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2018年10月30日火曜日

13.困難な、道徳の二律背反的な状況を、あるがままに認識し対処すること。明快に語る手段がたくさんあるとき、「道徳的批判」で表現しないこと。それは、分析を混濁させ議論を混乱させてしまう。(ハーバート・ハート(1907-1992))

道徳的二律背反

【困難な、道徳の二律背反的な状況を、あるがままに認識し対処すること。明快に語る手段がたくさんあるとき、「道徳的批判」で表現しないこと。それは、分析を混濁させ議論を混乱させてしまう。(ハーバート・ハート(1907-1992))】

(1)道徳の歴史から学ぶものがあるとすれば、それは、道徳的二律背反を処理するにはそれを隠さない、ということである。困難と戦うときと同様に、二つの悪のうちましな方を選ばざるを得ない状況に至った際には、状況をあるがままに自覚して対処しなければならない。
 (1.1)困難な状況、道徳的二律背反的な状況を、議論の余地のある「道徳的批判」で表現してはならない。それは、膨大な哲学的問題を呼び起こしてしまう。明快に語る手段がたくさんあるときには、明快に語ること。
 (1.2)「すべての不調和は、知られざる調和なり」「すべての部分悪は、普遍的善なり」は、誤りであろう。私たちが賞賛する諸価値が、互いに衝突し合ったり、犠牲にされたりせず統合され得るというのは、ロマンティックな楽観であろう。
(2)例として、言語道断なほど不道徳的な行為をした人がいたとする。しかし、当時それは適法とされた行為に基づいていたとしよう。
 (2.1)当時その行為を適法とした制定法が、醜悪な法であり「法たり得ない」ゆえに、その人の不道徳的な行為の故に、その人を罰する。
 (2.2)いかに言語道断だとは言え、当時違法ではなかったので、その人を罰しない。
 (2.3)罰しないことは、悪だと思われる。一方、罰することは、事後的な法を導入して罰することになり、別の非常に重要な道徳原則を犠牲にすることになる。それでも、その人を罰するとしたら、どのような理由によって、正当化できるのか。当時の制定法が、醜悪な法であり「法たり得ない」としてしまうことは、問題の本質を覆い隠してしまう。

 「多くの人はこの目的――言語道断なほど不道徳的な行為をしたという理由でこの婦人を罰すること――を賞賛するかもしれない。

しかし、この目的を達するには、1934年以降施行された制定法が法としての効力を持たないことを宣告しなければならない。

いうまでもないが、それ以外に二つの選択肢があった。

一つはその婦人を罰しないままにしておくというものである。罰するのは良くないことかもしれないという意見に共感してそれを支持することも考えられる。

もう一つは、もしその婦人が罰せられるならば、それははっきりと事後的な法を導入することによるものでなければならず、そういう形で彼女の処罰を確定することで何が犠牲にされるのかが十分に意識されていなければならないという事実を直視するものである。

事後的に刑事立法を行なって処罰することは醜悪なことであろうが、それを公然と求めてみることは、少なくともこのケースにおいては、公明正大であるというメリットを持ったであろう。

この婦人を罰するかどうかというのは二つの悪のうち一つを選ぶことであるというのがはっきり見えたであろう。

彼女の罰しないままにするという悪と、ほとんどの法体系が認めている非常に大事な道徳原則を犠牲にするという悪と。

道徳の歴史から学ぶものがあるとすれば、それは、道徳的二律背反を処理するにはそれを隠さない、ということである。困難と戦うときと同様に、二つの悪のうちましな方を選ばざるを得ない状況に至った際には、状況をあるがままに自覚して対処しなければならない。

ある限界地点において、ひどく不道徳的なものは法たり得ない、合法たり得ない、という原則を右の事件で用いたように使うことの欠点は、私たちが直面している問題の本質を覆い隠してしまうことにあり、また、私たちが賞賛する諸価値はすべて最終的に一個のシステムへとまとめられ、その価値のどの一つも他の価値のために犠牲にされたり折衷されたりするべきではないというロマンティックな楽観を助長してしまうことにある。

    すべての不調和は、知られざる調和なり
    すべての部分悪は、普遍的善なり

 この詩句は間違いなく誤りである。上記の問題を定式化するのに、ディレンマの処理がまるで日常的なケースにみられるものであるかのように表現することを許すように定式化するのは不誠実である。

