2021年11月25日木曜日

過去・未来の非対称性は、実際には秩序が無秩序に崩壊する一方的な傾向に根ざしている。すなわち、観測者としての私たちの存在が、原子秩序に基づいて過去と未来の間の鋭い区別を与えるような適正な宇宙配置にあるという事実に、微妙に依存している。(ポール・デイヴィス(1946-))

人間の宇宙における配置

過去・未来の非対称性は、実際には秩序が無秩序に崩壊する一方的な傾向に根ざしている。すなわち、観測者としての私たちの存在が、原始秩序に基づいて過去と未来の間の鋭い区別を与えるような適正な宇宙配置にあるという事実に、微妙に依存している。(ポール・デイヴィス(1946-))

「過去・未来の非対称性は実際には秩序が無秩序に崩壊する一方的な傾向に根ざしています。しかし、 その非対称性は宇宙論的な起源をもっていると思われます。宇宙の秩序は究極的にどこから出てくる かを説明し、したがって過去と未来の差異を明らかにするためには、宇宙の創成 ビッグ・バン を考える必要があります。 原始の熱炉から出てきた宇宙構造は高度に秩序だったものでした。 そ の後の宇宙の働きはすべて、 この秩序を消費し、散逸することでした。 多くの秩序が残っています。 しかし、それらは永久に続きはしません。 太陽や恒星の働きを支配する秩序は宇宙の生命にとって非 常に重要なものです。その秩序は初期の宇宙が主として水素とヘリウムからできていることを保証し た原子核過程に由来します。宇宙初期の膨張速度が非常に速く、初期段階で宇宙物質を重元素まで調 理する暇がないため、このような特徴が生じます。これは宇宙物質がかなり均一で、ビッグバン直 後、ブラック・ホールがあまりできないことにも依存しています。したがって、ここでもまた、宇宙 の生命、そして観測者としての私たちの存在が適正な宇宙配置に、つまり原始秩序―─生物におい て複雑性の頂点に達する秩序──に基づいて過去と未来のあいだに鋭い差別を与えているものに、いかに微妙に依存しているかが発見されるのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.302-303,地人書館,1985,木口勝義)

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決まっていないから未来であるという直感があるが、時間を逆転しても非決定である。準備し実験し解析するという、実験結果を釘どめする人間の知的な超構造が、過去と未来の非対称性をもたらす。そしてそれは、私たちの近傍で進む熱力学過程による世界の非対称性の作用である。(ポール・デイヴィス(1946-))

過去と未来の非対称性の由来

決まっていないから未来であるという直感があるが、時間を逆転しても非決定である。準備し実験し解析するという、実験結果を釘どめする人間の知的な超構造が、過去と未来の非対称性をもたらす。そしてそれは、私たちの近傍で進む熱力学過程による世界の非対称性の作用である。(ポール・デイヴィス(1946-))

(a)非決定性、未来、存在
 a→b、bがaにより決まらないということは、まさにそれだけの意味であり、決まらないから未来だとか、決まらないから存在しないとは言えない。

(b)時間を逆転しても非決定

 (i)通常の実験
  始めに量子状態を用意(確定した状態)して、結果(未確定状態)を測定する。
 (ii)逆転実験
  いくつかの結果(確定状態)を集め、その初期状態を推測する。時間的に枠組全体を反転し、さまざまな質問を行ない、いろいろな結果を解析すると、未来ではなく、過去が非決定的になる。
(c)過去・未 来の非対称性は実験結果を釘どめする知的な超構造である
 実験室実験には、実際の実験とならんで、準備段階と解析段階がある。この枠組がすでに結果の 解釈に過去未来の非対称性を課している。


「実際は、このような考え方は厳密な検討に耐えることができません。 未来が非決であるという事実は必ずしも未来が存在しないことを意味しているわけではありません。 それはたんに、未来は現 在に隷属して出てくるわけではない、ということにすぎません。 さらに、未来は非決定的だが、過去 は具体的であるとみなす事実は、実際に実験を行ない、結果をまとめる方法と密接に関連しています。 実験室実験には、実際の実験とならんで、準備段階と解析段階があります。 この枠組がすでに結果の 解釈に過去未来の非対称性を課しているのです。 実際、始めに量子状態を用意して結果を測定する かわりに、逆のことを行なう、つまり、おおまかに言えば、一組の逆転実験を行なうこともできます。 つまり、いくつかの結果を集め、その初期状態を推測するのです。時間的に枠組全体を反転し、さま ざまな質問を行ない、いろいろな結果を解析すると、未来ではなく、過去が非決定的になります(こ の体系では、エヴェレットの分枝は、未来ではなく、過去に向かって扇形に広がります。したがって、 世界は、分裂ではなく、融合していきます)。したがって、量子的な非決定性の過去と未来の立場の 相違は固有のものではなく、それに関与するものに対する私たちの態度の反映となります。 過去・未 来の非対称性は実験結果を釘どめする知的な超構造です。 それは、逆に、私たちのまわりで進む熱力 学過程による世界の非対称性の本来の作用です。 それゆえ、ここでもまた、未来が「現われてくる」 時という印象は世界が時間的に一方向きであることに基づく幻想であるように思われます。それは、時間の運動による本当の効果ではないのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.292-293,地人書館,1985,木口勝義)


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2021年11月24日水曜日

物理学の基礎的な法則には、過去と未来の区別がなく、また「現在」というものの明確な定義も難しい。一見、量子論における重ね合わせの量子状態から、観測による実在への確定が、時間の方向と現在を定義し得るように思わられるが、うまくいかない。(ポール・デイヴィス(1946-))

過去、現在、未来とは?

物理学の基礎的な法則には、過去と未来の区別がなく、また「現在」というものの明確な定義も難しい。一見、量子論における重ね合わせの量子状態から、観測による実在への確定が、時間の方向と現在を定義し得るように思われるが、うまくいかない。(ポール・デイヴィス(1946-))


 「これらの意見はすべて、明らかに正しいのですが、何かが欠けているという不満足感が深く残ります。実際、時の流れや今の存在をうちたてるため、何かそれ以外の要素を見つけたい、という要求に物理学者は何年間も悩まされ続けてきました。 答を求めて、ある人は宇宙論に、ある人は量子論に移 りました。 まず量子論の非決定性が一つの可能性を与えているように思えます。 もし未来がいまだ偶 然の釣り合いの中にあるなら、未来はある意味で現在や過去ほど実在のものではないかもしれないか らです。未来が現われてくるという印象を量子的な重ね合わせの実在への崩壊と比較した物理学者も いました。量子崩壊の過程は本質的に時間的に非対称(つまり、不可逆)であることが知られており、したがって記憶と同じような特徴をもっているのです。この点に従うと、 現在はほんとうの現象です。 それは、たとえば、 シャレーディンガーの猫が生きているのか死んでいる を見いだすのような、世界から現実に変化する瞬間です。 それはある種の現在を定義す るのです。このような考え方が自由意志を示すためにも使われてきました。 」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.291-292,地人書館,1985,木口勝義)


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実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。また、少なくとも観測がなされる前は、対象系と観測装置は不可分の統一体とみなされる。例えば、二つの遠く離れた偏光装置とそのそれぞれの光子は、量子過程によって不可解に結びつけられている。(ポール・デイヴィス(1946-))

対象系と観測装置の不可分性、全体性

実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。また、少なくとも観測がなされる前は、対象系と観測装置は不可分の統一体とみなされる。例えば、二つの遠く離れた偏光装置とそのそれぞれの光子は、量子過程によって不可解に結びつけられている。(ポール・デイヴィス(1946-))

「光子と偏光装置のような、遠くはなれた系をふつうの通信手段によって結ぶことはできません。 しかし、それらを別々のものと考えることもできません。 たとえ二つの偏光装置がちがった銀河系に あったとしても、それらは必然的に一つの実験配置をなしているのであって、したがって、それが一 つの実在なのです。 常識的な世界観では、二つのものが遠くはなれ、互いの影響を無視できるとき、 それらを区別されたものとみなします。 たとえば、二人の人や、二つの惑星はそれぞれが独自の性質 をもつ異なるものであるとみなされます。 これとは対照的に、 量子理論の示すところでは、少なくと も観測がなされる前は、 そこで考えている系は物事の集合体とはみなされず、不可分の統一体とみな されるのです。このように、二つの遠く離れた偏光装置とそのそれぞれの光子は、実際には、独立な 性質をもつ二つの孤立した系ではなく、量子過程によって不可解に結びつけられているのです。 観測 がなされた後はじめて、遠くはなれた光子は別々の自己同一性を得、 独立の存在であるとみなされま す。さらに、ここまで見てきたように、正確な実験配置を指定しないで、素粒子系に性質を指定する ことはまったく無意味です。 測定前、光子は「ほんとうに」 かくかくしかじかの偏りをもっている、ということはできません。したがって、 光子の偏りを光子自身の性質とみなすことは不正確です。む しろ、それは光子と巨視的な実験配置の両方に対して指定されなければならない属性なのです。 この ように、微視的な世界は、私たちが経験する巨視的な世界と性質を共有することによって、その性質 をもつにすぎないのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第6章 実在の本質,pp.188-189,地人書館,1985,木口勝義)


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量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。とは言え、けっして実現されることのなかった世界すべてが、素粒子過程すべての確率を制御し、実在化した世界はこれらの過程に依存しているのである。(ポール・デイヴィス(1946-))

量子的な確率分布の実在性

量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。とは言え、けっして実現されることのなかった世界すべてが、素粒子過程すべての確率を制御し、実在化した世界はこれらの過程に依存しているのである。(ポール・デイヴィス(1946-))

 「前の章で、私たちの観測する世界は無限次元の超空間 のいろいろな世界の巨大な総体の断片 であり、影である、と説明しました。ここで、私たちが観測する世界はたんに超空間からでたらめに 選ばれたものではなく、目に見えない他の世界すべてに決定的に依存していることがわかりました。 二つのはなれた偏光装置のあいだの「真」 - 「偽」の相関は「真」の世界と「偽」の世界のあいだの干渉に本質的に依存しています。ちょうどこれと同じように、あらゆる異なった相互作用に、あらゆる 遠くはなれた原子に、あらゆるマイクロ秒に、けっして実現されることのなかった世界すべてが、私 たち自身の世界の中で、素粒子過程すべての確率を制御し、その推定上の実在の影を落とすのです。 超空間の他の世界がなかったなら、量子は成立せず、宇宙は崩壊するでしょう。すなわち、これら無数の実在に対する競争者が私たち自身の運命を操っているのです。 」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第6章 実在の本質,p.184,地人書館,1985,木口勝義)


