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2021年11月11日木曜日

外部感覚、肢体感覚、内臓感覚とこれらの記憶の相互作用から、対象とその対象から影響され変化するものが分離し、変化する私が存在し、対象は私が把握したものだという概念が生まれる(主観性)。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

主観性の誕生

外部感覚、肢体感覚、内臓感覚とこれらの記憶の相互作用から、対象とその対象から影響され変化するものが分離し、変化する私が存在し、対象は私が把握したものだという概念が生まれる(主観性)(アントニオ・ダマシオ(1944-))

 「自然なプロセスの基礎的レベルにある細胞による感知と、完全な意味における心的状態のあ いだにはきわめて重要な中間段階が存在し、それはもっとも基本的な心的状態である感情で構 成される。感情は中核的な心的状態であり、《意識が宿る身体の内的状態》という基礎的なコ ンテンツに対応する、《唯一の》核心的な心的状態だとさえいえるかもしれない。そして体内 の生命活動のさまざまな質に関連するがゆえに、感情は必然的にヴェイレンスを帯びている。 つまり、よいものにも悪いものにも、ポジティブなものにもネガティブなものにもある。さら には、魅力的なものにも嫌悪を催すものにも、快いものにも苦痛に満ちたものにも、あるいは 受け入れられるものにも受け入れらないものにもなる。

 《たった今の》内的な生命活動の状態を示す感情が、《生命全体の現在の視点の内部》に 「置かれる」、あるいは単に「位置する」だけでも主観性は生じ、そこから周囲のできごと、 自らが参加するできごと、想起された記憶に新たな可能性が生まれる。つまり、自分にとって それらが《重要性を帯びて》立ち現われ、生きるあり方に影響を及ぼすようになるのだ。文化 の出現には、できごとが重要性を帯びて立ち現われ、自分にとって有益か否かに基づいて自動 的に分類されるこのステップが必要とされる。自己によって所有され意識された感情は、自分 の置かれた状況が問題を孕むか否かに関するすばやい判断を可能にする。そして想像力を喚起 し、自分の置かれた状況を正しく判断するための基盤をなす理性的プロセスを始動する。この ように、文化を構築する創造的な知性を駆り立てるためには、主観性は不可欠なのである。 

 主観性は、イメージ、心、感情に対し、新たな性質を付与する。その性質とは、これらの現 象が生じている生体に対する所有の感覚と、個体性(individuality)の世界への参入を可 能にする「私有性(mineness)」である。心的経験は心に、無数の生物種に利点をもたらし てきた新たなインパクトを与える。人間にとって心的経験は、熟慮に基づく文化の構築の梃に なる。痛み、苦しみ、喜びの心的経験は人間の欲求の基盤をなし、文化的な発明の足がかりと なる。その意味でこの経験は、自然選択や遺伝の働きによってそれまでに構築されてきた種々 の行動とは鮮やかな対照をなす。生物学的進化と文化的進化という二つのプロセスのあいだに 横たわるギャップは非常に大きいため、双方の背後にホメオスタシスの力が厳然と存在する事 実が忘れられやすい。

 イメージは、特定の文脈の一部となるまで単独で《経験される》ことがない。この文脈は、 感覚装置が特定の対象と関わることで、生体がどのような影響を受けているかを示すストー リーをごく自然なあり方で語る《生体関連のイメージの集合を含んでいる》対象が外界にある のか、あるいは身体のどこかに存在するのか、それともかつて遂行されたイメージ化によって 形成された、外界や内界の何ものかに関する記憶から想起されたものなのかは、ここでは重要 ではない。《主観性とは、有無を言わさず構築されるナラティブなのだ》。そしてナラティブ は、ある種の脳の機能を備えた生物が、周囲の世界、記憶に蓄えられた過去の世界、自己の内 界と相互作用することで生じる。

 意識の背後にある謎の本質はそこにある。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第2部 文化的な心の構築,第9章 意 識,pp.196-198,白揚社(2019),高橋洋(訳))

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「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())

感情のコンテンツはつねに身体を参照し(身体性)、その状態が望ましいか、望ましくないか、中立かを明示する(ヴェイレンス)。同様な状況を繰り返し経験すると、状況の概念が形成され、自分自身や他者に伝達可能なものとなる(感情の知性化)。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

