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2020年9月3日木曜日

27.結果としての道徳:自己満足、自己浄化、復讐のための道徳、病気としての道徳、真の目的の誤解、自己隠匿、仮面としての道徳、偽善、自己弁護のための道徳、おのれの意志に他者を服従させようとする道徳。(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900))

結果としての道徳

【結果としての道徳:自己満足、自己浄化、復讐のための道徳、病気としての道徳、真の目的の誤解、自己隠匿、仮面としての道徳、偽善、自己弁護のための道徳、おのれの意志に他者を服従させようとする道徳。(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900))】

(1)に追記。

道徳的諸価値(良心の権威)
 問題:道徳的諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきた諸条件と事情とを解明すること。無意識の徴候、病気、真の目的の誤解、隠蔽する仮面、偽善としての道徳、あるいは、薬剤、興奮剤、抑制剤、毒物としての道徳。(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900))
 道徳的諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきた諸条件と事情とを解明すること。
 (1)結果としての道徳
  (a)無意識の徴候としての道徳
   ・主唱者の心を安らわせ自己満足を覚えさせようとするための道徳
   ・自己を浄化して高くはるかな天上へとのぼろうとするための道徳
   ・主唱者が復讐しようとするための道徳
  (b)病気としての道徳
   ・主唱者が自分自身を磔に処し屈辱にまみれさせようとするための道徳
  (c)真の目的の誤解としての道徳
   ・主唱者が他のものを忘却せしめるのに役立つ道徳
  (d)真の目的を隠す仮面としての道徳
   ・自己を隠匿しようとするための道徳
   ・主唱者が自己あるいは自己のあるものを人に忘却せしめるのに役立つ道徳
  (e)偽善としての道徳
   ・主唱者を、他の者に対して弁護することを意図した道徳
  (f)おのれの意志に他者を服従させようとする道徳
   ・人類のうえに権力と創意に富んだ思いつきとを実行してみようとする道徳
   ・自分が敬重し服従し得ることは、他者も服従すべきとする道徳
 (2)原因としての道徳
  (a)薬剤としての道徳
  (b)興奮剤としての道徳
  (c)抑制剤としての道徳
  (d)毒物としての道徳


 「「われわれの内には定言的命法がある」、というような主張の価値については措いて問わぬとしても、なおわれわれはこう問うことができる、そもそもこうした主張はその主張者について何を証言しているのか、と。

道徳のなかには、この主唱者を他の者に対して弁護することを意図したものもある。また、主唱者の心を安らわせ自己満足を覚えさせようとするための道徳もある。さらには、主唱者が自分自身を磔に処し屈辱にまみれさせようとするための道徳もある。なおまた、主唱者が復讐しようとするための道徳、自己を隠匿しようとするための道徳、自己を浄化して高くはるかな天上へとのぼろうとするための道徳もある。

ある道徳は、その主唱者が他のものを忘却せしめるのに役立ち、またある道徳は、その主唱者が自己あるいは自己のあるものを人に忘却せしめるのに役立つ。

人類のうえに権力と創意に富んだ思いつきとを実行してみようとする多くの道徳家もいるし、他方また多くの道徳家は、ほかならぬカントもその仲間だが、自分の道徳論によって次のようなことをほのめかす、「私において敬重さるべきことは、私が服従しうるという一事だ。―――されば、あなたたちも私とまったく同じように《あるべき》である!」と。

―――要するに、もろもろの道徳とても《情念の符号》にすぎないのだ。」

(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『善悪の彼岸』第五章 道徳の博物学について、一八七、ニーチェ全集11 善悪の彼岸 道徳の系譜、p.154、[信太正三・1994])
(索引:道徳)

ニーチェ全集〈11〉善悪の彼岸 道徳の系譜 (ちくま学芸文庫)


