2021年11月15日月曜日

人間の作った数学が、何故この宇宙を有効に記述可能なのかという、数学の有効性の奇蹟という問題がある。宇宙の構成原理そのものが数字的なものだとは思えないが、数学を支える脳の組織化原理が、宇宙の構造に合致するよう選択されてきたのではないだろうか。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

数学の有効性の奇跡

人間の作った数学が、何故この宇宙を有効に記述可能なのかという、数学の有効性の奇蹟という問題がある。宇宙の構成原理そのものが数字的なものだとは思えないが、数学を支える脳の組織化原理が、宇宙の構造に合致するよう選択されてきたのではないだろうか。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

  「数学が進化してきたのは事実である。科学史家は、それがゆっくりした思考錯誤の過程を 経て、より有効性を増してきたことを記録してきた。だとすると、宇宙が数学の法則に合致す るように設計されたと考える必然性はないだろう。どちらかと言うと、私たちの数学の法則、 そして、それに先立つ私たちの脳の組織化の原理こそが、宇宙の構造にどれほどよく合致して いるかによって選択されてきたのではないだろうか? 数学の有効性という奇蹟は、ユージ ン・ウィグナーにとっては大事な考えだったが、眼が奇蹟的に視覚に適応しているのと同様、 自然淘汰による進化で説明がつくのだろう。今日の数学が有効であるとすれば、それは、昨日 のあまり有効でない数学が、情け容赦なく排除され、別のものに取って代わってきたからなの だ。  純粋数学は、私がここで擁護している進化的視点に対し、もっと深刻な問題を提起する。数 学者は、数学の問題の中には、単に美のために追求しているものがあり、それは何の応用も目 的とはしていないと主張する。それでも、何十年もあとになって、その結果が、そのときには 思いもよらなかった物理学の問題に、ぴったりと合致することがある。人間の精神が純粋に生 み出したものが物理的実体に対して、驚くべき適合性を持つことを、どうやって説明すればよ いのだろう? 進化的枠組みでは、純粋数学は、未加工のダイヤモンドにたとえられるのでは ないか。自然淘汰の試練をまだ受けていない、原石だ。数学者たちは、膨大な数の純粋数学を 作りだしてきた。そのうちほんの一部しか、物理学に有効ではない。」(中略)  「数学の理論が物理的世界の規則性に部分的に適応しているという仮説は、プラトン主義者 と直感主義者との違いを取り持つ素地を提供してくれるかもしれない。プラトン主義者は、物 理的実体は、人間の心よりも先にある構造に基づいて構成されていると強調するが、そこに は、誰も否定できない真実の要素がある。しかしながら、私は、この構成が本質的に数学的だ とは思わない。そうではなくて、それを数学に変換しているのは、人間の脳なのだ。」

 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『数覚とは何か?』,第3部 神経細胞と数について,第9 章 数とは何か?,数学の非合理的な有効さ,早川書房(2010),pp.434-436,長谷川眞理子,小 林哲生,(訳))





直感の生得的カテゴリーを基礎に、 数学者はどうやってさらに抽象的な記号の構築を洗練させていけるかが問題である。自由な構築と選択の試行錯誤が、その答えである。論理展開のやり方さえも、多くの世代を経て進化してきた。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

自由な構築と選択

直感の生得的カテゴリーを基礎に、 数学者はどうやってさらに抽象的な記号の構築を洗練させていけるかが問題である。自由な構築と選択の試行錯誤が、その答えである。論理展開のやり方さえも、多くの世代を経て進化してきた。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

 「この枠組みでは、説明すべきものとして残ったのは、直感の生得的カテゴリーを基礎に、 数学者はどうやってさらに抽象的な記号の構築を洗練させていけるか、ということである。フ ランスの神経心理学者のジャン=ピエール・シャンジュの考えと同様、私は、構築があって選 択が起こるという進化のプロセスが数学に起こっていると示唆したい。数学が進化しているの は、よく立証された歴史の事実だ。数学は、堅固な知識のかたまりなどではない。その対象 も、論理展開のやり方さえも、多くの世代を経て進化してきた。数学の城は、試行錯誤で建て られてきた。もっとも高い骨組は、ときには崩れる寸前となり、それを崩しては再構築すると いう終わりのない繰り返しの中にある。どんな数学的構築の基礎も、集合、数、空間、時間、 論理の概念といった、本質的直感に基づいている。これらはほとんど疑問視されることはな く、私たちの脳が作り出す、何ものにも還元できない表象に深く根ざしている。数学は、これ らの直感の形式論理化をだんだんに進めてきたと言ってよいだろう。その目的は、そうした直 感をより矛盾なく、互いに整合性があり、外界に関する私たちの経験により適応したものにす ることである。  数学の対象に何を選び、どれを次世代に伝えていくかは、複数の基準がかかわっているよう だ。純粋数学では、矛盾のないことが一番だが、エレガンスと簡潔さも、その数学的構築を保 存するのに重要な性質である。応用数学では、もう一つ重要な基準がつけ加わる。その数学的 構築が物理的世界で妥当であることだ。毎年毎年、自己矛盾があったり、エレガントでなかっ たり、無用であったりする数学的構築が、無慈悲に見つけ出され、除去されていく。もっとも 強いものだけが、時の証明に耐えるのである。」

 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『数覚とは何か?』,第3部 神経細胞と数について,第9 章 数とは何か?,数学の構築と選択,早川書房(2010),pp.427-428,長谷川眞理子,小林哲 生,(訳))






たとえ数学が形式的な記号操作を基礎としていても、またあたかも抽象的な世界の実在物に思えたとしても、それは、私たちが世界を捉える生得的な直感を基盤に持つ。乳児は物体を個別化し、小さな集合から数を抽象する。幼児は、数の推定、比較、数えること、単純な加減算を、明確な指示なく行う。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

数学の本質

たとえ数学が形式的な記号操作を基礎としていても、またあたかも抽象的な世界の実在物に思えたとしても、それは、私たちが世界を捉える生得的な直感を基盤に持つ。乳児は物体を個別化し、小さな集合から数を抽象する。幼児は、数の推定、比較、数えること、単純な加減算を、明確な指示なく行う。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

「20世紀の数学者たちは、数学の対象の性質という根源的な問題について、大きく意見が分 かれていた。伝統的に「プラトン主義者」と呼ばれている人々にとっては、数学的現実は抽象 的な空間の中に存在し、その対象は、日常生活の対象と同じような実在である。」(中略) 「プラトン主義者は、数学者には広く見られる信念で、それは彼らの内観を正しく表現してい るのだと思う。彼らは本当に、数や図形でできた抽象的な地形の中を歩き回っている感じを抱 いており、それらは、そこを探検しようとする彼らの試みとは独立に存在するのだ。」(中 略)

 「プラトン主義に背を向けた第二のカテゴリーの数学者たちは、「形式主義者」と呼ばれて おり、彼らは、数学的対象の存在に関する議論は意味のない空論だと考える。彼らにとって は、数学は単に、厳密な論理的規則にしたがって記号を操作するゲームに過ぎない。数などの 数学的対象は、現実とはなんの関係もないのである。それらは、ある種の公理を満足させる記 号の集合に過ぎないと定義される。」(中略)  「数学の大部分が純粋に論理のゲームであるという形式主義者の考えには、確かにいくらか の真実が含まれているだろう。実際、純粋数学の数多くの問題は、一見したところ、夢のよう なアイデアから出発している。この公理をその否定形と入れ替えたらどうなるか? この「プ ラス」記号を「マイナス」記号に換えたらどうなるか? 負の数の平方根というものがあるこ とになったらどうなるのか? すべての数よりも大きな整数があったらどうなるか?

 それでも私は、数学の全体が、純粋に勝手な選択から始まる結果に還元できるとは思ってい ない。形式主義の立場は、純粋数学の最近の発展を説明できるかもしれないが、数学のそもそ もの起源に対して適切な説明を与えるものではない。もしも数学が論理ゲーム以外の何もので もないのなら、なぜ数学は、数、集合、連続量など、人間の心が普遍的に持つ固有のカテゴ リーに焦点を当てるのだろうか? なぜ数学者は、算術の法則の方がチェスのルールよりも根源的だと判断するのだろうか? なぜペアノは、勝手にいろいろな定義を作っていくのではな く、ずいぶん苦労して、適切に選びとった公理を提出したのだろう? なぜヒルベルト自身、 ある限定された、数の論理づけの部分集合だけを数学の暫定的な基礎として選んだのだろう か? そして、何よりも、なぜ物理的世界のモデル化に数学がこれほどよく適用できるのだろ うか?

  ほとんどの数学者は、純粋に任意な規則に従って記号操作をしているのではないと、私は考 えている。それとは反対に、彼らは、ある種の物理的、数的、幾何学的、論理的直感を、定理 の中にとらえこもうとしているのだ。そこで、第三のカテゴリーの数学者は、「直感主義者」 または「構築論者」と呼ばれている。彼らは、数学的対象は人間の心が生みだすものにほかな らないと考えている。彼らの見方では、数学は外の世界に存在するのではなく、それを発明す る数学者の頭の中だけに存在するのだ。」(中略)

  「数学の性質に関するこれまでの理論の中で、直感主義が、算術と人間の脳の関係につい て、もっともよい説明を与えるように私は思う。算術に関する心理学のここ数年の発見は、直 感主義を支持する、カントもポアンカレも知らなかった新しい議論をもたらした。これらの実 証的結果は、だいたいにおいて、数は「思考の自然な対象」であり、それによって私たちが世 界をとらえる生得的なカテゴリーであるとしたポアンカレの主張を確証している。実際、これ までの章は、この自然の数覚について、どんなことを明らかにしただろうか?

 ・人間の赤ちゃんは生まれながらに、物体を個別化し、小さな集合に含まれる数を抽出する メカニズムを備えていること。

   ・この「数覚」は動物にもあり、それゆえに言語とは独立で、長い進化の歴史を持っている こと。  

 ・子どもでは、数の推定、比較、数えること、単純な足し算と引き算はすべて、明確な指示 なしに自然に現われてくること。

 ・脳の両半球の下頭頂野は、数量の心的操作を司る神経回路を持っていること。

 数に関する直感はこのように、私たちの脳の深くに根を下ろしている。数は、本質的な次元 の一つで、神経系はそれによって外界を切り分けている。私たちが物体の色(V4領域を含む後 頭葉の回路によって生まれる性質)や、その正確な空間上の位置(後頭=頭頂間の神経投影経 路で再構築される表象)を見ずにはいられないのと同様に、数量も、下頭頂野の特殊な神経回 路を通して、苦もなく感じてしまうものなのだ。私たちの脳の構造がカテゴリーを定義し、そ れによって私たちは世界を数学的にとらえるのである。」

 (スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『数覚とは何か?』,第3部 神経細胞と数について,第9 章 数とは何か?,プラトン主義者、形式主義者、直感主義者,早川書房(2010),pp.420- 425,長谷川眞理子,小林哲生,(訳))






2021年11月14日日曜日

遺伝的変化は、一つの種における個体のゲノムのなかでの変異(欠失、重複、逆転、点変異など)と、遺伝子水平伝播により他の種から取り込まれる場合がある。(a)細胞が自らの働きによって取りこむ場合、(b)ウィルスによって運びこまれる場合、(c)2つの細菌が遺伝物質を交換する場合。(イアン・スチュアート(1945-))

遺伝子水平伝播

遺伝的変化は、一つの種における個体のゲノムのなかでの変異(欠失、重複、逆転、点変異など)と、遺伝子水平伝播により他の種から取り込まれる場合がある。(a)細胞が自らの働きによって取りこむ場合、(b)ウィルスによって運びこまれる場合、(c)2つの細菌が遺伝物質を交換する場合。(イアン・スチュアート(1945-))


「遺伝学的な解釈でいうと、生命の木は、遺伝子が古代の種(の個体)からその子孫の種(の個体)へどのように伝わっているかを表わしている。しかし、個体のあいだで遺伝子が伝わる第二の方法がある。一九五九年に日本人のチームが、抗生物質への耐性が一つの種の細菌から別の種へ伝わることを発見した。この現象は遺伝子水平伝播といい、それに対して、以前から 知られていた子孫への遺伝子の伝達を垂直伝播という。これらの用語は、時間を垂直に、種の タイプを水平に取った通常の進化樹から来ており、他に特別な意味はない。  まもなく、遺伝子水平伝播は最近に広く見られる現象で、単細胞の真核生物でも珍しくはな いことが明らかとなった。この発見によって、ゲノムが変化する別の方法が見つかり、それら の生物の進化のパラダイムが変わった。遺伝的変化は、一つの種における個体のゲノムのなか で変異(欠失、重複、逆転、点変異など)が生じることによって起こるという従来の概念を拡 張し、まったく異なる種に由来するDNAの断片が挿入されるという場合も、そこに含めるよう にしなければならない。そのような伝播のメカニズムはおもに三つある。細胞が自らの働きに よって外来の遺伝物質を取りこむ場合、ウィルスによって外来のDNAが運びこまれる場合、そ して二つの細菌が遺伝物質を交換する場合(「細菌のセックス」)だ。  さらに、多細胞真核生物が進化史のどこかの段階で、遺伝子水平伝播の受け入れ側になった らしいという証拠もある。一部の菌類、とくに酵母のゲノムには、細菌由来のDNA配列が含ま れている。ある甲虫の種は、体内で共生しているヴォルバキアという細菌から遺伝物質を獲得 している。アブラムシは、菌類由来の、カロテノイドを生産する遺伝子を持っている。そして ヒトゲノムは、ウィルス由来の配列を含んでいる。  これらの現象は、進化の推進力の一つである遺伝的変化がどのように起こるかに関する、わ たしたちの見方を間違いなく変化させる。多くの生物の遺伝的系統には、明らかな進化上の祖 先よりもたくさんの生物種が関わっていることを、このことは意味している。多くの生物学者 が、そのため生命の木の比喩は放棄しなければならないと論じている。科学的には大きな障害 はなく、生命の木は神聖なものではないし、証拠によって間違っていることが示されれば放棄 すべきだ。そうなれば、進化に対するわたしたちの見方は――少なくとも標準的な比喩に関する 限りは――変わることになるが、科学は以前の考え方を修正することによって進歩する場合が多 い。」(中略)「簡単に言うと、遺伝子水平伝播は、種からなる生命の木には何の影響も及ぼ さない。そして個体からなる木には小さな影響を与え、DNAからなる木にはもっと大きな影響 を与える。この言葉にはおそらく一つの例外がある。種が細菌やウィルスの場合だ。その場 合、遺伝子水平伝播はきわめて一般的で、種の概念さえも疑わしくなる。  種分化を個体レベルでとらえると、もしかしたら枝がきわめて複雑に絡まっているかもしれ ない。種分化を単純な枝分かれとして表現するのは、ほぼ間違いなくそのプロセスを単純化し すぎており、おそらく適切でない疑問や区別をもたらす(「二つの種は正確にいつ別れたの か?」といった疑問)。トビー・エルムハーストが導入した、BirdSymという種分化の複雑系 モデルでは、種分化の最中に表現型がきわめて複雑な形で次々に変化する。その描像は、単純 な枝分かれというより、入り組んだ川に似ている。」 (イアン・スチュアート(1945)『数学で生命の謎を解く』第8章 分類学者よ、木は使う な、pp.170-172、SBクリエイティブ(2012)、水谷淳(訳))

数学で生命の謎を解く【電子書籍】[ イアン・スチュアート ]



古典力学系は、十分長い時間が経てば、初期状態にいくらでも近い状態に回帰する(ポアンカレの定理)。では何故、不可逆性が生じるのか。十分長い時間とは宇宙の年齢など比較にならないほど長い時間だからである。(イーヴァル・エクランド(1944-))

不可逆性の言説

古典力学系は、十分長い時間が経てば、初期状態にいくらでも近い状態に回帰する(ポアンカレの定理)。では何故、不可逆性が生じるのか。十分長い時間とは宇宙の年齢など比較にならないほど長い時間だからである。(イーヴァル・エクランド(1944-))

