情報を情報足らしめる翻訳者の例
DNA上の塩基の配列(4種類の文字の3つ組)で表現されたアミノ酸の情報と、20種類のアミノ酸の形態(20種類の文字)の両方を知っているアミノアシルtRNA合成酵素の働きで、DNA上の情報を翻訳してたんぱく質の合成が可能となっている。(ポール・デイヴィス(1946-))
(a)たんぱく質⇔アミノ酸
たんぱく質:数百個のアミノ酸が鎖のようにつながってできている。
アミノ酸:数多くの種類があるが、我々の知っている生命はそのうちの20種類(場合によっては21種類) しか使っていない。
(b)DNA⇔塩基
塩基:A、C、G、T(アデニン、シトシン、グアニン、チミン)
連続した三個の塩基をひとまとまりで使う。四つの文字の三つ組(ACT、CGAな ど)は64通り考えられる(これをコドンという)。アミノ酸の20種類よりも多いので、ある程度重複 していて、多くのアミノ酸が二通り以上のコドンに対応している。また何種類かのコドンは、句読点 (たとえば「終止コドン」)に使われている。
アミノ酸20種類⇔コドン
(d)たんぱく質の合成
(i)DNA→mRNA
まず対応するコドンの列を、DNAから、そ れに似たmRNA (メッセンジャーRNA)という分子に転写する。
指示書を「読み出して」特定のたんぱく質を作るには、まず対応するコドンの列を、DNAから、そ れに似たmRNA (メッセンジャーRNA)という分子に転写する。次に、たんぱく質を組み立てるり リボソームという小さな機械が、 mRNAからコドンの列を読み出し、アミノ酸を一個一個化学的に連結させていってタンパク質を合成する。このシステムがうまく機能するには、一つ一つのコドンに正しく対応したアミノ酸を使わなければならない。それを実現しているのが、別の種類のRNA (トランスフ アー [転移] RNA、略してtRNA) である。この短いRNA鎖は20種類あり、そのそれぞれが特 定のコドンを認識してそこに結合するようにできている。そしてそのRNAには、コードしているコ ドンに合致するアミノ酸がぶら下がっていて、いままさに延びつつあるアミノ酸の鎖につなぎ合わされ るのを待ち構えている。 リボソームがその鎖を完成させたとき、できあがったたんぱく質は正しく機能 するようになる。このからくりが機能するには、20種類のアミノ酸のそれぞれが正しく対応する tRNAに結合しなければならない。このステップの面倒を見る特別なたんぱく質は、アミノアシルtRNA合成酵素という難しい名前で呼ばれている。名前はどうでもいい。重要なのは、このたんぱく 質の形状がRNAとそれに相当するアミノ酸の両方に対応していて、各種類のtRNAにそれぞれ正 しいアミノ酸を結合させるようにできていることだ。アミノ酸が20種類あるので、アミノアシル tRNA合成酵素も20種類なければならない。アミノアシルtRNA合成酵素が情報の鎖をつなぐ重 要な役割を担っていることに注目してほしい。生物の情報はある種類の分子(DNA、四種類の文字の 三つ組を使う)に保存されているが、その情報はそれとまったく違う種類の分子(たんぱく質、二〇種 類の文字を使う)を表している。 この二種類の分子は、互いに違う言語を話しているのだ! しかし一 連のアミノアシルtRNA合成酵素はバイリンガルで、コドンと二〇種類のアミノ酸の両方を認識でき る。そのため、既知のあらゆる生命が使っている普遍的な遺伝機構にとって、この翻訳者役の分子は絶 対に欠かせないものとなっている。それゆえ大昔から変わっていないはずだし、きわめて有効に機能し なければならない。あらゆる生命に頼られているのだ! 実験によると、アミノアシルtRNA合成酵 素はきわめて信頼性が高く、エラー(いわば誤訳)は3000回中わずか一回ほどだという。このから くりの巧妙さと、それが何十億年ものあいだいっさい変化しなかったことには、驚きを感じざるを得ない。」
(ポール・デイヴィス(1946-),『機械の中の悪魔』(日本語書籍名『生物の中の悪魔』),第1章 生命とは何か,pp.25-26,SBクリエイティブ,2019,水谷淳)