2020年7月11日土曜日

識閾下での認知処理、前意識、意識、自発的行動の全ては、機能と一体化した潜在的な神経結合により遂行され、同時に、潜在的な結合へと再組織化、記憶化される。記憶の一部は、近似的な発火パターンが再構築され、想起される。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

潜在的な結合

【識閾下での認知処理、前意識、意識、自発的行動の全ては、機能と一体化した潜在的な神経結合により遂行され、同時に、潜在的な結合へと再組織化、記憶化される。記憶の一部は、近似的な発火パターンが再構築され、想起される。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

潜在的な結合
 (1)誕生前に形成されるシナプス結合
  生まれる前ですら、ニューロンは外界を統計的にサンプリングし、それに神経結合を適合させている。
 (2)記憶として存在するシナプス結合と学習された無意識の直感
  数百兆の単位で人の脳内に存在する皮質シナプスは、私たちの全生涯の眠った記憶を含む。とりわけ環境に対する脳の適応の最盛期をなす生後数年間は、毎日何百万ものシナプスが形成されたり、破壊されたりしている。
  (a)視覚処理のための記憶
   低次の視覚野では、皮質結合は、隣接する直線がいかに結びついて対象物の輪郭を構成するかについて、統計情報を編集する。
  (b)聴覚の記憶
   聴覚では、音のパターンに関する暗黙の知識が蓄えられる。
  (c)運動の記憶
   ピアノの練習を何年も続けると、これらの領域の灰白質の密度に検知可能な変化が生じるが、これは、シナプスの密度、樹状突起の大きさ、白質の構造、ニューロンを支えるグリア細胞の変化に起因すると考えられる。
  (d)エピソード記憶
   海馬には、いつどこで誰と一緒にいるときに、どのようなできごとが起こったかに関して、シナプスによってエピソード記憶が集められる。
 (3)記憶の意識化は、かつて存在した活性化パターンの近似的な再構築
  (a)記憶の知恵を直接取り出すことはできない。なぜなら、そのフォーマットは、意識的思考を支援するニューロンの発火パターンとはまったく違うからである。
  (b)想起するためには、記憶は眠った状態から活性化された状態へと変換されねばならない。記憶の想起に際して、シナプスは正確に発火パターンが再現されるように促す。

《概念図》

  環境
┌──│───────────────┐
│  │    潜在的な結合(無意識)│
│┌─│───┐           │
││ ↓   │           │
││感覚データ←機能と一体化した記憶 │
││記憶←──────記憶      │
││ │   │           │
││ ↓   │           │
││識閾下での←機能と一体化した記憶 │
││認知処理 →記憶化        │
││ │   │           │
││ ↓   │           │
││前意識  ←機能と一体化した記憶 │
││ │   →記憶化        │
││ ↓   │           │
││意識   ←機能と一体化した記憶 │
││自発的行動→記憶化        │
│└─────┘           │
└──────────────────┘

 「最後になるが、無意識の知識の五つ目のカテゴリーは、潜在的な結合という形態で、神経系に伏在する。ワークスペース理論によれば、脳全体にわたって活性化された細胞集成体が形成された場合にのみ、私たちはニューロンの発火パターンに気づく。とはいえ莫大な量の情報が、静的なシナプス結合に蓄えられている。生まれる前ですら、ニューロンは外界を統計的にサンプリングし、それに神経結合を適合させている。数百兆の単位で人の脳内に存在する皮質シナプスは、私たちの全生涯の眠った記憶を含む。とりわけ環境に対する脳の適応の最盛期をなす生後数年間は、毎日何百万ものシナプスが形成されたり、破壊されたりしている。こうした各シナプスには、シナプス前細胞と後細胞の発火の可能性に関して〔刺激をつたえるニューロンをシナプス前細胞、受け取るニューロンをシナプス後細胞という〕、ごくわずかずつ統計的な情報が保たれているのだ。
 このような結合の力によって、脳のいたる所で、学習された無意識の直感が支えられている。低次の視覚野では、皮質結合は、隣接する直線がいかに結びついて対象物の輪郭を構成するかについて、統計情報を編集する。聴覚・運動野では、音のパターンに関する暗黙の知識が蓄えられる。ピアノの練習を何年も続けると、これらの領域の灰白質の密度に検知可能な変化が生じるが、これは、シナプスの密度、樹状突起の大きさ、白質の構造、ニューロンを支えるグリア細胞の変化に起因すると考えられる。また、海馬(側頭葉の下に位置するカールした組織)には、いつどこで誰と一緒にいるときに、どのようなできごとが起こったかに関して、シナプスによってエピソード記憶が集められる。
 私たちの記憶は、何年間も眠ったままでいられる。その内容は、複数のシナプス・スパインに圧縮して分配される。このシナプスの知恵を直接取り出すことはできない。なぜなら、そのフォーマットは、意識的思考を支援するニューロンの発火パターンとはまったく違うからだ。想起するためには、記憶は眠った状態から活性化された状態へと変換されねばならない。記憶の想起に際して、シナプスは正確に発火パターンが再現されるように促す。この働きがなければ、私たちは過去のできごとを思い出せない。記憶の意識化とは、過去に経験した意識の瞬間の再現、つまりかつて存在した活性化パターンの近似的な再構築なのだ。脳画像法が示すところでは、記憶は、過去のできごとを意識に再現する前に、前頭前皮質、およびそれと相互結合する帯状回に広がる、ニューロンの明示的な活動パターンにまず変換されなければならない。過去を想起する際に生じる、遠隔の皮質領域をまたがる再活性化は、われわれが想起するワークスペース理論の予想に完全に合致する。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.273-274,高橋洋(訳))
(索引:潜在的な結合,記憶)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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脳内では感覚データ通りコード化されているにもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

