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2021年11月9日火曜日

38.芸術、哲学、宗教的信念、司法制度、政治的ガバナンスと経済制度、テクノロジー、科学は、情動の誘発に大きな影響を与える。逆に情動はホメオスタシスの代理であり、これら文化的構築物の新たな生成、発展、改善において重要な役割を演じている。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

ホメオスタシスの代理

芸術、哲学、宗教的信念、司法制度、政治的ガバナンスと経済制度、テクノロジー、科学は、情動の誘発に大きな影響を与える。逆に情動はホメオスタシスの代理であり、これら文化的構築物の新たな生成、発展、改善において重要な役割を演じている。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

 「以上の議論を踏まえると、感情と文化の関係に関して、「感情は、ホメオスタシスの代理と して、人類の文化を始動した反応の媒介者の役割を努めてきた」という仮説を提起することが できる。この仮説は妥当であろうか? 感情が動機となって、(1)芸術、(2)哲学的探究、(3) 宗教的信念、(4)司法制度、(5)政治的ガバナンスと経済制度、(7)テクノロジー、(8)科学な どの知的発明がもたらされたのか? 私なら、この問いに心から「イエス」と答えるだろう。 これら8つのいずれの面でも、文化的な実践や道具は、ホメオスタシスの低下(痛み、苦し み、窮乏、脅威、喪失など)や潜在的な恩恵(報酬をともなう結果など)を実際に感じる、も しくは予期することを人々に求めた。また、恩恵として示される豊かさを利用しつつ必要性を 満たしていくための方法を、知識と理性という道具を用いながら探究する動機づけとして、感 情が機能した。私はこれらについて、実例をあげて説明することができる。

 しかも、これは序の口にすぎない。文化的な反応が成功すると、感情による動機づけは低下 するか解消する。このプロセスは、ホメオスタシスの変化の《監視》を必要とする。そのよう な単純な反応に代わって、さまざまな社会集団の長期にわたる相互作用に基づく複雑な過程を 経て、知性による反応が採用され、それが文化体系へと取り込まれたり棄却されたりするよう になった。そして、それは規模や歴史から地理的な位置や内的、外的な権力関係に至るまで、 集団の持つ数々の特質に依存し、知性や感情が関与する段階を含む。たとえば文化的な闘争が 起こると、ネガティブな感情やポジティブな感情が動員され、それによって闘争が解決した り、悪化したりする。かくして文化的選択が適用されるのだ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-),『進化の意外な順序』,第1部 生命活動とその調節(ホメ オスタシス),第1章 人間の本性,pp.39-40,白揚社(2019),高橋洋(訳))

進化の意外な順序 感情、意識、創造性と文化の起源 [ アントニオ・ダマシオ ]

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「もし情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())


2018年6月10日日曜日

ホメオスタシスのプロセス:(1)内的、外的環境の変化、(2)変化の感知、(3)評価、反応。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

ホメオスタシスのプロセス

【ホメオスタシスのプロセス:(1)内的、外的環境の変化、(2)変化の感知、(3)評価、反応。(アントニオ・ダマシオ(1944-))】
ホメオスタシスのプロセス
(1) 一個の有機体の内部あるいは外部の環境で、何かが変化する。
(2) その変化が、その有機体の命の方向を変える。
(3) 有機体は、そうした変化を検出し、有機体の自己保存と効率的機能にとって、最も有益な状況を生み出すように反応する。
(3.1) 有機体の内部と外部の状況を評価する。有機体は、ただ単に生きている状態ではなく、より「優れた命の状態」を目指しているように見える。すなわち、人間であれば「健康でしかも幸福である」状態を目指しているように見える。
(3.2) 反応。
(3.3) 結果として、健全性への脅威を取り除く、改善への好機を手に入れる。

 「自然は、単なる生存という恩恵に満足せず、どうやらすばらしい後知恵も使ったようだ。じつは、生得的な生命調節装置は生と死の中間的な状態を目標とはしていない。そうではなく、ホメオスタシスの努力の目標は中間よりも優れた命の状態を、つまり、思考する豊かな生き物であるわれわれ人間が「健康でしかも〈幸福〉である」とみなす状態へ導くことだ。

