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2020年6月8日月曜日

7.否定的および肯定的裁可によって社会性を維持するための諸感情を洗練してきた人類は、他者の感情と期待を表現する、より一般的な道徳記号を生成した。そして、道徳記号への違反と同調が、感情を喚起する。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

道徳的記号化

【否定的および肯定的裁可によって社会性を維持するための諸感情を洗練してきた人類は、他者の感情と期待を表現する、より一般的な道徳記号を生成した。そして、道徳記号への違反と同調が、感情を喚起する。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】

(1.7)追記

(1)人類の歴史
 (1.1)社会性と集団が無ければ生存できなかった
 (1.2)感情能力が強化されることで社会性が獲得された
 (1.3)社会性を強化するための、感情能力に依存する6つの仕組み
 (1.4)その1:感情エネルギーの動員と経路づけ
 (1.5)その2:対面反応の調整
 (1.6)その3:裁可
  (1.6.1)否定的裁可
   (1.6.1.1)怒りの表出
   (1.6.1.2)恐怖の喚起
   (1.6.1.3)否定的裁可の効果
   (1.6.1.4)否定的裁可の離反的効果
  (1.6.2)否定的裁可の内在化、恥と罪の感情
  (1.6.3)記憶による感情の持続化、激情化と肯定的感情の発展
   (1.6.3.1)記憶による感情の持続化と激情化
   (1.6.3.2)肯定的感情の必要性
  (1.6.4)肯定的裁可の内在化、誇りの感情
  (1.6.5)自己像の形成と自尊心の感情の誕生
  (1.6.6)悲しみなどの否定的感情の役割
   (1.6.6.1)恥や後悔などの感情と動機づけ
   (1.6.6.2)他者の悲しみの感知と連帯
 (1.7)その4:道徳的記号化
  (1.7.1)道徳的記号化
   (a)人間は他者の期待に注意を払い、同調性を高めなければならなかった。
   (b)人間は他者の表現する全方向の感情に対して、敏感でなければならなかった。
   (c)人間は感情と期待を、より一般的な行動記号(たとえば、規範、価値)を生成できるような方法で結合する必要があった。
  (1.7.2)道徳記号の機能
   (a)道徳記号に違反が発生すると、違反者に対する怒りが同調を要求する他者を興奮させ、また違反者に向けられた。
   (b)違反者に向けられる怒りは、同調の努力を喚起させるであろう。
   (c)道徳記号が守られるとき、同調に向う満足-幸せは、同調の継続に肯定的強化物を与えるであろう。
 (1.8)その5:資源評価と資源交換
 (1.9)その6:合理的意思決定

 「アフリカ・サヴァンナで組織を作ろうとする相対的に社会性の低い動物を想像するとき、選択はこの動物の神経解剖学的構造にどのように関与しなければならなかっただろうか。

第一に、選択はこの動物の神経解剖学的構造を強化する必要があった。そのためこの動物は他者の期待に注意を払い、そして同調性を高めなければならなかった。

第二に、その動物は他者の表現する全方向の感情に対して敏感でなければならなかった。

第三に、その動物は感情と期待を、より一般的な行動記号(たとえば、規範、価値)を生成できるような方法で結合する必要があった。

恐れ、怒り、そして満足といった原基感情はこの過程を開始するのに十分であった。

選択はこれらの原基感情を道徳記号にするための変種に、そしてその変種によって作られる感情をいっそう複雑かつ精妙に拡張したと仮定することは可能である。

したがって道徳記号に違反が発生すると、違反者に対する怒りが同調を要求する他者を興奮させ、また違反者に向けられた。これと同様に、違反者に向けられる怒りは、同調の努力を喚起させるであろう。

道徳記号が守られるとき、同調に向う満足-幸せは同調の継続に肯定的強化物を与えるであろう。

こうした原基感情のより微妙な変種と組み合わせが進化すると、記号そのものとその裁可が結果的にますます複雑になり、これによってヒト科類人猿の祖先に適した、いっそう柔軟な社会的構成が可能になった。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第2章 選択力と感情の進化、pp.76-77、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:道徳的記号化)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学



(出典:Evolution Institute
ジョナサン・H・ターナー(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『社会という檻』第8章 人間は社会的である、と考えすぎることの誤謬、pp.276-277、明石書店 (2009)、正岡寛司(訳))

ジョナサン・H・ターナー(1942-)
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6.恥や後悔などの否定的感情は、肯定的裁可を得られるような行為へと個人を動機づけ、他者の悲しみの感情の感知は、他者の悲しみを救済しようとする行為を介して、連帯を強化する。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

