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2018年9月3日月曜日

身体と外界のすべてを反映している意識されない「原自己」、対象と原自己の変化を知り、自伝的記憶を意識化する「中核自己」、自伝的記憶の担い手である「自伝的自己」。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

原自己、中核自己、自伝的自己

【身体と外界のすべてを反映している意識されない「原自己」、対象と原自己の変化を知り、自伝的記憶を意識化する「中核自己」、自伝的記憶の担い手である「自伝的自己」。(アントニオ・ダマシオ(1944-))】

(1)原自己(proto-self)
 生命体の物理構造の最も安定した側面を、一瞬ごとにマッピングする別個の神経パターンを統合して集めたもの。原自己は、意識されない。
以下の構造からなる。
 (1.1)マスター内知覚マップ(器官、組織、内臓、その他内部環境の状態に由来する知覚)
 (1.2)マスター生命体マップ(身体の形、身体の動き)
 (1.3)外的に向けられた感覚ポータルのマップ(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、平衡覚の〈特殊感覚〉と、マスター生命体マップの一部である目、耳、鼻、舌を収めている身体領域とその動きの知覚)
  参照:原自己(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(2)中核自己(core self)
 (2.1) 1次のマップに対応する内的経験
  (2.1.1)対象のマップの内的経験
   形成されたイメージである「対象」、例えば、顔、メロディ、歯痛、ある出来事の記憶など。
   対象は、実際に存在するものでも、過去の記憶から想起されたものでもよい。
   自伝的記憶も再活性化され、中核自己において意識化される。
   対象はあまりにも多く、しばしば、ほとんど同時に複数の対象が存在する。
  (2.1.2)原自己のマップの内的経験
 (2.2) 2次のマップに対応する内的経験(イメージ的、非言語的なもの)
  (2.2.1)何かしら対象が存在する。その対象を、知っている。
  (2.2.2)その対象が、影響を及ぼして、何かしら変化させている。その対象は注意を向けさせる。
  (2.2.3)何かしら変化するものが存在する。それは、ある特定の視点から、対象を見て、触れて、聞いている。
  参照:中核自己の誕生(アントニオ・ダマシオ(1944-))
(3)自伝的自己(autobiographical self)
 自伝的自己の基盤は自伝的記憶である。必要なときは、再活性化されてイメージとして、中核自己において意識される。
 (3.1)過去
 (3.2)予期される未来
 (3.3)アイデンティティや人格を記述している一連の記憶

「自伝的自己(autobiographical self)
 自伝的自己の基盤は自伝的記憶である。その自伝的記憶は、過去と予期される未来の個人的経験についての多数の内在的記憶からなる。個人的伝記の不変的特徴が自伝的記憶の基盤を構成する。自伝的記憶は生活経験とともに連続的に増大するが、新しい経験を反映するために部分的に改編することができる。アイデンティティや人格を記述している一連の記憶は、必要があるときはいつでもニューラル・パターンとして再活性化して、イメージとして明示的なものにすることができる。再活性化された各記憶は「認識されるべきもの」として機能し、それ自身の中核意識のパルスを生み出す。その結果、われわれは自伝的自己を意識している。

中核自己(core self)
 中核自己は、ある対象が原自己を修正すると生じる、二次の非言語的説明の中にある。中核自己はいかなる対象によっても引き起こされる。中核自己を生み出す機構は一生涯ほとんど変化しない。われわれは中核自己を意識している。

原自己(proto-self)
 原自己は、脳の複数のレベルで有機体の状態を刻々と表象している、相互に関連しあった、そして一次的に一貫性のある、一連のニューラル・パターン。われわれは原自己を意識して「いない」。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-),『起こっていることの感覚』,(日本語名『無意識の脳 自己意識の脳』),第3部 意識の神経学,第6章 中核意識の発見――無意識と意識の間,p.219,講談社(2003),田中三彦(訳))
(索引:自己の種類,自伝的自己,中核自己,原自己)

無意識の脳 自己意識の脳


(出典:wikipedia
アントニオ・ダマシオ(1944-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織といった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたかのいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもてない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しかし、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学などからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新しい種類の研究だ。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第4章 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))

アントニオ・ダマシオ(1944-)
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