2018年6月20日水曜日

記号から何らかの像への写像が存在し、しかも記号と像との論理的構成が全く同じであっても、それが与えるイメージや見通しの面で異なる場合がある。(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951))

等価な像の間の違い

【記号から何らかの像への写像が存在し、しかも記号と像との論理的構成が全く同じであっても、それが与えるイメージや見通しの面で異なる場合がある。(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951))】
(a) 盤面ゲームとしての将棋を、駒の動きを表す数字と文字列とに対応させることができる。
 数字と文字を紙に ⇔ 盤面ゲーム
 書いてするゲーム   としての将棋
(b) 数字と文字列のゲームと、それを図解したゲームとは、ゲームとしては論理的に同じものであるにもかかわらず、図解はゲームを非常に分かりやすく、見通しの良いものにする。
(c) 現代物理学の理論においても、論理的には全く同等の体系でありながら、それが与える図解、見通しの面で異なるような諸理論が存在する。

 「仮に、将棋は盤面ゲームとして作り出されたのではなくて、数字と文字を紙に書いてするゲームだったのであり、そのときは誰も八十一の目をもつ長方形の盤その他のことは想像もしなかった、と、そう考えてみよう。ところがある人が、このゲームは、盤の上でかくかくの仕方でおこなわれうるゲームに、まったく対応したものだという発見をしたとする。この発見はゲームを非常にやさしくするものであったろう。(それまではそのゲームがむつかしすぎていた人々も、やれるようになっただろう。)しかし、ゲームの規則についてのこの新しい図解は、ただ、より見渡しをえやすい新しい記号体系にほかならないのであって、それ以外の点では、紙に書かれていたものと同じ段階にあるものだということは、明らかである。現代の物理学はもはや力学的モデルでなく、「たんにシンボルだけを」相手にしている、ということに関してあれこれ言われていることを、これと比較せよ。」
(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)『哲学的文法1』付録 六、全集3、p.311、山本信)
(索引:等価な像)

ウィトゲンシュタイン全集 3 哲学的文法 1


(出典:wikipedia
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「文句なしに、幸福な生は善であり、不幸な生は悪なのだ、という点に再三私は立ち返ってくる。そして《今》私が、《何故》私はほかでもなく幸福に生きるべきなのか、と自問するならば、この問は自ら同語反復的な問題提起だ、と思われるのである。即ち、幸福な生は、それが唯一の正しい生《である》ことを、自ら正当化する、と思われるのである。
 実はこれら全てが或る意味で深い秘密に満ちているのだ! 倫理学が表明《され》えない《ことは明らかである》。
 ところで、幸福な生は不幸な生よりも何らかの意味で《より調和的》と思われる、と語ることができよう。しかしどんな意味でなのか。
 幸福で調和的な生の客観的なメルクマールは何か。《記述》可能なメルクマールなど存在しえないことも、また明らかである。
 このメルクマールは物理的ではなく、形而上学的、超越的なものでしかありえない。
 倫理学は超越的である。」
(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)『草稿一九一四~一九一六』一九一六年七月三〇日、全集1、pp.264-265、奥雅博)

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)
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論理法則は、基本的な諸法則に還元することが可能だが、それらは、何か「我々の本性及び外的事情」によって強制されているように思われる。(ゴットロープ・フレーゲ(1848-1925))

真理と論理法則

【論理法則は、基本的な諸法則に還元することが可能だが、それらは、何か「我々の本性及び外的事情」によって強制されているように思われる。(ゴットロープ・フレーゲ(1848-1925))】
(a) 論理学は、いくつかの基本的な論理諸法則に還元することが可能である。
(b) 論理学は、(a)以外には、その真であることの基礎に対しては、回答を与えることはできない。
(c) 論理学の外に出るなら、「我々の本性及び外的事情によってこの判断を下すよう我々は強制される」と言える。すなわち、もし我々が思考を混乱させ判断を一切断念してしまうことを望まないならば、我々はその法則を承認しなければならないようなものなのである。

