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2018年8月28日火曜日

(a)前意識状態における確率論的計算性 (b)自己調整性 (c)状態の非局所性 (d)前意識状態から意識への確定の計算不可能性 (e)時間の一方向に進む「意識の流れ」 (f)なお、500msのコヒーレント時間に関与するニューロン数は約1000個。(ロジャー・ペンローズ(1931-))

意識に量子論が関係すると思われる理由

【(a)前意識状態における確率論的計算性 (b)自己調整性 (c)状態の非局所性 (d)前意識状態から意識への確定の計算不可能性 (e)時間の一方向に進む「意識の流れ」 (f)なお、500msのコヒーレント時間に関与するニューロン数は約1000個。(ロジャー・ペンローズ(1931-))】

(1)前意識的なプロセスにおいては、コヒーレントな量子的重ね合わせとそれに基づく計算が、マイクロチューブル内のチューブリンで起こる。
 (1a)チューブリンの初期状態
 (1b)量子的な振動を制御するマイクロチューブル関連蛋白質(MAPs)が、「自己調整」する。
 (1c)(1a)、(1b)により、チューブリンがどのような状態になるかの確率が決まる。
 (1d)この量子的状態は、非局所的である。すなわち、収縮を誘発する質量の移動が小さな領域で起こることによっても生ずるし、あるいは大きな領域にわたって均一に起こることによっても生ずる。
 (1e)ノイズにあふれ、混沌とした細胞内の環境で果たして量子的コヒーレントな状態が維持できるのかという疑問がある。この点については、生化学的なラディカルのペアが、細胞質内で分離した後も相関を保つという、肯定的なデータがある。また、蛋白質の中のコヒーレントな励起状態の証拠が報告されている。
(2)前意識的な状態は、古典的に定義された状態へと落ち込む。この過程は、計算不可能である。すなわち、これらの状態は、量子的計算の最初の状態から、アルゴリズムに基づいて決定することはできない。このように、(1b)により「自己調整」されたこの収縮過程を、「調節された客観的収縮」(Orch OR)と呼ぶ。
(3)定量的な評価:T = h/2πE
 T:重ね合わされた状態が自己収縮するまでの寿命。「コヒーレント時間」と呼ぶ。
 E:二つの分布の間の差に対応する重力的自己エネルギー。
 T=500msとして見積もると(リベットらによって、前意識的なプロセスを特徴づける時間)
  チューブリン数:約109
  各ニューロンの中の10%のチューブリンがコヒーレントな量子的重ね合わせに参加しているとすると、
       ニューロン数:約103
 T=50msだと、ニューロン数:約104
 T=5ms だと、ニューロン数:約105
(4)一つ一つの自己組織化された「Orch OR」を、単一の意識的イベントとみなす。
(5)このようなイベントが次々と起こることによって、「意識の流れ」が形成され、また、一方向に進む時間の流れを形成する。