 おそらく、この難しいケースを処理する方法について、どちらの方法をとっても、この婦人に関する限り、全く同じ結果になると思われるのに、一つの方法を他の方法と比較して強調するのは、形式に、さらにはおそらく言葉に、こだわりすぎているように思われるかもしれない。

なぜこれらの方法の違いを大袈裟に言わなければならないのであろうか。私たちは、この婦人を新しい事後法によって処罰し、公然と、それはわれわれの原則に反することではあるが、二つのうちではましな方だと宣言できるであろうし、そうではなく、そのような原則を一体どこで犠牲にしているかを指摘せずにその事件に決着をつけることもできよう。

しかし、公明正大さは、それが道徳において取るに足らない徳ではけっしてないのと同様に、法の運用における多くの些細な徳の中の一つにすぎないわけではない。

というのは、もし私たちがラートブルフの見解を受け入れ、彼やドイツの裁判所にならって、ある種のルールはその道徳的不公正さのゆえに法たり得ないという主張の形で悪法に対する抵抗をするならば、最も単純であるがゆえに最も力強い形態の道徳的批判の一つを混乱させてしまうからである。

もし功利主義者にならって単純明快に語るならば、法は法であろうが従うには邪悪過ぎると語ることになる。これは、誰にでも理解できる道徳的非難であり、道徳的考慮を求める直接的で明白は要求をなすものである。

他方、もしこの異議申し立てをこれらの邪悪なものは法ではないという主張として定式化するならば、それは多くの人が支持しない主張になってしまい、人びとがそれを考慮してみる気になったとしても、主張が認められる前に膨大な哲学的問題を呼び起こすことになろう。

したがって、功利主義的区別をこのような形で否定するとどうなるかを検討してそこから学ぶべき一つの最も重要な教訓があるとすれば、それは、功利主義者が人びとに理解させようとして最も心をくだいた次の教訓である。   

明快に語る手段がたくさんあるときには、議論の余地のある哲学に基づいた命題の形で制度の道徳的批判を表現するべきではない。」
(ハーバート・ハート(1907-1992),『法学・哲学論集』,第1部 一般理論,2 実証主義と法・道徳分離論,pp.84-86,みすず書房(1990),矢崎光圀(監訳),上山友一(訳),松浦好治(訳))
(索引:道徳的二律背反)

法学・哲学論集


(出典:wikipedia
ハーバート・ハート(1907-1992)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「決定的に重要な問題は、新しい理論がベンサムがブラックストーンの理論について行なった次のような批判を回避できるかどうかです。つまりブラックストーンの理論は、裁判官が実定法の背後に実際にある法を発見するという誤った偽装の下で、彼自身の個人的、道徳的、ないし政治的見解に対してすでに「在る法」としての表面的客観性を付与することを可能にするフィクションである、という批判です。すべては、ここでは正当に扱うことができませんでしたが、ドゥオーキン教授が強力かつ緻密に行なっている主張、つまりハード・ケースが生じる時、潜在している法が何であるかについての、同じようにもっともらしくかつ同じように十分根拠のある複数の説明的仮説が出てくることはないであろうという主張に依拠しているのです。これはまだこれから検討されねばならない主張であると思います。
 では要約に移りましょう。法学や哲学の将来に対する私の展望では、まだ終わっていない仕事がたくさんあります。私の国とあなたがたの国の両方で社会政策の実質的諸問題が個人の諸権利の観点から大いに議論されている時点で、われわれは、基本的人権およびそれらの人権と法を通して追求される他の諸価値との関係についての満足のゆく理論を依然として必要としているのです。したがってまた、もしも法理学において実証主義が最終的に葬られるべきであるとするならば、われわれは、すべての法体系にとって、ハード・ケースの解決の予備としての独自の正当化的諸原理群を含む、拡大された法の概念が、裁判官の任務の記述や遂行を曖昧にせず、それに照明を投ずるであろうということの論証を依然として必要としているのです。しかし現在進んでいる研究から判断すれば、われわれがこれらのものの少なくともあるものを手にするであろう見込みは十分あります。」
(ハーバート・ハート(1907-1992),『法学・哲学論集』,第2部 アメリカ法理学,5 1776-1976年 哲学の透視図からみた法,pp.178-179,みすず書房(1990),矢崎光圀(監訳),深田三徳(訳))
(索引:)

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