感情の身体性、ヴェイレンス、感情の知性化


感情のコンテンツはつねに身体を参照し(身体性)、その状態が望ましいか、望ましくないか、中立かを明示する(ヴェイレンス)。同様な状況を繰り返し経験すると、状況の概念が形成され、自分自身や他者に伝達可能なものとなる(感情の知性化)(アントニオ・ダマシオ(1944-))


(a)身体性

 そのコンテンツはつねに、それが生じた生物の身体を参照する。

(b)ヴェイレンス

 これらの 特殊な状態のもとで形成される結果として、内界の描写、すなわち感情は、ヴェイレンスと呼 ばれる特質に満たされている。その状態が望ましいか、望ましくないか、その中間かを必然的に明示する。

(c)感情の知性化

 同様な状況に繰り返し遭遇し何度も同じ感情を経験すると、多かれ少な かれその感情プロセスが内化されて「身体」との共鳴の色合いが薄まることがある。私たちはそれを独自の内的なナラティブに よって描写する(言葉が用いられないこともあれば用いられることもある)。そしてそれをめ ぐってコンセプトを築き、それに注ぐ情念の度合いをいく分抑え、自分自身や他者に提示可能 なものに変える。感情の知性化がもたらす結果の一つは、このプロセスに必要とされる時間と エネルギーの節約である。


 「感情は心的な経験であり、定義上意識的なものである。さもなければ、それに関する直接的 な知識は得られないだろう。しかし感情は、いくつかの点で他の心的経験とは異なる。まず第 一に、そのコンテンツはつねに、それが生じた生物の身体を参照する。感情は、その生物の内 部、すなわち内臓や内的作用の状態を反映する。すでに述べたように、内的なイメージが形成 される状況は、外界を描写するイメージと内界を描写するイメージを分つ。第二に、これらの 特殊な状態のもとで形成される結果として、内界の描写、すなわち感情は、ヴェイレンスと呼 ばれる特質に満たされている。ヴェイレンスは、生命活動の状態を、一瞬一瞬直接心的な言葉 に翻訳し、その状態が望ましいか、望ましくないか、その中間かを必然的に明示する。生存に 資する状態を経験すると、私たちはそれをポジティブな用語で記述し、たとえば「快い」と呼 ぶ。それに対し生存につながらない状態を経験すると、ネガティブな用語で記述し、不快さを 口にする。ヴェイレンスは感情、そしてさらにはアフェクトを特徴づける要素をなす。

 この感情の概念は、基本的なプロセスにも、同じ感情を何回も経験することから生じるプロ セスにもあてはまる。同様な状況に繰り返し遭遇し何度も同じ感情を経験すると、多かれ少な かれその感情プロセスが内化されて「身体」との共鳴の色合いが薄まることがある。特定のア フェクトを引き起こす状況を繰り返し経験すると、私たちはそれを独自の内的なナラティブに よって描写する(言葉が用いられないこともあれば用いられることもある)。そしてそれをめ ぐってコンセプトを築き、それに注ぐ情念の度合いをいく分抑え、自分自身や他者に提示可能 なものに変える。感情の知性化がもたらす結果の一つは、このプロセスに必要とされる時間と エネルギーの節約である。それには対応する生理学的側面があり、バイパスされる身体構造も ある。私が提唱する「あたかも身体ループ」は、それを達成する一つの方法だといえる。」 (アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第2部 文化的な心の構築,第7章 ア フェクト,pp.129-130,白揚社(2019),高橋洋(訳))

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「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())


2021年11月10日水曜日

感情は、生命活動が展開するもの、すなわち知覚、学習、想起、想像、推論、判断、意思決 定、計画、あるいは心的な想像にともなわれる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

感情表出反応

感情は、生命活動が展開するもの、すなわち知覚、学習、想起、想像、推論、判断、意思決 定、計画、あるいは心的な想像にともなわれる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

 「人間存在を支配している(ように見える)心の側面は、今現在の世界であろうが記憶から呼 び起こされたものであろうが、他者や諸事象で満ちた周囲の世界に関係する。それらは、あら ゆるタイプの感覚に由来する無数のイメージによって表わされ、往々にして言葉に翻訳されナ ラティブとして構造化される。それでも驚くべきことに、かくも多様なイメージのすべてをと もなうパラレルな心的世界が存在する。その世界は非常にとらえがたく、私たちの注意を引か ない場合が多いが、おりに触れて非常に重要なものになって、心の支配的な部位における処理 の流れを顕著に変えることがある。このパラレルワールドは《アフェクト》の世界と呼ばれ、 この世界では、《感情》が、通常はより突出した心のイメージにともなって生じる。感情が生 じる直接的な要因には、次のものがある。