 「私たちが提出しているモデルは、次のような内容を含んでいる。
(1) 量子力学のさまざまな側面(たとえば量子的コヒーレンス)と、前に示唆したような自己収縮の過程(客観的収縮、「OR」)は意識において本質的な役割を果たしている。これらの過程は、脳のニューロンの中で、細胞骨格のマイクロチューブルをはじめとする構造の中で起こっている。
(2) マイクロチューブルを構成するチューブリンの構造は、内部の量子状態と関連している。そして、チューブリン同士が共同的に相互作用することによって、古典的および量子的な計算が行なわれている。
(3) 量子的なコヒーレントな重ね合わせがチューブリンの間に起こる際には、環境からの熱的エネルギーと、生体分子からの生化学的エネルギーが関与する(この際、フレーリッヒが提案したようなメカニズムが働いているかもしれない)。最近になって、蛋白質の中のコヒーレントな励起状態の証拠が報告されている。
 さらに、マイクロチューブルの表面付近の水分子は、ランダムではなく、ある秩序の下に、蛋白質の表面と相互作用していると考えられる。マイクロチューブルの中の中空の構造は、量子的な波の伝導管として働き、量子的にコヒーレントな光子を作り出すかもしれない(ちょうど、「超光放射」(super-radiance)や、「自己誘導透明化」(self-induced transparancy)の現象のように)。コヒーレントな状態は、周りの環境から隔離された形で、最大数百ミリ秒にわたって保たれる必要がある。このようなコヒーレントな状態は、
 (a)マイクロチューブルの筒の中の中空
 (b)チューブリンの疎水性のポケット
 (c)コヒーレントに秩序づけられた水分子
 (d)ゾル-ゲル層
 の中で起こる可能性がある。
 ノイズにあふれ、混沌とした細胞内の環境で果たして量子的コヒーレントな状態が維持できるのかという疑問があるだろう。この点については、生化学的なラディカルのペアが、細胞質内で分離した後も相関を保つという、肯定的なデータがある。
(4) 前意識的なプロセスにおいては、コヒーレントな量子的重ね合わせとそれに基づく計算が、マイクロチューブル内のチューブリンで起こる。この重ね合わせの状態は、チューブリンの固有状態の間の質量分布の差が量子重力のしきい値に達するまで維持される。しきい値に達したとき、自己収縮(OR)が起こる。
(5) 自己収縮(OR)の結果、マイクロチューブル内のチューブリンは、古典的に定義された状態へと落ち込む。「OR」に関するある種の理論によれば、結果として生ずる古典的な状態は、計算不可能である。つまり、これらの状態は、量子的計算の最初の状態から、アルゴリズムに基づいて決定することはできない。
(6) 「OR」の結果、チューブリンがどのような状態になるかの確率は、チューブリンの初期状態や、量子的な振動を制御するマイクロチューブル関連蛋白質(MAPs)の状態によって決まる。このような理由で、私たちはマイクロチューブル内で自己調節しながら起こる「OR」のプロセスを、「調節された客観的収縮」(Orch OR)と呼ぶのである。
(7) ペンローズによって提出された「OR」に関する議論によれば、重ね合わされた状態は、それぞれが独自の時空構造の幾何学を持つことになる。コヒーレントな質量-エネルギー分布の違いが、十分に大きい時空の幾何学の分離をもたらしたときに、システムは単一の状態へと自己崩壊を起こす。こうして、「Orch OR」は、基本的な時空構造の幾何学における自己選択を含む。
(8) 十分によく定義された質量分布を持つ二つの状態が重ね合された状態から「Orch OR」が起こるプロセスを定量的に評価するためには、二つの分布の間の差に対応する重力的自己エネルギーEを求めればよい。ここから、重ね合わされた状態が自己収縮するまでの寿命Tが、
  T = h/2πE
 という式で求められる。私たちは、Tを、重ね合わせがコヒーレントに維持される時間=「コヒーレント時間」と呼ぶことにする。ここで、Tの大きさとして、T=500ミリ秒という値を採用してみよう。これは、リベットらによって、前意識的なプロセスを特徴づける時間とされてきた値である。この値からEを計算すると、コヒーレントな状態を500ミリ秒保つために必要なチューブリンの数が推定できる。答えは、約109個のチューブリンということになる。
(9) 典型的な脳のニューロンは、約107個のチューブリンを持っている。もし各ニューロンの中の10%のチューブリンがコヒーレントな量子的重ね合わせに参加しているとすると、約103個のニューロンが、コヒーレントな状態を500ミリ秒保つために必要とされることになる。
(10) 私たちは、一つ一つの自己組織化された「Orch OR」を、単一の意識的イベントとみなす。このようなイベントが次々と起こることによって、「意識の流れ」が形成される。もし、何らかの理由によって、生体が脅かされたり、興奮したとしよう。この時には、コヒーレントな量子的状態が速く現れ、たとえば、1010個のチューブリンが50ミリ秒以内に「Orch Or」を起こすと考えられる。もし、1011個のチューブリンが参加すれば、5ミリ秒で「Orch Or」が起こる。
 たとえば、あなたの前に突然ベンガル虎が現れたとすると、1012個のチューブリンが、0.5ミリ秒以内に「Orch OR」を起こすことになるかもしれない。もちろん、より遅い時間経過をたどるコヒーレント状態もあるだろう。ちなみに、単一の電子は、自己収縮を起こすために、宇宙の年齢以上の時間を要する。
(11) 量子的状態は、非局所的である。その理由は、量子的状態が、「巻き込み」(entanglement)を、すなわち、EPR(Einstein-Podolsky-Rosen)パラドックスのような効果を起こしうるからだ。収縮の過程では、このような非局所的な状態が、一気に一つの状態に落ち込む。非局所的な収縮は、収縮を誘発する質量の移動が小さな領域で起こることによっても生ずるし、あるいは大きな領域にわたって均一に起こることによっても生ずる。個々の瞬間的な「Orch Or」のイベントは、空間的、時間的な広がりを持つ重ね合わせの自己エネルギーが、特定の瞬間にしきい値に達することによって生ずる。情報は、このような瞬間的なイベント(意識の中での心理的な「今」)に結びついて表現される。このような一連の「Orch Or」が、私たちにとってなじみの深い「意識の流れ」を形成し、また、一方向に進む時間の流れを形成する。」
(ロジャー・ペンローズ(1931-),『影への疑念を超えて』(日本語名『ペンローズの量子脳理論』),意識は、マイクロチューブルにおける波動関数の収縮として起こる,5「Orch OR」による意識のモデルの要約,徳間書店(1997),pp.156-162,茂木健一郎(訳))
(索引:量子力学,意識)

ペンローズの量子脳理論―21世紀を動かす心とコンピュータのサイエンス (Naturaーeye science)


(出典:wikipedia
ロジャー・ペンローズ(1931-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「さらには、こうしたことがらを人間が理解する可能性があるというそのこと自体が、意識がわれわれにもたらしてくれる能力について何らかのことを語っているのだ。」(中略)「「自然」の働きとの一体性は、潜在的にはわれわれすべての中に存在しており、いかなるレヴェルにおいてであれ、われわれが意識的に理解し感じるという能力を発動するとき、その姿を現すのである。意識を備えたわれわれの脳は、いずれも、精緻な物理的構成要素で織り上げられたものであり、数学に支えられたこの宇宙の深淵な組織をわれわれが利用するのを可能ならしめている――だからこそ、われわれは、プラトン的な「理解」という能力を介して、この宇宙がさまざまなレヴェルでどのように振る舞っているかを直接知ることができるのだ。
 これらは重大な問題であり、われわれはまだその説明からはほど遠いところにいる。これらの世界《すべて》を相互に結びつける性質の役割が明らかにならないかぎり明白な答えは現れてこないだろう、と私は主張する。これらの問題は互いに切り離し、個々に解決することはできないだろう。私は、三つの世界とそれらを互いに関連づけるミステリーを言ってきた。だが、三つの世界ではなく、《一つの》世界であることに疑いはない。その真の性質を現在のわれわれは垣間見ることさえできないのである。」

