2021年11月19日金曜日

意識のハードプロブレムとは、いったい何を解決すればよいのか?

意識のハードプロブレムとは、いったい何を解決すればよいのか?

《改訂履歴》
2021/11/19 意識のハードプロブレムとは、いったい何を解決すればよいのか? 第1版


《概要》
 本論においては、何々主義と表現されるような、互いに対立する各論を並立して記述することはしない。本論では一つのある主張をするが、自らの主張を明確化する目的でのみ、何々主義を取上げ、批判する。 そもそも哲学は、真理の追究を目的とするものであって、互いに対立する主義や信念が並立 しているのが、通常の状態だとは考えない。
 もちろん、難しい問題では、様々な見解が並立するのは当然ではあろうが、本論のテーマに限って言えば、何が問題なのかは明確である。これが、本論の主張である。 
 本論では、意識のハードプロブレムがなぜ解決困難に感じられるのかの理由を明確に記述することで、まず、問題の根本的な所在を明らかにする。 そのうえで、意識の問題というのは、別の問題━━例えば、感覚も経験も直接にはできない物質や宇宙の根源を探究する問題━━と比べて、より困難というわけではなく、むしろ人間にとってはアプローチしやすい問題であることを主張する。
《目次》
(1)存在の全構造の俯瞰(目次のみ)
(2)二元論(心身二元論)
(2.1)二元論の主張
(2.1.1)心の世界
(2.1.2)物質の世界
(2.1.3)心の世界は物質の世界には還元できない
(2.2)二元論の誤り
(2.3)相互作用説
(2.3.1)相互作用説の主張
(2.3.2)相互作用説の誤り
(2.4)心身並行説
(2.4.1)心身並行説の主張
(2.4.2)心身並行説の評価
(2.5)随伴現象説
(2.5.1)随伴現象説の主張
(2.5.2)随伴現象説の評価
(3)物理主義
(3.1)物理主義の主張
(3.2)物理主義が忘れてしまいやすい事実
(3.2.1)法則
(3.2.2)モデルとしての対象
(3.2.3)物理学が世界の真理を記述していると誤って理解される理由
(3.3)還元主義的物理主義
(3.3.1)心脳一元論
(3.4)非還元主義的物理主義
(3.5)性質二元論(非還元主義、非創発主義)
(3.5.1)性質二元論の主張
(3.5.2)性質二元論の誤り
(3.5.3)哲学的ゾンビ、ゾンビ論法、思考可能性論法
(3.5.4)ゾンビ論法、想像可能性論法の誤り
(3.5.5)ゾンビ論法へのア・ポステリオリな必然性からの反論
(3.5.6)ゾンビ論法へのア・ポステリオリな必然性からの反論の誤り
(3.5.7)メアリーの部屋(フランク・ジャクソン(1943-))
(3.5.8)メアリーの部屋の解釈
(3.6)創発的物理主義
(3.6.1)創発的物理主義の主張
(3.6.2)創発的物理主義に関する注意事項
(3.7)消去主義的唯物論
(3.7.1)消去主義的唯物論の主張
(3.7.2)消去主義的唯物論の誤り
(4)意識のハードプロブレムは、何を解決すればよいのか
(4.1)現実の対象の完全な記述
(4.2)意識の理解における物理主義の問題点
(4.2.1)モデルとしての意識の理解
(4.2.2)一滴の水そのものとしての自己意識
(4.3)意識のハードプロブレムとは何か、なぜ、解決が困難に思われるのか
(4.3.1)人間という事態の特殊性に起因する科学の原理的限界と意識の十全性の対照
(4.3.2)クオリアと絶対的一人称性の不可分性(鈴木敏昭(1950-))
(4.3.3)科学の基盤である経験が、まさに説明されるべき対象であるという循環性
(4.3.4)検証対象となる意識現象が、本人にしか経験できないという事態
(4.4)意識のハードプロブレムは、何を解決すればよいのか
(4.4.1)心の世界の現象と心の世界に内在する原理の解明
(4.4.2)物質世界の一部である身体の科学的な解明
(4.4.3)同時に物質世界の現象でもある心の世界の現象と科学の諸法則との無矛盾性
(4.4.4)心の世界と物質世界が属する、心とは独立の存在との無矛盾性
(4.4.5)心の世界の現象と身体の仮説的な対応関係の解明

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(1)存在の全構造の俯瞰(目次のみ)
(a)私は存在する。
(a.a)私は存在する。
(a.b)私以外のものが存在する。
(a.c)存在そのものがその本質に属するようなあるものが存在する。
(a.d)私における、精神と身体の概念。
(a.e)他者は存在する。
(a.f)他者における精神と身体の概念。
(a.g)実体的紐帯は存在する。
(a.h)言語、論理、数学、科学の本質。
(a.i)科学による全宇宙の記述。
(a.j)科学による身体と精神の記述。
(g)実体的紐帯は存在する。(内部からの記述)
(g.h)言語、論理、数学、科学の本質。
(g.i)科学による全宇宙の記述。
(g.j)科学による身体と精神の記述。
(c)存在そのものがその本質に属するようなあるものが存在する。(外部からの記述)
(c.i)科学による全宇宙の記述。
(c.j)科学による身体と精神の記述。
(c.a)私は存在する。
(c.d)私における、精神と身体の概念。
(c.e)他者は存在する。
(c.f)他者における精神と身体の概念。
(c.g)実体的紐帯は存在する。
(c.h)言語、論理、数学、科学の本質。

(2)二元論(心身二元論)
(2.1)二元論の主張
(2.1.1)心の世界
 私の存在と実体的紐帯の存在、その中で生じる全ての現象は、心の中の現象として記述 可能で、現象を支配している法則も、その中において記述可能である。
(2.1.2)物質の世界
 物質の世界は、科学によって記述可能である。
(2.1.3)心の世界は物質の世界には還元できない
 心の世界と物質の世界は、それぞれ独自の法則を持ち、心の世界の法則を物質の世界へ 還元することはできない。

(2.2)二元論の誤り
 二元論の主張のうち、心の世界は物質の世界には還元できないとする主張が、誤りであ る。心の世界の現象の記述、現象の諸法則も、私や他者、実体的紐帯の存在が、この全宇宙の 構成要素であるならば、宇宙を支配している法則に従うであろう。これは、科学の方法論の問 題である。ただし、「還元」の意味が問題である。

(2.3)相互作用説
(2.3.1)相互作用説の主張
 物質の世界は、心の世界に作用を及ぼす。心の世界は、物質の世界に作用を及ぼす。
(2.3.2)相互作用説の誤り
 正しくは、次の通りである。
 物質の世界の一部は、心の世界に対応する。心の世界は全て、そのままで同時に、物質 の世界の現象でもある。

(2.4)心身並行説
(2.4.1)心身並行説の主張
 身体を含む物質は、物質のみと相互作用を行う。心は、心のみと相互作用を行う。各世 界は、それぞれ独自の法則を持つ。
(2.4.2)心身並行説の評価
 心身並行説の主張自体は正しいが、この主張にとどまり、心の世界の現象全てが、その ままで物質世界での現象でもあると理解しないならば誤りである。また、心の世界の諸法則 も、物質の世界の法則に由来するものであり、解明を要するものだと理解されなければ、誤り である。これは、科学の方法の問題である。

(2.5)随伴現象説
(2.5.1)随伴現象説の主張
 身体を含む物質は、物質のみと相互作用を行う。心の世界は、物質的な現象に随伴する 現象である。
(2.5.2)随伴現象説の評価
 随伴する現象が、心の世界と物質の世界の仮説的な対応関係と理解されるならば、随伴 現象説の主張自体は正しい。しかし、この主張にとどまり、心の世界が物質的な現象に何ら影 響を与え得ないと考えるなら、誤りである。

(3)物理主義
(3.1)物理主義の主張
 現在のところ、物理学だけがこの宇宙の根源的な真理の一面をつかんでいる。全てのもの が、この宇宙の構成物だとすれば、全ては宇宙の法則に支配されているはずで、究極的には物 理学が人間の精神も含めて全てを説明する基礎となる。
(3.2)物理主義が忘れてしまいやすい事実
(3.2.1)法則
 私たちが真理を知っていると思っているのは、ほとんど法則のみである。真理とは何 か。それは法則のみではない。
(3.2.2)モデルとしての対象
 実際に対象が理解されているように思われる場合であっても、全て例外なく、概念に よって対象をモデル化して、モデルについての法則が知られているだけである。
(3.2.3)物理学が世界の真理を記述していると誤って理解される理由
「物理学は数学的である。しかしそれは私達が物理的な世界について非常によく知って いるためではなく、むしろほんの少ししか知らないためである - 私達が発見しうるのは世界 の持つ数学的な性質のみである。物理的世界は、その時空間の構造のある抽象的な特徴と関 わってのみ知られうる - そうした特長は、心の世界に関して、その内在的な特徴に関して何 か違いがあるのか、またはないのか、を示すのに十分ではない。」(バートランド・ラッセル (1872-1970) 『Human knowledge: It's Scope and Limits』(1948年))(参考:哲学的ゾンビ(wikipedia))

