2021年11月20日土曜日

もし、意識を伴う拒否が、先行する無意識な過程の結果であるなら、拒否は意識的な選択とは言えない。それは、先行する無意識プロセスを必要とせず、起動されつつある行為の単なる意識化とは異なる制御機能であり、能動的な意志の発動なのではないか。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自由意志

もし、意識を伴う拒否が、先行する無意識な過程の結果であるなら、拒否は意識的な選択とは言えない。それは、先行する無意識プロセスを必要とせず、起動されつつある行為の単なる意識化とは異なる制御機能であり、能動的な意志の発動なのではないか。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


「意識ある拒否には、先行する無意識の発生源があるのだろうか? ここで私たちは、意識を伴った意志の発達と出現の場合と同様、意識的な拒否そのものにつ いても先行する無意識プロセスに発生源があるかという可能性について考えなければならない でしょう。もし拒否そのものが無意識に起動し、発展するものであるのならば、拒否という選 択は、意識的な原因事象というよりも、《やがて自覚化される》無意識の選択ということにな ります。適切なニューロンの活性化のわずか約0.5秒後に、脳はある対象へのアウェアネスを 「生み出す」ことを、私たちのこれまでの証拠は示しています(第2章、およびリベット (1993年、1996年)参照)。 拒否を選択した無意識の起動でさえも、無意識とはいえ本人による正真正銘の選択であり、 依然として自由意志のプロセスであるとみなすことができる、と提案した人もいます(たとえ ばベルマンス(1991年))。自由意志についてのこのような意見が容認できるものでないこと に私は気づきました。このような意見によれば、人は意識的に自分の行為をコントロールする ことができないことになります。この場合、人は無意識に始動した選択にのみ、気づくことに なります。先行するどのような無意識プロセスの本質に対しても、直接的な意識を伴ったコン トロールをすることがまったくできないということになります。しかし、自由意志プロセスと いうときには、行動すべきか否かの選択について、人は意識的に責任を負うことができるとい うことが含意されています。私たちは、意識的なコントロールの可能性がなければ、無意識に実行する行為についてその人への責任を問いません。 たとえば、精神運動性のてんかんの発作やトゥレット症候群(社会的に眉をひそめられるよ うな言葉での罵り叫ぶ)の患者の行為は、自由意志に基づくものとはみなされません。それな らばなぜ、健常な人物に無意識にある事象が発生し、それがその人自身の意識的なコントロー ルも及ばないプロセスである場合にも、それはその人自身が責任を負わなければならない自由 意志に基づく行為だとみなされなくてはならないのでしょうか? このような考えに代わって、意識を伴う拒否は、先行する無意識プロセスを必要としなけれ ば、その直接的な結果でもないという考えを私は提案します。意識を伴う拒否は制御機能であ り、行為への願望に単に《気づく》こととは異なります。どのような心脳理論においても、ま た心脳同一説においてさえも、意識を伴う制御機能の性質に先行し、これを決定する特定の神 経活動が必要とされるような論理的な必然性はありません。また、先行する無意識プロセスが 特定の発達をすることなしに、制御プロセスが現れる可能性を否定する、実験的な証拠もあり ません。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.170-172,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

行為が期待されている直前の時点、100~200ms前であっても、予定した行為の拒否が可能であることが、実験 的に示される。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

拒否としての自由意志

行為が期待されている直前の時点、100~200ms前であっても、予定した行為の拒否が可能であることが、実験 的に示される。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


「行動しようとする衝動の拒否、という経験は、私たちは日ごろよく経験しています。予測 される行為が、社会的に受け入れがたいものである場合あ、その人の全人格や価値観と合わな いものである場合に、これは特によく起こります。実際に、行為が期待されている直前の時 点、100~200ミリ秒前であっても、予定した行為の拒否が可能であることを、私たちは実験 的に示してきました。しかしこれは、実験的に限定された検証でした。自然発生的な拒否にお いては、電気的な筋肉の活性化がなく、そこを起点に時間を遡って何秒という時点の頭皮の電 気活動をコンピュータに記録されることができないわけですから、このことは検証できませ ん。したがって技術的に、あらかじめ予定した時間に実行するように計画された行為の拒否に 関する研究だけしか、行うことができません。被験者は、「時計」のある時点、たとえば10秒 の印のところで、行為を準備するように指示を受けます。しかし、被験者は予定していた時間 での行為を100~200ミリ秒前に拒否することになります。被験者が行動しようとする期待を 感じている報告と一致して、拒否を行うよりも1、2秒前にかなりの大きさのRPが発生します。 しかし、このRPの発生は、被験者が行為を拒否し、筋肉反応が現れなくなると、あらかじめ予 定していた時点のおよそ100~200ミリ秒前のところで横ばいになります。観察者は、行為を 予定した時点になったら、コンピュータに起動信号を送ります。このことによって、人は行為 を予定していた時点の直前100~200ミリ秒以内に、その行為を拒否できることが少なからず 示されました。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.161-162,下條信輔(訳))




マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

自由意志は意志プ ロセスを起動しない。しかし、意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断したり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自由意志

自由意志は意志プ ロセスを起動しない。しかし、意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断したり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

「強迫反応性障害(OCD)は、行為を促す自発的な衝動と拒否機能の役割の異常な関係につ いて、興味深く適切な例を提示します。たとえばOCDの患者は、何度も繰り返し手を洗うと いった、特定の行為を繰り返し実行しようとする意識を伴った衝動を経験します。この患者に は、衝動を毎回拒否し、その行為をし続けないようにする能力が明らかに欠けているのです。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経学者であるJ・M・シュワルツとS・ベグレイ(2002 年)が行った非常に興味深い臨床調査では、OCD患者を訓練して、行為せずにはいられない衝 動を積極的に拒否する能力を改善することができました。患者は衝動的なプロセスを意識的に 拒否するように努力ことを学び、やがてOCDの症状を克服しました。積極的な「精神力」が、 行動せずにはいられない衝動を拒否する原因として作用すると解釈しなければならず、そのた めこの意識的な精神力は決定論的唯物主義者の観点からは説明がつかず、解決できない、と シュワルツとベグレイは提案しました。最近では、行動の暴力的な患者がこうした暴力の衝動 を拒否できるように訓練し始めた、とサンフランシスコのある精神科医が私に教えてくれまし た。 こういったことすべてが、私の意識的な拒否機能についての意見と合致しており、自由意志 がどのように作用するかという私の提案を強力に支持しています。つまり、自由意志は意志プ ロセスを《起動》しません。しかし、意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断し たり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御することができます。 [訳注=この部分は、一見すると脳一元の決定論に見える自身の研究結果と、自由意志を擁護 する健全な常識的立場をなんとか矛盾なく両立させようとする、著者リベットの努力の跡、と 見ることができる。その骨子は、メンタルプロセスを二つに分け、行動への最初の衝動は無意 識裡に生理学的に起動されるが、それを止める「権利」は自由意志が有する、というものであ る。S・コズリンの「序文」に見るように、この考え方は主観的な現象と合致するばかりか、カ オス、複雑系などの影響を受けたモダンな脳観とも相性がよい。しかし反面で、この「最初の 衝動」と「抑制の意志決定」をそんなにきれいに切り分けられるのか、という疑問も提起す る。たとえば、ある行為をし続けていて、「そろそろ止めようか」という「抑制の意志決定」 はどちらに属するのか、議論の余地が残る。]」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.167-168,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

今、動こう」とする自発的なプロセスは、無意識に始動する。意識ある自己は、このプロセスを始動できなかった。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自由意志とは何なのか

「今、動こう」とする自発的なプロセスは、無意識に始動する。意識ある自己は、このプロセスを始動できなかった。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

「哲学者ジョン・R・サール(2000年aとb)は、「『意識ある自己』が理由に基づいて行動 し、行為を《始動する》能力がある場合に、自発的な行為は現れる」、と主張しています。し かし、「今、動こう」とする自発的なプロセスは無意識に始動することを、私たちは発見しま した。したがって、意識ある自己はプロセスを始動できなかったはずです。行為が意識ある自 己によって発生しなくてはならない理由があるとすれば、それがいかなる理由であっても、予 定することや選択を決定したりするカテゴリにぴったりとあてはまるはずです。この種のプロ セスは、最終的な「今、動こう」とするプロセスとは明らかに異なることを、私たちは実験的 に示してきました。結局のところ、人は、まったく行動することすらせずに、ある行為につ いて計画し、思考することができるのです! 実験的に判明しているすべての証拠を考慮に入 れなかったことから、サールが哲学的に生み出したモデルは苦境に立たされます。彼のモデル のほとんどは検証されておらず、検証不能ですらあるのです。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.158-159,下條信輔(訳))
(索引:)








マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

自発的な行為の前には、頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができる。これは準備電位と呼ばれ行為を実行する約800msかそれ以上前に開始する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

自発的行為の準備電位

自発的な行為の前には、頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができる。これは準備電位と呼ばれ行為を実行する約800msかそれ以上前に開始する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(RP) 
準備電位   自発的
 800ms                    行為
 ├──────────┤

RP:頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇する

「この疑問についての実験的な研究の可能性は、コーンフーバーとディーック(1965年)の 発見によって切り開かれました。彼らは、脳活動の電位変化が、自発的行為に規則的かつ特異 的に先立って記録できることを発見しました。自発的な行為の前には、頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができます。電位変化は、被験者が自発的であ ると思われる明らかな行為を実行する約800ミリ秒かそれ以上《前》に開始します。そのた め、これは《準備電位》(RP、またはドイツ語で Bereitschaftspotential(ベライト シャフツポテンシャル)と呼ばれます。
 ここで調べた行為は、手首または指の急激な屈曲でした。個々のRPは非常に微弱であるた め、他の休息中の脳の電気活動の間に実質的には埋もれていました。そのため、微小なRPを合 計してコンピュータで平均化された波形を作成するためには、このような行為を何度も実行し なければなりませんでした。被験者は、こうした無数の行為を「マイペース」で実行すること が許可されていました。しかし、コーンフーバーとディーックは、許容範囲である実験時間内 にRPが合計で200から300回繰り返されるように、被験者の行為するタイミングを毎回約6秒間 に制限していました。
 コーンフーバーとディーックは、行為を促す意識を伴った意志がいつ現れるかという問題 を、脳の準備(RP)と関連づけて考えていませんでした。しかし、RPが自発的な行為に先立つ 時間があまりに長いことから、《脳》活動の《始動》時点と、自発的な実行を促す《意識的 な》意図が現れる時点との間にはズレがあるに違いない、と私は直感的に感じていました。意 志のある行為についての公開討論の中で、神経科学者であり、ノーベル賞受賞者のジョン・エ クルス卿は、自発的な行為の800ミリ秒以上前に始まるRPがあるということは、そのRPのいち 早い立ち上げよりもさらに前に、これに対応した意識を伴う意図が現れることを意味するに違 いない、という彼の信念を述べました。脳と心の相互作用についての彼自身の哲学におそらく 色づけされているエクルス卿のこの考えには、裏付けとなる証拠がないことに、私は気づきま した(ポッパーとエクルス(1977年)参照)。[訳注=エクルスは、脳が心に因果的影響を与 えると同時に、心も脳神経過程に影響し得るという、いわゆる二元論の立場を採った。]」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.144-146,下條信輔(訳))
(索引:)






マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

報告された意志感覚の発生時刻は、反応時刻の200ms前である。皮膚への刺激で感覚時刻が実際より50ms早まるので、報告時刻の補正をすると、意志感覚の実際の発生時刻は、反応の150ms前となる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

報告された意志感覚の発生時刻は、反応時刻の200ms前である。皮膚への刺激で感覚時刻が実際より50ms早まるので、報告時刻の補正をすると、意志感覚の実際の発生時刻は、反応の150ms前となる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)被験者は、自発的な行為をせずに、一回の実験が終わるたびに(Wのときと同 様)皮膚感覚があったときに時計が示す時点を報告する。
(b)報告されたS時点は、実際に刺激が与えられた時点より約マイナス50ミリ秒 間の差がある(つまり、早い)ことが確かに示された。

→時間軸→
報告された 実際の
刺激時刻  刺激時刻
 ├─────────┤
    50ms
つまり、実際より早めに報告する傾向がある。

報告された 実際の
意志感覚  意志感覚
(W)
 ├─────────┤        準備電位
    50ms            (RP)
 ├────────────────────────┤
   200ms
        ├──────────────┤
           150ms

