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2019年11月4日月曜日

PKO派遣には、平和維持の目的以外にも政治的・経済的な動機があり問題含みである。(a)大国の政治的介入の代替手段、(b)政争の具としてのPKO、(c)平和貢献のイメージ、(d)天然資源等、経済的動機、(e)軍事技術情報の獲得。(米川正子)

PKO派遣

【PKO派遣には、平和維持の目的以外にも政治的・経済的な動機があり問題含みである。(a)大国の政治的介入の代替手段、(b)政争の具としてのPKO、(c)平和貢献のイメージ、(d)天然資源等、経済的動機、(e)軍事技術情報の獲得。(米川正子)】

PKOが一部の派遣先にて、紛争や不安定な状況の長期化の原因になっている。
(1)紛争当事者間の停戦合意が脆いこと。
(2)PKOの中立性が疑問視されている。
(3)PKO派遣国がそもそも平和維持に関して政治的意思が弱く、政治的や経済的な動機を有している。
(4)PKO派遣の動機
 (a)大国が政治的な働きかけをしたい場合に、その代替としてPKOを使用する可能性が高い。
 (b)PKO派遣が「政争の具」として利用されている。
 (c)PKO派遣は、平和貢献のイメージや国の存在感を高めるには効果的である。
 (d)派遣先が天然資源の産出地域であれば、資源のアクセスの面でも大きな収穫となる。
 (e)多国籍PKOの派遣先は軍事的専門知識を交換しあえる場である。

「安全保障関連法案によって自衛隊の海外活動が拡大していくことになりますが、その中でも「国連平和維持活動(PKO)等に対する協力に関する法律(国際平和協力法)」に関わる活動について考えてみましょう。
 国会ではPKOが、「平和維持のための必需品」という前提で、自衛隊のリスクや駆けつけ警護の任務が中心に議論されています。ところが、PKOが一部の派遣先にて、紛争や不安定な状況の長期化の原因になっていることは触れられていません。
 PKOが紛争を長期化させている原因として、PKO参加5原則に含まれる紛争当事者間の停戦合意が脆いことや、PKOの中立性が疑問視されている点などが挙げられます。それ以外にも、PKO派遣国がそもそも平和維持に関して政治的意思が弱く、政治的や経済的な動機を有している点にも留意しなくてはなりません。こうした国々が自国兵士をPKOに派遣する動機としては、主に以下の5点が指摘できます。
 1つ目の動機は、多国籍PKOの派遣先は軍事的専門知識を交換しあえる場であることです。例えば、2013年以降、PKOが偵察を目的に国連史上初めて非武装のドローンを使用しましたが、そのような実務経験を、派遣国は将来自国でも役立てたいと考えている可能性があります。
 2つ目は、「途上国」と「先進国」どちらの軍隊にとっても、PKOへの参加は給料の面で、また派遣先が天然資源の産出地域であれば、資源のアクセスの面でも大きな収穫となるからです。インド、パキスタンや南アフリカなどが、資源が豊富なコンゴ東部における世界最大級のPKOに長年軍を派遣し続けている理由は、まさに利権が絡んでいるからだと指摘されてきました。
 3つ目は、PKO派遣は、平和貢献のイメージや国の存在感を高めるには効果的であるためです。たとえば、日本のルワンダ難民救援隊はその名の通り、難民の救援のために派遣されたのですが、当時の指揮官曰く「救援活動について達成すべき具体的な目標を示したい。でもそれが無理だと分かり、最小限滞在国ザイールの国旗とともに「日の丸」の掲揚することを具体的な目標にした」とのことです。また日本政府・自衛隊・企業・NGOが一体となる復興開発援助「オールジャパン・アプローチ」が、東ティモールやハイチ、そして現在南スーダンで実施されていますが、その目的は日本の顔をより見えるようにすること(visibilityを高める)だと言われています。
 4つ目は、PKO派遣が「政争の具」として利用されていることです。世界5番目の国連PKO派遣国であるルワンダの事例を見てみましょう。リークされた国連報告書によると、ルワンダ軍は1990年代に隣国コンゴ東部で虐殺と特徴づけられる行為を犯しました。また、同軍の幹部がスーダンにおけるPKOの幹部に任命された際に、彼が過去に重大な人権侵害を犯したことが指摘されていました。ところがルワンダ政府は、同報告書が公表されたり、同幹部が解雇されるならば、スーダンから自国のPKO部隊を撤退させると脅したのです。その結果、国連がルワンダ軍やこの幹部の犯罪を追及することはありませんでした。
 最後に、大国が政治的な働きかけをしたい場合に、その代替としてPKOを使用する可能性が高い点も問題です。例えば、南スーダンは米国にとって戦略的で重要な国ですが、なぜそこへ米国の同盟国の日本は優先的にPKOを派遣したのか疑問が残ります。
 また、この南スーダンでは2013年末に紛争が勃発し、PKO参加5原則の「紛争当事者間で停戦合意が成立」について検討する必要が発生しました。厳密に言うと、自衛隊が南スーダンに派遣されたのは南スーダンが独立した2011年であり、南北スーダン間で締結された和平合意(CPA)が前提となっていました。ところが2013年末からは、それまでの南北間の内戦とは別に、独立した南スーダン内部で別の内戦が発生しました。この南スーダン内の内戦に関する停戦合意は2014年1月に結ばれましたが、現在まで戦闘は続いています。言い換えれば、自衛隊が当初派遣された時の紛争当事者以外のアクターによる紛争が新たに勃発したために、本事態は「想定外」でしたが、その場合、「紛争当事者間で停戦合意が成立」を拡大解釈して撤収すべきか否か、議論が必要であるのに、国民に向けた政府による説明が十分ではありませんでした。
 このように、PKOは平和維持の名の下で、他の目的で利用されている場合があり、紛争解決に十分貢献できない点が問題となってきました。今後日本が平和の創出を目的とするPKOにどのように関わっていくのかを検討するためには、「国際平和協力法」を他の法案と一緒にして審議するのではなく、まずはPKOの本質から議論を深める必要があるのではないでしょうか。