「奇妙なことに、ランダム性は素粒子よりずっと大きな尺度、たとえば人間の尺度でもあら われる。これは異なる種類のランダム性で、カオス理論と結びついている。そこであつかうの は、一個の電子がこの道でなくあの道を通るといった明確な原因なしに起こる出来事ではな い。そうではなく、さいころを振ったらあの目ではなくこの目が出たというようなごく小さな 原因から起こる出来事である。そう思ってみると、(停留作用を原理を含む)古典力学は、 (量子力学とファインマンの確率に支配された)素粒子の尺度と、(熱力学と増大しつつある エントロピーに支配された)人間尺度の間の、現実世界のごく薄い層でしか成り立っていない ように見える。」(中略)「このパラドックスを理解する鍵は、いうまでもなく、関与してい る時間の長さにある。イマジナムが箱に戻るのを見るには、パンドラは非常に長い時間、それ こそ宇宙の予測寿命が尽きてもなお待ち続けるつもりでいなければならない。それより短い時 間、わずか数十億年かそこらの間に、そのようなことが起こる可能性はこれっぽっちもない。 もちろん数学者ならそんなことは意に介さないが、人間、ことに近々釈明の必要に迫られるで あろうパンドラにとっては大問題だ。ポアンカレの定理がいっていることは真実だが、わたし たちの役には立たない。人間の尺度で時の矢があらわれる理由は、わたしたちのあつかう物体 が大きな集合体で、過去に戻る気配をちらとでも見せることができる前にはやばやと消滅して しまうからなのだ。

 というわけで、これが一つの不可逆性の源流である。」 (イーヴァル・エクランド(1944-)『可能な中で最善な世界』(日本語名『数学は最善世界 の夢を見るか?』)第6章 パンドラの箱、pp.187,190-191、みすず書房(2009)、南條郁 子(訳))






数学は最善世界の夢を見るか? 最小作用の原理から最適化理論へ [ イーヴァル・エクランド ]






古典力学の第2不確定性原理:n粒子系において情報は他粒子に移せない。他の粒子の不確定度を増やすことで、ある粒子の不確定度を減らすことには限界値がある。(限界値は、n粒子系の最初の不確定性領域に応じて決まる。)(ミハイル・グロモフ(1943-))

古典力学の第2不確定性原理

:n粒子系において情報は他粒子に移せない。他の粒子の不確定度を増やすことで、ある粒子の不確定度を減らすことには限界値がある。(限界値は、n粒子系の最初の不確定性領域に応じて決まる。)(ミハイル・グロモフ(1943-))

「ではもう一歩進んで、一個ではなく何個かの球が同じビリヤード台で動いているようすを 想像しよう。今、N個の球がにぎやかに動きまわっているとする。この場合は、もはやどの球 もクッション上で衝突してからつぎに衝突するまで直線にそって動くとはいえない。また、そ れぞれの球の速さが動きだしてからずっと一定であるともいえない。球は台の上で他の球と衝 突するかもしれず、衝突すれば、互いに異なる方向に異なる速さで遠ざかるだろう。衝突後の 速度(方向と速さ)は、クッションに当たって跳ね返るときと同じように完全に決まるので、 N個の球の軌道全体は最初の位置と速度によって完全に決定される。 これらの球の初期位置と初速度を完全に正確に知ることはできない。それぞれの球につい て、測定値のまわりにいくらかの不確定性領域があるからだ。この領域の面積を先のように最 初の「不確定度」と呼ぼう。k個目の球の最初の不確定度をukと書くと、各 ukは球が一個のときの同じように解釈される。つまりukの値が 小さいほど、最初の位置と速度は高い精度で測定されたことを意味する。 第一不確定性原理は一つ一つのukにではなく、それらの和 u1 +u2+......uNに適用される。この和をUと書き、「全不確定度」と 呼ぼう。詳しくいうと、これは初期時刻t=0(運動の開始時)のおける全不確定度のことだ が、第一原理によればこの量はその初期値に固定されているので、未来の任意の時刻tにおい て全不確定度はつねに最初の値Uに等しくなっている。 運動がこれだけ複雑になってもUの値が一定であり続けるとは、これまた凄いことである (たくさんの球が互いにぶつかり合いながら台の上を動きまわっているようすを思い浮かべて ほしい)。だがここでかすかな希望が頭をもたげる。なるほどUは一定でなければならない が、個々のukは違う。それらの値は変動しうる。いや、実際に変動している。 いいかえれば、それらは互いに補い合わなければならない。つまり一つが減れば他のどれかが 増えなければならない。そこで今、わたしたちの関心がすべての球のうちの一個だけ、たとえ ば一番目の黒い球だけに集中していて、残りの白い球はどうでもよいとしよう。このとき、黒 い球の不確定度u1を減らして他の白い球の不確定度を増やすようなビリヤード 台を作ることはできないだろうか。それができればu1が減っても u2、u3、......、uNが増えるから、全不確定度 u1+u2+......uNは初期値Uのままに固定される。白 い球に関してわかることははじめより少なくなるが、そんなことはどうでもいい、だってわた したちは(たとえばその球をポケットに入れなければならないという理由で)黒い球にしか関 心がないのだから。 これは第一原理を回避するためにやってみたくなる方法である。白い球の情報を黒い球に移 すのだ。しかし、残念ながらこれはできない。それがグロモフの発見した第二不確定性原理の 本質的内容である。 古典力学の第二不確定性原理――情報は移せない。N個の球について最初の不確定性領域があ たえられたとき、黒い球の不確定性領域を閉じこめるような円の半径はある長さrより小さく できない。 いくつかのコメントをしておこう。まず、この命題に出てくるrという数は、N個の球の最初 の不確定性領域に《応じて》決まるということだ。」 (イーヴァル・エクランド(1944-)『可能な中で最善な世界』(日本語名『数学は最善世界 の夢を見るか?』)第5章 ポアンカレとその向こう、pp.175-177、みすず書房(2009)、南 條郁子(訳))







数学は最善世界の夢を見るか? 最小作用の原理から最適化理論へ [ イーヴァル・エクランド ]





古典力学の第1不確定性原理:情報は創出されない。不確定度を減らすことができるのは測定だけであり、計算では減らせない。(1粒子の古典力学系で、初期条件の不確定度を位相空間内の体積で表すと、時間が経過しても不確定度は変わらない。)(ミハイル・グロモフ(1943-))

古典力学の第1不確定性原理

情報は創出されない。不確定度を減らすことができるのは測定だけであり、計算では減らせない。(1粒子の古典力学系で、初期条件の不確定度を位相空間内の体積で表すと、時間が経過しても不確定度は変わらない。)(ミハイル・グロモフ(1943-))


「ポアンカレの時代、これらの困難は乗り越えられなかった。それから約一世紀を経た今 日、必要な数学の道具が発達したおかげで、停留作用の原理は非常に一般的な系に適用できる ようになった。その一方で、思いがけない結果にも遭遇した。その中で最たるものは、一九八 〇年にミハイル・グロモフが発見した古典力学の不確定性原理である。量子物理におけるハイ ゼンベルクの不確定性原理はよく知られているが、それに類した原理が古典物理でも成り立っ ているなど誰が思ってみただろう。これが専門家の小さなサークルの外でも知られるように なったのはごく最近のことにすぎないが、ひとたび科学者の間に広まれば、かつての量子版不 確定性原理と同じくらい注意を引くことは間違いないとわたしは思っている。ともかくこれは 現代幾何学と停留作用の原理のサクセス・ストーリーなので、ぜひここで紹介しておきたい。  定理はビリヤードを用いて述べることにしよう。凸型のビリヤード台の縁にそってクッショ ンが張ってあり、それに当たって跳ね返る一個の球の運動を考える。このとき、どの軌道もx とyのペアで完全に特定できることは前に見たとおりだ。ここではxはクッション上の衝突点の 位置、yはそのときの入射角である。最初の衝突( x1,y1)に よって(x2,y2)が決まり、それによって (x3,y3) が決まり......とつぎつぎに衝突が決まっていくので、一 つの軌道を360×90の長方形内の無限点列としてあらわすことができる。これは第4章で、軌道 の二つ目の幾何学的表示と呼んだものである。

 しかしここでは新しい考え方を導入する。まず、最初のx1と y1をかぎりなく正確に測定するのは、現実にはできないそうだかであることを 認めよう。どんなに精密に測っても測定器具に起因する精度限界があり、それより詳しくは測 れないからだ。そこで、最初の衝突点の真の位置xと真の入射角度yは、わたしたちが測定した x1とy1そのものではなく、x1とy1 を含むある区間の中にあると考えられる。今、xとyのペア(x,y)を360×90の長方形の点で あらわせば、最初の衝突の真の値(x,y)は、(x1,y1)を中心 とする長さΔx1,幅Δy1の小さな長方形の中にある。この小さな長 方形を、測定値(x1,y1)のまわりの「不確定性領域」と呼ぼ う。不確定性領域が小さければ小さいほど、わたしたちの測定は正確だったということにな る。この正確さを測るために、不確定性領域の面積Δx1Δy1を もってくるのは自然な考えだ。この数を測定値(x1,y1)の「不 確定度」と呼ぶことにしよう。 最初の衝突を測ったら、あとはもう測定しない。その後の軌道は計算だけで求めていく。こ の計算はかぎりなく正確におこなわれると仮定しよう。前に見たように、これは実際には不可 能だ。コンピュータは無限桁の小数はあつかえないので、どこかで切って端数を処理しなけれ ばならない。けれどもここでは思考実験をおこない、たとえば神さまがご自分のコンピュータ をわたしたちのために貸してくれたと想像しよう。そのコンピュータを使えば、毎回かぎりな く正確な値が計算できるとする。その場合、誤差の原因は最初の測定にしかありえない。この 初期誤差をわたしたちはそれ以降のすべての計算に引きずっていかなければならないのであ る。」(中略)「(x2,y2)を含む不確定性領域の形は長方形で はなくなったが、その面積をやはりΔx2Δy2と書き、これを (x2,y2)の不確定度を呼ぶことにしよう(ただし x2やy2はそれ自体では何もあらわしていないことに注意してお く)。するとリウヴィルの発見は、Δx1Δy1= Δx2Δy2という簡単な等式であらわされる。この数式は、不確定 度が最初の衝突から二回目の衝突に《そのまま》持ち越されることを意味している。初期情報 より精度が高まることもなければ、精度が落ちることもない(わたしたちが神さまのコン ピュータを使っていることをお忘れなく。このため、小数点のあと無限に続く数をどこかで切 る必要はない)。この不確定度は三回目、四回目、さらにそれ以降の衝突にもそのまま持ち越 され、どのnに対しても関係式Δx1Δy1= ΔxnΔynが成り立つ。不確定度は球が運動している間ずっと変わ らない。変わるとすれば、それは当然よりよい機器を用いて新たに測定をおこない、 ΔxnΔynの値を減らしたときだけである。このことを、やや大ま かないい方になるが、つぎのように表現しよう。 古典力学の第一不確定性原理――情報は創出されない。不確定度を減らすことができるのは測 定だけであり、計算では減らせない。」 (イーヴァル・エクランド(1944-)『可能な中で最善な世界』(日本語名『数学は最善世界 の夢を見るか?』)第5章 ポアンカレとその向こう、pp.171-173、みすず書房(2009)、南 條郁子(訳))

数学は最善世界の夢を見るか? 最小作用の原理から最適化理論へ [ イーヴァル・エクランド ]






予測可能性と安定性は積分可能系だけが持っている性質である。古典力学において、一般に非可積分系では、どの出来事も他のすべての出来事の原因である。(イーヴァル・エクランド(1944-))

予測可能性

予測可能性と安定性は積分可能系だけが持っている性質である。古典力学において、一般に非可積分系では、どの出来事も他のすべての出来事の原因である。(イーヴァル・エクランド(1944-))

  「今述べた予測可能性と安定性は、のちに見るように、どちらも積分可能系だけがもってい る性質である。しかし古典力学があまりにも長い間可積分系ばかりあつかってきたせいで、わ たしたちの頭には因果関係についての誤った考えがこびりついてしまった。一般に、非可積分 系が教えてくれる数学的真実とは、どの出来事も他のすべての出来事の原因であるということ だ。すなわち、明日何が起こるかを予測するには、今日起こっていることを《すべて》勘定に 入れなければならない。「因果列」――各々の出来事が次の出来事の(唯一)の原因になってい るようなひと繋がりの出来事の鎖――は、きわめて特殊な場合にしか存在しない。可積分系はま さにそのような特殊な場合に当たり、明確な因果列が存在する。ところがこの可積分系ばかり を長いこと相手にしてきたために、わたしたちはこの世界を、互いにほとんど干渉しあわない ばらばらの因果列が束ねられているだけのものとして見るようになってしまった。たとえばわ たしが通りを歩いているとする。自分のことで頭がいっぱいで、屋根の上を風が吹いているこ となど気にもかけていない。どうしてそんなことを気にする必要があろう。風は別の因果列に 属しており、わたしの因果列とは関係なく、別のルールに従って変化していく。それに風のほ かにも同時進行しているものはたくさんある。それらをいちいち追いかける必要などありはし ない。その上わたしは世界が予測可能で安定していると思っている。わたしはきっと待ち合わ せの場所に着くだろう。今、五分遅れているから、到着も五分くらい送れるだろう。  だがこの見込みは不測の出来事によって打ち砕かれるかもしれないのだ。風で屋根瓦が一枚 吹き飛ばされ、わたしの頭に当たれば、未来の約束は帳消しになる。互いに無関係 (independent,数学では「互いに独立」と表現される)に見えた二つの因果列はじつは無関 係ではなかった。この悲しい出来事がその結末だ。もしかしたら原因は一つではなく、二つ あったといわれるかもしれない(わたしが待ち合わせの場所に急いでいたことと、突然の強 風)。十九世紀哲学の主流を占めていた古典的な分析によれば、これは予測可能性と安定性に 満ちた世界の中で唯一「偶然」に残された場所だった。二つの無関係な因果列は互いに交叉す ることがある。そして交叉点で起こった出来事はどちらか一方の因果列だけからでは予測でき ない。そこで偶然のせいにされるというわけだ。」 (イーヴァル・エクランド(1944-)『可能な中で最善な世界』(日本語名『数学は最善世界 の夢を見るか?』)第4章 計算から幾何へ、pp.135-136、みすず書房(2009)、南條郁子 (訳))




数学は最善世界の夢を見るか? 最小作用の原理から最適化理論へ [ イーヴァル・エクランド ]




27.痕跡とは何か。その一つは、何かが動くのをやめ、エネルギーが熱に劣化する不可逆的な過程に伴うものだ。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

痕跡とは何か

痕跡とは何か。その一つは、何かが動くのをやめ、エネルギーが熱に劣化する不可逆的な過程に伴うものだ。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

「過去にエントロピーが低かったという事実から、ある重大な事実が導かれる。過去と未来 の違いにとってきわめて重要で、至るところにある事実――それは、過去が現在のなかに痕跡を 残すということだ。  痕跡は、どこにでもある。月のクレーターは、過去の衝突を物語っている。化石は、はるか 昔に生きていた生物の形を教えてくれる。望遠鏡は、遠く離れた銀河がかつてどのようであっ たかを見せてくれる。書籍はわたしたちの過去の歴史を語り、わたしたちの脳には、記憶が ぎっしり詰まっている。  過去の痕跡があるのに未来の痕跡が存在しないのは、ひとえに過去のエントロピーが低かっ たからだ。ほかに理由はない。なぜなら過去と未来の差を生み出すものは、かつてエントロピーが低かったという事実以外にないからだ。  痕跡に残すには、何かが止まる、つまり動くのをやめる必要がある。ところがこれは非可逆 的な過程で、エネルギーが熱へと劣化するときに限って起きる。こうしてコンピュータは熱を 持ち、頭は熱を持ち、月に落ちた隕石は月を熱し、ベネディクト修道院の中世初期の羽根ペン までが、文字が書かれるページを少しだけ温める。熱が存在しない世界では、すべてがしなや かに弾み、なんの痕跡も残らない。  過去の痕跡が豊富だからこそ、「過去は定まっている」というお馴染みの感覚が生じる。未 来に関しては、そのような痕跡がいっさいないので、「未来は定まっていない」と感じる。痕 跡が存在するおかげで、わたしたちの脳は過去の出来事の広範な地図を作り出すことができ る。だが、未来の出来事の地図は作れない。この事実から、自分たちはこの世界で自由に動け る、たとえ過去には働きかけられなくても、さまざまな未来のどれかを選ぶことができる、と いう印象が生まれる。」

