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2018年7月26日木曜日

気づきのない行動と、気づきのある行動が存在する。気づきのある行動は、被験者の内観報告を基礎に判断する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

操作的な基準としての内観報告

【気づきのない行動と、気づきのある行動が存在する。気づきのある行動は、被験者の内観報告を基礎に判断する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))】
(a)気づきのない行動
 (1)信号を検出し、観察可能な筋肉の活動とか、自律神経系の変化(たとえば心拍数、血圧、発汗など)が起こる。
 (2)被験者は、気づくことなく、無意識になされる。
 (3)認知的で抽象的な問題解決プロセスがどれほど複雑になろうとも、このようなことが起こり得る。
(b)気づきのある行動
 (1)被験者は、信号に気づき、主観的な意識経験をする。
 (2)被験者は、実験者の質問を理解し、自分の個人的な経験について、内観的な経験を報告する。

 「操作的な基準としての内観報告
 内観報告についてはすでに論じました。この原則から敷衍される重要な原則は以下の通りです。確かな内観的報告なしで成立するようなものは、それがいかなる行動上の証拠であっても、主観的な意識経験の指標とはみなしません。行為の目的に向う性質ががどうであれ、また認知的で抽象的な問題解決プロセスがどれほど複雑になろうとも、このことに変わりはありません。どちらの場合においても、被験者が気づくことなく、無意識になされることがあり得るし、実際にしばしば見られます。また、信号を検出する能力と信号に気づく能力の違いについても、実験者はさらに注意深く区別しなければなりません。
 行動として現われた行為とは、観察可能な筋肉の活動と自律神経系の変化(たとえば心拍数、血圧、発汗など)を指します。内観的経験を指し示して《いない》、単に行動として現われた行為は、《主観的な》意識経験の正当な証拠とはなりません。内観的な経験を報告するという場合は普通、被験者は自分の個人的な経験についての質問に答えているのであり、実験者は被験者が質問を理解していることに私たちは確信を持っています。この前提なしに行われている、行動として現われた行為は実際、無意識に行なわれている可能性があるのです。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第1章 本書の問題意識,岩波書店(2005),p.19,下條信輔(訳))
(索引:内観,内観報告,気づきのない行動,気づきのある行動)

マインド・タイム 脳と意識の時間


(出典:wikipedia
ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
 私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
(索引:)

ベンジャミン・リベット(1916-2007)
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