(米川正子) 」
(出典:35. 国連PKOは平和の創出に役立っているのでしょうか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:PKO派遣)

(出典:日本平和学会
日本平和学会
日本平和学会(1973-)

日本平和学会

過去、集団的自衛権の行使として安保理に報告された事例から見た特徴は、(a)主要な行使国は軍事大国、(b)対象国、地域は無限定、(c)一般市民の犠牲、紛争激化・長期化の傾向、(d)侵略や軍事介入との批判。(清水奈名子(1975-))

集団的自衛権

【過去、集団的自衛権の行使として安保理に報告された事例から見た特徴は、(a)主要な行使国は軍事大国、(b)対象国、地域は無限定、(c)一般市民の犠牲、紛争激化・長期化の傾向、(d)侵略や軍事介入との批判。(清水奈名子(1975-))】

集団的自衛権の行使が安保理に報告された主な事例から見た特徴
 (a)主要な行使国はいずれも軍事大国である。
  軍事大国が自国の行為の国際的正当性を示すために、またはその負担を分担するために、他の同盟国に派兵を要請することが多い。
 (b)行使の対象となる国や地域は、行使国の周辺地域に限定されず、遠く離れた場所にも無限定に広がっている。
 (c)行使された地域では多くの一般市民が犠牲となり、紛争が激化して長期間続いた事例も少なくない。
 (d)「国連憲章に基づく集団的自衛権の行使である」と行使国が主張した以下の事例の多くが、単なる侵略や軍事介入であり、集団的自衛権の濫用ではないかと批判を受けている。

