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2018年6月7日木曜日

人君としての災害は、人を信用することから起こる。なぜなら、臣下は愛情からではなく権勢に縛られてやむを得ず仕えており、いつでも隙を狙っている。仮に信用し、依存するなら、どうなるか。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

人を信ずるということ

【人君としての災害は、人を信用することから起こる。なぜなら、臣下は愛情からではなく権勢に縛られてやむを得ず仕えており、いつでも隙を狙っている。仮に信用し、依存するなら、どうなるか。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
 人君としての災害は、人を信用することから起こる。なぜか。
(a) 人を信用すると、その人に事を委任するようになって、このことで制約されることになる。
(b) また、臣下はその主君に対して、肉親の愛情を持っているわけではなく、権勢に縛られてやむを得ず仕えているのである。
(c) しかも、人の臣下というものは、その君の心を探ろうとしてしばらくも休まないでいる。
(d) 一方、君主の方は何もせずに怠けて、臣下の頭の上で威張っているとしたら、どうだろう。君主が脅かされるのは、当然ではないか。
 「人君としての災害は、人を信用することから起こる。人を信用すると〔事を委任するようになって〕その人物に制約されることになる。臣下はその主君に対して肉親の愛情を持っているわけではなく、権勢にしばられてやむをえず仕えているのである。だから、人の臣下というものは、その君の心をさぐろうとしてしばらくも休まないでいるものだが、君主の方は何もせずに怠けて臣下の頭の上で威張っている。それこそ、世間で君主を脅かしたり殺したりする事件が起こる理由である。」(後略)
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』備内 第十七、(第1冊)pp.312-313、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:人を信ずるということ)
(原文:17.備内韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)




(出典:twwiki
韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非(B.C.280頃-B.C.233)
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2018年6月1日金曜日

政治においては、人々の愛情を頼みとするのでなく、人と社会の諸法則を基礎とすること。例えば不正や功績がはっきり見える仕組み、賞罰の仕組み、人々が自ら不正や邪悪を見つける仕組み等。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

社会の諸法則

【政治においては、人々の愛情を頼みとするのでなく、人と社会の諸法則を基礎とすること。例えば不正や功績がはっきり見える仕組み、賞罰の仕組み、人々が自ら不正や邪悪を見つける仕組み等。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
 政治と社会の仕組みは、人と社会を動かしている法則と、その実際の動き方を基礎として作らなければならない。逆に、人々の愛情などの気持ちだけを頼みとしてはいけない。例えば、
(a)もともと人々が、国や他の人のために働かないではおられないような方法を用いる必要があるのであって、人々がその愛情に基づいて国や他の人のために働くようなことを、頼みとはしていない。人々が愛情を頼みとするのは、危険である。
(b)正しく正義にかなった行いをして身の安泰が得られるなら、臣下は力を尽くして主君に仕えるだろうが、それで身の安泰が得られないとなれば、私欲にまかせて不正に走るだろう。だからこそ、利益になる道(賞)と損害になる道(罰)とをはっきり立てる必要がある。
(c)多くの官吏に教え諭して、何かを徹底させることには限界がある。不正と功績が、はっきりと見えるような仕組みと、賞罰の仕組みがなければ、正しい政治を行うことはできない。
(d)自分の目や耳で、すべての事実を見抜こうと思っても、実際に見聞きできることは限られている。そうではなくて、世の中の人々がお互いに自分たちの目と耳で、観察し聞かないではおれないような仕組みを作れば、不正をおかす者や邪悪な者から国を守ることができるだろう。
 「こうしたことから考えてみると、聖人が国を治める場合には、もともと人々がこちらのために働かないではおられないような方法を用いるのであって、人々がその愛情にもとづいてこちらのために働くようなことを頼みとはしていない。人々が愛情にもとづいてこちらのために働くのを頼みとするのは、危険である。こちらのために働かずにおれない方法をこちらで備えてそれを頼みとするのが、安全である。そもそも君臣の間には肉親のような親しみがあるわけではない。正しくまっ直ぐな道を行って、それで身の安泰が得られるなら、臣下は力をつくして主君にお仕えするが、正しくまっ直ぐな道を行って、それで身の安泰が得られないとなれば、臣下は私欲にまかせて上の者にとりいるものだ。名君はそれがわかっている。だからこそ利益になる道(賞)と損害になる道(罰)とをはっきり立てて、それを世界じゅうに示すのである。
 そもそもこうしたわけで、君主は自分の口で多くの官吏に教えたり、自分の目で邪悪な者をさがしたりしなくとも、国はうまく治まるものである。君主は離婁(りろう)のようなよい目を持って、それによってよく見ぬくと言われるのではなく、師曠(しこう)のようなよい耳を持って、それによって耳がさといと言われるのでもない。目については必ずそのきまった法則にまかせず、自分の目で見たものだけでよく見ぬくと言おうとすれば、実際に見えるものはわずかであって、これでは悪い臣下に目をくらまされない方策にはならない。耳についても必ずそのきまった態勢に従わず、自分の耳で聞いたものだけで耳がさといと言おうとすれば、実際に聞こえるものはわずかであって、これでは悪い臣下にだまされない方法とはならない。名君は、世界じゅうの人がこちらの目に代わって観察しないではおれないようにさせ、世界じゅうの人がこちらの耳に代わって聞かないではおれないようにさせる。そこで、その身は奥深い宮殿の中におりながら、四海の内をくまなく見ぬくのであって、しかも世界じゅうがその目をくらますこともできなければ、あざむくこともできない。それはどうしてであろう。君主がくらまされ乱されるような道が除かれて、耳さとく目のよく見える聡明の態勢が作りあげられたからである。だから、うまく態勢にまかせてゆけば国は安泰であるが、その態勢に従うことを知らないでいると国は危険なのである。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』姦劫しい臣 第十四、(第1冊)pp.264-266、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:社会の諸法則)
(原文:14.姦劫しい臣韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



