2021年11月26日金曜日

物性理論では、系の時間発展を支配する法則と、系の状態とがはっきりと区別されている。しかし生物学の場合、法則は系の状態に依存する。(状態の関数としての法則、自己言及性)典型例がゲノムである。ゲノムはプログラム(法則)であり、データ(系の状態)でもある。(ナイジェル・ゴールデンフェルド(1957-))

自己言及性

物性理論では、系の時間発展を支配する法則と、系の状態とがはっきりと区別されている。しかし生物学の場合、法則は系の状態に依存する。(状態の関数としての法則、自己言及性)典型例がゲノムである。ゲノムはプログラム(法則)であり、データ(系の状態)でもある。(ナイジェル・ゴールデンフェルド(1957-))







「状態の関数として変化する法則は、「システムの振る舞いがシステムの状態に依存する」という自己言及の概念を一般化したものと言える。 第三章で述べたとおり、チューリングやフォン・ノイマンの研究によれば、万能コンピューティングと複製の両方において自己言及の概念はその中核をなして いる。法則は不変でなければならないという厳しい条件を緩めて、 自己言及の概念を考慮に入れるに は、科学と数学のまったく新たな分野が必要で、それはいまだほぼ未開拓である。この方法論の有望 さを認識している一握りの理論家の一人である、イリノイ大学の物理学者ナイジェル・ゴールデンフ エルドは、次のように書いている。 「自己言及は進化の適切な理解に欠かせない部分であるはずだが、 表立って考慮されることはめったにない」。ゴールデンフェルドは、生物学と相対するものとして、 物理学における物性理論などの一般的なテーマを挙げている。 「物性理論では、系の時間発展を支配 する法則と、系そのものの状態とがはっきりと区別されていて、 ······支配する方程式はその方程式自 体の解に依存しない。しかし生物学の場合、状況は違う。 系の時間発展を支配する法則は抽象的なも のにコード化されていて、そのもっともあからさまな例がゲノムそのものである。系が時間発展する とともにゲノム自体が変化し、それによって支配する法則自体も変化する。コンピュータ科学の観点 から見れば、物理世界はプログラムとデータという二つの相異なる要素によってモデル化されると考 えることができる。しかし生物の世界では、プログラムがデータで、 データがプログラムである」」

(ポール・デイヴィス(1946-),『機械の中の悪魔』(日本語書籍名『生物の中の悪魔』),エピローグ,pp.281-282,SBクリエイティブ,2019,水谷淳)

生物の中の悪魔 「情報」で生命の謎を解く [ ポール・デイヴィス ]





地球上の広大で複雑な生命の情報ネットワークは、細菌から人間 社会まで、あらゆるレベルの個体や集団どうしの情報交換によって編み上げられている。社会性昆虫は、その興味深い中間段階の一例である。(ポール・デイヴィス(1946-))

生命のネットワーク

地球上の広大で複雑な生命の情報ネットワークは、細菌から人間 社会まで、あらゆるレベルの個体や集団どうしの情報交換によって編み上げられている。社会性昆虫は、その興味深い中間段階の一例である。(ポール・デイヴィス(1946-))

「社会性昆虫は、生命の組織構造に関して興味深い中間段階に位置しており、その情報処理のしくみ は特別な関心が持たれている。しかし地球上の広大で複雑な生命のネットワークは、細菌から人間 社会まで、あらゆるレベルの個体や集団どうしの情報交換によって編み上げられている。ウイルスで さえ、世界中をうようよする移動可能な情報の束とみなすことができる。このように生態系全体を情報の流れと保存のネットワークとしてとらえると、いくつか重要な疑問が浮かんでくる。たとえば、 遺伝子制御ネットワークから深海の熱水噴出口の生態系、さらには熱帯雨林へと、複雑さ階層を上 がるにつれて、情報の流れの特徴は何らかのスケーリング則に従うのだろうか? 地球上の生命全 体が、何らかの明確な情報の特色やモチーフによって特徴付けられるのは、ほぼ間違いないだろう。 そして、もし地球上の生命に特別な点が何一つないとしたら、ほかの天体の生命も同じスケーリング 則に従って同じ性質を示すと予想でき、太陽系外惑星で生命の決定的な証拠を探す取り組みにとってそれは大きな助けになるだろう。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『機械の中の悪魔』(日本語書籍名『生物の中の悪魔』),第3章 生命のロジック,p.136,SBクリエイティブ,2019,水谷淳)


生物の中の悪魔 「情報」で生命の謎を解く [ ポール・デイヴィス ]





器官、細胞、細胞小器官、染色体、分子と細かく見ても、情報は見えない。知覚できるのは、情報を具現化している物質的構造と、情報が流れるネットワークと化学回路である。(ポール・デイヴィス(1946-))

情報は見えない

器官、細胞、細胞小器官、染色体、分子と細かく見ても、情報は見えない。知覚できるのは、情報を具現化している物質的構造と、情報が流れるネットワークと化学回路である。(ポール・デイヴィス(1946-))

「哲学者と科学者のあいだでは、「原理的に」 すべての生物現象を原子の振る舞いに還元できる のかどうかをめぐって論争が続いているが、実際問題としてはもっと高いレベルでの 説明を探すほう がずっと理にかなっているという点では、意見が一致している。 電子工学では、標準部品(トラ ンジスターやコンデンサー、トランスや電線など)から完璧なデバイスを設計して組立てる上で、 それぞれの部品の中で起こっている原子レベルの正確なプロセスを気にする必要はな い。部品がどの ようにして動作するかを知る必要はなく、どんな動作をするかさえ分かっていればいい。 この現実的 な方法論がとくに威力を発揮するのは、その電子回路が、信号の変換や訂正や増幅、 あるいはコンピュータの部品のように、何らかの形で情報を処理する場合である。こうすることで、 ハードウェアやモジュール自体、さらには分子レベルにさかのぼることなしに、情報の流れとソフト ウェアに基づく完全な説明を与えることができる。 それと同じように、可能な場面であれば、細胞内や細胞間のプロセスを、高いレベルのユニットが持つ情報的性質に基づいて説明してみるべきだと、 ナースは訴えている。

 生物を見ると、その物質的な身体が目に入る。体内を探ると、器官や細胞、 細胞小器官や染色体、 さらには途方もない装置を使えば) 分子自体が見えてくる。しかし情報は見えない。脳の回路の中 を渦巻く情報のパターンも見えない。 細胞の中にある悪魔のような情報エンジンの大集団や、シグナル分子の組織立った一連の絶え間ないダンスも見えない。 DNAにぎっしり詰め込て保存され ている情報も見えない。 見えるのは物質であってビットではない。これでは生命のストーリーは半分 しか語れない。「情報の目」で世界を見ることができれば、生命を特徴づける、 荒れながらきら めく情報のパターンが、奇妙なものとして突然はっきり見えてくる。 将来、情報に特化したAIが、 顔でなく頭の中の情報構造に基づいて人物を識別するというのも想像できる。まるで疑似科学のよう だが、一人一人がそれぞれ独自の識別パターンを持っているかもしれない。 重要な点として、生体内 の情報のパターンはランダムではない。 解剖学的構造や生理機能と同じく、進化によって 最適な状態に仕立てられているのだ。