悲しみ等の否定的感情

【恥や後悔などの否定的感情は、肯定的裁可を得られるような行為へと個人を動機づけ、他者の悲しみの感情の感知は、他者の悲しみを救済しようとする行為を介して、連帯を強化する。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】

(6)悲しみなどの否定的感情の役割
 (6.1)恥や後悔などの感情と動機づけ
  悲しみは肯定的裁可の力と結合される。なぜなら、われわれがこうした裁可を受けとれないときに感じる悲しみは、その裁可を確実に受けとれるような仕方で行動しようとわれわれを動機づけるからである。
 (6.2)他者の悲しみの感知と連帯
  他者における悲しみを感じとり、他者の状態を認知できるようになり、悲しみを送信してくる者を肯定的に裁可しようとする環境にいる各個人にとって、一つの標識になる。この意味で、悲しみはほとんどの連帯を最終的に生産できる。

 「ところで、失望-悲しみが原基感情であるかどうかについては多少の議論がある。

有名なフロイト学派の見解によれば、失望-悲しみは感情エネルギーを消耗させ、そして拡散した不安と鬱ぎ込みの双方を引き起こす抑圧の産物である。

この議論にはいくつかの利点があるが、しかしここでのわたしの議論にとって、もし裁可が社会連帯を作りだすのに必要な複雑さをもつことだとすれば、悲しみは非常に重要な感情であるとだけ強調しておく。

神経伝達物質と神経刺激性ペプチド系がもともと、悲しみを引き起こすようにみえる物質を、微量もしくは中程度の量を作るのであれば、あるいはよくあるように、それらが単に満足をもたらすだけの物質を作りそこねたのであれば、選択は他者における悲しみの変種と組み合わせを感じとり、そして認知するように人間の能力を拡張するために、このシステムに働くかもしれない。

悲しみは、怒り、恐れ、満足だけではありえない次元を感情レパートリーに付け足している。

そしてさらに、悲しみは否定的ならびに肯定的裁可の重要な部分である。

上述したように、罪と恥――これはわたしの見解では、圧倒的に悲しみによって特徴づけられる(第3章をみよ)――のような感情を生産する否定的裁可は、怒り-恐れ-怒りの悪循環を作ってしまう暴発を減らし、と同時に個人に償いをするよう動機づける。

また、悲しみは肯定的裁可の力と結合される。なぜなら、われわれがこうした裁可を受けとれないときに感じる悲しみは、その裁可を確実に受けとれるような仕方で行動しようとわれわれを動機づけるからである。

確かに、深い悲しみと抑圧は社会結合を妨げる。明らかに、霊長類はこうした深い感情を経験する能力をもっている。

けれども、もっと短い悲しみのエピソードは高度に結合的である。なぜならそうした短期の悲しいエピソードは、霊長類を肯定的であろうとさせ、そして肯定的裁可を強化するからである。

そしてこうした裁可が実際に満足-幸せのような肯定的感情を生産すると、悲しみは個人にとって、また悲しみを送信してくる者を肯定的に裁可しようとする環境にいる各個人にとって、一つの標識になる。

この意味で、悲しみはほとんどの連帯を最終的に生産でき、もっと肯定的な裁可の過程の活性化にとって一種の引き金になる。

したがって、悲しみと、恥や罪などの剥奪感情とがなければ、否定的裁可と肯定的裁可の両方が、感情によって社会結合を構築するための力と機微、また活力になりえなかったであろう。」

(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第2章 選択力と感情の進化、pp.72-74、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:悲しみ,後悔,恥)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学


(出典:Evolution Institute
ジョナサン・H・ターナー(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『社会という檻』第8章 人間は社会的である、と考えすぎることの誤謬、pp.276-277、明石書店 (2009)、正岡寛司(訳))

ジョナサン・H・ターナー(1942-)
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5.肯定的裁可は内在化し、誇りの感情を生む。やがて、個人は自己像を持ち、対象としての自己を自分で肯定的に評価することで、自尊心の感情が誕生し、強い社会結合と連帯を作り出すことができるようになる。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

自尊心

【肯定的裁可は内在化し、誇りの感情を生む。やがて、個人は自己像を持ち、対象としての自己を自分で肯定的に評価することで、自尊心の感情が誕生し、強い社会結合と連帯を作り出すことができるようになる。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】