「集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(資料1)」のことです。この権利は、国連憲章が作られた1945年にはじめて規定されたものであるため(論点32を参照)、これまでに行使された事例は第二次世界大戦後のものとなります。個別的・集団的自衛権はいずれも、それらを行使した加盟国が安保理に報告する義務があります(憲章第51条)。文末に掲載した一覧は、集団的自衛権の行使が安保理に報告された主な事例です。これらの過去の事例から見えてくる集団的自衛権行使の特徴として、以下の四点が指摘できます。
 第一は、主要な行使国はいずれも軍事大国であること、そして大国に付き合う形でその同盟国が行使国となっているということです。集団的自衛権を行使するのが「普通の国」という説明を耳にすることがありますが、むしろ軍事大国が自国の行為の国際的正当性を示すために、またはその負担を分担するために、他の同盟国に派兵を要請することが多いのが実情です。付き合って派兵をした同盟国にもリスクは当然発生します。たとえばベトナム戦争にオーストラリアは6万人を超える人員を派兵し、10年余り続いた戦闘によって500人以上が死亡し、約3,000人が負傷しました。
 第二は、行使の対象となる国や地域は、行使国の周辺地域に限定されず、遠く離れた場所にも無限定に広がっているということです。さらに2001年の米国同時多発テロ以降は、対象は国家だけでなく非国家主体にも広がっています。2014年のイラク・シリア空爆は、武装集団である「イスラーム国」を攻撃対象とするものです。
 第三は、行使された地域では多くの一般市民が犠牲となり、紛争が激化して長期間続いた事例も少なくないことです。つまり、その地域の平和と安全の維持に貢献できないばかりか、紛争が泥沼化し、対象国と派兵国の双方で犠牲者が増えていった事例があることに、注意を向ける必要があります。
 第四の、そして最も重要な点は、「国連憲章に基づく集団的自衛権の行使である」と行使国が主張した以下の事例の多くが、単なる侵略や軍事介入であり、集団的自衛権の濫用ではないかと批判を受けていることです。当事国が「集団的自衛権の行使だ」と主張しさえすれば、国際的に正当な行為とみなされるわけではありません。そして濫用しているとしばしば批判を受けてきた国の一つが、日本と密接な関係にある同盟国、米国であることは良く知られています。
 米国に限らず、なぜ濫用が多いのかと言えば、国連憲章のもとでは、各国の判断のみで可能な武力行使は、個別的または集団的自衛権の場合だけだからです。日本だけでなく、すべての国連加盟国は国連憲章によって、戦争を含む武力を行使しない義務を負っています。そこで、各国が武力行使をする場合には、実際には個別的・集団的自衛権では説明できない事例であっても、「国連憲章の下の自衛権行使である」と主張しなければ、国際法違反となってしまいます。特に、自国に対する明白な武力攻撃が発生していないにもかかわらず行使できる集団的自衛権は、濫用されやすい傾向があるのです。
 国連憲章に書かれている権利なのだから、集団的自衛権を日本も当然行使するべきだという主張は、以上の特徴から生まれる問題点について、どう考えるのかを示していません。自衛権行使の旧3要件が、今回のように丁寧な議論がないまま「必要だから」といって変更されてしまいかねないこの国では、新3要件が歯止めになる保障もありません。法案成立を急いで強行するのではなく、過去の濫用の事例をどう評価するのか、本当に集団的自衛権が日本やアジア、そして世界の平和と安全の維持に貢献できるのか、むしろ問題を作るものなのか、武力行使に頼る集団的自衛権以外の安全保障の手立てはないのかなどの論点について、丁寧に考え、議論することがまず必要だと考えます。

集団的自衛権として主張された事例リスト (下中・樋山(2015)を参考に筆者作成)

