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2020年5月27日水曜日

19.高次の動機:秩序、理解、感覚、優越、被害回避、遊び、自律、達成、反動、支配、顕示、屈辱回避、屈服、服従、愛育、性愛、親和、拒否、隔離、援助、防衛、攻撃(ヘンリー・マレー(1893-1988))

高次の動機

【高次の動機:秩序、理解、感覚、優越、被害回避、遊び、自律、達成、反動、支配、顕示、屈辱回避、屈服、服従、愛育、性愛、親和、拒否、隔離、援助、防衛、攻撃(ヘンリー・マレー(1893-1988))】

(1)マレーの列挙した、高次の動機の一覧
屈服:罰に従い、受け入れること
達成:目標に向けて、すばやく、うまく努力し、到達すること
親和:友情を形成すること
攻撃:他者を傷つけること
自律:独立に向けて努力すること
反動:挫折に打ち克つこと
防衛:防衛し、正当化すること
服従:喜んで仕えること
支配:他者を支配し、影響を与えること
顕示:興奮させ、衝撃を与え、自己脚色すること
被害回避:苦痛と傷害を避ける
屈辱回避:屈辱を避ける
愛育:無力な子どもを助け、あるいは守ること
秩序:秩序と清潔さを達成すること
遊び:リラックスすること
拒否:嫌いな人を拒絶すること
隔離:他者と離れたところにいること
感覚:感覚的満足を得ること
性愛:性愛関係をつくること
援助:栄養、愛情、援助を求めること
優越:障害物を乗り越えること
理解:疑問をもち、考えること

(2)以下は、マレーが抽出した欲求の分類の提案である。分類は、以下の仮説に従っている。すなわち、欲求とは、想起、想像、理解された対象や、言語などで表現された予測としての未来、または構想としての未来が、快または不快の情動を喚起する状態のことである。欲求の実体は、情動である。なお、人間の場合には、情動喚起刺激の種類によって、以下のような幾つかの特徴的な情動が生じる。
 (2.1)驚き、恐怖の様相
  秩序、理解
  驚き、恐怖を回避する未来が指向される(秩序、理解欲求)
   秩序:秩序と清潔さを達成すること
   理解:疑問をもち、考えること
 (2.2)快、不快の様相
  (a)外的対象、快、嫌悪
   感覚
   外的対象が快となる未来が指向される(感覚欲求)
    感覚:感覚的満足を得ること
  (b)自己状態、喜び、悲しみ
   優越、被害回避
   不快な自己状態を回避する未来が指向される(優越、被害回避欲求)
    優越:障害物を乗り越えること
    被害回避:苦痛と傷害を避ける
  (c)自己行為の自己評価、内的自己満足、後悔
   遊び、自律、達成、反動
   自己行為の自己評価が快となる未来が指向される(遊び、自律、達成欲求)
    遊び:リラックスすること
    自律:独立に向けて努力すること
    達成:目標に向けて、すばやく、うまく努力し、到達すること
   不快な自己行為の自己評価を回避する未来が指向される(反動欲求)
    反動:挫折に打ち克つこと
  (d)自己行為の他者評価、誇り、恥
   支配、顕示、屈辱回避、屈服、服従
   自己行為の他者評価が快となる未来が指向される(支配、顕示、屈辱回避欲求)
    顕示:興奮させ、衝撃を与え、自己脚色すること
    支配:他者を支配し、影響を与えること
    屈辱回避:屈辱を避ける
   不快な自己行為の他者評価を回避する未来が指向される(屈服、服従欲求)
    屈服:罰に従い、受け入れること
    服従:喜んで仕えること
  (e)他者状態、喜び、憐れみ
   愛育、性愛
   他者状態が快となる未来が指向される(愛育、性愛欲求)
    愛育:無力な子どもを助け、あるいは守ること
    性愛:性愛関係をつくること
  (f)他者行為、好意、憤慨
   親和、拒否、隔離
   他者行為が快となる未来が指向される(親和欲求)
    親和:友情を形成すること
   不快な他者行為を回避する未来が指向される(拒否、隔離欲求)
    拒否:嫌いな人を拒絶すること
    隔離:他者と離れたところにいること
  (g)自己向け他者行為、感謝、怒り
   援助、防衛、攻撃
   自己向け他者行為が快となる未来が指向される(援助欲求)
    援助:栄養、愛情、援助を求めること
   不快な自己向け他者行為を回避する未来が指向される(防衛、攻撃欲求)
    防衛:防衛し、正当化すること
    攻撃:他者を傷つけること