(出典:twwiki
韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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2018年5月27日日曜日

説得方法:(a)否定的な発言はしない、(b)相手の恥はもみ消す、(c)直接評価は控える、(d)全てを相手の手柄にする、(e)私的な欲望を暴かない、(f)進言は立派な大義名分を立て、利害は軽く添える。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

説得方法

【説得方法:(a)否定的な発言はしない、(b)相手の恥はもみ消す、(c)直接評価は控える、(d)全てを相手の手柄にする、(e)私的な欲望を暴かない、(f)進言は立派な大義名分を立て、利害は軽く添える。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
 君主の意向に逆らうところがなく、説く者の言葉づかいも相手の心に抵抗するところがなくなって始めて、知恵と弁舌を思いのままにふるうことができる。これこそ、君主と親しい関係になって、もはや疑われることがなく、言いたいことを存分に言えるための方法である。
(a)相手が自らを肯定的に評価しているとき、否定的な発言はしてはならない。
 ・相手が自分の力を自慢にしているとき、その困難なところを取りあげて水を差さない。
 ・自分の決断を自分で勇敢だと思っているとき、その過失を言いたてて怒らせたりしない。
 ・自分の計画を自分で賢明だと思っているとき、その欠点をあげて窮地に追いこんだりしない。
(b)相手が恥ずかしいと思っていることは、もみ消してやる。
 ・相手が心のなかで卑下しながら、それをやめられないという場合、そのまま美点を飾りたて、それをやめたところで別に大したことでもないとする。
 ・相手が心のなかであこがれながら、実際にはそれを行えないでいる場合、その欠点をあげてだめなことを明らかにし、それを行わないのを誉めあげる。
(c)君主の行為に対して、直接発言することは控えること。
 ・君主の行動を誉めたいときは、君主と同じ行動をした別人を誉める。
 ・君主の事業を正したいときは、君主と同じ計画の別の事業を正す。
 ・君主と同じ欠点を持つ者に関して、それが別に害にならないとして、大いに飾りたてる。
 ・君主と同じ失敗をした者に関して、それが別に落ち度にはならないとして、はっきり飾りたてる。
(d)仮に、自分の意見を採用させる場合にも、それを君主に気づかれてはならない。
 ・相手が事を起こして自分の知恵を自慢したいと思っている場合、別の類似した事を取り上げて十分な下地を作ってやり、自分の説を採らせながら、知らぬふりをして相手の知識を助けてやる。
(e)仮に、君主に私的な強い欲望があるような場合にも、それを暴いてはならない。
 ・公けの正義にかなっているとしてその実行を勧める。
(f)君主に、自分の意見を進言するには、立派な大義名分を掲げ、君主の個人的な利害を暗示する。
 ・外国との共存の意見を進めたいと思うとき、立派な大義名分をかかげて説明したうえで、それが君主自身の個人的な利益にもかなっていることを、それとなく示す。
 ・国家に危害が及ぶ事件を陳述したいと思うとき、それが当然の非難を受けることを明らかにしたうえで、また君主自身の個人的な害にもなることを、それとなく示す。
 「およそ君主に説くうえで心がけるべきことは、説得しようとする相手が誇りとしていることを飾りたて、恥ずかしいと思っていることをもみ消してやるのを、わきまえることである。相手に私的な強い欲望があれば、必ず公けの正義にかなっているとしてその実行を勧めるのがよい。相手が心のなかで卑下しながら、それをやめられないという場合には、説く者はそのまま美点を飾りたて、それをやめたところで別に大したことでもないとすることだ。相手が心のなかであこがれながら、実際にはそれを行えないでいる場合には、説く者はそのためにその欠点をあげてだめなことを明らかにし、それを行わないのを誉めあげることだ。相手が〔事を起こして〕自分の知恵を自慢したいと思っている場合には、そのために別の類似した事をとりあげてじゅうぶんな下地を作ってやり、こちらの説を採らせながら、知らぬふりをして相手の知識を助けてやることだ。
 説く者が外国との共存の意見を進めたいと思うときは、必ず立派な大義名分をかかげて説明したうえで、それが君主自身の個人的な利益にもかなっていることを、それとなく示すのがよい。また国家に危害が及ぶ事件を陳述したいと思うときは、それが当然の非難を受けることを明らかにしたうえで、また君主自身の個人的な害にもなることを、それとなく示すのがよい。〔君主の行動を誉めたいときは、〕君主と同じ行動をした別人を誉めることだ。〔君主の事業を正したいときは、〕君主と同じ計画の別の事業を正すことだ。君主と同じ欠点を持つものがいたなら、必ずそれが別に害にならないということを大いに飾りたててやることだ。君主と同じ失敗をしたものがいたなら、必ずそれが別に落ち度にはならないということをはっきり飾りたててやることだ。説得しようとする相手が自分の力を自慢にしているときは、その困難なところを取りあげて水をさしたりしてはならない。自分の決断を自分で勇敢だと思っているときは、その過失を言いたてて怒らせたりしてはならない。自分の計画を自分で賢明だと思っているときは、その欠点をあげて窮地に追いこんだりしてはならない。説くことの大意は相手の君主の意向に逆らうところがなく、説く者の言葉づかいも相手の心に抵抗するところがなくなって、そうして始めて知恵と弁舌を思いのままにふるうのだ。これこそ、君主と親しい関係になってもはや疑われることがなく、言いたいことを存分に言えるための方法である。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』説難 第十二、(第1冊)pp.236-238、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:説得方法)
(原文:12.説難韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