(4)肯定的裁可の内在化、誇りの感情
(5)自己像の形成と自尊心の感情の誕生
 (a)肯定的裁可が内在化した誇りの感情がさらに自律化し、対象としての自己を自分で肯定的に評価することで、自尊心の感情が誕生する。
 (b)自尊心の感情は、おおむね幸せからなっている。
 (c)自らを誇れるような仕方で行動できないかもしれないという恐れの気持ちが付きまとっている。
 (d)自尊心は個人が将来の期待を適え、そしてこうした努力によって生まれる肯定的裁可を確保できるように個人を押しあげる能力をもっている。
 (e)相互的な自尊心を用いる方法は、否定的裁可とその感情を用いる方法よりも、はるかに強い社会結合と連帯を作りだすことができる。

 「社会結合と連帯にとってとくに重要であったのは自尊心の感情である。自尊心の感情はおおむね幸せからなっている。

とはいえそれには自らを誇れるような仕方で行動できないかもしれないという恐れの気持ちが付きまとっている。

チャールズ・ホートン・クーリー(Cooley 1916)がはじめて自尊心の重要性を認識した。トーマス・シェフ(Scheff 1988,1990a,1990b)の最近の研究によってその重要性があらためて検証されている。

自尊心がとりわけ重要であるのは、それが対象としての自己についての個人の意識的情動と結びついているからである。

自尊心は自己が課し、また他者によって課せられた期待を適えることができたとき、もしくは期待以上のことをなし遂げたときに生まれる。

肯定的裁可は自尊心の生産にとっての基本であるが、しかしこれがひとたび活性化すると、自尊心は個人が将来の期待を適え、そしてこうした努力によって生まれる肯定的裁可を確保できるように個人を押しあげる能力をもっている。

さらに自尊心は肯定的な社会結合を築くような仕方で個人に行為を行わせる。というのも、自尊心は基本的に自分にとっての幸せの感情――これは伝染しやすい傾向をもつ――だからである。

それゆえ、他者は自尊心を経験している人と役割取得をしているわけだから、彼らは肯定的情動を経験しやすい。

だからこそ、ヒト科の進化のきわめて早い時期に、選択は人間の祖先に自尊心を経験する能力を与えたのではないだろうか。ついで、自尊心は期待を適えるように自らを方向づけるための羅針盤を個人に与え、また肯定的裁可の表現を通して他者に同一の行動をするよう促す。

相互的な自尊心を用いる方が、他の方法を用いるよりもはるかに相互的な自尊心から強い社会結合と連帯を作りだすことができる。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第2章 選択力と感情の進化、pp.71-72、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:自尊心)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学



(出典:Evolution Institute
ジョナサン・H・ターナー(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『社会という檻』第8章 人間は社会的である、と考えすぎることの誤謬、pp.276-277、明石書店 (2009)、正岡寛司(訳))

ジョナサン・H・ターナー(1942-)
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4.怒りと恐れを使った否定的裁可は内在化し、恥と罪の感情を生む。しかし記憶は、怒りと恐れを持続化、激情化するため、社会性と集団構造維持の選択圧は、連帯と緊密な社会結合を生む肯定的感情を発展させた。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

肯定的感情の発展

【怒りと恐れを使った否定的裁可は内在化し、恥と罪の感情を生む。しかし記憶は、怒りと恐れを持続化、激情化するため、社会性と集団構造維持の選択圧は、連帯と緊密な社会結合を生む肯定的感情を発展させた。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】

(2)(3)追記。

(1)否定的裁可
 怒りの表出を伴う否定的裁可は、相手に恐怖を喚起する。これは、危険からの逃走、敵への攻撃という基盤を持つ感情のため効果的であるが、対抗的な怒りを生み、連帯を促進しない悪循環を生み出す可能性もある。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))
 (1.1)怒りの表出
  相手側が期待に適うことができなかったことに対する、当事者の怒りあるいはこの感情の変種を含んでいる。
 (1.2)恐怖の喚起
  間違いをした側に、恐怖心あるいはこの感情の変種を喚起する。
 (1.3)否定的裁可の効果
  否定的裁可は、ほとんどの哺乳類において原基的な感情である、怒りと恐れの感情を利用しているため、非常に効果的である。
  (a)怒り
   防衛的攻撃を動員する能力をもたない動物は、逃げのびて退避できない場合に、捕食者の歯牙にかかって死ぬ運命にあるからである。
  (b)恐怖
   恐怖心をもたない動物は、選択によって除外される。
 (1.4)否定的裁可の離反的効果
  否定的裁可は、恐れを喚起するだけでなく、しばしば対抗的な怒りを生む。そのため、否定的裁可は連帯を促進しない怒り-恐れ-怒りという複雑な循環を生みだす可能性がある。