(出典:wikipedia
ヘンリー・マレー(1893-1988)の命題集(Propositions of great philosophers)
「マレーのグループが見つけた動機は、高次の動機とよばれる。

飢えや渇きや性のような基本的な生理学的欲求とは異なり、唾液の分泌や胃の収縮の増加などの特定の生理学的変化を含まないため、その名前を用いた。

代わりに、高次の動機は、人が価値をおく特定の目標や結果に対する心理的欲望あるいは願望である。表8.2は、古典的なリストにおけるマレーと共同研究者ら(Murray et al.,1938)が推察した多様な欲求の例を示している。これらの動機の多くは詳細に調査された(例:Emmons,1997; Koestner & McClelland,1990)。」

表8.2 ヘンリー・マレーによって仮定された人間の非生理学的欲求
屈服:罰に従い、受け入れること
達成:目標に向けて、すばやく、うまく努力し、到達すること
親和:友情を形成すること
攻撃:他者を傷つけること
自律:独立に向けて努力すること
反動:挫折に打ち克つこと
防衛:防衛し、正当化すること
服従:喜んで仕えること
支配:他者を支配し、影響を与えること
顕示:興奮させ、衝撃を与え、自己脚色すること
被害回避:苦痛と傷害を避ける
屈辱回避:屈辱を避ける
愛育:無力な子どもを助け、あるいは守ること
秩序:秩序と清潔さを達成すること
遊び:リラックスすること
拒否:嫌いな人を拒絶すること
隔離:他者と離れたところにいること
感覚:感覚的満足を得ること
性愛:性愛関係をつくること
援助:栄養、愛情、援助を求めること
優越:障害物を乗り越えること
理解:疑問をもち、考えること
(ウォルター・ミシェル(1930-2018),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅲ部 精神力動的・動機づけレベル、第8章 精神力動論の適用と過程、pp.239-240、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:高次の動機)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-2018)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-2018),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

ウォルター・ミシェル(1930-2018)
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2018年6月13日水曜日

18.(a)本人だけが選択できる。(b)人は無条件の受容的な雰囲気の中で成長する。(c)人間の自由、自己決定と自己実現を守り育てる社会が必要である。(カール・ロジャーズ(1902-1987))

カール・ロジャーズの哲学

【(a)本人だけが選択できる。(b)人は無条件の受容的な雰囲気の中で成長する。(c)人間の自由、自己決定と自己実現を守り育てる社会が必要である。(カール・ロジャーズ(1902-1987))】
(a)人は自分自身の中に、自己理解のための大きな資源を持っている。それにより自己概念、態度、自発的な行動を変えることができる。「本人だけが選択できる」。これは極めて重要であり、真実である。
(b)人が自らを大切に思い、成長できるためには、感情が十分かつ自由に取り上げられ、表現され、受け入れられるような、無条件の受容的の雰囲気を必要とする。
(c)実際、他者の行動に影響を及ぼそうとする考えをやめ、自分自身を傷つきやすい一人の人間として、ありのまま出すとき、他者からの反応も深く、受容的で、温かいものになる。
(d)「自然の征服と人間による支配をますます重要な基礎と考える我々の文化は衰退していくだろう。その破滅を通り抜ければ、高度に気づかいがあり、向う方向を自分で決められ、おそらく外界より内界の探索者であり、制度の画一性や権威の教条性を軽蔑するような、新しい人間が生まれてくる。他者に行動形成されることも、他者の行動を形成することも考えない。技術的でなく明確に人間的でなければならない。私の判断では、そういった人が生き延びる確率が高い。」
(出典:wikipedia
カール・ロジャーズ(1902-1987)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
検索(カール・ロジャーズ))
検索(Carl Ransom Rogers))

 「心理学へのほぼ50年にわたる貢献を振り返り、ロジャーズ(Rogers,1974)は自分のアプローチの本質を正確に示そうとした。最も基本的な考えは以下のようなものであると彼は考えている。

 『人は自分の中に自己理解のための大きな資源をもっている。それにより自己概念、態度、自発的な行動を変えることができ、促進的な心理的態度と定義される雰囲気さえ提供されれば、その資源をうまく活用することが可能である。』(Rogers,1974,p.116)