    プラトン的
    /世界\
   /    \
  3      1
 /        \
心的───2────物理的
世界         世界


(ロジャー・ペンローズ(1931-),『心の影』,第2部 心を理解するのにどんな新しい物理学が必要なのか,8 含意は?,8.7 三つの世界と三つのミステリー,みすず書房(2001),(2),pp.235-236,林一(訳))

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2018年8月27日月曜日

量子力学の法則と、観測結果とを結びつける明確な理解に、私たちは未だ到達していない。観測過程を客観的な時間発展の結果として記述できるような法則の解明には、私たちの意識の理解が関わっていると思われる。(ロジャー・ペンローズ(1931-))

量子力学と意識

【量子力学の法則と、観測結果とを結びつける明確な理解に、私たちは未だ到達していない。観測過程を客観的な時間発展の結果として記述できるような法則の解明には、私たちの意識の理解が関わっていると思われる。(ロジャー・ペンローズ(1931-))】

1.(U)波動関数の時間発展(シュレーディンガー方程式)
 量子的コヒーレントな重ね合わせ。収縮は起こらない。
2.(R、SR)収縮、主観的収縮
 通常の量子力学(コペンハーゲン解釈)。環境との巻き込み観測。意識を持つ観測者による観測。
3.(OR)客観的収縮
 新しい物理学(Penrose 1994)。自己収縮。量子重力によって引き起こされる(Penrose,Doisi他)。
4.(Orch OR)調節された客観的収縮
 意識(この論文)。自己収縮。マイクロチューブルにおける量子重力的しきい値がMAPsなどによって調節される。

 「現在の物理学は、なぜ、どのようにして波動関数の収縮「R」が起こるのかを明確に説明することができないと断言してよいだろう。1930年代を通して、実験的あるいは理論的な証拠に基づく物理学者たち(たとえば、シュレーディンガー、ディラック、フォン・ノイマンその他)の考えは、量子力学におけるコヒーレントな重ね合わせは、時間的にはいつまでも続きうるというものだった。したがって、原理的には、ミクロなスケールからマクロのスケールまで重ね合わせが維持されうると考えられた。あるいは、意識を持つ観測者によって観測が行なわれ、その結果波動関数が収縮するまで、重ね合わせは維持されると考えられた。このような波動関数の収縮を、主観的収縮、「SR」(subjective reduction)と呼ぼう。「RS」の考え方によれば、マクロな物体でさえ、もし観測されないまま放っておかれれば、重ね合わせの状態のままでいることになる。このような考えがいかに馬鹿げているかを示すために、エルヴィン・シュレーディンガーは、有名な「シュレーディンガーの猫」の思考実験を提出した。つまり、観測者が箱を開けて見るまで、中の猫は死んでいる状態と生きている状態の重ね合わせ状態にとどまっているという常識では受け入れがたい結論だ。
 このような困った状況を避けるために、客観的な基準による波動関数の収縮(客観的収縮、「OR」)のメカニズムが最近になって提案されている。このようなメカニズムに基づくと、重ね合わせられた状態は、時間発展して、やがてしきい値に達し、そこで波動関数の収縮、すなわち「OR」が、急速に起こる。これらのメカニズムのうちのいくつかは、重力の効果が「OR」を引き起こすとしている。」

(以下、p.139の図1(波動関数の収縮メカニズムの分類)を元に、意味を変えずに記載し直してある。)
1.(U)波動関数の時間発展(シュレーディンガー方程式)
 量子的コヒーレントな重ね合わせ。収縮は起こらない。
2.(R、SR)収縮、主観的収縮
 通常の量子力学(コペンハーゲン解釈)。環境との巻き込み観測。意識を持つ観測者による観測。
3.(OR)客観的収縮
 新しい物理学(Penrose 1994)。自己収縮。量子重力によって引き起こされる(Penrose,Doisi他)。
4.(Orch OR)調節された客観的収縮
 意識(この論文)。自己収縮。マイクロチューブルにおける量子重力的しきい値がMAPsなどによって調節される。
(ロジャー・ペンローズ(1931-),『影への疑念を超えて』(日本語名『ペンローズの量子脳理論』),意識は、マイクロチューブルにおける波動関数の収縮として起こる,2 時間と空間:量子力学とアインシュタインの重力理論,徳間書店(1997),pp.137-139,茂木健一郎(訳))
(索引:量子力学,意識,観測,主観的収縮,客観的収縮)

ペンローズの量子脳理論―21世紀を動かす心とコンピュータのサイエンス (Naturaーeye science)


(出典:wikipedia
ロジャー・ペンローズ(1931-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「さらには、こうしたことがらを人間が理解する可能性があるというそのこと自体が、意識がわれわれにもたらしてくれる能力について何らかのことを語っているのだ。」(中略)「「自然」の働きとの一体性は、潜在的にはわれわれすべての中に存在しており、いかなるレヴェルにおいてであれ、われわれが意識的に理解し感じるという能力を発動するとき、その姿を現すのである。意識を備えたわれわれの脳は、いずれも、精緻な物理的構成要素で織り上げられたものであり、数学に支えられたこの宇宙の深淵な組織をわれわれが利用するのを可能ならしめている――だからこそ、われわれは、プラトン的な「理解」という能力を介して、この宇宙がさまざまなレヴェルでどのように振る舞っているかを直接知ることができるのだ。
 これらは重大な問題であり、われわれはまだその説明からはほど遠いところにいる。これらの世界《すべて》を相互に結びつける性質の役割が明らかにならないかぎり明白な答えは現れてこないだろう、と私は主張する。これらの問題は互いに切り離し、個々に解決することはできないだろう。私は、三つの世界とそれらを互いに関連づけるミステリーを言ってきた。だが、三つの世界ではなく、《一つの》世界であることに疑いはない。その真の性質を現在のわれわれは垣間見ることさえできないのである。」

