オイディプス効果
一般に、ある一つの情報が、その情報が言及する状況に及ぼす影響をオイディプス効果と名付けたい。予測は、予測したことがらの実現を促すかもしれないし、妨げるかもしれない。このため、社会的予測は極めて難しくなる。(カール・ポパー(1902-1994))
「後に歴史主義の親自然主義的見解を考察する中で明らかにするが、歴史主義は科学の務め の一つとして将来の予測ということを掲げ、その重要性を強調する傾向がある(この点につい ては私も完全に同意する。ただし、社会科学の任務の中に《歴史的予言》が含まれるとは考え 《ない》。しかし同時に歴史主義は、社会的予測はきわめて困難な作業にならざるをえないと 論じる。その理由は、社会の構造が複雑であるということだけでなく、予測と予測されること がらとが相互に関係することから、特別に複雑な状況が生じるからである。 予測が、予測されたことがらに影響を及ぼすことがあるという発想は非常に古くからあっ た。伝説のオイディプス王は知らずに父親を殺したが、これはオイディプスが父親を殺すとい う予言の結果だった。その予言ゆえに父親はオイディプスを捨てたのである。私は、この伝説 に基づいて、予測が予測されたことがらに及ぼす影響(より一般化するなら、「ある一つの情 報が、その情報が言及する状況に及ぼす影響」)を「オイディプス効果」と名付けたいと思 う。その予測は、予測したことがらの実現を促すかもしれないし、妨げるかもしれないが、い ずれの場合もオイディプス効果である。 歴史主義者は最近、この種の効果が社会科学にもあるのではないかと指摘するようになった。それにより正確な予測が難しくなり、客観性が損なわれるだろうというのである。
社会科学の発展により、あらゆる社会的事象を科学的に《正確に》予測できるようにな ると仮定すると、非常におかしな帰結が生じ、それゆえこの仮定は純粋に論理的に棄却でき る。なぜなら、もし新種の科学的社会予測カレンダーが作られて世に知られるようになったと したら(そのようなものがあるとしたら原理的に誰にでも作れるはずなので、長く秘密にして おくことは不可能)、その予測を覆そうとする動きが必ず起こるからである。 たとえば、ある銘柄の株価が3日間上昇して、それから落ちると予測されたなら、市場参加 者は全員3日目に売りに出て、その日のうちに株価は暴落し、予測は外れる。つまり、社会的 なできごとに関して正確で詳細な予測カレンダーを作るという発想自体、自己矛盾なのであ る。したがって、社会科学的に《正確で詳細な》予測をすることは不可能である。」
(カール・ポパー(1902-1994),『歴史主義の貧困』,第1章 歴史主義の反自然主義的な見 解,5 正確な予測の不可能性,pp.37-38,日経BPクラシックスシリーズ(2013),岩坂彰(訳))
【中古】歴史主義の貧困 社会科学の方法と実践 カール R.ポパー、 久野 収; 市井 三郎 状態良
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