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韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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2018年5月26日土曜日

およそ説くことの難しさは、説得しようとする相手の心を読みとって、こちらの説をそれに合わせることができるかというところにある。さて、内心では大きな利益を求めつつ表向きは高い名誉を求める相手には、どのように説得すれば良いか。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

説得の難しさ

【およそ説くことの難しさは、説得しようとする相手の心を読みとって、こちらの説をそれに合わせることができるかというところにある。さて、内心では大きな利益を求めつつ表向きは高い名誉を求める相手には、どのように説得すれば良いか。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
 およそ説くことの難しさは、説得しようとする相手の心を読みとって、こちらの説をそれに合わせることができるかというところにある。
(1) 説得しようとする相手が高い名誉を求める心でいたとしよう。
 その相手に大きな利益を得る話をしたなら、相手はこちらのことを下品なやつで自分を俗物扱いにしていると考え、きっと見すてて遠ざけることであろう。
(2) 説得しようとする相手が大きな利益を求める心でいたとしよう。
 その相手に高い名誉を得る話をしたなら、相手はこちらのことを考えが足りなくて現実に疎いと見なし、きっと採用しないであろう。
(3) 説得しようとする相手が、内心では大きな利益を求めながら、表向きは高い名誉を求めるふりをしているとしよう。
 (3.1) その相手に高い名誉を得る話をしたなら、相手はうわべではこちらを受け容れながら、実際は遠ざけるだろう。
 (3.2) もし相手に大きな利益を得る話をしたなら、相手は陰ではこっそりこちらの話を採用しながら、表向きはこちらの身を見すてるだろう。
 「およそ説くことの難しさは、説得しようとする相手の心を読みとって、こちらの説をそれに合わせることができるかというところにある。説得しようとする相手が高い名誉を求める心でいたとしよう。それなのに、その相手に大きな利益を得る話をしたなら、〔相手はこちらのことを〕下品なやつで自分を俗物扱いにしていると考え、きっと見すてて遠ざけることであろう。〔反対に〕説得しようとする相手が大きな利益を求める心でいたとしよう。それなのに、その相手に高い名誉を得る話をしたなら、〔相手はこちらのことを〕考えが足りなくて現実に疎いと見なし、きっと採用しないであろう。説得しようとする相手が、内心では大きな利益を求めながら、表向きは高い名誉を求めるふりをしているとしよう。それなのに、その相手に高い名誉を得る話をしたなら、〔相手は〕うわべではこちらを受け容れながら、実際は遠ざけるだろう。もし相手に大きな利益を得る話をしたなら、〔相手は〕陰ではこっそりこちらの話を採用しながら、表向きはこちらの身を見すてるだろう。これはよくよく考えなければならないことである。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』説難 第十二、(第1冊)pp.230-231、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:説得の難しさ)
(原文:12.説難韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



(出典:twwiki
韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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2018年4月24日火曜日

政治腐敗の8原因:(1)夫人・愛妾・愛人、(2)権力にすり寄る俳優・道化者、近習、(3)権力者の親戚筋、爵位や俸禄に誘惑された重臣・内官、(4)重税、欲望・浪費の権力者(5)財貨のばらまきによる民衆の機嫌取り、(6)誰かの私益のために巧妙に飾りたてた言葉で嘘をたれ流す雄弁家、(7)恐怖で私欲を遂げるテロリスト、(8)外国の威勢を利用し、権力に影響を及ぼし国益を害する者。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