 もちろん人間が情報を直接知覚することはできない。知覚できるのは、情報を具現化している物質 的構造と、情報が流れるネットワーク、そしてすべての情報をつなぐ化学回路だけだ。しかし、だか らといって情報の重要性が損なわれるわけではない。 コンピュータがどのように動作しているかを、 内部の電子回路だけを見て理解しようとしているとイメージしてみてほしい。 顕微鏡でマイクロチップを観察し、配線図に詳細に当たり、電源について調べる。だがそれだけでは、たとえば Windowsが魔法のような機能を発揮するしくみは見当もつかない。コンピュータ画面上に何 が現れるかを完全に理解するには、ソフトウエアエンジニアから話を聞くしかない。回路を駆けめぐ る情報のビットを統制してその機能性を生み出す、コンピュータコードを書いている人物だ。それと 同じように、生命のことを完全に説明するには、ハードウェアとソフトウエアの両方、つまり分子の 組織構成と情報の組織構成の両方を理解する必要がある。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『機械の中の悪魔』(日本語書籍名『生物の中の悪魔』),第3章 生命のロジック,pp.112-114,SBクリエイティブ,2019,水谷淳)

生物の中の悪魔 「情報」で生命の謎を解く [ ポール・デイヴィス ]





1ビットの情報を消去すると、kln2 (k:ボルツマン定数)だけ、エントロピーが増える。従って、最低でもkTln2 (T:絶対温度)だけの熱が発生する。(ロルフ・ランダウアー(1927-1999))

ランダウアーの限界

1ビットの情報を消去すると、kln2 (k:ボルツマン定数)だけ、エントロピーが増える。従って、最低でもkTln2 (T:絶対温度)だけの熱が発生する。(ロルフ・ランダウアー(1927-1999))







「情報を消去すると熱が発生する。 割り算の筆算の例でもそれはよく分かる。 鉛筆書きを消しゴムで すと、大量の摩擦、つまり熱が発生し、ひいてはエントロピーが増える。洗練されたマイクロチップでも、1や0を消去するときには熱が発生する。もしも、いっさい熱を発生させずに情報を処理 しきるコンピュータを設計できたとしたら? そのようなコンピュータは運転コストがゼロで、究極 のノートパソコンとなるのだ! そのような偉業を達成したメーカーは、コンピュータ産業をあっと いう間に牛耳ってしまうだろう。当然IBMも関心を示した。しかし残念ながら、そんな夢にラン ダウアーは冷や水を浴びせる。 コンピュータでの情報処理に論理的に不可逆な操作が関わっていると 。(先ほどの割り算の筆算のように)、 次の計算のためにシステムをリセットする際にどうしても熱が発 生してしまうと論じたのだ。 ランダウアーは、1ビットの情報を消去するのに必要なエントロピーの 最小量を算出し、その値はいまではランダウアーの限界と呼ばれている。ちなみに、室温で1ビット の情報を消去すると3×10 (-21)乗ジュールの熱が発生し、これは、やかんの水を沸騰させるのに必要な熱 エネルギーのおよそ一〇〇兆分の一のそのまた一兆分のに相当する。 わずかな熱だが、ある重要な 原理を物語っている。ランダウアーは、 論理演算と熱の発生との関係性を明らかにすることで、物理と情報との深い結びつきを発見したことになる。しかしその結びつきは、シラードの悪魔ような抽象的なものではなく、今日のコンピュータ業界でも理解できるようなきわめて具体的な金に関係 したものだったのだ。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『機械の中の悪魔』(日本語書籍名『生物の中の悪魔』),第2章 悪魔の登場,p.60,SBクリエイティブ,2019,水谷淳)

生物の中の悪魔 「情報」で生命の謎を解く [ ポール・デイヴィス ]





情報は、世界を変える。しかし、情報とはいったい何なのか。情報は、物理法則に従いつつも、何らかの意味でそれを超越している。情報は、どのように世界に作用するのか。物質やエネルギーの流れとどのような関係があるのか。(ポール・デイヴィス(1946-))

情報とは何か

情報は、世界を変える。しかし、情報とはいったい何なのか。情報は、物理法則に従いつつも、何らかの意味でそれを超越している。情報は、どのように世界に作用するのか。物質やエネルギーの流れとどのような関係があるのか。(ポール・デイヴィス(1946-))

(a)情報は独自の法則に従うのだろうか? すなわた、情報は、物理法則に従いつつも、何らかの形で、物理法則を超越しているのか?

(b)それとも、その情報が表現されている物理系を支配する法則に振り回さ れるだけなのだろうか? すなわち、物質に便乗したいわゆる付帯現象にすぎないのか?

(c)情報はそれ自体が実際に作用をおよぼすのか?

(d)あるいは、物質の因果的作用の単なる痕跡にすぎないの か?

(e)情報の流れを物質やエネルギーの流れと切り離すことは可能なのだろうか?


「情報が世界を変えるとしたら、我々は情報をどのようにとらえるべきなのだろうか? 情報は独自 の法則に従うのだろうか? それとも、その情報が表現されている物理系を支配する法則に振り回さ れるだけなのだろうか? 言い換えると、情報は何らかの形で物理法則を超越している(実際にねじ 曲げてはいないとしても)のか、あるいは、物質に便乗したいわゆる付帯現象にすぎないのか? 情報はそれ自体が実際に作用をおよぼすのか、あるいは、物質の因果的作用の単なる痕跡にすぎないの か? 情報の流れを物質やエネルギーの流れと切り離すことは可能なのだろうか?」

(ポール・デイヴィス(1946-),『機械の中の悪魔』(日本語書籍名『生物の中の悪魔』),第2章 悪魔の登場,p.54,SBクリエイティブ,2019,水谷淳)


生物の中の悪魔 「情報」で生命の謎を解く [ ポール・デイヴィス ]






2021年11月25日木曜日

「世界は起こるのではなく、ただ在る。」(ヘルマン・ワイル(1885-1955))

 世界は、ただ在る

「世界は起こるのではなく、ただ在る。」(ヘルマン・ワイル(1885-1955))







「最良の答えは、因果関係の否定である。原因と結果は、人間的状況の中での本質的に人間的な概念であるが、 せいぜいのところ、物理の世界の中で構造の崩壊に関連して時間指向的な相互作用を表現 する、それ自体(九四ページで注意したように)純粋に人間的な概念である。 宇宙は全体的現象として 眺めねばならない。 ドイツの数学者ワイル(1885-1955)が言ったように、「世界は起こるので はなく、ただ在る」のである。 ある未知の運命に向かって注意深く整えられたコースを走るべく、宇宙がスタートするいわれはない。むしろ世界は、複雑な存在のネットワークの中で過去から未来へ、 場所から場所へ、事象から事象へと拡がっている、時空と物質と相互作用そのものなのである。」


(ポール・デイヴィス(1946-),『宇宙における時間と空間』,第7章 宇宙の中の人間,pp.250-251,岩波現代選書,1980,戸田盛和,田中裕)

「心」が量子状態に影響を及ぼすという証拠はない。また、量子的な非決定性が自由意志の本質とも思えない。行為を決定している何らかの意味での現在の心の状態を、何らかの意味での「心」が変えることができるとき、はじめて真の自由意志と言える。 (ポール・デイヴィス(1946-))

 自由意志

「心」が量子状態に影響を及ぼすという証拠はない。また、量子的な非決定性が自由意志の本質とも思えない。行為を決定している何らかの意味での現在の心の状態を、何らかの意味での「心」が変えることができるとき、はじめて真の自由意志と言える。 (ポール・デイヴィス(1946-))


