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2018年1月13日土曜日

6.現在の状況としては、量子力学にもとづく素粒子の標準模型と、一般相対性理論に基づく宇宙論的標準模型に反するような実験、観測結果は、未だ発見されていない。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

量子力学と一般相対論

【現在の状況としては、量子力学にもとづく素粒子の標準模型と、一般相対性理論に基づく宇宙論的標準模型に反するような実験、観測結果は、未だ発見されていない。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))】
 ヒッグス粒子の発見は、量子力学にもとづく素粒子の標準模型を支持する確固たる証拠である。また、人工衛星プランクの測定データは、一般相対性理論に基づく宇宙論的標準模型に反するようなデータを、何ももたらさなかった。一方、超ひも理論が予言する超対称性粒子は、未だ発見されていない。これが、現在の状況である。

 「本書で紹介してきた理論のほかに、現在もっとも盛んに研究されているのは、いわゆる「超ひも理論」である。

ジュネーヴに拠点を置くCERN(欧州原子核研究機構)は、LHC(大型ハドロン衝突型加速器)と呼ばれる新型の素粒子加速器を擁している。

超ひも理論の分野(またはその関連分野)の研究に取り組んでいる物理学者の大部分は、LHCが実用化されるなり、超ひも理論が要請する未発見の粒子、つまり超対称性粒子が観測されるだろうと想定していた。

超ひも理論が成り立つためには、この粒子の存在が確認されなければならず、そのため「ひも論者」たちは、超対称性粒子の発見を期待していたのである。

一方のループ量子重力理論は、超対称性粒子が存在しなくとも問題なく成立する。こうしたわけで「ループ論者」たちはむしろ、この粒子は見つからないだろうと予測していた。

 LHCが稼働してから現在にいたるまで、超対称性粒子は観測されていない。この結果は、多くの研究者に深い失望をもたらすところとなった。

二〇一三年にヒッグス粒子の存在が確認されたときの大騒ぎが、この失望をなおのこと際立たせている。

超対称性粒子は、多くのひも論者が想定していたエネルギーの範囲内には存在していなかった。もちろんこれは、決定的な証拠ではない。わたしたちはまだ、決定的な答えからは遠く離れた場所にいる。

しかしわたしには、二つの選択肢を前にした自然が、ループ論者に有利となるささやかな兆候を提供してくれたように思えてならない。

 素粒子物理学の分野において、二〇一三年に得られた重要な実験結果には、以下の二つが挙げられる。一つ目は、ジュネーヴのCERNでヒッグス粒子が確認されたことであり、この報せは世界中のマスメディアを賑わせた。

二つ目は人工衛星プランクの測定データであり、それは二〇一三年にまとまった形で公開された。この二つが、自然が最近になってわたしたちに与えてくれた兆候である。

 この二つの結果のあいだには共通点がある。それはつまり、どちらもまったく驚きに値しない結果だったということである。

ヒッグス粒子の発見は、量子力学にもとづく素粒子の標準模型を支持する確固たる証拠である。今回の発見は、三〇年前に発表された予測の正しさを裏づけている。

「プランク」の測定結果は、宇宙項を加えた一般相対性理論にもとづく、宇宙論的標準模型を支持する確固たる証拠である。

二つの結果は、最先端の技術と、莫大な費用と、多くの科学者の尽力のもとに得られたものである。ところがわたしたちは、二つの結果を前にして、あらかじめ抱いていた宇宙の発展経過のイメージを強化しただけだった。そこには何の驚きもなかった。

むしろ、こうした驚きの欠如こそが、驚嘆に値するものだった。

なぜなら、多くの研究者は驚きを待ち構えていたのだから。

物理学者がCERNに期待していたのは、ヒッグス粒子ではなく超対称性粒子だった。

物理学者の多くは、プランクの観測データと宇宙論的標準模型のあいだに、何らかの不一致が生じるものと期待していた。そうした不一致が、代替となるなんらかの宇宙論を、一般相対性理論にかわる新たな理論を提示してくれるのではないかと期待していた。

 現実は違った。自然がわたしたちに告げた内容はシンプルだった。「一般相対性理論と量子力学は正しい。量子力学の分野において、標準模型は正しい」。これですべてだった。」

(カルロ・ロヴェッリ(1956-)『現実は私たちに現われているようなものではない』(日本語名『すごい物理学講義』)第4部 空間と時間を超えて、第9章 実験による裏づけとは?、pp.210-212、河出書房新社(2017)、竹内薫(監訳)、栗原俊秀(訳))


すごい物理学講義


カルロ・ロヴェッリ(1956-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:wikipedia
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5.(仮説)ループ量子重力理論は、時空にも収縮の限界があり「点」まで縮むことはないと考える。そして、ビッグバンの前後では、時空は確率の雲のなかに溶解しており、この雲の向こう側の別の宇宙が「ビッグバウンス」を経て、この宇宙が生まれたと考えている。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

