2020年3月20日金曜日

時間は、観測者や時計や座標系が定義する古典的パラメータであって、系に固有の物理量ではない。(谷村省吾(1967-))

時間とは何か

【時間は、観測者や時計や座標系が定義する古典的パラメータであって、系に固有の物理量ではない。(谷村省吾(1967-))】
 「時間は観測者や時計や座標系が定義するものであって,系に固有の物理量ではない.
 時間が各物理系に属する物理量だと考えると,いろいろ無理が生じる.例えば,1個のミューオンを生成して,しばらく経った後にそのミューオンを見せられたとして,「このミューオンのエネルギーを測れ」と言われれば何らかの測りようがあるが,「このミューオンの生存時間(生まれてからどれだけの時間が経過したか)を測定しろ」と言われても測りようがない.ミューオンの生存時間は,ミューオンを生成した時刻と,ミューオンの崩壊を観測した時刻の差で定義されるものであり,観測者の時計で定義されるものである.時間の経過につれて単調増加あるいは単調減少するような量を一つ一つのミューオンが持っているとは思え ないし,そのようにミューオンに付随する量を実験者が測って時刻を決定しているわけでもない.
 また,複数の同種粒子を異なる時刻に生成したとして,各粒子の生存時間の経過に伴って値が変化する物理量を各粒子が持っていたとしたら,同種粒子を区別できる(新しい粒子と古い粒子を区別できる)ことになってしまう.しかし,現実はそうはなっていない.
 また,もしも時間が演算子で表されたとしても,時間の固有状態とか,時間の重ね合わせ状態といったものが,物理的に何を表しているのかわからない.
 普通に考えれば,時間は観測者に属する古典的パラメータである.時計という標準的な力学系の往復・繰り返し運動によってカウントされ,一般の物理系の運動を記述するために参照されるパラメータが時間である,というのがいまのところ物理学者に定着している時間観であろう.」
「時間とエネルギーの不確定性関係――腑に落ちない関係」谷村省吾 名古屋大学
(索引:時間とは何か)

(出典:名古屋大学
谷村省吾(1967-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「最近(2020年)、時間の哲学と心の哲学の問題に関わることが多くなり、「意識とは何か、物理系に意識を実装できるか」という問題を本格的に考えたいと思うようになった。裏プロジェクトとして意識の科学化を考えている。
 「科学で扱えるものと扱えないとされるもののギャップ」は、心得ておくべきではあるが、ギャップにこそ重要な問題が隠されており、ギャップを埋める・ギャップを乗り越えることによって科学は進歩してきたとも言える。」(中略)
 「物理学におけるギャップの難問として次のようなものがある。マクロ系によるミクロ系の観測に伴う波束の収縮、量子系から古典系の創発、相対論的系から非相対論的系の出現、可逆力学系から不可逆系の出現、意識なきものから意識あるものの出現「いまある感」の起源、などがそのような例であるが、これらは地続きの問題であり、いずれも機が熟すれば科学的に究明されるべき課題だと私は考えている。」(後略)
(研究の裏で私が意識していること 谷村省吾 名古屋大学谷村省吾(1967-)

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