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2019年11月24日日曜日

軍備の均衡が平和の条件であるという考えは、「恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。」真の平和は、相互の信頼の上にしか構築できない。(フランシスコ教皇(1936-),2019/11/24 長崎)

恐怖と相互不信の均衡か、相互の信頼か

【軍備の均衡が平和の条件であるという考えは、「恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。」真の平和は、相互の信頼の上にしか構築できない。(フランシスコ教皇(1936-),2019/11/24 長崎)】
(出典:wikipedia
フランシスコ教皇(1936-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
「愛する兄弟姉妹の皆さん。
 この場所は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。近年、浦上教会で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさった方とそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを、あらためて思い起こさせてくれます。
 人の心にある最も深い望みの一つは、平和と安定への望みです。核兵器や大量破壊兵器を所有することは、この望みへの最良の答えではありません。それどころか、この望みをたえず試みにさらすことになるのです。わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。
 国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や、壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。むしろ、現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります。
 ここは、核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことの証人である町です。そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくともつねに上がっています。軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これは途方もないテロ行為です。
 核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。1963年に聖ヨハネ23世教皇は、回勅『地上の平和(パーチェム・イン・テリス)』で核兵器の禁止を世界に訴えていますが(112番[邦訳60番]参照)、そこではこう断言してもいます。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(113番[邦訳61番])
 今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです。わたしたちは、多国間主義の衰退を目の当たりにしています。それは、兵器の技術革新にあってさらに危険なことです。この指摘は、相互の結びつきを特徴とする現今の情勢から見ると的を射ていないように見えるかもしれませんが、あらゆる国の指導者が緊急に注意を払うだけでなく、力を注ぎ込むべき点なのです。
 カトリック教会としては、人々と国家間の平和の実現に向けて不退転の決意を固めています。それは、神に対し、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際的な法的原則にのっとり、飽くことなく、迅速に行動し、訴えていくことでしょう。昨年の7月、日本司教協議会は、核兵器廃絶の呼びかけを行いました。また、日本の教会では毎年8月に、平和に向けた10日間の平和旬間を行っています。どうか、祈り、一致の促進の飽くなき探求、対話への粘り強い招きが、わたしたちが信を置く「武器」でありますように。また、平和を真に保証する、正義と連帯のある世界を築く取り組みを鼓舞するものとなりますように。
 核兵器のない世界が可能であり必要であるという確信をもって、政治をつかさどる指導者の皆さんにお願いします。核兵器は、今日の国際的また国家の、安全保障への脅威からわたしたちを守ってくれるものではない、そう心に刻んでください。人道的および環境の観点から、核兵器の使用がもたらす壊滅的な破壊を考えなくてはなりません。核の理論によって促される、恐れ、不信、敵意の増幅を止めなければなりません。今の地球の状態から見ると、その資源がどのように使われるのかを真剣に考察することが必要です。複雑で困難な持続可能な開発のための2030アジェンダの達成、すなわち人類の全人的発展という目的を達成するためにも、真剣に考察しなくてはなりません。1964年に、すでに教皇聖パウロ6世は、防衛費の一部から世界基金を創設し、貧しい人々の援助に充てることを提案しています(「ムンバイでの報道記者へのスピーチ=1964年12月4日」。回勅『ポプロールム・プログレッシオ=1967年3月26日』参照)。
 こういったことすべてのために、信頼関係と相互の発展とを確かなものとするための構造を作り上げ、状況に対応できる指導者たちの協力を得ることが、きわめて重要です。責務には、わたしたち皆がかかわっていますし、全員が必要とされています。今日、わたしたちが心を痛めている何百万という人の苦しみに、無関心でいてよい人はいません。傷の痛みに叫ぶ兄弟の声に耳を塞いでよい人はどこにもいません。対話することのできない文化による破滅を前に目を閉ざしてよい人はどこにもいません。
 心を改めることができるよう、また、いのちの文化、ゆるしの文化、兄弟愛の文化が勝利を収めるよう、毎日心を一つにして祈ってくださるようお願いします。共通の目的地を目指すなかで、相互の違いを認め保証する兄弟愛です。
 ここにおられる皆さんの中には、カトリック信者でない方もおられることでしょう。でも、アッシジの聖フランシスコに由来する平和を求める祈りは、私たち全員の祈りとなると確信しています。
 