複雑な発火パターンへの希釈

【脳内では感覚データ通りコード化されているにもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(3.4)追記。

(3)識閾下での認知作用
 (3.1)様々な認知作用
  知覚、言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的には、識閾下でなされ得る。
 (3.2)無意識の無数の統計マシン
  意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行する。
 (3.3)知覚の例
  (a)入力:感覚データ
   微かな動き、陰、光のしみなど。
  (b)推論:観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。
  (c)出力:感覚データの原因となった外界
   自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算する。

 (3.4)複雑な発火パターンへの希釈という現象
  脳内では感覚データ通りコード化されているにもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。
  (3.4.1)複雑な発火パターンへの希釈の事例
   (a)感覚データ
    目で判別できないほど稠密に表示された、もしくは素早く明滅する(50ヘルツ以上)格子模様を考えてみる。
   (b)経験される知覚
    一様に灰色がかった画面を知覚するだけである。
   (c)意識されないが脳内では処理されている
    だが、実験が示すところによれば、脳内では格子模様は実際にコード化されている。格子の方向によって、それぞれ別のニューロン群が発火する。無意識の領域には、無尽蔵の資源が発掘されるのを待っている。
   (d)意識されない感覚の解読技術の可能性
    コンピューターに支援された神経コードの解読技術の発達は将来、感覚によって検知されながら意識には見落とされているミクロのパターンを増幅することで、厳密な形態の超感覚的知覚、すなわち環境に対する高められた感覚の利用を可能にするかもしれない。
  (3.4.2)(仮説)脳内処理と経験される知覚との違いの原因
   (a)おそらくその理由は、それが一次視覚野の極端に錯綜した時空間的な発火パターンに依拠し、高次の皮質領域にあるグローバル・ワークスペースのニューロンには、はっきりと識別し得ないほど複雑なコード化がなされているからであろう。
   (b)次第に抽象性を増す特徴を、感覚入力から順次抽出する、階層的に構造化された感覚ニューロンが存在する。
    (i)メッセージの明確化
    (ii)コンパクトで、明確な形態で再コード化
    (iii)意味づけられたカテゴリーへの分類


