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2021年12月4日土曜日

社会理論は、それが言及する対象に影響を及ぼす(オイディプス効果)。認識者がこの影響を意識したとき、対象の状況が理論に逆向きの影響を及ぼす。その結果、理論には特定の時代に支配的 な嗜好や、政治的、経済的、階級的利害が反映される。そうだとすると、社会理論の客観性とはいったい何なのかが問題となる。(カール・ポパー(1902-1994))

社会理論と社会の相互作用

社会理論は、それが言及する対象に影響を及ぼす(オイディプス効果)。認識者がこの影響を意識したとき、対象の状況が理論に逆向きの影響を及ぼす。その結果、理論には特定の時代に支配的 な嗜好や、政治的、経済的、階級的利害が反映される。そうだとすると、社会理論の客観性とはいったい何なのかが問題となる。(カール・ポパー(1902-1994))


(1)情報から社会への影響(オイディプス効果)
 (a)予測というのは一つの社会的なできごとであり、ほかの社会的できごとと相互作用する可能 性がある。そのほかのできごとには、当の予測の対象も含まれる。
 (b)極端な場合、予測自体が《原因》となってそのできごとが起こるということもあるかもしれ ない。
 (c)何かを予測することも、予測を控えることも、さまざまな結果をもたらしうる。

(2)社会から情報への反作用
 (a)予測自体が予測したできごとに影響を及ぼすかもしれないということも 意識すると、予測の中身にも逆の影響が及ぶ可能性がある。
 (b)ある状況においては、予測の影響が、予測をする観察者にも逆向きの重大な影響を返 すことがありうる。

(3)社会に関する理論と社会との相互作用
 (a)社会の発展のある一時期にある種の傾向が内在する場合は必ず、その発展に影響を及ぼ すよう な社会学理論があると考えていい。その場合、社会科学は新しい時代を生み出すのに手 を貸す助産婦の役割を果たすかもしれないが、保守的な利益のために、起ころうとしている社 会の変化を遅らせる働きをする可能性もある。
 (b)ヒストリズム
  各学説や学派を、特定の時代に支配的 だった嗜好や利害に関係づけて説明する。
 (c)知識社会学
  各学説や学派を、政 治的、あるいは経済的、あるいは階級的利害に関係づけて説明する。

(4)問題:社会に関する理論の客観性とは何か
 社会科学者は懸命に真実を見出そうとしているのだろうが、同時に、必ず社会に確かな 影響を及ぼすことになる。社会科学者の言明が《実際に》影響を及ぼすという事実により、科 学者の客観性は失われる。