政治腐敗の8原因

【政治腐敗の8原因:(1)夫人・愛妾・愛人、(2)権力にすり寄る俳優・道化者、近習、(3)権力者の親戚筋、爵位や俸禄に誘惑された重臣・内官、(4)重税、欲望・浪費の権力者(5)財貨のばらまきによる民衆の機嫌取り、(6)誰かの私益のために巧妙に飾りたてた言葉で嘘をたれ流す雄弁家、(7)恐怖で私欲を遂げるテロリスト、(8)外国の威勢を利用し、権力に影響を及ぼし国益を害する者。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
(1) 夫人・愛妾・お気に入りの美女に黄金宝玉を贈りとどけて、主君の心を惑わすようにさせる。
(2) 君主のお側近くにいるもの、俳優や侏儒のような滑稽な道化者、君主の身のまわりの近習に、秘かに黄金宝玉や愛玩物を贈りとどけ、また、外では彼らのために不法なこともしてやって、主君の心が変わるようにさせる。彼らは、主君の意向を先取りしてその意図をうけつぎ、主君の容貌からその心を予測する。
(3) 君主の親戚、兄弟など君主が親愛する人々に歌舞や美女を贈りとどけ、また、君主がともに事を画策する重臣や宮廷の内官には甘い言葉で取り入り、爵位や俸禄を重くして彼らの心をはげまし、君主に約束どおりのことを進言させる。
(4) 人民からは重税を取り立てて労力を使い果たし、政治とは関係のない主君の壮麗な宮殿や庭園造りなどにお金を使い、主君を喜ばせてその心を乱し、主君の欲望を広げさせて、一方で私利をはかる。
(5) 公けの財貨をばらまいて人民たちを悦ばせ、私恩を施して民衆をなつける。それによって主君と民衆の間を閉じてしまって、自分の望みをとげる。
(6) 諸国の雄弁家を探したり、国内のうまい話し手を養ったりして、彼らにおのれの利益になることを話させ、巧妙に飾りたてた言葉や流暢な弁舌を振るわせて、利のある形勢を見せ、害になる心配ごとで脅しつけ、嘘っぱちを並べたててその主君をだめにしてしまう。
(7) 刀剣を帯びた侠客を集め、命知らずの武士を養って、おのれの威勢を輝かせ、自分のために働く者は必ず利益があり、自分のために働かない者は必ず殺されるということを世間に知らせ、それによって群臣や万民を恐れさせて、自分の私欲を遂げてゆく。
(8) 重税を取り立てながら国力を使い果たし、大国に貢いでお仕えし、その大国の威勢を利用して主君を思いどおりにあやつろうと望む。大国の使者をたびたび引き入れて、その主君に脅しをかける。
 「すべて、人臣が君主に対して悪事をはたらく手段としては、八つの方法がある。第一は同床、〔すなわち君主と添い寝をするものを利用することである。〕何を同床というのか。身分の高い夫人・愛妾・お気にいりの美女のことであって、これは君主が心を惑わされるものである。くつろいだ寝室の楽しみにことよせ、飲み食いに満ちたりたときにつけこんで、自分の欲しいものをねだるのは、これは必ず聞きいれられる方法である。そこで人臣たる者、ひそかにこれらの人に黄金宝玉を贈りとどけて、主君の心を惑わすようにさせる、これが同床というものである。第二は在傍、〔すなわち君主のお側近くにいるものを利用することである。〕何を在傍というのか。俳優や侏儒のような滑稽な道化者、君主の身のまわりの近習のことであって、彼らは主君が命令も出さないうちから「はい、はい」と答え、使役もしていないうちから「へい、へい」と従い、主君の意向を先取りしてその意図をうけつぎ、主君の容貌を見てとってその心を予測するものである。彼らはみな歩調をあわせて進退し、口をあわせて応答し、言葉づかいを一つにし、行動の規準を同じにして、それによって主君の心を動かすものである。そこで人臣たる者、ひそかにこれらの人に黄金宝玉や愛玩物を贈りとどけ、外では彼らのために不法なこともしてやって、主君の心が変わるようにさせる、これが在傍というものである。