(3.3)還元主義的物理主義
 モデルに適用される法則は、より基礎的な法則、究極的には物理法則に還元される。

(3.3.1)心脳一元論
(a)心脳一元論の主張
 大脳におけるニューロンの電気的活動に随伴して意識が生じる。
(b)心脳一元論は、不十分な理論である
 脳ではなく、身体全体を考慮すべきである。

(c)培養槽の中の脳
(参考:培養槽の中の脳(wikipedia))
(d)培養槽の中の脳は、意識を再現できない
(b)の理由により、意識は再現できない。

(3.4)非還元主義的物理主義
(a)モデルに適用される法則は、より基礎的な法則、究極的には物理法則に還元されると は限らない。ただし、心的状態は、物理的状態に付随する。「付随性」は関数的な依存関係を あらわしている。つまり、物理的なものに変化がないかぎり、心的なものにも変化がない。 (参考:心の哲学(wikipedia)付随性(wikipedia))
(b)非還元主義的物理主義は、科学の方法として誤りである。仮説としてある法則が定立 される場合であっても、それをより基礎的な法則で説明しようとすることは、科学の原動力で ある。

(3.5)性質二元論(非還元主義、非創発主義)
(3.5.1)性質二元論の主張
 この世界に存在する実体は一種類だが、それは心的な性質と物理的な性質という二つの 性質を持っている。そして、二つの異なる性質に関して、一方を他方に還元することができな い。また、一方から他方が創発することもできない。(参考:性質二元論(wikipedia))
(3.5.2)性質二元論の誤り
 性質二元論が、非還元主義である限りにおいて、非還元主義と同じ誤りを犯している。また、実体は 一つで、物理的な性質と心的な性質を持つとするのは正しいが、性質がこの二つに限定される とするのは、誤りである。説明されるべき、様々な性質の階層が存在する。すなわち、還元主 義的な性質多元論の方がより真実をとらえている。

(3.5.3)哲学的ゾンビ、ゾンビ論法、思考可能性論法
(a)我々の世界には意識体験がある。
(b)物理的には我々の世界と同一でありながら、我々の世界の意識に関する肯定的な事 実が成り立たない、論理的に可能な世界が存在する。
(c)したがって意識に関する事実は、物理的事実とはまた別の、われわれの世界に関す る更なる事実である。
(d)ゆえに唯物論は偽である。(参考:哲学的ゾンビ(wikipedia))
(3.5.4)ゾンビ論法、想像可能性論法の誤り
 (b)の哲学的ゾンビの存在が「論理的に可能」であるという前提が、間違っている。理 由は、「(4.1)現実の対象の完全な記述」に記載した。論理的に構成されるような「物理 的に同一」なものは存在しない。「物理的に同一」の意味が、論理的な構成ではなく存在その ものとして同一物ならば、それは意識を持つ。すなわち、ゾンビは存在しない。

(3.5.5)ゾンビ論法へのア・ポステリオリな必然性からの反論
 科学的な知識が進むことで、哲学的ゾンビの存在が「論理的に可能」であるという前提 が、間違っていることが、論理的に証明できる。
(3.5.6)ゾンビ論法へのア・ポステリオリな必然性からの反論の誤り
 間違っている理由は、「(4.1)現実の対象の完全な記述」の記載の通りである。

(3.5.7)メアリーの部屋(フランク・ジャクソン(1943-))
(a)メアリーはなんらかの事情により、白黒の色しか経験できない環境に生活してい る。
(b)彼女は、色を見るということに関しての物理的過程、生理学的過程を全てを、完全 に理解している。
(c)彼女が、実際に色を経験したとき、何が起こるだろうか。彼女はなにかを学ぶだろ うか?
(d)メアリーが新しいことを学ぶのは、紛れもなく明らかである。
(e)彼女の以前の知識は、不完全だったと言わざるをえない。
(f)すべての物理情報で事足りることはなく、物理主義は誤っているのである。(フラン ク・ジャクソン(1943-))(参考:メアリーの部屋(wikipedia) )
(3.5.8)メアリーの部屋の解釈
 最後の結論が、誤りである。それ以外の主張は、正しい。「(4.2)意識の理解におけ る物理主義の問題点」の記載を参照せよ。

(3.6)創発的物理主義
(3.6.1)創発的物理主義の主張
(a)物質が複雑に組織化されると意識が創発される。
(b)創発主義
「経験的現象は創発的現象である。意識の諸性質、経験の諸性質は、まったくの完全 な非意識的、非経験的現象からの創発的性質である。物理的素材そのものは、その基本的なあ り方においてまったくの非意識的、非経験的現象である。ところが、物理的素材が一定の仕方 で結びつくと、経験的現象が「創発する」。」(ゲーレン・ストローソン(1952-))(出典:山 口尚真の物理主義の含意――ゲーレン・ストローソン「実在論的な一元論」 (大厩諒訳、『現代思想 特集=汎心論』、2020年6月号))

(3.6.2)創発的物理主義に関する注意事項
(a)創発的物理主義については、次の点に注意が必要である。創発という言葉で、現象 を検証する意識現象と、それを説明する科学的概念との混同しないこと。創発という言葉で、 科学的な説明への試みがなされないならば、非還元主義的物理主義と同じ誤りに陥る。
(b)創発主義の誤り
「XからYが創発することが本当に真である場合、YはXに、しかもXだけに、ある意味 では全面的に依存しなければならない。それゆえYの全特性は、理解可能な仕方でXにさかのぼ ることができる(ここで「理解可能」とは、認識論的ではなく形而上学的な概念である)。創 発は、それ以上説明されないナマの事実ではありえない。」(ゲーレン・ストローソン(1952- ))(出典:山口尚真の物理主義の含意――ゲーレン・ストローソン「実在論的な一元論」 (大厩諒訳、『現代思想 特集=汎心論』、2020年6月号))

(3.7)消去主義的唯物論
(3.7.1)消去主義的唯物論の主張
 還元主義的物理主義と同じであるが、意識現象を記述する概念が誤りであり、科学的な 概念によって消去されるはずだと主張する。
(3.7.2)消去主義的唯物論の誤り
 消去主義的唯物論は、科学の方法として誤りである。意識現象を記述する概念はそれ自 体、客観的な概念かどうか検証できるし、また、最終的な解明のための基礎として重要であ り、消去されるべきものではない。

《目次》
(4)意識のハードプロブレムは、何を解決すればよいのか
(4.1)現実の対象の完全な記述
(4.2)意識の理解における物理主義の問題点
(4.2.1)モデルとしての意識の理解
(4.2.2)一滴の水そのものとしての自己意識
(4.3)意識のハードプロブレムとは何か、なぜ、解決が困難に思われるのか
(4.3.1)人間という事態の特殊性に起因する科学の原理的限界と意識の十全性の対照
(4.3.2)クオリアと絶対的一人称性の不可分性(鈴木敏昭(1950-))
(4.3.3)科学の基盤である経験が、まさに説明されるべき対象であるという循環性
(4.3.4)検証対象となる意識現象が、本人にしか経験できないという事態
(4.4)意識のハードプロブレムは、何を解決すればよいのか
(4.4.1)心の世界の現象と心の世界に内在する原理の解明
(4.4.2)物質世界の一部である身体の科学的な解明
(4.4.3)同時に物質世界の現象でもある心の世界の現象と科学の諸法則との無矛盾性
(4.4.4)心の世界と物質世界が属する、心とは独立の存在との無矛盾性
(4.4.5)心の世界の現象と身体の仮説的な対応関係の解明


(4)意識のハードプロブレムは、何を解決すればよいのか
(4.1)現実の対象の完全な記述
 モデルでない真実の対象の記述は可能かどうか。眼の前の現実の対象については、一滴の 水と言えども、完全な記述は不可能である。一滴の水の完全な記述には、一滴の水そのものの 存在が必要である。
(a)ラッセルによる説明
「私達が直接に経験する心的事象である場合を除いて、物理的な事象の内在的な性質に ついて、私達は何も知らない。(バートランド・ラッセル(1872-1970)『Mind and Matter』(1956年)(参考:哲学的ゾンビ(wikipedia))
(b)同じ真理を表現するライプニッツの命題 (i) 経験的事実を表すどの命題も、理性によっては完全には証明され得ない。理性が把握できる経 験的事実とは、真なる偶然的命題である。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッ ツ(1646-1716))
(ii)すべての現実存在命題は、真なる偶然的命題である。 現実存在命題の証明は、無限個の個体の完備概念を含み、決して完了した証明には達し得な い。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716))

(4.2)意識の理解における物理主義の問題点
(4.2.1)モデルとしての意識の理解
 意識についても、モデルとしての対象としてしか理解できない。
(4.2.2)一滴の水そのものとしての自己意識
(a)ところが、説明されるべき意識の現実は、まさに一滴の水そのものである自己意識 として経験されている。
(b)真の物理主義のテーゼ
「経験は実在的な具体的現象であり、いかなる実在的な具体的現象も物理的であ る。」(ゲーレン・ストローソン(1952-))(出典:山口尚真の 物理主義の含意――ゲーレン・ストローソン「実在論的な一元論」(大厩諒訳、『現代思想 特 集=汎心論』、2020年6月号))