    プラトン的
    /世界\
   /    \
  3      1
 /        \
心的───2────物理的
世界         世界


(ロジャー・ペンローズ(1931-),『心の影』,第2部 心を理解するのにどんな新しい物理学が必要なのか,8 含意は?,8.7 三つの世界と三つのミステリー,みすず書房(2001),(2),pp.235-236,林一(訳))

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2018年8月14日火曜日

2人以上の情動表出者が、相手の情動を互いに、自己の内臓運動の表象として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「情動の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

情動の共有空間

【2人以上の情動表出者が、相手の情動を互いに、自己の内臓運動の表象として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「情動の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))】

情動の共有空間
(a)観察者A=情動表出者A
 (a1) 他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情動が直ちに感知される。これは潜在的な場合もあれば実行されることもあり、複雑な対人関係の基盤の必要条件となっている。
(b)情動表出者B=観察者B
 同時にBは、Aの情動表出を見るとき、Bの情動を直ちに感知する。
(c)このように、2人以上の情動表出者が、相手の情動を互いに、自己の内臓運動の表象として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「情動の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。

(再掲)
行為の共有空間
2人以上の行為者が、相手の行為の意図を互いに、自己の潜在的運動行為として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「行為の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。

 「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:情動の共有空間)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:)

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2018年8月12日日曜日

他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情動が直ちに感知される。これは潜在的な場合もあれば実行されることもあり、複雑な対人関係の基盤の必要条件となっている。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

共感

【他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情動が直ちに感知される。これは潜在的な場合もあれば実行されることもあり、複雑な対人関係の基盤の必要条件となっている。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))】

(1)他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情動が直ちに感知できる。
 (1.1)他者が、情動を感じている表情を見る。(視覚情報)
 (2.2)観察者の情動の基盤となっている内臓運動に関係する神経構造が、自動的に活性化される。
 (3.3)これにより、他者の情動が、直ちに了解される。ただし情動は、それが他者の表情や行為にどう表れているかに関係する、感覚的側面の内省的処理によって理解される場合もあるかもしれない。
(2)島の活性化によって引き起こされる内臓運動反応の周囲にある中枢は、潜在的な内臓運動活動を表象しており、それが実行されることもあれば、潜在的な状態にとどまることもある。
(3)このような情動の理解は、「同情」のための前提だ。しかし「同情」には他の要因も必要となる。例えば、相手が誰なのか、相手とどういう関係にあるのか、相手の立場になったところを想像できるか、相手の情動の状態や願望や期待といったものに対して責任を引き受ける気があるかなどだ。

 「よく知られているように、吐き気を催している人を目にすると、見ている側にも同じような反応が起きる。見ている人は、実際に吐かないまでも、必ずと言っていいほど、何か特別に不快な物を食べたり飲んだりしたかのように、吐き気や、ひどい腹痛などに見舞われる。島の活性化によって引き起こされる内臓運動反応が、周囲にある中枢に影響を及ぼすとはかぎらないとはいえ、そうした中枢が完全に無関係というわけではない。じつはその正反対で、周囲にある中枢は潜在的な内臓運動活動を表象しており、それが実行されることもあれば、潜在的な状態にとどまることもあるが、いずれにせよ、それは、主体である「私」が他者の情動を理解する上でぜったいに欠かせない。
 行為を理解するのに、その行為の模倣が必要ではないのと同じで、他者の情動の意味を理解するために相手の行動を細部まで余すところなく再現する必要はない。他者の運動行為や情動反応の知覚に、異なる皮質回路が関与しているとしても、そうした知覚は、ミラーメカニズムによって統合されているようだ。ミラーメカニズムのおかげで、私たちの脳は、自分が見たり感じたりしていること、あるいは他者が行っているのだろうと思っていることがただちに理解できる。それはこのメカニズムが、私たち自身の行為や情動の基盤となっているのと同じ(それぞれ運動と内臓運動にまつわる)神経構造を活性化するからだ。すでに述べたとおり、他者の行為や意図を理解するために私たちの脳に備わっている手段はミラーメカニズムだけではない。これは情動にも当てはまる。情動は、それが他者の表情や行為にどう表れているかに関係する、感覚的側面の内省的処理によって理解される場合もあるかもしれない。しかし、内省的処理だけで、内臓運動の「ミラーリング」の支援がなければ、ジェイムズの言う、純粋な「情動的温かみ」を欠く「色彩のない」知覚にとどまるだろうことは忘れてはならない。
 情動のミラーニューロン系は、他者の情動を一瞬で理解することを可能にする。この瞬間的な理解は、より複雑な対人関係の大半の基盤となる共感にとって、必要条件だ。とはいえ、他者の情動の状態を内臓運動レベルで共有することと、その人に共感することは、まったく違う次元の話だ。たとえば、誰かが苦しんでいるのを目にしたからといって、反射的にその人に同情するとはかぎらない。同情することはよくあるが、同情するには苦しんでいる人を見ることが前提となるものの、逆は必ずしも真実とは言えない点で、二つのプロセスはまったく異なる。さらに同情には、痛みを認識する以外にもさまざまな要因が必要となる。たとえば相手が誰なのか、相手とどういう関係にあるのか、相手の立場になったところを想像できるか、相手の情動の状態や願望や期待といったものに対して責任を引き受ける気があるかなど、そうした要因は枚挙に暇がない。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第7章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.207-208,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:共感,情動)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:)