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実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。唯一の実在は、素粒子と測定装置と実験家を合わせ た全系だ。実験家は、実験を選ぶことにより、 どれが可能な世界になるかを、選び変えたことになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

 量子論における観測

実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。唯一の実在は、素粒子と測定装置と実験家を合わせ た全系だ。実験家は、実験を選ぶことにより、 どれが可能な世界になるかを、選び変えたことになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

「この考え方に従うと、実在は前もって用意した測定や観測の文脈の中で意味をもつにすぎません。 一般に、電子や光子や原子は、私たちが測定を行なうまえ、ほんとうにかくかくしかじかのように振 舞っていた、と述べることは不可能です。もし実験家がたとえば偏光装置を回転しようとしたなら、彼は別の世界を選ぶことになります。したがって、唯一の実在は素粒子と測定装置と実験家を合わせ た全系です。 ポラロイド (偏光サングラスをかけた人は、首を動かすことに、 超空間内のどの世 界を選ぶかを組み換えているのです。 彼は南北の光子の世界を創るかどうか、東西の光子の世界 を創るかどうか、 その他好みのどのような光子の世界でも、それを創るかどうかを選ぶことができるのです。

 実在には非常に基本的な点で観測者が含まれることになります。すなわち、実験を選ぶことにより、 実験家は選択肢をどう組むかを決めることができるのです。 彼が心を変えたとき、彼はどれが可能な 世界になるかを選び変えたのです。いろいろな世界は確率法則に従って現われるので、もちろん、実験家は望みの世界を間違いなく取り出すことは不可能です。 しかし、実験家は何を選ぶことができる かについて影響力を行使することができます。 簡単に言うと、私たちはサイコロを振ることはできま せんが、どのゲームを行なうかは決めることができるのです。

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第6章 実在の本質,pp.184-185,地人書館,1985,木口勝義)

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我々の存在と矛盾するような物理理論は、いずれも、とにかく正しくない。従って、検証可能な予言を導く人間原理の定式化は難しい。それにもかかわらず、宇宙の諸法則が生命に都合のよいような形で形成されているという事実は、注目すべきことであろう。 (ポール・デイヴィス(1946-))

人間原理

我々の存在と矛盾するような物理理論は、いずれも、とにかく正しくない。従って、検証可能な予言を導く人間原理の定式化は難しい。それにもかかわらず、宇宙の諸法則が生命に都合のよいような形で形成されているという事実は、注目すべきことであろう。 (ポール・デイヴィス(1946-))

「むろん、このような議論は, 正しい物理理論に対する代用品では ない。たとえば,人間原理が検証可能な予言をするために, いった いどのように用いられるのかを知ることはむずかしい. というのは, 我々の存在ということと矛盾するような物理理論は,いずれもとに かく正しくないからである。 さらに, 地球外生命についての知識が ないので,生命に対する物理的な必要条件については、むしろ一般 的なことしかいえない。 おそらく, 生命は今まで考えられてきたよ りは, もっと広い条件のもとで形成が可能であろう.

 将来の発展によって, これまでの各章において議論されてきた数 値的符合性のいくつかに対して, 生物学よりはむしろ基本的な物理 学に基礎をおいた説明がなされることはありうることであろう. た とえば,各力のあいだの強さの比は, 将来完成するであろう GUT の超統一理論から現われうるであろう. その場合に 10の40乗という不 思議な数は,数学的に導かれるものであろう. 宇宙の一様性と等方 性についても同様な理由が発見されるであろう. ほとんどわからな かった原始宇宙で起こった, これまで思いもよらなかった種々の 過程も, もしそれがわからなかったら考えもされなかったような対 称性のあるふるまいをするように, 宇宙の運動に強制力を与えるこ とができるであろう.

 見かけ上, 偶然のような宇宙の配置の状態に対して,基本的な物理学的理由付けを与えることが将来成功したとすると, 人間原理は、 どのような説明能力をも失うことになるであろう。にもかかわらず、 基本的物理学は生命に都合のよいような形で形成されていることが わかったということは,やはり注目すべきことであろう。 自然法則 が,宇宙のさまざまな符合性に強制力を与えうるかどうかによらず、 これらの関係が我々の存在に対して必要なものであるという事実は、 現代の科学の最も魅力ある発見の一つであることにはちがいない。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),5 人間原理,5.4 多宇宙理論,pp.167-168,地人書館,1990, 田辺健茲)

ヘリウムより重い元素は恒星の中で作られるが、恒星進化の最後の段階の超新星爆発で、様々なな元素が宇宙空間に撒き散らされる。この出来事は、1個の銀河当たり1世紀に3回の割合で起こるが、この現象が起こるかどうかは、弱い力の大きさに依存する。(ポール・デイヴィス(1946-))

 偶然の宇宙

ヘリウムより重い元素は恒星の中で作られるが、恒星進化の最後の段階の超新星爆発で、様々なな元素が宇宙空間に撒き散らされる。この出来事は、1個の銀河当たり1世紀に3回の割合で起こるが、この現象が起こるかどうかは、弱い力の大きさに依存する。(ポール・デイヴィス(1946-))


弱い力の大きさ

・ヘリウムより重い元素は、恒星の中で作られるが、恒星進化の最後の段階の超新星爆発で、さまざまな元素が宇宙空間に撒き散らされる。この出来事は、1個の銀河当たり1世紀に3回の割合で起こるが、この現象が起こるかどうかは、弱い力の大きさに依存する。この現象が無ければ、生命を構成するさまざまな元素は存在しない。

(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),3 微妙なバランス,3.1 ニュートリノ,pp.80-83,地人書館,1990, 田辺健茲)


この宇宙は、物理法則と物理定数の極めて微妙なバランスの上に成立している。仮に、陽子と中性子との質量差がもっと小さかったら、宇宙初期の熱平衡状態が変わり、陽子が存在しなくなる。水素は、恒星進化の大きな原動力であり、また、水や有機物も存在できない。(ポール・デイヴィス(1946-))

偶然の宇宙

この宇宙は、物理法則と物理定数の極めて微妙なバランスの上に成立している。仮に、陽子と中性子との質量差がもっと小さかったら、宇宙初期の熱平衡状態が変わり、陽子が存在しなくなる。水素は、恒星進化の大きな原動力であり、また、水や有機物も存在できない。(ポール・デイヴィス(1946-))


(a)陽子と中性子の質量差

・宇宙の熱い原始時代の、最初の1秒が経過する以前に、温度が10(10乗)Kを超えていた頃の、ニュートリノ、反ニュートリノ、電子、陽電子、中性子、陽子の熱力学的な平衡状態

p+e- ⇔ n+ν

p+反ν ⇔ n+e+

・陽子に対する中性子の比率は、陽子に対する中性子の質量の超過分で決まってくる。

・宇宙が膨張して冷えてくると、反応が止まり、その時点での陽子と中性子の比率が固定される。

・陽子に対する中性子の質量の超過分が、ちょうど電子の質量程度になっていることと、弱い力の大きさと重力の大きさの比率がある一定の値になっていることとが、宇宙に存在する中性子の陽子に対する比率を、10%程度にする。仮に、陽子と中性子との質量差がもっと小さかったら、中性子の存在比率が大きくなり、宇宙の温度が10(9乗)K(重水素の光分解温度)以下になったとき、

p+n → 重水素

重水素+重水素 → 中間段階→He4

この反応によって、陽子は存在しなくなる。水素は、恒星進化の大きな原動力であり、また、水素が存在しないと水や有機物も存在できないことになる。


(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),3 微妙なバランス,3.1 ニュートリノ,pp.76-79,地人書館,1990, 田辺健茲)

 (b)ニュートリノの質量

・ニュートリノは宇宙に遍在している(10×9乗/m3)ので、質量を持つかどうかは、宇宙の大極的な構造に影響を与える。例えば、一桁大きければ、宇宙は膨張ではなく収縮する。

・5×10(-35乗)kg程度、電子の5×10(-5乗)程度。

(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),3 微妙なバランス,3.1 ニュートリノ,pp.73-75,地人書館,1990, 田辺健茲)




我々の数学的記述能力は、極めて限られている。複雑過ぎて記述できないという限界だけでなく、そもそも数学的記述が存在するのかも不明な事態もある。特異点、時空の崩壊の奥底、無限大の端で、宇宙はどうなっているのか。(ポール・デイヴィス(1946-))

 特異点

我々の数学的記述能力は、極めて限られている。複雑過ぎて記述できないという限界だけでなく、そもそも数学的記述が存在するのかも不明な事態もある。特異点、時空の崩壊の奥底、無限大の端で、宇宙はどうなっているのか。(ポール・デイヴィス(1946-))

「われわれが直面しなければならない事態は、自然界における数学的に簡単な系の貯えがなくなりつ つあるということだ。重力崩壊の彼方の物理学 それがホイラーの「原幾何学」であろうと何であ ろうとは、われわれの数学的記述能力を越えたものである。 その理由は、 数学自身が十分進歩し ていないのか、この事態に対する数学的記述というものがそもそも存在しないのか、どちらかである。 生物科学の分野においては、無数のひじょうに複雑な生命形態や過程に出会う。 そして、そのほ とんどが数学的モデルにのせられない。 でたらめさとか確率が素粒子物理と生物学において大きな役 割をはたす。しかし数学は、生物学をうまくあつかえない。 イヌの行動を予測する方程式とか、ウシ の消化器を記述する項を含む方程式など考えることは、望みがない。 たぶん重力崩壊もこんなものな のだろう。可能性の動物園みたいなものであって、ある現象が生じ、ほかの現象が生じないという論 理的理由がなく、 詳細を予言する方法がない。

 もし特異点が、この種の泥沼にわれわれを導くなら、厳密科学としての物理学の道の終点であろう。 一方、自然を深く探れば探るほど単純になるというのなら、時空の崩壊の奥底、 無限大の端で、 現在の物理よりもっとエレガントで基本的な、新しい物理学を発見すると期待するのも、故のないこ とではない。 これはまたホイラーの予想でもある。彼は書いている。 「いつの日か、ドアが開かれて、 世界の輝ける中心的機構が、その美しさと簡単さとともに、われわれの前に出現するであろう。その 日の到来をめざして、重力崩壊のパラドックスほど希望をもたせるものはない。」 