 成長を促進する環境は、感情が十分かつ自由にとりあげられ、表現され、受け入れられるような雰囲気を必要とする。彼の自伝の中で、ロジェーズは彼自身の成長と他者との関係について率直に論じ、以下のように記述する。

 『もし私が自分の防衛をいくらか取り去り、傷つきやすい一人の人間として自分を出し、最も個人的で、私的で、あやふやで、不確かに感じる態度を表現することができるなら、そのときの他者からの反応は深く、受容的で、温かいものであるということがわかった。』(Rogers,1967,p.381)

 人間性的志向性の大きな特徴である、人間の潜在的な自由の強調は、ずっと変わらないまま、維持されている。ロジャーズは以下のように述べている。

 『治療やグループでの経験から、本人だけが選択できるという現実やその重要性を否定することは、私にはできない。ある程度は人が自分自身の設計者であることは幻想ではない。……私にとって、人間性的アプローチは唯一可能なアプローチである。しかし、それが行動主義的であっても人間主義的であっても、自分の性質に最も合っていると考える道を、それぞれが歩むべきであろう。』(Rogers,1974,p.119)

 人間性的な立場から、彼はまた、現代の科学技術のあり方を残念に思い、自律と自己探索を求めるようよびかけたのである。

 『自然の征服と人間による支配をますます重要な基礎と考える我々の文化は衰退していくだろう。その破滅を通り抜ければ、高度に気づかいがあり、向う方向を自分で決められ、おそらく外界より内界の探索者であり、制度の画一性や権威の教条性を軽蔑するような、新しい人間が生まれてくる。他者に行動形成されることも、他者の行動を形成することも考えない。技術的でなく明確に人間的でなければならない。私の判断では、そういった人が生き延びる確率が高い。』(Rogers,1974,p.119)

 まとめると、ロジャーズの理論と彼が開発した治療法は、パーソナリティへの現象学的で人間学的なアプローチがもつ主要な点の多くを強調している。その人によって知覚された現実、主観的経験、自己実現のための主体的努力、成長と自由と自己決定のための潜在能力などの強調である(Rowen,1992; Ryan & Deci,2001)。

特定の生物的動因は拒絶するか強調しない。歴史的な原因あるいは安定した特性構造というよりは、経験される自己に注目する。これらの共通点に加え、ロジャーズの立場の独自性は、自尊のための必要条件として、無条件の受容を強調したことにある。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅴ部 現象学的・人間性レベル、第12章 現象学的・人間性レベルの諸概念、pp.386-387、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:クライエント中心療法)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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17.クライエント中心療法(カール・ロジャーズ(1902-1987))

クライエント中心療法

【クライエント中心療法(カール・ロジャーズ(1902-1987))】
(1)臨床家の寛大さと無条件の受容が、クライエントとの間に誠実さの雰囲気を醸成し、共感的な関係を樹立する。
(2)クライエントがどのように考え、理解し、感じているかを、クライエントから学ぼうとする。「行動を理解するために最も有効な視点は、その人自身の内的参照枠からのものである」。
(3)クライエントが面接のあり方を決めることが目標であり、臨床家はそこに生じる感情を正確に反映し明確化しようとすることで、クライエントの「成長」すなわち自己実現を促進する環境を提供しようとする。
(出典:wikipedia
カール・ロジャーズ(1902-1987)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
検索(カール・ロジャーズ))
検索(Carl Ransom Rogers))

 「ロジャーズ(カール・ロジャーズ)は、共感的な面接をもとにした関係性重視の治療を追求した。

フロイト派のように、精神力動や転移を重視することは徹底して放棄した。その代わりに、クライエントに無条件の受容的な関係と、「成長」すなわち自己実現を促進する環境を提供しようとした。

この関係は、解釈よりも、共感的理解と感情の受容を中心に組み立てられたが、解釈そのものは必ずしも排除されていない。

この学派の臨床家は相対的に「非指示的」である。クライエントが面接のあり方を決めることが目標であり、臨床家はそこに生じる感情を正確に反映し明確化しようとする。

 現在ではパーソンセンタード・セラピーともよばれているクライエント中心療法では、治療者の側の寛大さと無条件の受容が、個人的な誠実さの雰囲気を醸成する。

心理学者は「客観的」測定への志向と、テストを用いることをやめるよう要請される。その代わりに、クライエントがどのように考え、理解し、感じているかを、クライエントから学ぼうとする。「行動を理解するために最も有効な視点は、その人自身の内的参照枠からのものである。(Rogers,1951,p.494)。