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2018年8月11日土曜日

模倣による学習や、模倣による行為の再現のためには、ミラーニューロン系の存在が必要ではあるが、十分ではない。ミラーニューロン系を制御する他の皮質野の介入が必要である。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

ミラーニューロン系の制御

【模倣による学習や、模倣による行為の再現のためには、ミラーニューロン系の存在が必要ではあるが、十分ではない。ミラーニューロン系を制御する他の皮質野の介入が必要である。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))】
 ミラーニューロン系を制御するシステムが必要で、このシステムには促進機能と抑制機能の二つの機能が欠かせない。
 (1) 他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つといった運動特性に呼応した、観察者が知っている運動感覚の表象が自動的に現れる。この表象が行為の「意味」であり、他者の「意図」である。これは、ミラーニューロンにより実現されている。
 (2)抑制機能がないと、目にした運動行為が自動的に再現されてしまう。実際、前頭葉に広範囲の損傷がある患者は、目にした他者の行為、とくに治療してもらっている医師の行為を繰り返してしまう。また、他者の行為を反射的に模倣してしまう「反響動作症」という障害も存在する。
 (3)模倣による学習や、運動レパートリーに属している行為を実際に再現するためには、ミラーニューロン系以外の皮質野の介入を必要とする。また、潜在的行為を、実際の運動行為の実行へと移行される促進機能も必要である。

 「この分析は、どちらの模倣のかたちもミラー特性を持つ皮質野の活性化に頼っていることを示しており、これは、他者の行為を観察することで得た視覚情報を、それに対応する運動表象と結びつけるメカニズムが存在することを示唆している。サルとは対照的に、ヒトのミラーニューロン系は「他動詞的」な行動と「自動詞的」な行動の両方をコードし、観察した行為の時間的な側面を正確に把握していることがわかっている。したがって、ヒトはこの優れた運動レパートリーのおかげで、模倣、なかでも模倣による学習で、サルより大きな潜在能力を持つと考えられる。
 それでもやはり、運動レパートリーの豊かさだけが学習能力を決めることにはならないし、ミラーニューロン系の存在にしても同じだ。ミラーニューロン系が《必要条件》であるのは確かだが、それだけでは模倣を達成する《十分条件》にはならない。これは、つい先ほど見たようにミラーニューロン系以外の皮質野の介入を必要とする。模倣によって《学習する》能力に対して言えるだけでなく、他人がした行為で私たちの運動レパートリーに属している行為を《再現する》能力にも当てはまる。模倣にはミラーニューロン系を制御するシステムが必要で、このシステムには促進機能と抑制機能の二つの機能が欠かせない。ミラーニューロンによってコードされた潜在的行為を、観察者から求められたときに実際の運動行為の実行へと移行される促進機能は不可欠だが、同時に、この移行を抑える抑制機能も必要となる。もしそれが働かなかったら、自動的に行動が再現されてしまう。私たちが目にする運動行為がすべてたちまち再現されることになる。幸い、抑制機能のおかげでそうならずに済んでいる。
 ミラーニューロン系を制御するメカニズムの存在は豊富なデータ(そのほとんどが臨床データ)に裏づけられている。前頭葉に広範囲の損傷がある患者は、目にした他者の行為、とくに治療してもらっている医師の行為を繰り返してしまい、それがなかなかやめられないことが知られている。(いわゆる「模倣行動」)。このような制御メカニズムの障害の度合いがより深刻な患者に見られる場合のある病的行動として、「反響動作症」も挙げられる。この障害を抱えた患者は、他者の行為をただちに模倣せずにはいられない傾向を持っており、たとえそれが非常に奇異な行為であってもほとんど反射作用のように模倣してしまう。このように、前頭葉に損傷があると、前頭-頭頂回路によってコードされた潜在的行為の模倣行為への変換を遮断するブレーキ・メカニズムが排除されることがわかる。この遮断は、前頭-頭頂回路に全般的な促進機能を働かせると思われる前部内側領域(たとえば前補足運動野)の抑制によって引き起こされる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第6章 模倣と言語,紀伊國屋書店(2009),pp.168-169,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:ミラーニューロン系の制御,反響動作症)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:)

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2018年8月9日木曜日

2人以上の行為者が、相手の行為の意図を互いに、自己の潜在的運動行為として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「行為の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

行為の共有空間

【2人以上の行為者が、相手の行為の意図を互いに、自己の潜在的運動行為として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「行為の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))】

行為の共有空間
(a)観察者A=行為者A
 (a1) 他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つといった運動特性に呼応した、観察者が知っている運動感覚の表象が自動的に現れる。この表象が行為の「意味」であり、他者の「意図」である。
 (a2)すなわち、行為者Bの行為が、単独の行為であっても行為の連鎖であっても、観察された状況に最もふさわしい型の観察者Aの潜在行為として表象され、行為者Bが好むと好まざるとにかかわらず、観察者Aに対して意味を持つ。ここでは、意図的な「認知作業」はいっさい必要ない。
(b)行為者B=観察者B
 同時にBは、Aの行為を見るとき、その行為はただちにBに対して意味を持つ。
(c)このように、2人以上の行為者が、相手の行為の意図を互いに、自己の潜在的運動行為として自動的に了解し合っているとき、この相互関係の状況を「行為の共有空間」と呼ぶ。これは、ミラーニューロンが実現している。

