2020年6月11日木曜日

10.政治は科学を利用し,都合が悪ければ切り捨てる.いかに名声があり偉大な科学者であっても,国家レベルの政治に影響を与え得た科学者はいなかった.それが可能なのは,普通の人々の幅ひろい運動と世論に支えられた場合だけである.(高木仁三郎(1938-2000))

政治と科学

【政治は科学を利用し,都合が悪ければ切り捨てる.いかに名声があり偉大な科学者であっても,国家レベルの政治に影響を与え得た科学者はいなかった.それが可能なのは,普通の人々の幅ひろい運動と世論に支えられた場合だけである.(高木仁三郎(1938-2000))】

 「バーンスタインの指摘を待つまでもなく、シラードたちが最初に原爆について提言し(「アインシュタインの手紙」)、それが政府にいれられたと信じ、その後もその種の意志の伝達が政府(政治)に対して科学(者)の側から可能だと考えていたら、それはあまりにナイーブにすぎるというものだろう。

 実際問題としても、シラードたちが原爆の不使用を一九四五年五月にトルーマン大統領に請願したとき、請願は簡単に無視された。バーンスタインはいう。

 「そして当初から、ローズヴェルトとかれの側近は、原爆が正当な兵器であり、それが開発できる場合には使用されるであろうということを当然の前提としていたのです。攻撃目標は、日本に変えられることになりましたが、変更にさいしてはこれといった再検討は行われませんでしたし、いささかのためらいも疑念も熟考もなく、いわんや苦悩をともなうものではありませんでした」(『原爆投下と科学者』)

 つまり、権力者(政治の側)は科学者(科学の側)の提言を、みずからに都合のよい情報としては利用するが、都合が悪ければいつでも切り捨てる。政治の側からみれば、最初からそのようなものとして、プロジェクトが組織され、科学者を組みこんでいったのであって、主-従の関係ははっきりしていた。

 ボーアに起こったことも同じ文脈で考えられよう。世界の科学者の代表ともいえたニールス・ボーアは、四四年七月にルーズベルトとチャーチルに手紙を送り、米英ソ三国による原子力の国際管理を訴えた。しかし、これもまったく無視された。ボーアがいかに偉大な科学者であり、人格者であっても、そのことによって政治の側が影響されることはなかった。

 原爆開発から現在にいたるまで、科学者たちの一連の行動には、とくにそれが著名で、科学上の業績がある科学者を含むものであれば、なお強く、政治(家)や権力(者)に対して影響力をもっていると信じこんだナイーブさがうかがえる。

しかしそれは、すでにマンハッタン計画で破産した行動パターンであり、歴史から否定的な教訓をうるべきことがらだった。科学者たちがある場合に、署名や請願、アピールなどを通じて政治に影響を与えたのは、あくまで大衆的な運動の背景があり、広範な大衆の意向が、科学者たちに反映されただけのことである。」

(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第六巻 核の時代/エネルギー』核時代を生きる 第2章 歴史の教訓(一)、pp.56-57)
(索引:)

核の時代・エネルギー (高木仁三郎著作集)


(出典:高木仁三郎の部屋
友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ
 「「死が間近い」と覚悟したときに思ったことのひとつに、なるべく多くのメッセージを多様な形で多様な人々に残しておきたいということがありました。そんな一環として、私はこの間少なからぬ本を書き上げたり、また未完にして終わったりしました。
 未完にして終わってはならないもののひとつが、この今書いているメッセージ。仮に「偲ぶ会」を適当な時期にやってほしい、と遺言しました。そうである以上、それに向けた私からの最低限のメッセージも必要でしょう。
 まず皆さん、ほんとうに長いことありがとうございました。体制内のごく標準的な一科学者として一生を終わっても何の不思議もない人間を、多くの方たちが暖かい手を差しのべて鍛え直して呉れました。それによってとにかくも「反原発の市民科学者」としての一生を貫徹することができました。
 反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、全国、全世界に真摯に生きる人々とともにあることと、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信から来る喜びは、小さな困難などをはるかに超えるものとして、いつも私を前に向って進めてくれました。幸いにして私は、ライト・ライブリフッド賞を始め、いくつかの賞に恵まれることになりましたが、繰り返し言って来たように、多くの志を共にする人たちと分かち合うものとしての受賞でした。
 残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならなくなりましたが、せめて「プルトニウム最後の日」くらいは、目にしたかったです。でもそれはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、楽観できないのは、この末期的症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。
 後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な終局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。
 私から一つだけ皆さんにお願いするとしたら、どうか今日を悲しい日にしないでください。
 泣き声や泣き顔は、私にはふさわしくありません。
 今日は、脱原発、反原発、そしてより平和で持続的な未来に向っての、心新たな誓いの日、スタートの楽しい日にして皆で楽しみましょう。高木仁三郎というバカな奴もいたなと、ちょっぴり思い出してくれながら、核のない社会に向けて、皆が楽しく夢を語る。そんな日にしましょう。
 いつまでも皆さんとともに
 高木 仁三郎
 世紀末にあたり、新しい世紀をのぞみつつ」
(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第四巻 プルートーンの火』未公刊資料 友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ、pp.672-674)

高木仁三郎(1938-2000、物理学、核化学)
原子力資料情報室(CNIC)
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認定NPO法人 高木仁三郎市民科学基金|THE TAKAGI FUND for CITIZEN SCIENCE
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