 ホメオスタシスの全プロセスは、われわれの体の一つひとつの細胞の中で、刻一刻、命を調節している。この調節は以下のような単純な手順で実現されている。

第一に、一個の有機体の内部あるいは外部の環境で、何かが変化する。第二に、その変化がその有機体の命の方向を変える(その変化は有機体の健全性への脅威にもなるし、有機体の改善の好機にもなる)。第三に、有機体はそうした変化を検出し、有機体の自己保存と効率的機能にとってもっとも有益な状況を生み出すように反応する。

 すべての反応はこのような手順で起こる。それらは有機体の内部と外部の状況を〈評価し〉、それにしたがって動作する手段である。またそれらは、あるときはトラブルを検出し、またあるときは好機を検出する。そしてそれに働きかけることで、トラブルを取り除くという問題や、あるいは好機を手に入れるという問題を解決している。

あとで、狭義の情動――悲しみ、愛、罪悪感といった情動――においてさえ、そのような手順が形をとどめていることを述べる。ただし、その評価と反応は、単純な反応の場合と比較して、はるかに複雑である。それらの情動は、もともと、単純な反応が生物進化の過程で合体したものだからだ。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第2章 欲求と情動について、pp.60-61、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))
(索引:ホメオスタシス)

感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ


(出典:wikipedia
アントニオ・ダマシオ(1944-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織といった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたかのいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもてない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しかし、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学などからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新しい種類の研究だ。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第4章 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))

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1.ホメオスタシス機構の階層:(a)感情、(b)狭義の情動、(c)多数の動因と動機、あるいは欲求、(d)快または苦と結びついている行動、(e)免疫系、(f)基本的な反射、(g)代謝のプロセス(アントニオ・ダマシオ(1944-))

ホメオスタシス機構

【ホメオスタシス機構の階層:(a)感情、(b)狭義の情動、(c)多数の動因と動機、あるいは欲求、(d)快または苦と結びついている行動、(e)免疫系、(f)基本的な反射、(g)代謝のプロセス(アントニオ・ダマシオ(1944-))】
(a)感情
《例》欲望:意識を持つ個体が、自分の欲求やその成就、挫折に関して持つ認識と感情
(b)狭義の情動
《例》喜び、悲しみ、恐れ、プライド、恥、共感など。
(c)多数の動因と動機、あるいは欲求
《例》空腹感、喉の渇き、好奇心、探究心、気晴らし、性欲など。
《定義》欲求:ある特定の動因によって活発化する有機体の行動的状態
(d)快(および報酬)または苦(および罰)と結びついている行動――快楽行動、苦痛行動
《例》自動的な行動であり快や苦の経験が生じるとは限らない。意識される場合は「苦しい、快い、やりがいがある、苦痛を伴う」行動
《定義》特定の対象や状況に対する有機体の接近反応や退避の反応。
《誘発原因》
 ある身体機能の不調
 代謝調整の最適作用
 有機体に損害を与えるような外的事象
 有機体を保護するような外的事象
(e)免疫系
《誘発原因》
 有機体の外部から侵入してくるウイルス、細菌、寄生虫、毒性化学分子など。
 有機体の内部であっても、例えば死滅しつつある細胞から放出される有害な化学分子。
(f)基本的な反射
《例》有機体が音や接触に反応して示す驚愕反射。極端な熱さ、極端な寒さから遠ざけたり、暗いところから明るいところへ向わせたりする、走性、屈性など。
(g)代謝のプロセス
《定義》
・内部の化学的作用のバランスを維持するための、化学的要素(内分泌、ホルモン分泌)と機械的要素(消化と関係する筋肉の収縮など)
《機能》
・体内に適正な血液を分配するための、心拍数や血圧の調整。
・血液中や細胞と細胞の間にある液の酸度とアルカリ度の調整。
・運動、化学酵素の生成、有機体組織の維持と再生に必要なエネルギーを供給するための、タンパク質、脂質、炭水化物の貯蔵と配備の調整。

