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2018年3月5日月曜日

原基感情(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

原基感情

【原基感情(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】
マラテスタ/ハヴィランド(Malatesta/Haviland 1982) 喜び 恐れ 怒り 悲しみ おもしろい 痛み 気持ち悪い
心配
ケンパー(Kemper 1987) 満足 恐れ 怒り 抑圧
グレイ(Gray 1982) 希望 不安 怒り 悲しみ
フェアー/ラッセル(Fehr/Russell 1984) 幸せ
愛情
恐れ 怒り 悲しみ
スコット(Scott 1980) 快感
愛情
恐れ
不安
怒り 失意 好奇心
プルチック(Pluchik 1980) 喜び 恐れ 怒り 悲しみ 驚き むかつき 予感 受容
フロム/オブライエン(Fromme/O'Brien 1982) 喜び
意気揚々
満足
恐れ 怒り 悲嘆
諦観
動揺
アリエッティ(Arieti 1970) 満足 恐れ
緊張
憤怒 不快 欲望
エプシュタイン(Epstein 1984) 喜び
愛情
恐れ 怒り 悲しみ
エクマン(Ekman 1984) 幸せ 恐れ 怒り 悲しみ 驚き むかつき
イザード(Izard 1977,1992b) 楽しい 恐れ 怒り
侮蔑
驚き むかつき
はにかみ
苦悩 おもしろい
ダーウィン(Darwin 1872) 快感
喜び
愛情
恐怖 怒り 驚き 痛み
オズグッド(Osgood 1966) 喜び
静穏
快感
恐れ
不安
怒り 悲哀 驚嘆 むかつき おもしろい
期待
退屈
アーノルド(Arnold 1960) 戦い 自衛
攻撃
トレヴァーセン(Trevarthen 1984) 幸せ 恐れ 怒り 悲しみ 言い寄り 抵抗
ターナー(Turner 1996a) 幸せ 恐れ 怒り 悲しみ
スローフ(Sroufe 1979) 快感 恐れ 怒り
パンクセップ(Panksepp 1982) 恐れ
恐慌
激怒 悲哀
失意
悲嘆
期待
エムデ(Emde 1980) 喜び 恐れ 怒り 悲しみ 驚き むかつき
はにかみ
苦悩 おもしろい
ジョンソン-レィアード/オートレイ(Johnson-Laird/Oatley 1992) 幸せ 恐れ 怒り 悲しみ むかつき
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第3章 人間の感情レパートリー、pp.96-97、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:恐れ、怒り、悲しみ、喜び、快、快感、愛、愛情、驚き、むかつき、恥、苦悩、好奇心、欲望、心配)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学


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2018年2月27日火曜日

「驚き」に不意を打たれ、激しく揺り動かさるとき、そこには既知ではない、想定外の、初めて出会う新しい対象が存在する。驚きが、知らなかったことを学ばせ、記憶にとどめさせる。(ルネ・デカルト(1596-1650))

驚き

【「驚き」に不意を打たれ、激しく揺り動かさるとき、そこには既知ではない、想定外の、初めて出会う新しい対象が存在する。驚きが、知らなかったことを学ばせ、記憶にとどめさせる。(ルネ・デカルト(1596-1650))】
 「何らかの対象と初めて出会うことで、わたしたちが不意を打たれ、それを新しいと判断するとき、つまり、それ以前に知っていたものや、あるべく想定していたものとはなはだ異なると判断するとき、わたしたちはその対象に驚き、激しく揺り動かされる。それは、対象がわたしたちに適したものかそうでないかまったくわからないうちに起こるので、驚きはあらゆる情念のうちで最初のものと思われる。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『情念論』第二部 五三、p.53、[谷川多佳子・2008])
 「驚きが有益であるのは、それまで知らなかったことをわたしたちに学ばせ「記憶」にとどめさせることだ。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『情念論』第二部 七五、p.65)
(索引:驚き)

情念論 (岩波文庫)



哲学の再構築 ルネ・デカルト(1596-1650)まとめ&更新情報 (1)存在論
(目次)
 1.なぜ、哲学をここから始める必要があるのか
 2.私は存在する
 3.私でないものが、存在する
 4.精神と身体
 5.私(精神)のなかに見出されるもの

ルネ・デカルト(1596-1650)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:wikipedia
 「その第一の部門は形而上学で、認識の諸原理を含み、これには神の主なる属性、我々の心の非物質性、および我々のうちにある一切の明白にして単純な概念の解明が属します。第二の部門は自然学で、そこでは物質的事物の真の諸原理を見出したのち、全般的には全宇宙がいかに構成されているかを、次いで個々にわたっては、この地球および最もふつうにその廻りに見出されるあらゆる物体、空気・水・火・磁体その他の鉱物の本性が、いかなるものであるかを調べます。これに続いて同じく個々について、植物・動物の本性、とくに人間の本性を調べることも必要で、これによって人間にとって有用な他の学問を、後になって見出すことが可能になります。かようにして、哲学全体は一つの樹木のごときもので、その根は形而上学、幹は自然学、そしてこの幹から出ている枝は、他のあらゆる諸学なのですが、後者は結局三つの主要な学に帰着します。即ち医学、機械学および道徳、ただし私が言うのは、他の諸学の完全な認識を前提とする窮極の知恵であるところの、最高かつ最完全な道徳のことです。ところで我々が果実を収穫するのは、木の根からでも幹からでもなく、枝の先からであるように、哲学の主なる効用も、我々が最後に至って始めて学び得るような部分の効用に依存します。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『哲学原理』仏訳者への著者の書簡、pp.23-24、[桂寿一・1964])

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