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2018年8月12日日曜日

見たこと、聞いたこと、想起したことを、自分の身体感覚として経験させる「仮想身体ループ機構」は、ミラーニューロンと同じような神経機構により実現されていると思われる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

仮想身体ループ機構とミラーニューロン

【見たこと、聞いたこと、想起したことを、自分の身体感覚として経験させる「仮想身体ループ機構」は、ミラーニューロンと同じような神経機構により実現されていると思われる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))】

仮想身体ループ機構
(1)恐ろしい事故が起き、ある人物がひどい怪我を負った話を聞かされる。
(2)心の中にその人物の苦痛を鏡像的に再現する。
(3)表象が、現在の身体マップを急激に変更する。すなわち、この例では苦痛を感じる。この身体マップの変更は、実際の苦痛により被る変更と同じである。このことにより、あたかもあなた自身が犠牲者であるかのように感じる。

ミラーニューロンの働き
(1)相手の動きを見る。
(2)相手の動きに対応する動きが、模倣モードで「プレビュー」されたり、実行されたりする。
(3)この模倣的な身体運動を感知する領域は、実際の身体運動を感知する領域と同じである。すなわち、そのとき我々が感じるものは「実際の」身体状態にではなく、「偽の」身体状態にもとづいている。

 「一方、脳が特定の情動的身体状態を内的に模倣しうることも明白で、それは具体的には共感の情動を感情移入という感情に変えるプロセスで起こる。たとえば、恐ろしい事故が起き、ある人物がひどい怪我を負った話を聞かされる場合を考えてみよう。少しの間あなたは、心の中にその人物の苦痛を鏡像的に再現し、それによって苦痛を感じるかもしれない。そしてあなたは、あたかもあなた自身が犠牲者であるかのように感じる。その感情の強さは、多かれ少なかれ、その事故の大きさとか、その人物についてのあなたの知識に左右される。
 このような感情を生み出すための想定メカニズムは、私が「仮想身体ループ」機構と呼んできたものの一種だ。それは脳による内的な模倣で、それが現在の身体マップを急激に変更する。これは、たとえば前頭前皮質や前運動皮質のような特定の脳領域が、身体感知領域に直接信号を送るとなされる。そのようなタイプのニューロンの存在と存在場所が最近明確になってきた。それらのニューロンは、相手に見いだされる動きを自分の脳に表象し、知覚運動構造に信号を発し、その結果、相手の動きに対応する動きが模倣モードで「プレビュー」されたり、実行されたりする。こういったニューロンはサルや人間の前頭皮質に存在し、「ミラー・ニューロン」として知られている。私が『デカルトの誤り』で仮定した「身体仮想ループ」のメカニズムは、このメカニズムと同種のものに頼っていると私は考えている。
 身体感知領域における身体状態の直接的模倣の結果は、身体からの信号のフィルタリングのそれとまったく変わらない。どちらの場合も、脳は少しの間、現在の身体状態と正確には一致〈しない〉一連の身体マップをつくる。つまり、脳は、流入してくる身体信号を粘土のように使って、しかるべき領域に――つまり身体感知領域に――特定の身体状態を彫り込む。そのときわれわれが感じるものは「実際の」身体状態にではなく、「偽の」身体状態にもとづいている。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第3章 感情のメカニズムと意義、pp.157-159、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))
(索引:仮想身体ループ機構,ミラーニューロン)

感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ


(出典:wikipedia
アントニオ・ダマシオ(1944-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織といった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたかのいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもてない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しかし、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学などからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新しい種類の研究だ。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第4章 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))

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