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2019年11月4日月曜日

過去、集団的自衛権の行使として安保理に報告された事例から見た特徴は、(a)主要な行使国は軍事大国、(b)対象国、地域は無限定、(c)一般市民の犠牲、紛争激化・長期化の傾向、(d)侵略や軍事介入との批判。(清水奈名子(1975-))

集団的自衛権

【過去、集団的自衛権の行使として安保理に報告された事例から見た特徴は、(a)主要な行使国は軍事大国、(b)対象国、地域は無限定、(c)一般市民の犠牲、紛争激化・長期化の傾向、(d)侵略や軍事介入との批判。(清水奈名子(1975-))】

集団的自衛権の行使が安保理に報告された主な事例から見た特徴
 (a)主要な行使国はいずれも軍事大国である。
  軍事大国が自国の行為の国際的正当性を示すために、またはその負担を分担するために、他の同盟国に派兵を要請することが多い。
 (b)行使の対象となる国や地域は、行使国の周辺地域に限定されず、遠く離れた場所にも無限定に広がっている。
 (c)行使された地域では多くの一般市民が犠牲となり、紛争が激化して長期間続いた事例も少なくない。
 (d)「国連憲章に基づく集団的自衛権の行使である」と行使国が主張した以下の事例の多くが、単なる侵略や軍事介入であり、集団的自衛権の濫用ではないかと批判を受けている。

「集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(資料1)」のことです。この権利は、国連憲章が作られた1945年にはじめて規定されたものであるため(論点32を参照)、これまでに行使された事例は第二次世界大戦後のものとなります。個別的・集団的自衛権はいずれも、それらを行使した加盟国が安保理に報告する義務があります(憲章第51条)。文末に掲載した一覧は、集団的自衛権の行使が安保理に報告された主な事例です。これらの過去の事例から見えてくる集団的自衛権行使の特徴として、以下の四点が指摘できます。
 第一は、主要な行使国はいずれも軍事大国であること、そして大国に付き合う形でその同盟国が行使国となっているということです。集団的自衛権を行使するのが「普通の国」という説明を耳にすることがありますが、むしろ軍事大国が自国の行為の国際的正当性を示すために、またはその負担を分担するために、他の同盟国に派兵を要請することが多いのが実情です。付き合って派兵をした同盟国にもリスクは当然発生します。たとえばベトナム戦争にオーストラリアは6万人を超える人員を派兵し、10年余り続いた戦闘によって500人以上が死亡し、約3,000人が負傷しました。
 第二は、行使の対象となる国や地域は、行使国の周辺地域に限定されず、遠く離れた場所にも無限定に広がっているということです。さらに2001年の米国同時多発テロ以降は、対象は国家だけでなく非国家主体にも広がっています。2014年のイラク・シリア空爆は、武装集団である「イスラーム国」を攻撃対象とするものです。
 第三は、行使された地域では多くの一般市民が犠牲となり、紛争が激化して長期間続いた事例も少なくないことです。つまり、その地域の平和と安全の維持に貢献できないばかりか、紛争が泥沼化し、対象国と派兵国の双方で犠牲者が増えていった事例があることに、注意を向ける必要があります。
 第四の、そして最も重要な点は、「国連憲章に基づく集団的自衛権の行使である」と行使国が主張した以下の事例の多くが、単なる侵略や軍事介入であり、集団的自衛権の濫用ではないかと批判を受けていることです。当事国が「集団的自衛権の行使だ」と主張しさえすれば、国際的に正当な行為とみなされるわけではありません。そして濫用しているとしばしば批判を受けてきた国の一つが、日本と密接な関係にある同盟国、米国であることは良く知られています。
 米国に限らず、なぜ濫用が多いのかと言えば、国連憲章のもとでは、各国の判断のみで可能な武力行使は、個別的または集団的自衛権の場合だけだからです。日本だけでなく、すべての国連加盟国は国連憲章によって、戦争を含む武力を行使しない義務を負っています。そこで、各国が武力行使をする場合には、実際には個別的・集団的自衛権では説明できない事例であっても、「国連憲章の下の自衛権行使である」と主張しなければ、国際法違反となってしまいます。特に、自国に対する明白な武力攻撃が発生していないにもかかわらず行使できる集団的自衛権は、濫用されやすい傾向があるのです。
 国連憲章に書かれている権利なのだから、集団的自衛権を日本も当然行使するべきだという主張は、以上の特徴から生まれる問題点について、どう考えるのかを示していません。自衛権行使の旧3要件が、今回のように丁寧な議論がないまま「必要だから」といって変更されてしまいかねないこの国では、新3要件が歯止めになる保障もありません。法案成立を急いで強行するのではなく、過去の濫用の事例をどう評価するのか、本当に集団的自衛権が日本やアジア、そして世界の平和と安全の維持に貢献できるのか、むしろ問題を作るものなのか、武力行使に頼る集団的自衛権以外の安全保障の手立てはないのかなどの論点について、丁寧に考え、議論することがまず必要だと考えます。