(4.3)意識のハードプロブレムとは何か、なぜ、解決が困難に思われるのか
(4.3.1)人間という事態の特殊性に起因する科学の原理的限界と意識の十全性の対照
(a)モデルを使って理解するしかないという科学の本質と、現に体験される自己意識と の対照が、意識の解明を不可能なほど困難なものと感じさせる。これは、人間という事態の結 果である。
(4.3.2)クオリアと絶対的一人称性の不可分性(鈴木敏昭(1950-))
「クオリアの「謎」の解明とは、単に感覚という主観がいかに成立するのかだけでな く、その主観の「絶対的一「人」称」性の「謎」の解明なのである。」(出典:鈴木敏昭 (1950-)クオリアの絶対的一人称性の謎(鈴木敏昭,2016))
(4.3.3)科学の基盤である経験が、まさに説明されるべき対象であるという循環性
 科学的知識の基礎であるはずの感覚経験が、科学によって基礎づけられていないという 事態が存在しており、この循環性が問題の解決を困難に感じさせる。
「日常生活で得た身のまわりの世界に関する知識も、科学的な方法、実験によって得た 知識も、すべて直接の感覚に依存している。それにもかかわらず、自然科学の発見によってよ たらされた外界に関する描像やモデルには、感覚的性質がまったくかけている。」(エルヴィ ン・シュレディンガー(1887-1961))『精神と物質』「第六章:感覚的性質の不思議」 (1958年)、中村量空[訳](1987年) ISBN 4-87502-305-7 (参考:意識のハードプロブレム(wikipedia))

(4.3.4)検証対象となる意識現象が、本人にしか経験できないという事態
(i)逆転クオリア
 同じ赤色に相当する周波数の光を受け取っている異なる人間は、同じ質感を経験して いるのか?ひょっとすると全く違う質感を経験しているのではないか?(参考:逆転クオリア(wikipedia))
(ii)全ての人は、自分の感覚の経験しか持てない。ゆえに、直接検証することはできな い。

(4.4)意識のハードプロブレムは、何を解決すればよいのか
(4.4.1)心の世界の現象と心の世界に内在する原理の解明
 心は、心のみと相互作用を行う。心の世界の法則に従う。
(a)「人間という事態の特殊性に起因する科学の原理的限界」は、意識の問題に固有の 問題ではなく、例外なく科学全てが持っている特性である。

(4.4.2)物質世界の一部である身体の科学的な解明
 身体を含む物質は、物質のみと相互作用を行う。物質の世界の法則に従う。

(4.4.3)同時に物質世界の現象でもある心の世界の現象と科学の諸法則との無矛盾性
 心の世界の現象は全て、そのままで同時に、物質の世界の現象でもある。
(a)実験や観測の対象としての意識経験
 科学の方法は、実験や観測による検証または反証を基礎としている。これは、意識の 科学においても同じである。物質の科学においては、様々な実験装置や観測装置の設計と実装 が不可欠である。しかし、意識においては、個人に与えられている意識現象は完全で十全なも のであり、誤り得ない、そのままで同時に、物質の世界における現象としても与えられている ものである。この意味では、科学という営みにおいては、その問題の解決にとって有利な側面 と言える。
(b)科学の基礎にある意識経験
 物質の科学における実験、観測に比べて、意識現象が主観的で、曖昧なものであると いう印象は、誤りである。科学の基盤である実験や観測を支えている感覚経験自体が、科学的 に解明されているものではないという事態は、物質の科学においても、意識の科学において も、まったく同様の事態なのである。
(c)科学的な方法とは何かということ
 科学的に解明されていない意識経験に基礎を置く科学的方法が、なぜ確固とした客観 性を持っているかのごとく感じられるのかは、他者の存在、実体的紐帯の存在、言語、論理、 数学、科学という人間の営みの理解によって、解明できる。

(4.4.4)心の世界と物質世界が属する、心とは独立の存在との無矛盾性
 心の世界は、物質の世界の一部であり、心の世界の諸法則は、物質の世界の諸法則に由 来する。

(4.4.5)心の世界の現象と身体の仮説的な対応関係の解明
 物質の世界の一部である身体は、心の世界との仮説的な対応関係を持つ。これは、人間 の科学という営みにおいて現在採用されている方法論の問題である。この意味においてなら、 心の世界は、物質的な現象に随伴する現象であると表現してもよい。

(a)心の世界は、科学的な実験の工夫により、間接的に検証することができる。類似の 問題としては、感覚や知覚の異常の検知。正常なものとしての錯覚の検知。内観は、言語によ る報告で検証可能である。

(b) 気づきのない行動と、気づきのある行動が存在する。気づきのある行動は、被験者の内観報告 を基礎に判断できる。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

錯視を用いて意識的知覚を研究する利点。
(a)コンシャスアクセスに焦点を絞ること。
(b)種々のトリックを用いた意識の自由な操作。
(c)主観的な報告を、純粋な科学データとして扱うこと。錯視は非常に主観的なもので、見ている本人しか経験できない。それにもかかわらず、結果 は何度でも再現でき、誰にも同種の経験が得られる。

(c)クオリアの変化に相関する神経活動の同定(意識の神経相関)
 双安定錯視は、入力刺激としては一定にも関わらず、クオリアが時間を追って変化す る。そのような状況で、被験者に何が意識にのぼっているかを正確に刻一刻と報告してもらう ことで、クオリアの変化に相関して変化するような神経活動を同定することが可能である。 (出典:クオリア(脳科学事典))

(d)意識的なアクセス、報告のない実験の工夫が必要
 被験者に報告させるタイプの実験では、意識的なアクセスのメカニズム、報告のメカ ニズムが明らかになるだけで、クオリアがどのように脳活動から生じてくるのかを理解するに は、妨げになるのではないか、という問題が指摘されてきている。アクセスできない、もしく は普段はアクセスしないような意識の内容もクオリアの一部であると考えるのであれば、アク セスの影響を意図的に排除するような実験パラダイムの設計が必要である。(出典:クオリア(脳科学事典))



 
(ルネ・デカルト(1596-1650)『哲学原理』仏訳者への著者の書簡、pp.23-24、[桂寿一・1964])

2021年11月18日木曜日

スタニスラス・ ドゥアンヌ(1965-)の命題集

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集




特別注目する命題
錯視を用いて意識的知覚を研究する利点。
(a)コンシャスアクセスに焦点を絞ること。
(b)種々のトリックを用いた意識の自由な操作。
(c)主観的な報告を、純粋な科学データとして扱うこと。錯視は非常に主観的なもので、見ている本人しか経験できない。それにもかかわらず、結果 は何度でも再現でき、誰にも同種の経験が得られる。

《目次》
(1)幾つかの互いに区別される「無意識
(1.1)無数の潜在的な知覚情報と記憶
(1.2)潜在的な結合
(1.2.1)誕生前に形成されるシナプス結合
(1.2.2)記憶として存在するシナプス結合と学習された無意識の直感
(1.2.3)記憶の意識化は、かつて存在した活性化パターンの近似的な再構築
(1.2.4)学習
(1.2.4.1)覚醒状態の学習(ボトムアップ処理)
(1.2.4.2)睡眠状態の学習(トップダウン処理)
(1.2.4.3)学習感受期
(1.3)切り離されたパターンの無意識

(2)識閾下の状態
(2.1)識閾下の状態と前意識との違い
(2.2)閾値の存在
(2.3)識閾下の刺激が意識されない理由
(2.4)閾値を超える刺激でも、意識されない場合がある:マスキング手法

(3)識閾下での認知作用
(3.1)様々な認知作用
(3.2)無意識の無数の統計マシン
(3.3)知覚の例
(3.4)複雑な発火パターンへの希釈という現象
(3.4.1)複雑な発火パターンへの希釈の事例
(3.4.2)(仮説)脳内処理と経験される知覚との違いの原因

(4)意識的な注意による情報選択
(4.1)入力:無意識の認知作用の確率的な推論結果
(4.2)出力:最善の解釈サンプルの抽出(全か無かのサンプル)
(4.3)作用の担い手:意識的な注意(精神の能動)
(4.4)次の入力先:意識を持ったたった一つの意思決定者

(4.5)注意の能動性、同時処理限定性
(4.5.1)両眼視野闘争
(4.5.2)連続フラッシュ抑制
(4.5.3)注意の瞬き
(4.5.4)無意識的な処理の存在
(4.5.5)注意の容量の存在、意識の飽和
(4.5.6)「見えないゴリラ」非注意性盲目
(4.5.7)変化盲

(4.6)注意

(4.6.1)呼出 (alerting)

(4.6.2)指向 (orienting)

(4.6.3)実行的注意 (executive attention)


(5)アクセス可能な前意識
(5.1)知覚のコード化は終わっている
(5.2)前意識(ジークムント・フロイト(1856-1939))
(5.3)アクセスされない知覚情報
(5.4)遅れてアクセスされた知覚情報