(カルロ・ロヴェッリ(1956-),『時間の順序』,日本語書籍名『時間は存在しない』,第3部 時間の源へ,第11章 対称性から生じるもの,pp.163-164,NHK出版(2019),冨永星(訳)) 








時間は存在しない [ カルロ・ロヴェッリ ]




26.この世界のエントロピーの低い部分aと他の部分bとの関係をみると、低い部分の「痕跡」を他の部分に見つけることができる。aは原因と呼ばれbは結果と呼ばれる。aは過去と呼ばれbは現在と呼ばれる。痕跡は記憶であり、過去は定まったものと感知させる。痕跡とは何か?それは、人間が見るものだ。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

因果関係とは何か

この世界のエントロピーの低い部分aと他の部分bとの関係をみると、低い部分の「痕跡」を他の部分に見つけることができる。aは原因と呼ばれbは結果と呼ばれる。aは過去と呼ばれbは現在と呼ばれる。痕跡は記憶であり、過去は定まったものと感知させる。痕跡とは何か?それは、人間が見るものだ。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

 「そうはいっても、記憶や因果、流れや「定まった過去と不確かな未来」といったものは、 ある統計的な事実、すなわち宇宙の過去の状態としてありそうになるものがあるという事実が もたらす結果にわたしたちが与えた名前でしかない。 

 原因や記憶や痕跡、さらには何百年何千年にもわたる人間の歴史のみならず、何十億年にわ たる壮大な宇宙の物語においても展開されてきたこの世界の成り立ちの歴史、これらすべてが はるか昔の事物の配置が「特殊」だったという事実から生じた結果にすぎないのである。   

そのうえ「特殊」というのは相対的な単語で、あくまで一つの視点にとって「特殊」なの だ。あるぼやけに関して特殊なのであって、そのぼやけは問題の物理系とこの世界の残りの部 分との相互作用によって定まる。したがって因果や記憶や痕跡やこの世界自体の出来事の歴史もまた、視点がもたらす結果でしかないのかもしれない。

ちょうど天空の回転が、この世界で のわたしたちの特殊な視点がもたらす結果であるように......。こうして非情にも、時間の研究は わたしたちを自分自身に引き戻す。わたしたちはついに、己と向き合ることになるのだ。」

  (カルロ・ロヴェッリ(1956-),『時間の順序』,日本語書籍名『時間は存在しない』,第3部 時間の源へ,第11章 対称性から生じるもの,p.166,NHK出版(2019),冨永星(訳))






時間は存在しない [ カルロ・ロヴェッリ ]






2021年11月13日土曜日

25.世界で出来事が生じるのは、あらゆるものが抗いがたくかき混ぜられ、いくつかの秩序ある配置が無数の無秩序な配置へと向かうからだ。全ては、宇宙の始まりの低いエントロピーを糧とする崩壊の過程である。太陽は低いエントロピーの豊かな源泉であり、生命も自己組織化された無秩序化過程なのである。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

エントロピー

世界で出来事が生じるのは、あらゆるものが抗いがたくかき混ぜられ、いくつかの秩序ある配置が無数の無秩序な配置へと向かうからだ。全ては、宇宙の始まりの低いエントロピーを糧とする崩壊の過程である。太陽は低いエントロピーの豊かな源泉であり、生命も自己組織化された無秩序化過程なのである。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))

「生物も同様に、次々に連鎖するいくつもの過程で成り立っている。植物は、光合成を通じ て太陽からのエントロピーが低い光子を貯め込む。動物は、捕食によって低いエントロピーを 得る(エネルギーが手に入りさえすればよいのなら、餌をとる代わりに灼熱のサハラに向かう だろう)。

生体の各細胞には複雑な科学反応網があり、そのなかのいくつもの扉が閉じたり開 いたりすることによって、低いエントロピー資源の増大が可能になる。

分子は、触媒となって 過程を推進したり、制動をかけたりする。そして各過程でエントロピーが増大することで、全 体が機能する。

生命は、エントロピーを増大させるためのさまざまな過程のネットワークなの だ。そしてそれらの過程は、互いに触媒として作用する。

生命はきわめて秩序だった構造を生 み出すとか、局所的にエントロピーを減少させるといわれることが多いが、これは事実ではな い。

単に、餌から低いエントロピーを得ているだけのことで、生命は宇宙のほかの部分同様、 自己組織化された無秩序なのである。」(中略)  

「エネルギーではなくエントロピーが、石を地面にとどめ、この世界を回転させている。宇宙が存在するようになったこと自体が、シャッフルによって一組のトランプの秩序が崩れ ていくような、穏やかな無秩序化の過程なのだ。

何か巨大な手があって、それが宇宙をかき混 ぜているわけではない。宇宙自体が、閉じたり開いたりする部分同士の相互作用を通じて少し ずつ自分をかき混ぜる。

宇宙の広大な領域が、秩序立った配置に閉じ込められたままになって いるが、やがてそのあちこちで新たな回路が開き、そこから無秩序が広がる。 

 この世界で出来事が生じるのは、そして宇宙の歴史が記されていくのは、あらゆるものが抗 いがたくかき混ぜられ、いくつかの秩序ある配置が無数の無秩序な配置へと向かうからだ。宇 宙全体がごくゆっくりと崩れていく山のようなもので、その構造は徐々に崩壊しているのだ。  

ごく小さな出来事からきわめて複雑な出来事まで、すべての出来事を生じさせているのは、 このどこまでも増大するエントロピーの踊り、宇宙の始まりの低いエントロピーを糧とする踊 りであって、これこそが破壊神シヴァの真の踊りなのである。 」

 (カルロ・ロヴェッリ(1956-),『時間の順序』,日本語書籍名『時間は存在しない』,第3部 時間の源へ,第11章 対称性から生じるもの,pp.160-162,NHK出版(2019),冨永星(訳)) 







時間は存在しない [ カルロ・ロヴェッリ ]




24.この世界は、時間のなかに順序づけられていない出来事の集まりである。世界のそれぞれの部分は変数全体の、ごく一部と相互に作用していて、それらの変数の値が「その部分系との関係におけるこの世界の状態」を定める。 (カルロ・ロヴェッリ(1956-))

時間とは何か

この世界は、時間のなかに順序づけられていない出来事の集まりである。世界のそれぞれの部分は変数全体の、ごく一部と相互に作用していて、それらの変数の値が「その部分系との関係におけるこの世界の状態」を定める。  (カルロ・ロヴェッリ(1956-))

 「ここで、読者の方々がまだわずかでも残っておられることを期待しつつ、第9章と第10章 で歩んできた厳しい道のりをまとめておこう。

根本のレベルにおけるこの世界は、時間のなか に順序づけられていない出来事の集まりである。

それらの出来事は物理的な変数同士の関係を 実現しており、これらの変数は元来同じレベルにある。世界のそれぞれの部分は変数全体の ごく一部と相互に作用していて、それらの変数の値が「その部分系との関係におけるこの世界 の状態」を定める。

  一般に小さな系Sは、宇宙の残りの部分の詳細を区別しない。なぜならその系が相互作用す るのは、宇宙の残りの変数のごく一部でしかないからだ。

Sにとっての宇宙のエントロピー は、Sには判別できない宇宙の(ミクロな)状態の数に対応する。Sにとっての宇宙の姿は、エ ントロピーが高い状態である。なぜなら(定義からいって)エントロピーが高い配置のほうが ミクロの状態の数が多く、実現確率が高くなるからだ。 

 先ほど説明したように、エントロピーが高い配置に伴う流れがあって、その流れのパラメー タが熱時間になる。

小さな系Sにとっては、熱時間の流れ全体から見たエントロピーは一般に高いまま推移し、せいぜい上下に揺らぐくらいである。なぜならここで扱っているのは、結局 のところ固定された規則ではなく確率であるからだ。 

 ところが、わたしたちがたまたま暮らしている途方もなく広大なこの宇宙にある無数の小さ な系Sのなかにはいくつかの特別な系があって、そこではエントロピーの変動によって、たま たま熱時間の流れの二つある端の片方におけるエントロピーが低くなっている。

これらの系S にとっては、エントロピーの変動は対称ではなく、増大する。そしてわたしたちは、この増大 を時の流れとして経験する。つまり特別なのは初期の宇宙の状態ではなく、わたしたちが属し ている小さな系Sなのだ。 

 自分たちのこの筋書きが妥当だという確信があるわけではないが、寡聞にして、これに勝る 説を知らない。

この筋書きを認めなければ、宇宙が始まったときにはエントロピーが低かった はずだ、という結果を既成事実として受け入れるしかない。以上終わり、なのだ。  

わたしたちはここまで、クラウジウスが主張し、ボルツマンが最初に解読したΔS≧0 という 法則に導かれて進んできた。エントロピーは決して減少しない。そして、この世界の一般法則 を探すなかで一度は見失ったこの法則を、特殊な部分系に対する視点が影響しているのかもし れないということで再発見した。だから改めて、ここから出発することにしよう。」

 (カルロ・ロヴェッリ(1956-),『時間の順序』,日本語書籍名『時間は存在しない』,第3部 時間の源へ,第10章 視点,pp.154-155,NHK出版(2019),冨永星(訳))









時間は存在しない [ カルロ・ロヴェッリ ]





なぜ世界は変化しているように知覚されるのか。系が変化しているとみなせるのは、系の別の状態が、時計として指示された他の系(ある特別な脳部分系)の別の時間固有値と相関しているかぎりである。この特定の基底の選好は、私たちの意識の性質に起源を持つ。(マイケル・ロックウッド(1933-2018))

意識される時間の流れ

なぜ世界は変化しているように知覚されるのか。系が変化しているとみなせるのは、系の別の状態が、時計として指示された他の系(ある特別な脳部分系)の別の時間固有値と相関しているかぎりである。この特定の基底の選好は、私たちの意識の性質に起源を持つ。(マイケル・ロックウッド(1933-2018))

  「この章のはじめの方で、時間の流れ、あるいは時間を通じてのわれわれ自身の発展という 感覚は、単なる錯覚でないとしたならば、とにかくパースペクティブに呼応した現象、すなわ ち意識的な主体自身の観点からのみ生じると言えるにすぎないと主張した。しかしながら、い までは、もっと過激なことを主張している。少なくとも、時間とともに世界の状態が変化する ということ、未来のさまざまな集まりにはさまざまな時刻がむすびついているということは、 客観的で、観測者によらない事実でなければならないと考えるであろう。しかし、その仮定も また、最前のいくつかの段落での議論が疑いを差しはさんだものなのである。呼応状態の方法 を論理全体は、系が変化しているとみなせるのは、系の別の状態が、時計として指示されたほ かの系の別の時間固有値と相関しているかぎりであるという結論にむかっている。われわれ自 身は、ものの状態をわれわれ自身のある選好された状態に照らしあわせるというそれだけで、 世界を変化しているものと知覚しているのである。しかもこれらの選好された状態は、われわ れ自身の脳の「時計の読み」をふくみ、かつその基礎のうえでなりたっているのである。

   このことすべては、ヘンリー・フォードの「歴史は、まやかしだ」という論評についてのお どろくべき証明になっているのかも知れない。しかし、もちろん、歴史はまやかしなどではな い。私は、本当は何ごともいままでに起こりはしなかったなどと主張してはいない。むしろ、 逆であって、呼応状態の理論では、(物理的に)起こりうるすべてのことが、宇宙波動関数の どこかに見出せるという意味で、絶対起こるのである。私が世界の《まぎれも》ない歴史と考 えているものは、本当は、特定の伝記、しかも私の多くの伝記のうちのひとつにすぎないもの に呼応した世界の歴史なのである。その意味で、ふつう考えられるような歴史は、無数のおこ りうる歴史をふくんで横たわっている母胎から《抽出された》なにかなのである。また、この 全体系が、それだけで変化したり進化したりしている(あるいは、していない)という仮定 は、よく言って根拠のない、悪くいえば無意味なことなのである。アルキメデスは、てこの原 理についてこう言ったと伝えられている。「われに支点をあたえよ。されば地球をも動かさ ん。」しかしながら、そのような場所は存在しないし、原理的にすら、全体としての宇宙が定 常状態にあるのか否かをそれだけで決定できるような観測をすることのできるアルキメデス的 な地点も存在しない。最も抽象的な理論化においてのみ、われわれは、世界から自分自身を解 放できるし、しかも、ネーゲルのことばでは、どこにもない場所から景色を見たりできるので ある。」

 (マイケル・ロックウッド(1933-2018)『心、脳、量子』(日本語名『心身問題と量子力 学』)第15章 時間と心、pp.414-415、産業図書(1992)、奥田栄(訳))







脳のなかで起こっていることの一面だけが、なぜ意識に銘記されるのか、これが問題である。何らかの量子的状態の観測が意識化だとすると、ある特別な脳部分系のオブザーバブルの集合の固有状態が意識的現象に対応していることになる。特定基底の選好は意識の性質に起源を持つ。(マイケル・ロックウッド(1933-2018))

意識と量子的状態

脳のなかで起こっていることの一面だけが、なぜ意識に銘記されるのか、これが問題である。何らかの量子的状態の観測が意識化だとすると、ある特別な脳部分系のオブザーバブルの集合の固有状態が意識的現象に対応していることになる。特定基底の選好は意識の性質に起源を持つ。(マイケル・ロックウッド(1933-2018))


「要するに私は、特定の基底は選好されるということを、物理世界一般の性質というよりは むしろ、意識の性質に根源をもつものと理解しているのである。私は、一般に、どのような方 法でまたどんな理由で、ほかのものはそうでないのに、両立可能な脳オブザーバブルの特定の 集合の固有状態が現象的パースペクティブに対応しているのか、あるいは、そのなかにあらわ れるのか知っていると言うつもりはない(もっとも、第15章の時間についての議論は、この問 題とあるかかわりをもつではあろうが)。しかし、私にとって、なぜ脳のなかで起こっている ことの一面だけが意識に銘記されるのかという、量子力学とは独立に生じる問題にくらべてこ の問題がより神秘的であるとは思えないのである。どちらの場合も、われわれが経験している のは、現在の無知な状態では、任意とも思える選択性である。しかし、こうした選択性が存在 するということは、汎精神主義に踏み切らない理論という観点からすると、意識についてのの がれようのない事実なのである。肌理の問題は、この選択性のひとつのあらわれである。すな わち、なんらかの意識状態の現象的内容が、なんらかのもっともらしい対応する脳状態の微細 構造に鈍感であるように見えるという事実である。

 しかし、ここで、われわれは、選択性の古典力学的および量子力学的あらわれの強力な統一 の産物をもっているということを主張したい。というのは、双方ともたしかに、意識が特別な 脳部分系のうえの脳オブザーバブルの特別な集合を選好するという唯一の考察につつみこむこ とができるからである。実際、肌理の問題は、ひとたび、意識の内容が量子力学的《オブザー バブル》の集合の同時固有状態に対応すると要請されることを正しく理解しさえすれば、その 牙をうしなってしまうように思える。というのは、量子力学では、どんなオブザーバブルもア プリオリには特別扱いされることはないし、ほかのものよりも基本的であるとみなされること はないからである。また、意識が選好するのは、空間的あるいは時空的領域にわたるある程度 の《平均》をふくむオブザーバブルであると仮定することは自由である。(実際、このような 平均は、量子力学では不可避なのである。すなわち、《場の量子論》の文脈では、正確に決 まった点での電磁場の強さを観測することには意味がない。それは、初等的な量子力学におい て、位置の正確な観測や運動量の正確な観測に意味がないのとおなじことである。)もうひと つ、このことは、意識にうかぶものは見地によるという性質を反映しているのである。しか し、私が第11章で強調したように、それは決して、基礎になっている神経生理学的実在にかん してその客観性あるいは直接性を減じるものではない。その仮定は、その精神においてラッセ ル的なままである。