集団的自衛権として主張された事例リスト (下中・樋山(2015)を参考に筆者作成)

行使開始年/ 事例/      行使国/ 対象国・地域
1956年/ ハンガリー動乱/   ソ連/ ハンガリー
1958年/ レバノン侵攻/    米国/ レバノン
1958年/ ヨルダンへの軍事介入/英国/ ヨルダン
1965年/ ベトナム戦争/    米・豪・ニュージーランド他/ 南ベトナム
1968年/ チェコスロバキア侵攻/ソ連他/ チェコスロバキア
1979年/ アフガニスタン侵攻/ ソ連/ アフガニスタン
1981年/ ニカラグア侵攻*1/  米国/ニカラグア
1980年/ チャドへの軍事介入/ リビア・仏・ザイール・米国/ チャド*2
1983年/ グレナダ侵攻*3/   米国/ グレナダ
1975年/ アンゴラ内戦への派兵/キューバ/ アンゴラ*4
1990年/ 湾岸諸国への支援/  米国・英国/ クウェート他
1993年/ タジキスタンへの支援/ロシア他/ タジキスタン
1998年/ 第二次コンゴ戦争/  ジンバブエ・アンゴラ・ナミビア/ コンゴ民主共和国
2001年/ アフガニスタン戦争/ 英・カナダ・仏・独・蘭・豪他/ アフガニスタン
2014年/ イラク・シリア空爆/ 米国*5/ イラク・シリア

*1 米国政府は安保理に報告はしていないが、ニカラグア事件の際に国際司法裁判所に提出した答弁書のなかで、個別的及び集団的自衛権に則った行為として説明した。
*2 リビアはググーニ派側を、仏・ザイール・米国はハブレ政権側を支援した。
*3 米国政府は安保理議長への書簡の中で、OECS(東カリブ諸国機構)による措置の一環として説明しており、憲章上の規定には言及していない。
*4 アンゴラ内戦の当事者であったMPLA(アンゴラ解放人民運動)への軍事支援。
*5 空爆参加国は以下の通りだが、安保理に集団的自衛権に言及した報告を行ったのは米国のみ。またイラク政府からは米国に対する支援要請があったが、シリア政府からの要請はないまま空爆が行われたことから、集団的自衛権の行使には当たらない可能性が高い。
 イラク空爆:米・英・仏・豪・ベルギー・カナダ・デンマーク・蘭
 シリア空爆:米・バーレーン・ヨルダン・サウジアラビア・アラブ首長国連邦
(清水奈名子)

(出典:33. 集団的自衛権はこれまでどのように行使されてきたのでしょうか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:集団的自衛権)

(出典:日本平和学会
日本平和学会
日本平和学会(1973-)

日本平和学会

自衛権の名において正当化されがちな戦争を、より客観的で合理的な判断で制御しようとする仕組みが、集団安全保障の理念である。ところが、暫定的に認めた集団的自衛権は、この理念を掘り崩している。(桐山孝信)

集団安全保障の理念

【自衛権の名において正当化されがちな戦争を、より客観的で合理的な判断で制御しようとする仕組みが、集団安全保障の理念である。ところが、暫定的に認めた集団的自衛権は、この理念を掘り崩している。(桐山孝信)】

(1)戦争と武力行使の禁止
 (1.1)国際紛争を平和的に解決することを加盟国の義務である(2条3項)。
 (1.2)武力の行使や武力による威嚇を一切禁止する(2条4項)。
(2)違反国に対する処置としての集団安全保障
 (2.1)この約束に反して侵略行為を行った国に対して集団的措置をとる(憲章第7章)。
 (2.2)その際、自衛権の行使は、自国が判断する行為なので、客観的とは言えない。いかなる戦争も、自衛権の行使として正当化されてしまう。
 (2.3)そこで、より客観的に判断するため、安保理で判断する。
(3)集団安全保障の機能不全
 (3.1)安保理の常任理事国が平和維持に関わるすべての事項について拒否権を認められることになった。
 (3.2)アメリカを含む米州諸国が、地域の共同防衛の約束が、拒否権のために機能しないというおそれが出てきたとして、新たに集団的自衛権を規定することが主張された。
(4)集団的自衛権(国連憲章51条)
 (4.1)武力攻撃が発生した場合に、安保理が適当な措置をとるまでの間(時間的制約)自衛権を行使することができる。
 (4.2)他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利である。
 (4.3)やむを得ない行為として認めた集団的自衛権は、大国とその同盟国が、国連によるコントロールを受けずに軍事行動をとることを可能にし、集団安全保障の理念を掘り崩すことになっている。

