観測過程と生命、意識
量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。生命と意識は、宇宙の生成物でありながら同時に、何らかの観測過程を経由して、宇宙の在り方に参画しているのではないだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))
「二つ目の問題―何らかの目的論的要素に関するものは、量子力学によって解決できる可能性が ある。 ホイーラーは、間違いなくそう信じていた。彼は、観測者というものを、物理的リアリティーを形作る作業の単なる観客ではなく、その参加者だと考えていた。このような考え方そのものは、何も 新しいものではない。 哲学者は、伝統的にこのような考え方にどっぷりと浸かっている。ホイーラーが 遅延選択実験によって新たに導入したのは、現在と未来の観測者が、観測者など一切存在しなかった遠 い過去も含めて過去の物理的リアリティーの性質を形作るという可能性である。この考え方は、生物と 心に、物理学のなかで一種創造的な役割を与え、生物と心を宇宙論的物語全体のなかで不可欠なものと するという点で、極めて斬新だ。 それでもなお、生物と心は宇宙が生み出したものである。したがって、 時間的であると同時に論理的なループが存在することになる。通常の科学では、「宇宙→生物→心」 という直線的な論理の流れを仮定している。 ホイーラーは、この鎖を閉じて、「宇宙→生物→心→宇宙」 というループにすることを提案した。 彼は独特の簡潔な言い回しで、この考えの本質を次のように表現 した。「物理学は観測者参加をもたらす。観測者参加は情報をもたらす。 情報は物理学をもたらす」。だ とすると、宇宙は観測者を説明し、観測者は宇宙を説明することになる。このように主張することによ ってホイーラーは、宇宙は固定された先験的な法則に支配される機械だという認識を拒否し、それを、 彼が 「参加型宇宙」と呼ぶ、自己合成を行う世界に置き換えた。ホイーラーは、前のセクションで検討 したベニオフの自己一貫性の議論と類似した、閉じた説明のループを仮定することによって、やっかい な「亀の塔」の問題を巧みに回避したのである。生物に好適な宇宙が自らを説明するのなら、空中浮揚するスーパー・タートルは必要なくなるのだ。」
(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.426-427,日経BP社,2008,吉田三知世)