行使開始年/ 事例/      行使国/ 対象国・地域
1956年/ ハンガリー動乱/   ソ連/ ハンガリー
1958年/ レバノン侵攻/    米国/ レバノン
1958年/ ヨルダンへの軍事介入/英国/ ヨルダン
1965年/ ベトナム戦争/    米・豪・ニュージーランド他/ 南ベトナム
1968年/ チェコスロバキア侵攻/ソ連他/ チェコスロバキア
1979年/ アフガニスタン侵攻/ ソ連/ アフガニスタン
1981年/ ニカラグア侵攻*1/  米国/ニカラグア
1980年/ チャドへの軍事介入/ リビア・仏・ザイール・米国/ チャド*2
1983年/ グレナダ侵攻*3/   米国/ グレナダ
1975年/ アンゴラ内戦への派兵/キューバ/ アンゴラ*4
1990年/ 湾岸諸国への支援/  米国・英国/ クウェート他
1993年/ タジキスタンへの支援/ロシア他/ タジキスタン
1998年/ 第二次コンゴ戦争/  ジンバブエ・アンゴラ・ナミビア/ コンゴ民主共和国
2001年/ アフガニスタン戦争/ 英・カナダ・仏・独・蘭・豪他/ アフガニスタン
2014年/ イラク・シリア空爆/ 米国*5/ イラク・シリア

*1 米国政府は安保理に報告はしていないが、ニカラグア事件の際に国際司法裁判所に提出した答弁書のなかで、個別的及び集団的自衛権に則った行為として説明した。
*2 リビアはググーニ派側を、仏・ザイール・米国はハブレ政権側を支援した。
*3 米国政府は安保理議長への書簡の中で、OECS(東カリブ諸国機構)による措置の一環として説明しており、憲章上の規定には言及していない。
*4 アンゴラ内戦の当事者であったMPLA(アンゴラ解放人民運動)への軍事支援。
*5 空爆参加国は以下の通りだが、安保理に集団的自衛権に言及した報告を行ったのは米国のみ。またイラク政府からは米国に対する支援要請があったが、シリア政府からの要請はないまま空爆が行われたことから、集団的自衛権の行使には当たらない可能性が高い。
 イラク空爆:米・英・仏・豪・ベルギー・カナダ・デンマーク・蘭
 シリア空爆:米・バーレーン・ヨルダン・サウジアラビア・アラブ首長国連邦
(清水奈名子)

(出典:33. 集団的自衛権はこれまでどのように行使されてきたのでしょうか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:集団的自衛権)

(出典:日本平和学会
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日本平和学会(1973-)

日本平和学会

自衛権の名において正当化されがちな戦争を、より客観的で合理的な判断で制御しようとする仕組みが、集団安全保障の理念である。ところが、暫定的に認めた集団的自衛権は、この理念を掘り崩している。(桐山孝信)

集団安全保障の理念

【自衛権の名において正当化されがちな戦争を、より客観的で合理的な判断で制御しようとする仕組みが、集団安全保障の理念である。ところが、暫定的に認めた集団的自衛権は、この理念を掘り崩している。(桐山孝信)】

(1)戦争と武力行使の禁止
 (1.1)国際紛争を平和的に解決することを加盟国の義務である(2条3項)。
 (1.2)武力の行使や武力による威嚇を一切禁止する(2条4項)。
(2)違反国に対する処置としての集団安全保障
 (2.1)この約束に反して侵略行為を行った国に対して集団的措置をとる(憲章第7章)。
 (2.2)その際、自衛権の行使は、自国が判断する行為なので、客観的とは言えない。いかなる戦争も、自衛権の行使として正当化されてしまう。
 (2.3)そこで、より客観的に判断するため、安保理で判断する。
(3)集団安全保障の機能不全
 (3.1)安保理の常任理事国が平和維持に関わるすべての事項について拒否権を認められることになった。
 (3.2)アメリカを含む米州諸国が、地域の共同防衛の約束が、拒否権のために機能しないというおそれが出てきたとして、新たに集団的自衛権を規定することが主張された。
(4)集団的自衛権(国連憲章51条)
 (4.1)武力攻撃が発生した場合に、安保理が適当な措置をとるまでの間(時間的制約)自衛権を行使することができる。
 (4.2)他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利である。
 (4.3)やむを得ない行為として認めた集団的自衛権は、大国とその同盟国が、国連によるコントロールを受けずに軍事行動をとることを可能にし、集団安全保障の理念を掘り崩すことになっている。