(5.5)現象的意識とアクセス意識
(5.5.1)現象的意識とアクセス意識(ネッド・ブロック(1942-))
(5.5.2)現象的意識とアクセス可能な前意識の概念的な違い
(5.5.3)両眼視野闘争での例
(5.5.4)注意の瞬きでの例
(5.5.5)視野の周辺部での例

(6)アクセス中の表象としての意識
(6.1)意識の劇場(イポリット・テーヌ(1828-1893))
(6.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
(6.2.1)グローバル・ワークスペース
(6.2.2)意識されている情報
(6.2.3)意識されない情報、抑制機能
(6.2.4)情報の広域化、利用可能化
(6.2.5)グローバル・ワークスペースの機能
(6.2.6)グローバル・ワークスペースの機能のモデル例
(6.3)被験者が意識的な知覚表象を経験したか否かを示す生理学的な標識
(6.3.1)頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火(意識のなだれ)
(6.3.2)刺激から3分の1秒後に発生するP3波
(6.3.4)多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換
(7)意識化がもたらしたこと




(1)幾つかの互いに区別される「無意識」
(1.1)無数の潜在的な知覚情報と記憶
(a)私たちの環境は無数の潜在的な知覚情報に満ちあふれている。同様に、私たちの記憶 は、次の瞬間には意識に浮上する可能性がある知識で満たされている。
(b)全体の概要
無数の潜在的な知覚情報と記憶から、まず気づきの外で情報選択がなされ、注意によってある 項目が意識にのぼる。特定の一時点においては、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎ ない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
(c)自発的な活動
自発的な脳活動は、非常に激しい。それに 比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出で きる程度のもので、消費エネルギー総量の恐らくは5%未満を費やすにすぎない。(スタ ニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(1.2)潜在的な結合
識閾下での認知処理、前意識、意識、自発 的行動の全ては、機能と一体化した潜在的な神経結合により遂行され、同時に、潜在的な結合 へと再組織化、記憶化される。記憶の一部は、近似的な発火パターンが再構築され、想起され る。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(1.2.1)誕生前に形成されるシナプス結合
 生まれる前ですら、ニューロンは外界を統計的にサンプリングし、それに神経結合を適 合させている。
(a)生得的な統計仮説


(1.2.2)記憶として存在するシナプス結合と学習された無意識の直感
 数百兆の単位で人の脳内に存在する皮質シナプスは、私たちの全生涯の眠った記憶を含 む。とりわけ環境に対する脳の適応の最盛期をなす生後数年間は、毎日何百万ものシナプスが 形成されたり、破壊されたりしている。
(a)視覚処理のための記憶
 低次の視覚野では、皮質結合は、隣接する直線がいかに結びついて対象物の輪郭を構 成するかについて、統計情報を編集する。
(b)聴覚の記憶
 聴覚では、音のパターンに関する暗黙の知識が蓄えられる。
(c)運動の記憶
 ピアノの練習を何年も続けると、これらの領域の灰白質の密度に検知可能な変化が生 じるが、これは、シナプスの密度、樹状突起の大きさ、白質の構造、ニューロンを支えるグリ ア細胞の変化に起因すると考えられる。
(d)エピソード記憶
 海馬には、いつどこで誰と一緒にいるときに、どのようなできごとが起こったかに関 して、シナプスによってエピソード記憶が集められる。

(1.2.3)記憶の意識化は、かつて存在した活性化パターンの近似的な再構築
(a)記憶の知恵を直接取り出すことはできない。なぜなら、そのフォーマットは、意識 的思考を支援するニューロンの発火パターンとはまったく違うからである。
(b)想起するためには、記憶は眠った状態から活性化された状態へと変換されねばなら ない。記憶の想起に際して、シナプスは正確に発火パターンが再現されるように促す。

(1.2.4)学習



(1.2.4.1)覚醒状態の学習(ボトムアップ処理)

(a)感覚データを用いて、環境のモデルを生成する。

(b)予想外の感覚信号が入り、それが内部モデルの予想とは相反するとき、その信号は予測誤差信号を発生させ、 それが皮質の階層を上り、各段階で統計的な重みを調節する。

(c)それによっ て、トップダウンのモデルはだんだん正確さを増すようになる。


(1.2.4.2)睡眠状態の学習(トップダウン処理)

(a)夜間には、私たちは生成モデルを使って、もともと予想されてなかった新たな像を合成する。

(b)脳の一部はこの実体のないところから生み出された一連の像に基づいて自らトレーニングする。

(c)私たちはボトムアップの結合を改良できるようになる。 

(d)私たちの脳は、 内部で現実を再構築することによって、日中の、必然的に限られた経験を増やす。睡眠は、訓練用に使 えるデータが乏しいという、あらゆる学習アルゴリズムが直面する問題を解決するらしい。また、こうした思考実験の間に、私たちは時として何かを発見する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(1.2.4.3)学習感受期

 シナプスの過剰生産とミエリン形成の波が次々と進むのに同調して、学習の感受期は、関係する脳の 領域によって、始まったり終わったりする時期が変わる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))


(a) 次視覚野は、他の感覚野と同様、もっと高次の皮質領域よりもずっと速く成熟する。早期の感覚野で は、皮質の編成を停止することによって脳の入力を速やかに安定させる一方で、高次の領域はずっと長 期にわたって変化できるようにしておく、という原則らしい。

(b)ヒトという種 では、シナプス過剰生産のピークは視覚野では二歳頃に終わり、聴覚野では三歳あるいは四歳、前頭前野では五歳から一〇歳の間となる。 軸索を絶縁体でくるむミエリン形成という過程も同じパターンを たどる。

(c)「両眼融合」はネコで数か月、ヒトで数年続く。この時期の間、一方の眼が閉ざされたり、ぼやけたり、重症の斜視のせいで方向がそろっていなかったり すると、両眼融合担当の皮質回路が形成されず、その結果、融合は恒久的に失われる。



(1.3)切り離されたパターンの無意識
前意識、識閾下の状態とは異なる、前頭前 皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは「切り離されたパターン」の 無意識が存在する。脳幹に限定される呼吸をコントロールする発火パターンなどである。 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))




(2)識閾下の状態
注意により意識化できる前意識とは異なり、 意識化できない「識閾下の状態」が存在する。視覚では50ms内外に閾値が存在し、意識の境界 は比較的明確である。識閾下では検出可能な脳活動が生じるが、グローバル・イグニションに は至らない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
(2.1)識閾下の状態と前意識との違い
前意識の刺激は、それに注意を向けさえすれば意識されるのに対し、識閾下の刺激は、い くら努力しても意識し得ない。

(2.2)閾値の存在
(a)多くの実験においては、可視と不可視の境界は比較的明確である。
(b)40ミリ秒間表示されたイメージはまったく見えないにもかかわらず、60ミリ秒になる と楽に見えるようになる。個人差はあるが、つねに50ミリ秒内外の値をとる。
(c)閾値に相当する期間だけ視覚刺激を表示すれば、物理的な刺激は一定でありながら主 観的な知覚がトライアルごとに異なる。

(2.3)識閾下の刺激が意識されない理由
(a)目に見えないほどごくわずかな時間、かすかにイメージをフラッシュする。
(b)識閾下の刺激は、視覚、意味、運動を司る脳領域に検出可能な活動を引き起こすが、 この活動はごくわずかな時間しか持続しないため、グローバル・イグニションには至らない。
(c)高次の領域から低次の領域の感覚野に向けてトップダウンにシグナルが戻され、入っ てくる活動を増幅する機会が得られる頃には、もとの活動はすでに失われ、マスクに置き換え られている。

(2.4)閾値を超える刺激でも、意識されない場合がある:マスキング手法
(a)マスキングの例
(i)時間順の刺激 
 刺激1→刺激2→刺激3 刺激1,3で2をマスキングする手法
(ii)時間順の刺激 
図形パターン1→図形パターン2→図形パターン3
図形パターン2の特定図形をマスキングする手法
(iii)時間順の刺激
 刺激1→刺激2 刺激2で1をマスキングする手法
(b)閾値を超える刺激であっても、識閾下における様々な認知作用と、高次の領域から低 次の領域への相互作用によって、意識されない場合があり、識閾下の機能と意識の機能の解明 に役立つ。

(3)識閾下での認知作用
(3.1)様々な認知作用
知覚、言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的に は、識閾下でなされ得る。
(3.2)無意識の無数の統計マシン
意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行する。
(3.3)知覚の例
(a)入力:感覚データ
微かな動き、陰、光のしみなど。
(b)推論:観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。
(c)出力:感覚データの原因となった外界
自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算 する。

(3.4)複雑な発火パターンへの希釈という現象
脳内では感覚データ通りコード化されている にもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、 異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(3.4.1)複雑な発火パターンへの希釈の事例
(a)感覚データ
目で判別できないほど稠密に表示された、もしくは素早く明滅する(50ヘルツ以上) 格子模様を考えてみる。
(b)経験される知覚
一様に灰色がかった画面を知覚するだけである。
(c)意識されないが脳内では処理されている
だが、実験が示すところによれば、脳内では格子模様は実際にコード化されている。 格子の方向によって、それぞれ別のニューロン群が発火する。無意識の領域には、無尽蔵の資 源が発掘されるのを待っている。
(d)意識されない感覚の解読技術の可能性
コンピューターに支援された神経コードの解読技術の発達は将来、感覚によって検知 されながら意識には見落とされているミクロのパターンを増幅することで、厳密な形態の超感 覚的知覚、すなわち環境に対する高められた感覚の利用を可能にするかもしれない。