主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。

 憎しみがあるところに愛を、
 いさかいがあるところにゆるしを、
 疑いのあるところに信仰を、
 絶望があるところに希望を、
 闇に光を、
 悲しみあるところに喜びをもたらすものとしてください。

 記憶にとどめるこの場所、それはわたしたちをハッとさせ、無関心でいることを許さないだけでなく、神にもと信頼を寄せるよう促してくれます。また、わたしたちが真の平和の道具となって働くよう勧めてくれています。過去と同じ過ちを犯さないためにも勧めているのです。
 皆さんとご家族、そして、全国民が、繁栄と社会の和の恵みを享受できますようお祈りいたします。」
(出典:ローマ教皇「世界覆う不信、打ち壊す」 スピーチ全文 2019年11月24日日本経済新聞社
(索引:軍備の均衡,抑止力,恐怖と相互不信の均衡)

2019年11月4日月曜日

外交とともに、万が一に備える戦力の保持も必要だ。日本は、一国で戦力を増強し続けるのではなく、専守防衛の下、必要最小限の防衛力に限定し、米国との同盟により米国の軍事力にも頼る安全保障体制を選択してきた。(首相官邸)

日米同盟

【外交とともに、万が一に備える戦力の保持も必要だ。日本は、一国で戦力を増強し続けるのではなく、専守防衛の下、必要最小限の防衛力に限定し、米国との同盟により米国の軍事力にも頼る安全保障体制を選択してきた。(首相官邸)】

「いつ、いかなる事態になろうとも、国民の安全を守ること、そして、国の領土・領海・領空を守って国家の機能を維持することは、政府の任務の中核です。
 もちろん、国外の脅威を減らすために、普段から外交を展開しています。しかし、政府としては、日本が攻撃されるという最悪の事態への備えをしなければなりません。また、日本のどこが、いつ、どのような手法で襲われるのかを完全に予測することはできませんから、万々が一の備えを怠ることはできません。
 そのためには、想定しうる脅威に対して十分な規模の戦力を持ち、脅威が増加する場合にはそれに応じて戦力を増強すべきものなのかもしれません。実際、多くの国はそのようにしているものと考えられます。
 しかし、日本国民は「戦前を繰り返さない」との決意のもと、戦後、日本国憲法で、専守防衛の下、防衛力を自衛のための必要最小限のものに限りました。
 外国からの脅威が増すと自らの防衛力だけでは対応しきれない、いわばその「差分」を埋めなければなりません。そこで、日本は、自らの防衛力だけに頼るのではなく、米国と同盟関係となり、米国の軍事力にも頼る安全保障体制を選択してきました。つまり、日本の安全保障は、自衛隊と日米安保体制の2つを基軸としています。そして日米安保体制の制度上の基盤として、日米両国は「相互協力及び安全保障条約」、いわゆる日米安保条約を結んでいます。
 国防の現場では、日米が連携しながら、国際情勢の変化、動静を注視しています。そして、場合によっては、日本独自で、あるいは米国と共同で即応し、脅威を未然に防ぐことに全力を挙げています。」
(出典:「なぜ」、「いま」、平和安全法制か? 平成31年4月26日首相官邸
(索引:抑止力)

(出典:首相官邸
首相官邸
首相官邸

首相官邸

抑止が機能するためには、(a)軍事的対応を実行する意図があること、(b)その能力があること、(c)その意図と能力を相手に正しく認識させること、(d)実際の能力の整備。(防衛省)

抑止力

【抑止が機能するためには、(a)軍事的対応を実行する意図があること、(b)その能力があること、(c)その意図と能力を相手に正しく認識させること、(d)実際の能力の整備。(防衛省)】

(1)抑止とは
 「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割
(2)抑止が機能する条件
 (a)軍事的対応を実行する意図がある。
 (b)軍事的対応を実行する能力がある。
 (c)上記を、相手に正しく認識させる。
 (d)そのために、想定される攻撃などのレベルに応じた、さまざまな能力を整備しなければならないと考えられている。
(3)抑止の分類
 (a)懲罰的抑止
  耐えがたい打撃を加える威嚇に基づき、敵のコスト計算に働きかけて攻撃を断念させる。
 (b)拒否的抑止
  特定の攻撃的行動を物理的に阻止する能力に基づき、敵の目標達成可能性に関する計算に働きかけて攻撃を断念させる。