 「「見る側の行為」は潜在的な運動行為であり、ミラーニューロンの活性化によって引き起こされる。ミラーニューロンは運動の言語で感覚情報をコードし、私たちが他者のすることを見てただちにそれを理解する能力の根底にある、行為と意図の「相互関係」を可能にする。他者の意図の理解とは、この場合、心理化、すなわちメタ表象活動に基づくのではなく、観察された状況に最もふさわしい行為の連鎖の選択にかかっている。誰かが何かをするのを見たとたん、それが単独の行為であっても行為の連鎖であっても、相手が好むと好まざるとにかかわらず、その動きはただちに私たちにとって意味を持つ。当然、その逆も成り立つ。私たちの行為はそれを見ている人にとってただちに意味を持つ。ミラーニューロン系と、それを作り上げているニューロンの反応の選択性が「行為の共有空間」を生み出し、その中で、個々の行為や行為の連鎖が、それが自分たちのものであろうと他者のものであろうと、ただちに記録され理解される。明確な、あるいは意図的な「認知作業」はいっさい必要ない。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第5章 ヒトのミラーニューロン,紀伊國屋書店(2009),pp.148-149,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:行為の共有空間)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
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2018年8月8日水曜日

サルとヒトのミラーニューロンの違い:広範囲の皮質を含む、自動詞的な運動行為にも反応する、個々の動きと行為の目的の両方を捉える、行為の真似に対しても反応する。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

サルとヒトのミラーニューロンの違い

【サルとヒトのミラーニューロンの違い:広範囲の皮質を含む、自動詞的な運動行為にも反応する、個々の動きと行為の目的の両方を捉える、行為の真似に対しても反応する。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))】
サルとヒトのミラーニューロンの違い。
 ・ヒトでは、サルの場合よりも広範囲の皮質を含むように見える。
 ・ヒトのミラーニューロン系は「他動詞的」な運動行為と「自動詞的」な運動行為の両方をコードする。
 ・運動行為の目的と、行為を構成する個々の動きの両方をコードすることができる。
 ・「他動詞的」な運動行為の場合、対象物への実際の働きかけは絶対条件ではない。行為を真似ただけのときも、活性化できる。

(再掲)
(b)ミラーニューロン
 (b1)特定の運動行為に対応したニューロンが発火するのは、カノニカルニューロンと同じである。
 (b2)他者が、対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その特定のタイプの行為に呼応したニューロンの一部が発火する。例えば、つかむミラーニューロン、持つミラーニューロン、いじるミラーニューロン、置くミラーニューロン、両手で扱うミラーニューロン。運動行為の視覚情報には、次のような特徴がある。
 ・カノニカルニューロンとは違い、食べ物や立体的な対象物を見たときには発火しない。
 ・手や口や体の一部を使って、対象物へ働きかける行動を見たときに限られ、腕を上げるとか手を振るといったパントマイムのような行為、対象物のない自動詞的行為には反応しない。
 ・見えた行為の方向や、実験者の手(右か左か)に影響されるように思える場合もある。
 ・観察者と観察される行為との距離や相対的位置関係にはほとんど影響されずに発火する。
 ・視覚刺激の大きさに影響されることもない。
 ・2つ、あるいはめったにないが3つの運動行為のいずれかを観察すると発火するニューロンもあるようだ。  (b3)その結果、他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つ、いじるといった運動特性に呼応した、運動感覚の表象が現れ、他者の行為の意味が感知できる。

 「これまで見てきたように、電気生理学と脳画像研究はともに、サルで発見されたものとよく似たミラーニューロンがヒトにも存在していることを示している。しかし、両者には重要な違いがいくつかある。一つには、ミラーニューロン系はヒトでは、サルの場合よりも広範囲の皮質を含むように見える。もっともこの結論は、種によって使われる実験技術が違う点を考えると、ある程度用心して扱わねばならない。個々のニューロンの活動を記録するのと、血流の変化に基づいてさまざまな皮質野の活動を分析するのとは、まったく別物だからだ。しかし、なんと言っても最も重要な違いは、ヒトのミラーニューロン系には、サルで発見されていない特性があることだ。たとえば、ヒトのミラーニューロン系は「他動詞的」な運動行為と「自動詞的」な運動行為の両方をコードするし、運動行為の目的と、行為を構成する個々の動きの両方をコードすることもできる。最後に、「他動詞的」な運動行為の場合、対象物への実際の働きかけは絶対条件ではない。行為を真似ただけのときも、活性化できるからだ。
 すでに述べたように、こうした特性には重要な機能的意味合いがあるのかもしれない。しかし、ヒトのミラーニューロン系がサルで観察されたものよりも幅広いタスクを遂行できるからといって、ミラーニューロン系の《第一》の役割、すなわち「他者の行為の意味の理解」に関連した役割をうやむやにしてはならない。現に、他者の手による行為の観察によって、同じ行為をするために観察者が使う手の筋肉の運動誘発電位(MEP)が増加するという結果が、経頭蓋磁気刺激法(TMS)を使った実験から得られている。また脳画像研究からは、手や口や足を使った行為の観察から生じる前頭葉の活性化が、こうした体の部位の体性感覚局在的な運動表象に基本的に一致することが明らかになっている。
 サルと同じでヒトの場合も、他者の行為を目にすると、その行為の構成と実行を担う運動野がただちに活性化し、この活性化を通して、観察された「運動事象」の意味が解読できる。すなわち、《目的志向動作の観点》から《理解》できるのだ。この理解は、私たちが行為をするための能力が依存している「行為の語彙」と「運動知識」にもっぱら基づいているため、内省、概念、言語のいずれか、あるいはそのすべてが介在することはまったくない。最後に、やはりサルの場合と同じように、この理解は個々の運動行為に限定されずに、行為の連鎖全体に及んでいる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第5章 ヒトのミラーニューロン,紀伊國屋書店(2009),pp.142-143,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
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2018年7月29日日曜日

