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2018年8月9日木曜日

他人が物理的な痛みを受けているところを見ると、その視覚情報が、痛みを与える対象(例えば針)から退避しようとする筋肉運動または潜在的な運動を引き起こし、これが他人の痛みを身体的に了解させる。(マルコ・イアコボーニ(1960-))

痛みの共感

【他人が物理的な痛みを受けているところを見ると、その視覚情報が、痛みを与える対象(例えば針)から退避しようとする筋肉運動または潜在的な運動を引き起こし、これが他人の痛みを身体的に了解させる。(マルコ・イアコボーニ(1960-))】

 「ミラーニューロンが他人の行動を見ただけで活性化されるという基本観察にもとづいて、アーリオッティらは銅コイルを使い、針が他人の手と足を突き刺すところを被験者がビデオテープで見ているときの運動皮質の興奮性を測定した。比較対照のために、被験者は無害な綿棒が手と足を軽くこするところ、および、針が手でも足でもなく、トマトを突き刺すところも見せられた。この間ずっと、手を針のほうに向って動かすのを助ける手の筋肉の興奮性が測定された。あわせて、その筋肉の隣にある、手を針に向って動かすことにも針から遠ざかるように動かすことにも関係しない手の筋肉の興奮性も測定された。
 予測はこうだ――被験者側の共感的な痛みの反応が、手を針に《向って》動かす筋肉の興奮性を減少させるだろう。そして結果は、予想どおりだった。手を針に向って動かす筋肉を制御する運動皮質は、針が手を突き刺すところを被験者が見ているときには、針が足やトマトを突き刺すところ、あるいは綿棒がこすりつけられるところを見ているときに比べ、興奮性が低くなっていたのである。痛みを観察しているときに興奮性が弱まるのは、針に突き刺される筋肉だけに限られていた。その隣の手の筋肉は、興奮性にまったく変化がなかった。さらに被験者は実験後、ビデオで見た人間が感じたと思われる痛みの強度を評価するように求められた。その答えをアーリオッティらが分析してみると、実験中の筋肉の運動興奮性が低かった被験者ほど、痛みを強く評価していることがわかった。要するに、観察した痛みに対する共感が強ければ強いほど、その人の脳は針からの「撤退」行動を強くシミュレートするのである。
 この実験により、私たちの脳は観察された他人の苦痛経験の《完全なシミュレーション》を――運動の部分まで含めて――成り立たせることが実証された。痛みは基本的に個人の経験だと思うのが普通の認識だが、じつのところ、私たちの脳はそれを他人と共有される経験として扱っている。このような神経メカニズムは社会的絆を築くのに不可欠なものだ。また、他人の苦痛経験に対するこのようなかたちの共鳴は、進化と発達の観点から見ると、おそらく共感メカニズムの比較的初期のものであろう。もっと抽象的なかたちの共感は、身体的なミラーリングよりも、むしろ感情的なミラーリングにもとづいて成り立つのかもしれない。言い換えれば、もっと抽象的な状況の場合、私たちは痛みの感情的な側面をミラーリングすることによって共感を覚えられるのかもしれない。たとえば相手の表情や身体の姿勢、身ぶりなどが見えていない状況にあったら、私たちはどうやって他人に共感するのだろうか。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第4章 私を見て、私を感じて,早川書房(2009),pp.155-157,塩原通緒(訳))
(索引:痛みの共感)

ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ新書juice)


(出典:UCLA Brain Research Institute
マルコ・イアコボーニ(1960-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「ミラーリングネットワークの好ましい効果であるべきものを抑制してしまう第三の要因は、さまざまな人間の文化を形成するにあたってのミラーリングと模倣の強力な効果が、きわめて《局地的》であることに関係している。そうしてできあがった文化は互いに連結しないため、昨今、世界中のあちこちで見られるように、最終的に衝突にいたってしまう。もともと実存主義的現象学の流派では、地域伝統の模倣が個人の強力な形成要因として強く強調されている。人は集団の伝統を引き継ぐ者になる。当然だろう? しかしながら、この地域伝統の同化を可能にしているミラーリングの強力な神経生物学的メカニズムは、別の文化の存在を明かすこともできる。ただし、そうした出会いが本当に可能であるならばの話だ。私たちをつなぎあわせる根本的な神経生物学的機構を絶えず否定する巨大な信念体系――宗教的なものであれ政治的なものであれ――の影響があるかぎり、真の異文化間の出会いは決して望めない。
 私たちは現在、神経科学からの発見が、私たちの住む社会や私たち自身についての理解にとてつもなく深い影響と変化を及ぼせる地点に来ていると思う。いまこそこの選択肢を真剣に考慮すべきである。人間の社会性の根本にある強力な神経生物学的メカニズムを理解することは、どうやって暴力行為を減らし、共感を育て、自らの文化を保持したまま別の文化に寛容となるかを決定するのに、とても貴重な助けとなる。人間は別の人間と深くつながりあうように進化してきた。この事実に気づけば、私たちはさらに密接になれるし、また、そうしなくてはならないのである。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第11章 実存主義神経科学と社会,早川書房(2009),pp.331-332,塩原通緒(訳))
(索引:)

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