ニューロン活動の自発性
【自発的な脳活動は、非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のもので、消費エネルギー総量の恐らくは5%未満を費やすにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】「われわれのシミュレーションで検出されたもう一つの興味深い現象はニューロン活動の自発性であり、ネットワークを刺激し続ける必要はなかった。入力を欠いた状況でも、ニューロンは、シナプスでランダムに発生する事象に導かれて自発的に発火したのだ。そしてこの無秩序な活動は、やがてはっきりとしたパターンへと自己組織化した。
覚醒度を表すパラメーターに大きな値を設定すると、複雑な発火パターンが、成長したり減退したりする様子がコンピューター画面上で観察された。ときにそのなかに、いかなる刺激の入力も介在せずに引き起こされたグローバル・イグニションを確認できた。同一の刺激をコード化する皮質カラム全体が短期間活性化したあと、その活動は減退し、そのあとすぐに別の広域的な細胞集成体がそれにとって代わった。このように、きっかけになる刺激がまったく与えられなくても、ネットワークは一連のランダムな点火へと自己組織化したのだ。その様子は、外部刺激の知覚にともなって引き起こされる現象に類似する。唯一の相違は、自発的な活動には、ワークスペース領域の高次の皮質で生じ、感覚野へと下位の方向に伝播される傾向が強く見られる点で、これは外部刺激の知覚の場合とは逆である。
このような内因性の活動の突発は、実際の脳でも発生するのだろうか? 答えは「イエス」だ。事実、組織化された自発的な活動は、神経系ではありふれている。本人が目覚めていようと眠っていようと、二つの大脳半球が、高周波の大規模な脳波を常時生成しているという事実は、脳波記録を見たことがある者なら誰もが知っている。この自発的な興奮は、脳の活動を支配するほど非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のものだ。刺激に喚起された活動は、脳が消費するエネルギーの総量のわずかな部分、おそらくは5パーセント未満を費やすにすぎない。神経系は第一に、自身の思考パターンを生む自律的な装置として機能するのだ。このように、暗闇で休息し「何もかんがえていない」ときでも、私たちの脳は休まずに、複雑かつ絶えず変化する一連のニューロンの活動をつねに生んでいる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.259-260,高橋洋(訳))
(索引:ニューロン活動の自発性)
(出典:wikipedia)
「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)
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