「心が、逆に、量子的な頭脳に反作用を及ぼし、偶然の釣り合いを傾けることができるかどうかに関し (ESP実験を除いて)起こるという証拠は存在しません。 量子的なわずかな効果を増幅し て、頭脳が使うことのできるような水準の電気信号を作ることができることを示す必要があるのです。 たとえ、心が頭脳に働きかけることができたとしても、それがほんとうの自由意志になるのか、また 自由意志に意味があるのかさえ、明らかではありません。もし心自身が非量子的で決定論的なら、心 がある行為をするために頭脳を使おうと決めたとき、 なぜ心が一連の特定の行動に入ってくるのか、 その正当性を見いだす必要があります。行動を開始させる精神状態は過去の心の状態と頭脳が心に及 ぼす影響力によって完全に決まっているので、心は、自分のことは何も支配していない、 ニュートン のたんなる自動機械となります。その行動はまったく過去と現在の出来事の帰結なのです。 もし、逆 に、心が量子系のように非決定的なら、心はでたらめな揺らぎ (制御できない気紛れ)に従い、任意 性がその決定に忍び込んできます。 いずれにしても、伝統的な自由意志の概念に近いものだとは思え ません。もし心が過去の心の状態を変えることができ、 それによって未来のみならず、現在をも変え ることができたなら、はじめて真の自由意志となるでしょう。 そのとき、それ自身を含んで、自由意志が欲する、いかなる宇宙を構成することも自由であり、無限に、それを破壊し、構築することも 可能となります。もちろん、エヴェレットの多宇宙理論では、ある意味でこのようことが起こりま すが、意志の自由性はまったく幻想です。可能な世界はすべて現実に起こり、心り返し分裂して 莫大な数の世界に分布します。 心はそれぞれその運命を支配していると思っていが、運命はすべ て実際に平行して達成されているのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.294-295,地人書館,1985,木口勝義)


【中古】 宇宙の量子論 /ポール・C.W.デーヴィス(著者),木口勝義(著者) 【中古】afb






過去・未来の非対称性は、実際には秩序が無秩序に崩壊する一方的な傾向に根ざしている。すなわち、観測者としての私たちの存在が、原子秩序に基づいて過去と未来の間の鋭い区別を与えるような適正な宇宙配置にあるという事実に、微妙に依存している。(ポール・デイヴィス(1946-))

人間の宇宙における配置

過去・未来の非対称性は、実際には秩序が無秩序に崩壊する一方的な傾向に根ざしている。すなわち、観測者としての私たちの存在が、原始秩序に基づいて過去と未来の間の鋭い区別を与えるような適正な宇宙配置にあるという事実に、微妙に依存している。(ポール・デイヴィス(1946-))

「過去・未来の非対称性は実際には秩序が無秩序に崩壊する一方的な傾向に根ざしています。しかし、 その非対称性は宇宙論的な起源をもっていると思われます。宇宙の秩序は究極的にどこから出てくる かを説明し、したがって過去と未来の差異を明らかにするためには、宇宙の創成 ビッグ・バン を考える必要があります。 原始の熱炉から出てきた宇宙構造は高度に秩序だったものでした。 そ の後の宇宙の働きはすべて、 この秩序を消費し、散逸することでした。 多くの秩序が残っています。 しかし、それらは永久に続きはしません。 太陽や恒星の働きを支配する秩序は宇宙の生命にとって非 常に重要なものです。その秩序は初期の宇宙が主として水素とヘリウムからできていることを保証し た原子核過程に由来します。宇宙初期の膨張速度が非常に速く、初期段階で宇宙物質を重元素まで調 理する暇がないため、このような特徴が生じます。これは宇宙物質がかなり均一で、ビッグバン直 後、ブラック・ホールがあまりできないことにも依存しています。したがって、ここでもまた、宇宙 の生命、そして観測者としての私たちの存在が適正な宇宙配置に、つまり原始秩序―─生物におい て複雑性の頂点に達する秩序──に基づいて過去と未来のあいだに鋭い差別を与えているものに、いかに微妙に依存しているかが発見されるのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.302-303,地人書館,1985,木口勝義)

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決まっていないから未来であるという直感があるが、時間を逆転しても非決定である。準備し実験し解析するという、実験結果を釘どめする人間の知的な超構造が、過去と未来の非対称性をもたらす。そしてそれは、私たちの近傍で進む熱力学過程による世界の非対称性の作用である。(ポール・デイヴィス(1946-))

過去と未来の非対称性の由来

決まっていないから未来であるという直感があるが、時間を逆転しても非決定である。準備し実験し解析するという、実験結果を釘どめする人間の知的な超構造が、過去と未来の非対称性をもたらす。そしてそれは、私たちの近傍で進む熱力学過程による世界の非対称性の作用である。(ポール・デイヴィス(1946-))

(a)非決定性、未来、存在
 a→b、bがaにより決まらないということは、まさにそれだけの意味であり、決まらないから未来だとか、決まらないから存在しないとは言えない。

(b)時間を逆転しても非決定

 (i)通常の実験
  始めに量子状態を用意(確定した状態)して、結果(未確定状態)を測定する。
 (ii)逆転実験
  いくつかの結果(確定状態)を集め、その初期状態を推測する。時間的に枠組全体を反転し、さまざまな質問を行ない、いろいろな結果を解析すると、未来ではなく、過去が非決定的になる。
(c)過去・未 来の非対称性は実験結果を釘どめする知的な超構造である
 実験室実験には、実際の実験とならんで、準備段階と解析段階がある。この枠組がすでに結果の 解釈に過去未来の非対称性を課している。


「実際は、このような考え方は厳密な検討に耐えることができません。 未来が非決であるという事実は必ずしも未来が存在しないことを意味しているわけではありません。 それはたんに、未来は現 在に隷属して出てくるわけではない、ということにすぎません。 さらに、未来は非決定的だが、過去 は具体的であるとみなす事実は、実際に実験を行ない、結果をまとめる方法と密接に関連しています。 実験室実験には、実際の実験とならんで、準備段階と解析段階があります。 この枠組がすでに結果の 解釈に過去未来の非対称性を課しているのです。 実際、始めに量子状態を用意して結果を測定する かわりに、逆のことを行なう、つまり、おおまかに言えば、一組の逆転実験を行なうこともできます。 つまり、いくつかの結果を集め、その初期状態を推測するのです。時間的に枠組全体を反転し、さま ざまな質問を行ない、いろいろな結果を解析すると、未来ではなく、過去が非決定的になります(こ の体系では、エヴェレットの分枝は、未来ではなく、過去に向かって扇形に広がります。したがって、 世界は、分裂ではなく、融合していきます)。したがって、量子的な非決定性の過去と未来の立場の 相違は固有のものではなく、それに関与するものに対する私たちの態度の反映となります。 過去・未 来の非対称性は実験結果を釘どめする知的な超構造です。 それは、逆に、私たちのまわりで進む熱力 学過程による世界の非対称性の本来の作用です。 それゆえ、ここでもまた、未来が「現われてくる」 時という印象は世界が時間的に一方向きであることに基づく幻想であるように思われます。それは、時間の運動による本当の効果ではないのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.292-293,地人書館,1985,木口勝義)


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2021年11月24日水曜日

物理学の基礎的な法則には、過去と未来の区別がなく、また「現在」というものの明確な定義も難しい。一見、量子論における重ね合わせの量子状態から、観測による実在への確定が、時間の方向と現在を定義し得るように思わられるが、うまくいかない。(ポール・デイヴィス(1946-))

過去、現在、未来とは?