(出典:wikipedia
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)の命題集(Propositions of great philosophers) 「精神も徳も、これまでに百重にもみずからの力を試み、道に迷った。そうだ、人間は一つの試みであった。ああ、多くの無知と迷いが、われわれの身において身体と化しているのだ!
 幾千年の理性だけではなく―――幾千年の狂気もまた、われわれの身において突発する。継承者たることは、危険である。
 今なおわれわれは、一歩また一歩、偶然という巨人と戦っている。そして、これまでのところなお不条理、無意味が、全人類を支配していた。
 きみたちの精神きみたちの徳とが、きみたちによって新しく定立されんことを! それゆえ、きみたちは戦う者であるべきだ! それゆえ、きみたちは創造する者であるべきだ!
 認識しつつ身体はみずからを浄化する。認識をもって試みつつ身体はみずからを高める。認識する者にとって、一切の衝動は聖化される。高められた者にとって、魂は悦ばしくなる。
 医者よ、きみ自身を救え。そうすれば、さらにきみの患者をも救うことになるだろう。自分で自分をいやす者、そういう者を目の当たり見ることこそが、きみの患者にとって最善の救いであらんことを。
 いまだ決して歩み行かれたことのない千の小道がある。生の千の健康があり、生の千の隠れた島々がある。人間と人間の大地とは、依然として汲みつくされておらず、また発見されていない。
 目を覚ましていよ、そして耳を傾けよ、きみら孤独な者たちよ! 未来から、風がひめやかな羽ばたきをして吹いてくる。そして、さとい耳に、よい知らせが告げられる。
 きみら今日の孤独者たちよ、きみら脱退者たちよ、きみたちはいつの日か一つの民族となるであろう。―――そして、この民族からして、超人が〔生ずるであろう〕。
 まことに、大地はいずれ治癒の場所となるであろう! じじつ大地の周辺には、早くも或る新しい香気が漂っている。治癒にききめのある香気が、―――また或る新しい希望が〔漂っている〕!」
(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『このようにツァラトゥストラは語った』第一部、(二二)贈与する徳について、二、ニーチェ全集9 ツァラトゥストラ(上)、pp.138-140、[吉沢伝三郎・1994])

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)
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2020年8月29日土曜日

24.問題:道徳的諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきた諸条件と事情とを解明すること。無意識の徴候、病気、真の目的の誤解、隠蔽する仮面、偽善としての道徳、あるいは、薬剤、興奮剤、抑制剤、毒物としての道徳。(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900))

道徳的諸価値とは?

【問題:道徳的諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきた諸条件と事情とを解明すること。無意識の徴候、病気、真の目的の誤解、隠蔽する仮面、偽善としての道徳、あるいは、薬剤、興奮剤、抑制剤、毒物としての道徳。(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900))】

道徳的諸価値
 道徳的諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきた諸条件と事情とを解明すること。
 (1)結果としての道徳
  (a)無意識の徴候としての道徳
  (b)病気としての道徳
  (c)真の目的の誤解としての道徳
  (d)真の目的を隠す仮面としての道徳
  (e)偽善としての道徳
 (2)原因としての道徳
  (a)薬剤としての道徳
  (b)興奮剤としての道徳
  (c)抑制剤としての道徳
  (d)毒物としての道徳

 「同情と同情道徳との《価値》いかんというこの問題(―――私は近代の恥ずべき感情柔弱化にたいする敵対者だ―――)は、当初は単なる孤立した問題、一個の単独の疑問符にすぎないように見える。

だがしかし、ひとたびこの問題に専心し、これを問いたてることを《覚えた》者には、私に起こったと同じことが起こるであろう。―――すなわち、彼には一つの広大な新しい眺望がひらけ、一つの可能性が眩暈のごとく彼を捉え、ありとあらゆる種類の不信・猜疑・恐怖が跳びだし、道徳への、一切の道徳への信仰がゆらぎ、―――ついには一つの新しい要求が瞭然と聞きとられるようになる。

われわれはこれを、この《新しい要求》を、こう表現しよう。―――われわれは道徳的諸価値の《批判》を必要とする、《これら諸価値の価値そのものがまずもって問われねばならぬ》、