 「ワークスペース理論に従えば、ニューロンの持つ情報が無意識に留まる第四の様態として、複雑な発火パターンへの《希釈》があげられる。こう言っただけではわかりにくいので、具体例として、目で判別できないほど稠密に表示された、もしくは素早く明滅する(50ヘルツ以上)格子模様を考えてみよう。それを見たあなたは一様に灰色がかった画面を知覚するだけだが、実験が示すところによれば、脳内では格子模様は実際にコード化されている。そう言えるのは、格子の方向によって、それぞれ別のニューロン群が発火するからだ。では、なぜこの神経活動のパターンは意識されないのか? おそらくその理由は、それが一次視覚野の極端に錯綜した時空間的な発火パターンに依拠し、高次の皮質領域にあるグローバル・ワークスペースのニューロンには、はっきりと識別し得ないほど複雑なコード化がなされているからであろう。神経コードについて十全な理解が得られているわけではないが、われわれの見るところでは、一片の情報が意識されるには、それはニューロンのコンパクトな集合によって、もう一度明確な形態でコード化し直される必要がある。視覚皮質の前部領域は、自身の活動が増幅され、情報を気づきにもたらすグローバル・ワークスペースの点火が引き起こされる前に、特定のニューロン群を意味のある視覚入力に割り当てなければならない。情報は、無数の無関係のニューロンの発火に紛れて希釈されたままだと、意識され得ないのである。
 私たちが目にするどんな顔も、耳にするいかなる言葉も、無数のニューロンのおのおのが、視覚や聴覚的場面のごくわずかな部分を検知し、時空間的にひどく錯綜した様態で一連のスパイクを放つ無意識のメカニズムのもとで始まる。これらの入力パターンのそれぞれには、解読できさえすれば、話者、メッセージ、情動、部屋の大きさなど、数限りない情報が含まれていることがわかるだろう。だが、この段階では解読はできない。私たちがこれらの潜在的な情報に気づくのは、高次の脳領域で、それらが意味づけられたカテゴリーに分類されたあとでのことだ。このように、メッセージの明確化は、次第に抽象性を増す特徴を感覚入力から順次抽出する、階層的に構造化された感覚ニューロンの重要な役割なのである。感覚のトレーニングは、かすかな光景や音に気づけるようにする。というのも、ニューロンはあらゆるレベルで、微視な感覚メッセージを増幅すべく、自らの特性を調節するからだ。学習する以前にも、メッセージは感覚野に達してはいるが、気づきにはアクセスできない希釈された発火パターンによって、暗黙的に存在するにすぎない。
 この事実から、フラッシュされた格子模様やかすかな意図など、脳内には、本人さえ知らないシグナルが行き交っていることがわかる。脳画像法によって、これらの暗号形態の解読が可能になりつつある。」(中略)「無意識の領域には、無尽蔵の資源が発掘されるのを待っている。コンピューターに支援された神経コードの解読技術の発達は将来、感覚によって検知されながら意識には見落とされているミクロのパターンを増幅することで、厳密な形態の超感覚的知覚、すなわち環境に対する高められた感覚の利用を可能にするかもしれない。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.271-272,高橋洋(訳))
(索引:複雑な発火パターンへの希釈)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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前意識、識閾下の状態とは異なる、前頭前皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは「切り離されたパターン」の無意識が存在する。脳幹に限定される呼吸をコントロールする発火パターンなどである。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

切り離されたパターンの無意識

【前意識、識閾下の状態とは異なる、前頭前皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは「切り離されたパターン」の無意識が存在する。脳幹に限定される呼吸をコントロールする発火パターンなどである。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

 「前意識と識閾下の区別が、無意識の分類のすべてではない。呼吸を考えてみよう。私たちの一生のあらゆる瞬間に、脳の奥深くの脳幹で生成され心筋に送られる、調和のとれたニューロンの発火パターンによって、生命を維持する呼吸のリズムが形作られる。このリズムは、巧妙なフィードバックループによって血中の酸素と二酸化炭素のレベルに合わせられる。この高度な神経装置は、完全に無意識のうちに作用する。なぜそう言えるのか? その際のニューロンの発火は、非常に強く時間的に引き延ばされる。したがって識閾下の作用ではない。しかしいくらそれに注意を集中しても、それを意識化することはできない。よって前意識の作用でもない。われわれの分類では、このケースは無意識の作用の三番目のカテゴリー、「切り離されたパターン」を構成する。呼吸をコントロールする発火パターンは脳幹に限定され、前頭前皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは切り離されている。
 意識されるためには、細胞集成体内の情報は、前頭前皮質やその関連領域に存在するワークスペースのニューロンに伝達されねばならない。ところが呼吸のデータは、脳幹のニューロンに閉じ込められている。したがって血中の二酸化炭素濃度を告知するニューロンの発火パターンは、他の皮質領域には伝わらないので、私たちはその情報に気づかない。このように、機能が特化した神経回路の多くは、非常に深く埋め込まれているため、気づきに達するのに必要な結合を欠く。おもしろいことに、それに気づく唯一の方法は、別の感覚様式を介することだ。たとえば私たちは、胸の動きに注意を向けると、間接的に呼吸の様態に気づく。
 私たちの誰もが、自分の身体は自分でコントロールしているかのように感じるが、ニューロンが発する無数のシグナルが、高次の皮質領域から切り離された状態で、気づきに達することなく、つねに脳のモジュール間を行き交っている。卒中患者には、その状況が悪化した状態に置かれている者もいる。白質で構成される経路の損傷は、特定の感覚や認知システムを切り離し、突如として意識にアクセスできないようにする場合がある。顕著な例の一つに、二つの大脳半球を結ぶ神経線維の巨大な束、脳梁が、卒中によって損傷を受けると発症する離断症候群がある。この症状を抱える患者は、自身の運動制御に対する気づきを完全に喪失する場合がある。さらには、自分の左手の動きを否認して、「それは勝手に動いている」「私にはコントロールできない」などとコメントすることもある。この現象は、左手を動かす指令が右半球に由来するのに対し、言葉によるコメントは左半球によって形成されることから生じる。これら二つのシステムがひとたび切り離されると、患者の脳には、二つの損なわれたワークスペースが別個に存在するようになり、互いに他方が持つ情報に気づけない状態に陥るのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.269-271,高橋洋(訳))
(索引:)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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自発的な脳活動は、非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のもので、消費エネルギー総量の恐らくは5%未満を費やすにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

