予言と技術的予測
予測対象に干渉してしまう予測があるのは、事実である。しかし、科学的予測は、社会現象に対しても意味があるし重要である。まず、理論の検証・反証のための予測と、実践的価値を持つ予測がある。例えば、介入困難な対象の予測(予言と呼ぶ)や、ある目的を持って介入するための予測(技術的予測、設計)などである。(カール・ポパー(1902-1994))
「たしかに一部の歴史主義者は、人類の遍歴のすぐ次の段階を、しかも非常に慎重な言葉遣 いで予測するだけで満足している。それでも、〈社会学的研究は政治的未来を見通す助けにな るべきであり、そのことで社会学は長期的視野を持つ実践的政治の第一の主要な道具となりう る〉という認識は、歴史主義者全員に共通している。 科学的予測の重要性は、科学の実践的価値という観点から十分に明らかである。しかし、科 学における予測には二種類あるということ、それに応じて実践的なあり方にも二種類あるとい うことは、常に認識されてきたわけではない。予測には、まず(a)台風の接近予報のようなも のがある。これのおかげであらかじめ安全な建物に避難できるなど、非常に大きな実践的価値 がある。次に(b)ある避難施設を台風に耐えられるようにするには、たとえば北側に鉄筋コン クリートの支えを入れるなど、ある決まったやり方で建てる必要があるというような予測もあ るだろう。 この二種類の予測は共に重要で、古来の願いを実現するものではあるが、明らかに大きく異 なる。片方は、そのできごと自体を防ぐ手段がないことの予測で、私はこの種の予測を「予 言」と呼ぶ。その現実的価値は、予測されたできごとについて警告を受け取り、それを避けた り、それに備えたりできるという点にある(その対応には、もう一方の種類の予測も助けにな るだろう。) これと反対の第二の予測は「技術的」な予測と呼ぶことができる。この種の予測は工学技術 に基づくからである。それはいわば建設的な予測であり、ある結果を得ようとするときに私た ちに採用できるステップを暗示するものである。物理的科学の大部分(天文学と気象学を除く ほぼすべて)が行なう予測はこの種のものであり、実践的見地からして、技術的予測と言って 差し支えない。 これら二種類の予測の区別は、ほぼ次の点に対応する。すなわち、その科学の分野で、単な る忍耐強い観察ではなく、設計された実験がどの程度重要な役割を演じているか、である。典 型的な実験科学は技術的予測をすることができ、おもに非実験的な観察を行なう科学は予言を 行なう。 こう言ったからといって、すべての科学、あるいはすべての科学的予測が基本的に実践的な ものだと示唆していると誤解しないでほしい。あるいはすべての科学的予測は必ず予言的であ るか技術的であって、ほかの予測はありえないと示唆しているわけでもない。私はただ、二種 類の異なる予測があって、それに対応する二種類の科学のあり方があるという点に注意を向け たいだけである。 「予言的」「技術的」という言葉遣いを選んだ点について言えば、たしかに実践的観点から 見た場合のそれれの予測の特徴を暗示しようと考えた。しかしこの言葉遣いは、実践的な観点 がほかの観点より優れているとか、科学の関心が実践的に重要な予言と技術的性格を持つ予測 とに限定されているとかいうつもりで選んだわけではない。たとえば天文学を考えるとき、そ の発見には実践的な観点から無価値とは言えない面があるとはいえ、やはりおもに理論的な関 心事であることは認めざるをえない。それでも「予言」としての天文学的予測は、気象学的予 測にごく近いものであり、実践活動に対して持つ価値はきわめて明白なのである。 科学の持つ予言的性格と工学的性格とのこの違いは、長期的予測と短期的予測の違いに対応 するものではないという点は指摘しておく価値がある。大半の工学的予測は短期的だが、長期 的な技術的予測というものも存在する(発動機の寿命など)。天文学的予言にも、短期的なも の、長期的なものがあるだろう。気象学的予言の多くは比較的短期のものである。」
(カール・ポパー(1902-1994),『歴史主義の貧困』,第2章 歴史主義の親自然主義的な見 解,15 歴史的予言と社会工学,pp.82-85,日経BPクラシックスシリーズ(2013),岩坂彰 (訳)
【中古】歴史主義の貧困 社会科学の方法と実践 カール R.ポパー、 久野 収; 市井 三郎 状態良
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