 未来の新物理学へ向けての道は、無限大の端を越えて続いている。それが何を物語るかは、予想す るだけである。時間・空間は近似的な構造にすぎないことが示されるであろう。量子世界、時間・空 間、物質といったものが混然一体となっている様子が明らかになるであろう。われわれが時空を越え て解析をすることが可能になり、物理宇宙とは違う、どこか別の世界に行きつくことであろう。新物理学は、重力崩壊してどこへ行くのか、裸の特異点から何が出現するのかを、教えてくれる であろう。宇宙はどこから来てどこへ行くのかも教えてくれるかもしれない。 われわれが特異点の挑戦に答えられるなら、こういった事は、すべてわれわれのものになるであう。」


(ポール・デイヴィス(1946-),『無限大の端』,日本語書籍名『ブラックホールの宇宙の崩壊』,第9章 無限大の彼方へ, pp.258-260,岩波現代選書,1983,松田卓也,二間瀬敏史)

2021年11月23日火曜日

物理法則が数学で記述されるというとき、次の事実を忘れてはならない。法則は、実際の宇宙の理想化された姿であり、実在だと考えてはならない。実際の宇宙には、有限の資源しか存在せず、宇宙の計算能力には、自然な宇宙的制限があることになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

数学の限界

物理法則が数学で記述されるというとき、次の事実を忘れてはならない。法則は、実際の宇宙の理想化された姿であり、実在だと考えてはならない。実際の宇宙には、有限の資源しか存在せず、宇宙の計算能力には、自然な宇宙的制限があることになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

「ランダウアーが問うたのは、「ニュートンの法則やその他の物理法則に体現された数学的理想化は、 本当に真に受けるべきものなのかどうか」という疑問だ。法則が、何らかの理想化された数学的形式の 抽象的領域に限られているうち は、 何の問題もない。しかし、法則が、超越的なプラトニックな領域で はなく、実際の宇宙に存在していると考えるならば、話はまったく違ってくる。実際の宇宙には、実際 の制約がある。特に、実際の宇宙には有限の資源しか存在しないはずだ。したがって、たとえば、一度 に有限の数のビットしか保有できないだろう。だとすると、原理的にさえも、宇宙の計算能力には、自 然な宇宙的制限があることになる。たいていの物理法則の正統的解釈は実数に基づいているが、その実 数は、存在しえないことになる。

 グレゴリー・チャイティンは、先人のランダウアーと同じくIBMに勤務するコンピュータ科学の概 念的基盤に関する一流の理論家だが、彼も同じ結論に到達した。彼はそれを次のように、印象的に表現 している。「実数を計算することができないなら、そのビットが何であるか示すことができないなら、 そしてそれを参照することさえできないなら、どうして実数を信じなければならないのだろう? ………0 から1までの実線は、ますますスイスチーズのように見えてくる」。ランダウアーの主張は、さまざま な物理的制約が存在する現実の宇宙のなかでは、原理的にすら、実際に実行することは不可能な数学的 操作を、物理法則を記述するために持ち出すことは正当化できないということだった。言い換えれば、

『物理的に不可能な操作に頼らざるを得ない物理法則は、不適当なものとして拒否せねばならない』

ということである。プラトン主義的な法則は、便利な近似として扱うことはできるだろうが、「リアリ ティー」ではない。 プラトン主義的な法則が持つ無限の正確さは、通常は十分無害な理想化だが、常に 無害というわけではない。ときにはわたしたちを迷わせる。そして、極初期宇宙を議論するとき以上に その傾向が著しいことはない。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.411-412,日経BP社,2008,吉田三知世)





量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。生命と意識は、宇宙の生成物でありながら同時に、何らかの観測過程を経由して、宇宙の在り方に参画しているのではないだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))

観測過程と生命、意識

量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。生命と意識は、宇宙の生成物でありながら同時に、何らかの観測過程を経由して、宇宙の在り方に参画しているのではないだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))


「二つ目の問題―何らかの目的論的要素に関するものは、量子力学によって解決できる可能性が ある。 ホイーラーは、間違いなくそう信じていた。彼は、観測者というものを、物理的リアリティーを形作る作業の単なる観客ではなく、その参加者だと考えていた。このような考え方そのものは、何も 新しいものではない。 哲学者は、伝統的にこのような考え方にどっぷりと浸かっている。ホイーラーが 遅延選択実験によって新たに導入したのは、現在と未来の観測者が、観測者など一切存在しなかった遠 い過去も含めて過去の物理的リアリティーの性質を形作るという可能性である。この考え方は、生物と 心に、物理学のなかで一種創造的な役割を与え、生物と心を宇宙論的物語全体のなかで不可欠なものと するという点で、極めて斬新だ。 それでもなお、生物と心は宇宙が生み出したものである。したがって、 時間的であると同時に論理的なループが存在することになる。通常の科学では、「宇宙→生物→心」 という直線的な論理の流れを仮定している。 ホイーラーは、この鎖を閉じて、「宇宙→生物→心→宇宙」 というループにすることを提案した。 彼は独特の簡潔な言い回しで、この考えの本質を次のように表現 した。「物理学は観測者参加をもたらす。観測者参加は情報をもたらす。 情報は物理学をもたらす」。だ とすると、宇宙は観測者を説明し、観測者は宇宙を説明することになる。このように主張することによ  ってホイーラーは、宇宙は固定された先験的な法則に支配される機械だという認識を拒否し、それを、 彼が 「参加型宇宙」と呼ぶ、自己合成を行う世界に置き換えた。ホイーラーは、前のセクションで検討 したベニオフの自己一貫性の議論と類似した、閉じた説明のループを仮定することによって、やっかい な「亀の塔」の問題を巧みに回避したのである。生物に好適な宇宙が自らを説明するのなら、空中浮揚するスーパー・タートルは必要なくなるのだ。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.426-427,日経BP社,2008,吉田三知世)




多くの非生物系が、 何ら特徴のない姿から、複雑なパターンと組織構造を進化させる自己組織化現象が存在する。雪の結晶の成長のように、物理法則にのみ由来する現象である。(ポール・デイヴィス(1946-))

自己組織化現象

多くの非生物系が、 何ら特徴のない姿から、複雑なパターンと組織構造を進化させる自己組織化現象が存在する。雪の結晶の成長のように、物理法則にのみ由来する現象である。(ポール・デイヴィス(1946-))


「もうひとつ、進化のメカニズムとして可能性のあるものが、自己組織化である。多くの非生物系が、 はじめの何ら特徴のない姿から、複雑なパターンと組織構造を進化させる。このような非生物系の進化 はすべて、ダーウィン的進化のような個体差や選択が関与することは一切なしに、自然発生的に起こる。 たとえば、雪の結晶は特徴的な六角形をした精緻なパターンを形成する。 雪の結晶に遺伝子があるなど と主張する人はいないが、雪の結晶は知性を持った設計者によって作られたと主張する人もいない。雪 の結晶は、明確な数学の規則と物理法則に従って、自発的に自己組織化し、自己集合するのである。この自己組織化によって進む、ダーウィン的進化とは異なる進化は、物理学、化学、天文学、地球科学、 そしてワールドワイドウェブなどのネットワークにおいても見られる。これが生物学においても、あち らこちらで起こっていないとしたら驚きだという気がするが、そういうわたしの感じ方は間違っている かもしれない。もし仮にわたしが正しかったとしても、それはダーウィンの進化論が反証されたという ことではなく、ダーウィン的進化は、進化のメカニズムのほんの一部を説明するに過ぎないのだろう、 ということである。とはいえ、その、進化のメカニズムのなかで、まだ明らかになっていない、ダーウ イン的進化以外の部分に存在するのは、宇宙的な魔術師のようなものではなく、物理法則に由来する、 未知の組織化原理に適合する、自然のプロセスなのである。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第9章 インテリジェント・デザインとあまりインテリジェントでないデザイン,pp.344-345,日経BP社,2008,吉田三知世)



知られている最小のバクテリアのゲノムには、数百万ビ ットの情報が含まれている。生命の著しい複雑性を進化には、数十億年にわたる厖大な数の情報処理のステップが必要だったのだ。生命は、1%の物理と99%の歴史から成っている。(ポール・デイヴィス(1946-))

1%の物理法則と99%の歴史

知られている最小のバクテリアのゲノムには、数百万ビ ットの情報が含まれている。生命の著しい複雑性を進化には、数十億年にわたる厖大な数の情報処理のステップが必要だったのだ。生命は、1%の物理と99%の歴史から成っている。(ポール・デイヴィス(1946-))

「ある気体が、任意の状態で、閉じた容器に入れられ、その後放置されたとすると、そ の気体は、どの場所でも温度と圧力が同じで、分子の速度が、ある厳密な数学的関係 (マクスウェル= ボルツマン分布)に則って分布した、ある最終状態へと急速に近づいていく。この場合も、その最終状 態は、完全に予測可能で、再現性がある。それは、物理法則で前もって決定されているのである。この ように、塩や気体の最終状態は、物理法則に「書き込まれている」と断言するのは、まったく正しいことである。

 しかし、わたしたちが直面しているのは、生物が、そして意識までもが、物理法則に書き込まれてい るかどうか、という問題だ。生命を持たないものから生命が出現するという現象は、たとえば、結晶化と同じように、さまざまな初期条件のもとで、物理法則だけに従って起こるのだろうか? この問いに 対する答えは、断固たる「ノー」である。生物的な系は、結晶とカオス的気体という、二つの両極端の 中間に位置する。生きた細胞は、著しく組織化された複雑さを持っているという点でほかのものと明確 に区別される。細胞は、結晶の単純さも、気体の無秩序さも持ち合わせていない。それは、大量の情報 を持った、具体的で特殊な物質の状態である。知られている最小のバクテリアのゲノムには、数百万ビ ットの情報が含まれている――この情報は、物理法則のなかに暗号化されてはいない。物理法則は、極 めて少量の情報によって表現することが可能な、単純な数学的関係である。それは普遍的な法則であり、 すべてのものに適用されるので、あるひとつの種類の物理系―つまり、生きた生命体だけに当て はまる情報を含むことはありえない。生物が大量の情報を含んでいることを理解するには、生物は、物 理法則だけの産物なのではなく、物理法則と環境の歴史の両方をあわせたものの産物であることを認識 しなければならない。生物が出現し、その著しい複雑性を進化させたのは、数十億年もかかるプロセス の結果であり、また、それには厖大な数の情報処理のステップが必要だったのである。このように、ひ とつの生命体は、複雑で入り組んだ歴史の産物を含んでいる。これを一言でまとめると、わたしたちが 今日観察している形の生物は、一パーセントの物理と九九パーセントの歴史から成っていると表現でき よう。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.401-402,日経BP社,2008,吉田三知世)