 「6 客観性と価値判断  ここまで見てきたように、社会科学の分野での予測の困難さを強調する際に、歴史主義は、 予測が予測されたことがらに与える影響の分析に基づいて議論を進める。しかし歴史主義者は 一方で、ある状況においては、予測の影響が、予測をする観察者にも逆向きの重大な影響を返 すことがありうると指摘する。
 物理学の分野でも、同様の考察が行なわれることがある。あらゆる観察は、観察者と観 察対象との間のエネルギー交換に基づくという考察である。このことから、物理学的予測の不 確実性――通常は無視できる程度だが――ということが言われる。その不確実性は「不確定性原 理」により記述される。それは、観察対象と観察主体の間の相互作用によるものであると主張 することができる。両者は作用や相互作用が生じる同一の物理世界に属しているからである。ボーアが指摘したように、物理学におけるこの状況と類似の状況は、ほかの科学、とくに生 物学と心理学にも存在する。しかし、社会科学では(これまで見てきたように)予測が不確実 となり、そのことが現実的に重大な意味を帯びることがある。  社会科学分野では、私たちの目の前に、観察者と観察対象、主体と客体の間に全面的に複雑 な相互作用が生じるという現実がある。将来のできごとを生み出すかもしれない傾向の存在に 気づき、加えて、その予測自体が予測したできごとに影響を及ぼすかもしれないということも 意識すると、予測の中身にも逆の影響が及ぶ可能性がある。その逆向きの影響は、社会科学に おける予測やその他の研究結果の客観性を大きく損なうかもしれない。  予測というのは一つの社会的なできごとであり、ほかの社会的できごとと相互作用する可能 性がある。そのほかのできごとには、当の予測の対象も含まれる。先に見たように、予測がそ のできごとを促すこともあるだろうが、ほかのしかたで影響するかもしれないということは、 容易に理解できるだろう。  極端な場合、予測自体が《原因》となってそのできごとが起こるということもあるかもしれ ない。つまり、予測がなければそのできごとは起こらなかったかもしれないということだ。逆 に、起こりかけているできごとを予測が《妨げる》ということもあるだろう(したがって、社 会科学者は、意図的あるいは怠慢により予測を控えることで、できごとを生じさせる、つまり 原因となることができるとも言えよう)。明らかに、この両極端なケースの間に、多くの中間 的な形態がある。何かを予測することも、予測を控えることも、さまざまな結果をもたらしう るということである。  さて、社会科学者がいずれはこうした可能性に思い至らざるをえないということは間違いの ないところである。たとえば、ある社会科学者は、自分の予測がそれを引き起こすことを予見 しながら予測をするということがあるだろう。あるいは、あるできごとが起こることを妨げよ うと、それは起こらないと予測することもあるだろう。どちらの場合も、その科学者は科学的 客観性を保証する原理――真実を語り、真実でないことを語らない――に従っているように見え る。たしかにその科学者は真実を述べているが、しかし科学的客観性に従っているとは言えな い。なぜなら予測をする(その予測は実際、後に的中するのだが)際に、自分が望む方向にも のごとが進むよう影響を及ぼしているかもしれないからである。
 歴史主義者は、この見方が少々図式的であることを認めるとしても、この指摘が社会科学の ほとんどあらゆる部分に見出される問題を明確に取り出して見せていると主張するはずだ。  科学者の言明と社会生活との相互作用は、ほとんど不可避的に、その言明の真実性だけでな く、将来のできごとの展開への実際の影響についても考慮する必要のある状況を生み出すので ある。社会科学者は懸命に真実を見出そうとしているのだろうが、同時に、必ず社会に確かな 影響を及ぼすことになる。社会科学者の言明が《実際に》影響を及ぼすという事実により、科 学者の客観性は失われる。  私たちは今まで、社会科学者は真実を、それも真実のみを見出すべく懸命に努力していると 想定してきた。しかし、歴史主義者は、ここまで述べてきた状況がその想定を難しくする、と 指摘するはずである。  
 嗜好や利害が科学理論や予測にこのような影響力を持つ以上、そのバイアスを見極め、 除外できるかどうかは、きわめて疑わしいと言わざるをえない。したがって社会科学分野で物 理学に見られるような客観的で理想的な真理の追究を表すようなものがほとんど見られないか らといって、驚くには当たらない。社会科学の分野では、社会生活に見られるのと同じだけの 数の偏り、利益の数と同じだけの数の見地があるものと考えておくべきである。  
 歴史主義者が展開するこのような議論が極端な相対主義に至るのではないか、という点は問 題になるかもしれない。極端な相対主義は、〈成功、それも政治的な成功のみが決定的要素と なる社会科学において、客観性と真理の理想を適用することはまったく不可能だ〉と考える。  ここまで挙げてきた議論を具体化して、歴史主義者は以下のことを指摘するかもしれない。  
 社会の発展のある一時期にある種の傾向が内在する場合は必ず、その発展に影響を及ぼ すような社会学理論があると考えていい。その場合、社会科学は新しい時代を生み出すのに手 を貸す助産婦の役割を果たすかもしれないが、保守的な利益のために、起ころうとしている社 会の変化を遅らせる働きをする可能性もある。
 このような見方は、さまざまな社会学説や学派間の相違を、以下のいずれかの見方で分析 し、説明する可能性を示唆するかもしれない。一つは、各学説や学派を、特定の時代に支配的 だった嗜好や利害に関係づける見方である(このアプローチは「ヒストリズム」と呼ばれるこ とがある。私の言う「歴史主義」と混同してはならない)。もう一つは、各学説や学派を、政 治的、あるいは経済的、あるいは階級的利害に関係づける見方である(このようなアプローチ は「知識社会学」と呼ばれることがある)。」
(カール・ポパー(1902-1994),『歴史主義の貧困』,第1章 歴史主義の反自然主義的な見解,6 客観性と価値判断,pp.39-44,日経BPクラシックスシリーズ(2013),岩坂彰(訳))

【中古】歴史主義の貧困 社会科学の方法と実践 カール R.ポパー、 久野 収; 市井 三郎 状態良




カール・ポパー
(1902-1994)







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