ニューロン活動の自発性

【自発的な脳活動は、非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のもので、消費エネルギー総量の恐らくは5%未満を費やすにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

 「われわれのシミュレーションで検出されたもう一つの興味深い現象はニューロン活動の自発性であり、ネットワークを刺激し続ける必要はなかった。入力を欠いた状況でも、ニューロンは、シナプスでランダムに発生する事象に導かれて自発的に発火したのだ。そしてこの無秩序な活動は、やがてはっきりとしたパターンへと自己組織化した。
 覚醒度を表すパラメーターに大きな値を設定すると、複雑な発火パターンが、成長したり減退したりする様子がコンピューター画面上で観察された。ときにそのなかに、いかなる刺激の入力も介在せずに引き起こされたグローバル・イグニションを確認できた。同一の刺激をコード化する皮質カラム全体が短期間活性化したあと、その活動は減退し、そのあとすぐに別の広域的な細胞集成体がそれにとって代わった。このように、きっかけになる刺激がまったく与えられなくても、ネットワークは一連のランダムな点火へと自己組織化したのだ。その様子は、外部刺激の知覚にともなって引き起こされる現象に類似する。唯一の相違は、自発的な活動には、ワークスペース領域の高次の皮質で生じ、感覚野へと下位の方向に伝播される傾向が強く見られる点で、これは外部刺激の知覚の場合とは逆である。
 このような内因性の活動の突発は、実際の脳でも発生するのだろうか? 答えは「イエス」だ。事実、組織化された自発的な活動は、神経系ではありふれている。本人が目覚めていようと眠っていようと、二つの大脳半球が、高周波の大規模な脳波を常時生成しているという事実は、脳波記録を見たことがある者なら誰もが知っている。この自発的な興奮は、脳の活動を支配するほど非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のものだ。刺激に喚起された活動は、脳が消費するエネルギーの総量のわずかな部分、おそらくは5パーセント未満を費やすにすぎない。神経系は第一に、自身の思考パターンを生む自律的な装置として機能するのだ。このように、暗闇で休息し「何もかんがえていない」ときでも、私たちの脳は休まずに、複雑かつ絶えず変化する一連のニューロンの活動をつねに生んでいる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.259-260,高橋洋(訳))
(索引:ニューロン活動の自発性)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