3つ目は、生命の情報処理能力である。ある物理化学的状況(文脈)において、ある特定の物理化学的性質は、意味情報に変わる。これは、その系に対しては「何らかの意 味を持っている」のであり、それを読み取った系は、それに従って「行動する」ようになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

生命の情報処理能力

3つ目は、生命の情報処理能力である。ある物理化学的状況(文脈)において、ある特定の物理化学的性質は、意味情報に変わる。これは、その系に対しては「何らかの意 味を持っている」のであり、それを読み取った系は、それに従って「行動する」ようになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

「生物が持つ三つ目の際立った特徴は、その情報処理能力である。 すべての物理系は、 初歩的な意味で、 情報を処理していると見なすことができる。たとえば、惑星の位置を特定するには、いくつかの数字が 必要だ、惑星が太陽の周囲を動くにつれて、その位置は変化し、それを記述する数字も変化する。このように、惑星の運動という単純なプロセスは、「入力情報」( 惑星の最初の位置)を「出力 的な位置」に変換する。しかし、ゲノムや脳に含まれる情報は、このような単純なデータ を超えている。ゲノムは、あるタンパク質を作る、分子をコピーする、食物を探すなど、何かのプロジェクト を実行するための青写真、もしくは、アルゴリズム、あるいは、一組の指示である。アルゴリズムがう まく機能するには、遺伝子の指示を解釈し実行することができる物理的な系が必要である(ゲノムの場 合は、リボソームがその役割を担う場合もあろう)。これらの指示は、その系に対しては「何らかの意 味を持っている」のであり、それを読み取った系は、それに従って「行動する」。哲学者やコンピュー 夕科学者たちは、意味を持った情報を(ビットそのものに対立する概念として) 意味情報と呼んでいる。 このように、生物的な情報には、意味の次元と文脈の次元とがある。遺伝情報は、恣意的にビットが連 なっただけのものではなく、DNAの四文字からなるアルファベット 〔4種類の分子A (アデニン)、T (チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)] によって書かれた、あらかじめ定められたゴールを暗号化した、 一貫性を持つコンピュータプログラムの一種なのだ。単なる生化学的活動に対立するものとしての意識 の場合、神経による情報処理が意味情報の性質を帯びていることは明らかだ。心が、意味のある情報を 処理しているということには疑問の余地がない。心が行っているのは、おおざっぱに言って、そういう ことなのだ。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.390-391,日経BP社,2008,吉田三知世)





4.生命が持つ二つ目の重要な性質は、自律性である。生命も、物理的法則に従っているにもかかわらず、その運動は予測不可能である。この予測不 可能性は、カオス的もしくは無秩序なプロセスの予測不可能性とはまったく異なる。(ポール・デイヴィス(1946-))

 生命の自律性、予測不可能性

生命が持つ二つ目の重要な性質は、自律性である。生命も、物理的法則に従っているにもかかわらず、その運動は予測不可能である。この予測不 可能性は、カオス的もしくは無秩序なプロセスの予測不可能性とはまったく異なる。(ポール・デイヴィス(1946-))


「生物が持つ二つ目の重要な性質は、自律性である。生物は、文字通り、それ自体の命を持っており、 独り歩きをする。生物も、ほかのすべての物質系と同じさまざまな物理的な力の影響を受けるが、生物 はこれらの力を制御して、意図したことを行うことができる。これがどういうことかをはっきりさせる には、単純な例をひとつ挙げれば十分であろう。死んだ鳥を空中に投げても、それは単純な幾何学的経 路を辿って、予想したとおりの場所に落ちるだけだ。だが、生きた鳥を空に放てば、その鳥がどのよう な経路で飛ぶのかも、どこに降り立つのかも、予測するのは不可能だ。重要なのは、この生物の予測不 可能性は、サイコロ投げや、激流の渦の運命のように、カオス的、もしくは無秩序なプロセスの予測不 可能性とはまったく異なるという点だ。 鳥の飛行経路は、鳥が持つ遺伝的性質や神経学的な状態によっても形づくられているのである。 」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,p.390,日経BP社,2008,吉田三知世)





3.生命が持つ特別な性質の1つ目は、ダーウィン的進化の産物であるということである。複製される個体の存在と、複製の際の個体間のばらつきと環境内における選択による変化とを、組織化原理としている。(ポール・デイヴィス(1946-))

 ダーウィン的進化の産物

生命が持つ特別な性質の1つ目は、ダーウィン的進化の産物であるということである。複製される個体の存在と、複製の際の個体間のばらつきと環境内における選択による変化とを、組織化原理としている。(ポール・デイヴィス(1946-))

「生物を特別なものとしているのは、それを形作る物質ではなく、それが行う事柄である。生物を定義 することは、ご承知のとおりたいへん難しいが、特に目立った性質が三つある。最初のものは、生物は ダーウィン的進化の産物だということだ。実際、一部の科学者たちは、この基準だけで生物を定義して いる。 複製の際の個体間のばらつきとそのあいだでの選択に基づく進化の原則は、間違いなく基本的である。それは、宇宙のあらゆる場所に存在する生物に適用されるはずであり、地球に存在する生物とは まったく異なる生物にも当てはまるはずだ。 ダーウィン的進化は物理法則ではないが、重力の法則と同 じくらい深く重要な組織化原理である。したがって、生物は、ダーウィン的進化という宇宙の極めて基 本的な性質から生まれたものだということになる。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.389-390,日経BP社,2008,吉田三知世)






2..宇宙における生命の誕生、人間の意識と知性の誕生、そしてその知性に宿った宇宙の理解、これらの事実は、無意味な宇宙における例外的で偶然な出来事なのだろうか。それとも、なお一層深い別の筋書きが働いているのだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))

生命、意識の誕生は偶然なのか 

宇宙における生命の誕生、人間の意識と知性の誕生、そしてその知性に宿った宇宙の理解、これらの事実は、無意味な宇宙における例外的で偶然な出来事なのだろうか。それとも、なお一層深い別の筋書きが働いているのだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))


 「どうしてこのようなことになったのだろうか? ある意味、宇宙は、自分自身の意識のみならず、自 分自身の理解をも作り上げたのだ。心を持たずに動き回っている原子たちが結託して、生物だけでなく、 また、心だけでもなく、理解というものを作り出したのだ。 進化する宇宙は、宇宙進化という見世物を 見ることができるだけでなく、その筋書きを明らかにすることもできる生物を生み出した。人間の脳の ように、ちっぽけで微妙で、しかも地球での生活に適合したものが、宇宙の全体と、宇宙がそれに合わ せて踊っている、数学で書かれた音のない音楽に取り組むのを可能にしているのは、いったい何なのだ ろう? わたしたちが知る限りでは、これは、宇宙のどこかで心が宇宙の暗号を垣間見た最初にして唯 一の事例だ。もしも宇宙が瞬きをするあいだに人間が完全に消滅してしまったなら、このようなことは 二度と起こらないかもしれない。宇宙はさらに一兆年にわたって存続するかもしれないが、ごく普通の ひとつの銀河が誕生してから一三七億年のちに、そのなかの平均的なひとつの恒星の周囲を回っている ひとつの小さな惑星の上で、 知性の光が一瞬輝くときを除いては、その悠久の時間を通して、完全な謎に包まれたままだろう。 

 これは単なる偶然なのだろうか? リアリティーがその最も深いレベルで、わたしたちが「人間の心」 と呼ぶ奇妙な自然現象に接触したという事実は、でたらめで無意味な宇宙のなかで一時的に生じた、 普 通にありえない例外的なことでしかないのだろうか? それとも、なお一層深い別の筋書きが働いているのだろうか。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第1章 いくつかの重大な疑問,p.24,日経BP社,2008,吉田三知世)




1.諸法則に従う宇宙の様々な可能性の中から、何故この特定の宇宙が存在するのか。自己説明する自己一貫性を持ったループだけが、自己創造によって存在し得るのではないのか。そして、生命と意識の存在も、この原理によって理解できるのではないか。(ポール・デイヴィス(1946-))

なぜ存在するのか

 諸法則に従う宇宙の様々な可能性の中から、何故この特定の宇宙が存在するのか。自己説明する自己一貫性を持ったループだけが、自己創造によって存在し得るのではないのか。そして、生命と意識の存在も、この原理によって理解できるのではないか。(ポール・デイヴィス(1946-))

「因果関係ループもしくは後戻り因果関係を含むモデルのなかには、宇宙が自らを作り出すようなものま である。このような説の長所は、自己完結しており、「亀の塔」の無限の列も、頭から信じる以外にな い、空中浮揚するスーパー・タートルを受け入れる必要性も、どちらも回避できるという点だ。欠点は、 どうしてこの宇宙―この自己説明し、自己創造する系であって、ほかにも存在しうるさまざまな 自己説明する宇宙ではないのかということについてはわからぬままだという点だ。もしかしたら、自己 説明する宇宙はすべて存在するのだが、わたしたちの宇宙のようなものだけが、生物の存在が可能なた めに観察される、ということなのかもしれない―つまりは、形を変えた多宇宙論である。あるいは、 こちらの方がさらに好ましいのだが、存在は、存在する可能性のあるものに、何か説明されぬ行為者 (つまり、超越的な存在生成者)によって「息吹を与えられ」ることによって、外側から与えられるも のではなくて、それ自体が自己始動する何かなのかもしれない。自らを理解することができる自己一貫 性を持ったループだけが、自らを作り出すことができるので、生命と心 (少なくとも、その可能性)を 持った宇宙だけが実際に存在するのではないかということを、わたしはすでに示した。」


(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),あとがき,p.458,日経BP社,2008,吉田三知世)




2021年11月22日月曜日

ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集

ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集

《目次》

(1)実験方法

 (1.1)操作的な基準としての内観報告

(2)意識の発生は遅れるが内容は遅れない

 (2.1)感覚皮質への刺激で意識感覚を生じさせるには約0.5sの持続時間が必要

 (2.2)では、刺激は遅れて意識されるのか?