中心的関心は共感性にあるが、この章の最初に記述された面接研究ということを考えると、ロジャーズ派は対人関係についての客観的な研究を軽視することは決してなかった。

その結果、ロジャーズ派はクライエント中心療法の場で生じるプロセスのいくつかを明らかにし、その効果性についても、重要な証拠を提供している(Truax & Mitchell,1971)。」

(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅴ部 現象学的・人間性レベル、第12章 現象学的・人間性レベルの諸概念、p.385、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:クライエント中心療法)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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2018年6月11日月曜日

15.すべての人は、新しい経験に照らして、パーソナル・コンストラクトを徐々に修正しながら、検証し、正当であると確認したり、取り消したりする機会を必要としている。(ジョージ・ケリー(1905-1967))

パーソナル・コンストラクト心理学

【すべての人は、新しい経験に照らして、パーソナル・コンストラクトを徐々に修正しながら、検証し、正当であると確認したり、取り消したりする機会を必要としている。(ジョージ・ケリー(1905-1967))】
(1)ある特定のパーソナル・コンストラクトが、その人自身の解釈でがんじがらめにさせ、ジレンマに陥らせているような場合がある。これは、不適切な理論から抜け出せないような状態だ。
(2)もし、その人の解釈が、その人にとって有効ではなく、人生や生活にとって良くない結果を招いているのならば、他のより良い解釈、つまり良い予想ができ、より良い結果が得られる考え方を見つけることが本人の課題になる。
(3)パーソナル・コンストラクト心理学は、その人のコンストラクトを細かい点まで確認・検討し、それが何を意味しているのかを、検証できる状況を提供する。これによって、その人は、自分をそのように解釈することが、自分自身の人生や生活にとって、どんな意味があるのかを理解できるようになる。
(4)このように、すべての人は、新しい経験に照らして、パーソナル・コンストラクトを徐々に修正しながら、検証し、正当であると確認したり、取り消したりする機会を必要としている。
ジョージ・ケリー(1905-1967)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:wikipedia
検索(George Kelly)
検索(ジョージ・ケリー)

 「ケリー(ジョージ・ケリー)はコンストラクトの絶対的な真実性よりも、コンストラクトの利便性に関心があった。

ある特定のコンストラクトが真実であるかどうかを査定しようとするのでなく、解釈者にとっての利便性や有効性に注意を向ける。

例えば、あるクライエントが「本当に抑うつ的になっているか」あるいは「本当に気が狂ってしまうか」を査定するよりは、自分をそのように解釈することが、クライエントの人生や生活にとって、どんな意味があるのかを見いだそうとする。

もしその解釈が便利でないなら、他のよりよい解釈、つまりよい予想ができ、よい結果が得られる考え方を見つけることが本人の課題になる。

時に心理学者が不適切な理論から抜けだせないのと同様に、患者もまた自分自身の解釈でがんじがらめになり、ジレンマに陥るかもしれない。

「私には価値がない」とか「まだまだ成功しているとはいえない」というような判断を、行動についての解釈や仮説というよりも、議論の余地のない真実であるかのように信じ、自分を苦しめるかもしれない。

心理療法の役割は、パーソナル・コンストラクトが細かい点まで確認・検討され、それが何を意味しているのか検証できる状況を提供することである。

そしてもし、特定のコンストラクトがその人にとって有効でないとわかったら、うまく機能しないとわかった理論や考えを科学者が変更できるように、修正することができる。

科学者と同様、すべての人は新しい経験に照らして、パーソナル・コンストラクトを徐々に修正しながら、検証し、正当であると確認したり、取り消したりする機会を必要としている。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅴ部 現象学的・人間性レベル、第12章 現象学的・人間性レベルの諸概念、p.396、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:パーソナル・コンストラクト心理学)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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14.コンストラクトの代替性:(1)被験者自身のコンストラクトを理解する、(2)出来事を「科学的」にではなく、その人のコンストラクトで解釈する、(3)この解釈から、その人の予期と行動が理解される。(ジョージ・ケリー(1905-1967))