「一般に、抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割とされる。抑止が機能するためには、抑止する側に、軍事的対応を実行する意図と能力があり、かつ、それが相手に正しく認識されることが必要であるとされる。こうした意図と能力に信頼性を持たせるためには、想定される攻撃などのレベルに応じた、さまざまな能力を整備しなければならないと考えられている。
 こうした抑止概念は、懲罰的抑止と拒否的抑止に分類されることが多い。懲罰的抑止とは、耐えがたい打撃を加える威嚇に基づき、敵のコスト計算に働きかけて攻撃を断念させるものであり、拒否的抑止とは、特定の攻撃的行動を物理的に阻止する能力に基づき、敵の目標達成可能性に関する計算に働きかけて攻撃を断念させるものである。また、手段に着目して、核兵器による核抑止、通常兵器による通常抑止とも分類される。
 米国は、核および非核の打撃力や防衛能力を含め、あらゆる種類の軍事力により抑止を総合的に実現する能力を保有している。10(平成22)年発表された「核態勢見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)においても、核兵器のみならず、通常戦力やミサイル防衛を包含した抑止概念を提示しており、これらの能力を自身に対する攻撃の抑止(基本抑止)だけでなく、日本などの同盟国に対する攻撃の抑止(拡大抑止)の中核として位置づけている。」
(出典:(解説)抑止について平成22年版防衛白書防衛省 情報検索サービス
(索引:抑止力)

(出典:防衛省
防衛省
防衛省

防衛省

国際紛争は、国際法や外交を通じた話し合いで解決すべきだが、国によって利害や価値観の違いがあるため、万一の攻撃に対する反撃能力という抑止力がなければ、紛争を未然に防止することはできない。(首相官邸)

抑止力

【国際紛争は、国際法や外交を通じた話し合いで解決すべきだが、国によって利害や価値観の違いがあるため、万一の攻撃に対する反撃能力という抑止力がなければ、紛争を未然に防止することはできない。(首相官邸)】

(1.4.2)追記。

(1)恒久平和主義(日本国憲法前文)
 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」(出典:日本国憲法憲法条文・重要文書日本国憲法の誕生電子展示会国立国会図書館

 (1.1)「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは何か。
  様々な民族、宗教、思想、信条、価値観の違いがあっても、人間はお互いに理解し合い、認め合い、助け合うという関係を維持できるとする考えである。
 (1.2)「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」するとは、どのようなことか。
  いかなる国の国民であっても平和を愛しており、何が公正で正義にかなっているのかを理解することができ、お互いに約束を守るという関係をつくることができると信頼して、安全と生存を保持することである。武力による威嚇や武力の行使によって、安全と生存を保持することではない(第9条)。
 (1.3)「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」の事例
  憲法9条は、船舶の安全を守った。事例として、1980年に始まったイラン・イラク戦争の際に、攻撃を受け被弾した世界全体の船舶は407隻、333人の死者、317人の負傷者が出るなか、日本船は被弾ゼロであった。(本望隆司)

 (1.4)日本国憲法の理念とは異なる諸意見
  (1.4.1)これはユートピア的発想であり改正すべき
   憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分は、ユートピア的発想による自衛権の放棄であり、改正すべきである。(自民党 日本国憲法改正草案Q&A(増補版))

  (1.4.2)平和の実現には、抑止力の裏づけが必要とする考え
   (a)国際法や外交
    (i)まずは、国際法や外交を通じた話し合い、あるいは日本と考え方や利害を共にする第三国と協調して、そうした外国の理解を深め、協力関係を強める努力をする。
    (ii)自分の主張を実力をもって実現することが、却って自分自身を利さないことをわかってもらうことで、行動の鎮静化を期待する。
    (iii)ただし、「自分を利するか否か?」は、日本人の感覚のみに依るのではなく、相手の価値観や感覚を踏まえて判断しないと機能しない。
   (b)抑止力とは何か。
    もし実際に攻撃した場合には、攻撃を受けたその国からこっぴどい反撃を受け、却って自分自身が危うくなる、だから、初めから他の国への攻撃を思いとどまる。
   (c)「抑止力」とは「紛争を未然に防ぐ力」である。
    (i)抑止力により、戦争を発生させない。
    (ii)したがって、防衛力が行使されることがない。
    (iii)また、自衛隊員が傷つくリスクも無くなる。