 (2.3)初期誘発電位と事象関連電位

 (2.4)意識は遅れない

 (2.5)刺激の位置や感覚モダリティの違いによらず同時に意識される

 (2.6)時間的な遅れなしの意識は、脳機能の創発特性か?

(3)その他の実験

 (3.1)実験(感覚皮質への刺激、皮膚への刺激)

 (3.2)実験(内側毛帯の束への刺激、皮膚への刺激)

 (3.3)遅延刺激によるマスキング効果 

 (3.4)遅延刺激による遡及性の促進効果

 (3.5)意図的な引き延ばしによる反応時間

(4)記憶と意識

 (4.1)疑問:0.5sの持続時間は短期記憶に必要なのではないか?

 (4.2)意識経験と記憶は別の現象である

 (4.3)意識感覚は瞬時に発生してはいない

 (4.4)痕跡条件付けを利用する実験

(5)意識と無意識

 (5.1)無意識な信号の検出

 (5.2)無意識な信号の検出の例

 (5.3)無意識と精神事象 

 (5.4)持続時間理論

 (5.5)意識現象の発現の仕方

 (5.6)ふるい分けされた、ごく一部の感覚入力が意識化される

(6)自由意志論




(1)実験方法
(1.1)操作的な基準としての内観報告
 気づきのない行動と、気づきのある行動が存在する。気づきのある行動は、被験者の内観報告 を基礎に判断できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
(a)気づきのない行動
 (1)信号を検出し、観察可能な筋肉の活動とか、自律神経系の変化(たとえば心拍数、血 圧、発汗など)が起こる。
 (2)被験者は、気づくことなく、無意識に反応する。
(b)気づきのある行動
 (1)被験者は、信号に気づき、主観的な意識経験をする。
 (2)被験者は、実験者の質問を理解し、自分の個人的な経験について、内観的な経験を報告 する。

(2)意識の発生は遅れるが内容は遅れない


(2.1)感覚皮質への刺激で意識感覚を生じさせるには約0.5sの持続時間がが必要

 感覚皮質に、約0.1~0.5msのパルス電流を20~60p/s の周波数で与え、閾値レベルの微弱な意識感覚を生じさせるには、約0.5sの持続時間が必要で ある。高周波数では閾値の強度は低くなるが、約0.5sの持続時間は不変である。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))
(1)実験方法
(1.1)短いパルス電流(実験によってそれぞれ約0.1~0.5ミリ秒間持続する)による刺激 を、1秒あたり20パルスから60パルスの範囲で反復する。
(1.2)1秒あたりのパルス数を決めたら、電流の強さは、意識感覚を生じるような最低限の レベルまで下げる。
(2)実験結果
(2.1)閾値レベルの微弱な感覚を引き出すには、反復的な刺激パルスを約0.5秒間継続しな ければならない。
(2.2)1秒間あたり30パルス(pps)から60パルスという、より周波数の高い刺激パルスに すると、閾値の強度が低くなる。すなわち、弱い電流でも意識経験が生じる。
(2.3)しかし、60ppsで意識感覚を引き出すために必要な最小限の連発持続時間が0.5秒間 で、変わらない。すなわち、与えられた周波数ごとに決まる閾値強度を用いている限りは、 0.5秒間の連発時間という最小限の必要条件は、周波数または刺激パルスの回数には影響を受 けず、不変である。

以下、補足説明。(ただし、図は概念的なものである。)
(a)被験者の報告する意識感覚の長さも変わる。
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┼┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┼
│←─5~0.5秒───────────→│

(b)閾値レベルの微弱な感覚を引き出すには、反復的な刺激パルスを約0.5秒間継続しなけれ ばならない。
││││││││││
┼┴┴┴┴┴┴┴┴┼
│←─0.5秒 ──→│

(c)連発した閾値の刺激を0.5秒以下に短縮すると、感覚が消失する。
│││││││││
┼┴┴┴┴┴┴┴┼
│←0.5秒 より→│
短時間

(d)パルスの強度(ピーク電流)が十分に上がっていればどうにか意識的感覚を引き出すこと ができる。しかし、強度をより強くしていくと、人間の通常の日常生活ではそう簡単には出会 わないであろうレベルの末梢感覚インプットの範囲に達する。
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(e)ほんの数回、または単発のパルスでも反応が生じるほどの強度の刺激を体性感覚皮質に与 えた場合には、手または腕の筋肉のわずかな痙攣が発生し、被験者の報告に影響を与える。す なわち、感覚皮質への刺激だけから、意識的感覚が生み出されたかどうかを判断することがで きなくなる。
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(2.2)では、刺激は遅れて意識されるのか?

 感覚皮質への刺激が意識経験を生じさせるのに、約0.5sの持続時間が必要だとすれば、通常の 皮膚への刺激などによって意識感覚が生じるためには、刺激から約0.5sの遅れがあるはずであ る。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))



(2.3)初期誘発電位と事象関連電位

皮質の一連の電気変化
 ↑意識感覚を生み出すために、
 │500ms以上の間持続することが必要である。
 │全身麻酔状態にある場合、ERPは消失する。
 │皮膚パルスの強さを、意識できないレベル
 │まで下げると、ERPは突然消失する。
 │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
 ↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。
 │初期EPが無くとも,意識感覚は生み出せる。
 │初期EPがあっても,意識感覚は生み出せない。
 │
 │速い特定の投射経路を通っていく。
 │
単発の有効な皮膚への刺激パルス

(2.4)意識は遅れない

 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。この意識の発生が初期EPにより調整されていることは、片側の感覚上行路 に損傷のある患者の例で実証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(1)初期EP(誘発電位)の役割
(1.1)皮膚への刺激の正確な位置を識別するために重要な役割を果たす。
(1.2)皮膚入力の主観的なタイミングを、過去のある時点に向って遡及するときに、遡及先 となるタイミング信号を提供する。
(2)確認されている事実
(2.1)脳卒中患者は、非常に大ざっぱな方法でしか、皮膚刺激の位置を示せない。例とし て、2点刺激の弁別では、刺激ポイントを何cmも離さないと識別できない。
(2.2)脳の右半球に限局した脳卒中で、特定の感覚上行路に永久的な損傷のある患者の場 合。
(a)不自由な左手の皮膚への刺激パルス
(b)健常な右手の皮膚への皮膚パルス
(a)と(b)を同時に与えた場合、(b)の次に(a)を感覚する。
(a)と(b)の意識感覚が、同時に発生したと患者が報告できるようにするには、(b)よりも 0.5秒先に(a)を与えなければならない。

意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└────────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる  │
皮質の一連の電気変化      │
↑意識感覚を生み出すために、   │
│500ms 以上の持続が必要である。 │
│                           │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス


(2.5)刺激の位置や感覚モダリティの違いによらず同時に意識される

 初期誘発電位反応には、刺激の位置や感覚モダリティによって、5~40msの潜伏時間の違いが あるにもかかわらず、主観的には同時に意識される。(ベンジャミン・リベット(1916- 2007))

初期EP(誘発電位)の発生タイミング
(a)同じ体性感覚のモダリティの刺激でも、体の部位間の距離の違いによって、5~10ms (頭への刺激の場合)から、30~40ms(脚への刺激の場合)と差がある。
(b)異なる感覚モダリティ間で、同期した刺激を与えた場合、たとえば、銃の発射音と閃光 を知覚する場合。視覚は、時間がかかり初期誘発反応の遅延は、30~40msになる(網膜内の 光受容体⇒次々と神経層を通る⇒神経節細胞⇒視覚神経線維⇒視床⇒視覚皮質)。
(c)実験に当たっての注意事項1:身体の一つの部位へ非常に強い刺激が与えられた場合に は、意識化に必要な脳の活動は極めて短い持続時間になる。この脳活動時間の差は、100~ 200msに及ぶ。これは、同時には感じられない(推測)。
(d)実験に当たっての注意事項2:皮質の表面に設置した電極で記録ではなく頭皮の記録で見 られる最も速い大きな電位は、初期誘発電位反応ではなく、より遅いコンポーネントの反応で ある。このコンポーネントは、初期誘発電位反応よりも50~100ms長い潜伏期間がある。


(2.6)時間的な遅れなしの意識は、脳機能の創発特性か?


 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。もしこれが、初期EP反応だけで実現されていたとしても、「適切な脳機能 の創発特性」として十分あり得ることだ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007)) 

意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└───────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる │
皮質の一連の電気変化     │
↑意識感覚を生み出すために、   │
│500ms 以上の持続が必要である。│
│               │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス

(1)意識の内容は、刺激の発生時刻を指し示す。これは、どのようにして実現されているのだ ろうか。
(2)「タイミングと空間位置に遡及する主観的なアウェアネスへの信号を与えているのは、初 期EP反応だけであるようなのです。すると、初期EP反応にまで逆行する、この遅延した感覚経 験の遡及性を媒介し得るような、追加の神経プロセスを考えることが難しくなります。もちろ んそのようなメカニズムは実際にもまったく不可能というわけではないですが」。
(3)例えば、アントニオ・ダマシオ(1944-)が「中核自己」が発現する仕組みの中で仮定し た、「原自己」の変化と感覚された対象の状態を時系列で再表象する「2次のニューラルマッ プ」のようなものへ、初期EPからの情報が接続されていれば、このような意識の時間遡及性を 説明できるだろう。(未来のための哲学講座)
(参照: 2次のニューラルマップとは?(アントニオ・ダマシオ(1944-)))
(4)「他の未知の神経活動の媒介なしで時間の規定因となるのであれば、主観的な遡及は純粋 に、脳内での対応神経基盤のない精神機能ということになります」。この場合、「精神の主観 的機能は、適切な脳機能の創発特性であるというのが私の意見です」。すなわち、今の場合、 初期EPの存在というタイミングを決めるのに必要な情報は不足していないので、一見して明白 でないと思えるような精神現象を生み出していても、それは十分あり得ることでもあり、それ が適切な脳のプロセスなのかもしれない。

(3)その他の実験


(3.1)実験(感覚皮質への刺激、皮膚への刺激)

 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。これは、感覚皮質への直接刺激による感覚と、皮膚への刺激による感覚と の比較により検証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)感覚皮質への、アウェアネスに必要な閾値に近い強さの連発した刺激パルス(500ms)
(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス
(a)の後、(b)が数百ms遅延したとしても、(b)(a)の順で感覚される。
(a)の後、(b)が500ms遅延したときのみ、(b)(a)は同時に感覚される。

