ミラーニューロンの働き
【鉛筆を口にくわえてほほ笑みの顔にすると、他者のほほ笑みの検知が困難になる。他者の顔が自己の運動表象等を生じ、その知覚が他者の情動を了解させるが、先行する同じ運動が知覚を妨げ、この現象が生じる。(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-))】(1)鉛筆を口にくわえる実験
(1.1)実験事実
(a)鉛筆をくわえて口を横に広げ、ほほ笑んでいるような格好にすると、他の人のほほ笑みを検知するのが困難になる。
(b)しかし、しかめ面の検知には影響しない。
(1.2)解釈(仮説)
(a)鉛筆を口にくわえることによって、ほほ笑みに使われるのと同じ筋肉の多くが活性化される。
(b)活性化された筋肉の情報が、ミラーニューロン・システムに流れ込む。
(c)他者のほほ笑みの検知は、他者のほほ笑みという視覚情報に対して、自分のほほ笑みに使う筋肉を動かそうという表象が現れ、この表象の知覚が相手の感情の知覚となる。ところが、既に同じ筋肉が使われてしまっているので、相手のほほ笑みを検知することが困難となる。
(d)参照: 他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情動が直ちに感知される。これは潜在的な場合もあれば実行されることもあり、複雑な対人関係の基盤の必要条件となっている。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))
(2)左の縁上回に病変のある失行の患者の事例
(2.1)症状
(a)熟練を要する動作のまねが困難
お茶をかきまぜる、ハンマーで釘を打つといった熟練を要する動作のまねをすることができない。
(b)行動のメタファーが理解困難
失行の患者は、たとえば「夢を追う」などの行動にもとづいたメタファーの解釈も苦手とするという事実がある。
(2.2)解釈(仮説)
(a)他者の対象物への働きかけという視覚情報の知覚が、その同じ働きかけの運動感覚の表象を生じさせ、他者の運動の意図を理解させる。これがミラーニューロンである。とするならば、熟練を要する動作の解釈が困難になることがわかる。
(b)同様に、言葉により視覚情報が喚起されても、その視覚情報から、どんな運動なのかを理解させる自己の運動感覚の表象が生じなければ、理解が生じない。このことから、行動のメタファーの理解が困難になることがわかる。
(c)対象物を見ると、それを操作する運動感覚の表象が伴う。これはカノニカルニューロンが実現している。また、他者の対象物への働きかけを見ると、その運動感覚の表象が伴う。これはミラーニューロンが実現している。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))
「このミラーニューロン仮説で、ほかにもいくつか自閉症の奇異な症状が説明できる。たとえば、以前から知られているように、自閉症の子どもはことわざやメタファーの解釈が苦手な場合が多く、「落ち着いて(get a grip on yourself)(字義どおりに解釈すると、「自分をしっかりつかめ」という意味になる)」と言われると、自分の体をつかみはじめたりする。私たちは、「輝くものがみな金とは限らない(見かけはあてにならない)」ということわざの意味を説明するように求められた何人かの高機能自閉症患者が、「それは単に黄色い金属で、必ずしも金だとは限らないという意味です」と答える場面を経験した。このようなメタファーの解釈に対する困難は、自閉症児の一部に見られるだけだが、説明を必要とする。」(中略)「一つの具体的な例として、私がリンゼイ・オーバーマン、ピョトル・ウィンキールマンと共同でおこなった実験を紹介したい。私たちはその実験で、鉛筆を(くつわのように)くわえて口を横に広げ、ほほ笑んでいるような格好にすると、ほかの人のほほ笑みを検知するのが困難になる(しかめ面の検知には影響しない)という事実を示した。それは、鉛筆を口にくわえることによって、ほほ笑みに使われるのと同じ筋肉の多くが活性化され、その情報がミラーニューロン・システムに流れこんで、行動と知覚との混同を起こすためである(ある種のミラーニューロンは、あなたがある表情をしているときと、ほかの人のそれと同じ表情を観察しているときに発火する)。この実験結果は、行動と知覚が脳のなかで、一般に想定されているよりもはるかに密接にからみあっていることを示している。
それが、自閉症やメタファーとどんな関係があるのだろうか? 私たちは最近、左の縁上回に病変のある失行の患者(お茶をかきまぜる、ハンマーで釘を打つといった熟練を要する動作のまねをすることができない患者)は、行動にもとづいたメタファー(たとえば「夢を追う」など)の解釈も苦手とするということに気づいた。縁上回にもミラーニューロンが存在するので、この所見は、人間のミラーニューロン・システムが熟練を要する動作の解釈に関与しているだけでなく、行動のメタファーの理解や、さらには身体性認知のほかの側面にも関与していることを示唆している。ミラーニューロンはサルにもあるが、彼らのミラーニューロンがメタファーに関与するためには、サルがさらに高度な複雑化のレベルに、すなわち人間だけにみられるようなたぐいのレベルに到達する必要があるのかもしれない。」
(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-),『物語を語る脳』,第5章 スティーヴンはどこに? 自閉症の謎,(日本語名『脳のなかの天使』),角川書店(2013),pp.205-206,山下篤子(訳))
(索引:ミラーニューロン,情動の検知,失行,行動のメタファー)
(出典:wikipedia)
「バナナに手をのばすことならどんな類人猿にもできるが、星に手をのばすことができるのは人間だけだ。類人猿は森のなかで生き、競いあい、繁殖し、死ぬ――それで終わりだ。人間は文字を書き、研究し、創造し、探究する。遺伝子を接合し、原子を分裂させ、ロケットを打ち上げる。空を仰いでビッグバンの中心を見つめ、円周率の数字を深く掘り下げる。なかでも並はずれているのは、おそらく、その目を内側に向けて、ほかに類のない驚異的なみずからの脳のパズルをつなぎあわせ、その謎を解明しようとすることだ。まったく頭がくらくらする。いったいどうして、手のひらにのるくらいの大きさしかない、重さ3ポンドのゼリーのような物体が、天使を想像し、無限の意味を熟考し、宇宙におけるみずからの位置を問うことまでできるのだろうか? とりわけ畏怖の念を誘うのは、その脳がどれもみな(あなたの脳もふくめて)、何十億年も前にはるか遠くにあった無数の星の中心部でつくりだされた原子からできているという事実だ。何光年という距離を何十億年も漂ったそれらの粒子が、重力と偶然によっていまここに集まり、複雑な集合体――あなたの脳――を形成している。その脳は、それを誕生させた星々について思いを巡らせることができるだけでなく、みずからが考える能力について考え、不思議さに驚嘆する自らの能力に驚嘆することもできる。人間の登場とともに、宇宙はにわかに、それ自身を意識するようになったと言われている。これはまさに最大の謎である。」
(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-),『物語を語る脳』,はじめに――ただの類人猿ではない,(日本語名『脳のなかの天使』),角川書店(2013),pp.23-23,山下篤子(訳))
ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-)
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