快と不快、感情、記憶
【快と不快、愛着、反感等々の諸感情は、記憶による諸体験の形成物である。記憶は、強調し省略し、単純化し、圧縮し、対立(格闘)させ、相互形成し、秩序付け、統一体への変形する。諸思想は、最も表面的なものである。(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900))】(1)諸思想は、最も表面的なものである。
(2)快と不快は、諸本能によって規制された諸々の複雑な価値評価の結果である。
(3)愛着、反感等々の諸感情は、既に諸々の統一体が形成されていることの徴候である。私たちの「諸本能」は、記憶による諸体験の形成物である。
(4)記憶過程
(4.1)個別的な事実として思い起こされ得る極く最近の諸体験は、まだ表面上を漂っている。
(4.2)多くの諸事例から概念が形成されるときのような、強調と省略がある。
(4.2)単純化、圧縮、対立(格闘)、相互形成、秩序付け、統一体への変形。
「記憶に関して学びなおされなくてはならない。
記憶とは、生きいきとして、おのれを秩序づけ、相互に形成しあい、たがいに格闘しあい、単純化作用や、圧縮作用や、多くの統一体への変形作用を行なっているところの、すべての有機的な生命の一切の諸体験の群れなのだ。
概念が多くの諸事例から形成されるのと同様な事情にあるなんらかの内的な《過程》が、すなわち、根本図式を際立たせて常にあらたに強調し、副次的な諸特徴を省略するはたらきが、進行しているにちがいない。
―――或るものがまだ個別的な事実として思い起こされうるかぎり、そのものはまだ溶け込んではいない。ごく最近の諸体験はまだ表面上を漂っているのだ。
愛着、反感等々の諸感情は、すでにもろもろの統一体が形成されていることの徴候である。私たちの「諸本能」はそうして形成物なのだ。
諸思想は最も表面的なものであり、不可解な仕方で生じて現存しているもろもろの価値評価は、いっそう深いところに達している。快と不快は、諸本能によって規制されたもろもろの複雑な価値評価の結果である。」
(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『遺稿集・生成の無垢』Ⅰ認識論/自然哲学/人間学 三〇三、ニーチェ全集 別巻4 生成の無垢(下)、pp.172-173、[原佑・吉沢伝三郎・1994])
(索引:快と不快,感情,記憶,価値評価,思想,本能)
(出典:wikipedia)
「精神も徳も、これまでに百重にもみずからの力を試み、道に迷った。そうだ、人間は一つの試みであった。ああ、多くの無知と迷いが、われわれの身において身体と化しているのだ!
幾千年の理性だけではなく―――幾千年の狂気もまた、われわれの身において突発する。継承者たることは、危険である。
今なおわれわれは、一歩また一歩、偶然という巨人と戦っている。そして、これまでのところなお不条理、無意味が、全人類を支配していた。
きみたちの精神ときみたちの徳とが、きみたちによって新しく定立されんことを! それゆえ、きみたちは戦う者であるべきだ! それゆえ、きみたちは創造する者であるべきだ!
認識しつつ身体はみずからを浄化する。認識をもって試みつつ身体はみずからを高める。認識する者にとって、一切の衝動は聖化される。高められた者にとって、魂は悦ばしくなる。
医者よ、きみ自身を救え。そうすれば、さらにきみの患者をも救うことになるだろう。自分で自分をいやす者、そういう者を目の当たり見ることこそが、きみの患者にとって最善の救いであらんことを。
いまだ決して歩み行かれたことのない千の小道がある。生の千の健康があり、生の千の隠れた島々がある。人間と人間の大地とは、依然として汲みつくされておらず、また発見されていない。
目を覚ましていよ、そして耳を傾けよ、きみら孤独な者たちよ! 未来から、風がひめやかな羽ばたきをして吹いてくる。そして、さとい耳に、よい知らせが告げられる。
きみら今日の孤独者たちよ、きみら脱退者たちよ、きみたちはいつの日か一つの民族となるであろう。―――そして、この民族からして、超人が〔生ずるであろう〕。
まことに、大地はいずれ治癒の場所となるであろう! じじつ大地の周辺には、早くも或る新しい香気が漂っている。治癒にききめのある香気が、―――また或る新しい希望が〔漂っている〕!」
(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『このようにツァラトゥストラは語った』第一部、(二二)贈与する徳について、二、ニーチェ全集9 ツァラトゥストラ(上)、pp.138-140、[吉沢伝三郎・1994])
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)
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(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『遺稿集・生成の無垢』Ⅰ認識論/自然哲学/人間学 三〇三、ニーチェ全集 別巻4 生成の無垢(下)、pp.172-173、[原佑・吉沢伝三郎・1994])
(索引:快と不快,感情,記憶,価値評価,思想,本能)
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「精神も徳も、これまでに百重にもみずからの力を試み、道に迷った。そうだ、人間は一つの試みであった。ああ、多くの無知と迷いが、われわれの身において身体と化しているのだ!
幾千年の理性だけではなく―――幾千年の狂気もまた、われわれの身において突発する。継承者たることは、危険である。
今なおわれわれは、一歩また一歩、偶然という巨人と戦っている。そして、これまでのところなお不条理、無意味が、全人類を支配していた。
きみたちの精神ときみたちの徳とが、きみたちによって新しく定立されんことを! それゆえ、きみたちは戦う者であるべきだ! それゆえ、きみたちは創造する者であるべきだ!
認識しつつ身体はみずからを浄化する。認識をもって試みつつ身体はみずからを高める。認識する者にとって、一切の衝動は聖化される。高められた者にとって、魂は悦ばしくなる。
医者よ、きみ自身を救え。そうすれば、さらにきみの患者をも救うことになるだろう。自分で自分をいやす者、そういう者を目の当たり見ることこそが、きみの患者にとって最善の救いであらんことを。
いまだ決して歩み行かれたことのない千の小道がある。生の千の健康があり、生の千の隠れた島々がある。人間と人間の大地とは、依然として汲みつくされておらず、また発見されていない。
目を覚ましていよ、そして耳を傾けよ、きみら孤独な者たちよ! 未来から、風がひめやかな羽ばたきをして吹いてくる。そして、さとい耳に、よい知らせが告げられる。
きみら今日の孤独者たちよ、きみら脱退者たちよ、きみたちはいつの日か一つの民族となるであろう。―――そして、この民族からして、超人が〔生ずるであろう〕。
まことに、大地はいずれ治癒の場所となるであろう! じじつ大地の周辺には、早くも或る新しい香気が漂っている。治癒にききめのある香気が、―――また或る新しい希望が〔漂っている〕!」
(フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)『このようにツァラトゥストラは語った』第一部、(二二)贈与する徳について、二、ニーチェ全集9 ツァラトゥストラ(上)、pp.138-140、[吉沢伝三郎・1994])
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