「Wの精密度の検証については、工夫するのに少々苦労しました。報告されたWがそのアウェ アネスの実際の主観的な時点とどれほど近いのかを知る、絶対的な方法がわからなかったので す。しかし、被験者が私たちの時計が示す時点のテクニックをどれほど正確に使っているかを 検証することはできました。そのために、微弱な皮膚刺激を手に与える40回の試行の実験を行 いました。被験者は、自発的な行為を《せず》に、一回の実験が終わるたびに(Wのときと同 様)皮膚感覚があったときに時計が示す時点が報告できるよう、記憶するように指示を受けま す。実験では、不規則的な時計時刻で皮膚刺激が40回の試行で与えられました。これらの時点 (S)はもちろん、被験者には知らされていませんでしたが、観察している私たちはコン ピュータのプリントアウトから、実際いつであったのかを知ることができました。私たちはこ のようにして、客観的に知られた主観的なアウェアネスが期待されている時点を、被験者が報 告する時計が示す時点と比較することができました。報告されたS時点は、実際の刺激が与え られた時点に近いものでした。しかし、実際に刺激が与えられた時点より約マイナス50ミリ秒 間の差がある(つまり、早い)ことが確かに示されました。この差はなかり首尾一貫した値で あるため、Wの平均である200ミリ秒からバイアス成分として差し引くことができます。する と、Wの平均値はマイナス150ミリ秒に「修正され」ます。毎回の実験セッションごとに、皮膚 刺激のタイミングを報告する試行が行われました。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.148-150,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。準備電位は、その行為を予定していた場合は、いなかった場合より早く発生するが、意識を伴った意志は、ともに反応の150ms前に発生する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

予定していた行為の準備電位

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。準備電位は、その行為を予定していた場合は、いなかった場合より早く発生するが、意識を伴った意志は、ともに反応の150ms前に発生する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -550    -150     0
 ms                   ms       ms
RP1:予定している行為の準備電位
・あらかじめ予定していた行為は、平均して(運動行為の前から)約800~ 1000ミリ秒ほど早く始動するRP1を生み出す。
RP2:予定していない行為の準備電位
・補足運動野は、頭頂知覚の中心線に位置し、私たちが記録したRPの発信源であると 考えられてい

W:意識を伴った意志
・予定していてもいなくても、Wは同じである。この「今、動こう」とするプロセスは、行為を実行しようとする思考や事前の選択決定とは 区別しなければならない。
・意識的な意志の気づきと時計が指し示す時点を関連付けた時点は、自動的な時間軸に逆行する遡及で正しく知覚されていた。
・その関連性に気づいた時点は、お そらく最大500ミリ秒間の遅延があった。

「試行のうち何回かにおいては、私たちが被験者に予定するのを止めさせようとしていたに もかかわらず、時計針のだいたいこの範囲で行為しようとあらかじめ《予定していた》、と被 験者は報告しています。こうした一連の試行では、平均して(運動行為の前から)約800~ 1000ミリ秒ほど早く始動するRP1を生み出します。これらの値は、コーンフーバーとディーッ クを始めとする研究者らによって報告された「マイペースの」動きにおける値と類似していま す。このことと、さらにまた別の理由から、実験者がある制限を設けている「マイペースの」 行為はおそらく、いつ行動を起こすかについて被験者がいくらか予定したことによる影響を受 けているように思えます。コーンフーバーとディーックらの実験での被験者は6秒以内に行動 しなければいけないことを知っており、そのことがいつ行動すべきか予定することを促したの でしょう。私たちの実験の被験者には、そのような制約はありません。
 いつ行動すべきか被験者が予定して《いない》と報告しているこうした40回の試行では、 RP2の始動の平均は、(筋肉の活性化するよりも)550ミリ秒前です。実際の脳内でのプロセ スの起動はおそらく、私たちが記録した準備電位、RPよりも先に始まっていることは特筆すべ きことです。その未知の領域にあるRPが、大脳皮質の補足運動野を活性化するものと考えられ るのです。補足運動野は、頭頂知覚の中心線に位置し、私たちが記録したRPの発信源であると 考えられています。
 行動を起こそうとする願望への最初のアウェアネスの時点を示すW値は、実験を平均すると マイナス200ミリ秒でした。(この時間は、一連のS(皮膚刺激)実験で見出されたマイナス 50ミリ秒の報告エラーを引いて、マイナス150ミリ秒に訂正することができます。)W時点 は、RP1やRP2においても同じ値でした。つまり、いつ行動をするか予定していてもいなくて も、W時点は同じだったのです! このことは(「今、動こう」とする)最後の意志プロセス は、約550ミリ秒前に始まることを示しています。すなわち、いつ動くかを決めるのに、まっ たく自然発生的であろうと、試行が先行していたり、予定をしていたりしても、その値は同じ なのです。この最後のプロセスは、自発的なプロセスの「今、動こう」とする特性であり、そ の「今、動こう」とする特性で起こる事象は、予定しているいないにかかわらず、似通ってい るのです。
 この「今、動こう」とするプロセスは、行為を実行しようとする思考や事前の選択決定とは 区別しなければなりません。つまるところ、人は、行動せずに一日中思考していることができ るのです。私たちが調査したのは、いつ行動すべきか、被験者が折々に予定したことであり、 意志の思考フェーズを調べたのではありません。
 私たちが発見したW時点の意味については、ずっと疑問がありました。意識を伴う感覚経験 が発達するために必要な遅延(最大500ミリ秒間)の証拠を私たちは導き出していたため、 (同じことをあてはめると)時計上の時点についてのアウェアネスは意識を伴うW時点の報告 のずっと前に始まっている可能性があり、だとすれば私たちの結論までおかしくなってしまい ます。しかし、私たちの実験の被験者たちは、行動しようとする願望の最初のアウェアネスと 時計が指し示す時点を関連づけて記憶するように指示されていたのであり、その関連性に気づ いた時点を報告するように言われていたのではありません。問題の時点が意識に昇る前に、お そらく最大500ミリ秒間の遅延がありました。しかし、自動的な時間軸に逆行する遡及、つま り関連づけられた時計が示す時点への最初の感覚信号まで前に戻ることによって、(W時点の 意識と同時に)関連づけられた時計の時点に正しく気づいていた、と被験者は感じることがで きるのです。いずれにせよ、皮膚刺激の報告時間についての私たちの検証で見られたように、 時計が示す時点を極めて正確に読むことは難しくありません。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.151-154,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている(準備電位)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