「2.平和安全法制の成立で「紛争を未然に防ぐ力(抑止力)が高まる」というのは、どういうことでしょうか
 日本の平和と安全を確保するためには、紛争を未然に防ぐ力、つまり、「抑止力」を高めることが必要です。平和安全法制の目的の一つは、「抑止力」を高めることにあります。

「抑止力」=「紛争を未然に防ぐ力」です
・平和安全法制を巡る国会審議や報道で、「抑止力」という言葉がしばしば使われました。「この法案は抑止力を高めるためのものである」あるいは「抑止力を高めることで、日本が外国から攻撃を受けたり、争いに巻き込まれたりするリスクが減る」といった言い方です。
・仮に、日本が攻撃を受けたり、争いに巻き込まれたりするリスクが全く無くなれば、戦争も起こらず、防衛力を行使する必要も無く、自衛隊員が傷つくリスクも無くなる訳です。平和安全法制の目的の一つは、抑止力を高めることにあります(この意味でも、これを「戦争法案」と呼ぶことは間違いです)。
・「抑止力」(英語でdeterrenceと言います)は、東西冷戦の下で有名になりました。兵器を持っている或る国が、他の国を攻撃しないのは「もし実際に攻撃した場合には、攻撃を受けたその国からこっぴどい反撃を受け、却って自分自身が危うくなる、だから、初めから他の国への攻撃を思いとどまるのだ」という論議です。

日常生活にも「抑止力」はありますが、意識する必要がありません
・私たちの日常生活に引き寄せてみると、これは、「見知らぬ人が自分を睨んでいても、その人が攻撃をしてくると考える必要はない。なぜなのか?」に似ています。その理由は、「そんなことをしたら、警察に逮捕される。日本の法律が適用されて、有罪となれば刑罰を受ける。その人は、攻撃を超えるマイナスを自分が負うことになるからだ」とこんな具合ではないでしょうか。法律と警察が「抑止力」になっているから、私たちは、普段、「抑止力」を意識する必要はないのです。
・ここでは「日本国は法治国家である、警察が守ってくれる」が前提になっています。

外国などとの関係では「抑止力」を考えます
・しかし、外国では日本国の法律は通用しません。また、日本の警察官も活動できません。従って、自分の主張を実力をもって実現しようとする国や勢力に対しては、まずは、国際法や外交を通じた話し合いで、あるいは日本と考え方や利害を共にする第三国と協調して、そうした外国の理解を深め、協力関係を強める努力をします。
・そして、自分の主張を実力をもって実現することが、却って自分自身を利さないことをわかってもらうことで、行動の鎮静化を期待します。相手の行動を未然に防ぐ、「抑止力」の考え方です。
・ただし、「自分を利するか否か?」は、日本人の感覚のみに依るのではなく、相手の価値観や感覚を踏まえて判断しないと機能しません。

「平和安全法制」で紛争を未然に防ぎます
 近年の情勢をみると、我が国の近くの国が核兵器の開発や弾道ミサイル等の発射実験を繰り返す、あるいは領海や領空に侵入するなどの現実があります。外交努力により制止を求めていますが、事態は変わりません。日本が外交努力を尽くして制止を求め、相手がそれを受け止めて自らの行動を抑制すれば、争い事は発生しないで済むはずです。
 この「はず」をその通りとするために、万が一の備えとして、今回の平和安全法制が機能し、相手の行動を未然に抑制させる力、すなわち抑止力を高めます。
 平和安全法制は、日本に対する攻撃あるいはその可能性を未然に摘むために、日本自身が「すきまの無い態勢を構築する」、また日本の防衛に不可欠な日米安保体制を強化することを目指すものです。同時に、日本と国際社会の協力を高め、一層の貢献を行うことも目的にしています。」
(出典:「なぜ」、「いま」、平和安全法制か? 平成31年4月26日首相官邸
(索引:抑止力)

(出典:首相官邸
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