 ともあれ、意識のレベルでこのような選好基底を仮定すると、《われわれの知覚するとき に》、それが感覚知覚の対象自身に反映されるであろうということが容赦なくみちびかれる。 われわれが、日常の、古典的で、マクロなオブザーバブルと考えるものは、両立可能な脳オブ ザーバブルの選好集合の固有値と、感覚知覚の機構によって相関させられた固有値をもつもの であろう。したがって、われわれは、不可避的に、これらのオブザーバブルの決まった固有値 をもつものとして対象を見るであろう。ちょうどそれは、色のような第二性質をもったものと して対象を見るようなものである。」

(マイケル・ロックウッド(1933-2018)『心、脳、量子』(日本語名『心身問題と量子力 学』)第13章 量子力学と意識的観測者、pp.338-340、産業図書(1992)、奥田栄(訳)) 







2021年11月12日金曜日

量子的な重ね合わせで表現される膨大な数の組み合わせの配列から、生命にとって意味のある配列を探索する量子進化には、デコヒーレントを食い止めるのに十分な低温が必要かというと、実際には違う。常温において量子状態が維持されている場合があることが、実験で示されている。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

量子的な状態

量子的な重ね合わせで表現される膨大な数の組み合わせの配列から、生命にとって意味のある配列を探索する量子進化には、デコヒーレントを食い止めるのに十分な低温が必要かというと、実際には違う。常温において量子状態が維持されている場合があることが、実験で示されている。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

「古典的なランダムウォークに比べて量子ウォークのどこが優れているかを理解するために、 のろのろと歩く先ほどの酔っ払いを再び取り上げよう。その酔っ払いが出てきたバーで水漏れ が起こり、その水が入り口からあふれ出したと想像してみてほしい。上機嫌の酔っ払いは一つ のルートを進むしかないが、バーからあふれ出した水の波はあらゆる方向へ広がって行く。水 の波は経過時間に比例する割合で街なかへ広がっていくため、平方根に比例する距離しか進め ない酔っ払いはすぐに追い抜かされてしまう。水は一秒後に一メートル、二秒後に二メート ル、三秒後に三メートル進む。しかも、二重スリット実験における重ね合わせ状態の原子と同 じように、考えられるルートをすべて同時に進んでいくため、波頭の一部は上機嫌の酔っ払い の家に、本人よりも間違いなくずっと早くたどり着くことになる。

 フレミングらの論文が引き起こした驚きと動揺は、MITの論文講読会をはるかに超えてま さに波のように広がった。しかしすぐに、この実験が単離されたFMO複合体を使って七七K (摂氏一九六度)という低温でおこなわれた点が槍玉に挙がった。植物の光合成や生命活動自 体に適した温度よりも明らかにはるかに低く、厄介なデコヒーレントを食い止めるには十分な 低温だ。この冷たく冷やされた細菌が、植物細胞の内部という温かく取り散らかった環境のな かで起きていることと、はたしてどのように関連しているというのだろうか?

 しかしまもなくして、量子コヒーレントと状態が存在しているのは低温のFMO複合体に限 らないことが明らかとなった。二〇〇九年にユニヴァーシティーカレッジ・ダブリンのイア ン・マーサーが、植物の光化学系ときわめて似た、光収穫複合体II(LHC2)という別の最 近の光合成システムにおいて、植物や微生物がふつう光合成を行っている常温で量子のうなり を検出したのだ。さらに二〇一〇年にはオンタリオ大学のグレッグ・ショールズが、きわめて 大量に生息している高等植物に匹敵する量の大気中炭素を固定している(つまり大気中の二酸 化炭素を取り出している)、クリプトモナドと呼ばれる一群の水生藻類(高等植物と違って根 や茎や葉を持たない)の光化学系でも、量子のうなりを発見した。それと同じ頃にグレッグ・エンゲルは、グレアム・フレミングの研究室で自分が研究していたのと同じFMO複合体が、 生命が維持できるようなもっと高い温度でも量子のうなりを発することを突きとめた。さら に、この驚くべき現象が細菌や藻類に限られると思った人のために言っておくと、バークレー のフレミング研究室のテッサ・カルフーンらは、ホウレンソウから抽出した別のLHC2系で 量子のうなりを検出した。LHC2はすべての高等植物に存在しており、地球上のすべてのク ロロフィルの半数がそれに含まれている。」

(ジョンジョー・マクファデン&ジム・アル-カリーリ(1956)『量子力学で生命の謎を解 く』第4章 量子のうなり、pp.144-145、SBクリエイティブ(2015)、水谷淳(訳))





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あらゆる生物のゲノムには、特定の機能を持たないがらくたDNAが多く含まれ、細胞環境の量子測定装置にはかからずに量子領域を漂流している。ひそかな変異と重ね合わせが、細胞環境との相互作用により、不可逆的な測定をもたらす機能を獲得したとき、新たな配列が固定する。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

がらくたDNA

あらゆる生物のゲノムには、特定の機能を持たないがらくたDNAが多く含まれ、細胞環境の量子測定装置にはかからずに量子領域を漂流している。ひそかな変異と重ね合わせが、細胞環境との相互作用により、不可逆的な測定をもたらす機能を獲得したとき、新たな配列が固定する。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))


「じつは、あらゆる生物のゲノムのかなりの割合が、いま仮定した倍増した配列と同じよう に、この種の量子配列漂流を起こしうる。ほとんどの細菌ゲノムの最大約一〇パーセントが、 がらくたDNA、つまり、なんらかの理由で機能を失った配列だと考えられている。人間など のもっと複雑なゲノムでは、がらくたDNAの割合がずっと高くなる。もしかすると、われわ れのDNAの九〇パーセント近くは、がらくたDNAかもしれない。それは細胞の量子測定装 置にはわからないため、それらは量子領域の中でひそかに変異を起こして漂流することができ る。

 余分な遺伝子が量子多宇宙を漂流するのを止めることができる唯一の事象は、それが細胞の 周囲環境と絡み合う別の鎖を確立することである。それは、重ね合わせに、細胞の環境と相互 作用できるような新たな酵素、たとえば新たな基質を利用できる酵素などをコードする配列が 含まれるときに起こっただろう。そのときには新たな絡み合いの鎖が形成されて、量子測定の ための新たな経路をつくり出す。その遺伝子の重ね合わせは収縮し、再び単一の古典配列に なっただろう。

 周囲環境と絡まるようになったその遺伝子配列は、新たな遺伝子族の祖先となる新たな酵素 をコードしていたかもしれない。その酵素は、細胞に独特の代謝機能を与え、それはその後の 生物の進化にとってきわめて重要なものだったかもしれない。だが、たとえこの重要な配列が 波動関数収縮を起こすために必須の測定を行ったとしても、重ね合わせの中に存在する他の無 数の役立たずの配列よりも大きな実在性を要求することはなかっただろう。もし、このような ことしか起こらなかったとすれば、新たな配列が発生する確率は、古典的な進化のシナリオよ りも多くはならないだろう。

 ここで、われわれは人間多宇宙(多世界理論)を呼び出すことによって、この困難な状況か ら抜け出すことができる。そうすれば、われわれが存在するのは、新たな配列によって与えら れた進化的革新があったからだ、と提案するだけでよい。同様にして、タンパク質配列の主要 な遺伝子族すべての発生を説明できる。われわれがいまここにいるという事実によって、われ われの住む宇宙は知的生命体の発生に必要なすべての酵素遺伝子族をすくいとるという大当た りを出した幸運な宇宙だということが保証される。これは、とくに進化の中間部分の配列が存 在しないという事実を説明できるものではあるが、私は前節と同じようにこの説明には不満で ある。」

(ジョンジョー・マクファデン(1956)『量子進化』第12章 量子進化、pp.366-367、共 立出版(2003)、斎藤成也(監訳)、十河誠治、十河和代(訳))





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生命が宿る原子の特別な配列の、可能な配列の無数の組み合わせの数に対する比率は、古典的な場合と量子的な場合で異なるわけではない。しかし、量子的な(コヒーレントな)状態が維持できれば探索は速やかに進み、また古典的には探索されないエネルギー障壁の向こう側も試される。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

量子進化

生命が宿る原子の特別な配列の、可能な配列の無数の組み合わせの数に対する比率は、古典的な場合と量子的な場合で異なるわけではない。しかし、量子的な(コヒーレントな)状態が維持できれば探索は速やかに進み、また古典的には探索されないエネルギー障壁の向こう側も試される。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

「グリーンランドの片麻岩の地層が形成されつつあった三五億年前、古代のイスアの海底に あった泥火山から突き出した蛇紋石の小さな穴のなかに、微量の原始のスープが閉じ込められ ていたとしよう。それはダーウィンのいう「暖かい小さな池」に相当し、「あらゆる種類のア ンモニアやリン酸塩、光、熱、電気などが存在し」、そのなかでは「たんぱく質化合物が......さ らに複雑な変化へつながって」いったかもしれない。ここでさらに、スタンリー・ミラーが発 見したのと同様の化学プロセスによって作られた「たんぱく質分子」(あるいはRNA分子か もしれない)のうちの一個が、何らかの酵素活性は持っていながらいまだ自己複製分子には なっていない、原始酵素(あるいはリボザイム)だったとしよう。さらに、その酵素に含まれ ている粒子のうちのいくつかは、異なる位置へ移動しようとしても、古典的なエネルギー障壁 に阻まれて移動できなかったとしよう。しかし第3章で説明したとおり、電子も陽子も、古典的な移動を阻むエネルギー障壁を量子トンネル効果ですり抜けることができ、それが酵素活性 に重要な役割を果たしている。電子や陽子は、同時にエネルギー障壁の両側に存在するのだ。 それがこの原始酵素のなかでも起きるとしたら、配置の違い、つまり粒子がエネルギー障壁の どちら側にあるかによって、酵素活性が異なり、加速される化学反応の種類も違ってくる。も しかしたらそのなかには、自己複製反応も含まれているかもしれない。  計算を簡単にするために、この仮想的な原始酵素のなかで合計六四個の陽子や電子のそれぞ れが、二つの位置のどちら側にもトンネルできるとしよう。すると、この原始酵素が取ること のできる構造は264種類とさらに膨大で、考えられる配置はものすごい数にな る。ここで、その配置のうちの一通りだけが、自己複製する酵素となるのに必要な配置だった としよう。では、生命の出現につながりうるその特定の配置は、どの程度簡単に見つけられる のだろうか?」(中略)「古典的に考えると、この原始酵素が264通りの配置 のうちのごく一部分を探索するだけでも、とてつもなく長い時間がかかるのだ。しかし、この 原始酵素の鍵を握る六四個の粒子が、二つの一のあいだをトンネルできる電子や陽子だったと すると、状況は一変する。量子系であるその原始酵素は、量子重ね合わせ状態として同時にす べての配列で存在することができる。」(中略)「しかし一つ問題がある。量子計算をおこな うには、キュビットをコヒーレントなもつれ状態に維持しなければならないのだった。ひとた びデコヒーレンスが起きれば、 264 通りの状態の重ね合わせ状態は収縮してし まい、一通りしか残らない。そんなことで役に立つのだろうか? 一見したところその答えは ノーだ。量子重ね合わせ状態が収縮して、自己複製体というたった一通りの状態が残る確率 は、先ほどと同じくコインの表が六四回連続で出る確率と同じで、264分の1 とごく小さいのだ。しかしここから先の話は、量子的記述と古典的記述とで食い違ってくる。  もし分子が量子力学的には振る舞わずに、自己複製できない間違った原始の配列にあったと したら(ほとんどの場合そうだ)、それとは別の配列を試すには、分子の結合をばらばらにし て再び組なおすという、地質学的に遅いプロセスを使うしかない。しかし先ほどの原始酵素が 量子的であれば、たとえデコヒーレンスを起こしても、六四個電子や陽子はほぼ瞬時に、取り うる両方の位置の重ね合わせ状態へと再びトンネルし、264通りの配列の量子 重ね合わせ状態を回復する。六四キュビット状態である量子的な原始複製体分子は、量子の世 界のなかで自己複製体探しをいつまでも繰り返すことができるのだ。  デコヒーレンスが起きると重ね合わせ状態は再び速やかに収縮してしまうが、そのときこの 分子は 264 通りの古典的配置のうちの別の状態になる。再度デコヒーレンスに よって重ね合わせ状態が収縮すると、この系はさらに別の配置を取り、このプロセスが際限な く続いていく。要するにこの比較的保たれた環境のなかでは、量子重ね合わせ状態の生成と消 滅は可逆なプロセスである。重ね合わせとデコヒーレンスによって量子のコインはつねにトス されつづけ、そのプロセスは、化学結合を古典的に作ったり切ったりするのよりもはるかに速 いのだ。  しかし、この量子コイントスを終わらせてしまう現象が一つある。量子的な原始複製分子が やがて自己複製状態へ収縮すると、第7章で説明した飢えた大腸菌のように複製を始め、それ によってこの系は不可逆的に変化して古典的な世界へ入る。量子コイントスはそれで打ち止め となり、最初の自己複製体が古典的な世界に生まれ出るのだ。もちろん、その複製に関わる、 分子内や分子間や環境とのあいだの生化学的プロセスは、自己複製体の配置が見つかるまでに 起きていたプロセスとは明らかに違うはずだ。つまり、その特別な配置が失われて分子が次の 量子的配置へ変わる前に、その特別な配置で固定させるメカニズムが必要となる。」 (ジョンジョー・マクファデン&ジム・アル-カリーリ(1956)『量子力学で生命の謎を解 く』第9章 生命の起源、pp.322-325、SBクリエイティブ(2015)、水谷淳(訳))






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生命が宿る原子の配列は、全くランダムな組み合わせの試行では、実現できない。しかし、可能な配列の無数の組み合わせの量子力学的な重ね合わせは、その中の生命として意味のある配列を、古典的に不可逆的な測定として生じさせたのかもしれない。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

量子進化

生命が宿る原子の配列は、全くランダムな組み合わせの試行では、実現できない。しかし、可能な配列の無数の組み合わせの量子力学的な重ね合わせは、その中の生命として意味のある配列を、古典的に不可逆的な測定として生じさせたのかもしれない。(ジョンジョー・マクファデン(1956-))

「別の説明では、量子ゼノン効果および逆量子ゼノン効果の力によって量子的確率を高めるこ とが再び引き合いに出される。変異を蓄積するがらくたDNAは量子領域の中で発達し、可能 な遺伝子配列が集まったある種の量子の森を構成するだろう。前述のように、そのうちの一つ が原型酵素活性を得て周囲環境と絡まり、測定を生じさせるかもしれない。しかし、この原型 酵素は生命の起源のシナリオの場合と同様に、量子測定から無傷で出てくるだろう。だが、時 には一連の原型酵素が協調的に作用することによって細胞に新たな代謝能力を与え、量子状態 を古典レベルに不可逆的に増幅するかもしれない。

 このような一連の測定が、AMPをつくるための生化学経路A→B→C→D→E→F→G→H→I→ J→K→L→Mを導いたのかもしれない。この経路にそった個々の原型酵素は量子測定を行った だろうが、それとは別に、測定から出てきた酵素は量子多宇宙の中で進化を続けただろう。だ が、一連の原型酵素がいっしょになって細胞に新たな代謝活性を与えると、そこでこの量子測 定のラインは終止する。一連の酵素の量子状態は不可逆的に収縮して古典的状態となる。次 に、いまではおなじみの古典的状態への一連の測定が行われ、逆量子ゼノン効果の力によって その状態に達する確率が増加する。この経路にそったそれぞれの酵素は、第8章の実験の偏向 レンズが行ったのと同種の量子測定の役割を果たすことができたと考えられる。光の経路に一 連のレンズを挿入することによって光子が透過する確率を高めることができたのとまったく同 じように、代謝経路に一連の酵素を挿入することによって経路全体の進化の確率が高められた のではないだろうか。