 第三は父兄、〔すなわち君主のおじたちや兄弟すじを利用することである。〕何を父兄というのか。傍系のおじや公子たちのことであって、君主が親愛する人々である。また重臣や宮廷の内官のことであって、君主がともに事を画策する人々である。彼らがみな極力議論を尽くしたなら、君主は必ずそれを聞きいれるものである。そこで人臣たるもの、公子やおじたちに歌舞や美女を贈りとどけ、重臣や内官に甘いことばでとりいり、約束どおり君主に進言させて、それが成功すると爵位や俸禄を重くして彼らの心をはげまし、主君の地位を侵害させる、これが父兄というものである。第四は養殃、〔すなわち君主の災いを助長することである。〕何を養殃というのか。君主が宮殿や庭園を壮麗に造ることを楽しみ、美女や犬馬を美しく飾りたてることを好んで、それによって自分の心の喜びとするのは、これは君主にとっての災いである。そこで人臣たる者、人民の労力を使いはたして主君の宮殿や庭園をりっぱに造りあげ、重税をとりたてて美女や犬馬を美しく飾りたて、それによって主君を喜ばせてその心を乱し、主君の欲望をひろげさせて、その間で私利をはかる、これが養殃――災いを養う――というものである。第五は民萌、〔すなわち民衆の機嫌とりをすることである。〕何を民萌というのか。人臣たる者が公けの財貨をばらまいて人民たちを悦ばせ、いささかの私恩を施して民衆をなつけ、朝廷から町なかまですべての人々に自分をほめあげさせて、それによって主君と民衆の間を閉じてしまって、自分の望みをとげる、これが民萌というものである。
 第六は流行、〔すなわち流れるような弁舌を利用することである。〕何を流行というのか。君主というものは、もともと臣下との自由な談話をとめられていて、人の議論を聞く機会も少ないから、弁舌によって動かされやすいものである。そこで人臣たる者は、諸国の雄弁家をさがしたり、国内のうまい話し手を養ったりして、彼らにおのれの利益になることを話させ、巧妙に飾りたてた言葉や流暢な弁舌を振るわせて、利のある形勢を見せ、害になる心配ごとで脅しつけ、嘘っぱちを並べたててその主君をだめにしてしまう。これが流行というものである。第七は威強、〔すなわち威勢の力を利用することである。〕何を威強というのか。人君というものは、群臣や万民に頼って威勢の力を立てるものである。群臣や万民が善いとすることは君主も善いとし、群臣や万民が善いとすることでなければ、君主も善いとはしない。そこで人臣たる者は、刀剣を帯びた侠客を集め、命知らずの武士を養って、おのれの威勢を輝かせ、自分のために働く者は必ず利益があり、自分のために働かない者は必ず殺されるということを世間に知らせ、それによって群臣や万民を恐れさせて、自分の私欲を遂げてゆく。これが威強というものである。第八は四方、〔すなわち外国の力を利用することである。〕何を四方というのか。人君というものは、この国が小さければ大国に仕え、軍隊が弱ければ強い軍隊を恐れるもので、大国が要求することは小国では必ず聞き従い、強い軍隊の圧迫には弱い軍隊は必ず屈服する。そこで人臣たる者、重税をとりたてながら、お上の倉をからにし、国力を使いはたして大国に貢いでお仕えし、その大国の威勢を利用して主君を思いどおりにあやつろうと望む。はなはだしい場合は、自分で軍を起こして辺境に集め、それによって国内を制覇するが、それほどでない場合でも、大国の使者をたびたびひき入れて、その主君におどしをかけ、ふるえあがらせる。これが四方というものである。
 すべて以上の八つのことは、人臣が君主に対して悪事をはたらく手段であり、世の君主が情報を閉ざされ脅迫されて、その所有物を失うに至る理由である。よくよく考えなければならないことだ。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』八姦 第九、(第1冊)pp.144-147,149-150、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:政治腐敗の8原因)
(原文:9.八姦韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