 「ホメオスタシス機構とは、自動的な生命調整を備えた、多数の枝分かれをもつ、大きな現象の木、と考えることができる。そして多細胞生物の場合、下から上に登っていくと、その立ち木には順に以下のようなものが見えてくるだろう。

 いちばん下の枝にあるのは、
・代謝のプロセス―――この中には、内部の化学的作用のバランスを維持するための化学的要素と機械的要素(たとえば内分泌やホルモン分泌、消化と関係する筋肉の収縮など)が含まれる。これらの作用は、たとえば心拍数や血圧(それにより体内に適正な血液が分配される)、内部環境(血液中や細胞と細胞の間にある液)の酸度とアルカリ度の調整、有機体にエネルギーを供給するために必要なタンパク質、脂質、炭水化物の貯蔵と配備(エネルギーは、運動、化学酵素の生成、有機体組織の維持と再生に必要)などを管理している。

・基本的な反射―――たとえば、有機体が音や接触に反応して示す驚愕反射。あるいは、有機体を極端な熱さや極端な寒さから遠ざけたり、暗いところから明るいところへ向わせたりする、走性、屈性など。

・免疫系―――免疫系は有機体の外部から侵入してくるウイルス、細菌、寄生虫、毒性化学分子などを撃退すべく備えている。興味深いことに、免疫系は、体内の健全な細胞に通常含まれている化学分子でも、それが死滅しつつある細胞から内部環境に放出されると有機体にとって危険であるような場合、そのような化学分子(たとえば、ヒアルロン酸の分解、グルタメート)に対しても備えている。要するに、免疫系は、有機体の完全性が外部からであれ内部からであれ脅かされるときの、第一の防御線である。

 中レベルの枝にあるのは、
・通常、快(および報酬)または苦(および罰)と結びついている行動―――こうしたものには、たとえば、特定の対象や状況に対する有機体の接近反応や退避の反応がある。人間の場合、感じることもできるし何が感じられているかを報告することもできるので、そうした反応は、苦しい、快い、やりがいがある、苦痛を伴うといったように説明される。」

(中略)「苦と快は多くの原因――たとえば、ある身体機能の不調、代謝調整の最適作用、有機体に損害を与えるような、あるいは有機体を保護するような外的事象――によって誘発される。しかし苦や快の〈経験〉は〈苦痛行動や快楽行動の原因ではない〉し、またそうした行動が生じる上で必要なものでもない。次項で述べるように、ひじょうに単純な生物は、たとえそうした行動を感じる可能性が低かったりゼロであったりしても、こうした情動的行動のうちいくつかを実行することができる。

 次に高いレベルにあるのは、
・多数の動因と動機―――主たる例は、空腹感、喉の渇き、好奇心、探究心、気晴らし、性欲、である。スピノザは〈欲求〉というじつに適切な言葉でそれらをひとまとめにし、また意識をもつ個体がそうした〈欲求〉を認識するようになる状況に対して〈欲望〉という言葉を使った。欲求という言葉は、ある特定の動因によって活発化する有機体の行動的状態を意味する。さらに欲望という言葉は、ある欲求をもっていることに対する、そしてその欲求の最終的な成就または挫折に対する意識的感情を意味している。このスピノザの区別は、本章の出発点である情動と感情の区別と、見事に対応している。明らかに人間には欲求と欲望があり、情動と感情がそうであるように、それらはシームレスに結びついている。

 最上部に近いが、最上部ではないレベルにあるのは、
・狭義の情動―――ここには自動化された生命調整のうちのもっとも重要な部分がある。つまり、喜びや悲しみや恐れからプライドや恥や共感まで、狭い意味での情動だ。では、木の最上部には何があるか。答えは単純、感情である。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第2章 欲求と情動について、pp.55-59、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))
(索引:ホメオスタシス,感情, 情動, 動因, 動機, 欲求, 快, 苦, 免疫系, 反射, 代謝)

感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ


(出典:wikipedia
アントニオ・ダマシオ(1944-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織といった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたかのいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもてない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しかし、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学などからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新しい種類の研究だ。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第4章 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))

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