グローバル・ワークスペース理論
【ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】(6.2.5)追記
(6.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
(仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))
(6.2.1)グローバル・ワークスペース
グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
(6.2.2)意識されている情報
引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。このとき、その情報は、意識化される。
(6.2.3)意識されない情報、抑制機能
その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
(a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「ない」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
(b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
(c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
(d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。
(6.2.4)情報の広域化、利用可能化
(a)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
(b)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
(6.2.5)グローバル・ワークスペースの機能
ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。
(a)数百ミリ秒間の活性化
意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が、数百ミリ秒間安定して活性化されることでコード化される。
(b)広域領域との情報交換
ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫した解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。
(c)トップダウンの同期処理
それらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体として一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介してトップダウンに同期が保たれるからだ。
(d)同一の心的表象の異なる側面
多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面をコード化すると考えられる。グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
(i)知覚
(ii)記憶
(iii)言語
(6.2.6)グローバル・ワークスペースの機能のモデル例
(a)各ニューロンは限られた刺激に特化している
各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。例として、視覚皮質だけを取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざまなニューロンを見出せる。
(例)
ニューロン
顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行き:Ni (i=1,2,3...n)
ニューロン Ni が表現する特徴のコード
fij (j=1,2,3...ni)
ニューロン Ni が表現する知覚対象xの特徴のコード
Ni(x)=fik
(b)ニューロンが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。
fij (i=1,2,3...n, j=1,2,3...ni)
全ての特徴の組合せの数は、
n1×n2×n3×...×nn
(c)発火していないニューロンの情報
この種のコード化の様式では、発火していないニューロンも情報のコード化に関わっている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝える。
(d)知覚対象の表現
いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識の焦点として選択される。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部のニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
(例)イメージを理解するための例
前頭前皮質にある一部のニューロン「対象 x は、246936117 だ!」
N1(x)=f12
N2(x)=f24
N3(x)=f36
N4(x)=f49
N5(x)=f53
N6(x)=f64
N7(x)=f71
N8(x)=f81
N9(x)=f97
┌──グローバル・ワークスペース─┐
│意識が生まれる │
│情報の広域化、利用可能化 │
│ │
│「対象 x は、246936117 だ!」 │ 並行して機能する無意識の機能
│ニューロン1─N1────────────機能1(特徴f12)
│ニューロン2─N2────────────機能2(特徴f24)
│ニューロン3─N3────────────機能3(特徴f35)
│ニューロン4─N4────────────機能4(特徴f46)
│ニューロン5─N5────────────機能5(特徴f53)
│ニューロン6─N6────────────機能6(特徴f66)
│ニューロン7─N7────────────機能7(特徴f71)
│ニューロン8─N8────────────機能8(特徴f81)
│ニューロン9─N9────────────機能9(特徴f97)
│ │
│ │
└────────────────┘
「細胞集成体、伏魔殿、勝利の神経連合、アトラクター、収束域などの仮説は、いずれも相応の真実を含む。私が提起するグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論は、それらに強く依拠している。この理論では、意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が数百ミリ秒間安定して活性化されることでコード化され、多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面をコード化すると考えられる。こうして、対象、意味の断片、記憶を処理する無数のニューロンが一度に活性化することで、私たちはモナ・リザがモナ・リザであることに気づくのだ。
コンシャスアクセスが続くあいだ、ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫した解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。そしてそれらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体として一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介してトップダウンに同期が保たれるからだ。
この仕組みでは、ニューロンの同期が鍵になると考えてよいだろう。互いに遠く離れたニューロンが、背景で継続する電気的振動に各自のスパイクを同期させて巨大な集合を形成することを示す証拠が、相次いで得られている。それが正しければ、私たちの思考のそれぞれをコード化する脳のウェブは、集団の示す律動的なパターンに従って個体同士が光の明滅を調和させる、ホタルの群れに似ているとも言えよう。中規模の細胞集団でも、たとえば左側側頭葉の言語ネットワークの内部で単語の意味を無意識にコード化するケースなど、意識は欠いていたとしても局所的には同期しているかもしれない。とはいえその情報は、前頭前皮質によってアクセスされないため、広く共有されず、よって無意識のうちに留まる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.248-249,高橋洋(訳))
(索引:)
「意識に関わる神経コードがいかなるものかを示すイメージをもう一例あげよう。皮質には約160億のニューロンが存在し、各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。その多様性は驚くべきものだ。視覚皮質だけを取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざまなニューロンを見出せる。各細胞は、視覚的場面に関わるわずかな情報を伝えるにすぎない。ところがそれらが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識の焦点として選択されるというのが、グローバル・ワークスペースモデルの主張するところだ。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部のニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
この種のコード化の様式では、発火《していない》ニューロンも情報のコード化に関わっている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝えるのだ。このように意識の内容は、活性化したニューロンと、沈黙するニューロンの双方によって定義される。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.249-250,高橋洋(訳))
(索引:グローバル・ワークスペース理論)
(出典:wikipedia)
「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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