(出典:twwiki
韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers) 「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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2018年4月22日日曜日

人の君主というものは、刑と徳とによって臣下を制御するものである。賞罰権を手放してはならない。また注意すべきは、言うことが小さいのに実際の業績は大きいという者も罰する必要があるということだ。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

賞罰権

【人の君主というものは、刑と徳とによって臣下を制御するものである。賞罰権を手放してはならない。また注意すべきは、言うことが小さいのに実際の業績は大きいという者も罰する必要があるということだ。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
1.5 臣下の知恵・才能を最大限発揮させる
 知恵者たちにその知恵を出しつくさせたうえで、君としてそれをふまえて物事を裁断する。賢者たちにその才能を発揮させたうえで、君としてそれをふまえて仕事をまかせてゆく。群臣にその武勇のありたけをつくさせ、苦労なことをひき受けさせ、主君は仕事の成果をわが物とする。こうすれば、功績があがれば君主が優秀だからだとし、過失があれば臣下の責任だとし、自分の名誉を守ることもできる。
1.6 臣下の意見と仕事の実績を査定し賞罰を与える
 人の君主というものは、刑と徳とによって臣下を制御するものである。賞罰権を手放してはならない。
1.6.1 意見のある者には自分から進んで言論を述べさせる。
1.6.2 君主はその意見によってそれに見あう仕事を与え、その仕事によってそれに応じた実績を要求する。
1.6.3 実績がその仕事にかなっており、仕事の内容がさきの意見どおりであれば賞を与えるが、実績がその仕事に相応せず、仕事の内容がさきの意見と違っておれば罰を与える。名君の道としては、臣下が意見を述べながら、その仕事がそれに相応しないということは、許されない。
1.6.3.1 言うことは大きいくせに実際の業績は小さいという者は処罰するが、これは業績があがらないことを罰するのではない。実際の実績が進言したことばと一致しないことを罰するのである。
1.6.3.2 言うことが小さいのに実際の業績は大きいという者もまた罰するが、これは大きな業績を歓迎しないというわけではない。進言したことばと実際の業績とが一致しないというその害の方が、大きな業績があがったことよりも重大だと考えるから、そこで罰するのである。
1.6.3.2.1 害悪その1:意見によってそれに見あう仕事を与える際に、もし臣下の言うことが小さすぎるならば、知恵者たちにその知恵を出しつくさせて、最適な判断を下すことができなくなる。
1.6.3.2.2 害悪その2:もし大きい業績を無条件に賞賛すれば、自分の職務をこえる者も出てくるだろう。これは決して許されることではなく、職分をこえれば死刑にされてもおかしくはない。
1.6.3.2.3 害悪その3:もし大きい業績を無条件に賞賛すれば、群臣たちは私的な党派を組んで助けあうというようなこともでてくるだろう。
 「そもそも、虎が犬に勝てるわけは、虎に爪と牙があるためである。もし虎からその爪と牙とを取り去って、犬の方にそれを使わせたなら、虎はかえって犬に負かされるであろう。人の君主というものは、刑と徳とによって臣下を制御するものである。ところが、もし人の上に立つ君主が、その刑と徳との二つの柄を捨て去って臣下にそれを勝手に使わせたなら、君主はかえって臣下に制御されることになるであろう。」(中略)
 「君主が臣下の悪事を止めたいと思えば、臣下の実績と名目とをつきあわせてよく調べよ、というのは、その進言したことばと実際に行った仕事とのことである。人の臣たる者がその意見を述べると、君主はその意見によってそれに見あう仕事を与え、専らその仕事についてそれに応じた実績を要求する。そして、実績がその仕事にかなっており、仕事の内容がさきに述べた意見どおりであれば賞を与えるが、実績がその仕事に相応せず、仕事の内容がさきの意見どおりでなければ罰を与える。だから、群臣のなかで、言うことは大きいくせに実際の業績は小さいという者は処罰するが、これは業績があがらないことを罰するのではない。実際の実績が進言したことばと一致しないことを罰するのである。群臣のなかで、言うことが小さいのに実際の業績は大きいという者もまた罰するが、これは大きな業績を歓迎しないというわけではない。進言したことばと実際の業績とが一致しないというその害の方が、大きな業績があがったことよりも重大だと考えるから、そこで罰するのである。」(中略)「だから、賢明な君主が臣下を養うばあいには、臣下は自分の職務をこえて業績をあげることは許されず、意見を進言してそれが実際の仕事に一致しないということも許されない。職分をこえれば死刑にされ、ことばと仕事が一致しなければ罪になる。それぞれの官職ごとに職分が守られ、進言したことがぴったり行われるということなら、群臣たちは私的な党派を組んで助けあうということもできないのである。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』二柄 第七、(第1冊)p.114,117-118、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:賞罰権、刑、徳)
(原文:7.二柄韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:twwiki
「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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2018年4月21日土曜日

君主の心得:自分の目的をしっかり守る、賞罰権を慎重に保持する、自分の知恵・才能に頼らない、自分の望み・考え・行動を秘匿する、臣下の知恵・才能を最大限発揮させる、臣下の意見と仕事の実績を査定し賞罰を与える。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