―――そのためには、これら諸価値を生ぜしめ、発展させ、推移させてきたもろもろの条件と事情についての知識が必要である(結果としての、徴候としての、仮面としての、偽善としての、病気としての、誤解としての道徳が。一方また原因としての、薬剤としての、興奮剤としての、抑制剤としての、毒物としての道徳など)。

そのような知識は、今までありもしなかったし、求められさえもしなかった。これら〈諸価値〉の《価値》は、所与のものとして、事実として、あらゆる疑問を超えたものとして受けとられてきた。

また、〈善人〉を〈悪人〉よりも価値の高いものと評価し、およそ人間《なるもの》(人間の未来をも含めて)にかかわる促進・効用・繁栄という点で善人を高く評価することについては、これまで露いささかも疑わず惑いためらうことも見られなかった。

ところで、どうだろう? もしその逆が真理であるとしたら? どうだろう? もし〈善人〉の内にも後退の徴候がひそんでいるとしたら? 同じくまた、もしかしたら《未来を犠牲にして》現在が生きようとする一つの危険、一つの誘惑、一つの毒、一つの麻酔剤がひそんでいるとしたら?

 そしておそらくは現在が、より安楽に、より危険すくなく、それだけにまた一層こぢんまりと、より低劣に生きようとしているとしたら? 

・・・かくして、そのものとしては可能な《もっとも強力にして豪華な》人間の型がついに達成されないということが、ほかならぬあの道徳の責めに帰せられるとしたら? かくして、ほかならぬあの道徳こそが危険のなかの危険であるとしたら? ・・・」
(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『道徳の系譜』序言、六、ニーチェ全集11 善悪の彼岸 道徳の系譜、pp.367-368、[信太正三・1994])
(索引:道徳的価値の価値,道徳的価値,結果としての道徳,原因としての道徳)

ニーチェ全集〈11〉善悪の彼岸 道徳の系譜 (ちくま学芸文庫)


(出典:wikipedia
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)の命題集(Propositions of great philosophers) 「精神も徳も、これまでに百重にもみずからの力を試み、道に迷った。そうだ、人間は一つの試みであった。ああ、多くの無知と迷いが、われわれの身において身体と化しているのだ!
 幾千年の理性だけではなく―――幾千年の狂気もまた、われわれの身において突発する。継承者たることは、危険である。
 今なおわれわれは、一歩また一歩、偶然という巨人と戦っている。そして、これまでのところなお不条理、無意味が、全人類を支配していた。
 きみたちの精神きみたちの徳とが、きみたちによって新しく定立されんことを! それゆえ、きみたちは戦う者であるべきだ! それゆえ、きみたちは創造する者であるべきだ!
 認識しつつ身体はみずからを浄化する。認識をもって試みつつ身体はみずからを高める。認識する者にとって、一切の衝動は聖化される。高められた者にとって、魂は悦ばしくなる。
 医者よ、きみ自身を救え。そうすれば、さらにきみの患者をも救うことになるだろう。自分で自分をいやす者、そういう者を目の当たり見ることこそが、きみの患者にとって最善の救いであらんことを。
 いまだ決して歩み行かれたことのない千の小道がある。生の千の健康があり、生の千の隠れた島々がある。人間と人間の大地とは、依然として汲みつくされておらず、また発見されていない。
 目を覚ましていよ、そして耳を傾けよ、きみら孤独な者たちよ! 未来から、風がひめやかな羽ばたきをして吹いてくる。そして、さとい耳に、よい知らせが告げられる。
 きみら今日の孤独者たちよ、きみら脱退者たちよ、きみたちはいつの日か一つの民族となるであろう。―――そして、この民族からして、超人が〔生ずるであろう〕。
 まことに、大地はいずれ治癒の場所となるであろう! じじつ大地の周辺には、早くも或る新しい香気が漂っている。治癒にききめのある香気が、―――また或る新しい希望が〔漂っている〕!」
(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『このようにツァラトゥストラは語った』第一部、(二二)贈与する徳について、二、ニーチェ全集9 ツァラトゥストラ(上)、pp.138-140、[吉沢伝三郎・1994])

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