「標準的な国際法のテキストでは、「集団的自衛権とは、他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」(浅田)と定義されており、国連憲章51条で、個別的自衛権とともに「固有の権利」とされました。しかし、国際法の概念としてそれまで使われたことがなく、憲章で初めて登場した言葉でした。
 憲章では、もともと自衛権の規定を設けるつもりはありませんでした。憲章が何よりも重視したのは、国際紛争を平和的に解決することを加盟国の義務とし(2条3項)、武力の行使や武力による威嚇を一切禁止することでした(2条4項)。そして、この約束に反して侵略行為を行った国に対して集団的措置をとることでした。これが集団安全保障と呼ばれるもので、憲章第7章に一連の規定が設けられました。
 しかし憲章作成過程で、安保理の常任理事国が平和維持に関わるすべての事項について拒否権を認められることになったことを契機に、アメリカを含む米州諸国の間で大戦中に進めていた地域の共同防衛の約束が、拒否権のために機能しないというおそれが出てきたとして、新たに集団的自衛権を規定することが主張され、それが認められたのです。そして憲章第7章の最後の51条で、武力攻撃が発生した場合に、安保理が適当な措置をとるまでの間(時間的制約)自衛権を行使することを認めました。
 この規定は、集団安全保障が機能するまでの間の緊急事態に備えたやむを得ない行動としての自衛権を認めた、一見すると合理的な規定になっています。また、自衛権は自国が判断する行為なので、安保理が適当な措置をとるということは、その軍事行動が自衛にあたるかどうかも判断することになるので、客観的だと思われます。
 ところが、第3者的に見て侵略行為であっても、常任理事国やその同盟国が行う軍事行為は、拒否権を行使すれば違法と判断されることはなく、集団安全保障にもつながりません。アメリカによるベトナム戦争や、ソ連によるアフガニスタン侵攻など、集団的自衛権の行使として主張された事例を見れば明らかです(33参照)。こうして、やむを得ない行為として認めた集団的自衛権は、大国とその同盟国が、国連によるコントロールを受けずに軍事行動をとることを可能にし、集団安全保障の理念を掘り崩すことになっています。(桐山孝信)」
(出典:32. 国連憲章において、集団的自衛権はどのように位置づけられるのでしょうか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:集団安全保障,集団的自衛権)

(出典:日本平和学会
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日本平和学会(1973-)

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日本政府は、米国の武力行使を常に支持してきたが、憲法の制約により自衛隊の協力には限界があった。安保法制成立後、米国の見解に反してでも、日本独自の国際法判断を行い、表明することができるだろうか。(西平等)

安全保障政策の米国依存下で独自判断は可能か

【日本政府は、米国の武力行使を常に支持してきたが、憲法の制約により自衛隊の協力には限界があった。安保法制成立後、米国の見解に反してでも、日本独自の国際法判断を行い、表明することができるだろうか。(西平等)】

(1)安保法制成立前
 (a)アメリカ合衆国の行ってきた武力行使について、日本政府は常に、それを支持してきた。
 (b)しかし、憲法に基づき、国外における自衛隊の活動を厳しく制限してきたため、自衛隊がその武力行使に協力する余地は限られていた。
(2)安保法制成立後
 (a)政府は、外国の武力行使の正当性についてきちんと独自の判断を行い、表明する必要がある。
 (b)政府は、重要な同盟国の見解に反してでも、独自の国際法判断を主張できるだろうか。
 (c)例として、テロ組織の鎮圧を目的とする外国領域での武力行使には、どう対処するのか。
 (d)例として、国連安全保障理事会決議の強引な解釈に基づく多国籍軍による軍事的措置には、どう対処するのか。