他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つといった運動特性に呼応した、観察者が知っている運動感覚の表象が自動的に現れる。この表象が行為の「意味」であり、他者の「意図」である。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

他者の行為の意味の感知

【他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つといった運動特性に呼応した、観察者が知っている運動感覚の表象が自動的に現れる。この表象が行為の「意味」であり、他者の「意図」である。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))】
 (b3)その結果、他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つ、いじるといった運動特性に呼応した、運動感覚の表象が現れ、他者の行為の意味が感知できる。
  (b3.1)他者が、対象物へ働きかける運動行為を見る。(視覚情報)
  (b3.2)観察者の運動レパートリーに属している、その対象物をつかむ、持つ、いじるといった対象物を扱う様相によって特徴づけられる特定のタイプの行動の運動感覚の表象が現れる。これは、同一であるとか類似しているという内省や知識に基づくものではなく、自動的に現われる。
  (b3.3)運動感覚の表象は、観察者自身を統制する運動行為の表象と同じであり、この運動感覚の表象が、観察された運動行為の「意味」であり、その行動をする他者の「意図」である。
  (b3.4)従って、他者の運動行為が始まると、たとえその行為が完遂されなくても、その意味と意図は直ちに感知される。
  (b3.5)他者の、あるタイプの行為を別のタイプの行為と区別することが可能となり、最適な反応をすることができる。

(再掲)
(b)ミラーニューロン
 (b1)特定の運動行為に対応したニューロンが発火するのは、カノニカルニューロンと同じである。
 (b2)他者が、対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その特定のタイプの行為に呼応したニューロンの一部が発火する。例えば、つかむミラーニューロン、持つミラーニューロン、いじるミラーニューロン、置くミラーニューロン、両手で扱うミラーニューロン。運動行為の視覚情報には、次のような特徴がある。
 ・カノニカルニューロンとは違い、食べ物や立体的な対象物を見たときには発火しない。
 ・手や口や体の一部を使って、対象物へ働きかける行動を見たときに限られ、腕を上げるとか手を振るといったパントマイムのような行為、対象物のない自動詞的行為には反応しない。
 ・見えた行為の方向や、実験者の手(右か左か)に影響されるように思える場合もある。
 ・観察者と観察される行為との距離や相対的位置関係にはほとんど影響されずに発火する。
 ・視覚刺激の大きさに影響されることもない。
 ・2つ、あるいはめったにないが3つの運動行為のいずれかを観察すると発火するニューロンもあるようだ。  (b3)その結果、他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つ、いじるといった運動特性に呼応した、運動感覚の表象が現れ、他者の行為の意味が感知できる。

 「私たちが「理解」と言うとき何を意味するかというと、それは、観察された行動の感覚表象と、観察者の運動レパートリーに属するその行動の運動表象が同一である、あるいは類似しているという明白な知識はもとより内省的な知識さえも観察者(私たちの場合にはサル)が持つ、ということでは必ずしもない。私たちが「理解」という言葉で指し示すものは、もっと単純だ。それは、観察された「運動事象」を構成する特定のタイプの行為、つまり、対象物を扱う様相によって特徴づけられる特定のタイプの行為をただちに認識し、そのタイプの行為を別のタイプの行為と区別し、この情報を使って最適な反応を示す能力だ。したがって、F5野の標準ニューロンと前部頭頂間野(AIP)の視覚-運動ニューロンについてこれまで述べてきたことは、ミラーニューロンにも当てはまる。運動行為が始まると、たとえその行為が完遂されなくても、対応する視覚刺激はただちにコードされる。ただし、両者に大きな違いが一つある。ミラーニューロンの場合の視覚刺激は、対象物やその動きではなく、つかむ、持つ、あるいは、いじるために他者が対象物に働きかける動きだ。対象物の場合と同様、こうした他者の動きは、行為を実行する自己の能力を統制する運動行為の語彙によって、観察者にとって意味を獲得する。サルにとって、そうした語彙に含まれる行為は、食べ物をつかむ、持つ、口に運ぶなどだ。実験者が精密把持のために手の形を整え、食べ物をつかもうとその手を伸ばすのを見ると、サルがすぐにこれらの「運動事象」の意味を察知し、それを《意図的な行為》という観点から《解釈する》のはこのためだ。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第4章 行為の理解,紀伊國屋書店(2009),pp.115-116,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:他者の行為の意味の感知)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:)

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2018年7月28日土曜日

ミラーニューロンの機能は、他者の行為の模倣である。すなわち、実際の行為のときに活性化される運動感覚と著しく類似した、内的な運動表象を作り上げる。(マーク・ジャンヌロー(1935-2011))

ミラーニューロンの模倣機能説

【ミラーニューロンの機能は、他者の行為の模倣である。すなわち、実際の行為のときに活性化される運動感覚と著しく類似した、内的な運動表象を作り上げる。(マーク・ジャンヌロー(1935-2011))】

(b)ミラーニューロン(マーク・ジャンヌローの模倣説)
 (b1)特定の運動行為に対応したニューロンが発火するのは、カノニカルニューロンと同じである。
 (b2')他者の行為を観察したとき、観察者の脳に潜在的な運動行為が生成される。それは、その行為を実際に構成・実行するときに行為者の脳内で自発的に活性化される運動行為と、著しい類似性を見せる。ただし、それは、「内的な運動表象」として潜在的な段階にとどまる。

(出典:wikipedia
マーク・ジャンヌロー(1935-2011)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)