物理学の基礎的な法則には、過去と未来の区別がなく、また「現在」というものの明確な定義も難しい。一見、量子論における重ね合わせの量子状態から、観測による実在への確定が、時間の方向と現在を定義し得るように思われるが、うまくいかない。(ポール・デイヴィス(1946-))


 「これらの意見はすべて、明らかに正しいのですが、何かが欠けているという不満足感が深く残ります。実際、時の流れや今の存在をうちたてるため、何かそれ以外の要素を見つけたい、という要求に物理学者は何年間も悩まされ続けてきました。 答を求めて、ある人は宇宙論に、ある人は量子論に移 りました。 まず量子論の非決定性が一つの可能性を与えているように思えます。 もし未来がいまだ偶 然の釣り合いの中にあるなら、未来はある意味で現在や過去ほど実在のものではないかもしれないか らです。未来が現われてくるという印象を量子的な重ね合わせの実在への崩壊と比較した物理学者も いました。量子崩壊の過程は本質的に時間的に非対称(つまり、不可逆)であることが知られており、したがって記憶と同じような特徴をもっているのです。この点に従うと、 現在はほんとうの現象です。 それは、たとえば、 シャレーディンガーの猫が生きているのか死んでいる を見いだすのような、世界から現実に変化する瞬間です。 それはある種の現在を定義す るのです。このような考え方が自由意志を示すためにも使われてきました。 」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第10章 超時間,pp.291-292,地人書館,1985,木口勝義)


【中古】 宇宙の量子論 /ポール・C.W.デーヴィス(著者),木口勝義(著者) 【中古】afb








実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。また、少なくとも観測がなされる前は、対象系と観測装置は不可分の統一体とみなされる。例えば、二つの遠く離れた偏光装置とそのそれぞれの光子は、量子過程によって不可解に結びつけられている。(ポール・デイヴィス(1946-))

対象系と観測装置の不可分性、全体性

実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。また、少なくとも観測がなされる前は、対象系と観測装置は不可分の統一体とみなされる。例えば、二つの遠く離れた偏光装置とそのそれぞれの光子は、量子過程によって不可解に結びつけられている。(ポール・デイヴィス(1946-))

「光子と偏光装置のような、遠くはなれた系をふつうの通信手段によって結ぶことはできません。 しかし、それらを別々のものと考えることもできません。 たとえ二つの偏光装置がちがった銀河系に あったとしても、それらは必然的に一つの実験配置をなしているのであって、したがって、それが一 つの実在なのです。 常識的な世界観では、二つのものが遠くはなれ、互いの影響を無視できるとき、 それらを区別されたものとみなします。 たとえば、二人の人や、二つの惑星はそれぞれが独自の性質 をもつ異なるものであるとみなされます。 これとは対照的に、 量子理論の示すところでは、少なくと も観測がなされる前は、 そこで考えている系は物事の集合体とはみなされず、不可分の統一体とみな されるのです。このように、二つの遠く離れた偏光装置とそのそれぞれの光子は、実際には、独立な 性質をもつ二つの孤立した系ではなく、量子過程によって不可解に結びつけられているのです。 観測 がなされた後はじめて、遠くはなれた光子は別々の自己同一性を得、 独立の存在であるとみなされま す。さらに、ここまで見てきたように、正確な実験配置を指定しないで、素粒子系に性質を指定する ことはまったく無意味です。 測定前、光子は「ほんとうに」 かくかくしかじかの偏りをもっている、ということはできません。したがって、 光子の偏りを光子自身の性質とみなすことは不正確です。む しろ、それは光子と巨視的な実験配置の両方に対して指定されなければならない属性なのです。 この ように、微視的な世界は、私たちが経験する巨視的な世界と性質を共有することによって、その性質 をもつにすぎないのです。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第6章 実在の本質,pp.188-189,地人書館,1985,木口勝義)


【中古】 宇宙の量子論 /ポール・C.W.デーヴィス(著者),木口勝義(著者) 【中古】afb










量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。とは言え、けっして実現されることのなかった世界すべてが、素粒子過程すべての確率を制御し、実在化した世界はこれらの過程に依存しているのである。(ポール・デイヴィス(1946-))

量子的な確率分布の実在性

量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。とは言え、けっして実現されることのなかった世界すべてが、素粒子過程すべての確率を制御し、実在化した世界はこれらの過程に依存しているのである。(ポール・デイヴィス(1946-))

 「前の章で、私たちの観測する世界は無限次元の超空間 のいろいろな世界の巨大な総体の断片 であり、影である、と説明しました。ここで、私たちが観測する世界はたんに超空間からでたらめに 選ばれたものではなく、目に見えない他の世界すべてに決定的に依存していることがわかりました。 二つのはなれた偏光装置のあいだの「真」 - 「偽」の相関は「真」の世界と「偽」の世界のあいだの干渉に本質的に依存しています。ちょうどこれと同じように、あらゆる異なった相互作用に、あらゆる 遠くはなれた原子に、あらゆるマイクロ秒に、けっして実現されることのなかった世界すべてが、私 たち自身の世界の中で、素粒子過程すべての確率を制御し、その推定上の実在の影を落とすのです。 超空間の他の世界がなかったなら、量子は成立せず、宇宙は崩壊するでしょう。すなわち、これら無数の実在に対する競争者が私たち自身の運命を操っているのです。 」

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第6章 実在の本質,p.184,地人書館,1985,木口勝義)


【中古】 宇宙の量子論 /ポール・C.W.デーヴィス(著者),木口勝義(著者) 【中古】afb






実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。唯一の実在は、素粒子と測定装置と実験家を合わせ た全系だ。実験家は、実験を選ぶことにより、 どれが可能な世界になるかを、選び変えたことになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

 量子論における観測

実在は、前もって用意した測定や観測の文脈の中でしか意味を持たない。唯一の実在は、素粒子と測定装置と実験家を合わせ た全系だ。実験家は、実験を選ぶことにより、 どれが可能な世界になるかを、選び変えたことになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

「この考え方に従うと、実在は前もって用意した測定や観測の文脈の中で意味をもつにすぎません。 一般に、電子や光子や原子は、私たちが測定を行なうまえ、ほんとうにかくかくしかじかのように振 舞っていた、と述べることは不可能です。もし実験家がたとえば偏光装置を回転しようとしたなら、彼は別の世界を選ぶことになります。したがって、唯一の実在は素粒子と測定装置と実験家を合わせ た全系です。 ポラロイド (偏光サングラスをかけた人は、首を動かすことに、 超空間内のどの世 界を選ぶかを組み換えているのです。 彼は南北の光子の世界を創るかどうか、東西の光子の世界 を創るかどうか、 その他好みのどのような光子の世界でも、それを創るかどうかを選ぶことができるのです。

 実在には非常に基本的な点で観測者が含まれることになります。すなわち、実験を選ぶことにより、 実験家は選択肢をどう組むかを決めることができるのです。 彼が心を変えたとき、彼はどれが可能な 世界になるかを選び変えたのです。いろいろな世界は確率法則に従って現われるので、もちろん、実験家は望みの世界を間違いなく取り出すことは不可能です。 しかし、実験家は何を選ぶことができる かについて影響力を行使することができます。 簡単に言うと、私たちはサイコロを振ることはできま せんが、どのゲームを行なうかは決めることができるのです。