コンストラクトの代替性

【コンストラクトの代替性:(1)被験者自身のコンストラクトを理解する、(2)出来事を「科学的」にではなく、その人のコンストラクトで解釈する、(3)この解釈から、その人の予期と行動が理解される。(ジョージ・ケリー(1905-1967))】
(1)《例》
 ある少年が、母親のお気に入りの花瓶を落としてしまう。
(a) その子ども担当の精神分析家に聞けば、少年の無意識の敵意を指摘するかもしれない。
(b) 母親に尋ねれば、少年がどんなに「意地が悪い」か話すかもしれない。
(c) 父親は「甘やかされている」と言うかもしれない。
(d) 先生は、少年が「怠け者」で、ずっと「不器用」であったことの証明だと言うかもしれない。
(e) 祖母は、それを単に「うっかり」起こしたと弁護するかもしれない。
(f) 本人は、その出来事を自分の「愚かさ」を示す出来事と解釈するかもしれない。
(2)《コンストラクトの代替性》
 生活や人生における出来事には、無数の解釈が可能である。人は、事象を変化させることはできないかもしれないが、異なるように解釈することはいつでも可能である。そして、解釈が異なれば、その後の行動も違ったものになってくる。このように、人は出来事を予期するのに用いるコンストラクトよって、方向づけられている。
(3) 心理学においては、その人たちがしたことを、我々の意味づけで、すなわち最も科学的に簡潔な方法で理解するのではなく、その人たちのスキーマが理論的に簡潔であるか否かにかかわらず、その人たち自身が理解するように理解することが必要である。
ジョージ・ケリー(1905-1967)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:wikipedia
検索(George Kelly)
検索(ジョージ・ケリー)

 「人々を理解するため、ケリー(ジョージ・ケリー)のアプローチを採用するなら、以下のようになる。
 『その人たちがしたことを我々の意味づけで理解するのではなく、その人たち自身が理解するように理解することを試みるだろう。その人たちの生活や人生における出来事を最も科学的に簡潔な方法でまとめる代わりに、その人たちのスキーマが理論的に簡潔であるか否かにかかわらず、その人たちがどのように出来事をまとめるかを私たちは尋ねるだろう。』(Maher,1979,p.203に引用されたKelly,1962)

 同じ事象は他のやり方でも分類されうる。人は常に事象を変化させることはできないかもしれないが、異なるように解釈することはいつでも可能である(Fransella,1995)。

ケリーはこれを、コンストラクトの代替性とよんでいる。

一つの例として、以下のような出来事について考えてみよう。ある少年が母親のお気に入りの花瓶を落としてしまう。これは何を意味しているか。

単純には、花瓶が割れたということである。しかしその子ども担当の精神分析家に聞けば、少年の無意識の敵意を指摘するかもしれない。

母親に尋ねれば、少年がどんなに「意地が悪い」か話し、父親は「甘やかされている」と言い、その子どもの先生は「怠け者」で、ずっと「不器用」であったことの証明として、その出来事をみるかもしれないし、祖母はそれを単に「うっかり」起こしたと弁護し、本人はその出来事を自分の「愚かさ」を示す出来事と解釈するかもしれない。

花瓶は壊れていて、その出来事は取り消すことはできない。しかしそのことには、無数の解釈が可能である。そして解釈が異なれば、その後の行動も違ったものになってくる。

 ケリーの理論は以下のような基本的な仮定から始まっている。「人の心理過程は、その人が出来事をどのように予期するかによって、方向づけられている。
(Kelly,1955,p.46)

これは人の活動は、出来事を予期するのに用いるコンストラクトによって方向づけられることを意味している。

他の現象学的理論と同様に、この考え方でも、その人の主観的な見方を強調するが、特にその人がどのように出来事を予測し予期するかに注目している。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅴ部 現象学的・人間性レベル、第12章 現象学的・人間性レベルの諸概念、pp.395-396、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

(索引:パーソナル・コンストラクト心理学,コンストラクトの代替性)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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2018年6月9日土曜日

13.パーソナル・コンストラクト心理学:心理学者でなくとも誰もが、私的なパーソナリティ理論を持っている。行動の参照例から、それを理解する必要がある。(ジョージ・ケリー(1905-1967))