(a)感覚皮質への、アウェアネスに必要な閾値に近い強さの連発した刺激パルス(500ms) 

意識的な皮膚感覚


事象関連電位(ERP)と呼ばれる
皮質の一連の電気変化
↑意識感覚を生み出すために、
│500ms以上の持続が必要である。

感覚皮質への連発した刺激パルス

(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス

意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└────────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる   │
皮質の一連の電気変化           │
↑意識感覚を生み出すために、    │
│500ms 以上の持続が必要である。│
│                           │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス

参照: 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。この意識の発生が初期EPにより調整されていることは、片側の感覚上行路 に損傷のある患者の例で実証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(3.2)実験(内側毛帯の束への刺激、皮膚への刺激)

 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。この意識の発生が初期EPにより調整されていることは、内側毛帯の束へ の、連発パルス刺激の実験で実証されている。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス
(c)脳内の特定の感覚上行路(内側毛帯の束)への、連発パルス
(c)の一番最初の刺激パルスと、(b)のパルスが同時に与えられると、「被験者はどちらの 感覚も同時に現われたと報告する傾向がありました」。
(c)の持続時間が、500ms以下にまで削減されると、被験者は何も感じない。

(b)皮膚への、閾値に近い単発のパルス
意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の正確な位置と、
││発生タイミングを決める
│└───────────────────┐
事象関連電位(ERP)と呼ばれる │
皮質の一連の電気変化     │
↑意識感覚を生み出すために、   │
│500ms以上の持続が必要である。│
│                           │
皮膚領域が「投射する」感覚皮質の特定の小さな領域で、初期EP(誘発電位)が局所的に発生 する。
↑短い経路で14~20ms、長い経路で40~50ms後。


単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c)脳内の特定の感覚上行路(内側毛帯の束)への、連発パルス
意識的な皮膚感覚
↑↑
││刺激の発生タイミングを決める
││
│└───────────────────┐
事象関連電位(ERP) と呼ばれる │
皮質の一連の電気変化     │
↑意識感覚を生み出すために、  │
│500ms 以上の持続が必要である。│
│               │
内側毛帯への連発パルスの、それぞれ個々の刺激パルスに対して、初期EP(誘発電位)が局所 的に発生する。


脳内の特定の感覚上行路(内側毛帯の束)への連発パルス


(3.3)遅延刺激によるマスキング効果

 遅延刺激によるマスキング効果:最大で100ms遅れた刺激は、先行する刺激の意識化を抑制す る。遅延刺激が皮質への直接的な刺激の場合には、200~500ms遅れた刺激でも、先行刺激の 意識化を抑制する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)1番目の刺激による意識的な感覚が生じるのに十分な脳の活性化が完了する前に、2番目の 刺激を与えると、2番目の刺激に妨げられて、1番目の刺激が意識されなくなる。

1番目の刺激は
意識されない


感覚皮質の活性化─妨げられる
↑                                 ↑
1番目の刺激      │
小さな微弱な          │
光の点                      │
│                    2番目の刺激
│                    1番目の刺激を囲む、
│                    より強く大きな閃光
│                          │
      最大100ms遅れ

(b)両腕の皮膚刺激による実験
1番目の刺激
一方の前腕の皮膚に、閾値の強さのテスト刺激(電気刺激)を与える。
2番目の刺激
もう一方の前腕に、条件刺激を与える。
結果:テスト刺激の閾値が上がる。
最大100ms遅れても効果がある。500ms遅れると効果はない。

(c)条件刺激を、皮質への刺激に変えた実験
1番目の刺激
皮膚へ微弱な単発のパルスを与える。
2番目の刺激
電極を使って、皮質へ連発したパルスを与える。
結果
200~500ms遅れた皮質刺激でも、意識をブロックできる。
皮質刺激が、100ms以下の連発刺激や単発のパルスでは、意識をブロックできない。

(3.4)遅延刺激による遡及性の促進効果

 遅延刺激による遡及性の促進効果:遅延刺激が皮質への直接的な微弱な刺激の場合には、最大 400msの遅れた刺激でも、先行刺激を遡及して強める。すなわち遅延刺激は、条件によってマ スキング効果と促進効果の両方を持つ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

2番目の刺激S2
S1より強く感じられる


感覚皮質の活性化─促進
↑                     ↑
2番目の刺激 │
S2                      
│                    │
│           3番目の刺激
│                    │
│                    │
   50~1000ms遅れ

(a)遅延する条件刺激は皮質への刺激
1番目の刺激(テスト刺激の大きさを評価するための対照刺激)
皮膚へ微弱な単発のパルスを与える。S1
2番目の刺激(テスト刺激)
1番目と同じ、皮膚へ微弱な単発のパルスを与える。S2
1番目の刺激から、5秒間の間隔を置いている。
3番目の刺激(条件刺激)
電極を使って、皮質へ連発したパルスを与える。
このパルスは、マスキングの時より、小さい刺激である。
2番目の刺激S2から、50~1000ms遅れて与える。
結果
S2の後、最大400ms以上遅れていたとしても、S1よりも S2の刺激のほうが強く感じされると被験者は報告する。


(3.5)意図的な引き延ばしによる反応時間

 信号に対する反応時間は、200~300msであ る。被験者に100ms、意図的に反応を引き延ばすよう指示すると、結果は600~800msにな る。これは、刺激を意識化するのに必要な約500msで説明可能だ。(ベンジャミン・リ ベット(1916-2007))

(a)通常の反応時間(RT)測定
(a1)被験者への指示
前もって決められた信号が現れたらできるだけ早くボタンを押すこと。
(a2)結果
採用した信号の種類によって、200~300ms
(b)意識的な引き延ばしによる反応時間(RT)測定
(b1)被験者への指示
前もって決められた信号が現れたら、100ms程度、意図的に引き延ばしてボタンを押すこ と。
(b2)結果
採用した信号の種類によって、600~800ms

(a)通常の反応時間(RT)測定では、反応のために刺激へのアウェアネスは必要ない。実際、 アウェアネスの発生前に、反応が起こるという直接的な証拠がある。

意識的感覚
↑                             反応.....................
│                              ↑           ↑
感覚皮質の活性化 │         200~300ms
↑                               │          │
├───────────┘         │
刺激.............................................

(b)意図的なプロセスによってRTを引き延ばしたい場合、被験者はまず刺激に気がつかなくて はならない。

      反応.....................
      ↑                              ↑
┌───────┘                      600~800ms
意識的感覚                                   │
↑                                                     │
│                                                    │
感覚皮質の活性化           │
↑意識感覚を生み出すために    │
│500ms以上の持続が必要         │
刺激.............................................


(4)記憶と意識


(4.1)疑問:0.5sの持続時間は短期記憶に必要なのではないか?

 疑問:アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間というのは、単にある事象の短期記憶を 生み出すのにかかる時間を反映しているだけではないか。(ベンジャミン・リベット (1916-2007))

(a)明らかに、被験者がそのアウェアネスを想起し報告するには、ある程度の短期記憶の形成 が起こらなければならない。

記憶の想起と内観報告

意識的な皮膚感覚──この感覚の短期記憶
          があるはず

アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間

単発の有効な皮膚への刺激パルス


(4.2)意識経験と記憶は別の現象である

 意識経験を生み出す0.5秒間の脳の活性化は、海馬が媒介する顕在記憶や、非宣言的記憶や潜 在記憶と同じものではない。すなわち、意識経験と記憶とは別の現象である。(ベンジャ ミン・リベット(1916-2007))

(1)宣言記憶、顕在記憶
 意識的な想起や報告が可能で、側頭葉の海馬組織が生成を媒介している。
(2)非宣言的記憶、潜在記憶
 事象についての意識的なアウェアネスがまったくなくても形成され、想起や報告ができな い。
(3)両方の海馬構造が損傷した患者の事例
(3.1)今起こったばかりの出来事について、実際想起できるアウェアネスがまったく無い。
(3.2)しかしながら、今現在と、自身について自覚する能力を維持している。起こったばか りのことを覚えられない自分の能力の欠陥についても自覚しており、これが生活の質に深刻な 損害を与えている、と苦痛さえ訴える。また、潜在的なスキルの学習能力もある。
(3.3)顕在記憶とは関係なく意識経験が発生するとしても、意識に必要な最低0.5秒間持続 する活動についての、短期記憶がなければ意識経験は発生しないのではないか。「どのような 短命の記憶であっても、依然としてそれはアウェアネスが生じる潜在的な基盤となる」。実 際、両方の海馬を損傷した患者でも「1分程度だったら、この患者はものを覚えている」。
参照: 両方の海馬構造が損傷している患者は、顕在記憶を失っているが、意識経験があることは、自 覚ある想起の証拠を必要としない心理認知テストで確認できる。(ベンジャミン・リベッ ト(1916-2007))

(b)疑問:アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間というのは、単にある事象の短期記 憶を生み出すのにかかる時間を反映しているだけではないか。
(c1)可能な仮説1:記憶痕跡の発生そのものが、アウェアネスの「コード」である。
(c1.1)潜在記憶の生成そのものが、意識経験を生み出しているわけではない。なぜなら、 潜在記憶は想起や報告ができないからだ。

                          これは想起できない
         ↑
意識的な皮膚感覚    │
↑                                  │
アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
↑(これが、潜在記憶そのもの?)