  この代謝経路が重ね合わせから出てくれば、ダーウィンの自然淘汰がその後の発達を導いた だろう。こうしたダーウィンの自然淘汰による変化は、遺伝子族のメンバーが漸進的に変化す る際に、その記録を分子時計に残した。しかし、それを開始する事象、つまり経路全体の出現 や一連の酵素の発生は、それが量子多宇宙の中で起こったため、その足跡を残さなかった。こ のように、量子進化を用いればさまざまな遺伝子族の存在と複雑な代謝経路の存在の両方を理 解することができる。

 ここで重要なのは、量子進化は自然淘汰にとって代わったわけではない、ということだ。そ うではなく、進化の重要な接続地点において、量子進化は自然淘汰を量子の領域に移動させる のだ。すると、ダーウィン進化が量子多宇宙の中で起こる。このようにして、低級な大腸菌細 胞さえもが自身の運命をある程度調整できるようになる。それは無生物には許されない調整で ある。このために、生物は特別なものとなる。生物は量子測定を使って方向性のある作用を行うことができ、そうした作用のひとつが量子進化なのだ。」

(ジョンジョー・マクファデン(1956)『量子進化』第12章 量子進化、pp.367-369、共 立出版(2003)、斎藤成也(監訳)、十河誠治、十河和代(訳))





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アントニオ・ダマシオ (1944-)の命題集

 アントニオ・ダマシオ (1944-)の命題集

《目次》


第1部 ホメオスタシスの階層
(1)ホメオスタシスのプロセス
(2)ホメオスタシスの各階層
(3)ホメオスタシスの入れ子構造
(4)代謝のプロセス
(5)基本的な反射
(6)免疫系
(7)快(および報酬)または苦(および罰)と結びついている行動――快楽行動、苦痛行動
(8)多数の動因と動機、あるいは欲求
(8.1)意識化された外部環境、内部環境

第2部 意識のレベル
(1)無意識のプロセスとコンテンツ
(1.1)意識化されないイメージ
(1.2)イメージ以前のニューラル・パターン
(1.3)ニューラル・パターン以前の獲得された傾性
(1.4)獲得された傾性の改編
(1.5)生得的傾性
(2)精神分析的無意識
(3)覚醒
(4)低いレベルの注意
(5)情動
(6)中核意識
(6.1)中核意識とは?
(6.2)意識の役割
(7)延長意識
(8)集中的な注意

第3部 自己と他者
(1)中核自己の誕生
(2)あたかも身体ループシステムの獲得
(2.1)仮想身体ループ機構
(2.2)仮想身体ループ機構の進化的由来
(3)他者の身体状態のシミュレーション
(3.1)他者の行動の意味の理解
(3.2)他者の情動の理解


第4部 感情と情動
(1)感情
(1.1)感情表出反応
(1.1.1)例えば、欲望
(1.2)感情の特徴
(1.2.1)感情の情動依存性
(1.2.2)感情、思考は学習される
(1.2.3)情動誘発の神経機構の相対的自律性
(1.2.4)情動の連鎖
(1.3)感情の身体性、ヴェイレンス、感情の知性化
(2)狭義の情動
(2.1)情動の例
(2.2)情動とは何か、情動の暫定的定義
(2.2.1)情動の概念
(2.3)情動の補足説明
(2.3.1)「対象や事象」情動誘発刺激
(2.3.2)「想起された対象や事象」
(2.3.2.1)意識的な思考の役割
(2.3.2.2)物理的環境、文化的環境、社会的環境との相互作用
(2.3.2.3)社会的環境と個人の情動
(2.3.2.4)意志決定過程への情動の影響
(2.3.3)「自動的に引き起こされる」
(2.3.4)「対象や事象の評価を含む」
(2.3.5)「脳や身体の状態を一時的に変更する」情動の身体過程
(2.3.6)「思考や行動に影響を与える」:認知状態と関係する変化
(2.3.7)誘発される意識の種類
(2.4)情動の種類
(2.4.1)背景的情動
(2.4.1.1)背景的情動の例
(2.4.1.2)内的状態の指標
(2.4.1.3)背景的情動の表出
(2.4.1.4)背景的情動と欲求や動機との関係
(2.4.1.5)背景的情動とムードとの関係
(2.4.1.6)背景的情動と意識の関係
(2.4.2)基本的情動
(2.4.3)社会的情動

第5部 自己の誕生
(1)原自己(proto-self)
(1.1)マスター内知覚マップ
(1.2)マスター生命体マップ
(1.3)外的に向けられた感覚ポータルのマップ
(2)中核自己
(2.1)ニューラルマップ(仮説)
(2.1.1)1次のニューラルマップ
(2.1.2)2次のニューラルマップ
(2.1.3)1次マップへのフィードバック
(2.1.4)2次マップ間の連絡
(2.2)対応する内的経験
(2.2.1)1次マップに対応する内的経験
(2.2.2)2次マップに対応する内的経験(イメージ的、非言語的なもの)
(2.2.2.1)対象を知っているという感覚
(2.2.2.2)原自己が変化したという感覚
(2.2.2.3)中核自己の存在の感覚
(2.2.2.4)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
(3)中核自己の発現の再記述
(3.1)対象の感覚的処理(1次マップ)
(3.2)原自己の変化(1次マップ)
(3.3)情動誘発部位と原自己の2次マッピング
(3.3.1)対象のイメージ群
(3.3.1.1)対象という感覚、知っているという感覚
(3.3.1.2)関心、注意を向ける重要性の感覚
(3.3.1.3)対象の志向性と内在的対象性
(3.3.1.4)現象としての意識とアクセス可能な意識(ネド・ブロック(1942-))
(3.3.2)中核自己のイメージ群
(3.3.2.1)ある視点の存在の感覚
(3.3.2.2)対象が対象そのものではなく、影響を受けている何者かの所有物であるとい う感覚
(3.3.2.3)発動力
(3.3.2.4)原初的感情
(3.3.3)中核自己
(3.3.3.1)存在しているという感情
(3.3.3.2)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
(3.4)意識のハードプロブレムについて
(3.4.1)コウモリであるとはどのようなことか(トマス・ネーゲル(1937-))
(4)3次の言語的翻訳
(4.1)言語への翻訳
(4.2)言語への翻訳の様相
(4.3)非言語的な概念
(4.4)言語翻訳の作話性
(5)自伝的自己、延長意識がもたらす諸能力
(6)文化的構築物


━━━━━━━━━━━━━━━

第1部 ホメオスタシスの階層
《目次》
(1)ホメオスタシスのプロセス
(2)ホメオスタシスの各階層
(3)ホメオスタシスの入れ子構造
(4)代謝のプロセス
(5)基本的な反射
(6)免疫系
(7)快(および報酬)または苦(および罰)と結びついている行動――快楽行動、苦痛行動
(8)多数の動因と動機、あるいは欲求
(8.1)意識化された外部環境、内部環境


(1)ホメオスタシスのプロセス
参考:ホメオスタシスのプロセス:(1)内的、外的環境の変化、(2)変化の感知、(3)評価、反応。 (アントニオ・ダマシオ(1944-))
 有機体は、外部環境と内部環境の変化を検出し、その変化が有機体の自己保存と効率的機能にとって良いか悪いかを評価して反応し、外部環境と内部環境を変更する。
(i)外部環境、内部環境の変化
 一個の有機体の内部あるいは外部の環境で、何かが変化する。
(ii) 有機体の状態変化
 その変化が、その有機体の命の方向を変える。
(iii) 有機体は、そうした変化を検出し、有機体の自己保存と効率的機能にとって、最も有益な 状況を生み出すように反応する。
(a) 状態変化の評価(自己保存、効率的機能)
 有機体の内部と外部の状況を評価する。有機体は、ただ単に生きている状態ではな く、より「優れた命の状態」を目指しているように見える。すなわち、人間であれば「健康で しかも幸福である」状態を目指しているように見える。
(b) 反応
(c) 外部環境、内部環境の変更
 結果として、健全性への脅威を取り除く、改善への好機を手に入れる。

(2)ホメオスタシスの各階層
(a)感情
(b)狭義の情動
(c)多数の動因と動機、あるいは欲求
(d)快(および報酬)または苦(および罰)と結びついている行動
(e)免疫系
(f)基本的な反射
(g)代謝のプロセス

(3)ホメオスタシスの入れ子構造
ホメオスタシスの入れ子構造:(1)各機構は、より単純な機構を構成要素としている。(2)そ の際、新しい問題に対応している。(3)全体として「幸福を伴う生存」が目指されている。 (アントニオ・ダマシオ(1944-))
(i) より複雑な反応部分は、その構成要素として、より単純な反応部分を組み込んでいる。 
(ii) その際、より複雑な反応部分は、構成要素を部分的に手直しし、より単純な反応部分が 扱っている問題を超える、新しい問題の解決に目を向けている。
(iii) 各階層の機構すべてを用いて、「幸福を伴う生存」という全体的目標が目指されている。 

(4)代謝のプロセス
 有機体は、内部環境の変化を検出し、その変化が有機体の自己保存と効率的機能にとって良いか悪いかを評価して反応し、代謝のプロセスで内部環境を調整する。
《定義》
・内部の化学的作用のバランスを維持するための、化学的要素(内分泌、ホルモン分泌)と機 械的要素(消化と関係する筋肉の収縮など)
《機能》
・体内に適正な血液を分配するための、心拍数や血圧の調整。
・血液中や細胞と細胞の間にある液の酸度とアルカリ度の調整。
・運動、化学酵素の生成、有機体組織の維持と再生に必要なエネルギーを供給するための、タ ンパク質、脂質、炭水化物の貯蔵と配備の調整。


(5)基本的な反射
 有機体は、外部環境の変化を検出し、その変化が有機体の自己保存と効率的機能にとって良いか悪いかを評価して反応し、基本的な反射で対応する。
《例》有機体が音や接触に反応して示す驚愕反射。極端な熱さ、極端な寒さから遠ざけたり、 暗いところから明るいところへ向わせたりする、走性、屈性など。

(6)免疫系
 有機体は、内部環境の変化を検出し、その変化が有機体の自己保存と効率的機能にとって良いか悪いかを評価して反応し、免疫系で内部環境を調整する。
《誘発原因》
 有機体の外部から侵入してくるウイルス、細菌、寄生虫、毒性化学分子など。有機体の内部であっても、例えば死滅しつつある細胞から放出される有害な化学分子。


(7)快(および報酬)または苦(および罰)と結びついている行動――快楽行動、苦痛行動
 有機体は、外部環境と内部環境の変化を検出し、その変化が有機体の自己保存と効率的機能にとって良いか悪いかを評価して反応し、代謝のプロセスや免疫系で内部環境を調整したり、基本的な反射で反応したりするが、やがて外部環境の特定の対象や状況への接近反応や退避反応をするようになる。
《定義》特定の対象や状況に対する有機体の接近反応や退避の反応。
《例》自動的な行動であり快や苦の経験が生じるとは限らない。意識される場合は「苦しい、 快い、やりがいがある、苦痛を伴う」行動
《階層構造》
 (e)免疫系
  外部から侵入してくるウイルス、細菌、寄生虫、毒性化学分子などに対する反応。
 (f)基本的な反射
  有機体に損害を与えるような外的事象や、保護を与えるような外的事象に対する反応。
 (g)代謝調節のうちのいくつかの機構
  内部の化学的作用のバランスを維持するための、化学的要素と機 械的要素による調整作用。


(8)多数の動因と動機、あるいは欲求
 有機体は、外部環境と内部環境の変化を検出し、その変化が有機体の自己保存と効率的機能にとって良いか悪いかを評価して反応し、代謝のプロセスや免疫系で内部環境を調整したり、基本的な反射で反応したりするが、やがて外部環境の特定の対象や状況への接近反応や退避反応をするようになる。そして、外部環境と内部環境の変化検出と評価の一部を意識化することで、特定の動因による行動を組織化するようになる。
《定義》欲求:ある特定の動因によって活発化する有機体の行動的状態
《例》空腹感、喉の渇き、好奇心、探究心、気晴らし、性欲など。
《階層構造》
(d)苦と快の行動の機構
(g)代謝的補正を中心に展開
 内部の化学的作用のバランスを維持するための、化学的要素と機 械的要素による調整作用。

(8.1)意識化された外部環境、内部環境
・外部感覚(特殊感覚)
・自分の肢体のなかにあるように感じる痛み、熱さ、その他の変様(表在性感覚、深部感覚)
・身体ないしその一部に関係付ける知覚としての、飢え、渇き、その他の自然的欲求(内臓感覚)
参考:精神の受動のひとつ、身体ないしその一部に関係づける知覚として、飢え、渇き、その他の自然的欲求、自分の肢体のなかにあるように感じる痛み、熱さ、その他の変様がある。(ルネ・デカルト(1596-1650))



 
第2部 意識のレベル
《目次》
(1)無意識のプロセスとコンテンツ
(1.1)意識化されないイメージ
(1.2)イメージ以前のニューラル・パターン
(1.3)ニューラル・パターン以前の獲得された傾性
(1.4)獲得された傾性の改編
(1.5)生得的傾性
(2)精神分析的無意識
(3)覚醒
(4)低いレベルの注意
(5)情動
(6)中核意識
(6.1)中核意識とは?
(6.2)意識の役割
(7)延長意識
(8)集中的な注意

(1)無意識のプロセスとコンテンツ
 中核意識においても延長意識においても認識されず、非意識的なままとどまっている大量 のプロセスとコンテンツ。
(1.1)意識化されないイメージ
 (a)われわれが注意を向けていない、完全に形成されたすべてのイメージである。
 (b)参考:アクセス可能な前意識
 (c)複雑な発火パターンへの希釈


(1.2)イメージ以前のニューラル・パターン
 (a)決してイメージにはならない全てのニューラル・パターン。
 (b)参考:識閾下の状態

(1.3)ニューラル・パターン以前の獲得された傾性
 (a)経験をとおして獲得されるが、休眠したままで、恐らく明示的ニューラル・パターンには ならない全ての傾性。
 (b)参考:潜在的な結合
 (c)参考:切り離されたパターンの無意識

(1.4)獲得された傾性の改編
 そのような傾性の静かなる改編の全てと、それら全ての静かなる再ネットワーク化。
(1.5)生得的傾性
 自然が生得的、ホメオスタシス的傾性の中に具現化した、すべての隠れたる知恵とノウハ ウ。

(2)精神分析的無意識
・自伝的記憶を支えている神経システムにそのルーツがある。

(3)覚醒
・正常な意識がなくても、人は覚醒と注意を維持できる。

(4)低いレベルの注意
・生得的な低いレベルの注意は、意識に先行して存在する。
・注意は、意識にとって必要なものだが、十分なものではない。注意と意識とは異なる。 

(5)情動
・意識と情動は、分離できない。
・意識に障害が起こると、情動にも障害が起こる。 

(6)中核意識
(6.1)中核意識とは?
・「いま」と「ここ」についての自己感を授けている。
・中核意識は、言語、記憶、理性、注意、ワーキング・メモリがなくても成立する。
・統合的、統一的な心的風景を生み出すことそのものが、意識ではない。統合的、統一的な のは、有機体の単一性の結果である。
・意識のプロセスのいくつかの側面を、脳の特定の部位やシステムの作用と関係づけること ができる。
(6.2)意識の役割

(7)延長意識
・「わたし」という自己感を授け、過去と未来を自覚させる。
・言語、記憶、理性は、延長意識の上に成立する。

(8)集中的な注意
・集中的な注意は、意識が生まれてから生じる。








第3部 自己と他者
参考:身体と身体状態の表象が,中核自己を生む。身体状態が 記憶,想起され,自己の身体状態のシミュレーションが可能となる.やがて,他者の身体状態のシ ミュレーションによって,他者の意図や情動が理解可能となる.(アントニオ・ダマシオ (1944-))

(1)中核自己の誕生
(2)あたかも身体ループシステムの獲得
(2.1)仮想身体ループ機構
(2.2)仮想身体ループ機構の進化的由来
(3)他者の身体状態のシミュレーション
(3.1)他者の行動の意味の理解
(3.2)他者の情動の理解