グローバル・ワークスペース理論

【ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(6.2.5)追記

 (6.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
  (仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))
  (6.2.1)グローバル・ワークスペース
   グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
  (6.2.2)意識されている情報
   引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。このとき、その情報は、意識化される。
  (6.2.3)意識されない情報、抑制機能
   その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
   (a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「ない」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
   (b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
   (c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
   (d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。
  (6.2.4)情報の広域化、利用可能化
   (a)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
   (b)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
  (6.2.5)グローバル・ワークスペースの機能
   ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。
   (a)数百ミリ秒間の活性化
    意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が、数百ミリ秒間安定して活性化されることでコード化される。
   (b)広域領域との情報交換
    ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫した解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。
   (c)トップダウンの同期処理
    それらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体として一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介してトップダウンに同期が保たれるからだ。
   (d)同一の心的表象の異なる側面
    多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面をコード化すると考えられる。グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
    (i)知覚
    (ii)記憶
    (iii)言語
  (6.2.6)グローバル・ワークスペースの機能のモデル例
   (a)各ニューロンは限られた刺激に特化している
    各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。例として、視覚皮質だけを取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざまなニューロンを見出せる。
  (例)
   ニューロン
    顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行き:Ni (i=1,2,3...n)
   ニューロン Ni が表現する特徴のコード
    fij (j=1,2,3...ni)
   ニューロン Ni が表現する知覚対象xの特徴のコード
    Ni(x)=fik
   (b)ニューロンが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。
     fij (i=1,2,3...n, j=1,2,3...ni)
     全ての特徴の組合せの数は、
     n1×n2×n3×...×nn
   (c)発火していないニューロンの情報
    この種のコード化の様式では、発火していないニューロンも情報のコード化に関わっている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝える。
   (d)知覚対象の表現
    いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識の焦点として選択される。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部のニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
  (例)イメージを理解するための例
    前頭前皮質にある一部のニューロン「対象 x は、246936117 だ!」
    N1(x)=f12
    N2(x)=f24
    N3(x)=f36
    N4(x)=f49
    N5(x)=f53
    N6(x)=f64
    N7(x)=f71
    N8(x)=f81
    N9(x)=f97

   ┌──グローバル・ワークスペース─┐
   │意識が生まれる         │
   │情報の広域化、利用可能化    │
   │                │
   │「対象 x は、246936117 だ!」  │    並行して機能する無意識の機能
   │ニューロン1─N1────────────機能1(特徴f12
   │ニューロン2─N2────────────機能2(特徴f24
   │ニューロン3─N3────────────機能3(特徴f35
   │ニューロン4─N4────────────機能4(特徴f46
   │ニューロン5─N5────────────機能5(特徴f53
   │ニューロン6─N6────────────機能6(特徴f66
   │ニューロン7─N7────────────機能7(特徴f71
   │ニューロン8─N8────────────機能8(特徴f81
   │ニューロン9─N9────────────機能9(特徴f97
   │                │
   │                │
   └────────────────┘

 「細胞集成体、伏魔殿、勝利の神経連合、アトラクター、収束域などの仮説は、いずれも相応の真実を含む。私が提起するグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論は、それらに強く依拠している。この理論では、意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が数百ミリ秒間安定して活性化されることでコード化され、多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面をコード化すると考えられる。こうして、対象、意味の断片、記憶を処理する無数のニューロンが一度に活性化することで、私たちはモナ・リザがモナ・リザであることに気づくのだ。
 コンシャスアクセスが続くあいだ、ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫した解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。そしてそれらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体として一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介してトップダウンに同期が保たれるからだ。
 この仕組みでは、ニューロンの同期が鍵になると考えてよいだろう。互いに遠く離れたニューロンが、背景で継続する電気的振動に各自のスパイクを同期させて巨大な集合を形成することを示す証拠が、相次いで得られている。それが正しければ、私たちの思考のそれぞれをコード化する脳のウェブは、集団の示す律動的なパターンに従って個体同士が光の明滅を調和させる、ホタルの群れに似ているとも言えよう。中規模の細胞集団でも、たとえば左側側頭葉の言語ネットワークの内部で単語の意味を無意識にコード化するケースなど、意識は欠いていたとしても局所的には同期しているかもしれない。とはいえその情報は、前頭前皮質によってアクセスされないため、広く共有されず、よって無意識のうちに留まる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.248-249,高橋洋(訳))
(索引:)
 「意識に関わる神経コードがいかなるものかを示すイメージをもう一例あげよう。皮質には約160億のニューロンが存在し、各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。その多様性は驚くべきものだ。視覚皮質だけを取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざまなニューロンを見出せる。各細胞は、視覚的場面に関わるわずかな情報を伝えるにすぎない。ところがそれらが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識の焦点として選択されるというのが、グローバル・ワークスペースモデルの主張するところだ。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部のニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
 この種のコード化の様式では、発火《していない》ニューロンも情報のコード化に関わっている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝えるのだ。このように意識の内容は、活性化したニューロンと、沈黙するニューロンの双方によって定義される。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.249-250,高橋洋(訳))
(索引:グローバル・ワークスペース理論)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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