単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c1.2)顕在記憶の生成そのものが、意識経験を生み出しているわけではない。なぜなら、 両方の海馬を損傷して顕在記憶を失った患者でも、意識的な経験を確かに持っているからだ。

記憶の想起と内観報告に代えて、
自覚ある想起の証拠を必要としない
心理認知テスト

意識的な皮膚感覚──この感覚の短期
          記憶があるはず

アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
↑(これが、顕在記憶そのものではあり得ない。)

単発の有効な皮膚への刺激パルス


(c2)可能な仮説2:ある事象のアウェアネスは遅延無しに発生するが、それが報告可能になる には、0.5秒間の長さの活性化が必要である。(ダニエル・デネット(1942-))


(4.3)意識感覚は瞬時に発生してはいない

 意識感覚は瞬時に生み出されるとする仮説に反する諸事実:(a)両方の海馬を損傷している患 者の意識経験 (b)遅延刺激によるマスキング効果、遡及性の促進効果 (c)2番目の遅延刺激に よる脱抑制効果(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

記憶の想起と内観報告
↑意識経験があっても、
│記憶がないと報告できない

意識的な皮膚感覚──この感覚の短期記憶
          があるはず
↑ 記憶の定着に0.5秒間が必要である

(アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間)
↑これは不要で、意識的感覚は瞬時に発生する

単発の有効な皮膚への刺激パルス

(c2.1)(仮説2に反する事実1)
 両方の海馬構造が損傷している患者は、顕在記憶を失っているが、意識 経験があることは、自覚ある想起の証拠を必要としない心理認知テストで確認できる。 (ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(c2.2)(仮説2に反する事実2)
もし、意識経験が瞬時に発生すると仮定すれば、微弱な感覚刺激に引きつづく、感覚皮質に 与えられる連発した刺激パルスが、先行した意識経験をマスキングすることが説明できない。 先行する意識経験は、既に発生済みだからだ。マスキング可能な事実は、後続の刺激パルスが 与えられたとき、必要な0.5秒間に満たずに意識経験が「生成中」であることを示す。
参照:遅延刺激によるマスキング効果:最大で100ms遅れた刺激 は、先行する刺激の意識化を抑制する。遅延刺激が皮質への直接的な刺激の場合には、200~ 500ms遅れた刺激でも、先行刺激の意識化を抑制する。(ベンジャミン・リベット (1916-2007))

(c2.3)(仮説2の反論)
遅延したマスキングは、ただ単にアウェアネスのための記憶痕跡の形成を妨害しているので はないか。
(c2.3.1)(仮説2の反論に反する事実1)
記憶痕跡を破壊するような刺激は、ショック療法で使うような強い電気ショックである が、実験で使った刺激は、これと比較すると極めて小さい。
(c2.3.2)(仮説2の反論に反する事実2)
1番目のマスキング刺激の後に、2番目のマスキング刺激を与えるとき、2番目のマスキン グ刺激が、1番目のマスキング刺激の感覚を消去するとともに、最初の皮膚刺激のアウェアネ スを復活させることができる。もし、1番目のマスキング刺激が最初の刺激の意識経験の記憶 痕跡を破壊しているのだと仮定すると、この事実が説明できない。
(c2.3.3)(仮説2の反論に反する事実3)
 遅延刺激による遡及性の促進効果:遅延刺激が皮質への直接的な微弱な刺激の場合には、最大 400msの遅れた刺激でも、先行刺激を遡及して強める。すなわち遅延刺激は、条件によってマ スキング効果と促進効果の両方を持つ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(4.4)痕跡条件付けを利用する実験

参照: 両側の海馬に損傷があると、単純遅延条件付けが可能なのに対して、痕跡条件付けは不可能に なる。痕跡条件付けには、二つの刺激の時間的関係についての気づき経験と、それについての 宣言的な記憶とが必要である。(ラリー・スクワイア(1941-))

(a)古典的条件付け(単純遅延条件付け)
これは、両側の海馬に損傷のある動物でも起こる。

      CS-US関係が学習される
       ↑                         ↑
       │                   反射反応
気づき経験─気づきの記憶  ↑
↑                    (非宣言的な           │
│                     短期記憶)             │
アウェアネスに必要な     │
0.5秒間の活動持続時間     │
↑                                                    │
│                                                   │
│                                       非条件刺激(US)
           例:まばたき反応が
           生じる空気の圧力
条件刺激(CS) 例:信号音
USの直前、または同時。

(b)痕跡条件付け
(b1)両側の海馬に損傷のある動物や、海馬の構成に損傷のある健忘症患者では、この痕跡条 件付けが得られない。すなわち、時間的に離れた二つの刺激の関係を学習するには、海馬を介 した記憶が必要である。
(b2)刺激に気づいているときに限って、痕跡条件付けが得られる。人間以外の動物に対して も、この痕跡条件付けを用いると、気づきの経験を研究することができる。


     CS-US関係が学習される
       ↑              ↑
       │          反射反応
       │             ↑
       │         非条件刺激(US)
       │
気づき経験─気づきの記憶
↑                    (この記憶には、海馬が必要)

アウェアネスに必要な
0.5秒間の活動持続時間

条件刺激(CS) 例:信号音
USの始動する約500~1000ms前には終わる


(5)意識と無意識


(5.1)無意識な信号の検出

信号の無意識の検出を示す諸事例:(a)閾値に達しない弱い刺激に対する強制的選択による反 応、(b)皮膚に与えられた振動性パルスの周波数の弁別、(c)盲視の患者の事例。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))

(a)意識的な感覚経験に基づく反応

意識的な感覚経験────┐
↑                                         │
│                                        │
事象関連電位(ERP)         │
↑500ms 以上の持続時間 │
│                                        │
後続する脳活動────┐│
↑  信号の無意識の検出││
│                                     ││
初期誘発電位                ││
↑14~50ms後。               ││
│                                      ↓ ↓
閾値に近い刺激           反応

(b)刺激を意識できないレベルまで下げると、ERPは突然消失する。この実験の場合、被験者 は意識経験の有無にかかわらず、強制的選択により、反応するように指示される。
結果:被験者は限りなくゼロに近い低刺激信号に対しても、「偶然のレベルよりも高い確率 で反応」する。この場合信号の無意識の検出においては、閾値レベルのようなものは事実上存 在せず、「反応の正確さは、ゼロから始まる刺激の強さと正確さとを関係づけたカーブに沿っ てなめらかに増加」する。

事象関連電位(ERP)
↑消失

後続する脳活動────┐
↑信号の無意識の検出│
│                                   │
初期誘発電位        │
↑14~50ms後。      │
│                                     ↓
閾値以下の刺激        反応

(c)信号の無意識の検出を示す他の事例。
(c1)皮膚からの感覚入力については、一本の感覚神経線維にある、単発の神経パルスを検出 するらしい。
(c2)皮膚に与えられた振動性パルスの周波数の弁別。
・個々の反復する振動性パルスの間の時間間隔が、500msよりはるかに短い。
・この刺激が、意識に登る前の段階で検出されている。
・その後、周波数の違いを弁別するアウェアネスは、後から生ずる。
(c3)盲視の患者の事例
・視覚野に損傷があるため、視野のある部分で意識を伴う視力を失った患者が、見えない 領域にある対象を想像でもよいので指し示すように指示された場合、被験者は卓越した正確さ で実行していながら、対象が見えていなかったと報告した。


(5.2)無意識な信号の検出の例

信号の無意識の検出を示す例:例えばアスリートたちの、感覚信号に対する迅速な運動反応 は、信号への気づきの前に起こる。感覚信号を、後続する刺激でマスキングした場合にも、反 応時間が同じ可能性がある。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

信号の無意識の検出を示す例
(1)感覚信号に対する迅速な運動反応は、信号の100~200ms後に起こり、信号への気づきは その後に続く。
(1.1)偉大なアスリートたちは概して、意識的な心に妨げられることなく、彼らの無意識の 心に主導権を委ねている。
(1.2)「芸術・科学・数学といったすべての創造的なプロセスにもこれがあてはまる」。
(2)反応時間を測定している最初の信号に引き続き、遅延したマスキング刺激を与えること で、最初の信号への気づきをマスキングする。この場合でも、「与えられた信号への反応時間 は同じである可能性があることが示されて」いる。



(5.3)無意識と精神事象 

精神とは、主観的な意識経験と、無意識の心理的機能の両方を含んだ、脳の全体的な特性であ るという定義が有効である。無意識機能も、意識と類似の記述によって、臨床上の経験とも整 合的な理論記述が可能となる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(1)無意識的な「精神事象」は、存在しないという考え方。
(1.1)無意識的な機能は、特定のニューロン活動だけを伴うと考える。
(1.2)ただしニューロン活動は、別の意識的な考えや感情に影響を与えることができる。 

(2)無意識的な「精神事象」も、存在するという考え方。
(2.1)無意識のニューロン活動
 アウェアネスがない以外は、質的に意識プロセスによく似ており、精神的特性と見てもよ い機能属性を持ったニューロン活動が存在する。また、皮質活動の持続時間が最大0.5秒間ほ ど長引けば、無意識機能にアウェアネスを付加することができる。
(2.2)無意識の機能
 無意識は、意識機能と基本的なところが似通って見える方法で、心理学的な課題を処理す る。例えば、無意識ではあっても、経験を表象していると考えられる事象がある。また例え ば、認知的で想像力に富んだ意思決定的なプロセスが、意識的である機能よりも、しばしばよ り独創的に、無意識的に進行する。
(2.3)意識過程の機能の言語で記述された無意識理論の有効性
 機能的な記述をする場合にも、より単純で、生産的な記述が可能で、より想像力に富んだ 予測も可能となり、臨床上の経験とも整合性があるように見える。

(5.4)持続時間理論

 意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、活動の持続時間が 500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」による選択が関与し ているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

持続時間理論(仮説)
(1)意識を伴う感覚経験を生み出すには、その感覚事象が閾値に近い場合、適切な脳活動が最 低でも500ms持続していなければならない。
(2)この同じ脳活動の持続時間が、アウェアネスに必要な持続時間よりも短い場合でも、この 脳活動にはアウェアネスのない無意識の精神活動を生み出す働きがある。
(2.1)無意識の機能が現れるには、より少ない時間(100ms前後)でよい。
(2.2)この場合、意識的な神経反応に似た、記録可能なニューロンの反応が見られる。
(3)したがって、無意識機能の適切な脳活動の持続時間を単に長くしさえすれば、意識機能に 変わる。

意識的な感覚経験


事象関連電位(ERP)
↑500ms以上の持続時間

初期誘発電位
↑14~50ms後。

閾値に近い刺激

(4)タイム-オン(持続時間)はおそらく、無意識と意識との移行の唯一の要因というわけでは なく、むしろ一つの制御因子としてみなすことができる。以下は、仮説である。
(4.1)感覚信号が、無意識に検出される。
(4.2)他の信号ではなく、ある信号に「注意」を集中する。
(4.3)注意が、大脳皮質のある特定の領域を「点火」または活性化し、この興奮性のレベル の増加が、神経細胞反応の持続時間の延長を促し、アウェアネスに必要な活性化時間を継続さ せる。

《仮説》「注意」が選択するという仮説

意識的な感覚経験


事象関連電位(ERP)
↑↑500ms以上の持続時間
│└────────────┐
初期誘発電位         「注意」
↑14~50ms後。         ↑
│                                    │
閾値に近い刺激       能動的な自己?



