
   200ms
        ├──────────────┤
           150ms

「Wの精密度の検証については、工夫するのに少々苦労しました。報告されたWがそのアウェ アネスの実際の主観的な時点とどれほど近いのかを知る、絶対的な方法がわからなかったので す。しかし、被験者が私たちの時計が示す時点のテクニックをどれほど正確に使っているかを 検証することはできました。そのために、微弱な皮膚刺激を手に与える40回の試行の実験を行 いました。被験者は、自発的な行為を《せず》に、一回の実験が終わるたびに(Wのときと同 様)皮膚感覚があったときに時計が示す時点が報告できるよう、記憶するように指示を受けま す。実験では、不規則的な時計時刻で皮膚刺激が40回の試行で与えられました。これらの時点 (S)はもちろん、被験者には知らされていませんでしたが、観察している私たちはコン ピュータのプリントアウトから、実際いつであったのかを知ることができました。私たちはこ のようにして、客観的に知られた主観的なアウェアネスが期待されている時点を、被験者が報 告する時計が示す時点と比較することができました。報告されたS時点は、実際の刺激が与え られた時点に近いものでした。しかし、実際に刺激が与えられた時点より約マイナス50ミリ秒 間の差がある(つまり、早い)ことが確かに示されました。この差はなかり首尾一貫した値で あるため、Wの平均である200ミリ秒からバイアス成分として差し引くことができます。する と、Wの平均値はマイナス150ミリ秒に「修正され」ます。毎回の実験セッションごとに、皮膚 刺激のタイミングを報告する試行が行われました。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.148-150,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。準備電位は、その行為を予定していた場合は、いなかった場合より早く発生するが、意識を伴った意志は、ともに反応の150ms前に発生する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

予定していた行為の準備電位

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。準備電位は、その行為を予定していた場合は、いなかった場合より早く発生するが、意識を伴った意志は、ともに反応の150ms前に発生する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -550    -150     0
 ms                   ms       ms
RP1:予定している行為の準備電位
・あらかじめ予定していた行為は、平均して(運動行為の前から)約800~ 1000ミリ秒ほど早く始動するRP1を生み出す。
RP2:予定していない行為の準備電位
・補足運動野は、頭頂知覚の中心線に位置し、私たちが記録したRPの発信源であると 考えられてい

W:意識を伴った意志
・予定していてもいなくても、Wは同じである。この「今、動こう」とするプロセスは、行為を実行しようとする思考や事前の選択決定とは 区別しなければならない。
・意識的な意志の気づきと時計が指し示す時点を関連付けた時点は、自動的な時間軸に逆行する遡及で正しく知覚されていた。
・その関連性に気づいた時点は、お そらく最大500ミリ秒間の遅延があった。