   (a)人間存在の背景をなす生命活動の流れ。自発的な、言い換えるとホメオスタシスに関わ る感情として経験される。(b)味覚、臭覚、触覚、聴覚、視覚などの無数の感覚刺激を処理す ることで生じる《感情表出反応》。その経験はクオリアの起源の一つをなす。(c)衝動(飢えや 渇きなど)、動機(欲望や遊びなど)、従来の意味での情動に起因する感情表出反応。これら の感情表出反応は、数々の、ときには複雑な状況に直面した際に活性化される行動プログラム である。情動の例としては、喜び、悲しみ、怖れ、怒り、羨望、嫉妬、軽蔑、思いやり、称賛 などがあげられる。(b)と(c)で言及されている感情表出反応は、基本的なホメオスタシスの流れから生じる自発的なものとは異なり、喚起されることで生じるタイプの《感情を生む》。 なお残念なことに、情動を感じる経験にも、同じ用語「情動」が使われている。そのせいで、 区別されてしかるべき情動と感情が、まったく同一の現象であるという誤った考えが広まって いる。

 私の用法では、アフェクトとはあらゆる感情のみならず、それらを生みだす(すなわち、そ の経験が感情になる行動を生み出す原因になる)状況や仕組みをも包み込む大きなテントを意 味する。

 感情は、生命活動が展開するもの、すなわち知覚、学習、想起、想像、推論、判断、意思決 定、計画、あるいは心的な想像にともなわれる。感情を、心へのおりに触れての訪問者、ある いは典型的な情動によってのみ引き起こされるものと見做すなら、その見方は感情という現象 の偏在性や機能的重要性を正しくとらえていないといわざるを得ない。

 私たちが心と呼ぶ行列に加わっているイメージのほとんどは、注意のスポットライトにとら えられたときからそこを去るまで、感情をともなう。また、イメージはアフェクトの随伴を強 く求めるので、一つの突出した感情を構成するイメージにも他の感情がともなわれる。一つの 音に含まれる倍音や、小石が水面に落ちたときにできる水の輪にも少し似ている。生命活動の 自然な心的経験、つまり存在しているという感覚がなければ、真の意味での生はあり得ない。 生の起源は、連続的で無限であるかのように思える感情状態、すなわち他の心的なものすべて の底流をなす、さまざまな激しさの心的コーラスに存する。なお、「であるかのように思え る」とぼかしを入れたのは、継続するイメージの流れから生じる無数の感情のパルスをもとに 見かけの連続性が構築されるからだ。

 感情の完全な欠如は生の停止を意味するが、それほど劇的でなくとも感情が減退すれば、そ れだけ人間の本性が阻害される。仮に心の感情の「トラック」を狭められたとすると、外界か ら入ってくる視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の刺激から形成された、干からびた感覚イメージ の連鎖が残るだけだろう。干からびたイメージには、具体的なものもあれば抽象的なものもあ り、あるいは象徴的な、すなわち言語的な形態のものもある。また知覚から生じたものもあれ ば、記憶から想起されたものもある。感情のトラックを欠いたまま生まれてくると、事態は もっと悪くなる。イメージの残滓が、まったく感情の影響を受けず、質を与えられることもな く、心のなかを漂うだけだろう。ひとたび感情が取り除かれれば、イメージを美しいもの、醜 いもの、快いもの、不快なもの、上品なもの、野卑なもの、崇高なもの、俗なものなどとして 分類することができなくなるだろう。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第2部 文化的な心の構築,第7章 ア フェクト,pp.125-127,白揚社(2019),高橋洋(訳))

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(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())


2021年11月9日火曜日

感情や意識を備え た複雑な心は、知性と言葉の発展を導き、生体の外部からホメオスタシスの動的な調節を行う 新たな道具を生んだ。様々な文化的構築物である。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

文化的構築物

感情や意識を備え た複雑な心は、知性と言葉の発展を導き、生体の外部からホメオスタシスの動的な調節を行う 新たな道具を生んだ。様々な文化的構築物である。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

