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2020年3月19日木曜日

観測しなくても物理量の値があるという仮定(値の実在論)と局所性と因果律を合わせた理論はベルの不等式を導く。一方で,量子論はベルの不等式の破れを予測し、実験で破れが確認された。局所性と因果律が間違っているとは考えにくいので、値の実在論は誤りである。(谷村省吾(1967-))

値の実在論

【観測しなくても物理量の値があるという仮定(値の実在論)と局所性と因果律を合わせた理論はベルの不等式を導く。一方で,量子論はベルの不等式の破れを予測し、実験で破れが確認された。局所性と因果律が間違っているとは考えにくいので、値の実在論は誤りである。(谷村省吾(1967-))】
 「言葉使いに関する注意だが,科学哲学 [20, 21] で言う実在論(科学的実在論)と,いま問題にしている実在論は,ややニュアンスが異なる。私もよくわかっているわけではないので,哲学的用語解説への深入りは避けたいが,簡単に述べておこう。
 物理学では,電磁場やゲージ場や電子やニュートリノやエントロピーやブラックホールや非可換物理量やヒルベルト空間やラグランジアンのような,人間が直接見たり触れたりできないものを想定することがあるが,たとえ目に見えなくても,またそのようなものを想定する物理理論がなくても,それらが現に存在していると信じる立場を科学的実在論という。
 これに対して,電子のような抽象概念が理論上便利であることは認めるが,文字通りにそのような「もの」があると信じることを保留する立場を反実在論という。ただし,反実在論者と言えども,観測不可能な概念を想定している科学が間違っていると主張しているわけではない。「電子という概念を使うと便利なことは私も知っているが,そのことが電子の存在を信じる根拠になるわけではない。私は,電子がこの世にあるとかないとか,私の目や耳で確かめようのないことは言わない」という立場が,科学哲学でいう反実在論である。反実在論は,控え目で慎重な立場とも言えるが,自分の感覚だけを信じて,ハイテクの観測手段はあてにしないという,わざとらしいアナクロ立論のようにも思える。一方で,物理学者は,例えば机の実在性と電子の実在性とエントロピーの実在性とが同レベルで語られるものではないことをよく知っており,それらを「実在」の一言で表そうとする方に無理があることを心得ている。結局のところ,科学的実在論 vs. 反実在論の哲学論争は,本来多義的であるはずの「実在」という言葉に一義的な定義を押し付けようとして空しい努力を続けているように私には思える。
 本記事で問題にしている実在論は,我々が観測できるものは,適当な条件が満たされれば(単純に言えば,何度観測しても誰が観測しても同じ結果になることを確認する),観測していないときも観測したとおりに存在している,と信ずる立場のことである。とりわけ,いま問題にしているのは,物理量の値の実在性である。例えば,体重は物理量であり,60 キログラムというのは物理量の値である。物理量を測れば値を得るが,測っていないときも物理量の値はあるはずだ,と信ずるのが,いわば「値の実在論」の立場である。
 そして,この「値の実在論」と局所性と因果律を合わせた理論はベルの不等式を導く。一方で,量子論はベルの不等式の破れを予測し,実験でもベルの不等式の破れが確認された。局所性と因果律が間違っているとは考えにくいので,「値の実在論」が現実世界では通用しないのだろう,というのが本記事の結論であった。
 私は,科学的実在論と反実在論のどちらが正しいかという議論をしたいのではないし,一意的な「実在」の定義を探しているのでもない。ただ,この自然界における「実在」の奥行を感じてもらいたくて本記事を書いた。」
『「揺らぐ境界? 非実在が動かす実在」を読んでいろいろ疑問が湧いた人のための補足谷村省吾 名古屋大学
(索引:値の実在論)

(出典:名古屋大学
谷村省吾(1967-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「最近(2020年)、時間の哲学と心の哲学の問題に関わることが多くなり、「意識とは何か、物理系に意識を実装できるか」という問題を本格的に考えたいと思うようになった。裏プロジェクトとして意識の科学化を考えている。
 「科学で扱えるものと扱えないとされるもののギャップ」は、心得ておくべきではあるが、ギャップにこそ重要な問題が隠されており、ギャップを埋める・ギャップを乗り越えることによって科学は進歩してきたとも言える。」(中略)
 「物理学におけるギャップの難問として次のようなものがある。マクロ系によるミクロ系の観測に伴う波束の収縮、量子系から古典系の創発、相対論的系から非相対論的系の出現、可逆力学系から不可逆系の出現、意識なきものから意識あるものの出現「いまある感」の起源、などがそのような例であるが、これらは地続きの問題であり、いずれも機が熟すれば科学的に究明されるべき課題だと私は考えている。」(後略)
(研究の裏で私が意識していること 谷村省吾 名古屋大学谷村省吾(1967-)

谷村省吾(1967-)
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