 (1)中核自己の誕生
  (a)自分の身体と身体状態が、脳内に表象されるようになる。
  (b)中核自己の意識が生まれる。
  (c)自分の身体と身体状態が記憶され、想起できるようになることで、自分自身の身体状態 のシミュレーションへの準備が整ってゆく。
 (2)あたかも身体ループシステムの獲得
  (a)過去の知識や認知によって、実際の状況に遭遇したときと同じ内部感覚の表象が出現す る。
  (b)これは、自分自身の身体状態シミュレーションである。
  (2.1)仮想身体ループ機構
  (2.2)仮想身体ループ機構の進化的由来
   仮想身体ループ機構によって感受される情動は、本物の身体変化に依存する場合より迅速で、 情動をもたらした想起や思考と、時間的に密接につながっており、実際の行動や身体変化の準 備を迅速に成し遂げる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))
   (a)はじめ脳は、身体状態をただありのままにマッピングした。
   (b)その後、苦をもたらすような身体状態のマッピングを一時的に消去する、といった手段が 生まれた。
   (c)その後、何も存在しないところに、苦の状態を模倣する手段も生じた。
   (d)脳は身体マップの変更を、100ms以下という時間スケールで、ひじょうに迅速に成し 遂げることができる。これは、前頭前皮質からその先わずか数cmしか離れていない島の体性感 覚に信号を伝達する時間である。
   (e)この仮想身体的メカニズムによって感受される情動は、本物の身体変化に依存する場 合より迅速であり、情動をもたらした想起や思考と、時間的に密接につながっている。
   (f)これに対して脳が、本物の身体に変化を引き起こす時間スケールは数秒だ。長い、無 髄性の軸索が脳から数十cm離れた身体部分に信号を送るのに、およそ1秒かかる。これはま た、ホルモンが血流中に放出されその一連の作用を生じはじめるのに要する時間スケールでも ある。



 (3)他者の身体状態のシミュレーション
  (3.1)他者の行動の意味の理解
   (a)他人の行動を目撃する。
   (b)同じ行動の体感的な表象が出現する。
   (c)このことで、他人の行動の意味が理解できる。
   (d)これは、他人の身体状態シミュレーションである。
参考:対象物を見ると、それを 操作する運動感覚の表象が伴う。これはカノニカルニューロンが実現している。また、他者の 対象物への働きかけを見ると、その運動感覚の表象が伴う。これはミラーニューロンが実現し ている。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))
 (3.2)他者の情動の理解
  (a)他人の情動表出を目撃する。
  (b)同じ内部感覚の表象が出現する。
  (c)このことで、他人の情動が理解できる。
  (d)これは、他人の身体状態シミュレーションである。
参考: 他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情 動が直ちに感知される。これは潜在的な場合もあれば実行されることもあり、複雑な対人関係 の基盤の必要条件となっている。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))






第4部 感情と情動
(1.1)感情表出反応
(1.1.1)例えば、欲望
(1.2)感情の特徴
(1.2.1)感情の情動依存性
(1.2.2)感情、思考は学習される
(1.2.3)情動誘発の神経機構の相対的自律性
(1.2.4)情動の連鎖
(1.3)感情の身体性、ヴェイレンス、感情の知性化
(2)狭義の情動
(2.1)情動の例
(2.2)情動とは何か、情動の暫定的定義
(2.2.1)情動の概念
(2.3)情動の補足説明
(2.3.1)「対象や事象」情動誘発刺激
(2.3.2)「想起された対象や事象」
(2.3.2.1)意識的な思考の役割
(2.3.2.2)物理的環境、文化的環境、社会的環境との相互作用
(2.3.2.3)社会的環境と個人の情動
(2.3.2.4)意志決定過程への情動の影響
(2.3.3)「自動的に引き起こされる」
(2.3.4)「対象や事象の評価を含む」
(2.3.5)「脳や身体の状態を一時的に変更する」情動の身体過程
(2.3.6)「思考や行動に影響を与える」:認知状態と関係する変化
(2.3.7)誘発される意識の種類
(2.4)情動の種類
(2.4.1)背景的情動
(2.4.1.1)背景的情動の例
(2.4.1.2)内的状態の指標
(2.4.1.3)背景的情動の表出
(2.4.1.4)背景的情動と欲求や動機との関係
(2.4.1.5)背景的情動とムードとの関係
(2.4.1.6)背景的情動と意識の関係
(2.4.2)基本的情動
(2.4.3)社会的情動


(1)感情
(1.1)感情表出反応
(1.1.1)例えば、欲望
 意識を持つ個体が、自分の欲求やその成就、挫折に関して持つ認識と感情

(1.2)感情の特徴
 感情の特徴:(a)情動が、感情と思考を誘発する。(b)誘発される感情と思考は、学習され る。(c)特定の脳部位への電気刺激も、情動、感情、思考を誘発する。(d)感情、思考は、新 たな情動誘発刺激となる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(1.2.1)感情の情動依存性
 情動が、感情と思考を誘発する。
感覚/想起された ⇒ 情動 ⇒ 感情 ⇒ 思考
対象/事象
(情動を誘発する
対象/事象)

(1.2.2)感情、思考は学習される
 情動によって誘発される感情と思考は、学習されたものである。

(1.2.3)情動誘発の神経機構の相対的自律性
 特定の脳部位への電気刺激により誘発された情動でも、学習された感情と思考を誘発す る。
(特定の脳部位 ⇒ 情動 ⇒ 感情 ⇒ 思考
への電気刺激)
※ 学習によって情動と結びつけられた思考が、呼び起こされる。

(1.2.4)情動の連鎖
 呼び起こされた思考が、さらに情動の誘発因となる。
呼び起こされた ⇒ 情動 ⇒ 感情 ⇒ 思考
思考
※ 呼び起こされた思考は、現在進行中の感情状態を高めるか、静めるかする。思考の 連鎖は、気が散るか、理性によって終止符が打たれるまで継続する。
参考:最初の「情動を誘発しうる刺激」の存在が、しばしば、その刺激と関連する別の「情動を誘発 しうる刺激」をいくつか想起させ、当初の情動を拡大、変化、減少させ、複雑な感情の土台を 作る。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

《概念図》
「情動を誘発しうる刺激」A
 │
 ├→Aと関連して想起された対象や事象B
 ↓       (新たな情動誘発刺激となる)
情動a  │
   ├→想起された対象や事象C
   ↓                     ↓
   情動b   情動c
 情動aは持続、拡大したり、変化したり、減少したりする。これら、身体的状態のパターンである情動a、b、cと、心の内容である対象や事象の全体 が、特定の「感情」の土台を構成する。

(1.3)感情の身体性、ヴェイレンス、感情の知性化
 感情のコンテンツはつねに身体を参照し(身体性)、その状態が望ましいか、望ましくないか、中立かを明示する(ヴェイレンス)。同様な状況を繰り返し経験すると、状況の概念が形成され、自分自身や他者に伝達可能なものとなる(感情の知性化)。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(a)身体性

 そのコンテンツはつねに、それが生じた生物の身体を参照する。

(b)ヴェイレンス

 これらの 特殊な状態のもとで形成される結果として、内界の描写、すなわち感情は、ヴェイレンスと呼 ばれる特質に満たされている。その状態が望ましいか、望ましくないか、その中間かを必然的に明示する。

(c)感情の知性化

 同様な状況に繰り返し遭遇し何度も同じ感情を経験すると、多かれ少な かれその感情プロセスが内化されて「身体」との共鳴の色合いが薄まることがある。私たちはそれを独自の内的なナラティブに よって描写する(言葉が用いられないこともあれば用いられることもある)。そしてそれをめ ぐってコンセプトを築き、それに注ぐ情念の度合いをいく分抑え、自分自身や他者に提示可能 なものに変える。感情の知性化がもたらす結果の一つは、このプロセスに必要とされる時間と エネルギーの節約である。



(2)狭義の情動
(2.1)情動の例
 喜び、悲しみ、恐れ、プライド、恥、共感など。

(2.2)情動とは何か、情動の暫定的定義
 感覚で与えられた対象や事象、あるいは想起された対象や事象を感知したとき、自動的に 引き起こされる身体的パターンであり、喜び、悲しみ、恐れ、怒りなどの語彙で表現される。 それは、対象や事象の評価を含み、脳や身体の状態を一時的に変更することで、思考や行動に 影響を与える。
参照: 狭義の情動とは?(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(2.2.1)情動の概念
 情動の内観的特徴、物質的、身体的、生物学的特徴のまとめ(アントニオ・ダマシオ (1944-))
(1)情動の内観的特徴
 (a)意識的熟考なしに自動的に作動する。
  ・「自動的に引き起こされる」
  ・「精神の受動性」

 (b)情動は有機体の身体(内部環境、内臓システム、前庭システム、筋骨格システム)に 起因する。
  ・身体の能動性(精神の受動性)
 (c)情動反応は、多数の脳回路の作動様式にも影響を与え、身体風景と脳の風景の双方に 変化をもたらす。
  ・「脳や身体の状態を一時的に変更する」
 (d)これら一連の変化が、感情と思考の基層を構成することになる。
  ・「対象や事象の評価を含む」
 (e)情動誘発因の形成においては、文化や学習の役割が大きく、これにより情動の表出が 変わり、情動に新しい意味が付与される。
  ・「精神だけに関係づけられる精神の受動」
(2)情動の物質的、身体的、生物学的特徴
 (a)情動は、一つのパターンを形成する一連の複雑な化学的、神経的反応である。
  ・「身体の能動性」
 (b)情動は生物学的に決定されるプロセスであり、生得的に設定された脳の諸装置に依存 している。
 (c)情動を生み出すこれらの装置は、脳幹のレベルからはじまって上位の脳へと昇ってい く、かなり範囲の限定されたさまざまな皮質下部位にある。これらの装置は、身体状態の調節 と表象を担う一連の構造の一部でもある。
 (d)すべての情動はなにがしか果たすべき調節的役割を有し、有機体の命の維持を助けて いる。
  ・「思考や行動に影響を与える」
 (e)長い進化によって定着したものであり、有機体に有利な状況をもたらしている。



(2.3)情動の補足説明
(2.3.1)「対象や事象」情動の誘発原因
(a)狭義の情動が引き起こされるとき、その情動の原因となった対象や事象を、〈情動 を誘発しうる刺激〉(ECS Emotionally Competent Stimulus)という。
(b)ある情動の根拠は進化の過程で獲得され、他の情動の根拠は個人の生活の中で学習 される。あるときは無意識的に情動が誘発され、またあるときは意識的な評価段階を経て情動 が誘発される。このような情動が、人間の発達の歴史において重要な役割を演じている。
参照:情動の根拠には(a)生得的なもの、(b)学習されたものがある。また、情 動の誘発は、(a)無意識的なもの、(b)意識的評価を経由するものがあるが、いずれも反応は 自動的なものであり、誘発対象の評価が織り込まれている。(アントニオ・ダマシオ (1944-))

(2.3.2)「想起された対象や事象」
(2.3.2.1)意識的な思考の役割
 その対象と他の対象との関係や、その対象と過去との結びつきなど、意識的な思考が 行う評価であることもある。むしろ、原因的対象と自動的な情動反応との間に、特定の文化の 要求と調和するような意識的な評価段階をさしはさむことは、教育的な成長の重要な目標の一 つである。

(2.3.2.2)物理的環境、文化的環境、社会的環境との相互作用

(a)物理的環境
 もともと情動の基本的役割は、生来の生命監視機能と結びついている。情動の役割 は、命の状態を心にとどめ、その命の状態を行動に組み入れることだった。
(b)文化的環境
 (i)文化的環境は、情動の誘発に大きな影響を与える。そして逆に情動が、文化的構築 物の評価、発展において重要な役割を担っている。それが、有益な役割を担うためには、文化 が科学的で正確な人間像に基づかなければならない。


(c)社会的環境
 社会的環境も、情動の誘発に大きな影響を与える。それは、人間集団の命の状態の 指標でもある。そして逆に情動が、社会的環境の評価、改善において重要な役割を担ってい る。情動と、社会的な現象との関係を知的に考察することは、社会の苦しみを軽減し幸福を強 化するような物質的、文化的環境状況を生み出すために必要なことである。

(2.3.2.3)社会的環境と個人の情動
 特定の社会的状況と個人的経験が、情動誘発刺激となるために蓄積される知識(a)特定の問 題、(b)問題解決のための選択肢、(c)選択した結果、(d)結果に伴う情動と感情(直接的結 果、および将来的帰結)(アントニオ・ダマシオ(1944-))
 社会的状況と、それに対する個人的経験に関する、以下のような知識が蓄積されてい くことで、特定の情動誘発刺激が学習されていく
(a)ある問題が提示されたという事実
(b)その問題を解決するために、特定の選択肢を選んだということ
(c)その解決策に対する実際の結果
(d)その解決策の結果もたらされた情動と感情
 (i)行動の直接的結果は、何をもたらしたか。罰がもたらされたか、報酬がもたら されたか。利益か、災いか。苦か快か、悲しみか喜びか、羞恥かプライドか。
 (ii)直接的行動がどれほどポジティブであれ、あるいはどれほどネガティブであ れ、行動の将来的帰結は、何をもたらしたのか。結局事態はどうなったのか。罰がもたらされ たか、報酬がもたらされたか。利益か、災いか。苦か快か、悲しみか喜びか、羞恥かプライド か。

(2.3.2.4)意志決定過程への情動の影響
 意志決定の過程:(a)状況に関する事実(b)選択肢(c)予想される結果(d)推論戦略により(e) 意志決定されるが、状況が自動的に誘発する情動および関連して想起される諸素材が(c)に影 響し(d)に干渉する。(アントニオ・ダマシオ(1944-))
(1) 反応が求められる状況が発生する。
(2) (3)と(4)の経路は並行する。しかし、(3)を経由しないで、(4)が直に決定をもたらす こともある。各経路が単独に、あるいは組になって使われる程度は、個人の成長の程度、状況 の性質、環境などに依存する。
(3) 意志決定の経路A
 (3.1) 状況に関する事実、表象が誘発される。
 (3.2) 決定のための選択肢が誘発される。
 (3.3) 予想される将来の結果の表象が誘発される。
(4) 意志決定の経路Bは、経路Aと並行する。
 (4.1) 類似状況における以前の情動経験が活性化する。
 (4.2) 情動と関係する素材が想起され、(3.3)「将来の結果の表象」への影響する。
 (4.3) 同様に、想起された素材は、(5)「推論戦略」へ干渉する。
(5) (3)の認識に基づき、推論戦略が展開される。
(6) (3)と(5)から、意志決定する。



(2.3.3)「自動的に引き起こされる」
(a)意識的な評価は、情動が生じるためには必要というわけではない。
(b)意識的な評価どころか、情動を誘発しうる刺激(ECS)の存在に、われわれが気づ いていようといなかろうと、情動は自動的に引き起こされる。
参照: 情動を誘発しうる刺激(ECS)の存在に、われわれが気づいていようといなかろうと、情動は 自動的に引き起こされる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(2.3.4)「対象や事象の評価を含む」
 意識的な評価なしに自動的に引き起こされた情動にも、その対象や事象に対する評 価結果が織り込まれている。ただし、それは意識的評価をはさんだ場合とは、異なるかもしれ ない。

(2.3.5)「脳や身体の状態を一時的に変更する」
:情動の身体過程
 情動は,対象の感知による一時的変化が,体液性 信号と神経信号を通じ全身に伝播し,内部環境,内臓,筋骨格の状態,身体風景の表象を変化さ せ,脳状態の変更を通じて,特定行動誘発,認知処理モードの変化等を引き起こす。(アン トニオ・ダマシオ(1944-))