「生命を律する魔法のようなホメオスタシスの規則には、とぐろを巻くように、その瞬間の 生存を確保するための指示が詰め込まれていた。代謝の調整、細胞構成要素の修理、集団にお ける行動規範、バランスのとれたホメオスタシスの状態からの正もしくは負の逸脱を、適切な 処置を講じるべく測定するための基準などである。しかしそれらの規則は、未来に敢然と飛び 込むにあたり、より複雑で堅固な構造によって将来の安全性を確保しようとする傾向を持って いた。この傾向は、無数の連携、さらには突然変異、自然選択をもたらす激しい競争を介して 実現された。初期の生命は、感情と意識を吹き込まれ、自らが構築した文化を通じて豊かに なった人間の心に今日見出される、以後のさまざまな発展を予示していた。感情や意識を備え た複雑な心は、知性と言葉の発展を導き、生体の外部からホメオスタシスの動的な調節を行う 新たな道具を生んだ。この新たな道具の目的は、初期の生命に課された、生存のみならず繁栄 を目指せとする規則と現在でも調和している。

 ならば、この尋常ならざる発展の結果が、気まぐれとまでは言わないまでも一貫性を欠いて いるのはなぜだろうか? なぜ人類の歴史は、かくも多くのホメオスタシスからの逸脱や苦 しみにまみれているのか? これらの問いはのちの章で詳しく検討するが、とりあえずここで は、文化的な道具は、個体、あるいは核家族や部族などの小集団のホメオスタシス維持に関連 して最初に発達したのだと述べるに留めておく。そこでは、より大規模な集団への拡張は考慮 されていなかったし、そもそも考慮など不可能だった。より大規模な人間の集団では、文化的 集団、国、さらには地政学的圏域でさえ、たった一つのホメオスタシスに服する、より巨大な 有機体を構成する複数の部位としてではなく、おのおのが個々の有機体として機能することが 多い。そして各有機体は、独自のホメオスタシスのコントロールを用いて《自組織の》利益を 守る。文化的なホメオスタシスは、未完成品であり、逆境の時期に何度も損なわれてきた。あ えていえば、文化的なホメオスタシスの成功は、さまざまな調節目標を互いに調和させようと する文明の、はかない努力に依存する。F・スコット・フィッツジェラルドの「だから私たち は、つねに過去へ戻されながらも、流れに逆らってボートを懸命に漕ぎ続ける」という言葉に よって示される静かなあがきが、人間の本性をとらえた、もっとも妥当な先見の明に満ちた表 現であり続けているのだ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第1部 生命活動とその調節(ホメ オスタシス),第1章 人間の本性,pp.45-46,白揚社(2019),高橋洋(訳)

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(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())

生命の状態を意識化し、外界の物理的環境、人間集団の命の状態の指標でもある情動は、様々な文化的構築物創造の媒介者でもある。これら全ては、生命の自己保存と効率的な機能の展開という目的に貫かれているように思われる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

自己保存と効率的機能の展開

  生命の状態を意識化し、外界の物理的環境、人間集団の命の状態の指標でもある情動は、様々な文化的構築物創造の媒介者でもある。これら全ては、生命の自己保存と効率的な機能の展開という目的に貫かれているように思われる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

「人間の持つ文化的な心の誕生に向け、ホメオスタシスは感情によって、劇的な飛躍を果すこ とができた。なぜなら、感情は生体内の生命活動の状態を心的に表象することを可能にするか らだ。心の仕組みにひとたび感情がつけ加えられると、ホメオスタシスのプロセスは生命活動 の状態に関する直接的な知識を豊富に持てるようになり、その知識は、必然的に意識的なもの になった。やがて感情に駆り立てられた意識ある心は、経験の主体に照らして、(1)生体内の 状態と、(2)生体外の環境の状態という2つの決定的な事象を心的に表象することが可能になっ た。後者には、社会的な相互作用や共有された意図によって生じた種々の複雑な状況における 他個体の行動が、典型的なものとして含まれる。そのような行動の多くは、その個体の持つ衝 動、動機、情動に左右される。学習や記憶の能力が発達すると、個体は、事実やできごとに関 する記憶を形成、想起、操作することができるようになり、知識と感情に基盤を置く新たなレ ベルの知性が誕生する道が開けた。この知的能力の拡大のプロセスに、やがて話し言葉が加わ り、観念と言葉と文のあいだのやりとりがたやすくできるようになる。そこからは、創造性の 洪水は抑えられなくなる。こうして自然選択は、特定の行動、実践、道具の背後にある観念の 劇場を征服し、文化的な進化と遺伝的な進化の連携が可能になったのだ。