「国際法学の立場から、安全保障関連法案をみたとき、<はたして、日本政府は、外国の武力行使の正当性についてきちんと独自の判断を行い、それを表明できるだろうか>という不安を感じざるをえません。集団的自衛権に関わる「存立危機事態」や、国際的な安全保障・平和維持活動に関わる「国際連携平和安全活動」「国際平和共同対処事態」において、日本の自衛隊は他国の軍隊の活動に協力して活動を行うことになります。その場合、当然のことながら、協力の対象となる他国軍隊の活動が、適法なものであることが条件です。
 この条件についての判断は、簡単な問題に見えますが、決してそうではありません。例えば、2001年のアフガニスタンに対する武力行使、2003年のイラクに対する武力行使、そして現在のシリア領域における爆撃について、アメリカ合衆国政府は、いずれも、自衛権行使もしくは国連の集団安全保障に基づく措置として正当化しています。ですから、テロ組織の鎮圧を目的とする外国領域での武力行使が自衛権行使として正当化される可能性、あるいは、国連安全保障理事会決議の強引な解釈に基づいて多国籍軍による「軍事的措置」を標榜する武力行使が行われる可能性は、今後も、高いと考えられます。そのような状況が生じたとき、「存立危機事態」や「国際連携平和安全活動」に関連づけて、自衛隊の積極的な協力が同盟国から求められると考えるのが自然でしょう。
 もちろん、国際法専門家の多くは、「対テロ戦争」として行われた一連の武力行使の違法性を指摘してきましたし、同様の事態について、今後も批判を怠ることはありません。しかし、日本政府は、そのような場合に、重要な同盟国の見解に反してでも、独自の国際法判断を主張できるでしょうか。例えば、「あなたの国の武力行使は、私たちの判断によれば、国際法の自衛権の行使とみなせませんので、協力できません」とはっきりと言えるでしょうか。あるいは、「この武力行使は、国連安全保障理事会決議によって正当化されないと私たちは判断しましたので、協力できません」と言って協力要請を断ることができるでしょうか。もしできなれば、アフガニスタン戦争や、イラク戦争のような事態について、自衛隊がさらに積極的に協力をせざるをえない状況に追い込まれるでしょう。
 これまで、アメリカ合衆国の行ってきた武力行使について、日本政府は常に、それを支持してきました。支持するということは、自衛権の行使としての正当性、もしくは、「国際社会の平和及び安全」に対する脅威を除去するために必要な措置としての正当性を認めるということにならざるをえないでしょう。そうなれば、「存立危機事態」や「国際平和共同対処事態」への可能性が開かれます。
 従来は、憲法に基づき、国外における自衛隊の活動を厳しく制限してきたため、同盟国の武力行使を無反省に支持しても、自衛隊がその武力行使に協力する余地は限られていました。しかし、法案が可決され、自衛隊の活動の範囲が大幅に拡大された場合には、そのような無反省な支持は許されません。はたして、この法案には、同盟国の意に反してでも、きちんと独自の国際法的判断を主張していくという政府の決意が伴っているのでしょうか。(西 平等)」
(出典:31. 国際法学の立場から安保法制をどのように評価しますか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:安全保障政策の独立性)

(出典:日本平和学会
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軍備や同盟といった現状維持の手段は、現状変更の手段ともなりうる。すなわち、武力紛争を抑制する威嚇の説得力と約束の説得力との間には、二律背反の関係が生じるため、一方を偏重する政策では安全を確保できない。(石田淳(1962-))

威嚇の説得力と約束の説得力との二律背反

【軍備や同盟といった現状維持の手段は、現状変更の手段ともなりうる。すなわち、武力紛争を抑制する威嚇の説得力と約束の説得力との間には、二律背反の関係が生じるため、一方を偏重する政策では安全を確保できない。(石田淳(1962-))】

(1)諸国家が武装して対峙する国際政治の世界において、何らかの利害対立が武力紛争へとエスカレートして不合理な戦争が勃発する理由
 (a)《約束の説得力》関係国の同意によることなく、国家間の価値配分の現状を一方的に変更する行為(たとえば武力攻撃)を自制するという約束に説得力がない場合
 (b)《威嚇の説得力》現状変更行為を断固排除するという威嚇に説得力がない場合
(2)安全保障政策とは、価値配分の現状変更に対する脅威を削減する政策である。
 (2.1)軍備や同盟といった現状維持の手段が、現状変更の手段ともなりうる。
 (2.2)《威嚇の説得力》と《約束の説得力》との間には二律背反の関係が生じる。
 (2.3)したがって、威嚇と約束のいずれか一方を偏重しては、安全を確保することはできない。

