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2021年11月10日水曜日

感情は、生命活動が展開するもの、すなわち知覚、学習、想起、想像、推論、判断、意思決 定、計画、あるいは心的な想像にともなわれる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

感情表出反応

感情は、生命活動が展開するもの、すなわち知覚、学習、想起、想像、推論、判断、意思決 定、計画、あるいは心的な想像にともなわれる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

 「人間存在を支配している(ように見える)心の側面は、今現在の世界であろうが記憶から呼 び起こされたものであろうが、他者や諸事象で満ちた周囲の世界に関係する。それらは、あら ゆるタイプの感覚に由来する無数のイメージによって表わされ、往々にして言葉に翻訳されナ ラティブとして構造化される。それでも驚くべきことに、かくも多様なイメージのすべてをと もなうパラレルな心的世界が存在する。その世界は非常にとらえがたく、私たちの注意を引か ない場合が多いが、おりに触れて非常に重要なものになって、心の支配的な部位における処理 の流れを顕著に変えることがある。このパラレルワールドは《アフェクト》の世界と呼ばれ、 この世界では、《感情》が、通常はより突出した心のイメージにともなって生じる。感情が生 じる直接的な要因には、次のものがある。

   (a)人間存在の背景をなす生命活動の流れ。自発的な、言い換えるとホメオスタシスに関わ る感情として経験される。(b)味覚、臭覚、触覚、聴覚、視覚などの無数の感覚刺激を処理す ることで生じる《感情表出反応》。その経験はクオリアの起源の一つをなす。(c)衝動(飢えや 渇きなど)、動機(欲望や遊びなど)、従来の意味での情動に起因する感情表出反応。これら の感情表出反応は、数々の、ときには複雑な状況に直面した際に活性化される行動プログラム である。情動の例としては、喜び、悲しみ、怖れ、怒り、羨望、嫉妬、軽蔑、思いやり、称賛 などがあげられる。(b)と(c)で言及されている感情表出反応は、基本的なホメオスタシスの流れから生じる自発的なものとは異なり、喚起されることで生じるタイプの《感情を生む》。 なお残念なことに、情動を感じる経験にも、同じ用語「情動」が使われている。そのせいで、 区別されてしかるべき情動と感情が、まったく同一の現象であるという誤った考えが広まって いる。

 私の用法では、アフェクトとはあらゆる感情のみならず、それらを生みだす(すなわち、そ の経験が感情になる行動を生み出す原因になる)状況や仕組みをも包み込む大きなテントを意 味する。

 感情は、生命活動が展開するもの、すなわち知覚、学習、想起、想像、推論、判断、意思決 定、計画、あるいは心的な想像にともなわれる。感情を、心へのおりに触れての訪問者、ある いは典型的な情動によってのみ引き起こされるものと見做すなら、その見方は感情という現象 の偏在性や機能的重要性を正しくとらえていないといわざるを得ない。

 私たちが心と呼ぶ行列に加わっているイメージのほとんどは、注意のスポットライトにとら えられたときからそこを去るまで、感情をともなう。また、イメージはアフェクトの随伴を強 く求めるので、一つの突出した感情を構成するイメージにも他の感情がともなわれる。一つの 音に含まれる倍音や、小石が水面に落ちたときにできる水の輪にも少し似ている。生命活動の 自然な心的経験、つまり存在しているという感覚がなければ、真の意味での生はあり得ない。 生の起源は、連続的で無限であるかのように思える感情状態、すなわち他の心的なものすべて の底流をなす、さまざまな激しさの心的コーラスに存する。なお、「であるかのように思え る」とぼかしを入れたのは、継続するイメージの流れから生じる無数の感情のパルスをもとに 見かけの連続性が構築されるからだ。

 感情の完全な欠如は生の停止を意味するが、それほど劇的でなくとも感情が減退すれば、そ れだけ人間の本性が阻害される。仮に心の感情の「トラック」を狭められたとすると、外界か ら入ってくる視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の刺激から形成された、干からびた感覚イメージ の連鎖が残るだけだろう。干からびたイメージには、具体的なものもあれば抽象的なものもあ り、あるいは象徴的な、すなわち言語的な形態のものもある。また知覚から生じたものもあれ ば、記憶から想起されたものもある。感情のトラックを欠いたまま生まれてくると、事態は もっと悪くなる。イメージの残滓が、まったく感情の影響を受けず、質を与えられることもな く、心のなかを漂うだけだろう。ひとたび感情が取り除かれれば、イメージを美しいもの、醜 いもの、快いもの、不快なもの、上品なもの、野卑なもの、崇高なもの、俗なものなどとして 分類することができなくなるだろう。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第2部 文化的な心の構築,第7章 ア フェクト,pp.125-127,白揚社(2019),高橋洋(訳))

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「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())