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2020年7月8日水曜日

注意により意識化できる前意識とは異なり、意識化できない「識閾下の状態」が存在する。視覚では50ms内外に閾値が存在し、意識の境界は比較的明確である。識閾下では検出可能な脳活動が生じるが、グローバル・イグニションには至らない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

識閾下の状態

【注意により意識化できる前意識とは異なり、意識化できない「識閾下の状態」が存在する。視覚では50ms内外に閾値が存在し、意識の境界は比較的明確である。識閾下では検出可能な脳活動が生じるが、グローバル・イグニションには至らない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

識閾下の状態
 (1)識閾下の状態と前意識との違い
  前意識の刺激は、それに注意を向けさえすれば意識されるのに対し、識閾下の刺激は、いくら努力しても意識し得ない。
 (2)閾値の存在
  (a)多くの実験においては、可視と不可視の境界は比較的明確である。
  (b)40ミリ秒間表示されたイメージはまったく見えないにもかかわらず、60ミリ秒になると楽に見えるようになる。個人差はあるが、つねに50ミリ秒内外の値をとる。
  (c)閾値に相当する期間だけ視覚刺激を表示すれば、物理的な刺激は一定でありながら主観的な知覚がトライアルごとに異なる。
 (3)識閾下の刺激が意識されない理由
  (a)目に見えないほどごくわずかな時間、かすかにイメージをフラッシュする。
  (b)識閾下の刺激は、視覚、意味、運動を司る脳領域に検出可能な活動を引き起こすが、この活動はごくわずかな時間しか持続しないため、グローバル・イグニションには至らない。
  (c)高次の領域から低次の領域の感覚野に向けてトップダウンにシグナルが戻され、入ってくる活動を増幅する機会が得られる頃には、もとの活動はすでに失われ、マスクに置き換えられている。
 (4)閾値を超える刺激でも、意識されない場合がある:マスキング手法
  (a)マスキングの例
   時間順の刺激 刺激1→刺激2→刺激3 刺激1,3で2をマスキングする手法
   時間順の刺激 図形パターン1→図形パターン2→図形パターン3
        図形パターン2の特定図形をマスキングする手法
   時間順の刺激 刺激1→刺激2 刺激2で1をマスキングする手法
  (b)閾値を超える刺激であっても、識閾下における様々な認知作用と、高次の領域から低次の領域への相互作用によって、意識されない場合があり、識閾下の機能と意識の機能の解明に役立つ。

 「前意識の状態は、われわれが「識閾下の状態」と呼ぶ、別のタイプの無意識とは際立った対照をなす。目に見えないほどごくわずかな時間、かすかにイメージをフラッシュしたとしよう。この場合に生じる状況は、前意識とは大きく異なる。いくら注意を向けても、隠れた刺激は知覚できない。図形に〔時間的に〕前後をはさまれてマスクされた単語に、私たちは気づけない。この種の識閾下の刺激は、視覚、意味、運動を司る脳領域に検出可能な活動を引き起こすが、この活動はごくわずかな時間しか持続しないため、グローバル・イグニションには至らない。われわれのコンピューター・シミュレーションでも、この状況が認識されており、短い活動パルスはグローバル・イグニションを引き起こせなかった。なぜなら、高次の領域から低次の領域の感覚野に向けてトップダウンにシグナルが戻され、入ってくる活動を増幅する機会が得られる頃には、もとの活動はすでに失われ、マスクに置き換えられているからだ。巧妙な心理学者たちは、グローバル・イグニションが一貫して妨げられるほど弱く短い、あるいは雑然とした刺激をいとも簡単に考案し、脳にトリックを仕掛けられる。「識閾下」という用語は、グローバル・ニューラル・ネットワークの岸辺に津波を起こす以前に、入ってくる感覚の波が消え去る、この種の状況に適用される。前意識の刺激は、それに注意を向けさえすれば意識されるのに対し、識閾下の刺激は、いくら努力しても意識し得ない。これは重要な相違であり、脳のレベルで種々の違った結果をもたらす。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.268-269,高橋洋(訳))
 「多くの実験においては、可視と不可視の境界は比較的明確で、40ミリ秒間表示されたイメージはまったく見えないにもかかわらず、60ミリ秒になると楽に見えるようになる。この事実は、識閾下(閾値より下)、識閾上(閾値より上)という言い方が妥当であることを示す。比喩的に言えば、意識への門戸は、明確に設置された敷居であり、フラッシュされたイメージは、その内側に入れるか入れないかのいずれかである。閾値は人によって多少異なるとはいえ、つねに50ミリ秒内外の値をとる。閾値付近では、人はその期間表示されるイメージをおよそ半分の割合で見る。したがって閾値に相当する期間だけ視覚刺激を表示すれば、物理的な刺激は一定でありながら主観的な知覚がトライアルごとに異なるという、絶妙にコントロールされた状況を実験的に作り出せる。
 意識を意のままに調節するために用いることのできるマスキング技法は、数種類ある。たとえば、攪乱したイメージではさむと、画像全体を完全に不可視にすることが可能だ。その画像に写っているのが笑っている顔や怒った顔であれば、被験者には意識的に認知できない、秘められた情動に関する識閾下の知覚を調査できる(無意識のレベルでは、情動は輝きを放つ)。マスキングの他のバリエーションに、一連の図形をフラッシュし、それらのうちの一つを長期間表示される四つの点で囲むというものがある。驚くべきことに、四つの点で囲まれた図形のみが意識にのぼらず、他の図形ははっきりと見える。四つの点は図形より長く表示されるので、それらとそれらによって取り囲まれる空間は、その位置にある図形の意識的知覚を置き換えて消し去るかのように見える。それゆえこの方法は「置き換えマスキング」と呼ばれる。
 マスキングは、実験パラメータの完全なコントロールが可能で、しかも時間的に高い精度をもって視覚情報を与えられるので、無意識の視覚刺激の成り行きを研究する際の格好の実験ツールになる。最良の条件は、ただ一つのターゲットイメージをフラッシュし、それからただ一つのマスクを表示させることだ。正確なタイミングで、被験者の脳に、精緻にコントロールされた量の視覚情報(単語など)を「注入」する。原理的にこの量は、通常は意識的に知覚できるに十分な程度というものになる。なぜなら、そうすれば後続のマスクを取り除くと、被験者はつねにターゲットイメージを見ることになるからだ。しかしマスクされていると、先行するターゲットイメージはマスクに抑制され、後者だけが見える。ということは、脳内で奇妙な競争が起こっているに違いない。単語のほうが先に脳に入ってきたにもかかわらず、後続のマスクがそれに追いついて、前者を意識的知覚から締め出したと見なせるからだ。一つには、脳が統計学者のごとく機能し、証拠に基づいてどちらのアイテムをとるかを評価している可能性が考えられる。ターゲットの単語の表示期間が十分に短く、マスクが強力な場合、被験者の脳は、マスクのみが表示されているという結論に有利な圧倒的証拠を受け取り、単語に気づかないのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第1章 意識の実験,紀伊國屋書店(2015),pp.61-62,高橋洋(訳))
(索引:識閾下の状態,閾値,前意識,グローバル・イグニション)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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