(a)情動対象を感知する
 (a.1)感覚で与えられた対象や事象を感知し、評価する。(場所:感覚連合皮質と高次の大脳皮質)
 (a.2)「あたかも身体ループ」:想起された対象や事象を感知し、評価する。この「あたかも」機構は、単に情動と感情にとって重要なだけでなく、「内的シ ミュレーション」とも言える一種の認知プロセスにとっても重要である。
(b)有機体の状態が一時的に変化する
 (b.1)身体状態と関係する変化:「身体ループ」または「あたかも身体ループ」
  (i)自動的に、神経的/化学的な反応の複雑な集まりが、引き起こされる。(場所:例えば「恐れ」であれば扁桃体が誘発し、前脳基底、視床下部、脳幹が実 行する。)
  (ii)2種類の信号が変化を伝播する。
   (1)体液性信号:血流を介して運ばれる化学的メッセージ
   (2)神経信号:神経経路を介して運ばれる電気化学的メッセージ
  (iii)身体の内部環境、内蔵、筋骨格システムの状態が一時的に変化する。情動的状態は、身体の化学特性の無数の変化、内臓の状態の変化、そして顔面、 咽喉、胴、四肢のさまざまな横紋筋の収縮の程度を変化させる。
  (iv)身体風景の表象が変化する。二種類の信号の結果として身体風景が変化し、脳幹から上の中枢神経の体性感覚 構造に表象される。
 (b.2)認知状態と関係する変化
  脳構造の状態も一時的に変化し、身体のマップ化や思考へも影響を与える。
次項目「思考や行動に影響を与える」へ。
(c)有機体の一時的変化の表象
 一時的に変化した有機体の状態は、イメージとして表象される。
(d)対象の意識化と自己感の発生
 有機体の一時的変化の表象は、情動の対象を強調し意識的なものに変化させる。同時 に、対象を認識している自己感が出現する。

(2.3.6)「思考や行動に影響を与える」:認知状態と関係する変化
(a)情動のプロセスによって前脳基底部、視床下部、脳幹の核にいくつかの化学物質が 分泌される。
(b)分泌された神経調節物質が、大脳皮質、視床、大脳基底核に送られる。
(c)その結果、以下のような重要な変化が多数起こる。
 (i)特定の行動の誘発
  たとえば、絆と養育、遊びと探索。
 (ii)現在進行中の身体状態の処理の変化
  たとえば、身体信号がフィルターにかけられたり通過を許されたり、選択的に抑制 されたり強化されたりして、快、不快の質が変化することがある。
 (iii)認知処理モードの変化
  たとえば、聴覚イメージや視覚イメージに関して、遅いイメージが速くなる、 シャープなイメージがぼやける、といった変化。この変化は情動の重要な要素である。
 (iv)引き起こされた特有な身体的パターン、行動パターンの種類がいくつか存在す る。

(2.3.7)誘発される意識の種類
 誘発された反応は再び意識の内容となる。デカルトの分類に従って記載し直すと、引き起こされた情動の意識現象としての実体が分かる。

(a)精神の能動

(a1)精神そのもののうちに終結する精神の能動

(i)認知

 →有機体の一時的変化の表象は、情動の対象を強調し意識的なものに変化させる。

(ii)想起

(iii)想像

(iv)理解

(a2)身体において終結する精神の能動(運動、行動)

 → 特定の行動の誘発

(b)精神の受動

(b1)身体を原因とする知覚

(i)外部感覚

(ii)共通感覚

(iii)自分の肢体のなかにあるように感じる痛み、熱さ、その他の変様

 → 顔面、 咽喉、胴、四肢のさまざまな横紋筋の収縮の程度を変化させる。

(iv)身体ないしその一部に関係づける知覚としての、飢え、渇き、その他の自然的欲求

 → 身体の化学特性の無数の変化、内臓の状態の変化

 → 現在進行中の身体状態の処理の変化

(v)精神の能動によらない想像、夢の中の幻覚や、目覚めているときの夢想

(b2)精神を原因とする知覚

(b3)身体を原因とする知覚や、精神を原因とする知覚を原因とする、精神だけに関係づけられる知覚(情念)


(2.4)情動の種類
(2.4.1)背景的情動
 背景的情動は,内的状態の指標であり,中核 意識と密接に結びついている. 疲労,やる気,興奮,好調,不調,緊張,リラックス,高ぶり,気の 重さ,安定,不安定,バランス,アンバランス,調和,不調和などがある.(アントニオ・ダ マシオ(1944-))

(2.4.1.1)背景的情動の例
 疲労、やる気、興奮、好調、不調、緊張、リラックス、高ぶり、気の重さ、安定、不 安定、バランス、アンバランス、調和、不調和などがある。

(2.4.1.2)内的状態の指標
(a)血液などの器官の平滑筋系や、心臓や肺の横紋筋の時間的、空間的状態。
(b)それらの筋肉繊維に近接する環境の化学特性。
(c)生体組織の健全性に対する脅威か、最適ホメオスタシスの状態か、そのいずれか を意味する化学特性のあり、なし。

(2.4.1.4)背景的情動と欲求や動機との関係
 欲求は、背景的情動の中に直接現れ、最終的に背景的情動により、われわれはその存 在を意識するようになる。

(2.4.1.5)背景的情動とムードとの関係
 ムードは、調整された持続的な背景的情動と、一次の情動との調整された持続的な感 情とからなっている。たとえば、落ち込んでいる背景的情動と悲しみとの調整された持続的感 情。

(2.4.1.6)背景的情動と意識の関係
 背景的情動と中核意識は極めて密接に結びついているので、それらを容易には分離で きない。

(2.4.2)基本的情動
 基本的情動:《例》恐れ、怒り、嫌悪、驚き、悲しみ、喜び。様々な文化や、人間以外の種に おいても、共通した特徴が見られる。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(2.4.3)社会的情動
 社会的情動:共感、当惑、恥、罪悪感、プライド、嫉妬、羨望、感謝、賞賛、憤り、軽蔑など (アントニオ・ダマシオ(1944-))

(a)集団内に対する情動、集団外に対する情動
 社会的情動のいくつかは集団と関係し、集団内と集団外に対して異なる機能を持つ。人間の文 化の歴史は、これら情動を、個的な集団の制約を超え、最終的には人類全体の包含を目指した 努力の歴史である。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

 (i)親切な情動、賞賛に値する適応的利他主義は、集団と関係がある。家族、部族、 市、国などである。
 (ii)集団外のものに対する反応は、少しも親切ではない。適切なはずの情動が、集団 外に向けられると、いとも簡単に悪意に満ちた、残忍なものになる。その結果が、怒り、恨 み、暴力である。それらすべては、部族間の憎しみや人種差別や戦争の潜在的な芽として容易 に認識できる。
 (iii)われわれ人間の文化の歴史は、ある程度まで、最善の「道徳的感情」を、個的 な集団の制約を超え、最終的には人類全体を包含するように、より広い世界へ広めていこうと する努力の歴史である。
 (iv)その仕事は、まったく、未だ完成していない。

(b) 社会的情動のうち支配と従順も、人間のコミュニティにおいて不可欠な役割を果たすととも に、同時にまた、集団全体の破滅を早めてしまうようなネガティブな作用を及ぼすこともあ る。(アントニオ・ダマシオ(1944-))






第5部 自己の誕生

参考:身体と外界のすべてを反映している意識されない「原自己」、対象と原自己の変化を知り、自 伝的記憶を意識化する「中核自己」、自伝的記憶の担い手である「自伝的自己」。(アン トニオ・ダマシオ(1944-))

《目次》

(1)原自己(proto-self)
(1.1)マスター内知覚マップ
(1.2)マスター生命体マップ
(1.3)外的に向けられた感覚ポータルのマップ
(2)中核自己
(2.1)ニューラルマップ(仮説)
(2.1.1)1次のニューラルマップ
(2.1.2)2次のニューラルマップ
(2.1.3)1次マップへのフィードバック
(2.1.4)2次マップ間の連絡
(2.2)対応する内的経験
(2.2.1)1次マップに対応する内的経験
(2.2.2)2次マップに対応する内的経験(イメージ的、非言語的なもの)
(2.2.2.1)対象を知っているという感覚
(2.2.2.2)原自己が変化したという感覚
(2.2.2.3)中核自己の存在の感覚
(2.2.2.4)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
(3)中核自己の発現の再記述
(3.1)対象の感覚的処理(1次マップ)
(3.2)原自己の変化(1次マップ)
(3.3)情動誘発部位と原自己の2次マッピング
(3.3.1)対象のイメージ群
(3.3.1.1)対象という感覚、知っているという感覚
(3.3.1.2)関心、注意を向ける重要性の感覚
(3.3.1.3)対象の志向性と内在的対象性
(3.3.1.4)現象としての意識とアクセス可能な意識(ネド・ブロック(1942-))
(3.3.2)中核自己のイメージ群
(3.3.2.1)ある視点の存在の感覚
(3.3.2.2)対象が対象そのものではなく、影響を受けている何者かの所有物であるとい う感覚
(3.3.2.3)発動力
(3.3.2.4)原初的感情
(3.3.3)中核自己
(3.3.3.1)存在しているという感情
(3.3.3.2)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
(3.4)意識のハードプロブレムについて
(3.4.1)コウモリであるとはどのようなことか(トマス・ネーゲル(1937-))
(4)3次の言語的翻訳
(4.1)言語への翻訳
(4.2)言語への翻訳の様相
(4.3)非言語的な概念
(4.4)言語翻訳の作話性
(5)自伝的自己、延長意識がもたらす諸能力
(6)文化的構築物




《目次》
(1)原自己(proto-self)
(1.1)マスター内知覚マップ
(1.2)マスター生命体マップ
(1.3)外的に向けられた感覚ポータルのマップ

(1)原自己(proto-self)
 参考:原自己(アントニオ・ダマシオ(1944-))
 原自己:生命体の物理構造の最も安定した側面を、一瞬ごとにマッピングする別個の神経パ ターンを統合して集めたもの。原自己は、意識を持たない。以下の構造からなる。
 ・マスター内知覚マップ(器官、組織、内臓、その他内部環境の状態に由来する知覚)
 ・マスター生命体マップ(身体の形、身体の動き)
 ・外的に向けられた感覚ポータルのマップ(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、平衡覚の〈特殊感覚〉 と、マスター生命体マップの一部である目、耳、鼻、舌を収めている身体領域とその動きの知 覚)

(1.1)マスター内知覚マップ
マスター内知覚マップ(アントニオ・ダマシオ(1944-))
《知覚の種類》器官、組織、内臓、その他内部環境の状態に由来する知覚。
《情動》原初的な感情(最適、平常、問題あり)、痛覚、温冷、飢え、喉の渇き、快楽。
《特徴》内部状態は、ホメオスタシス機構により、変化は極めて狭い範囲でしか生じない。 従って、この知覚は他の知覚と比較し、生涯を通じて安定しており、不変性の基礎を提供す る。

(1.2)マスター生命体マップ
マスター生命体マップ(アントニオ・ダマシオ(1944-))
《知覚の種類》身体の形、身体の動き。
《特徴》発達の途中で変わってゆく。
《マスター内知覚マップとマスター生命体マップの関係》
 マスター内知覚マップは、マスター生命体マップの中に収まる。ある特定の内部知覚は、マ スター生命体マップの中の解剖学的図式に当てはまる領域の部分で知覚される。例として、吐 き気が胃のあたりで体験される等。

(1.3)外的に向けられた感覚ポータルのマップ
外的に向けられた感覚ポータルのマップ(アントニオ・ダマシオ(1944-))
《知覚の種類》視覚、聴覚、嗅覚、味覚、平衡覚の〈特殊感覚〉と、マスター生命体マップの 一部である目、耳、鼻、舌を収めている身体領域とその動きの知覚。
《例》視覚であれば、目を動かす眼筋、レンズや瞳孔の直径を調節する仕組み、目のまわりの 筋肉、まばたきしたり、笑いを表現したりするための筋肉など。
《特徴》
(a)〈特殊感覚〉が、心の「質的」な側面を構築する。
(b)〈特殊感覚〉が、マスター生命体マップのどの身体領域から受け取っているのかを知り、 身体領域を調節して視点を構築する。

(2)中核自己
《目次》
(2.1)ニューラルマップ(仮説)
(2.1.1)1次のニューラルマップ
(2.1.2)2次のニューラルマップ
(2.1.3)1次マップへのフィードバック
(2.1.4)2次マップ間の連絡
(2.2)対応する内的経験
(2.2.1)1次マップに対応する内的経験
(2.2.2)2次マップに対応する内的経験(イメージ的、非言語的なもの)

(2.2.2.1)対象を知っているという感覚
(2.2.2.2)原自己が変化したという感覚
(2.2.2.3)中核自己の存在の感覚
(2.2.2.4)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)

(2.1)ニューラルマップ(仮説)
(2.1.1)1次のニューラルマップ
(a)対象マップ
 原因的対象の変化を表象する神経構造である。
(b)原自己マップ
 原自己の変化を表象する神経構造である。

(2.1.2)2次のニューラルマップ
参照: 2次のニューラルマップとは?(アントニオ・ダマシオ(1944-))
 対象マップと原自己マップ双方の、時間的関係を再表象する神経構造である。(仮説) 

(a)原自己マップの2次マップ
 はじめの瞬間の原自己の状態が反映される。
(b)対象マップの2次マップ
 感覚されている対象の状態が反映される。
(c)変化した原自己マップの2次マップ
 対象によって修正された原自己の状態が反映される。
(d)原自己と対象マップの時系列的2次マップ
 原自己のマップと対象のマップを、時間順に記述してゆくような、神経パターンが作ら れる。
(e)時間の流れ
 上記から、直接的または間接的に、流れる意識のイメージが作られる。

(2.1.3)1次マップへのフィードバック
 対象のイメージを強調するような信号が、直接的、または間接的に1次のニューラル マップへと戻され、対象が強調される。

(2.1.4.)2次マップ間の連絡
 2次のマップが複数あり、相互に信号をやり取りしている(仮説)。


(2.2)対応する内的経験
(2.2.1)1次マップに対応する内的経験
(a)対象マップの内的経験
 (i)形成されたイメージである「対象」、例えば、顔、メロディ、歯痛、ある出来事の 記憶など。
 (ii)対象は、実際に存在するものでも、過去の記憶から想起されたものでもよい。
 (iii)対象はあまりにも多く、しばしば、ほとんど同時に複数の対象が存在する。
(b)原自己マップの内的経験
 (i)マスター内知覚(器官、組織、内臓、その他内部環境の状態に由来する知覚)
 (ii)マスター生命体(身体の形、身体の動き)
 (iii)外的に向けられた感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、平衡覚の〈特殊感覚〉と、マス ター生命体の一部である目、耳、鼻、舌を収めている身体領域とその動きの知覚)

(2.2.2)2次マップに対応する内的経験(イメージ的、非言語的なもの)
参照: 中核自己の誕生(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(2.2.2.1)対象を知っているという感覚
 何かしら対象が存在する。その対象を、知っている。
(2.2.2.2)原自己が変化したという感覚
 その対象が、影響を及ぼして、何かしら変化させている。その対象は注意を向けさせ る。
(2.2.2.3)中核自己の存在の感覚
 何かしら変化するものが存在する。それは、ある特定の視点から、対象を見て、触れ て、聞いている。
(2.2.2.4)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
 一つの対象に向けられる「注意」の程度は変化するが、ある対象から別の対象へと気を そらされても、全体的な意識のレベルが識閾より下に落ちることはない。つまり、無意識状態 になることはないし、発作を起こしているように見えることもない。

   原自己のマップ
    │
対象Xの │
マップ    │
│             ├→はじめの瞬間の
│             │        原自己のマップ
├───→対象X のマップ
│            ├→修正された
│            │         原自己のマップ
│            │             ↓
│            │(2次マップの組み立て)
│            │             ↓
│            │(イメージ化された
│            │            │ 2次マップ)
強調された←──┘
対象X の │
マップ     │
│              │
↓               ↓


