古典力学の第2不確定性原理
:n粒子系において情報は他粒子に移せない。他の粒子の不確定度を増やすことで、ある粒子の不確定度を減らすことには限界値がある。(限界値は、n粒子系の最初の不確定性領域に応じて決まる。)(ミハイル・グロモフ(1943-))
「ではもう一歩進んで、一個ではなく何個かの球が同じビリヤード台で動いているようすを 想像しよう。今、N個の球がにぎやかに動きまわっているとする。この場合は、もはやどの球 もクッション上で衝突してからつぎに衝突するまで直線にそって動くとはいえない。また、そ れぞれの球の速さが動きだしてからずっと一定であるともいえない。球は台の上で他の球と衝 突するかもしれず、衝突すれば、互いに異なる方向に異なる速さで遠ざかるだろう。衝突後の 速度(方向と速さ)は、クッションに当たって跳ね返るときと同じように完全に決まるので、 N個の球の軌道全体は最初の位置と速度によって完全に決定される。 これらの球の初期位置と初速度を完全に正確に知ることはできない。それぞれの球につい て、測定値のまわりにいくらかの不確定性領域があるからだ。この領域の面積を先のように最 初の「不確定度」と呼ぼう。k個目の球の最初の不確定度をukと書くと、各 ukは球が一個のときの同じように解釈される。つまりukの値が 小さいほど、最初の位置と速度は高い精度で測定されたことを意味する。 第一不確定性原理は一つ一つのukにではなく、それらの和 u1 +u2+......uNに適用される。この和をUと書き、「全不確定度」と
呼ぼう。詳しくいうと、これは初期時刻t=0(運動の開始時)のおける全不確定度のことだ が、第一原理によればこの量はその初期値に固定されているので、未来の任意の時刻tにおい て全不確定度はつねに最初の値Uに等しくなっている。 運動がこれだけ複雑になってもUの値が一定であり続けるとは、これまた凄いことである (たくさんの球が互いにぶつかり合いながら台の上を動きまわっているようすを思い浮かべて ほしい)。だがここでかすかな希望が頭をもたげる。なるほどUは一定でなければならない が、個々のukは違う。それらの値は変動しうる。いや、実際に変動している。 いいかえれば、それらは互いに補い合わなければならない。つまり一つが減れば他のどれかが 増えなければならない。そこで今、わたしたちの関心がすべての球のうちの一個だけ、たとえ ば一番目の黒い球だけに集中していて、残りの白い球はどうでもよいとしよう。このとき、黒 い球の不確定度u1を減らして他の白い球の不確定度を増やすようなビリヤード 台を作ることはできないだろうか。それができればu1が減っても u2、u3、......、uNが増えるから、全不確定度 u1+u2+......uNは初期値Uのままに固定される。白 い球に関してわかることははじめより少なくなるが、そんなことはどうでもいい、だってわた したちは(たとえばその球をポケットに入れなければならないという理由で)黒い球にしか関 心がないのだから。 これは第一原理を回避するためにやってみたくなる方法である。白い球の情報を黒い球に移 すのだ。しかし、残念ながらこれはできない。それがグロモフの発見した第二不確定性原理の 本質的内容である。 古典力学の第二不確定性原理――情報は移せない。N個の球について最初の不確定性領域があ たえられたとき、黒い球の不確定性領域を閉じこめるような円の半径はある長さrより小さく できない。 いくつかのコメントをしておこう。まず、この命題に出てくるrという数は、N個の球の最初 の不確定性領域に《応じて》決まるということだ。」 (イーヴァル・エクランド(1944-)『可能な中で最善な世界』(日本語名『数学は最善世界 の夢を見るか?』)第5章 ポアンカレとその向こう、pp.175-177、みすず書房(2009)、南 條郁子(訳))