「政府は、国内向けには憲法の平和主義を誤って連想しかねない「積極的平和主義」という概念によって今回の安保法制を正当化していますが、 対外的に使われている“proactive contribution to peace”という同概念の英訳に、その内実が率直に表現されてと思います。今回の安保法制の核心は、集団的自衛権の行使にせよ、国連の集団安全保障体制への寄与にせよ、集団的武力行使の体制に対する負担分担論で、軍事的な国際貢献論であると考えます。
 国際政治学の観点からすれば、今回の安保法制の問題は、国際政治学の学問的蓄積について都合の良いところだけを恣意的に利用していることにあります。
 諸国家が武装して対峙する国際政治の世界において、何らかの利害対立が武力紛争へとエスカレートして不合理な戦争が勃発する理由は二つあるとするのが、国際政治学の基本です。すなわち、一つは、関係国の同意によることなく、国家間の価値配分の現状を一方的に変更する行為(たとえば武力攻撃)を自制するという約束に説得力がない場合であり、もう一つは、そのような現状変更行為を断固排除するという威嚇に説得力がない場合です。
 一般に、価値配分の現状に対する脅威を削減する政策を安全保障政策と言いますが、この安全保障が容易ではないのは、軍備や同盟といった現状維持の手段が、現状変更の手段ともなりうるため、武力攻撃には断固反撃するという《威嚇の説得力》と、いかなる意味においても政策の手段としての武力の行使や武力による威嚇――今日の文脈では、この威嚇には、国連安保理の特定の決議を対象国が履行しなければ武力の行使も辞さないとする威嚇も含まれます――を慎むという《約束の説得力》との間に二律背反の関係が生じるからです。それゆえに、威嚇と約束のいずれか一方を偏重しては、安全を確保できるものではありません。
 この観点からすれば、今回の安保法制は、威嚇を偏重する一方で約束への配慮が足りないので、周辺国の不安を掻き立てることになり、日本の安全保障をかえって危うくするおそれがあると言えるでしょう。(石田 淳)」
(出典:30.国際政治学の立場から安保法制をどのように評価しますか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:威嚇の説得力と約束の説得力との二律背反,威嚇の説得力,約束の説得力)

(出典:日本平和学会
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日本平和学会

砂川事件の東京地裁(伊達秋雄)判決は、米国軍隊の駐留は戦力の保持にあたり違憲としたが、最高裁大法廷(田中耕太郎)は、米国の政治的圧力からこれを合憲とし、安保条約は高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効とは言えないとした。(水島朝穂(1953-))

砂川事件判決

【砂川事件の東京地裁(伊達秋雄)判決は、米国軍隊の駐留は戦力の保持にあたり違憲としたが、最高裁大法廷(田中耕太郎)は、米国の政治的圧力からこれを合憲とし、安保条約は高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効とは言えないとした。(水島朝穂(1953-))】

1959年3月30日一審の東京地裁(伊達秋雄裁判長)
 (1) 憲法9条は自衛権を否定するものではないが、自衛戦争も自衛のための戦力の保持も許さない。
 (2) わが国の安全保障は、国連の安保理がとる軍事的安全措置等を最低線とする。
 (3) わが国が合衆国軍隊の駐留を許容することは、指揮権の有無等にかかわらず、憲法9条2項により禁止される陸海空軍その他の戦力の保持に該当する。
12月16日、最高裁大法廷(裁判長・田中耕太郎長官)
 米駐日大使と秘密の会談をした田中長官は、国民も同僚判事も知らないところで、米国に対して、判決期日や、反対意見なしの全員一致の形をとることまで伝えていた。
 (1) 憲法は自衛権を否定しておらず、無防備・無抵抗を定めたものではなく、他国に安全保障を求めることを禁じていない。
 (2) 憲法9条2項で保持を禁止されている戦力とは、「わが国が主体となって指揮権・管理権を行使できる戦力」をいい、駐留米軍はこれに該当しない。
 (3) 日米安保条約の憲法適合性については「高度の政治性」を有することから、「一見極めて明白に違憲無効」と認められない限り司法審査になじまない。
 (4) 安保条約は、違憲無効であることが一見極めて明白であるとは到底認められない。