「試行のうち何回かにおいては、私たちが被験者に予定するのを止めさせようとしていたに もかかわらず、時計針のだいたいこの範囲で行為しようとあらかじめ《予定していた》、と被 験者は報告しています。こうした一連の試行では、平均して(運動行為の前から)約800~ 1000ミリ秒ほど早く始動するRP1を生み出します。これらの値は、コーンフーバーとディーッ クを始めとする研究者らによって報告された「マイペースの」動きにおける値と類似していま す。このことと、さらにまた別の理由から、実験者がある制限を設けている「マイペースの」 行為はおそらく、いつ行動を起こすかについて被験者がいくらか予定したことによる影響を受 けているように思えます。コーンフーバーとディーックらの実験での被験者は6秒以内に行動 しなければいけないことを知っており、そのことがいつ行動すべきか予定することを促したの でしょう。私たちの実験の被験者には、そのような制約はありません。
 いつ行動すべきか被験者が予定して《いない》と報告しているこうした40回の試行では、 RP2の始動の平均は、(筋肉の活性化するよりも)550ミリ秒前です。実際の脳内でのプロセ スの起動はおそらく、私たちが記録した準備電位、RPよりも先に始まっていることは特筆すべ きことです。その未知の領域にあるRPが、大脳皮質の補足運動野を活性化するものと考えられ るのです。補足運動野は、頭頂知覚の中心線に位置し、私たちが記録したRPの発信源であると 考えられています。
 行動を起こそうとする願望への最初のアウェアネスの時点を示すW値は、実験を平均すると マイナス200ミリ秒でした。(この時間は、一連のS(皮膚刺激)実験で見出されたマイナス 50ミリ秒の報告エラーを引いて、マイナス150ミリ秒に訂正することができます。)W時点 は、RP1やRP2においても同じ値でした。つまり、いつ行動をするか予定していてもいなくて も、W時点は同じだったのです! このことは(「今、動こう」とする)最後の意志プロセス は、約550ミリ秒前に始まることを示しています。すなわち、いつ動くかを決めるのに、まっ たく自然発生的であろうと、試行が先行していたり、予定をしていたりしても、その値は同じ なのです。この最後のプロセスは、自発的なプロセスの「今、動こう」とする特性であり、そ の「今、動こう」とする特性で起こる事象は、予定しているいないにかかわらず、似通ってい るのです。
 この「今、動こう」とするプロセスは、行為を実行しようとする思考や事前の選択決定とは 区別しなければなりません。つまるところ、人は、行動せずに一日中思考していることができ るのです。私たちが調査したのは、いつ行動すべきか、被験者が折々に予定したことであり、 意志の思考フェーズを調べたのではありません。
 私たちが発見したW時点の意味については、ずっと疑問がありました。意識を伴う感覚経験 が発達するために必要な遅延(最大500ミリ秒間)の証拠を私たちは導き出していたため、 (同じことをあてはめると)時計上の時点についてのアウェアネスは意識を伴うW時点の報告 のずっと前に始まっている可能性があり、だとすれば私たちの結論までおかしくなってしまい ます。しかし、私たちの実験の被験者たちは、行動しようとする願望の最初のアウェアネスと 時計が指し示す時点を関連づけて記憶するように指示されていたのであり、その関連性に気づ いた時点を報告するように言われていたのではありません。問題の時点が意識に昇る前に、お そらく最大500ミリ秒間の遅延がありました。しかし、自動的な時間軸に逆行する遡及、つま り関連づけられた時計が示す時点への最初の感覚信号まで前に戻ることによって、(W時点の 意識と同時に)関連づけられた時計の時点に正しく気づいていた、と被験者は感じることがで きるのです。いずれにせよ、皮膚刺激の報告時間についての私たちの検証で見られたように、 時計が示す時点を極めて正確に読むことは難しくありません。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.151-154,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている(準備電位)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

準備電位

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている(準備電位)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -500    -150     0
 ms                   ms       ms
W:意識を伴った意志
意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。


「また別の重要な発見として、Wは、筋肉の活性化の実際の動きから約150~200ミリ秒先行 するということでした。また、実際の脳の起動と意識を伴った意志(W)の事実上の時間差 は、おそらくここで(RPを使って)観察された400ミリ秒よりも大きいのです。というのは、 すでに述べたように、脳内のどこかにある別の領域がおそらく私たちがRP2として記録した活 動を起動していると考えられるからです。 これは何を意味しているのでしょう? まず、自発的な行為に繋がるプロセスは、行為を促 す意識を伴った意志が現れるずっと前に脳で《無意識に起動します》。これは、もし自由意志 というものがあるとしても、自由意志が自発的な行為を起動しているのではないことを意味し ます。 また、多くのスポーツ活動で見られるような、スピーディな起動が必要となる自発的な行為 のタイミングについても、(私たちのこの知見は)広範な示唆を与えます。時速約160キロで サーブしたボールを打ち返すテニス選手などは、行動しようとする自分の決断に気づくまで 待っているわけにはいきません。スポーツにおける感覚信号への反応には、それぞれ固有の事 象に対応している、込み入った精神の働きが必要になります。これらは普通の反応時間ではあ りません。そうであったとしても、もしある人が自分の動きについて意識的に考えているのな らば、その人のことを「使いものにならない」、とスポーツ選手は言うでしょう。」

自発的に起動する行為の順序

予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -500    -150     0
 ms                   ms       ms


「「ゼロ」時間(筋肉の活性化)に比べてそれよりも早く、予定した行為(RP1)または予 定していない行為(RP2)のどちらかの脳のRPがまず発生する。動作を行おうとする願望 (W)の最も早いアウェアネスについての主観的な経験が、およそマイナス200ミリ秒のところ で現れる。これは、行為(「ゼロ」時間)よりもずっと前であり、RP2よりはさらに350ミリ 秒程度《あと》になる。皮膚刺激の主観的なタイミング(S)は、平均しておよそマイナス50 ミリ秒であり、これは実際の刺激の到達時間よりも前になる。リベット(1989年)より。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.159-160,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