(3.4.2)(仮説)脳内処理と経験される知覚との違いの原因
(a)おそらくその理由は、それが一次視覚野の極端に錯綜した時空間的な発火パターン に依拠し、高次の皮質領域にあるグローバル・ワークスペースのニューロンには、はっきりと 識別し得ないほど複雑なコード化がなされているからであろう。
(b)次第に抽象性を増す特徴を、感覚入力から順次抽出する、階層的に構造化された感 覚ニューロンが存在する。
(i)メッセージの明確化
(ii)コンパクトで、明確な形態で再コード化
(iii)意味づけられたカテゴリーへの分類


(4)意識的な注意による情報選択
無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚 データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽 出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥ アンヌ(1965-))

(4.1)入力:無意識の認知作用の確率的な推論結果
無意識の認知作用は、感覚データの原因となった外界についての確率的な推論結果しか示 さない。

(4.2)出力:最善の解釈サンプルの抽出(全か無かのサンプル)
あらゆる曖昧さを取り除き、その時点における外界の最善の解釈を抽出して、意思決定シ ステムに受け渡す必要がある。私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性 を整理して、たった一つの意識的なサンプルが抽出される。

(4.3)作用の担い手:意識的な注意(精神の能動)
(4.3.1)精神の能動性
無意識の無数の認知機能が計算した確率的な 推論結果からサンプルが抽出されるには、意識的な注意の働きが必要なことが、両眼視野闘争 の実験などで示されている。ここには、量子力学の観測と類似の状況があるが、未解明であ る。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
(a)サンプリングは、意識的な注意の働きなくしては生じない。
(b)例:両眼視野闘争
 (i)二つのイメージに注意を向けていると、それらは絶えず交互に意識に現われる。
 (ii)注意を別の対象に向けると、両眼視野闘争は停止する。
 (iii)サンプリングによる選択は、意識的な注意が向けられているときにのみ生じるら しい。
(4.3.2)意識的な注意の量子力学における観測装置との類似性
 特定の対象に注意を向ける、まさにその意識の活動によって、さまざまな解釈の確率分 布が収縮し、そのなかの一つだけを私たちは知覚する。このように意識の活動は、背後に存在 する、無意識の計算の広大な領域のわずかな部分を垣間見せる、選別的な測定装置として機能 する。
(4.5)注意の能動性、同時処理限定性
(4.5.1)両眼視野闘争

(a)両目のそれぞれに知覚可能なイメージを同時に提示すると、実際には一方のイメージ のみが知覚される。
(b)能動的な注意の存在
両眼視野闘争は受動的なものだろうか? それ とも、意識的に決められるか? 意識的な注意が欠如すると、二つのイメージはともに処理さ れ、競い合わない。両眼視野闘争には、能動的で注意深い観察者が必要なのだ。(スタニ スラス・ドゥアンヌ(1965-))
 (i)二つのイメージに注意を向けていると、それらは絶えず交互に意識に現われる。 
 (ii)注意を別の対象に向けると、両眼視野闘争は停止する。
 (iii)サンプリングによる選択は、意識的な注意が向けられているときにのみ生じるら しい。
 (iv)周波数標識法
  注意を喚起せずに両眼視野闘争を調査する試みの一つである。特定のリズムで明滅さ せることで、各イメージを標識づけ、二つの異なる周波数標識は、頭部に装着した電極を通し て記録される脳波図によって拾う方法である。
(左目)周波数1 (右目)周波数2
明滅する周波数を、脳波図によって検出する。

(4.5.2)連続フラッシュ抑制
 二つのイメージのうちの一方を恒久的に視野から消すことができる。これは、他方の目に 鮮やかな色の長方形を連続してフラッシュ(一瞬表示させること)すると、そちらのイメージ の流れのみが見えるようになる。

(a)実験方法
 コンピュータ画面の特定の場所に、一連のシンボルが表示される。シンボルのほとんど は数字だが、なかには文字もあり、被験者は文字を覚えておくように指示される。
(b)実験結果
 最初の文字は容易に覚えられる。0.5秒後に2番目の文字が出現すると、それも正確に記 憶される。しかし、2番目の文字がほとんど間を置かずに出現すると、それはしばしば完全に 見落とされる。被験者は一文字しか見ていないと報告し、実際には二つ表示されたことを知ら されると驚く。最初の文字に注意を向ける行為は、二番目の文字の知覚を阻害する一時的な 「心の瞬き」を生む。
(c)能動的な注意の存在
 ただ単に受動的に目を向けていると、すべての数字や文字を「見ている」気がする。 

(4.5.4)無意識的な処理の存在
 脳画像法を用いれば、無意識的なものも含めてすべての文字情報が脳に伝達されているこ とを確認できる。それらはすべて、視覚の初期過程を司る領域に達しており、また奥深くまで 到達してターゲットとして分類されていることすらある。

(4.5.5)注意の容量の存在、意識の飽和
(a)注意は、同時に対処できるイメージの数が限定されている。
(b)ある一つの文字を記憶に登録する処理は、他の文字が不可視になる一時的な期間を作 り出すのに十分なほど長時間、意識というリソースを独占するのである。すなわち、一時的に 意識を飽和させることで、イメージが不可視化される短い期間を作り出せる。

(4.5.6)「見えないゴリラ」非注意性盲目
参考:白シャツチームと黒シャツチームのバスケッ トボールの試合で、白シャツチームのパスの回数を数える課題を与えられたビデオ視聴者は、 30秒程度のこのビデオに登場するゴリラを検知できない。非注意性盲目という現象である。 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(a)一方のチームは白いTシャツを、他方は黒いTシャツを着ている。
(b)視聴者は、白いTシャツを着ているチームがしたパスの回数を数えるよう指示される。 
(c)ビデオは30秒ほど続く。
(d)実験者は「ゴリラは見えましたか?」と訊く。
(e)実験結果:「もちろんそんなものは見ていない!」と視聴者は答える。
(f)実際のビデオの内容:ビデオをもう一度見せられると、確かにゴリラが登場することが わかる。途中で、着ぐるみのゴリラが現れ、あからさまに胸を何回か叩き、そして去っていく ところが映っているのだ。

(4.5.7)変化盲
参考:ある役者が、学生に方角を尋ねる。通りがか りの労働者によって会話が一時的に中断され、わずか2秒ほどの間に髪型も服装も異なる別の 役者に入れ替わるが、会話再開のとき学生はその事実に気づかない。変化盲という現象であ る。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
(a)ある役者が、通りかかった学生に方角を尋ねる。
(b)しかし、通りがかりの労働者によって、その会話は一時的に中断される。
(c)2秒後に会話が再開したときには、もとの役者は別の役者と入れ替わっている。
(d)二人の役者は髪型も服装も異なるにもかかわらず、ほとんどの学生は交替した事実に気 づかない。


(4.6)注意


(4.6.1)呼出 (alerting)

 いつ注意を向ければよいかを合図し、警戒レベルを調節する。


(a)不確実な世界では情報の価値は高く、好奇心は生と死を分けることもある。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(b)好奇心のギャップ理論

 好奇心は、私たちの脳がすでに知っていることと、これから知りたくなること(潜在的な学習領域)とのギャップを検出したときに必ず生じる。私たちはいつ何どきでも、自分がとりうる様々な動作から、この知識のギャップを埋めて有益な情報が得られそうなものを選ぶ。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))


(c)メタ認知

 メタ認知とは、認知についての認知、つまり心的過程を監視する、レベルがさらに上の認知装置の集合のことを言う。好奇心のギャップ理論によれ ば、 メタ認知装置は絶えず自分の学習を監督し、自分が知っていること、知らないこと、自分が間違っているかどうか、速いか遅いか、等々を評価する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))


(d)共同注意

 乳幼児はごく早い時期から顔を見つめ、とくに人の目に注意を向ける。相手が注意しているから注意し、相手が教えてくれるから学習する。人間は、社会的な合図によって、注意を共有する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))



(4.6.2)指向 (orienting)

 何に注意を向ければよいかを合図し、関心の向いた対象を増幅する。

(a)呼出と指向:膨大な感覚情報の飽和を解決するため、脳は情報を選択し、フィルタリングし、増幅し、指向した対象の処理を深くする。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(b)注目されなかった対象は、ささやかな刺激しかもたらさず、学習をほとんど、あるいはまったく 誘発しない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))




(4.6.3)実行的注意 (executive attention)