(ポール・デイヴィス(1946-),『他の世界』(日本語書籍名『宇宙の量子論』),第6章 実在の本質,pp.184-185,地人書館,1985,木口勝義)

【中古】 宇宙の量子論 /ポール・C.W.デーヴィス(著者),木口勝義(著者) 【中古】afb







我々の存在と矛盾するような物理理論は、いずれも、とにかく正しくない。従って、検証可能な予言を導く人間原理の定式化は難しい。それにもかかわらず、宇宙の諸法則が生命に都合のよいような形で形成されているという事実は、注目すべきことであろう。 (ポール・デイヴィス(1946-))

人間原理

我々の存在と矛盾するような物理理論は、いずれも、とにかく正しくない。従って、検証可能な予言を導く人間原理の定式化は難しい。それにもかかわらず、宇宙の諸法則が生命に都合のよいような形で形成されているという事実は、注目すべきことであろう。 (ポール・デイヴィス(1946-))

「むろん、このような議論は, 正しい物理理論に対する代用品では ない。たとえば,人間原理が検証可能な予言をするために, いった いどのように用いられるのかを知ることはむずかしい. というのは, 我々の存在ということと矛盾するような物理理論は,いずれもとに かく正しくないからである。 さらに, 地球外生命についての知識が ないので,生命に対する物理的な必要条件については、むしろ一般 的なことしかいえない。 おそらく, 生命は今まで考えられてきたよ りは, もっと広い条件のもとで形成が可能であろう.

 将来の発展によって, これまでの各章において議論されてきた数 値的符合性のいくつかに対して, 生物学よりはむしろ基本的な物理 学に基礎をおいた説明がなされることはありうることであろう. た とえば,各力のあいだの強さの比は, 将来完成するであろう GUT の超統一理論から現われうるであろう. その場合に 10の40乗という不 思議な数は,数学的に導かれるものであろう. 宇宙の一様性と等方 性についても同様な理由が発見されるであろう. ほとんどわからな かった原始宇宙で起こった, これまで思いもよらなかった種々の 過程も, もしそれがわからなかったら考えもされなかったような対 称性のあるふるまいをするように, 宇宙の運動に強制力を与えるこ とができるであろう.

 見かけ上, 偶然のような宇宙の配置の状態に対して,基本的な物理学的理由付けを与えることが将来成功したとすると, 人間原理は、 どのような説明能力をも失うことになるであろう。にもかかわらず、 基本的物理学は生命に都合のよいような形で形成されていることが わかったということは,やはり注目すべきことであろう。 自然法則 が,宇宙のさまざまな符合性に強制力を与えうるかどうかによらず、 これらの関係が我々の存在に対して必要なものであるという事実は、 現代の科学の最も魅力ある発見の一つであることにはちがいない。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),5 人間原理,5.4 多宇宙理論,pp.167-168,地人書館,1990, 田辺健茲)

ヘリウムより重い元素は恒星の中で作られるが、恒星進化の最後の段階の超新星爆発で、様々なな元素が宇宙空間に撒き散らされる。この出来事は、1個の銀河当たり1世紀に3回の割合で起こるが、この現象が起こるかどうかは、弱い力の大きさに依存する。(ポール・デイヴィス(1946-))

 偶然の宇宙

ヘリウムより重い元素は恒星の中で作られるが、恒星進化の最後の段階の超新星爆発で、様々なな元素が宇宙空間に撒き散らされる。この出来事は、1個の銀河当たり1世紀に3回の割合で起こるが、この現象が起こるかどうかは、弱い力の大きさに依存する。(ポール・デイヴィス(1946-))


弱い力の大きさ

・ヘリウムより重い元素は、恒星の中で作られるが、恒星進化の最後の段階の超新星爆発で、さまざまな元素が宇宙空間に撒き散らされる。この出来事は、1個の銀河当たり1世紀に3回の割合で起こるが、この現象が起こるかどうかは、弱い力の大きさに依存する。この現象が無ければ、生命を構成するさまざまな元素は存在しない。

(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),3 微妙なバランス,3.1 ニュートリノ,pp.80-83,地人書館,1990, 田辺健茲)


この宇宙は、物理法則と物理定数の極めて微妙なバランスの上に成立している。仮に、陽子と中性子との質量差がもっと小さかったら、宇宙初期の熱平衡状態が変わり、陽子が存在しなくなる。水素は、恒星進化の大きな原動力であり、また、水や有機物も存在できない。(ポール・デイヴィス(1946-))

偶然の宇宙

この宇宙は、物理法則と物理定数の極めて微妙なバランスの上に成立している。仮に、陽子と中性子との質量差がもっと小さかったら、宇宙初期の熱平衡状態が変わり、陽子が存在しなくなる。水素は、恒星進化の大きな原動力であり、また、水や有機物も存在できない。(ポール・デイヴィス(1946-))


(a)陽子と中性子の質量差

・宇宙の熱い原始時代の、最初の1秒が経過する以前に、温度が10(10乗)Kを超えていた頃の、ニュートリノ、反ニュートリノ、電子、陽電子、中性子、陽子の熱力学的な平衡状態

p+e- ⇔ n+ν

p+反ν ⇔ n+e+

・陽子に対する中性子の比率は、陽子に対する中性子の質量の超過分で決まってくる。

・宇宙が膨張して冷えてくると、反応が止まり、その時点での陽子と中性子の比率が固定される。

・陽子に対する中性子の質量の超過分が、ちょうど電子の質量程度になっていることと、弱い力の大きさと重力の大きさの比率がある一定の値になっていることとが、宇宙に存在する中性子の陽子に対する比率を、10%程度にする。仮に、陽子と中性子との質量差がもっと小さかったら、中性子の存在比率が大きくなり、宇宙の温度が10(9乗)K(重水素の光分解温度)以下になったとき、

p+n → 重水素

重水素+重水素 → 中間段階→He4

この反応によって、陽子は存在しなくなる。水素は、恒星進化の大きな原動力であり、また、水素が存在しないと水や有機物も存在できないことになる。


(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),3 微妙なバランス,3.1 ニュートリノ,pp.76-79,地人書館,1990, 田辺健茲)

 (b)ニュートリノの質量

・ニュートリノは宇宙に遍在している(10×9乗/m3)ので、質量を持つかどうかは、宇宙の大極的な構造に影響を与える。例えば、一桁大きければ、宇宙は膨張ではなく収縮する。

・5×10(-35乗)kg程度、電子の5×10(-5乗)程度。

(ポール・デイヴィス(1946-),『偶然の宇宙』(日本語書籍名『魔法の数10の40乗』),3 微妙なバランス,3.1 ニュートリノ,pp.73-75,地人書館,1990, 田辺健茲)




我々の数学的記述能力は、極めて限られている。複雑過ぎて記述できないという限界だけでなく、そもそも数学的記述が存在するのかも不明な事態もある。特異点、時空の崩壊の奥底、無限大の端で、宇宙はどうなっているのか。(ポール・デイヴィス(1946-))

 特異点

我々の数学的記述能力は、極めて限られている。複雑過ぎて記述できないという限界だけでなく、そもそも数学的記述が存在するのかも不明な事態もある。特異点、時空の崩壊の奥底、無限大の端で、宇宙はどうなっているのか。(ポール・デイヴィス(1946-))

