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2021年11月9日火曜日

39.生命の状態を意識化し、外界の物理的環境、人間集団の命の状態の指標でもある情動は、様々な文化的構築物創造の媒介者でもある。これら全ては、生命の自己保存と効率的な機能の展開という目的に貫かれているように思われる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

自己保存と効率的機能の展開

  生命の状態を意識化し、外界の物理的環境、人間集団の命の状態の指標でもある情動は、様々な文化的構築物創造の媒介者でもある。これら全ては、生命の自己保存と効率的な機能の展開という目的に貫かれているように思われる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

「人間の持つ文化的な心の誕生に向け、ホメオスタシスは感情によって、劇的な飛躍を果すこ とができた。なぜなら、感情は生体内の生命活動の状態を心的に表象することを可能にするか らだ。心の仕組みにひとたび感情がつけ加えられると、ホメオスタシスのプロセスは生命活動 の状態に関する直接的な知識を豊富に持てるようになり、その知識は、必然的に意識的なもの になった。やがて感情に駆り立てられた意識ある心は、経験の主体に照らして、(1)生体内の 状態と、(2)生体外の環境の状態という2つの決定的な事象を心的に表象することが可能になっ た。後者には、社会的な相互作用や共有された意図によって生じた種々の複雑な状況における 他個体の行動が、典型的なものとして含まれる。そのような行動の多くは、その個体の持つ衝 動、動機、情動に左右される。学習や記憶の能力が発達すると、個体は、事実やできごとに関 する記憶を形成、想起、操作することができるようになり、知識と感情に基盤を置く新たなレ ベルの知性が誕生する道が開けた。この知的能力の拡大のプロセスに、やがて話し言葉が加わ り、観念と言葉と文のあいだのやりとりがたやすくできるようになる。そこからは、創造性の 洪水は抑えられなくなる。こうして自然選択は、特定の行動、実践、道具の背後にある観念の 劇場を征服し、文化的な進化と遺伝的な進化の連携が可能になったのだ。

 すばらしき人間の心と、それを可能にした複雑な脳は、それらを生んだ先駆けとなる祖先の 生物の長い系列から私たちの目を逸らしてしまう。心と脳という輝かしい成果は、人間とその 心が、フェニックスのごとく完全な形態で最近になって突如出現したかのように思わせる。し かしこの驚異的なできごとの背景には、祖先の生物の長い連鎖と、激しい競争と、驚嘆すべき 協調の歴史が横たわっている。複雑な生命体は、管理されていたからこそ存続できた。また脳 は、とりわけ感情や思考に富んだ意識ある心の構築を導くことに成功したあとで、管理の仕事 の支援に長けるようになったがゆえに進化の過程で選択された。これらの点が、人間の心の物 語では見逃されやすい。つまるところ人間の創造性は、生命と、まさにその生命が、「何があ ろうと耐え、未来に向けて自己を発展させるべし」とする厳正な任務を担いつつ誕生したとい う、息を飲むような事実に根差しているのだ。このつつましくも強力な起源に思いを馳せるこ とは、不安定性と不確実性に満ちた現代を生き抜くにあたって、何らかの役に立つかもしれな い。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第1部 生命活動とその調節(ホメ オスタシス),第1章 人間の本性,pp.44-45,白揚社(2019),高橋洋(訳))

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「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())

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