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2018年8月29日水曜日

12.意識感覚は瞬時に生み出されるとする仮説に反する諸事実:(a)両方の海馬を損傷している患者の意識経験 (b)遅延刺激によるマスキング効果、遡及性の促進効果 (c)2番目の遅延刺激による脱抑制効果(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

意識感覚は瞬時に生み出されるのか?

【意識感覚は瞬時に生み出されるとする仮説に反する諸事実:(a)両方の海馬を損傷している患者の意識経験 (b)遅延刺激によるマスキング効果、遡及性の促進効果 (c)2番目の遅延刺激による脱抑制効果(ベンジャミン・リベット(1916-2007))】

(a)明らかに、被験者がそのアウェアネスを想起し報告するには、ある程度の短期記憶の形成が起こらなければならない。

          記憶の想起と内観報告
            ↑
意識的な皮膚感覚──この感覚の短期記憶があるはず
 ↑
アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
 ↑
単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c2)可能な仮説2:ある事象のアウェアネスは遅延無しに発生するが、それが報告可能になるには、0.5秒間の長さの活性化が必要である。(ダニエル・デネット(1942-))

         記憶の想起と内観報告
           ↑意識経験があっても、
           │記憶がないと報告できない
           │
意識的な皮膚感覚──この感覚の短期記憶があるはず
 ↑        記憶の定着に0.5秒間が必要である
 │
(アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間)
 ↑これは不要で、意識的感覚は瞬時に発生する
 │
単発の有効な皮膚への刺激パルス

 (c2.1)(仮説2に反する事実1)
 両方の海馬構造が損傷している患者は、顕在記憶を失っているが、意識経験があることは、自覚ある想起の証拠を必要としない心理認知テストで確認できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
 (c2.2)(仮説2に反する事実2)
 もし、意識経験が瞬時に発生すると仮定すれば、微弱な感覚刺激に引きつづく、感覚皮質に与えられる連発した刺激パルスが、先行した意識経験をマスキングすることが説明できない。先行する意識経験は、既に発生済みだからだ。マスキング可能な事実は、後続の刺激パルスが与えられたとき、必要な0.5秒間に満たずに意識経験が「生成中」であることを示す。
 参照:遅延刺激によるマスキング効果:最大で100ms遅れた刺激は、先行する刺激の意識化を抑制する。遅延刺激が皮質への直接的な刺激の場合には、200~500ms遅れた刺激でも、先行刺激の意識化を抑制する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
 (c2.3)(仮説2の反論)
 遅延したマスキングは、ただ単にアウェアネスのための記憶痕跡の形成を妨害しているのではないか。
 (c2.3.1)(仮説2の反論に反する事実1)
  記憶痕跡を破壊するような刺激は、ショック療法で使うような強い電気ショックであるが、実験で使った刺激は、これと比較すると極めて小さい。
 (c2.3.2)(仮説2の反論に反する事実2)
  1番目のマスキング刺激の後に、2番目のマスキング刺激を与えるとき、2番目のマスキング刺激が、1番目のマスキング刺激の感覚を消去するとともに、最初の皮膚刺激のアウェアネスを復活させることができる。もし、1番目のマスキング刺激が最初の刺激の意識経験の記憶痕跡を破壊しているのだと仮定すると、この事実が説明できない。
 (c2.3.3)(仮説2の反論に反する事実3)
   遅延刺激による遡及性の促進効果:遅延刺激が皮質への直接的な微弱な刺激の場合には、最大400msの遅れた刺激でも、先行刺激を遡及して強める。すなわち遅延刺激は、条件によってマスキング効果と促進効果の両方を持つ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))


 「前述の証拠が、アウェアネスをひき起こす0.5秒間活動を説明するには記憶の形成が必要ということを認めていないのはほぼ確かだとしても、このような提案を少なくも一つでも検討してみることは興味深く、有益でしょう。ロンドンで行われたチバ財団後援の、意識についてのシンポジウムでの私の講演のあと、哲学者であるダニエル・デネットは、ある事象についての意識的なアウェアネスは、実際の皮膚への刺激の場合に瞬時に現われるのと同じように、ほぼ瞬時に現われるに違いない、と提案しました。しかし、そのアウェアネスの記憶を生み出し、「定着される」ニューロンの活動の十分な時間がない限り、そのアウェアネスの《想起と報告》はできない、と彼は主張しました。デネットの主張はまた、以下に述べるように、感覚的なアウェアネスの主観的なタイミングの逆行性のある遡及効果を仮定する必要性を除外しようとするものでした(リベット(1993年b)、140頁以降の考察を参照)。当時の私は、ここでこれまでに述べてきた証拠を思いついていませんでした。それはすなわち、アウェアネスには宣言的記憶も顕在記憶も必要がなく、記憶とアウェアネスはそれぞれ、独立したプロセスに依存している、ということです。しかしそれでも、デネットが提案した仮説に対して、私は他の実験を論拠に反論を唱えました。すでにこの章の2番目の部分でご説明したように、もし、微弱な感覚刺激に続いて連発した刺激パルスが感覚皮質に与えられれば、意識を伴う感覚経験が現れるのを抑制したり、マスクしたりすることは可能です。この遡及効果のあるマスキングは、皮膚パルスの後、連発したパルスが最大500ミリ秒の間、開始しなくても発生します。この結果は、遅延した入力が感覚経験の内容を妨げることを示します。感覚的なアウェアネスが生じるには、ニューロン活動の持続する時間が必要である証拠として、私はそのデータを引用しました。
 これに対して、遅延したマスキングはただ単にアウェアネスのための記憶痕跡の形成を妨害するのだ、とデネットは反論しました(電撃ショック療法は事実、最新の記憶形成を中断することが知られています。しかし、私たちの実験で採用した遅延マスキング刺激は、ショック療法で使った強い汎用の電気ショックと比較すると極めて小さいものです)。しかし、彼の主張は、ほかの二つの実験に基づいた報告によって反論されました。(1)一番目のマスキング刺激の後に、二番目のマスキング刺激を与えることができます(デンバーとプルセル(1976年)。二番目のマスキング刺激が、一番目のマスキング刺激の感覚を消去するとともに、最初の皮膚刺激のアウェアネスが復活するのです。〔訳注=(前にも訳注で述べたように)一番目のマスキング刺激は本来最初のターゲット刺激を抑制する。しかしこの一番目のマスキング刺激を二番目のマスキング刺激で抑制することで、ターゲット刺激はマスキング効果から逃れ、ふたたびアウェアネスが復活する。脱抑制と呼ばれる効果である。〕つまり、最初のマスキング刺激は、最初の皮膚刺激の記憶痕跡を《消去していなかった》のです。(2)遅延した皮膚刺激がより小さなサイズの電極接触によって与えられた場合、最初の皮膚パルスはマスクされず、むしろより強く感じられます(リベット(1992年))。皮膚刺激への感覚的なアウェアネスがこの遡及性の促進を受けるのであって、記憶の喪失などは明らかにまったく起きません。
 したがって、最初の皮膚パルス感覚への遅延刺激の遡及効果は、その皮膚パルスの記憶の喪失とは無関係なのです。その代わり、遅延刺激の遡及効果は、最初の皮膚パルスによって発生する感覚的なアウェアネスを0.5秒間の遅延の間に《調節する》ように見えます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第2章 意識を伴う感覚的なアウェアネスに生じる遅延,岩波書店(2005),pp.75-77,下條信輔(訳))
(索引:意識経験は瞬時に発生するのか?)

マインド・タイム 脳と意識の時間


(出典:wikipedia
ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
 私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
(索引:)

ベンジャミン・リベット(1916-2007)
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