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2022年3月6日日曜日

物々交換から始まって貨幣が発明され、そのあとで次第に信用システムが発展したというのは、事実ではない誤った理論である。注意深い研究は、まさにこの逆が真実であることを示す。確かに受け取ったという約束行為と、その約束を信じるという行為が貨幣の起源である。(アルフレッド・ミッチェル=イネス(1864-1950))

貨幣の起源

物々交換から始まって貨幣が発明され、そのあとで次第に信用システムが発展したというのは、事実ではない誤った理論である。注意深い研究は、まさにこの逆が真実であることを示す。確かに受け取ったという約束行為と、その約束を信じるという行為が貨幣の起源である。(アルフレッド・ミッチェル=イネス(1864-1950))
















   


(a)貨幣の歴史は書き改められていない
 新しい歴史はついに書かれなかった。どの経済学者も ミチェル・イネスを論駁することはなかった。ひたすら無視した。あらゆる証拠資料が物 語の誤りを明示しているにもかかわらず、教科書がそれを書き換えることはなかった。いまだ 貨幣の歴史は実質的には鋳貨の歴史として描かれている。




「ここにいたって貨幣の起源にかんする旧来の物語はほとんどあらゆる点で崩壊してしま う。ひとつの歴史的理論がここまで絶対的かつ系統的に論駁されることもまれであろう。20世 紀に入っての数十年で、貨幣の歴史を完全に見直すのに必要な著作はすべて出揃っていた。土 台となる作業をおこなったのは――先ほどの鱈の話題で参照した――ミチェル・イネスであり、 1913年と1914年にニューヨークの『銀行法雑誌(Banking Law Journal)』誌に発表され た2本の論文である。これらの論文のなかで、ミチェル・イネスは既存の経済史が足場をおい ている誤った前提をきわめて冷静に列挙しながら、真に必要なのは負債の歴史であると主張し ている。  『商業にかんして流布している誤謬のひとつは、次のようなものである。すなわち、近代に おいてはじめて貨幣を預金する仕組みが信用(クレジット)と呼ばれて導入され、かつこの仕 組みが知られる以前には、あらゆる購入は現金で、要するに貨幣によって支払われていた、 と。注意深い研究の示すのは、まさにこの逆が真実であるということである。旧時代に硬貨が 商業においてはたしていた役割は、今日よりはるかに小さかった。実際に、硬貨の量があまり に少なかったおかげで[中世イングランドの]王室と支配階級は、小規模の支払いのために、 さまざまな種類の代用貨幣を必要としたぐらいである。鋳貨の量があまりにもささやかだった のでときおり王たちはそれらすべての硬貨を再鋳造や再発行のために引き上げたが、それでも 商業にはさしつかえなかったのである。』  実のところ、貨幣史についての標準的見解はここからまったく後退している。物々交換からはじまって、貨幣が発見され、そのあとで次第に信用システムが発展したわけではない。事態 の進行はまったく逆方向だったのである。わたしたちがいま仮想貨幣と呼んでいるものこそ、 最初にあらわれたのだ。硬貨の出現はそれよりはるかにあとであって、その使用は不均等にし か拡大せず、信用システムに完全にとってかわるにはいたらなかった。それに対して物々交換 は、硬貨あるいは紙幣の使用にともなう偶然の派生物としてあらわれたようにみえる。歴史的 にみれば物々交換は、現金取引に慣れた人びとがなんらかの理由で通貨不足に直面したときに 実践したものなのだ。  興味深いことになにも起きなかった。新しい歴史はついに書かれなかった。どの経済学者も ミチェル・イネスを論駁することはなかった。ひたすら無視したのだ。あらゆる証拠資料が物 語の誤りを明示しているにもかかわらず、教科書がそれを書き換えることはなかった。いまだ 貨幣の歴史は実質的には鋳貨の歴史として描かれている。そこで想定されているのは、過去に おいて貨幣と鋳貨とはおなじものであったということである。いまだ鋳貨が大幅に消失した時 代については、経済が「物々交換に回帰した」時代だったと記述されている。この一節がなに を意味するのか、ほとんど知られていないにもかかわらず、あたかも自明のものとみなされて いる。その結果、たとえば950年に、あるオランダの街の住民は、いったいどのようにして、 じぶんの娘の婚礼のためにチーズやスプーンを購入し楽隊を雇ったのか、わたしたちにはほと んどなにもわからなくなっている。ましてやペンバやサマルカンドでこうした行事がどのよう に差配されたのか知るよしもないのである。」
 (デヴィッド・グレーバー(1961-2020),『負債論』,第2章 物々交換の神話,pp.62-64,以 文社(2016),酒井隆史(訳),高祖岩三郎(訳),佐々木夏子(訳))

負債論 貨幣と暴力5000年 [ デヴィッド・グレーバー ]

 
デヴィッド・グレーバー
(1961-2020)