 すばらしき人間の心と、それを可能にした複雑な脳は、それらを生んだ先駆けとなる祖先の 生物の長い系列から私たちの目を逸らしてしまう。心と脳という輝かしい成果は、人間とその 心が、フェニックスのごとく完全な形態で最近になって突如出現したかのように思わせる。し かしこの驚異的なできごとの背景には、祖先の生物の長い連鎖と、激しい競争と、驚嘆すべき 協調の歴史が横たわっている。複雑な生命体は、管理されていたからこそ存続できた。また脳 は、とりわけ感情や思考に富んだ意識ある心の構築を導くことに成功したあとで、管理の仕事 の支援に長けるようになったがゆえに進化の過程で選択された。これらの点が、人間の心の物 語では見逃されやすい。つまるところ人間の創造性は、生命と、まさにその生命が、「何があ ろうと耐え、未来に向けて自己を発展させるべし」とする厳正な任務を担いつつ誕生したとい う、息を飲むような事実に根差しているのだ。このつつましくも強力な起源に思いを馳せるこ とは、不安定性と不確実性に満ちた現代を生き抜くにあたって、何らかの役に立つかもしれな い。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第1部 生命活動とその調節(ホメ オスタシス),第1章 人間の本性,pp.44-45,白揚社(2019),高橋洋(訳))

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(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())

芸術、哲学、宗教的信念、司法制度、政治的ガバナンスと経済制度、テクノロジー、科学は、情動の誘発に大きな影響を与える。逆に情動はホメオスタシスの代理であり、これら文化的構築物の新たな生成、発展、改善において重要な役割を演じている。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

ホメオスタシスの代理

芸術、哲学、宗教的信念、司法制度、政治的ガバナンスと経済制度、テクノロジー、科学は、情動の誘発に大きな影響を与える。逆に情動はホメオスタシスの代理であり、これら文化的構築物の新たな生成、発展、改善において重要な役割を演じている。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

 「以上の議論を踏まえると、感情と文化の関係に関して、「感情は、ホメオスタシスの代理と して、人類の文化を始動した反応の媒介者の役割を努めてきた」という仮説を提起することが できる。この仮説は妥当であろうか? 感情が動機となって、(1)芸術、(2)哲学的探究、(3) 宗教的信念、(4)司法制度、(5)政治的ガバナンスと経済制度、(7)テクノロジー、(8)科学な どの知的発明がもたらされたのか? 私なら、この問いに心から「イエス」と答えるだろう。 これら8つのいずれの面でも、文化的な実践や道具は、ホメオスタシスの低下(痛み、苦し み、窮乏、脅威、喪失など)や潜在的な恩恵(報酬をともなう結果など)を実際に感じる、も しくは予期することを人々に求めた。また、恩恵として示される豊かさを利用しつつ必要性を 満たしていくための方法を、知識と理性という道具を用いながら探究する動機づけとして、感 情が機能した。私はこれらについて、実例をあげて説明することができる。

 しかも、これは序の口にすぎない。文化的な反応が成功すると、感情による動機づけは低下 するか解消する。このプロセスは、ホメオスタシスの変化の《監視》を必要とする。そのよう な単純な反応に代わって、さまざまな社会集団の長期にわたる相互作用に基づく複雑な過程を 経て、知性による反応が採用され、それが文化体系へと取り込まれたり棄却されたりするよう になった。そして、それは規模や歴史から地理的な位置や内的、外的な権力関係に至るまで、 集団の持つ数々の特質に依存し、知性や感情が関与する段階を含む。たとえば文化的な闘争が 起こると、ネガティブな感情やポジティブな感情が動員され、それによって闘争が解決した り、悪化したりする。かくして文化的選択が適用されるのだ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第1部 生命活動とその調節(ホメ オスタシス),第1章 人間の本性,pp.39-40,白揚社(2019),高橋洋(訳))

進化の意外な順序 感情、意識、創造性と文化の起源 [ アントニオ・ダマシオ ]

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「もし情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())


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