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2019年11月5日火曜日

2.異なる文化への嫌悪、非難の感情そのものが、異なる文化に対する我々の想像力と、共感による理解、洞察力、感情移入の能力の存在を証明する。人々がなぜ、その思想、感情を抱き、その目標を追求するのかを理解すること。(アイザイア・バーリン(1909-1997))

異なる文化の理解

【異なる文化への嫌悪、非難の感情そのものが、異なる文化に対する我々の想像力と、共感による理解、洞察力、感情移入の能力の存在を証明する。人々がなぜ、その思想、感情を抱き、その目標を追求するのかを理解すること。(アイザイア・バーリン(1909-1997))】

(3.1)(3.2)追記。

(1)歴史的決定論は、誤りである。
 (a)人間は、歴史の目的や説明を求める。
 (b)もちろん、個々人や国民の生活の形成を決定していく、大きな非人格的な要因は存在する。
 (c)しかし、歴史の法則というものには、あまりにも多くの明白な例外と、逆の事例が存在する。
(2)個々人の決断と行為が歴史をつくる。
  我々は、多様な文化の中に生き、思想、感情、態度、行動はその影響を受け、また文化は互いに矛盾する場合もある。このような文化の中に生きる諸個人の決断と行為、予測できない偶然が歴史を作っていく。(アイザイア・バーリン(1909-1997))
 様々な要因が多少とも均等にバランスしている時において、大抵は予測することができない偶然や、個々人の決断や行為が、歴史の進路を決定するというような決定的な瞬間、転換点が存在する。
(3)我々は、多様な文化の中に生きている。
 (3.1)我々は、時間と空間を超えた、我々とは大きく異なった文化に生きる人々を理解できる。
  (a)異なる文化の人々の生き方が、ときには嫌な感情を喚起したり、非難したくなるような場合もある。
  (b)しかしこの事実は、我々には共感による理解、洞察力、感情移入の能力があり、異なった文化に生きる人々を理解できるということを示している。
  (c)文化は、新規で予想もされないような世界観を持っており、互いに矛盾しているような場合もあることを理解すべきである。
 (3.2)文化は、思想、感情、態度、行動の特殊な形態に影響を与える。
  (a)文化は、世界がそれぞれの社会にとって何を意味するかという感覚に影響を与える。
  (b)人々が、なぜその思想を考えるのかを理解すること。
  (c)人々が、なぜその感情を感じるのかを理解すること。
  (d)人々が、なぜその目標を追求し、その行動を行うことができるのかを理解すること。

 「―――あなたが個々人の目標の間の対立について語る時には、ヴィーコの思想にもとづいてその議論を打ち出しているのですか。 

 バーリン ヴィーコはわれわれに、異質の文化を理解することを教えています。その意味では、彼は中世の思想家とは違っています。
 
ヘルダーはヴィーコよりももっとはっきり、ギリシャ、ローマ、ジュデア、インド、中世ドイツ、スカンディナヴィア、神聖ローマ帝国、フランスを区別しました。 

人々がそれぞれの生き方でいかに生きているかを理解できるということ――たとえその生き方がわれわれの生き方とは異なり、たとえそれがわれわれにとっていやな生き方で、われわれが非難するような生き方であったとしても――、その事実はわれわれが時間と空間を超えてコミュニケートできるということを意味しています。

われわれ自身の文化とは大きく違った文化を持つ人々を理解できるという時には、共感による理解、洞察力、感情移入(Einfühlen)――これはヘルダーの発明した言葉です――の能力がいくらかあることを暗に意味しているのです。

このような文化がわれわれの反発をかう者であっても、想像力で感情移入をすることによって、どうして他の文化に属する人々――われわれ似たもの同士(nos semblables)――がその思想を考え、その感情を感じ、その目標を追求し、その行動を行うことができるのかを認識できるのです。」
(アイザイア・バーリン(1909-1997),『ある思想史家の回想』,インタヴュア:R. ジャハンベグロー,第1の対話 バルト地方からテムズ河へ,文化的な差異について,pp.61-62,みすず書房(1993),河合秀和(訳))
(索引:異なる文化の理解,想像力,共感による理解,洞察力,感情移入)

ある思想史家の回想―アイザィア・バーリンとの対話


(出典:wikipedia
アイザイア・バーリン(1909-1997)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「ヴィーコはわれわれに、異質の文化を理解することを教えています。その意味では、彼は中世の思想家とは違っています。ヘルダーはヴィーコよりももっとはっきり、ギリシャ、ローマ、ジュデア、インド、中世ドイツ、スカンディナヴィア、神聖ローマ帝国、フランスを区別しました。人々がそれぞれの生き方でいかに生きているかを理解できるということ――たとえその生き方がわれわれの生き方とは異なり、たとえそれがわれわれにとっていやな生き方で、われわれが非難するような生き方であったとしても――、その事実はわれわれが時間と空間を超えてコミュニケートできるということを意味しています。われわれ自身の文化とは大きく違った文化を持つ人々を理解できるという時には、共感による理解、洞察力、感情移入(Einfühlen)――これはヘルダーの発明した言葉です――の能力がいくらかあることを暗に意味しているのです。このような文化がわれわれの反発をかう者であっても、想像力で感情移入をすることによって、どうして他の文化に属する人々――われわれ似たもの同士(nos semblables)――がその思想を考え、その感情を感じ、その目標を追求し、その行動を行うことができるのかを認識できるのです。」
(アイザイア・バーリン(1909-1997),『ある思想史家の回想』,インタヴュア:R. ジャハンベグロー,第1の対話 バルト地方からテムズ河へ,文化的な差異について,pp.61-62,みすず書房(1993),河合秀和(訳))

アイザイア・バーリン(1909-1997)

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