ループ量子重力理論

【(仮説)ループ量子重力理論は、時空にも収縮の限界があり「点」まで縮むことはないと考える。そして、ビッグバンの前後では、時空は確率の雲のなかに溶解しており、この雲の向こう側の別の宇宙が「ビッグバウンス」を経て、この宇宙が生まれたと考えている。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))】
 物質の安定性は、量子力学により理解可能となった。電子が原子核の内部に落ちていこうとしても、量子力学の不確定性のために限界があり、電子の確率の雲は、原子の大きさ程度に保たれる。一般相対性理論における特異点の理解についても、物質の安定性と同じ状況が存在する。アインシュタインの方程式によれば、収縮し自らの重みに押しつぶされ、途方もなく小さくなった時空は、無限に押しつぶされ「点」になる。もし、時間と空間そのものも、確率の雲のなかで、収縮にも限界があり広がりを持たない「点」まで縮むことはないとすれば、一四〇億年前になにが起こったのかの姿も変わってくる。ループ量子重力理論は、時間と空間の確率の雲を記述することができる。宇宙の始まりを「点」にまで遡ることはできない。ビッグバンの前後では、空間と時間は、確率の雲のなかですっかり姿を消してしまう。今日の物理学者は、この確率の雲の向こう側に、すなわちビッグバンの「前」に、わたしたちの宇宙が生まれる前の、別の宇宙が存在していたと考えている。その前の宇宙が崩壊し、空間と時間が確率のなかで溶解する量子的な局面を経た末に、新しい宇宙が生まれたのである。これを、「ビッグバウンス」と呼んでいる。宇宙はどこかで反発し、巨大爆発に後押しされるようにして、ふたたび膨張を始める。

 「一四〇億年前になにが起こったのかを理解するには、量子重力理論が必要になる。この点について、ループ理論はなにを教えてくれるのか?

 はるかに単純化した形で、類似の状況について考えてみよう。

古典力学に従うなら、原子核に向っていく一個の電子は、やがて核に飲みこまれて消えてしまう。だが、現実にはこうした事態は発生しない。この意味で、古典力学は不完全である。

電子の振る舞いを正しく把握するには、量子の効果を考慮しなければならない。現実の電子は量子的な対象であるため、明確な軌道をたどらない。電子を正確な一点に留めておくことは不可能である。

むしろ、正確に位置づけようとすればするほど、電子はどこかへ逃げ去ってしまう。もし、一個の電子を原子核のそばに留めておこうと望むなら、わたしたちにはせいぜいのところ、電子をもっとも寸法の小さな原子軌道に引きとめておくことしかできない。それ以上、電子は原子核に近づけない。

きわめて短い瞬間だけ、そこからさらに近づいたとしても、電子はたちまち別の場所へ逃げ去ってしまう。つまり量子力学は、現実の電子が原子核の内部に落ちていくことを妨げている。まるで、電子が原子核に限りなく近づいたとき、量子的な性質を帯びた反発力が電子を押しかえしているかのようである。

量子論が成り立つからこそ、物質は安定していられる。量子論が成り立たなければ、あらゆる電子は原子核の内部に落ちていく。結果として、この世界には原子も、わたしたちも、なにひとつ存在しなくなるだろう。

 同じ議論が、宇宙にたいしても当てはまる。収縮し、自らの重みに押しつぶされ、途方もなく小さくなった宇宙を想像してみよう。

量子力学以前の理論、つまりアインシュタインの方程式によれば、この宇宙は無限に押しつぶされる。そうして最後は、原子核に飲みこまれる電子のように、一点となって消失する。これが、アインシュタインの方程式によって予見される、「点」としてのビッグバンである。

量子力学を無視すれば、自然とこのような結論に到達する。

 しかし、量子力学を考慮に入れれば、宇宙の収縮にも限界があることが判明する。それはあたかも、量子的な反発によって、宇宙が跳ね返っているかのような状況である。

収縮過程にある宇宙が、広がりを持たない「点」まで縮むことはない。宇宙はどこかで反発し、巨大爆発に後押しされるようにして、ふたたび膨張を始める。

 わたしたちの宇宙がたどった歴史は、これに似た反発の結果であった可能性が高い。英語ではこの巨大な反発を、「ビッグバン」の代りに「ビッグバウンス」と呼んでいる。ループ量子重力理論の方程式を宇宙に適用すれば、このような結論が得られると考えられている。

 ただし、「反発」という表現を、文字通りに受け取ってはいけない。これはあくまで比喩である。

電子に話を戻すなら、わたしたちが電子を原子核に可能なかぎり近づけようとした場合、電子はもはや粒子ではなくなる。代わりに、わたしたちは電子のことを、確率の雲として捉えられる。こうなると、電子の正確な位置はもはや存在しない。

宇宙の場合も同じである。ビッグバンのさなかの決定的な移行過程においては、わたしたちはもはや、明確に記述された空間や時間を想定することはできない。

わたしたちの考察の対象となるのは確率の雲だけであり、空間と時間はその雲のなかですっかり姿を消してしまう。

ビッグバンの前後では、確率が泡立つ雲のなかに、世界はきれいに溶解する。そして、量子重力理論の方程式なら、こうした確率の雲を記述することができる。

 今日の物理学者は、わたしたちの宇宙が生まれる前には、別の宇宙が存在していたと考えている。空間と時間が確率のなかで溶解する量子的な局面を経た末に、ひとつの宇宙が崩壊し、新しい宇宙が生まれたのである。」

(カルロ・ロヴェッリ(1956)『現実は私たちに現われているようなものではない』(日本語名『すごい物理学講義』)第4部 空間と時間を超えて、第8章 ビッグバンの先にあるもの、pp.202-204、河出書房新社(2017)、竹内薫(監訳)、栗原俊秀(訳))
(索引:物質の安定性、確率の雲、特異点、ループ量子重力理論、時空の確率の雲、ビッグバン、ビッグバウンス)


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