「われわれが直面しなければならない事態は、自然界における数学的に簡単な系の貯えがなくなりつ つあるということだ。重力崩壊の彼方の物理学 それがホイラーの「原幾何学」であろうと何であ ろうとは、われわれの数学的記述能力を越えたものである。 その理由は、 数学自身が十分進歩し ていないのか、この事態に対する数学的記述というものがそもそも存在しないのか、どちらかである。 生物科学の分野においては、無数のひじょうに複雑な生命形態や過程に出会う。 そして、そのほ とんどが数学的モデルにのせられない。 でたらめさとか確率が素粒子物理と生物学において大きな役 割をはたす。しかし数学は、生物学をうまくあつかえない。 イヌの行動を予測する方程式とか、ウシ の消化器を記述する項を含む方程式など考えることは、望みがない。 たぶん重力崩壊もこんなものな のだろう。可能性の動物園みたいなものであって、ある現象が生じ、ほかの現象が生じないという論 理的理由がなく、 詳細を予言する方法がない。

 もし特異点が、この種の泥沼にわれわれを導くなら、厳密科学としての物理学の道の終点であろう。 一方、自然を深く探れば探るほど単純になるというのなら、時空の崩壊の奥底、 無限大の端で、 現在の物理よりもっとエレガントで基本的な、新しい物理学を発見すると期待するのも、故のないこ とではない。 これはまたホイラーの予想でもある。彼は書いている。 「いつの日か、ドアが開かれて、 世界の輝ける中心的機構が、その美しさと簡単さとともに、われわれの前に出現するであろう。その 日の到来をめざして、重力崩壊のパラドックスほど希望をもたせるものはない。」 

 未来の新物理学へ向けての道は、無限大の端を越えて続いている。それが何を物語るかは、予想す るだけである。時間・空間は近似的な構造にすぎないことが示されるであろう。量子世界、時間・空 間、物質といったものが混然一体となっている様子が明らかになるであろう。われわれが時空を越え て解析をすることが可能になり、物理宇宙とは違う、どこか別の世界に行きつくことであろう。新物理学は、重力崩壊してどこへ行くのか、裸の特異点から何が出現するのかを、教えてくれる であろう。宇宙はどこから来てどこへ行くのかも教えてくれるかもしれない。 われわれが特異点の挑戦に答えられるなら、こういった事は、すべてわれわれのものになるであう。」


(ポール・デイヴィス(1946-),『無限大の端』,日本語書籍名『ブラックホールの宇宙の崩壊』,第9章 無限大の彼方へ, pp.258-260,岩波現代選書,1983,松田卓也,二間瀬敏史)

2021年11月23日火曜日

物理法則が数学で記述されるというとき、次の事実を忘れてはならない。法則は、実際の宇宙の理想化された姿であり、実在だと考えてはならない。実際の宇宙には、有限の資源しか存在せず、宇宙の計算能力には、自然な宇宙的制限があることになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

数学の限界

物理法則が数学で記述されるというとき、次の事実を忘れてはならない。法則は、実際の宇宙の理想化された姿であり、実在だと考えてはならない。実際の宇宙には、有限の資源しか存在せず、宇宙の計算能力には、自然な宇宙的制限があることになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

「ランダウアーが問うたのは、「ニュートンの法則やその他の物理法則に体現された数学的理想化は、 本当に真に受けるべきものなのかどうか」という疑問だ。法則が、何らかの理想化された数学的形式の 抽象的領域に限られているうち は、 何の問題もない。しかし、法則が、超越的なプラトニックな領域で はなく、実際の宇宙に存在していると考えるならば、話はまったく違ってくる。実際の宇宙には、実際 の制約がある。特に、実際の宇宙には有限の資源しか存在しないはずだ。したがって、たとえば、一度 に有限の数のビットしか保有できないだろう。だとすると、原理的にさえも、宇宙の計算能力には、自 然な宇宙的制限があることになる。たいていの物理法則の正統的解釈は実数に基づいているが、その実 数は、存在しえないことになる。

 グレゴリー・チャイティンは、先人のランダウアーと同じくIBMに勤務するコンピュータ科学の概 念的基盤に関する一流の理論家だが、彼も同じ結論に到達した。彼はそれを次のように、印象的に表現 している。「実数を計算することができないなら、そのビットが何であるか示すことができないなら、 そしてそれを参照することさえできないなら、どうして実数を信じなければならないのだろう? ………0 から1までの実線は、ますますスイスチーズのように見えてくる」。ランダウアーの主張は、さまざま な物理的制約が存在する現実の宇宙のなかでは、原理的にすら、実際に実行することは不可能な数学的 操作を、物理法則を記述するために持ち出すことは正当化できないということだった。言い換えれば、

『物理的に不可能な操作に頼らざるを得ない物理法則は、不適当なものとして拒否せねばならない』

ということである。プラトン主義的な法則は、便利な近似として扱うことはできるだろうが、「リアリ ティー」ではない。 プラトン主義的な法則が持つ無限の正確さは、通常は十分無害な理想化だが、常に 無害というわけではない。ときにはわたしたちを迷わせる。そして、極初期宇宙を議論するとき以上に その傾向が著しいことはない。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.411-412,日経BP社,2008,吉田三知世)





08.量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。生命と意識は、宇宙の生成物でありながら同時に、何らかの観測過程を経由して、宇宙の在り方に参画しているのではないだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))

観測過程と生命、意識

量子的な確率分布は実在そのものではなく可能な宇宙を表現し、観測過程によって初めて実在化する。生命と意識は、宇宙の生成物でありながら同時に、何らかの観測過程を経由して、宇宙の在り方に参画しているのではないだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))


「二つ目の問題―何らかの目的論的要素に関するものは、量子力学によって解決できる可能性が ある。 ホイーラーは、間違いなくそう信じていた。彼は、観測者というものを、物理的リアリティーを形作る作業の単なる観客ではなく、その参加者だと考えていた。このような考え方そのものは、何も 新しいものではない。 哲学者は、伝統的にこのような考え方にどっぷりと浸かっている。ホイーラーが 遅延選択実験によって新たに導入したのは、現在と未来の観測者が、観測者など一切存在しなかった遠 い過去も含めて過去の物理的リアリティーの性質を形作るという可能性である。この考え方は、生物と 心に、物理学のなかで一種創造的な役割を与え、生物と心を宇宙論的物語全体のなかで不可欠なものと するという点で、極めて斬新だ。 それでもなお、生物と心は宇宙が生み出したものである。したがって、 時間的であると同時に論理的なループが存在することになる。通常の科学では、「宇宙→生物→心」 という直線的な論理の流れを仮定している。 ホイーラーは、この鎖を閉じて、「宇宙→生物→心→宇宙」 というループにすることを提案した。 彼は独特の簡潔な言い回しで、この考えの本質を次のように表現 した。「物理学は観測者参加をもたらす。観測者参加は情報をもたらす。 情報は物理学をもたらす」。だ とすると、宇宙は観測者を説明し、観測者は宇宙を説明することになる。このように主張することによ  ってホイーラーは、宇宙は固定された先験的な法則に支配される機械だという認識を拒否し、それを、 彼が 「参加型宇宙」と呼ぶ、自己合成を行う世界に置き換えた。ホイーラーは、前のセクションで検討 したベニオフの自己一貫性の議論と類似した、閉じた説明のループを仮定することによって、やっかい な「亀の塔」の問題を巧みに回避したのである。生物に好適な宇宙が自らを説明するのなら、空中浮揚するスーパー・タートルは必要なくなるのだ。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.426-427,日経BP社,2008,吉田三知世)




