ミエリン形成グリアの役割
【2つの信号を同時に合流させるか否かを制御するために、ミエリン形成グリアは軸索ケーブルの伝導速度を調整する。これは遺伝特性だけでは実現できず、多様で多くの経験を必要とする。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))】(1)2つの信号が1つのニューロンに同時に到達させるかどうかの制御
(a)軸索の伝導速度を制御することによって、ミエリン形成グリアは、二本の軸索を伝わるインパルスが、一個のニューロンのもとへ同時に合流するかどうかを決定できる。
(b)「同時に発火するニューロンは、一緒に配線される」という法則が求めるとおりに、確実に入力を同時到着させるためには、インパルスの伝導速度を、長い軸索では増大させ、短い軸索では低下させる必要がある。
(2)軸索を通過するインパルスの到着時間に影響する要因
(a)胎児脳の発達期に伸び出した成長円錐のたどった個別の経路
(b)軸索の直径
(c)軸索の全長
(d)ランヴィエ絞輪を作るミエリン形成グリアの数
(e)ミエリン鞘の厚さ
(f)神経インパルスを発生させるイオンチャネルの種類と数
(3)機能的な経験を通じた制御
遺伝的特性だけで、最適な伝導速度の配線が行えるとは思えない。軸索ケーブルの伝導速度をそれぞれの脳回路の必要条件に適合させるためには、機能的な経験によって、何らかの調節がなされている可能性のほうが高いだろう。
「軸索の伝導速度を制御することによって、ミエリン形成グリアは、二本の軸索を伝わるインパルスが、一個のニューロンのもとへ同時に合流するかどうかを決定できる。入力する二本の軸索からのインパルスが同時に到着すれば、それらが樹状突起に発生させるシナプス電位は加算され、より大きな応答を引き起こす。しかし、到着のタイミングがわずかにずれれば、それぞれの入力によって発生するシナプス電位は加算されない。これはちょうど、二人で協力して、轍にはまった自動車を押し出そうとするようなものだ。二人は正確にタイミングを合わせて押さなければならない。インパルスが樹状突起に同時に到着しなかった場合、同時に到着していたら生じただろう大きさのわずか半分の二つの小さな電位変化が、連続して発生することになる。それぞれの電位パルスの大きさが不十分で、シナプス後ニューロンにどんな応答も誘発できない可能性もある。
重要な神経回路への入力も、長さの異なる軸索を通して送られれば、同時に到着できないだろう。しかも、軸索の長さは異なっているのが普通だ。そこで、「同時に発火するニューロンは、一緒に配線される」という法則が求めるとおりに、確実に入力を同時到着させるためには、インパルスの伝導速度を、長い軸索では増大させ、短い軸索では低下させる必要がある。
ひとつのシナプスが引き起こす電位変化は、きわめて短い――わずか数ミリ秒だ。そのため、インパルス到着のタイミングには、非常に高度な正確性が求められる。脳の発達期に、脳内のあらゆる軸索において、遺伝子の指示だけを頼りに、軸索を通過するインパルス伝導の最適な速度が確定される可能性はあるだろうか? あるいは、回路のパフォーマンスを最適化するために、伝導速度が機能的な経験に従って調節されている可能性はどうだろう? 相当に離れたニューロン(たとえば、二つの大脳半球を連結する脳梁で隔てられたニューロン)間における伝導の遅延に影響するあらゆる要因を勘案すると、遺伝的特性だけでそれらすべての変数を説明できるとは考えにくい。軸索を通過するインパルスの到着時間に影響する要因は、胎児脳の発達期に伸び出した成長円錐のたどった個別の経路、軸索の直径、軸索の全長にランヴィエ絞輪を作るミエリン形成グリアの数、ミエリン鞘の厚さ、神経インパルスを発生させるイオンチャネルの種類と数をはじめ、数多い。軸索ケーブルの伝導速度をそれぞれの脳回路の必要条件に適合させるためには、機能的な経験によって、何らかの調節がなされている可能性のほうが高いだろう。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.501-502,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:ミエリン形成グリア)
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(出典:R. Douglas Fields Home Page)
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(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)
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