「標準的な国際法のテキストでは、「集団的自衛権とは、他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」(浅田)と定義されており、国連憲章51条で、個別的自衛権とともに「固有の権利」とされました。しかし、国際法の概念としてそれまで使われたことがなく、憲章で初めて登場した言葉でした。
 憲章では、もともと自衛権の規定を設けるつもりはありませんでした。憲章が何よりも重視したのは、国際紛争を平和的に解決することを加盟国の義務とし(2条3項)、武力の行使や武力による威嚇を一切禁止することでした(2条4項)。そして、この約束に反して侵略行為を行った国に対して集団的措置をとることでした。これが集団安全保障と呼ばれるもので、憲章第7章に一連の規定が設けられました。
 しかし憲章作成過程で、安保理の常任理事国が平和維持に関わるすべての事項について拒否権を認められることになったことを契機に、アメリカを含む米州諸国の間で大戦中に進めていた地域の共同防衛の約束が、拒否権のために機能しないというおそれが出てきたとして、新たに集団的自衛権を規定することが主張され、それが認められたのです。そして憲章第7章の最後の51条で、武力攻撃が発生した場合に、安保理が適当な措置をとるまでの間(時間的制約)自衛権を行使することを認めました。
 この規定は、集団安全保障が機能するまでの間の緊急事態に備えたやむを得ない行動としての自衛権を認めた、一見すると合理的な規定になっています。また、自衛権は自国が判断する行為なので、安保理が適当な措置をとるということは、その軍事行動が自衛にあたるかどうかも判断することになるので、客観的だと思われます。
 ところが、第3者的に見て侵略行為であっても、常任理事国やその同盟国が行う軍事行為は、拒否権を行使すれば違法と判断されることはなく、集団安全保障にもつながりません。アメリカによるベトナム戦争や、ソ連によるアフガニスタン侵攻など、集団的自衛権の行使として主張された事例を見れば明らかです(33参照)。こうして、やむを得ない行為として認めた集団的自衛権は、大国とその同盟国が、国連によるコントロールを受けずに軍事行動をとることを可能にし、集団安全保障の理念を掘り崩すことになっています。(桐山孝信)」
(出典:32. 国連憲章において、集団的自衛権はどのように位置づけられるのでしょうか。日本平和学会「安保法制 100の論点」(論点リスト)日本平和学会
(索引:集団安全保障,集団的自衛権)

(出典:日本平和学会
日本平和学会
日本平和学会(1973-)

日本平和学会

現行憲法の政府解釈では、集団的自衛権は「保持していても行使できない」ことになっているので、自衛権の行使について憲法上の制約を廃止すべきであり、制限は、国家安全保障基本法のような法律で足りる。(自民党 日本国憲法改正草案Q&A(増補版))

集団的自衛権を認めるべき

【現行憲法の政府解釈では、集団的自衛権は「保持していても行使できない」ことになっているので、自衛権の行使について憲法上の制約を廃止すべきであり、制限は、国家安全保障基本法のような法律で足りる。(自民党 日本国憲法改正草案Q&A(増補版))】

「今回、新たな 9 条 2 項として、「自衛権」の規定を追加していますが、これは、従来の政府解釈によっても認められている、主権国家の自然権(当然持っている権利)としての「自衛権」を明示的に規定したものです。この「自衛権」には、国連憲章が認めている個別的自衛権や集団的自衛権が含まれていることは、言うまでもありません。
 また、現在、政府は、集団的自衛権について「保持していても行使できない」という解釈をとっていますが、「行使できない」とすることの根拠は「9 条 1 項・2 項の全体」の解釈によるものとされています。このため、その重要な一方の規定である現行 2 項(「戦力の不保持」等を定めた規定)を削除した上で、新 2 項で、改めて「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と規定し、自衛権の行使には、何らの制約もないように規定しました。もっとも、草案では、自衛権の行使について憲法上の制約はなくなりますが、政府が何でもできるわけではなく、法律の根拠が必要です。国家安全保障基本法のような法律を制定して、いかなる場合にどのような要件を満たすときに自衛権が行使できるのか、明確に規定することが必要です。この憲法と法律の役割分担に基づいて、具体的な立法措置がなされていくことになります。」
第二章 安全保障
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

(出典:日本国憲法改正草案Q&A(増補版)資料自民党 憲法改正推進本部
(索引:)

(出典:自由民主党
自由民主党
自由民主党(1955-)

自由民主党
自由民主党 憲法改正推進本部

他国に加えられた武力攻撃を、出ていって実力で解決をする集団的自衛権は、端的に言って国際紛争を解決するために武力行使することにほかならず、憲法9条1項に反する。(棚橋桂介(1977-))