 「さて、何故またいかなる権利をもって我々がある論理法則を真と承認しうるのかという問いに対し、論理学はただ、論理学が当の法則を他の論理諸法則に還元することによってのみだと答えうる。これが可能でない場合には、論理学は回答を出さないままにする他はない。論理学の外に出るなら、次のように言いうる。即ち、我々の本性及び外的事情によってこの判断を下すよう我々は強制されるのであり、そして判断を下す場合には我々はこの法則―――例えば同一性の法則―――を斥けることはできず、もし我々の思考を混乱させ結局判断を一切断念してしまうことを望まないならば、我々はその法則を承認しなければならない、と。私はこの見解を論駁しようとも確証しようとも思わない。」
(ゴットロープ・フレーゲ(1848-1925)『算術の基本法則』序言 XVII、フレーゲ著作集3、p.21、野本和幸)
(索引:真理、論理法則)

フレーゲ著作集〈3〉算術の基本法則


(出典:wikipedia
ゴットロープ・フレーゲ(1848-1925)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「1. 思考の本質を形づくる結合は、表象の連合とは本来異なる。
2. 違いは、[思考の場合には]結合に対しその身分を裏書きする副思想(Nebengedanke)が存在する、ということだけにあるのではない。
3. 思考に際して結合されるものは、本来、表象ではなく、物、性質、概念、関係である。
4. 思想は、特殊な事例を越えてその向こう側へと手を伸ばす何かを常に含んでいる。そして、これによって、特殊な事例が一般的な何かに帰属するということに気づくのである。
5. 思想の特質は、言語では、繋辞や動詞の人称語尾に現われる。
6. ある結合[様式]が思想を形づくっているかどうかを識別するための基準は、その結合[様式]について、それは真であるかまたは偽であるかという問いが意味を持つか否かである。
7. 真であるものは、私は、定義不可能であると思う。
8. 思想を言語で表現したものが文である。我々はまた、転用された意味で、文の真理についても語る。
9. 文は、思想の表現であるときにのみ、真または偽である。
10.「レオ・ザクセ」が何かを指示するときに限り、文「レオ・ザクセは人間である」は思想の表現である。同様に、語「この机」が、空虚な語でなく、私にとって何か特定のものを指示するときに限り、文「この机はまるい」は思想の表現である。
11. ダーウィン的進化の結果、すべての人間が 2+2=5 であると主張するようになっても、「2+2=4」は依然として真である。あらゆる真理は永遠であり、それを[誰かが]考えるかどうかということや、それを考える者の心理的構成要素には左右されない
12. 真と偽との間には違いがある、という確信があってはじめて論理学が可能になる。
13. 既に承認されている真理に立ち返るか、あるいは他の判断を利用しないかのいずれか[の方法]によって、我々は判断を正当化する。最初の場合[すなわち]、推論、のみが論理学の対象である。
14. 概念と判断に関する理論は、推論の理論に対する準備にすぎない。
15. 論理学の任務は、ある判断を他の判断によって正当化する際に用いる法則を打ち立てることである。ただし、これらの判断自身は真であるかどうかはどうでもよい。
16. 論理法則に従えば判断の真理が保証できるといえるのは、正当化のために我々が立ち返る判断が真である場合に限る。
17. 論理学の法則は心理学の研究によって正当化することはできない。
」 (ゴットロープ・フレーゲ(1848-1925)『論理学についての一七のキー・センテンス』フレーゲ著作集4、p.9、大辻正晴)

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諸学問の配列:(1)総合的配列、(2)解析的配列、(3)名辞に従う目録の配列。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716))

諸学問の配列

【諸学問の配列:(1)総合的配列、(2)解析的配列、(3)名辞に従う目録の配列。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716))】
 あらゆる学問的真理は、次の三つの主要な方法で配列し、またお互いに結びつける必要がある。ただし、個別的な事実や歴史・言語のことは別にしておく。
(1) 各命題を、数学者が行うように、それが論理的に依存する命題の後に配列する。すなわち、証明の順に並べる。
(2) 各命題を、目的を実現するために役立つ手段を探しやすいように配列する。すなわち、人類の目標である善の獲得や、悪の回避のための手段を、解析して階層的に配列する。
(3) (1)と(2)の間の記述の重複を避けるために、共通的な名辞の配列を用意して、(1)と(2)を互いに参照させる方法がある。この名辞の配列から、探そうとしている目的の(1)と(2)の命題にたどりつくことができる。その際、共通的な名辞の配列には、以下の二つの方法がある。
 (3.1)人々が共有して使用できる、ある範疇に従って、共通的な名辞を配列する。
 (3.2)アルファベット順に、共通的な名辞を配列する。
 なお、これら三つの方法が、次の三つの学問に対応しているのは興味深い。
(1) 総合的配列、理論的なもの、自然学
(2) 解析的配列、実践的なもの、道徳学
(3) 名辞に従う目録の配列、論証的なもの、論理学

