2021年11月14日日曜日

古典力学の第1不確定性原理:情報は創出されない。不確定度を減らすことができるのは測定だけであり、計算では減らせない。(1粒子の古典力学系で、初期条件の不確定度を位相空間内の体積で表すと、時間が経過しても不確定度は変わらない。)(ミハイル・グロモフ(1943-))

古典力学の第1不確定性原理

情報は創出されない。不確定度を減らすことができるのは測定だけであり、計算では減らせない。(1粒子の古典力学系で、初期条件の不確定度を位相空間内の体積で表すと、時間が経過しても不確定度は変わらない。)(ミハイル・グロモフ(1943-))


「ポアンカレの時代、これらの困難は乗り越えられなかった。それから約一世紀を経た今 日、必要な数学の道具が発達したおかげで、停留作用の原理は非常に一般的な系に適用できる ようになった。その一方で、思いがけない結果にも遭遇した。その中で最たるものは、一九八 〇年にミハイル・グロモフが発見した古典力学の不確定性原理である。量子物理におけるハイ ゼンベルクの不確定性原理はよく知られているが、それに類した原理が古典物理でも成り立っ ているなど誰が思ってみただろう。これが専門家の小さなサークルの外でも知られるように なったのはごく最近のことにすぎないが、ひとたび科学者の間に広まれば、かつての量子版不 確定性原理と同じくらい注意を引くことは間違いないとわたしは思っている。ともかくこれは 現代幾何学と停留作用の原理のサクセス・ストーリーなので、ぜひここで紹介しておきたい。  定理はビリヤードを用いて述べることにしよう。凸型のビリヤード台の縁にそってクッショ ンが張ってあり、それに当たって跳ね返る一個の球の運動を考える。このとき、どの軌道もx とyのペアで完全に特定できることは前に見たとおりだ。ここではxはクッション上の衝突点の 位置、yはそのときの入射角である。最初の衝突( x1,y1)に よって(x2,y2)が決まり、それによって (x3,y3) が決まり......とつぎつぎに衝突が決まっていくので、一 つの軌道を360×90の長方形内の無限点列としてあらわすことができる。これは第4章で、軌道 の二つ目の幾何学的表示と呼んだものである。

 しかしここでは新しい考え方を導入する。まず、最初のx1と y1をかぎりなく正確に測定するのは、現実にはできないそうだかであることを 認めよう。どんなに精密に測っても測定器具に起因する精度限界があり、それより詳しくは測 れないからだ。そこで、最初の衝突点の真の位置xと真の入射角度yは、わたしたちが測定した x1とy1そのものではなく、x1とy1 を含むある区間の中にあると考えられる。今、xとyのペア(x,y)を360×90の長方形の点で あらわせば、最初の衝突の真の値(x,y)は、(x1,y1)を中心 とする長さΔx1,幅Δy1の小さな長方形の中にある。この小さな長 方形を、測定値(x1,y1)のまわりの「不確定性領域」と呼ぼ う。不確定性領域が小さければ小さいほど、わたしたちの測定は正確だったということにな る。この正確さを測るために、不確定性領域の面積Δx1Δy1を もってくるのは自然な考えだ。この数を測定値(x1,y1)の「不 確定度」と呼ぶことにしよう。 最初の衝突を測ったら、あとはもう測定しない。その後の軌道は計算だけで求めていく。こ の計算はかぎりなく正確におこなわれると仮定しよう。前に見たように、これは実際には不可 能だ。コンピュータは無限桁の小数はあつかえないので、どこかで切って端数を処理しなけれ ばならない。けれどもここでは思考実験をおこない、たとえば神さまがご自分のコンピュータ をわたしたちのために貸してくれたと想像しよう。そのコンピュータを使えば、毎回かぎりな く正確な値が計算できるとする。その場合、誤差の原因は最初の測定にしかありえない。この 初期誤差をわたしたちはそれ以降のすべての計算に引きずっていかなければならないのであ る。」(中略)「(x2,y2)を含む不確定性領域の形は長方形で はなくなったが、その面積をやはりΔx2Δy2と書き、これを (x2,y2)の不確定度を呼ぶことにしよう(ただし x2やy2はそれ自体では何もあらわしていないことに注意してお く)。するとリウヴィルの発見は、Δx1Δy1= Δx2Δy2という簡単な等式であらわされる。この数式は、不確定 度が最初の衝突から二回目の衝突に《そのまま》持ち越されることを意味している。初期情報 より精度が高まることもなければ、精度が落ちることもない(わたしたちが神さまのコン ピュータを使っていることをお忘れなく。このため、小数点のあと無限に続く数をどこかで切 る必要はない)。この不確定度は三回目、四回目、さらにそれ以降の衝突にもそのまま持ち越 され、どのnに対しても関係式Δx1Δy1= ΔxnΔynが成り立つ。不確定度は球が運動している間ずっと変わ らない。変わるとすれば、それは当然よりよい機器を用いて新たに測定をおこない、 ΔxnΔynの値を減らしたときだけである。このことを、やや大ま かないい方になるが、つぎのように表現しよう。 古典力学の第一不確定性原理――情報は創出されない。不確定度を減らすことができるのは測 定だけであり、計算では減らせない。」 (イーヴァル・エクランド(1944-)『可能な中で最善な世界』(日本語名『数学は最善世界 の夢を見るか?』)第5章 ポアンカレとその向こう、pp.171-173、みすず書房(2009)、南 條郁子(訳))

数学は最善世界の夢を見るか? 最小作用の原理から最適化理論へ [ イーヴァル・エクランド ]






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