パーソナル・コンストラクト心理学

【パーソナル・コンストラクト心理学:心理学者でなくとも誰もが、私的なパーソナリティ理論を持っている。行動の参照例から、それを理解する必要がある。(ジョージ・ケリー(1905-1967))】
(1) 心理学者の対象である被験者は、心理学者とまったく異なっているわけではない。たとえば、自分自身を明晰に理解し統制するための、その人自身の理論を持っているのであって、盲目の犠牲者ではない。
(2) したがって、被験者を本当に理解するには、彼を「科学者」として扱わなければならない。すなわち、その人が持っている私的なパーソナリティ理論(コンストラクト)を理解する必要がある。
(3) コンストラクトを知るには、どうすればよいか。コンストラクトは、行動を通じてのみ知られる。したがって、そのコンストラクトが私的なものであろうと、理論的なものであろうと、その人が考える行動の「参照例」を見つけなければならない。

(出典:wikipedia
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 「ケリー(ジョージ・ケリー)によれば、たいていの心理学者は認知的な明晰さを求め、自身の人生を含めた現象を理解することに自分自身が動機づけられているとみているはずである。

しかし、彼らの理論の「研究対象」は、自分たち理論家とは違って、理解することも統制することもできない心理的な力や特性の犠牲者になっているとみている。

理論家と研究対象の間にあるこの溝をなくそうとケリーは考え、すべての人を科学者として扱おうとする。

 科学者と同様に、研究対象は人生における事象を予期し統制しようとし、コンストラクトや仮説を生成する。

ゆえに、研究対象を理解するには、その人のコンストラクト、つまり私的なパーソナリティ理論を理解しなければならない。

ある人のコンストラクトを研究するためには、その人の行動例つまり「参照例」を見つけなければならない。その人が、行動例を提示してくれなければ、「私は自尊心が高すぎる」とか「親しみやすい人間ではない」とか「恋に落ちたかもしれない」と言うとき、それが何を意味しているのかを理解することはできない。

ある患者が自分を「一人の女性として」解釈するときのように、コンストラクトが私的であろうと、心理学者が「内向性」あるいは「自我防衛」について話すときのように理論的であろうと、参照行動例が必要になってくる。コンストラクトは、行動を通してのみ知られるのである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅴ部 現象学的・人間性レベル、第12章 現象学的・人間性レベルの諸概念、pp.394-395、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:パーソナル・コンストラクト心理学)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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2018年5月6日日曜日

12.人は、自己評価基準を持っており、これにより自己を査定、評価し、これに合わせて自己賞賛や自己非難、報酬や罰を自分自身に与えることができる。(アルバート・バンデューラ(1925-))

自己評価基準

【人は、自己評価基準を持っており、これにより自己を査定、評価し、これに合わせて自己賞賛や自己非難、報酬や罰を自分自身に与えることができる。(アルバート・バンデューラ(1925-))】
(a) 人は、自分のために自分で開発した評価基準を、持っている。
(b) 人は、この評価基準により、自分自身の行動や、行動の結果を査定、判断し、自分自身を肯定的に評価したり、否定的に評価し、自信が持てなくなったりする。
(c) 人は、自己評価に合わせて、心理的に自己賞賛や自己非難をしたり、社会的、物的な報酬を与えて甘やかしたり、罰を与えて傷つけたりすることができる。

(出典:wikipedia
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 「目標の追求において、人生の初期の段階から、人々は自分の行動とその結果である前進・進歩を評価し、それに合わせて自分自身に報酬を与えたり罰を与えたりする。
そうすることにより、さらに前進できるようにするが、場合によっては自分への働きかけがうまく行えないこともある(例:Bandura,1989; Carver & Scheier,1990)。

自分でみてよいと思えたなら自分自身をほめるなど、自分の達成について肯定的あるいは否定的に感じるかもしれないし、自信がもてない場合もあるだろう。

人は、自分に心理的、社会的、そして物的な報酬や罰を、自分で与えることができる。つまり、自分のために自分で開発した基準を用い、自分自身を査定し、自分自身についての内的な判断者、報酬-罰の管理者になるのである(Bandura,1986; Higgins,1990,1997)。

自己賞賛や自己非難、自分で与えるごほうびやお仕置き、自己を甘やかしたり傷つけたりすること、自分をほめたり逆に非難したりするなどは、人がよく行っていることである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第17章 自己制御――目標追求から目標達成へ、p.548、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:自己評価基準、自己賞賛、自己非難、報酬、罰)

