単純遅延条件付けと痕跡条件付け
【両側の海馬に損傷があると、単純遅延条件付けが可能なのに対して、痕跡条件付けは不可能になる。痕跡条件付けには、二つの刺激の時間的関係についての気づき経験と、それについての宣言的な記憶とが必要である。(ラリー・スクワイア(1941-))】(a)古典的条件付け(単純遅延条件付け)
これは、両側の海馬に損傷のある動物でも起こる。
CS-US関係が学習される
↑ ↑
│ 反射反応
気づき経験─気づきの記憶↑
↑ (非宣言的な │
│ 短期記憶) │
アウェアネスに必要な │
0.5秒間の活動持続時間 │
↑ │
│ │
│ 非条件刺激(US)例:まばたき反応が生じる空気の圧力
条件刺激(CS) 例:信号音
USの直前、または同時。
(b)痕跡条件付け
(b1)両側の海馬に損傷のある動物や、海馬の構成に損傷のある健忘症患者では、この痕跡条件付けが得られない。すなわち、時間的に離れた二つの刺激の関係を学習するには、海馬を介した記憶が必要である。
(b2)刺激に気づいているときに限って、痕跡条件付けが得られる。人間以外の動物に対しても、この痕跡条件付けを用いると、気づきの経験を研究することができる。
CS-US関係が学習される
↑ ↑
│ 反射反応
│ ↑
│ 非条件刺激(US)
│
気づき経験─気づきの記憶
↑ (この記憶には、海馬が必要)
│
アウェアネスに必要な
0.5秒間の活動持続時間
↑
条件刺激(CS) 例:信号音
USの始動する約500~1000ms前には終わる
(出典:wikipedia)
ラリー・スクワイア(1941-)
検索(ラリー・R. スクワイア)
検索(Larry R. Squire)
「クラークとスクワイア(1988年)は、古典的条件付けにおけるアウェアネスの興味深い役割を発見しました。古典的条件付けでは、US(非条件刺激)の直前、またはその間に条件刺激(CS)が与えられます。CSには、条件付けの手続き前には反応を生み出さない信号音を、USにはまばたき反応が生じる空気の圧力を使うことができます。この組み合わせを何回か提示したのちには、被験者(人間または実験用動物)はやがて信号音《のみ》に対してもまばたき反応をするようになりました。このことから当然、CS-US関係においても記憶プロセスが必要となります。
この、いわゆる《単純遅延条件付け》は、両側の海馬に損傷のある動物にでさえ起こります。一方、《痕跡条件付け》では、USの始動する約500~1000ミリ秒前にCSが終わるように設定されています。両側の海馬に損傷のある動物では、この痕跡条件付けが得られません。海馬の構成に損傷のある健忘症患者も、標準的な(単純)遅延条件付けを学習することができます。しかし、動物実験同様、痕跡条件付けを学習し、遂行することはできませんでした。もちろん、健常な人間の被験者も、刺激に気づいているときに限って痕跡条件付けが得られました。つまり、痕跡条件付けは海馬構造に依存しているだけではなく、アウェアネスにも何らかの形で関係していることになります。
さて、こうした発見は、ある事象のアウェアネスを引き出すために必要となるおよそ0.5秒間持続した脳の活動という条件が、宣言記憶を基に成り立っていることを必ずしも証明していません。クラークとスクワイア(1988年)は以下のように提言しています。
『[a] 海馬システムと新皮質の共同作業は、得たばかりの(宣言)知識についてのアウェアネスを与える重要な要素となり得ます。……しかしこれは、アウェアネス《そのもの》が、海馬の記憶機能を必要とするということを意味しているわけではありません。実際、両側の海馬システムを喪失している患者で宣言的知識がないのにアウェアネスが存在していることから、宣言記憶の形成はアウェアネスそのものを生み出す独自のプロセスからは独立した過程である、という考えを立証できます。痕跡条件付けには、被験者が刺激間の時間関係に《気づいていること》が必要であるという発見から、なぜ痕跡条件付けが宣言的で海馬に依存しているかを説明できます。また、すべての学習パラダイムの中でも最もよく研究されている古典的条件付けを、現在解明されている脳の記憶システムの中で統一的に理解することができます。』
この発見の重要な意味合いというのは、痕跡条件付けは人間以外の動物のアウェアネスを研究できる手法を提供できることです。単純遅延条件付けは非宣言的です。すなわち、これを形成するには海馬またはアウェアネスは必要ではありません。このことは、短期宣言記憶を喪失している健忘症の患者において(もこの条件付けが見られることから)わかります。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第2章 意識を伴う感覚的なアウェアネスに生じる遅延,岩波書店(2005),pp.73-74,下條信輔(訳))
(索引:単純遅延条件付け,痕跡条件付け)
(出典:wikipedia)
「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
(索引:)
ベンジャミン・リベット(1916-2007)
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