 それにもかかわらず、私たちは、ミラーニューロンの主たる機能が模倣行動と関連しているとは考えていない。その主な働きは、「他者が実行した行為」の意味を理解することにあると考えている。

(再掲)
(b)ミラーニューロン
 (b1)特定の運動行為に対応したニューロンが発火するのは、カノニカルニューロンと同じである。
 (b2)他者が、対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その特定のタイプの行為に呼応したニューロンの一部が発火する。例えば、つかむミラーニューロン、持つミラーニューロン、いじるミラーニューロン、置くミラーニューロン、両手で扱うミラーニューロン。運動行為の視覚情報には、次のような特徴がある。
 ・カノニカルニューロンとは違い、食べ物や立体的な対象物を見たときには発火しない。
 ・手や口や体の一部を使って、対象物へ働きかける行動を見たときに限られ、腕を上げるとか手を振るといったパントマイムのような行為、対象物のない自動詞的行為には反応しない。
 ・見えた行為の方向や、実験者の手(右か左か)に影響されるように思える場合もある。
 ・観察者と観察される行為との距離や相対的位置関係にはほとんど影響されずに発火する。
 ・視覚刺激の大きさに影響されることもない。
 ・2つ、あるいはめったにないが3つの運動行為のいずれかを観察すると発火するニューロンもあるようだ。  (b3)その結果、他者が対象物へ働きかける運動行為を見るとき、その対象物をつかむ、持つ、いじるといった運動特性に呼応した、運動感覚の表象が現れ、他者の行為の意味が感知できる。


 「数年前、運動イメージに関する論文でマーク・ジャンヌローが、ミラーニューロンの機能について、別の(そして、より洗練された)解釈を提起した。まず、音楽学校の授業風景を想像してほしい。教師がある難しい旋律をヴァイオリンで演奏し、生徒がその様子を一心不乱に見つめているとしよう。教師がお手本を示し終えたら、生徒は同じ部分を弾くことになっている。ジャンヌローによると、運動イメージを作るニューロンは、生徒が演奏を準備し実行する際にも活性化するという。言い換えれば、ミラーニューロンの活動によって、観察された運動行為の「内的な運動表象」が生み出され、それが模倣による学習を可能にするというのだ。
 ジャンヌローの見解はいたって貴重なものであり、すでに見てきた実験結果とも符合する。ミラーニューロンが示す視覚反応と運動反応の密接な結びつきは、他者の行為を観察したとき観察者の脳に潜在的な運動行為が生成されることを示唆するように思われる。それは、その行為を構成・実行するときに行為者の脳内で自発的に活性化される運動行為と、著しい類似性を見せる。違いは、一方では行為が(「内的な運動表象」として)潜在的な段階にとどまるのに対し、他方では一連の具体的な動作に変換されることだ。しかし、私たちはある一点においてジャンヌローと意見を異にする。私たちはミラーニューロンの主たる機能が模倣行動と関連しているとは考えていない。
 ここからは、頻繁に模倣と見なされたり、ときには模倣と混同されたりする広範な現象について詳しく分析してみたい。さらに、他人がある行為を実行するのを見てその行為を学ぶヒトの能力が、どの程度ミラーニューロン系に依存するのかについても検討していく。いずれにしても近年、ますます多くの動物行動学者たちが、厳密な意味での模倣は人類と(ひょっとしたら)類人猿の特権であり、私たちが例示した実験に使われたマカクザルには見られない、と主張するようになってきている。したがって、私たちはジャンヌローの説に諸手を挙げて賛同するわけにはいかない。F5野ミラーニューロンとPF-PFG結合体のミラーニューロンの機能は、その発生起源がもっと古いと考えられる。これまでの実験例によれば、これらのニューロンのおもな働きは《「運動事象」、つまり、「他者が実行した行為」の意味を理解すること》にあるようだ。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第4章 行為の理解,紀伊國屋書店(2009),pp.112-115,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
(索引:ミラーニューロンの模倣機能説)

ミラーニューロン


(出典:wikipedia
ジャコモ・リゾラッティ(1938-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「みなさんは、行為の理解はまさにその性質のゆえに、潜在的に共有される行為空間を生み出すことを覚えているだろう。それは、模倣や意図的なコミュニケーションといった、しだいに複雑化していく相互作用のかたちの基礎となり、その相互作用はますます統合が進んで複雑化するミラーニューロン系を拠り所としている。これと同様に、他者の表情や動作を知覚したものをそっくり真似て、ただちにそれを内臓運動の言語でコードする脳の力は、方法やレベルは異なっていても、私たちの行為や対人関係を具体化し方向づける、情動共有のための神経基盤を提供してくれる。ここでも、ミラーニューロン系が、関係する情動行動の複雑さと洗練の度合いに応じて、より複雑な構成と構造を獲得すると考えてよさそうだ。
 いずれにしても、こうしたメカニズムには、行為の理解に介在するものに似た、共通の機能的基盤がある。どの皮質野が関与するのであれ、運動中枢と内臓運動中枢のどちらがかかわるのであれ、どのようなタイプの「ミラーリング」が誘発されるのであれ、ミラーニューロンのメカニズムは神経レベルで理解の様相を具現化しており、概念と言語のどんなかたちによる介在にも先んじて、私たちの他者経験に実体を与えてくれる。」
(ジャコモ・リゾラッティ(1938-),コラド・シニガリア(1966-),『ミラーニューロン』,第8章 情動の共有,紀伊國屋書店(2009),pp.208-209,柴田裕之(訳),茂木健一郎(監修))
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