君主の心得

【君主の心得:自分の目的をしっかり守る、賞罰権を慎重に保持する、自分の知恵・才能に頼らない、自分の望み・考え・行動を秘匿する、臣下の知恵・才能を最大限発揮させる、臣下の意見と仕事の実績を査定し賞罰を与える。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
(1) 自分の目的とするところをしっかり守って、臣下の言動と実績を考えあわせ、君主としての賞罰権を慎重にわが手に持ってそれを固く握りしめ、臣下の野望、陰謀、邪心を起こさせないようにする。
(2) あなたに知恵があっても、それによって思慮をめぐらしたりはせず、すぐれた才能を備えていても、それによって自分で仕事をしたりはせず、勇気があっても、それによって自分で奮いたったりはしない。
(3) 君主が自分の行ったことを秘密にし、自分の心の端を見せないようにしたなら、臣下は君主の実情をはかりかねるだろう。
(3.1) 自分の望むことを外に出してはいけない。それを人に知らせると、臣下はきっとそれに合わせて自分を飾りたてるだろう。
(3.2) 自分の意向を外に出してはいけない。それを人に知らせると、臣下はきっとそれに合わせて自分の特技を見せびらかすだろう。
(3.3) こうして初めて、臣下の方ではありのままの生地をあらわす。
(4) 知恵者たちにその知恵を出しつくさせたうえで、君としてそれをふまえて物事を裁断する。賢者たちにその才能を発揮させたうえで、君としてそれをふまえて仕事をまかせてゆく。群臣にその武勇のありたけをつくさせ、苦労なことをひき受けさせ、主君は仕事の成果をわが物とする。こうすれば、功績があがれば君主が優秀だからだとし、過失があれば臣下の責任だとし、自分の名誉を守ることもできる。
(4.1) 意見のある者には自分から進んで言論を述べさせる。
(4.2) 君主はその意見によってそれに見あう仕事を与え、その仕事によってそれに応じた実績を要求する。
(4.3) 実績がその仕事にかなっており、仕事の内容がさきの意見どおりであれば賞を与えるが、実績がその仕事に相応せず、仕事の内容がさきの意見と違っておれば罰を与える。名君の道としては、臣下が意見を述べながら、その仕事がそれに相応しないということは、許されない。
「虚心であるから周囲の本当の情況がわかり、静かであるから周囲の行動の中心となるのである。意見のある者は自分から進んで言論をのべ、仕事をしようとする者も自分から進んで実績をあらわすようになるから、そこでその実績と言論とをつきあわせて一致するかどうかを調べることにすれば、君主自身は格別なことをしないでいて、その実情にまかせていけるのである。そこで、「君主は自分の望むことを外に出してはいけない。君主が自分の望むことを人に知らせると、臣下はきっとそれに合わせて自分を飾りたてるだろう。君主は自分の意向を外に出してはいけない。君主が自分の意向を人に知らせると、臣下はきっとそれに合わせて自分の特技を見せびらかすだろう」と言われる。だから、「君主が好き嫌いを外に出さないでいると、臣下の方ではありのままの生地をあらわし、君主が知恵の働きを外に出さないでいると、臣下の方では自分で慎重にふるまうことになる」とも言われる。そこで、名君は知恵があっても、それによって思慮をめぐらしたりはせず、万物がそれぞれのあり方をわきまえて落ちつくようにする。すぐれた才能を備えていても、それによって自分で仕事をしたりはせず、臣下に仕事をさせてその拠り所を観察する。勇気があっても、それによって自分で奮いたったりはせず、群臣にその武勇のありたけをつくさせる。それゆえ、名君は知恵を捨て去ることによってかえって明知を得、すぐれた才能を捨て去ることによってかえって功績があがり、勇気を捨て去ることによってかえって強さが得られるのである。」(中略)
「名君のやり方は、知恵者たちにその知恵を出しつくさせたうえで、君としてそれをふまえて物事を裁断するから、君として知恵にゆきづまることがない。また賢者たちにその才能を発揮させたうえで、君としてそれをふまえて仕事をまかせてゆくから、君として才能にゆきづまることがない。そして、功績があがれば君主が優秀だからだとし、過失があれば臣下の責任だとするから、君として名誉にゆきづまることがない。こうしたわけで、君主は賢者でなくても賢者たちの先生となり、知者でなくても知者たちの中心となるのである。臣下は苦労なことをひき受け、主君は仕事の成果をわが物とする、これをすぐれた君主の常法というのである。」(中略)
「君主が自分の行ったことを秘密にし、自分の心の端を見せないようにしたなら、臣下は君主の実情をはかりかねるだろう。君主が自分の知恵を棄て去り、自分の才能を無くして働かさないようにしたなら、臣下は君主の実情を推測しかねるだろう。自分の目的とするところをしっかり守って、臣下の言動と実績を考えあわせ、君主としての賞罰権を慎重にわが手に持ってそれを固く握りしめ、臣下の野望を断ちきり、臣下の陰謀をうちくだいて、君主の地位を望むような邪心を起こさせないようにするのだ。」(中略)
「だから、群臣がそれぞれの意見を述べると、君主はその意見によってそれに見あう仕事を与え、その仕事によってそれに応じた実績を要求する。実績がその仕事にかなっており、仕事の内容がさきの意見どおりであれば賞を与えるが、実績がその仕事に相応せず、仕事の内容がさきの意見と違っておれば罰を与える。名君の道としては、臣下が意見を述べながら、その仕事がそれに相応しないということは、許されない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』主道 第五、(第1冊)pp.80-81,84,88-89、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:)
(原文:5.主道韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:twwiki
「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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2018年4月20日金曜日

あなたの意見が合理的で正しく、またあなたが、いかに誠実善良な人であったとしても、相手を説得するのは難しいということを覚えておくこと。相手が、よほどの聖人・賢者でもなければ、あなたの意見は悪口や非難だと見なされてしまうだろう。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))