  注目された情報をどう処理すればよいかを決め、与えられた課題に関連する処理を選び、実行を制御する。



(5)アクセス可能な前意識
(a)既にコード化が完了し、注意によってアク セスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちてい く前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
(b)意識は能力が限られているため、新たな項目にアクセスするには、それまでとらえてい た項目から撤退しなければならない。新たな項目は、前意識の状態に置かれ、アクセスは可能 であったが、実際にアクセスされていなかったものだ。また、どの対象にアクセスすべきかを 選択するのに、注意が意識への門戸として機能する。

(5.1)知覚のコード化は終わっている
 情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえす ればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態にある。

(5.2)前意識(ジークムント・フロイト(1856-1939))
「プロセスのなかには、(......)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもあ る。(......)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的 状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」 

(5.3)アクセスされない知覚情報
(a)前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちてい く。
(b)慣れによって意識されない表象
 慣れによって、その印象に新鮮な魅力がなくなって、我々の注意力や記憶力を喚起する ほど十分強力ではなくなり、感覚されなくなることがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その 諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

(5.4)遅れてアクセスされた知覚情報
(a)短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。 その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。
(b)意識されない表象の記憶
 注意力が気づくことなく見過ごしていたある表象が、誰かが直ちにその表象について告 げ知らせ、例えば今聞いたばかりの音に注意を向けさせるならば、我々はそれを思い起こし、 まもなくそれについてある感覚を持っていたことに気づくことがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その 諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716))) 

5.5)現象的意識とアクセス意識
(5.5.1)現象的意識とアクセス意識(ネッド・ブロック(1942-))
(a)現象的意識
 経験に伴う感覚や感じである。
(b)アクセス意識
 意識の内容が思考や報告に利用可能な意識である。
(5.5.2)現象的意識とアクセス可能な前意識の概念的な違い
 理由は後述するが、結論を記載する。
(a)仮定された神経機構の状態の違いからの区別が、アクセス可能な前意識とアクセス中の表象としての意識である。(スタニスラス・ドゥアンヌ)
(b)意識の機能面からの区別が、現象的意識とアクセス意識であると思われる。(ネッド・ブロック)アクセス中の表象としての意識とアクセス意識とは概念的に重なるが、アクセス可能な前意識が完全に抑制されるのか、何らかの「感じ」を伴うのかに応じて、現象的意識であったり無意識であったりすると思われる。
(5.5.3)両眼視野闘争での例
(a)現象的意識
 両眼視野闘争では、闘争が停止している状態である。スタニスラス・ドゥアンヌ (1965-)の分類では、アクセス可能な前意識に区分される状態である。これは、経験に伴う感 覚や感じと言えるか。逆に、ここには何の経験もないと言えるか。視覚には何も映っていない 状態ではない。従って、現象的意識は「意識」される。
(b)アクセス意識
 両眼視野闘争では、イメージが絶えず交互に現われる状態である。これは、アクセス 中の意識であり、意識の内容が思考や報告に利用可能な意識である。
(5.5.4)注意の瞬きでの例
(a)現象的意識
 ただ単に受動的に目を向けていると、すべての数字や文字を「見ている」気がする。 これは、スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の分類では、アクセス可能な前意識に区分される 状態であるが、確かに何かが経験されている。現象的意識は「意識」される。
(b)アクセス意識
 注意の瞬きが生じている状態である。
(5.5.5)視野の周辺部での例
(a)現象的意識
 視野の周辺部の違いは、現象としての意識には、なんとも言語にしがたい、微妙な違いが意識にのぼる感じが する。これが、現象的意識である。
(b)アクセス意識
 特に複雑な内容の自然画像では、直接に焦点を当てて見ている部位以外では異なる画 像も、同じクオリアを起こす。この同じクオリアが、アクセス可能な意識である。アクセス可 能な意識は、言語的に報告でき、記憶に保持でき、そのため後の意識的な行動計画に直接影響 を及ぼすような意識の側面を指す。(出典:クオリア(脳科学事典))

(c)視野の周辺部の状態が現象的意識か?
 (i)ある対象に焦点を当てているとき、この焦点の近傍がアクセス意識で、周辺部が 現象的意識というわけではない。ある対象に焦点を当てているとき、周辺部も含めて、このす べてがアクセス意識である。
 (ii)一方、注意を欠いて、ぼんやり何気なく景色を眼に映しているような状態のとき にも、視覚が消え去るということはない。むしろ普段気が付かなかった景色や音が、体に浸み 込んでくるような感覚を味わうことがある。これは、アクセス可能な前意識が、現象している ように思われる。
 (iii)視覚において、焦点が存在する場合の周辺部は、アクセス可能な前意識に少な くとも似ているものなのではないか。実験的な状況においては、焦点化された意識が、他のア クセス可能な前意識を完全に抑制してしまうが、本来、前意識も同時に現象しているのではないかと 思われる。





(6)アクセス中の表象としての意識
ある項目が意識にのぼり、心がそれを利用できるようになる。私たちは基本的に、特定の一 時点をとりあげれば、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。それらは、言語シス テムや、その他の記憶、注意、意図、計画に関するプロセスの対象として利用可能になる。そ して、私たちの行動を導く。

(6.1)意識の劇場(イポリット・テーヌ(1828-1893))
人間の心は、フットライトのある先端では 狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める 余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えて いる。(イポリット・テーヌ(1828-1893))

 (6.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))

(6.2.2)意識されている情報
引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。こ のとき、その情報は、意識化される。

(6.2.3)意識されない情報、抑制機能
その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
(a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「な い」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
(b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する 二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
(c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
(d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野 は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベ ルで機能する。

(6.2.4)情報の広域化、利用可能化
(a)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となってい る。
(b)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。

(6.2.5)グローバル・ワークスペースの機能
ワークスペースのニューロンは、同一の心 的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処 理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。(スタニスラ ス・ドゥアンヌ(1965-))

(a)数百ミリ秒間の活性化
意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が、数百ミリ秒間安定して活性 化されることでコード化される。
(b)広域領域との情報交換
ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫し た解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。
(c)トップダウンの同期処理
それらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード 化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体と して一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介して トップダウンに同期が保たれるからだ。
(d)同一の心的表象の異なる側面
多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面を コード化すると考えられる。グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心の プロセッサの例
(i)知覚
(ii)記憶
(iii)言語

(6.2.6)グローバル・ワークスペースの機能のモデル例
(a)各ニューロンは限られた刺激に特化している
各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。例として、視覚皮質だけを 取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざま なニューロンを見出せる。
(例)
ニューロン
顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行き:Ni (i=1,2,3...n)
ニューロン Ni が表現する特徴のコード
fij (j=1,2,3...ni)
ニューロン Ni が表現する知覚対象xの特徴のコード
Ni(x)=fik
(b)ニューロンが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。
fij (i=1,2,3...n, j=1,2,3...ni)
全ての特徴の組合せの数は、
n1×n2×n3×...×nn
(c)発火していないニューロンの情報
この種のコード化の様式では、発火していないニューロンも情報のコード化に関わっ ている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは 現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝える。
(d)知覚対象の表現
いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識 の焦点として選択される。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部の ニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
(例)イメージを理解するための例
前頭前皮質にある一部のニューロン「対象 x は、246936117 だ!」
N1(x)=f12
N2(x)=f24
N3(x)=f36
N4(x)=f49
N5(x)=f53
N6(x)=f64
N7(x)=f71
N8(x)=f81
N9(x)=f97

┌──グローバルWS─┐
│意識が生まれる  │
│情報の広域化、  │
│ 利用可能化    │
│「対象 x は、   │    並行して
│246936117 だ!   │    機能する
│         │    無意識機能
│ニューロン1─N1──────────機能1(特徴f1 2)
│ニューロン2─N2──────────機能2(特徴f2 4)
│ニューロン3─N3──────────機能3(特徴f3 5)
│ニューロン4─N4──────────機能4(特徴f4 6)
│ニューロン5─N5──────────機能5(特徴f5 3)
│ニューロン6─N6──────────機能6(特徴f6 6)
│ニューロン7─N7──────────機能7(特徴f7 1)
│ニューロン8─N8──────────機能8(特徴f8 1)
│ニューロン9─N9──────────機能9(特徴f9 7)
│                      │
│                      │
└──────────────┘