「今、動こう」とする自由で自然発生的な意志の意識の測定(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

意志の測定

「今、動こう」とする自由で自然発生的な意志の意識の測定(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)陰極線オシロスコープ 
 (i)陰極線オシロスコープの光の点が時計盤の外側の縁を回転する。
 (ii)円の一周が60等分されている。
 (iii)光の点は2.56秒で円を一周する。すなわち、ひと目盛り約43msで移動する。 
(b)被験者
 (i)オシロスコープから約2.3メートル離れたところに座る。
 (ii)被験者は、自由で自発的な行為として、単純だが急激な手首の屈曲運動を、やりたいとき にいつでも行ってよいと指示されている。 
 (iii)被験者はいつ行動するかあらかじめ考えずに、むしろ行為が「ひとりでに」現れるがまま にさせるように言われている。
 (iv)被験者は、自分の動きを促す意図や願望への最初のアウェアネスを、その時点での回転す る光の点の「時計針の位置」と結び付けて覚えるように指示される。 
 (v)結び付けて覚えた時計が示す時点を、試行のあとに被験者は報告する。報告されたこの時 点を、私たちは、意識的な要求(wanting)、願望(wishing)、意志(willing)を表す 「W」と呼ぶ。

「私がイタリアのベラッジオにあるロックフェラー先端研究センターのレジデントだった 1977年当時、私は再び、この明らかに解決困難な測定の問題に注目しました。被験者は行為を 促す意図が意識に現われた経験について「時計が示した時点」を報告できるのではないか、と いう考えが浮んだのです。この時計が示す時点は、黙って記憶され、それぞれの試行が終わる ごとに報告されることになります。サンフランシスコに戻るとすぐに、このような実験手法を 考案しました(リベット(1983年))。
 まず、陰極線オシロスコープの光の点が、時計盤の外側の縁を回転するように設定しまし た。オシロスコープ管の時計盤の外側の縁は、通常の時計の目盛と同じように円の一周が60等 分されています。光の点は、通常の時計の秒針の動きと同様に時計盤を移動するようい設計さ れています。しかし、この光の点は、通常の60秒よりも約25倍速い、2.56秒で円を一周しま す。すると、光の点は秒針のひと刻みごとに約43ミリ秒間で移動していることになります。こ の速い「時計」はこうして、時間の違いを数百ミリ秒単位まで明らかにすることができます。
 被験者は、オシロスコープから約2.3メートル離れたところに座っています。毎試行ごと に、被験者はオシロスコープの時計盤の中心に視点を据えます。被験者は、自由で自発的な行 為として、単純だが急激な手首の屈曲運動を、やりたいときにいつでも行ってよいと指示され ています。また、被験者はいつ行動するかあらかじめ考えずに、むしろ行為が「ひとりでに」 現れるがままにさせるように言われています。そうすることによって、行動しようとあらかじ め考えるプロセスから「今、動こう」とする自由で自然発生的な意志のプロセスを区別するこ とができます。また被験者は、自分の動きを促す意図や願望への《最初のアウェアネス》を、 (その時点での)回転する光の点の「時計針の位置」と結び付けて覚えるように指示されまし た。この、結び付けて覚えた時計が示す時点を、試行の《あとに》被験者は報告します。報告 されたこの時点を、私たちは、意識的な要求(wanting)、願望(wishing)、意志 (willing)を表す「W」と呼びます。このような自発的な行為のたびに毎回発生するRPもま た、適切な電極を頭に装着して記録します。40回ほどの試行を平均すれば、適当なRPの値を得 るのに十分であることがわかりました。次に、この平均したRPの始動時点を、同じく40回の実 験によって報告されたW時点の平均と比較します。
 私たちは当初、意図が意識に現われるタイミングについて被験者が時計の針を見て行う報告 に、十分な正確さと信憑性があるのかを大いに疑問視していました。しかし蓋を開けてみる と、こうした二つの指標のいずれもが、私たちの実験の目的にかなう範囲の誤差に収まってい るという証拠が得られました。それぞれのグループの40回の試行についてのW時点の報告を見 ると、標準誤差は約20ミリ秒でした。平均したWの値が被験者によって違っていても、このこ とは各被験者内では、全員にあてはまりました。被験者全員の平均W値は(運動活動の)およ そ200ミリ秒前だったので、それとの比較でプラスマイナス20ミリ秒の標準誤差ならば適切な 信憑性の範囲内です。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.146-148,下條信輔(訳))
(索引:)






マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

2020年6月16日火曜日

無意識の信号検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、持続時間が500ms以上で意識化されるとする仮説は、知覚や認知の変容現象を解明する可能性を与える。変容には、その人独自の経験、歴史、情動が反映される。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

意識内容の変容

【無意識の信号検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、持続時間が500ms以上で意識化されるとする仮説は、知覚や認知の変容現象を解明する可能性を与える。変容には、その人独自の経験、歴史、情動が反映される。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))】

 「(12) 意識経験内容の変容は重要なプロセスであると、心理学と精神医学の立場から認められています。提示された実際の視覚イメージと《異なる》経験を被験者が報告した場合に、これは最も直接的に立証可能です。女性のヌードで感情的に動揺する人は、実際に提示されたヌード写真とは異なるものを見たと報告するでしょう。(ある有名なスウェーデンの神経学者は、この特定の例を被験者に試したことがあるかと質問されました。彼は、「スウェーデンでは、ヌード写真は心理的に動揺を与えるものにはならない」と答えました。)経験内容の変更は、意識的な歪曲といったものではないようです。被験者は、自分がイメージを歪めていることに気づいていないし、そのプロセスも無意識のものであるようです。
 言うまでもなくフロイトも、人の意識経験と言葉での表現の間にある情動の葛藤に、無意識が与える効果について、この変容現象を彼の考えに活用しています(シェヴリン(1973年)参照)。タイム-オン理論によって、ある経験内容についての無意識の変容が起こりうる、生理学的な余地が生じます。提示されたイメージの主観的な内容の変化に影響を与えるには、刺激の後に一定の時間が必要になります。感覚イメージをただちに意識できるとすると、意識的なイメージを無意識に変容できる機会はなくなります。意識を伴う感覚アウェアネスが現れるまでの時間感覚の間に、脳のパターンがイメージを検出し、意識経験が現れる前に内容を修正する活動が生じることによって、反応することができるのです。
 感覚事象のアウェアネスを引き出すには、相当な長さの時間のニューロン活動(500ミリ秒間のタイム-オン=持続時間)が事実上必要であることを、私たちの証拠は示しています。その遅延によって、シンプルかつ十分な生理学上の余地が生じ、経験内容のアウェアネスが現れる前に無意識の脳のパターンを変更することができるのです! 確かに、感覚的なアウェアネスについての、時間的に逆行する主観的な遡及という実験現象において、主観的な経験のある種の変容、歪曲についての比較的直接的な証拠が示されました。遅延した経験は、あたかも遅延などまったくないかのように主観的に時間づけられます。また、私たちの実験でさらに明らかになった発見によると、皮膚刺激の後に約500ミリ秒間ほど遅れて《遅延皮質刺激》が続く場合、皮膚刺激の主観的な経験は、実際よりも明らかに《強い》ものとして報告されることがあることが示されました(第2章参照)これが、感覚経験が最終的にアウェアネスに再現する時間の長さ(500ミリ秒間)が、アウェアネスに到達する前に経験内容を変更するのに使われることの直接的な証拠です。
 進展中の経験に対するどのような変容や修正であっても、そのことに関わっている人物に特有のものです。それは、その人物のこれまでの歴史や経験、そして彼を形成している情動や品性を反映したものでしょう。しかし、変容は無意識に行なわれるのです! したがって、ある人物の独特の性質というのは、その無意識プロセスにおいておのずから現れるものである、と言うこともできます。このことは、ジグムント・フロイトや、多くの臨床精神医学あ心理学からの提案と一致しています。
 したがて、比較的シンプルな、アウェアネスを生み出すためのニューロンの時間的必要条件(タイム-オン要因)についての発見が、さまざまな無意識的および意識的精神機能が作用する仕組みについての私たちの考えに対して、どれほど奥深い影響力を持ち得るかが、このことからもわかります。これらのニューロンレベルの時間要因は、脳のプロセスについての予備知識に基づく思弁的な仮説ではなく、脳がどのように意識経験を処理するかについての直接的な実験によってしか発見し得なかったことを心に留めることが、最も大切です。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第3章 無意識的/意識的な精神機能,岩波書店(2005),pp.140-142,下條信輔(訳))
(索引:意識内容の変容)