説得の困難さ

【あなたの意見が合理的で正しく、またあなたが、いかに誠実善良な人であったとしても、相手を説得するのは難しいということを覚えておくこと。相手が、よほどの聖人・賢者でもなければ、あなたの意見は悪口や非難だと見なされてしまうだろう。(韓非(B.C.280頃-B.C.233))】
 あなたが、いかに仁徳のある賢者で、また誠実善良な人であったとしても、また、あなたの意見が、筋道がたっていて正しいとしても、あなたが説得の相手に信用されており、また相手が賢者でない限りは、相手を説得するのは難しいだろう。説得の相手が力のある者の場合、あなたには禍いや災難がふりかかってくるだろう。過去、多くの聖人・賢者が、道に外れた暗愚な君主によって辱めを受けたり命を落としたりしてきた。
 なぜなのか。すばらしい最高の言葉であっても、愚かな者には、耳に逆らい心にそむくものに聞こえ、その人に対する悪口や非難だと見なされてしまうからだ。このような言葉は、聖人・賢者でなければなかなか聞きいれることができないものなのだ。
 相手の好みに合わせて美辞麗句で説得すれば「うわべの華やかさだけで実がない」、逆に、まじめ一方で慎み深く、手堅くて落ち度のないように説得すると「話し方が拙くて筋が通っていない」。喩えをあげ、例を引き雄弁に説得し過ぎると「内容がなくて無益」、逆に、飾り気なく要点を簡略に述べると「暗愚で弁が立たない」。激しく迫った調子で説得すると「僭越で無遠慮」、大きく話をひろげて説得をすると「おおげさで派手なだけで無益」、逆に、日常生活の細かいことで計算ずくの話をすると「下品」。世俗にあわせて無難な話をしていると「生命大事にとお上にへつらっている」、逆に、変わったことで世間の目を引こうとすると「でたらめだ」。機敏で口達者に、飾りたてて説得すると「ただの文章家」、逆に、生地のまごころで話をすると「下賤」、古い歴史を規準にしたりすると「暗記のくりかえし」。
「私め韓非は、申しあげることをためらってしぶっているわけではありませんが、申しあげるのがはばかられる理由は、こういうことです。ものの言い方を、殿さまの好みに合わせて美しくなめらかにし、のびのびと広がってつづいていくようにすると、殿さまからはうわべの華やかさだけで実がないと思われるでしょう。まじめ一方で慎み深く、手堅くて落ち度のないようにすると、殿さまからは話し方が拙くて筋が通っていないと思われるでしょう。そこで雄弁になってしゃべりたて、喩えをあげて例を引くようにすると、殿さまからは内容がなくて無益だと思われるでしょう。要点をまとめてあらましを説き、まっ直ぐ簡略に述べて飾り気がないと、殿さまからは暗愚で弁が立たないと思われるでしょう。激しく迫った調子で人の腹をさぐるようなことをすると、殿さまからは僭越で無遠慮だと思われるでしょう。広々と大きく話をひろげて、はかり知れないほど高遠にすると、殿さまからはおおげさで派手なだけで無益だと思われるでしょう。そこで、日常生活のこまかいことで計算ずくの話をしたりすると、殿さまからは下品だと思われるでしょう。世俗にあわせてことばで人に逆らわない話をしていると、殿さまからは生命大事にとお上にへつらっていると思われるでしょう。そこで俗な話はやめて、変わったことで世間の目を引こうとすると、殿さまからはでたらめだと思われるでしょう。機敏で口達者に、飾りたてたことばをたくさん使うと、殿さまからはただの文章家と思われるでしょう。そこで、文章学問をきっぱり棄て去って、生地のまごころで話をすると、殿さまからは下賤だと思われるでしょう。『詩経』や『書経』を時どき取りあげ、古い歴史を規準にしたりすると、殿さまからはまる暗記のくりかえしと思われるでしょう。以上が、この私め韓非が殿さまに事を申しあげるのをはばかって、深く心を傷めている理由なのです。」
「そこで、規準にかなって正しいからといって、申しあげたことが必ず受けいれられるとは限りません。筋道がたって完璧だからといって、申しあげたことが必ず用いられるとは限りません。大王がもし前に述べたようなことで信用してくださらないとなると、軽くても悪口か非難だと見なされ、重い場合は禍いや災難がふりかかって、死罪で命を失うことにもなりましょう。」(中略)
「以上の十数人の人々は、みな世間の認める仁徳の賢者で誠実善良な人であり、道術を身につけた士人ばかりです。ところが、不幸なことには道に外れた暗愚な君主に出あって命を落としました。してみると、たとえ聖人・賢者であっても、殺されたり辱めを受けたりすることを避けられないというのは、どうしてでしょうか。つまりは、愚かな者には説得するのが難しいからです。そこで、君子は申しあげるのをためらうのです。それに、すばらしい最高の言葉というものは、耳に逆らい心にそむくものですから、聖人・賢者でなければなかなか聞きいれることができません。大王さま、どうかここのところをよくよくお考えください。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』難言 第三、(第1冊)pp.64-65,67,71、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(索引:説得の困難さ)
(原文:3.難言韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)



韓非(B.C.280頃-B.C.233)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:twwiki
「国を安泰にする方策として七つのことがあり、国を危険にするやり方として六つのことがある。
安泰にする方策。第一は、賞罰は必ず事の是非に従って行うこと、第二は、禍福は必ず事の善悪に従ってくだすこと、第三は、殺すも生かすも法のきまりどおりに行うこと、第四は、優秀か否かの判別はするが、愛憎による差別はしないこと、第五は、愚か者と知恵者との判別はするが、謗ったり誉めたりはしないこと、第六は、客観的な規準で事を考え、かってな推量はしないこと、第七は、信義が行われて、だましあいのないこと、以上である。
 危険にするやり方。第一は、規則があるのにそのなかでかってな裁量をすること、第二は、法規をはみ出してその外でかってな裁断をくだすこと、第三は、人が受けた損害を自分の利益とすること、第四は、人が受けた禍いを自分の楽しみとすること、第五は、人が安楽にしているのを怯かして危うくすること、第六は、愛すべき者に親しまず、憎むべき者を遠ざけないこと、以上である。こんなことをしていると、人々には人生の楽しさがわからなくなり、死ぬことがなぜいやなのかもわからなくなってしまう。人々が人生を楽しいと思わなくなれば、君主は尊重されないし、死ぬことをいやがらなくなれば、お上の命令は行われない。」
(韓非(B.C.280頃-B.C.233)『韓非子』安危 第二十五、(第2冊)pp.184-185、岩波文庫(1994)、金谷治(訳))
(原文:25.安危韓非子法家先秦兩漢中國哲學書電子化計劃

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