07多くの非生物系が、 何ら特徴のない姿から、複雑なパターンと組織構造を進化させる自己組織化現象が存在する。雪の結晶の成長のように、物理法則にのみ由来する現象である。(ポール・デイヴィス(1946-))

自己組織化現象

多くの非生物系が、 何ら特徴のない姿から、複雑なパターンと組織構造を進化させる自己組織化現象が存在する。雪の結晶の成長のように、物理法則にのみ由来する現象である。(ポール・デイヴィス(1946-))


「もうひとつ、進化のメカニズムとして可能性のあるものが、自己組織化である。多くの非生物系が、 はじめの何ら特徴のない姿から、複雑なパターンと組織構造を進化させる。このような非生物系の進化 はすべて、ダーウィン的進化のような個体差や選択が関与することは一切なしに、自然発生的に起こる。 たとえば、雪の結晶は特徴的な六角形をした精緻なパターンを形成する。 雪の結晶に遺伝子があるなど と主張する人はいないが、雪の結晶は知性を持った設計者によって作られたと主張する人もいない。雪 の結晶は、明確な数学の規則と物理法則に従って、自発的に自己組織化し、自己集合するのである。この自己組織化によって進む、ダーウィン的進化とは異なる進化は、物理学、化学、天文学、地球科学、 そしてワールドワイドウェブなどのネットワークにおいても見られる。これが生物学においても、あち らこちらで起こっていないとしたら驚きだという気がするが、そういうわたしの感じ方は間違っている かもしれない。もし仮にわたしが正しかったとしても、それはダーウィンの進化論が反証されたという ことではなく、ダーウィン的進化は、進化のメカニズムのほんの一部を説明するに過ぎないのだろう、 ということである。とはいえ、その、進化のメカニズムのなかで、まだ明らかになっていない、ダーウ イン的進化以外の部分に存在するのは、宇宙的な魔術師のようなものではなく、物理法則に由来する、 未知の組織化原理に適合する、自然のプロセスなのである。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第9章 インテリジェント・デザインとあまりインテリジェントでないデザイン,pp.344-345,日経BP社,2008,吉田三知世)



06.知られている最小のバクテリアのゲノムには、数百万ビ ットの情報が含まれている。生命の著しい複雑性を進化には、数十億年にわたる厖大な数の情報処理のステップが必要だったのだ。生命は、1%の物理と99%の歴史から成っている。(ポール・デイヴィス(1946-))

1%の物理法則と99%の歴史

知られている最小のバクテリアのゲノムには、数百万ビ ットの情報が含まれている。生命の著しい複雑性を進化には、数十億年にわたる厖大な数の情報処理のステップが必要だったのだ。生命は、1%の物理と99%の歴史から成っている。(ポール・デイヴィス(1946-))

「ある気体が、任意の状態で、閉じた容器に入れられ、その後放置されたとすると、そ の気体は、どの場所でも温度と圧力が同じで、分子の速度が、ある厳密な数学的関係 (マクスウェル= ボルツマン分布)に則って分布した、ある最終状態へと急速に近づいていく。この場合も、その最終状 態は、完全に予測可能で、再現性がある。それは、物理法則で前もって決定されているのである。この ように、塩や気体の最終状態は、物理法則に「書き込まれている」と断言するのは、まったく正しいことである。

 しかし、わたしたちが直面しているのは、生物が、そして意識までもが、物理法則に書き込まれてい るかどうか、という問題だ。生命を持たないものから生命が出現するという現象は、たとえば、結晶化と同じように、さまざまな初期条件のもとで、物理法則だけに従って起こるのだろうか? この問いに 対する答えは、断固たる「ノー」である。生物的な系は、結晶とカオス的気体という、二つの両極端の 中間に位置する。生きた細胞は、著しく組織化された複雑さを持っているという点でほかのものと明確 に区別される。細胞は、結晶の単純さも、気体の無秩序さも持ち合わせていない。それは、大量の情報 を持った、具体的で特殊な物質の状態である。知られている最小のバクテリアのゲノムには、数百万ビ ットの情報が含まれている――この情報は、物理法則のなかに暗号化されてはいない。物理法則は、極 めて少量の情報によって表現することが可能な、単純な数学的関係である。それは普遍的な法則であり、 すべてのものに適用されるので、あるひとつの種類の物理系―つまり、生きた生命体だけに当て はまる情報を含むことはありえない。生物が大量の情報を含んでいることを理解するには、生物は、物 理法則だけの産物なのではなく、物理法則と環境の歴史の両方をあわせたものの産物であることを認識 しなければならない。生物が出現し、その著しい複雑性を進化させたのは、数十億年もかかるプロセス の結果であり、また、それには厖大な数の情報処理のステップが必要だったのである。このように、ひ とつの生命体は、複雑で入り組んだ歴史の産物を含んでいる。これを一言でまとめると、わたしたちが 今日観察している形の生物は、一パーセントの物理と九九パーセントの歴史から成っていると表現でき よう。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.401-402,日経BP社,2008,吉田三知世)





5.3つ目は、生命の情報処理能力である。ある物理化学的状況(文脈)において、ある特定の物理化学的性質は、意味情報に変わる。これは、その系に対しては「何らかの意 味を持っている」のであり、それを読み取った系は、それに従って「行動する」ようになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

生命の情報処理能力

3つ目は、生命の情報処理能力である。ある物理化学的状況(文脈)において、ある特定の物理化学的性質は、意味情報に変わる。これは、その系に対しては「何らかの意 味を持っている」のであり、それを読み取った系は、それに従って「行動する」ようになる。(ポール・デイヴィス(1946-))

「生物が持つ三つ目の際立った特徴は、その情報処理能力である。 すべての物理系は、 初歩的な意味で、 情報を処理していると見なすことができる。たとえば、惑星の位置を特定するには、いくつかの数字が 必要だ、惑星が太陽の周囲を動くにつれて、その位置は変化し、それを記述する数字も変化する。このように、惑星の運動という単純なプロセスは、「入力情報」( 惑星の最初の位置)を「出力 的な位置」に変換する。しかし、ゲノムや脳に含まれる情報は、このような単純なデータ を超えている。ゲノムは、あるタンパク質を作る、分子をコピーする、食物を探すなど、何かのプロジェクト を実行するための青写真、もしくは、アルゴリズム、あるいは、一組の指示である。アルゴリズムがう まく機能するには、遺伝子の指示を解釈し実行することができる物理的な系が必要である(ゲノムの場 合は、リボソームがその役割を担う場合もあろう)。これらの指示は、その系に対しては「何らかの意 味を持っている」のであり、それを読み取った系は、それに従って「行動する」。哲学者やコンピュー 夕科学者たちは、意味を持った情報を(ビットそのものに対立する概念として) 意味情報と呼んでいる。 このように、生物的な情報には、意味の次元と文脈の次元とがある。遺伝情報は、恣意的にビットが連 なっただけのものではなく、DNAの四文字からなるアルファベット 〔4種類の分子A (アデニン)、T (チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)] によって書かれた、あらかじめ定められたゴールを暗号化した、 一貫性を持つコンピュータプログラムの一種なのだ。単なる生化学的活動に対立するものとしての意識 の場合、神経による情報処理が意味情報の性質を帯びていることは明らかだ。心が、意味のある情報を 処理しているということには疑問の余地がない。心が行っているのは、おおざっぱに言って、そういう ことなのだ。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.390-391,日経BP社,2008,吉田三知世)