「1957年7月、米軍立川飛行場拡張のために農地の強制収容が予定されていた東京都北多摩郡砂川町(現・立川市)で、これに反対する農民・学生らのデモ隊が、たまたま柵が倒れたため、一時的に基地内に数メートル立ち入った。この行為が、安保条約に基づく刑事特別法2条(施設・区域を侵す罪)に違反するとされ、学生ら7人が起訴された事件です。一審の東京地裁(伊達秋雄裁判長)は1959年3月30日、 刑事特別法によって保護される米軍駐留について判断を加え、(1) 憲法9条は自衛権を否定するものではないが、自衛戦争も自衛のための戦力の保持も許さない、 (2) わが国の安全保障は、国連の安保理がとる軍事的安全措置等を最低線とする、 (3) わが国が合衆国軍隊の駐留を許容することは、指揮権の有無等にかかわらず、憲法9条2項により禁止される陸海空軍その他の戦力の保持に該当する、として被告人全員に無罪の判決を言い渡しました。
 検察官は、有罪判決を得るために東京高裁に控訴するのを省略して、最高裁に跳躍上告しました。そして12月16日、最高裁大法廷(裁判長・田中耕太郎長官)は、 (1) 憲法は自衛権を否定しておらず、無防備・無抵抗を定めたものではなく、他国に安全保障を求めることを禁じていない、 (2) 憲法9条2項で保持を禁止されている戦力とは、「わが国が主体となって指揮権・管理権を行使できる戦力」をいい、駐留米軍はこれに該当しない、 (3) 日米安保条約の憲法適合性については「高度の政治性」を有することから、「一見極めて明白に違憲無効」と認められない限り司法審査になじまない、 (4) 安保条約は、違憲無効であることが一見極めて明白であるとは到底認められないと判示して、一審判決を破棄。東京地裁に差し戻しました。新安保条約が署名されるのは、最高裁判決の1カ月後の1960年1月19日でした。なお、差し戻し審では、被告人に罰金2000円が言い渡され、確定しました(1963年12月7日)。これが砂川事件です。
 なぜ、高裁を飛ばして審理を急いだのか。地裁の違憲判決が出た時期は、安保条約改定に向けて日米間の詰めの協議が行われていました。地裁判決が出た翌日、マッカーサー米駐日大使は藤山愛一郎外相と会って、最高裁に跳躍上告するアイデアを提供しました。大使は田中最高裁長官にも会って、長官は「少なくとも数カ月で判決が出る」と語りました。これらのことを示す米国務省の極秘公電が、2008年4月になって米公文書館で発見されました。田中長官は、国民も同僚判事も知らないところで、米国に対して、判決期日や、反対意見なしの全員一致の形をとることまで伝えていたのです。「司法権の独立」どころか、この国はまともな独立国なのかと疑わせるような出来事でした。
 いま、安倍政権は「7.1閣議決定」と安保関連法案の合憲性の根拠は、この砂川事件最高裁判決にあると主張しています。「〔砂川〕判決は個別的、集団的という区別はせずに、固有の権利として自衛権を持っていると言っている。必要最小限(の武力行使)には集団的自衛権が入るものはある」と。しかし、この見解を支持する学者や法曹はほとんどいません。砂川事件は安全保障の方式をめぐって、地裁判決のように国連の集団安全保障に期待するものと、最高裁のように、「他国(米国のこと)に安全保障を求めること」は違憲ではないというレベルのものでした。日本自衛隊が米国のために、海外で集団的自衛権行使をするなどということは、判決当時は思考も想定もされていませんでした。(水島朝穂)」
(出典:2. 砂川事件とは何だったのでしょうか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:砂川事件,砂川事件東京地裁判決,砂川事件最高裁判決)

(出典:日本平和学会
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日本平和学会(1973-)

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