(6.3)被験者が意識的な知覚表象を経験したか否かを示す生理学的な標識
参考:意識的な知覚表象の生理学的な標識:(a)頭頂葉 および前頭前野の神経回路の突然の発火(意識のなだれ)(b)刺激から3分の1秒後に発生するP3 波(c)高周波振動の突発(d)多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換(スタニスラス・ ドゥアンヌ(1965-))
(6.3.1)頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火(意識のなだれ)
 (a)意識される刺激は、頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火に至る激しい ニューロンの活動を引き起こす。
 (b)参考:無意識の機能
  (i)脳の後部に位置するシステム
   無意識的トライアルでは、活動の波は脳の後部に位置するシステムに限定され、それ ゆえ意識はそれに触れられず、そこで起こっている事象にまったく気づかない。
  (ii)左側頭葉での単語の意味の無意識の解釈
   無意識の活動の波はおよそ500ミリ秒間、左側頭葉内部の、単語の意味に関連する領 域で反響し続ける。
(6.3.2)刺激から3分の1秒後に発生するP3波
 (a)P3波の特徴
  (i)コンシャスアクセスは、刺激が与えられてから3分の1秒が経過してから生じる、P3 波と呼ばれる遅い脳波を伴う。
  (ii)これは、270ミリ秒付近で始まり、350~500ミリ秒のどこかの時点でピークに達 する。
  (iii)これは、刺激入力後3番目の大きな陽性ピークなので、P3波と呼ばれる。
 (b)P3波の検出方法
  これは、頭頂部に取りつけた電極によって容易に検出できる。
 (c)P3波に対応する意識
  コンシャスアクセスはプッシュ&プルシステムとして機能する。脳は、先行する文字列 によって長時間占有されると(これは長いP3波によって示される)、次の表示されるターゲッ トワードに対して、同時に注意を向けられなくなる。
(6.3.3)高周波振動の突発
 (a)意識の点火はさらに、高周波振動の遅れての突発を引き起こす。
(6.3.4)多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換
 (a)互いに遠く隔たった多数の皮質領域が、双方向の同期したメッセージ交換に参加し、 広域的な脳のウェブを形成する。

視覚皮質

├→無意識の過程(脳の後部に位置する)

├→単語の意味の無意識の解釈(左側頭葉)
│ 継続:500ms

└→頭頂葉、前頭前野の突然の発火(意識のなだれ)

P3波(意識のプッシュ&プルシステム)
↓ 開始:270ms, ピーク:350~500ms
高周波振動の突発

多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換


(7)意識化がもたらしたこと

 ニューラルネットワークの中に暗号のようにコード化された暗黙の知識は、意識化され理解されて、最小限の語数の言葉で表現されることで、他者に対して伝達可能となり、他者と共有される。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

 人類の社会的コミュニケーションと教育への依存は、恵みである反面、呪いでもある。宗教的神話やフェイクニュースが人間社会にあっさり広まるのも、教育のせいなのだ。太古の時代から、私たちの脳は、語られる話を、それが嘘でも本当でも、忠実に吸収する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

()数学的直感の源泉

 たとえ数学が形式的な記号操作を基礎としていても、またあたかも抽象的な世界の実在物に思えたとしても、それは、私たちが世界を捉える生得的な直感を基盤に持つ。乳児は物体を個別化し、小さな集合から数を抽象する。幼児は、数の推定、比較、数えること、単純な加減算を、明確な指示なく行う。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

()数学の進化

直感の生得的カテゴリーを基礎に、 数学者はどうやってさらに抽象的な記号の構築を洗練させていけるかが問題である。自由な構築と選択の試行錯誤が、その答えである。論理展開のやり方さえも、多くの世代を経て進化してきた。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

()数学の有効性の奇跡

人間の作った数学が、何故この宇宙を有効に記述可能なのかという、数学の有効性の奇蹟という問題がある。宇宙の構成原理そのものが数字的なものだとは思えないが、数学を支える脳の組織化原理が、宇宙の構造に合致するよう選択されてきたのではないだろうか。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))



 

160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。

 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。

 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。

 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,7 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋())

2021年11月17日水曜日

シナプスの過剰生産とミエリン形成の波が次々と進むのに同調して、学習の感受期は、関係する脳の 領域によって、始まったり終わったりする時期が変わる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

学習感受期

シナプスの過剰生産とミエリン形成の波が次々と進むのに同調して、学習の感受期は、関係する脳の 領域によって、始まったり終わったりする時期が変わる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

 「特筆すべきことに、このシナプス過剰生産と刈り込みの波は、どこでも同時に起きるのではない。一 次視覚野は、他の感覚野と同様、もっと高次の皮質領域よりもずっと速く成熟する。早期の感覚野で は、皮質の編成を停止することによって脳の入力を速やかに安定させる一方で、高次の領域はずっと長 期にわたって変化できるようにしておく、という原則らしい。たとえば、前頭前皮質のような高い階層 にある皮質領域は、なかなか安定しない。それは思春期にもそれ以後にも変化し続ける。ヒトという種 では、シナプス過剰生産のピークは視覚野では二歳頃に終わり、聴覚野では三歳あるいは四歳、前頭前野では五歳から一〇歳の間となる。 軸索を絶縁体でくるむミエリン形成という過程も同じパターンを たどる。 生後何か月かは、まず感覚野のニューロンが、ミエリンという絶縁膜の恩恵を受ける。その結果、視覚情報処理は劇的に加速する。網膜から視覚野への情報伝達の時間差は生後数週間で、 四分の一 秒から十分の一秒へと短縮される。この絶縁が、抽象的思考や注意や計画の中枢である前頭野へと伸び る線維束にまで及ぶのは、これよりさらに遅れる。幼児の脳は、何年かの間、ハイブリッドになってい る。感覚回路と運動回路は相当に成熟しているが、高次の領野はまだミエリン形成が進んでいない低速の回路での動作が続く。その結果、生まれてから一年の間は、顔が見えているといった基本的情報を察 知するまでにかかる時間は大人の四倍にもなる。

 シナプスの過剰生産とミエリン形成の波が次々と進むのに同調して、学習の感受期は、関係する脳の 領域によって、始まったり終わったりする時期が変わる。 入口の感覚野がまっさきに学習能力を失う。 ヒトでも動物でもよく調べられているのが両眼視の例だ。 視覚系は、奥行きを計算するために、両方の 眼からの情報を融合する。しかしそのような「両眼融合」が起きるのは、視覚野が明瞭な感受期にある 間に両眼から高品質の入力を受け取ればこそのことだ。この時期はネコで数か月、ヒトで数年続く。こ の時期の間、一方の眼が閉ざされたり、ぼやけたり、重症の斜視のせいで方向がそろっていなかったり すると、両眼融合担当の皮質回路が形成されず、その結果、融合は恒久的に失われる。「弱視」と呼ば れるこの状況は、生まれた後の早い時期 理想的には三歳になる前に修正しなければならない。 に損なわれたままになる。」

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『脳はこうして学ぶ』,2 脳はいかにして学習するか,5章 今育ちの出る幕,pp.146-147,森北出版,2021,松浦利輔,中村仁洋)

脳はこうして学ぶ [ スタニスラス・ドゥアンヌ ]






内部生成モデルには、進化を通じて継承されてきた仮説の集合(生得的な知識、ベイズ理論の事前分布)と、こうした仮説を個人的な経験によって修正した仮説の集合(事後分布)とがある。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)

 生得的な仮説と、経験による修正

内部生成モデルには、進化を通じて継承されてきた仮説の集合(生得的な知識、ベイズ理論の事前分布)と、こうした仮説を個人的な経験によって修正した仮説の集合(事後分布)とがある。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)


「脳をこのように見ることによって、成人の判断は、二つのレベルの洞察、つまり、人類に備わった 生得の知識 (ベイズ理論では事前分布と言い、ここでは進化を通じて継承されている信頼できそうな仮説の集合のことと、個人的な経験(事後分布、つまりそうした仮説の、生涯に得られた推論すべてに基づく修正のこと)を組み合わ せる。この分業は古典的な「生まれと育ち」の論争を終わらせる。私たちの脳の組織は、強力なスター トアップ・キットとやはり強力な学習装置を提供するのだ。すべての知識がこの二つの構成要素に基づ いていなければならない。まず、環境とのやりとりに先立つ事前の想定の集合と、何らかの現実のデー タと遭遇したときの、事後の妥当性に従って前提群を整理する能力との二つだ。 

 ベイズ方式が学習には最善であることを、数学的に明らかにすることができる。一回ごとの学習のまさにエッセンスを引き出して、それを最大に利用するには、この方式しかない。チューリングがエ ニグマ暗号に見出したわずかな偏りが合致するというようなわずかな情報でさえ、学習には十分な 場合もある。 システムがそれを、辛抱強く証拠を積み重ねる一人前の統計学者のように処理すれば、いずれ必然的に、ある理論は斥け、別の理論は妥当と判断できるだけのデータが得られる。

 脳は本当にそういうふうに動いているのだろうか。脳は生まれたときから、選択することを学習する もととなる広大な仮説の領域を生み出せるのだろうか。それは観察されたデータがどれほど支持するか によって仮説を選ぶ消去法で進むのだろうか。 子どもは生まれた瞬間から、賢明な統計学者のようにふ るまい、学習経験のたびにできるだけ多くの情報を引き出せるのか。次は赤ちゃんの脳についての実験的データをもっと詳しく見ることにしよう。」

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『脳はこうして学ぶ』,1 学習とは何か,2章 今のマシンより脳の方がうまく学習する理由,pp.78-79,森北出版,2021,松浦利輔,中村仁洋)


脳はこうして学ぶ [ スタニスラス・ドゥアンヌ ]






私たちの脳は、 内部で現実を再構築することによって、日中の、必然的に限られた経験を増やす。睡眠は、訓練用に使 えるデータが乏しいという、あらゆる学習アルゴリズムが直面する問題を解決するらしい。また、こうした思考実験の間に、私たちは時として何かを発見する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