準備電位

意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている(準備電位)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -500    -150     0
 ms                   ms       ms
W:意識を伴った意志
意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。


「また別の重要な発見として、Wは、筋肉の活性化の実際の動きから約150~200ミリ秒先行 するということでした。また、実際の脳の起動と意識を伴った意志(W)の事実上の時間差 は、おそらくここで(RPを使って)観察された400ミリ秒よりも大きいのです。というのは、 すでに述べたように、脳内のどこかにある別の領域がおそらく私たちがRP2として記録した活 動を起動していると考えられるからです。 これは何を意味しているのでしょう? まず、自発的な行為に繋がるプロセスは、行為を促 す意識を伴った意志が現れるずっと前に脳で《無意識に起動します》。これは、もし自由意志 というものがあるとしても、自由意志が自発的な行為を起動しているのではないことを意味し ます。 また、多くのスポーツ活動で見られるような、スピーディな起動が必要となる自発的な行為 のタイミングについても、(私たちのこの知見は)広範な示唆を与えます。時速約160キロで サーブしたボールを打ち返すテニス選手などは、行動しようとする自分の決断に気づくまで 待っているわけにはいきません。スポーツにおける感覚信号への反応には、それぞれ固有の事 象に対応している、込み入った精神の働きが必要になります。これらは普通の反応時間ではあ りません。そうであったとしても、もしある人が自分の動きについて意識的に考えているのな らば、その人のことを「使いものにならない」、とスポーツ選手は言うでしょう。」

自発的に起動する行為の順序

予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -500    -150     0
 ms                   ms       ms


「「ゼロ」時間(筋肉の活性化)に比べてそれよりも早く、予定した行為(RP1)または予 定していない行為(RP2)のどちらかの脳のRPがまず発生する。動作を行おうとする願望 (W)の最も早いアウェアネスについての主観的な経験が、およそマイナス200ミリ秒のところ で現れる。これは、行為(「ゼロ」時間)よりもずっと前であり、RP2よりはさらに350ミリ 秒程度《あと》になる。皮膚刺激の主観的なタイミング(S)は、平均しておよそマイナス50 ミリ秒であり、これは実際の刺激の到達時間よりも前になる。リベット(1989年)より。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.159-160,下條信輔(訳))
(索引:)





マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

「今、動こう」とする自由で自然発生的な意志の意識の測定(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