 「ここから、ひとつの同じ真理は、それがもちうる異なった諸関係に従って多くの場所をもちうることが分かります。それで、蔵書を整理する人たちが、ある書物をどこにおくべきか分からなくなることもとてもしばしば起こります。二つか三つのふさわしい場所のうちで決心がつかないからです。しかし、今は一般的な原理についてだけお話しし、個別的な事実や歴史・言語のことは別にしておきましょう。私は、あらゆる学問的真理の二つの主要な配列を認めています。各々にはその長所があり、両者は結び付ける価値があるでしょう。一方は総合的で理論的なものです。これは、数学者が行うように、真理を証明の順に並べるものです。したがって、各命題はそれが依存する命題の後に来ることになります。他方の配列は解析的で実践的なものです。これは、人類の目標すなわち善、そのきわみは至福である善から始まり、そうした善を獲得したり反対の悪を避けたりするのに役立つ手段を順を追って探すものです。そして、これら二つの方法は、一般的に百科全書のなかで用いられ、またある人たちはそれらを個別的な学問のなかで用いてきました。」(中略)「しかし、そうした二つの配列を同時に用いて百科全書を書く場合には、反復を避けるために参照という方策を用いることができるでしょう。これら二つの配列に、名辞による第三の配列を付け加えなければなりません。これは、実際には一種の目録にすぎず、すべての人々が共有するであろうある範疇に従って名辞を並べる体系的なものであるか、学者の間で受け入れられている言語に従うアルファベット順のものであるかです。ところで、名辞が十分に注目に値する仕方で入っているすべての命題を見つけて集めるためには、そうした目録が必要でしょう。」(中略)「ところで、私はこうした三つの配列を考察して、それらが、あなたが復活させた古代の区分に対応しているのは好奇心をそそることだと思います。その区分とは、学問ないし哲学を理論的なもの・実践的なもの・論証的なものに、あるいは、自然学・道徳学・論理学に分けるものです。というのも、総合的配列は理論的なものに対応し、解析的[分析的]配列は実践的なものに対応し、名辞に従う目録の配列は論理学に対応しているからです。」
(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)『人間知性新論』第四部・第二一章[三]、ライプニッツ著作集5、pp.354-356、[谷川多佳子・福島清紀・岡部英男・1995])
(索引:諸学問の配列、総合的配列、解析的配列、名辞に従う目録の配列)

認識論『人間知性新論』 下 (ライプニッツ著作集)


(出典:wikipedia
ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「すべての実体は一つの全たき世界のようなもの、神をうつす鏡もしくは全宇宙をうつす鏡のようなものである。実体はそれぞれ自分の流儀に従って宇宙を表出するが、それはちょうど、同一の都市がそれを眺める人の位置が違っているのに応じて、さまざまに表現されるようなものである。そこでいわば、宇宙は存在している実体の数だけ倍増化され、神の栄光も同様に、神のわざについてお互いに異なっている表現の数だけ倍増化されることになる。また、どの実体も神の無限な知恵と全能という特性をいくぶんか具えており、できる限り神を模倣している、とさえ言える。というのは、実体はたとえ混雑していても、過去、現在、未来における宇宙の出来事のすべてを表出しており、このことは無限の表象ないしは無限の認識にいささか似ているからである。ところで、他のすべての実体もそれなりにこの実体を表出し、これに適応しているので、この実体は創造者の全能を模倣して、他のすべての実体に自分の力を及ぼしていると言うことができる。」
(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)『形而上学叙説』九、ライプニッツ著作集8、pp.155-156、[西谷裕作・1990])

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