マインド・タイム 脳と意識の時間


(出典:wikipedia
ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集(Propositions of great philosophers)  「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
 私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
(索引:)

ベンジャミン・リベット(1916-2007)
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無意識の精神機能が、持続時間500ms以上で意識化されるとする仮説は、意識と無意識が脳の同一領域で生ずることを示唆する。ただし、機能が複数の段階、複数の脳の領域と関係する場合は、事情はもっと複雑である。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

意識と無意識

【無意識の精神機能が、持続時間500ms以上で意識化されるとする仮説は、意識と無意識が脳の同一領域で生ずることを示唆する。ただし、機能が複数の段階、複数の脳の領域と関係する場合は、事情はもっと複雑である。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))】

 「(11) それでは、無意識と意識機能は、脳のどの部分において発生するのでしょうか? これら二つの異なる側面を持つ精神機能に、それぞれ個別の場所があるのでしょうか? タイム-オン理論は、無意識および意識機能はどちらも《同じ脳の領域》の同じニューロン群によって、媒介されていることを示唆しています。もし、二つの機能間の移行が単に、アウェアネスを生み出す類似した神経細胞活動の長い持続時間によって生じるのであるならば、それぞれについて異なるニューロンの存在を仮定する必要はなくなります。当然、脳活動は一つ以上の段階または領域が意識的な精神プロセスの媒介に関与しているため、こうした領域のうちあるものは、無意識機能の場合には異なる可能性があります。このような場合には、タイム-オン(持続時間)制御のある単独の領域が、無意識と意識機能の識別を示す唯一のものにはならないでしょう。しかしそれでもなお、タイム-オン(持続時間)の特性は依然として、脳のなかのどの領域にあろうと作動し、識別するための制御因子となり得るのです。
 盲視現象(ワイスクランツ(1986年)参照)によって、意識と無意識機能にはそれぞれ独立した経路と脳構造がある可能性が提示されました。大脳皮質の一次活性領域に損傷のある人間の患者は盲目です。つまり破壊された領域には、通常なら存在する、意識を伴う外部視野がないのです。それでもなお、このような患者は、ただ強制選択すればよいと言われた場合には、正しく視覚野にある物体を指し示すことができるのです。この場合、被験者はその物体を見た自覚がないと報告します。
 無意識の盲視行為は、意識を伴う視覚の脳内のネットワーク領域(一次視覚野はその必要不可欠な一部ですが)とは違う場所で起こります。しかし、別の説では、一次視覚皮質の外部にある構造のどこか、たとえば二次視覚野のどこかに、意識・無意識両方の視覚機能が「宿っている」とします。すると、一次視覚野の機能というのは、この二次視覚野への入力を反復的に発火して与えるということになり、その結果その領域(二次視覚野)での発火の持続時間が増加し、視覚反応にアウェアネスが加わるということになります。その場合、一次視覚野が機能していなければ、その効果は発揮されません。
 では、一次視覚野(V1)がなくても人は自覚のある知覚を持てるのでしょうか? バーバー他(1993年)は彼の非常に興味深い研究の中で、これが可能であることを主張しました。彼らは、交通事故による損傷によって、V1領域を完全に失った患者を研究しました。この患者は、破壊されたV1領域に対応する半視野が、典型的な失明を示していました。それにもかかわらず、「彼は視覚刺激の動きの方向を弁別することができました。また彼は、視覚刺激の性質と動きの検出両方について自覚があったことも、口頭での報告によって示しました。」
 いずれによ、「V1がなくても意識を伴った視覚の知覚は可能である」というバーバーらによる結論は、私たちのタイム-オン理論を排除しません。視覚刺激に反応すると活動の増加を示すV5の領域は、十分に長い活動の持続時間の恩恵をこうむると、視覚の《アウェアネス》を生み出すことができるのかもしれません。実際、バーバーら(1993年)は、なかり長い時間の間、視覚刺激を反復的に加えていました。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第3章 無意識的/意識的な精神機能,岩波書店(2005),pp.138-140,下條信輔(訳))
(索引:)

マインド・タイム 脳と意識の時間


(出典:wikipedia
ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集(Propositions of great philosophers)  「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
 私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
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