《目次》
(3)中核自己の発現の再記述
(3.1)対象の感覚的処理(1次マップ)
(3.2)原自己の変化(1次マップ)
(3.3)情動誘発部位と原自己の2次マッピング
(3.3.1)対象のイメージ群
(3.3.1.1)対象という感覚、知っているという感覚
(3.3.1.2)関心、注意を向ける重要性の感覚
(3.3.1.3)対象の志向性と内在的対象性
(3.3.1.4)現象としての意識とアクセス可能な意識(ネド・ブロック(1942-))
(3.3.2)中核自己のイメージ群
(3.3.2.1)ある視点の存在の感覚
(3.3.2.2)対象が対象そのものではなく、影響を受けている何者かの所有物であるとい う感覚
(3.3.2.3)発動力
(3.3.2.4)原初的感情
(3.3.3)中核自己
(3.3.3.1)存在しているという感情
(3.3.3.2)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
(3.4)意識のハードプロブレムについて
(3.4.1)コウモリであるとはどのようなことか(トマス・ネーゲル(1937-))

(3)中核自己の発現の再記述
参照: 「中核自己」の発現(アントニオ・ダマシオ(1944-))
参照:必ずしも意識化されない情動誘発因が情動誘発 部位を活性化し、身体と脳の多数の部位へ波及することで原自己が変化する。これら対象と原 自己の変化が2次構造にマッピングされ、中核自己を構成する諸感情が発現する。(アン トニオ・ダマシオ(1944-))
参考:外部感覚、肢体感覚、内臓感覚とこれらの記憶の相互作用から、対象とその対象から影響され変化するものが分離し、変化する私が存在し、対象は私が把握したものだという概念が生まれる(主観性)。(アントニオ・ダマシオ(1944-))



(3.1)対象の感覚的処理(1次マップ)
 (a)生命体が、ある対象(情動誘発因)に遭遇する。
  対象に対する意識も、対象の認知も、このサイクルの継続に必ずしも必要ではない。
 (b)ある対象が、感覚的に処理される。
  対象のイメージの処理に伴う信号が、その対象が属している特定の種類の誘発因に反 応するようプリセットされている神経部位(情動誘発部位)を活性化する。
(3.2)原自己の変化(1次マップ)
 (a)対象からの関与が、原自己を変化させる。
 (b)身体と脳の多数の部位の反応
  情動誘発部位は、身体と他の脳の部位に向けての多数の反応を始動させ、情動を構成す る身体と脳の反応を全面的に解き放つ。
 (c)身体と脳の状態変化の表象
  皮質下ならびに皮質部における一次のニューラル・マップは、それが「身体ループ」に よるものか、「あたかも身体ループ」によるものか、あるいは両者の組合せによるものかには 無関係に、身体状態の変化を表象する。こうして感情が浮上する。

(3.3)情動誘発部位と原自己の2次マッピング
 情動誘発部位における神経活動のパターンと原自己の変化が、二次の構造にマッピングさ れる。かくして、情動対象と原自己の関係性についての説明が二次の構造においてなされる。
 参考:(a)外界と身体の変化(b)対象,驚き,既知 感(c)関心,注意(d)視点(e)表象の所有感(f)発動力(g)原初的感情.これら全てが,その担い 手である中核自己の存在を感知させ,全ての表象がその内部での現象であると感知させる.これ が意識である.(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(3.3.1)対象のイメージ群
 イメージの一群は、意識の中の物体を表す。
(3.3.1.1)対象という感覚、知っているという感覚
 原初的感情が変化し、「その対象を知っているという感情」が発生する。(2次マッ プ)
(3.3.1.2)関心、注意を向ける重要性の感覚
 (a)知っているという感情が、対象に対する「重要性」を生み出し、原自己を変化さ せた対象へ関心/注意を向けるため、処理リソースを注ぎ込むようになる。(1次マップへの フィードバック)

 (b)ニーチェは、この事実を極めて印象的に表現している。
 この自然情景、激動する海のこの感情、崇高な線、こ の確固として明確に見ること一般、その他、私たちが事物に授けた一切の美と崇高は、実際に は己が創造したものであり、原始的人類から相続している遺産である。(フリードリヒ・ ニーチェ(1844-1900))

(3.3.1.3)対象の志向性と内在的対象性
 「全ての心的現象は中世のスコラ学者が対象の志向的(もしくは心的)内在性と呼んだ ものおよび、完全に明確ではないが、対象つまり内在的対象性と我々が呼ぶかもしれないもの によって特徴づけられる。あらゆる心的現象は、必ずしも同じようにではないが、自身の内に 対象として何者かを含む。表象においては何者かが表象され、判定においては何者かが肯定ま たは否定され、愛においては愛され、嫌悪においては嫌われ、欲望においては欲望され、...と いうように。志向的内-在性は専ら心的現象が持つ特性である。物質的現象はこのような特性 を示さない。したがって、心的現象はそれ自体の内に志向的に対象を有する現象だと定義でき る。」(フランツ・ブレンターノ(1838-1917))(参考:志向性(wikipedia))

(3.3.1.4)現象としての意識とアクセス可能な意識(ネド・ブロック(1942-))
 ヒトの視覚システムは見つめている焦点が最も解像度が高く、周辺視野に行けばいく ほど解像度が悪くなる。また、周辺視野では混みあい効果という現象が生じる。これらの影響 のため、特に複雑な内容の自然画像では、直接に焦点を当てて見ている部位以外では、異なる 画像も同じクオリアを起こす。この同じクオリアが、アクセス可能な意識である。アクセス可 能な意識は、言語的に報告でき、記憶に保持でき、そのため後の意識的な行動計画に直接影響 を及ぼすような、意識の側面を指す。(出典:クオリア(脳科学事典))

(3.3.2)中核自己のイメージ群
 別のイメージ群は自分を表す。
(3.3.2.1)ある視点の存在の感覚
 全てが無差別に存在している混沌の中に、対象が浮かび上がる。対象は見られ、触ら れ、聞かれ、変化するが、いつもある不動の視点から見られ、触られ、聞かれている。

(3.3.2.2)対象が対象そのものではなく、影響を受けている何者かの所有物であるとい う感覚
 (i)浮かび上がった対象は、対象そのものではないようだ。対象に向き合い、対象か ら影響を受けている何者かが存在する。浮かび上がった対象は、この何者かが所有しているも のであるという感覚が存在する。
 (ii)対象の志向性と内在的対象性(再掲)
(フランツ・ブレンターノ(1838-1917))(参考:志向性(wikipedia))

 (iii)離れて持つこと
 「絵画は視覚という錯乱を呼びさまし、渾身の力をふるってそれを保持する。錯乱 ――といったのは、〈見る〉ということが〈離れて持つ〉ということであり、そして絵画とはこ の奇妙な所有権を存在のあらゆる象面に押し拡げるものだからである。というのもそれが絵画 のなかに入り込むためには見えるものにならねばならないからである。」(メルロ・ポンティ 1966: 263/1964: 27)(出典:村田純一(1948-)世 界内存在としての意識:志向性の哲学と現象学(村田純一,2014))

(iv)絶対に安全であるという感情
 ウィトゲンシュタインは、この感覚に別の表現を与えている。「私は安全であり、 何が起ろうとも何ものも私を傷つけることはできない」というような感情。
参考:二つの表明し得ぬもの:(a)何かが存在する、この世界が存在するとは、 いかに異常なことであるかという驚き、(b)私は安全であり、何が起ころうとも何ものも私を 傷つけることはできない、という感覚。(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889- 1951))

(3.3.2.3)発動力
 浮かび上がった対象に関心と注意を向ける何者かが存在する。原自己に属する身体 は、この何者かが確かに、自ら命じて動かすことができる。

 (a)エナクション(行為的産出、行為的認知)(フランシスコ・ヴァレラ(1946- 2001))
 「カゴに入れられた猫と自分で行動する猫の二匹を用意し、同じ視覚情報を与え る。自分で行動した猫は正常な知覚を獲得したのに対し、カゴに入れられた猫は知覚不能を起 こす。ヴァレラによれば、視覚とは単なる視覚情報の処理ではなく、知覚と行為の関係性の学 習である。猫は能動的に行為することによってその都度知覚を身体化し、はじめて視覚という 知覚能力を形成する。」(下西風澄(1986-))(出典:F. J. ヴァレラの神経現象学における時間意識の分析(1)―神経ダイナ ミクスと過去把持―(下西風澄,2015))
 (b)知覚は有機体の行動によって創造される(モーリス・メルロー=ポンティ(1908- 1961))
 「有機体の受容するすべての刺戟作用は、それはそれで、有機体がまず身を動か し、その運動の結果、受容器官が外的影響にさらされることによってのみ可能だったのである から、〈行動〉があらゆる刺戟作用の第一原因だと言うこともできるであろう。(改行)この ようにして刺戟のゲシュタルトは有機体そのものによって、つまり有機体が自らを外の作用に 差し出す固有の仕方によって、創造されるのである。」(モーリス・メルロー=ポンティ (1908-1961))(武藤伸司(1983-))(出典:現象学と 自然科学の相補関係に関する一考察(3)(武藤伸司,2017))

 (c)感覚運動的相互作用持つ4つの特性(ジョン・ケビン・オレガン(1948-))
  (i)広範囲の多様な状態が可能である。(豊かさ)
  (ii)身体の動きに応じて、感覚入力が変化する。(身体性)
  (iii)感覚入力は、自発的にも変化しうる。(部分的自律性)
  (iv)感覚は、注意を直接的に惹きつける。(直接的把捉)
(鈴木敏昭(1950-))(出典:クオリアへ の現象学的接近(鈴木敏昭,2017))

(3.3.2.4)原初的感情
 対象がどのように変化しようが、比較的変化しないで持続する何者かが存在する。

(3.3.3)中核自己
(3.3.3.1)存在しているという感情
 (i)全てが無差別に存在している混沌の中に、対象が浮かび上がる。何かが変化し、 知っているという感情が生まれた。それは注意をひきつける。対象は、いつもある不動の視点 から、見られ、触れられ、聞かれている。対象は、対象そのものではなく、影響を受けている 何者かの所有物であるという感覚がある。浮かび上がった対象に注意を向ける何者かが存在す る。原自己に属する身体は、この何者かが自ら命じて動かすことができる。これらを担い所有 する主人公が浮かび上がってくる。これが「中核自己」である。
 (ii)存在することへの驚き
  ウィトゲンシュタインは、それが驚きの感情を伴うことを指摘する。「何かが存在 するとはどんなに異常なことであるか」、「この世界が存在するとはどんなに異常なことであ るか」という存在することへの驚き。
参考:二つの表明し得ぬもの:(a)何かが存在する、この世界が存在するとは、 いかに異常なことであるかという驚き、(b)私は安全であり、何が起ころうとも何ものも私を 傷つけることはできない、という感覚。(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889- 1951))

(3.3.3.2)中核自己の継続した存在の感覚(意識の流れの感覚)
 一つの対象に向けられる「注意」の程度は変化するが、ある対象から別の対象へと気 をそらされても、全体的な意識のレベルが識閾より下に落ちることはない。つまり、無意識状 態になることはないし、発作を起こしているように見えることもない。

(a)多重安定性(フランシスコ・ヴァレラ(1946-2001))
 例えば、ゲシュタルト心理学において用いられる反転図形のように、意識の経験 は、それぞれが安定した経験が多重に重なりあっており、また、一つの認知経験から他の認知 経験への変化は、不連続的に移行する。(フランシスコ・バレーラ(1946-2001))(武藤伸司 (1983-))(出典:F. J. ヴァレラの神経現象学における時間意識の分析(1)―神経ダイナ ミクスと過去把持―(武藤伸司,2011))

(3.4)意識のハードプロブレムについて
 たとえ外界と身体の全ての表象が存在しても、無差別に存在する混沌の中には、意識は 存在しない。(a)外界と身体の変化の感知、(b)驚きまたは既知感、(c)関心と注意、(d)視点 の感知、(e)表象の所有感、(f)発動力の感知、(g)継続的な原初的感情が、(h)中核自己の存 在を感知させ、これら全てが中核自己の内部で現象していると感知される。これが意識であ る。「自己集積体のイメージが非自己物体のイメージとあわせて折りたたまれると、その結果 が意識ある心となる」。

(3.4.1)コウモリであるとはどのようなことか(トマス・ネーゲル(1937-))
(a)様々な意識形態の存在
 おそらく意識体験は、宇宙全体にわたって他の太陽系の他の諸々の惑星上に、われ われにはまったく想像もつかないような無数の形態をとって生じている。
(b)意識体験を持つという事実の意味
 その生物であることは、そのようにあることであるようなその何かが―しかもその 生物にとってそのようにあることであるようなその何かが―存在している場合であり、またそ の場合だけである。
(c)意識体験に含まれるかもしれない他のもの
 生物の行動に関する意味さえ含まれているかもしれない。私は、そうは思わない が。
(1974年) / 永井均訳 (1989年、p.260)(出典:コウ モリであるとはどのようなことか(wikipedia)
《説明図》

対象→原自己→変調された原初的感情
↑          の変化  変調されたマスター生命体
│                             │               ↓
│                             │           視点の獲得
│                             ↓
│                知っているという感情
│                            ↓              │
└─────対象の重要性   ↓
          所有の感覚
          発動力


《目次》
(4)3次の言語的翻訳
(4.1)言語への翻訳
(4.2)言語への翻訳の様相
(4.3)非言語的な概念
(4.4)言語翻訳の作話性
(5)自伝的自己、延長意識がもたらす諸能力

(4)3次の言語的翻訳
 中核自己を発現させた2次のマップに対応する内的経験は、抑制不可能で自動的な方法で直ち に言語に変換される。また、分離脳研究の知見によると、左大脳半球は必ずしも事実と一致し ない作話をする。(アントニオ・ダマシオ(1944-))
(4.1)言語への翻訳
 2次の非言語的、イメージ的なものは、直ちに言語に変換される。
(4.2)言語への翻訳の様相
 この翻訳は、抑制不可能で自動的なものである。ただし、付随しないこともままあって、 かなり気ままになされる。言葉や文が無くても、「意識」が失われることはない。あなたは、 ただ耳を澄まし、じっと見ているのだ。

(4.3)非言語的な概念
 対象の認識や、原自己、中核自己は、2次の非言語的なものとしても存在するし、言語的 にも存在する。非言語的なものが「概念」であり、概念は言葉や文に先行して存在する。
(a)概念は、実在、動作、事象、関係性に対する非言語的理解からなっている。
(b)言葉や文は、概念を翻訳し、実在、動作、事象、関係性を指示している。

(4.4)言語翻訳の作話性
 「言語的」創造心は、フィクションに耽りやすい。すなわち、人間の左大脳半球は、必ず しも事実と一致しない言語的な話をつくりやすい。これは、分離脳研究における重要な知見で ある。

(5)自伝的自己、延長意識がもたらす諸能力
 延長意識がもたらす諸能力:(a)自己、他者、集団の生存に関係する能力、(b)(a)を超越し て、善・悪、美を感じとる能力、(c)不調和を嗅ぎつける能力、(d)(b)と(c)により事実、真 理の探究、行動規範の構築をする能力。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

(1)自己、他者、集団の生存に有利か不利かを感知する能力
 (a)生を重んじる能力
 (b)有用な人工物を創造する能力
 (c)他人の心について考える能力
 (d)自分と他人に死の可能性を感じ取る能力
 (e)他人や集団の利益を斟酌する能力
 (f)集団の心を感じ取る能力
(2)真に人間的な作用をもたらす「良心」の能力
 (2.1)生存への有利・不利を超越して善・悪、美・醜を感じ取る能力
  (a)ただ痛みを感じてそれに反応するのとは反対に痛みを辛抱する能力
  (b)快と苦とは異なる、善と悪の感覚を構築する能力
  (c)ただ快を感じるのではなく、美を感じとる能力
 (2.2)不調和を嗅ぎつける能力
  (a)感情の不調和を感じとる能力
  (b)抽象的な概念の不調和を感じとる能力(これが真実の感覚の源)
 (2.3)真実の探究、規範の構築への願望
  (a)真実を探求し、事実分析のための概念を構築したいという願望
  (b)行動のための規範と概念を構築したいという願望

(6)文化的構築物

「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織と いった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたか のいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物 を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現 を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な 自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自 己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二 に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもて ない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しか し、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学な どからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必 要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分 野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新し い種類の研究だ。」

(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感 情の脳科学 よみがえるスピノザ』)4 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社 (2005)、田中三彦())

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