集団的自衛権は紛争解決手段としての武力行使

【他国に加えられた武力攻撃を、出ていって実力で解決をする集団的自衛権は、端的に言って国際紛争を解決するために武力行使することにほかならず、憲法9条1項に反する。(棚橋桂介(1977-))】

「憲法9条の明文規定との関係では、我が国を武力で侵略する国があった場合に、これを、飛んでくる火の粉を振り払うという意味での最小限の実力ないし武力を使って振り払うということについては、国際紛争を解決するというところに至らないと解する余地があり、従って専守防衛の範囲にとどまる個別的自衛権については憲法9条1項の下でも認められると考えることができますが、集団的自衛権の行使は、他国に加えられた武力攻撃を、出ていって武力で解決をするということですから、端的に言って国際紛争を解決するための武力行使にほかならず、憲法9条1項に反することは明白です。」
(出典:国家賠償請求訴訟 平成28年(ワ)13525号 2019年7月26日 第11回 口頭弁論  報告集会資料(代理人意見陳述)裁判資料・国家賠償請求訴訟安保法制違憲訴訟の会
(索引:集団的自衛権,日本国憲法第9条)

(出典:安保法制違憲訴訟の会
安保法制違憲訴訟の会(2016-)(Collection of propositions of great philosophers)
安保法制違憲訴訟の会(2016-)
安保法制違憲訴訟の会
検索(安保法制)
検索(憲法改正)
検索(憲法9条)

集団的自衛権が違憲だということは、単に解釈の問題なのではなく、政府や国会の実践を事実として制限してきた、客観的に存在する憲法規範の一つであった。(宮﨑礼壹(1945-)・元内閣法制局長官、前橋地裁・証人尋問)(棚橋桂介(1977-))

憲法解釈

【集団的自衛権が違憲だということは、単に解釈の問題なのではなく、政府や国会の実践を事実として制限してきた、客観的に存在する憲法規範の一つであった。(宮﨑礼壹(1945-)・元内閣法制局長官、前橋地裁・証人尋問)(棚橋桂介(1977-))】

「我が国の(個別的)自衛権の行使は、武力攻撃から我が国や国民を守るための措置であり、したがって我が国に対する武力攻撃の発生をその発動の要件とするのに対して、集団的自衛権は、我が国に対する武力攻撃が発生しておらず、国民や国の存立が直接危険にさらされていない状況下での武力行使である点において、個別的自衛権とは決定的にその性格を異にするものであり、憲法上許されないというのが、歴代の政府によって繰り返し繰り返し表明され、国会の議論の中で積み上げられてきた、確立した解釈でした。
 このことについて、宮﨑礼壹・元内閣法制局長官は、前橋地裁における証人尋問において以下のように述べられました。「これは従来の政府が何度か集団的自衛権は違憲だと言いましたよというだけにとどまらないんですね。それは国会で質問され、国会の中で述べている見解なんです。しかも、それは、例えば防衛予算を通してくださいという立場のときに、あるいは防衛二法だとか、あるいはPKO法以降であれば毎年のように出た自衛隊の海外における活動を根拠付ける新しい法律、こういうものを通してくださいというふうに国会に提出したときに、国会において、これは集団的自衛権に当たるんじゃないかという議論が必ず出たわけです。それは具体的にも抽象的にも、そういう議論がされれば答えざるを得ません。そういうときに、政府としては、これは集団的自衛権を行使するというものに当たるものじゃありませんと、したがってご了解くださいということで、もし集団的自衛権行使に当たるのであれば違憲であるからできませんけれどもということを説明、約束して、防衛予算あるいは防衛関係の諸法律というものを手に入れてきた。そういうものを調達してきたわけです。集団的自衛権の行使は違憲だというのは、単にある解釈というにとどまらなくて、国会もそれをそうかということで予算を承認し、法律を成立させてきたわけですから、政府も国会も一緒になって、日本国国家として、憲法9条の下では集団的自衛権の行使はできないという道を実践してきたわけですね。憲法実践、国家実践として集団的自衛権の否定ということをしてきたわけで、単に答弁したことがあるということではないということをよく御理解いただきたいと思うわけです。」」
(出典:国家賠償請求訴訟 平成28年(ワ)13525号 2019年7月26日 第11回 口頭弁論  報告集会資料(代理人意見陳述)裁判資料・国家賠償請求訴訟安保法制違憲訴訟の会
(索引:憲法解釈)

(出典:安保法制違憲訴訟の会
安保法制違憲訴訟の会(2016-)(Collection of propositions of great philosophers)
安保法制違憲訴訟の会(2016-)
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