4.生命が持つ二つ目の重要な性質は、自律性である。生命も、物理的法則に従っているにもかかわらず、その運動は予測不可能である。この予測不 可能性は、カオス的もしくは無秩序なプロセスの予測不可能性とはまったく異なる。(ポール・デイヴィス(1946-))

 生命の自律性、予測不可能性

生命が持つ二つ目の重要な性質は、自律性である。生命も、物理的法則に従っているにもかかわらず、その運動は予測不可能である。この予測不 可能性は、カオス的もしくは無秩序なプロセスの予測不可能性とはまったく異なる。(ポール・デイヴィス(1946-))


「生物が持つ二つ目の重要な性質は、自律性である。生物は、文字通り、それ自体の命を持っており、 独り歩きをする。生物も、ほかのすべての物質系と同じさまざまな物理的な力の影響を受けるが、生物 はこれらの力を制御して、意図したことを行うことができる。これがどういうことかをはっきりさせる には、単純な例をひとつ挙げれば十分であろう。死んだ鳥を空中に投げても、それは単純な幾何学的経 路を辿って、予想したとおりの場所に落ちるだけだ。だが、生きた鳥を空に放てば、その鳥がどのよう な経路で飛ぶのかも、どこに降り立つのかも、予測するのは不可能だ。重要なのは、この生物の予測不 可能性は、サイコロ投げや、激流の渦の運命のように、カオス的、もしくは無秩序なプロセスの予測不 可能性とはまったく異なるという点だ。 鳥の飛行経路は、鳥が持つ遺伝的性質や神経学的な状態によっても形づくられているのである。 」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,p.390,日経BP社,2008,吉田三知世)





3.生命が持つ特別な性質の1つ目は、ダーウィン的進化の産物であるということである。複製される個体の存在と、複製の際の個体間のばらつきと環境内における選択による変化とを、組織化原理としている。(ポール・デイヴィス(1946-))

 ダーウィン的進化の産物

生命が持つ特別な性質の1つ目は、ダーウィン的進化の産物であるということである。複製される個体の存在と、複製の際の個体間のばらつきと環境内における選択による変化とを、組織化原理としている。(ポール・デイヴィス(1946-))

「生物を特別なものとしているのは、それを形作る物質ではなく、それが行う事柄である。生物を定義 することは、ご承知のとおりたいへん難しいが、特に目立った性質が三つある。最初のものは、生物は ダーウィン的進化の産物だということだ。実際、一部の科学者たちは、この基準だけで生物を定義して いる。 複製の際の個体間のばらつきとそのあいだでの選択に基づく進化の原則は、間違いなく基本的である。それは、宇宙のあらゆる場所に存在する生物に適用されるはずであり、地球に存在する生物とは まったく異なる生物にも当てはまるはずだ。 ダーウィン的進化は物理法則ではないが、重力の法則と同 じくらい深く重要な組織化原理である。したがって、生物は、ダーウィン的進化という宇宙の極めて基 本的な性質から生まれたものだということになる。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第10章 どうして存在するのか,pp.389-390,日経BP社,2008,吉田三知世)






2..宇宙における生命の誕生、人間の意識と知性の誕生、そしてその知性に宿った宇宙の理解、これらの事実は、無意味な宇宙における例外的で偶然な出来事なのだろうか。それとも、なお一層深い別の筋書きが働いているのだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))

生命、意識の誕生は偶然なのか 

宇宙における生命の誕生、人間の意識と知性の誕生、そしてその知性に宿った宇宙の理解、これらの事実は、無意味な宇宙における例外的で偶然な出来事なのだろうか。それとも、なお一層深い別の筋書きが働いているのだろうか。(ポール・デイヴィス(1946-))


 「どうしてこのようなことになったのだろうか? ある意味、宇宙は、自分自身の意識のみならず、自 分自身の理解をも作り上げたのだ。心を持たずに動き回っている原子たちが結託して、生物だけでなく、 また、心だけでもなく、理解というものを作り出したのだ。 進化する宇宙は、宇宙進化という見世物を 見ることができるだけでなく、その筋書きを明らかにすることもできる生物を生み出した。人間の脳の ように、ちっぽけで微妙で、しかも地球での生活に適合したものが、宇宙の全体と、宇宙がそれに合わ せて踊っている、数学で書かれた音のない音楽に取り組むのを可能にしているのは、いったい何なのだ ろう? わたしたちが知る限りでは、これは、宇宙のどこかで心が宇宙の暗号を垣間見た最初にして唯 一の事例だ。もしも宇宙が瞬きをするあいだに人間が完全に消滅してしまったなら、このようなことは 二度と起こらないかもしれない。宇宙はさらに一兆年にわたって存続するかもしれないが、ごく普通の ひとつの銀河が誕生してから一三七億年のちに、そのなかの平均的なひとつの恒星の周囲を回っている ひとつの小さな惑星の上で、 知性の光が一瞬輝くときを除いては、その悠久の時間を通して、完全な謎に包まれたままだろう。 

 これは単なる偶然なのだろうか? リアリティーがその最も深いレベルで、わたしたちが「人間の心」 と呼ぶ奇妙な自然現象に接触したという事実は、でたらめで無意味な宇宙のなかで一時的に生じた、 普 通にありえない例外的なことでしかないのだろうか? それとも、なお一層深い別の筋書きが働いているのだろうか。」

(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),第1章 いくつかの重大な疑問,p.24,日経BP社,2008,吉田三知世)




1.諸法則に従う宇宙の様々な可能性の中から、何故この特定の宇宙が存在するのか。自己説明する自己一貫性を持ったループだけが、自己創造によって存在し得るのではないのか。そして、生命と意識の存在も、この原理によって理解できるのではないか。(ポール・デイヴィス(1946-))

なぜ存在するのか

 諸法則に従う宇宙の様々な可能性の中から、何故この特定の宇宙が存在するのか。自己説明する自己一貫性を持ったループだけが、自己創造によって存在し得るのではないのか。そして、生命と意識の存在も、この原理によって理解できるのではないか。(ポール・デイヴィス(1946-))

「因果関係ループもしくは後戻り因果関係を含むモデルのなかには、宇宙が自らを作り出すようなものま である。このような説の長所は、自己完結しており、「亀の塔」の無限の列も、頭から信じる以外にな い、空中浮揚するスーパー・タートルを受け入れる必要性も、どちらも回避できるという点だ。欠点は、 どうしてこの宇宙―この自己説明し、自己創造する系であって、ほかにも存在しうるさまざまな 自己説明する宇宙ではないのかということについてはわからぬままだという点だ。もしかしたら、自己 説明する宇宙はすべて存在するのだが、わたしたちの宇宙のようなものだけが、生物の存在が可能なた めに観察される、ということなのかもしれない―つまりは、形を変えた多宇宙論である。あるいは、 こちらの方がさらに好ましいのだが、存在は、存在する可能性のあるものに、何か説明されぬ行為者 (つまり、超越的な存在生成者)によって「息吹を与えられ」ることによって、外側から与えられるも のではなくて、それ自体が自己始動する何かなのかもしれない。自らを理解することができる自己一貫 性を持ったループだけが、自らを作り出すことができるので、生命と心 (少なくとも、その可能性)を 持った宇宙だけが実際に存在するのではないかということを、わたしはすでに示した。」


(ポール・デイヴィス(1946-),『ゴルディロックスの謎』(日本語書籍名『幸運な宇宙』),あとがき,p.458,日経BP社,2008,吉田三知世)




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