パーソナリティ心理学―全体としての人間の理解



(出典:COLUMBIA UNIVERSITY IN THE CITY OF NEW YORK
ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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11.精神的健康には、肯定的な自己像が必要である。もちろん、現実と全く異なるものは害悪であるが、仮にそれが、現実よりいくらか過度であっても、肯定的なことが必要である。逆に、事実でも否定的なら、低い自尊心や抑うつ傾向がみられやすい。(ウォルター・ミシェル(1930-))

肯定的な自己像の必要性

【精神的健康には、肯定的な自己像が必要である。もちろん、現実と全く異なるものは害悪であるが、仮にそれが、現実よりいくらか過度であっても、肯定的なことが必要である。逆に、事実でも否定的なら、低い自尊心や抑うつ傾向がみられやすい。(ウォルター・ミシェル(1930-))】
 伝統的に、心理学者は正確な自己知覚が、精神的健康にとって不可欠なものであると考えてきた。しかしながら、精神的に健康な人々の多くはいくらか非現実的に肯定的なゆがんだ自己像をもっており、一方で自身をより正確にとらえている人のほうが精神的に健康でないことを研究者たちはみいだした。
(a) 小集団状況で相互作用を行い、自分自身と相互作用相手の性格の特徴を評定するように求められた被験者のうち、他者からの評定よりも好ましい自己評定をするのが健常者で、抑うつ患者の自己評定は他者からの評定と一致していた。
(b) 例えば、現実に即した自己知覚を行っている人は低い自尊心や抑うつ傾向がみられやすく、一方で精神的に安定した人は、肯定的な性格特性が、よりうまく自分自身を記述する傾向がみられる。
(c) もちろん現実に対するひどい認知のゆがみが、健常者の特徴であるということを示していると読み違えてはならない。

 「伝統的に、心理学者は正確な自己知覚が精神的健康にとって不可欠なものであると考えてきた(Jahoda,1958)。

しかしながら、精神的に健康な人々の多くはいくらか非現実的に肯定的なゆがんだ自己像をもっており、一方で自身をより正確にとらえている人のほうが精神的に健康でないことを研究者たちはみいだした(Armor & Taylor,2002; Taylor & Brown,1988)。

例えば、現実に即した自己知覚を行っている人は低い自尊心や抑うつ傾向がみられやすく、一方で精神的に安定した人は、肯定的な性格特性がよりうまく自分自身を記述すると考える傾向がみられる(Alicke,1985; Brown,1986)。

 大半の人々がもっている過度に肯定的な自己知覚は、抑うつ患者と健常者とを比較した研究において明らかになった(Lewinsohn et al.,1980)。

小集団状況で相互作用を行った患者たちは、自分自身と相互作用相手の性格の特徴を評定するように求められた。健常者の自己評定は他者からの評定よりも好ましく自分をとらえていた。

抑うつ患者の自己評定は他者からの評定と一致していたことから、健常者は実際よりも肯定的な自己像をもっていて、バラ色の眼鏡を通して自分を眺めていることを示している。」(中略)

「これらの結果は明確に一貫しており、興味深いものであるが、もちろん現実に対するひどい認知のゆがみが、健常者の特徴であるということを示していると読み違えてはならない。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅵ部 社会認知的レベル、第15章 社会認知的プロセス、p.489、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))
(索引:自己像)

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ウォルター・ミシェル(1930-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「個人が所有する自由や成長へのわくわくするような可能性には限りがない。人は可能自己について建設的に再考し、再評価し、効力感をかなりの程度高めることができる。しかし、DNAはそのときの手段・道具に影響を与える。生物学に加えて、役割における文化や社会的な力も、人が統制できる事象および自らの可能性に関する認識の両方に影響を与え、制限を加える。これらの境界の内側で、人は、将来を具体化しながら、自らの人生についての実質的な統制を得る可能性をもっているし、その限界にまだ到達していない。
 数百年前のフランスの哲学者デカルトは、よく知られた名言「我思う、ゆえに我あり」を残し、現代心理学への道を開いた。パーソナリティについて知られるようになったことを用いて、私たちは彼の主張を次のよう に修正することができるだろう。「私は考える。それゆえ私を変えられる」と。なぜなら、考え方を変えることによって、何を感じるか何をなすか、そしてどんな人間になるかを変えることができるからである。」
(ウォルター・ミシェル(1930-),オズレム・アイダック,ショウダ・ユウイチ『パーソナリティ心理学』第Ⅶ部 各分析レベルの統合――全人としての人間、第18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ、p.606、培風館 (2010)、黒沢香(監訳)・原島雅之(監訳))

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