(5.5)意識現象の発現の仕方

 意識作用には、意識を伴わない「精神機能」、 ニューロン活動が先行する。感覚だけではなく、意識を伴う思考や感情、情動、自発的な行為 を促す意図、創造的なアイデア、問題の解決なども、同様であろう。(ベンジャミン・リ ベット(1916-2007))
(a)体性感覚
(i)意識を伴わない感覚信号の検出、ニューロン活動が先行する。
(ii)適切なニューロン活動の持続時間が、ある程度増加することによって、感覚の意識が現 れる。
(iii) 意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、活動の持続時間が 500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」による選択が関与し ているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(b)他の感覚モダリティ(視覚、聴覚、嗅覚、味覚)でも、同様である。

(c)意識を伴う思考や感情、情動、自発的な行為を促す意図でも、同様である。
(i)話し始める過程、話の内容が、話が始ま る前に既に無意識に起動され、準備されている。仮に、ある人が話す単語の一つ一つについて まず自覚してからでなければ話せないならば、一連の言葉を速やかに話すことが不可能になる だろう。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
(ii)ピアノやバイオリンなどの楽器の演奏 も、無意識のパフォーマンスの働きによるものに違いない。実際、個々の指を動かす意図を自 覚していない、と演奏者たちは報告している。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(d)創造的なアイデア、問題の解決なども、同様であろう。
(i)無意識の精神機能におけるニューロン 活動の持続時間は100ms以下である。このことは、意識されない問題解決のプロセスが極めて 迅速に、効果的に進行できることを示唆している。(ベンジャミン・リベット(1916- 2007))

(e)継続した意識の流れは、どのように生じているのか。
 内発的な意識過程には、発生時刻への主観的な遡及 を可能にする脳活動がないのに、遅延のない連続的でなめらかな流れが意識される。これは、 異なる複数の現象がオーバーラップして実現していると思われる。(ベンジャミン・リ ベット(1916-2007))

(i)意識的な感覚の、時間的に逆行する主観的な遡及
 意識的な感覚は、刺激を受けた時刻より約0.5秒遅れて発生するが、意識の内容は、刺激の発 生時刻を指し示す。もしこれが、初期EP反応だけで実現されていたとしても、「適切な脳機能 の創発特性」として十分あり得ることだ。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
(ii)自発的な行為への意識を伴う意図
 自発的な行為への意識を伴う意図が、内発的に立ち現れる場合、その体験の主観的なタイ ミングは、自発的な行為を導き出す脳活動の始動後400ミリ秒間かそれ以上、事実上遅延する ことが、実験によって示されている。
(iii)内発的な意識過程には、遅延が発生すると思われるが、実際は違う
 遡及に必要な初期EP反応がない内発的な過程においては、500ミリ秒間の神経活動によっ て初めて、意識事象が始まるとしたら、一連の意識事象は継続した流れとしては現れず、非連 続的なものになると思われる。ところが、私たちの意識を伴う日常生活の中で、断続性は感じ られない。
(iv)仮説:非連続的である異なる精神現象がオーバーラップしている。
 私たちの一連の思考のスムーズな流れという主観的な感情は、異なる精神現象がオーバー ラップしているということで、説明できると思われる。内在している事象が非連続的であるに もかかわらず、全体としてなめらかで連続性のある産物を生み出している。


(5.6)ふるい分けされた、ごく一部の感覚入力が意識化される

 無数の感覚刺激が意識化されたら、無意味な騒音を抱え込みすぎることになる。意識はふる い分けの機能によって、一度にごく少数の事象や問題に集中することが可能になる。
 意識化されない無数の感覚刺激の中から、意味のある情報 をふるい分ける機能の一部として、意識化に必要な持続時間条件があり、また「注意」による 選択の仕組みが存在する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

(a)意識化されない感覚入力をふるい分けるための仕組み
(i)意識化に必要な持続時間条件
(ii)注意の機能
 おそらく注意のメカニズムが、与えられた選択された反応を、意識を引き出すために、 十分に長い時間持続させる。
参考:意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、 活動の持続時間が500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」に よる選択が関与しているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007)) 

(b)意識化されない無数の感覚刺激
脳には、1秒間に何千回もの感覚入力が到達しているが、意識化されない。

サブリミナル知覚
 無意識の精神機能が、持続時間500ms以上で意識化 されるとする仮説は、意識されない刺激、知覚でも、意識的な知覚、選択、行為に影響を与え 得ることを示唆する。(サブリミナル効果、プライミング)(ベンジャミン・リベット (1916-2007))
(1)意識的でない知覚
 サブリミナル(閾下)の刺激に対して意識的な自覚が本人にない場合でも、そのサブリミ ナル刺激を無意識に知覚できる可能性がある。
(2)普通の自然な感覚における意識できな知覚
 サブリミナルとアウェアネスを生み出す閾値上の感覚刺激の強さ、持続時間などの違いが 通常小さいので、普通な自然の感覚刺激が使われる場合、立証するのはより難しくなる。
(3)実験で確認されたもの
 意識を伴うアウェアネスにまでは到達しないような刺激が提示された後で、テスト時に加 えられたさまざまな操作において、サブリミナル刺激の影響が現れる。
(a)サブリミナル効果
図や言葉を視覚的に提示した時間が1~2msのため、被験者はその内容にまったく気づか ないにもかかわらず、言語連想法のテストにおける被験者の反応の選択に影響を与えた。
(b)プライミング
閾値より下であっても上であっても、すなわち見えたという自覚がなくてもあっても、 図や言葉が先に提示されていると、その刺激または関連刺激への活性化が高まり、処理されや すくなる、あるいは選ばれやすくなる効果がある。

 無意識の精神機能が、持続時間500ms以上で意 識化されるとする仮説は、意識と無意識が脳の同一領域で生ずることを示唆する。ただし、機 能が複数の段階、複数の脳の領域と関係する場合は、事情はもっと複雑である。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))
 無意識の信号検出、精神機能、ニューロン活動 が存在し、持続時間が500ms以上で意識化されるとする仮説は、知覚や認知の変容現象を解明 する可能性を与える。変容には、その人独自の経験、歴史、情動が反映される。(ベン ジャミン・リベット(1916-2007))

(6)自由意志論


(a)陰極線オシロスコープ 
の点は2.56秒で円を一周する。すなわち、ひと目盛り約43msで移動する。 
(b)被験者
 (i)オシロスコープから約2.3メートル離れたところに座る。
 (ii)被験者は、自由で自発的な行為として、単純だが急激な手首の屈曲運動を、やりたいとき にいつでも行ってよいと指示されている。 
 (iii)被験者はいつ行動するかあらかじめ考えずに、むしろ行為が「ひとりでに」現れるがまま にさせるように言われている。
 (iv)被験者は、自分の動きを促す意図や願望への最初のアウェアネスを、その時点での回転す る光の点の「時計針の位置」と結び付けて覚えるように指示される。 
 (v)結び付けて覚えた時計が示す時点を、試行のあとに被験者は報告する。報告されたこの時 点を、私たちは、意識的な要求(wanting)、願望(wishing)、意志(willing)を表す 「W」と呼ぶ。


(a)被験者は、自発的な行為をせずに、一回の実験が終わるたびに(Wのときと同 様)皮膚感覚があったときに時計が示す時点を報告する。
(b)報告されたS時点は、実際に刺激が与えられた時点より約マイナス50ミリ秒 間の差がある(つまり、早い)ことが確かに示された。

→時間軸→
報告された 実際の
刺激時刻  刺激時刻
 ├─────────┤
    50ms
つまり、実際より早めに報告する傾向がある。

報告された 実際の
意志感覚  意志感覚
(W)
 ├─────────┤        準備電位
    50ms            (RP)
 ├────────────────────────┤
   200ms
        ├──────────────┤
           150ms
 

(RP) 
準備電位   自発的
 800ms                    行為
 ├──────────┤

RP:頭頂部にある領域から 負の電位が緩やかに上昇する



予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -500    -150     0
 ms                   ms       ms
W:意識を伴った意志
意識を伴った意志の前に、無意識の脳の過程が始まっている。





予定して  予定して
いる行為  いない行為
RP1                   RP2      W      S 筋電図
┼─────────┼───┼──┼
-1000                -550    -150     0
 ms                   ms       ms
RP1:予定している行為の準備電位
・あらかじめ予定していた行為は、平均して(運動行為の前から)約800~ 1000ミリ秒ほど早く始動するRP1を生み出す。
RP2:予定していない行為の準備電位
・補足運動野は、頭頂知覚の中心線に位置し、私たちが記録したRPの発信源であると 考えられてい

W:意識を伴った意志
・予定していてもいなくても、Wは同じである。この「今、動こう」とするプロセスは、行為を実行しようとする思考や事前の選択決定とは 区別しなければならない。
・意識的な意志の気づきと時計が指し示す時点を関連付けた時点は、自動的な時間軸に逆行する遡及で正しく知覚されていた。
・その関連性に気づいた時点は、お そらく最大500ミリ秒間の遅延があった。





拒否が、無意識過程の結果なのか、意識的な意志の発動なのかを、考察するための整理である。
(a)皮質への刺激では、感覚のアウェアネスは主観的に遅延する一方、皮質下の経路への刺激は、主観的に遅延しない。
(b)無意識の信号の検出は、この信号へのアウェアネスがある場合、正確な検出と一致する可能性もある。
(c)しかし、その同じ内容に気づくようになるには、皮質下経路への刺激の 持続時間はおよそ400ミリ秒増加する必要がある。
(d)内発的な、自由で自発的な活動において、行為を促す意図へのアウェアネスは、脳プロセス がプロセスを無意識に始動した後、約400ミリ秒間遅延する。
(e)意識的な意志のアウェアネスには、行為を促す意識的な衝動の内容と、意 識を伴う拒否に影響を与える要因の内容も含み、意図しあるいは拒否する一方のみ意識化されるというわけではないだろう。
(f)拒否するという決定の基となる要因は、拒否に先行する無意識プロセスによって事実上発生する可能性もある。同時に、先行する無意識プロセスがなく、直接実行されている可能性もある。









マインド・タイム 脳と意識の時間 (岩波現代文庫 学術429) [ ベンジャミン・リベット ]

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