思考実験としての睡眠

 私たちの脳は、 内部で現実を再構築することによって、日中の、必然的に限られた経験を増やす。睡眠は、訓練用に使 えるデータが乏しいという、あらゆる学習アルゴリズムが直面する問題を解決するらしい。また、こうした思考実験の間に、私たちは時として何かを発見する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

「この考え方によれば、夢は強化されたトレーニング用イメージの集合に他ならない。私たちの脳は、 内部で現実を再構築することによって、日中の、必然的に限られた経験を増やす。睡眠は、訓練用に使 えるデータが乏しいという、あらゆる学習アルゴリズムが直面する問題を解決するらしい。今の人工 ニューラルネットワークが学習するために必要とするデータセットは膨大だが、人生はあまりに短 く、私たちの脳は日中に集められる限られた量の情報でやりくりしなければならない。睡眠は、脳が一生かかっても実際に経験するには足りそうにない無数の出来事を、高速化した形でシミュレーションす るために見出した解決策なのかもしれない。

 こうした思考実験の間に、私たちは時として何かを発見する。そこに魔法はない。私たちの頭の シミュレーションエンジンが動いている間、ときどき予想外の結果に行き当たる。 チェスを指す人 が、ルールをおぼえてしまえば、そのルールから得られる結果を何年かにわたって研究できるというの にちょっと似ている。実際、人類は、頭の中のイメージのおかげで科学上の大発見のいくつかを得た たとえば光に乗ることを夢想したアインシュタインや、リンゴのように地球に落ちる月を見 ニュートンのように。」

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『脳はこうして学ぶ』,3 学習の四本柱,10章 定着,p.302,森北出版,2021,松浦利輔,中村仁洋)





脳はこうして学ぶ [ スタニスラス・ドゥアンヌ ]





学習とは、外の世界を表す内部生成モデルの構築にある。覚醒状態では、ボトムアップ処理により予測された内部モデルを、感覚データで検証することでモデルを修正し、睡眠状態では、トップダウン処理で内部モデルを生成し、トレーニングする。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

 学習

学習とは、外の世界を表す内部生成モデルの構築にある。覚醒状態では、ボトムアップ処理により予測された内部モデルを、感覚データで検証することでモデルを修正し、睡眠状態では、トップダウン処理で内部モデルを生成し、トレーニングする。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

「将来、知能を持ったマシンも、私たちと同様に眠らなければならなくなるのだろうか。 ばかげた質問 に見えるが、それでも私は、ある意味でそうなると思っている。 マシンの学習アルゴリズムはおそらく、人間が睡眠と呼ぶものと似た定着の仕掛けを組み込むことになるだろう。実際、計算機科学者はす でに睡眠/覚醒の循環をまねる学習アルゴリズムをいくつか設計している。このアルゴリズムは、私が 本書で唱えている、学習とは外の世界を表す内部生成モデルの構築にあるとする、新しい学習観を体現 する刺激的なモデルとなる。私たちの脳には大量の内部モデルがあり、頭の中の実物以上に本物らしい イメージや、いかにもありそうな会話や、意味のある推理を、いろいろと繰り返し合成してみることが できる。覚醒状態では、こうしたモデルを私たちの環境用に合わせる。外の世界から得る感覚データを 使って、身のまわりの世界とよく合うモデルの方を選ぶ。この段階では、学習はまずもってボトムアッ プでの作業となる。 予想外の感覚信号が入り、それが内部モデルの予想とは相反するとき、その信号 は予測誤差信号を発生させ、 それが皮質の階層を上り、各段階で統計的な重みを調節する。それによっ て、トップダウンのモデルはだんだん正確さを増すようになる。

 新しい考え方では、脳は睡眠中に逆の、トップダウンからボトムアップへと移るように動作する。夜 間には、私たちは生成モデルを使って、もともと予想されてなかった新たな像を合成し、脳の一部はこ の実体のないところから生み出された一連の像に基づいて自らトレーニングする。この強化されたトレーニング用のイメージ集合によって、私たちはボトムアップの結合を改良できるようになる。 生成モデルのパラメータと、それが感覚にどう影響するかは知られているので、今では両者間のつながりはずいぶん発見しやすくなっている。こうして私たちは、ますます、特定の感覚入力の背後にある抽象的な情報を引き出すのがうまくなる。夜間ぐっすり眠った後なら、ごくわずかな手がかりからでも、現実に ついて、どれほど抽象的であっても最善のメンタルモデルを特定できる。」

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『脳はこうして学ぶ』,3 学習の四本柱,10章 定着,pp.301-302,森北出版,2021,松浦利輔,中村仁洋)


脳はこうして学ぶ [ スタニスラス・ドゥアンヌ ]






メタ認知とは、認知についての認知、つまり心的過程を監視する、レベルがさらに上の認知装置の集合のことを言う。好奇心のギャップ理論によれ ば、 メタ認知装置は絶えず自分の学習を監督し、自分が知っていること、知らないこと、自分が間違っているかどうか、速いか遅いか、等々を評価する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

メタ認知

メタ認知とは、認知についての認知、つまり心的過程を監視する、レベルがさらに上の認知装置の集合のことを言う。好奇心のギャップ理論によれ ば、 メタ認知装置は絶えず自分の学習を監督し、自分が知っていること、知らないこと、自分が間違っているかどうか、速いか遅いか、等々を評価する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

 「そのように好奇心を見ることで、子どもが好奇心旺盛であるためには、自分にはまだ知らないことが あるのを知っていなければならないという、興味深い予想ができる。言い換えると、子どもには早い段 階でメタ認知能力がなければならないのだ。「メタ認知」とは、認知についての認知、つまり私たちの 心的過程を監視する、レベルがさらに上の認知装置の集合のことを言う。好奇心のギャップ理論によれ ば、 メタ認知装置は絶えず自分の学習を監督し、自分が知っていること、知らないこと、自分が間違っ ているかどうか、速いか遅いか、等々を評価しなければならない。メタ認知は私たちが自分の心につ いて知っていることすべてに及ぶ。

 メタ認知は好奇心の中心的な役割を果たす。実際、好奇心を持つとは、知りたいということであり、 それはつまり、自分が何をまだ知らないかを知るということだ。そしてあらためて言えば、 最近の実験 では、一歳あるいはたぶんそれよりも前から、子どもは自分の知らない事物があるのを理解しているこ とが確かめられている。確かにその年齢の赤ちゃんは、一人で問題を解決できないときには必ずすぐに 保育者の方を向く。自分が知らないということを知っていればこそ、子どもはもっと情報を求める。こ れが知的好奇心、つまり、知りたいという抵抗しがたい欲の早期の表れだ。

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『脳はこうして学ぶ』,3 学習の四本柱,8章 能動的関与,p.254,森北出版,2021,松浦利輔,中村仁洋)

脳はこうして学ぶ [ スタニスラス・ドゥアンヌ ]





好奇心は、私たちの脳がすでに知っていることと、これから知りたくなること(潜在的な学習領域)とのギャップを検出したときに必ず生じる。私たちはいつ何どきでも、自分がとりうる様々な動作から、この知識のギャップを埋めて有益な情報が得られそうなものを選ぶ。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

好奇心

好奇心は、私たちの脳がすでに知っていることと、これから知りたくなること(潜在的な学習領域)とのギャップを検出したときに必ず生じる。私たちはいつ何どきでも、自分がとりうる様々な動作から、この知識のギャップを埋めて有益な情報が得られそうなものを選ぶ。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

 「何人かの心理学者が、人間の好奇心を支えるアルゴリズムを特定しようとしてきた。実際、この学習 には欠かせない成分がもっとよく理解できれば、それを操ることができたり、さらにはいずれ人類のす ることを模倣するようなマシン、つまり好奇心を持ったロボットに再現できたりするかもしれない。

 このアルゴリズム方式は実を結び始めている。ウィリアム・ジェームズやジャン・ピアジェやドナル ド・ヘップといった大心理学者が、好奇心を支える心の動き方がどういうものかについて推測してき た。こうした心理学者によると、好奇心は、子どもが世界を理解してそのモデルを構築しようという意 欲が直接に表れたものだ。好奇心は、私たちの脳がすでに知っていることと、これから知りたくなるこ——潜在的な学習領域――とのギャップを検出したときに必ず生じる。私たちはいつ何どきでも、自 分がとりうる様々な動作から、この知識のギャップを埋めて有益な情報が得られそうなものを選ぶ。 この説によれば、好奇心は、サイバネティクス装置のように学習を制御する。蒸気機関で蒸気圧を調節 して一定の速さを保つために弁を開閉する、有名なワットの調速器のようなものだ。好奇心は脳の調速 器、つまり一定の学習圧力を維持しようとする調節装置なのだ。好奇心は私たちを、自分に学習できる と思うことへと導く。 逆の退屈状態になると、人はすでに知っていること、あるいは、 過去の経験からしてもう教えられることが残っていそうにない領域を放棄する。」

(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『脳はこうして学ぶ』,3 学習の四本柱,8章 能動的関与,p.250,森北出版,2021,松浦利輔,中村仁洋)

脳はこうして学ぶ [ スタニスラス・ドゥアンヌ ]





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