(2)否定的裁可の内在化、恥と罪の感情
 (a)過去の否定的裁可が記憶され、自己行為が怒りの反応を喚起するかもしれないという恐れが、恥や罪の感情を生み出す。
 (b)否定的裁可の離反的効果が取り去られる。
(3)記憶による感情の持続化、激情化と肯定的感情の発展
 (3.1)記憶による感情の持続化と激情化
  (a)ヒト科の感情レパートリーが拡張すると、激怒、憎悪、逆上、反感などの、非常に激しい感情が可能になる。
  (b)また、特に記憶を貯蔵するためのヒト科の認知能力が人間の水準に達し始めたとき、激しい感情が簡単に思い起こされることは、社会的結合にとってきわめて破壊的である。
 (3.2)肯定的感情の必要性
  (a)否定的裁可に起因する感情だけでは、社会構造が維持できない。そこで、連帯と緊密な社会結合が構築される肯定的な感情を生成できるように、選択圧が働いた。すなわち、ヒト科の脳が満足と幸せの変種を組み合わせるように再配線された。
  (b)満足-幸せという原基的な情動状態が、自尊心、愛情、喜び、恍惚、歓喜といった新しい感情を生み出した。
  (c)母子結合を作りだす帯状回下部などの領野、神経伝達物質を放出する脳幹のような領野、そして神経刺激性ペプチドを生産する間脳と下垂体などの領野が関係する。

 「こうした離反的な結末を乗り越えるため、恥や罪のようなずっと複雑な感情が進化した。

これによって、否定的裁可は粗暴な怒りの反応を起こさないですむ。恐れ、怒り、そして悲しみの組み合わせが罪や恥のような感情を生成したほうがよい。

次章で述べるように、これらは特に有効な感情である。

なぜなら、期待に応えられなかった当事者に対して否定的裁可を与える側が過度の怒りをぶつけることのないように、そうした感情になんらかの修正を加えるよう自らを動機づけさせるからである(そのために、怒りの多くが自己に向けられた)。

したがって、否定的裁可が結合のための紐帯を生むためには、否定的裁可の離反効果を取り去ることができ、しかも複雑な感情を生産するために脳を再配線しなければならなかった。

ヒト科の新皮質が拡張するにつれて、彼らは過去の屈辱的な処遇に怒りの反応を喚起するかもしれないような過去の裁可を記憶することができ、それによって連帯を維持している現在の努力を壊しかねない離反的効果を取り除く必要がますます重要になった。

さらに、ヒト科の感情レパートリーが拡張すると、激怒、憎悪、逆上、反感などの非常に激しい感情が可能になる。またとくに記憶を貯蔵するためのヒト科の認知能力が人間の水準に達し始めたとき、そうした感情が簡単に思い起こされることは、結合にとってきわめて破壊的である。

 ゆえに、集団連帯は否定的感情だけに頼って構築することも、また維持することもできない。社会構造はもっと結合反応を喚起する肯定的裁可によって構築されなければならないのである(Coleman 1988,Hechter 1987)。

こうした肯定的感情は恐れ-怒りほどに哺乳類にしっかり配線されてはいなかった。事実、母-子の結合は哺乳類に普遍的であり、たとえ社会性の低い類人猿においても、たとえばチンパンジーの兄弟にみられるように、肯定的な友情の結びつきが形成できる。

しかし人間と比べて、類人猿は満足-幸せを軸にして展開する感情価の点で相対的に低い。だから、ヒト科の脳が満足と幸せの変種と組み合わせとを生みだすために再配線されたということは大いにありうることだ。

自尊心、愛情、喜び、恍惚、歓喜といった新しい感情が、辺縁系が満足-幸せという原基的な情動状態から構築される感情に再配線されるときに可能となった。

選択は、連帯と緊密な社会結合が構築される肯定的な感情を生成できる辺縁系を作りだすために激しく働いたにちがいない。

満足-幸せという感情の広範な変種を経験し、表現し、解読するための能力を急速に構築するために働きかけうるところ――母子結合を作りだす帯状回下部などの領野、神経伝達物質を放出する脳幹のような領野、そして神経刺激性ペプチドを生産する間脳と下垂体などの領野――は、選択が働きかけるに十分であった。」

(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第2章 選択力と感情の進化、pp.70-71、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:否定的裁可,恥,罪,肯定的感情)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学



(出典:Evolution Institute
ジョナサン・H・ターナー(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『社会という檻』第8章 人間は社会的である、と考えすぎることの誤謬、pp.276-277、明石書店 (2009)、正岡寛司(訳))

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