意志の測定

「今、動こう」とする自由で自然発生的な意志の意識の測定(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)陰極線オシロスコープ 
 (i)陰極線オシロスコープの光の点が時計盤の外側の縁を回転する。
 (ii)円の一周が60等分されている。
 (iii)光の点は2.56秒で円を一周する。すなわち、ひと目盛り約43msで移動する。 
(b)被験者
 (i)オシロスコープから約2.3メートル離れたところに座る。
 (ii)被験者は、自由で自発的な行為として、単純だが急激な手首の屈曲運動を、やりたいとき にいつでも行ってよいと指示されている。 
 (iii)被験者はいつ行動するかあらかじめ考えずに、むしろ行為が「ひとりでに」現れるがまま にさせるように言われている。
 (iv)被験者は、自分の動きを促す意図や願望への最初のアウェアネスを、その時点での回転す る光の点の「時計針の位置」と結び付けて覚えるように指示される。 
 (v)結び付けて覚えた時計が示す時点を、試行のあとに被験者は報告する。報告されたこの時 点を、私たちは、意識的な要求(wanting)、願望(wishing)、意志(willing)を表す 「W」と呼ぶ。

「私がイタリアのベラッジオにあるロックフェラー先端研究センターのレジデントだった 1977年当時、私は再び、この明らかに解決困難な測定の問題に注目しました。被験者は行為を 促す意図が意識に現われた経験について「時計が示した時点」を報告できるのではないか、と いう考えが浮んだのです。この時計が示す時点は、黙って記憶され、それぞれの試行が終わる ごとに報告されることになります。サンフランシスコに戻るとすぐに、このような実験手法を 考案しました(リベット(1983年))。
 まず、陰極線オシロスコープの光の点が、時計盤の外側の縁を回転するように設定しまし た。オシロスコープ管の時計盤の外側の縁は、通常の時計の目盛と同じように円の一周が60等 分されています。光の点は、通常の時計の秒針の動きと同様に時計盤を移動するようい設計さ れています。しかし、この光の点は、通常の60秒よりも約25倍速い、2.56秒で円を一周しま す。すると、光の点は秒針のひと刻みごとに約43ミリ秒間で移動していることになります。こ の速い「時計」はこうして、時間の違いを数百ミリ秒単位まで明らかにすることができます。
 被験者は、オシロスコープから約2.3メートル離れたところに座っています。毎試行ごと に、被験者はオシロスコープの時計盤の中心に視点を据えます。被験者は、自由で自発的な行 為として、単純だが急激な手首の屈曲運動を、やりたいときにいつでも行ってよいと指示され ています。また、被験者はいつ行動するかあらかじめ考えずに、むしろ行為が「ひとりでに」 現れるがままにさせるように言われています。そうすることによって、行動しようとあらかじ め考えるプロセスから「今、動こう」とする自由で自然発生的な意志のプロセスを区別するこ とができます。また被験者は、自分の動きを促す意図や願望への《最初のアウェアネス》を、 (その時点での)回転する光の点の「時計針の位置」と結び付けて覚えるように指示されまし た。この、結び付けて覚えた時計が示す時点を、試行の《あとに》被験者は報告します。報告 されたこの時点を、私たちは、意識的な要求(wanting)、願望(wishing)、意志 (willing)を表す「W」と呼びます。このような自発的な行為のたびに毎回発生するRPもま た、適切な電極を頭に装着して記録します。40回ほどの試行を平均すれば、適当なRPの値を得 るのに十分であることがわかりました。次に、この平均したRPの始動時点を、同じく40回の実 験によって報告されたW時点の平均と比較します。
 私たちは当初、意図が意識に現われるタイミングについて被験者が時計の針を見て行う報告 に、十分な正確さと信憑性があるのかを大いに疑問視していました。しかし蓋を開けてみる と、こうした二つの指標のいずれもが、私たちの実験の目的にかなう範囲の誤差に収まってい るという証拠が得られました。それぞれのグループの40回の試行についてのW時点の報告を見 ると、標準誤差は約20ミリ秒でした。平均したWの値が被験者によって違っていても、このこ とは各被験者内では、全員にあてはまりました。被験者全員の平均W値は(運動活動の)およ そ200ミリ秒前だったので、それとの比較でプラスマイナス20ミリ秒の標準誤差ならば適切な 信憑性の範囲内です。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図――私 たちに自由意志はあるのか?――,岩波書店(2005),pp.146-148,下條信輔(訳))
(索引:)






マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

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