2020年7月23日木曜日

動機は、人間の統合的全体性の観点から解明される。すなわち、階層づけられた多数の無意識的な欲求に基盤を持ち、文化的な環境と相互作用する意識的な目標と、力動的に解釈された環境との相互作用から人間の行動が理解できるだろう。(アブラハム・マズロー(1908-1970))

動機の理論

【動機は、人間の統合的全体性の観点から解明される。すなわち、階層づけられた多数の無意識的な欲求に基盤を持ち、文化的な環境と相互作用する意識的な目標と、力動的に解釈された環境との相互作用から人間の行動が理解できるだろう。(アブラハム・マズロー(1908-1970))】

(1)生体の統合的全体性が再び強調されなくてはならない。
(2)局所的,身体的,部分的な動因を動機理論のパラダイムとしてはならない。
(3)動機研究で強調すべきことは,部分目標よりは究極目標,また手段よりは目的にある。意識的な動機だけでなく無意識的な動機が,動機理論の出発点となるべきである。
(4)通例,一つの目標に到達するのに文化的に異なった経路がある。それゆえ,動機理論の構築にあたり,根本的で無意識的な目標の方が,意識的で特殊的・局所的な願望よりも有益である。
(5)動機づけられた行動は,事前的であれ完了的であれ,多数の欲求が表明または充足され得る一つの経路であると理解されなくてはならない。通常の行為は,複数の動機から生じている。
(6)生体の状態の殆どすべては,動機づけられていると理解されるべきである。
(7)人間は常に何かを欲している動物である。一つの欲求が現出するかどうかは,直前の状況すなわち他の優勢な諸欲求がどのような状況にあるかに依存する。欲求や願望は優勢度のヒエラルキーの下で配列されている。
(8)個別の動因をいくら列挙しても無意味である。動機の分類を行うのであれば,分類のレベルや特殊性についての問題を取り扱う必要がある。
(9)動機の分類は,駆動因よりも目標に基づいてなされなくてはならない。
(10)動機理論は,動物を中心にするのではなく,人間を中心として形成されるべきである。
(11)生体が反応する状況や場が考慮されなくてはならないが,その際,状況や場について力動的な解釈が伴われなくてはならない。
(12)生体の統合的な在り方だけでなく,分離的,特殊的,部分的な反応行動も考慮されなくてはならない。

《概念図》(1)(10)
┌───────────────┐
│┌────────────┐ │
││┌─────────┐ │ │
│││意識的な動機   ← │ │
│││ 究極目標(目的)→ │ │(3)(9)
│││  ↓      │ │ │
│││ 部分目標(手段)│ │ │
│││  └───┐  ←── │
│││環境(状況)│  ──→ │(11)
│││ 過去・現在│  │ │ │
│││ 予測・規範│  │ │ │
│││  │┌──┘  │ │ │
│││  ││ 分離的←─── │(12)
│││  ││ 特殊的 │ │ │
│││  ││ 反応  │ │ │
│││  ↓↓ ↓   │ │ │
│││ 反応・行動   │ │ │
││└─────────┘ │ │
││文化(特殊的、局所的) │ │(4)
│└────────────┘ │
│生体の状態(身体)      │(6)
│ 多数の欲求、複数の動機   │(5)
│ 欲求の優先度の階層     │(7)(8)
│ 無意識的な動機(根本的)  │(3)
│ 局所的に見られた「動因」  │(2)
└───────────────┘

(出典:wikipedia
アブラハム・マズロー(1908-1970)の命題集(Propositions of great philosophers)
「他方,1943年の第1番目の発表論文「動機理論序説」では,基本欲求の階層性と自己実現欲求について萌芽的な記述がみられる。この論文は,従来の心理学の研究方法論について疑問を提起し,今後自らが目指すべき心理学(健全な心理学sound motivation theory と称した)の要件として,次の12命題(1954年以降では16命題に増加)を指摘している)。
(1)生体の統合的全体性(the integrated wholeness of the organism)が再び強調されなくてはならない。
(2)局所的,身体的,部分的な動因(drive)を動機理論のパラダイムとしてはならない。
(3)動機研究で強調すべきことは,部分目標よりは究極目標(ultimate goals),また手段よりは目的(ends)にある。意識的な動機だけでなく無意識的な動機(unconscious motivations)が,動機理論の出発点となるべきである。
(4)通例,一つの目標に到達するのに文化的に異なった経路(different cultural paths)がある。それゆえ,動機理論の構築にあたり,根本的で無意識的な目標(fundamental, unconscious goals)の方が,意識的で特殊的・局所的な願望よりも有益である。
(5)動機づけられた行動は,事前的であれ完了的であれ,多数の欲求(many needs)が表明または充足され得る一つの経路(a channel)であると理解されなくてはならない。通常の行為は,複数の動機(more than one motivation)から生じている。
(6)生体の状態の殆どすべては,動機づけられていると理解されるべきである。
(7)人間は常に何かを欲している動物(a perpetually wanting animal)である。一つの欲求が現出するかどうかは,直前の状況すなわち他の優勢な諸欲求がどのような状況にあるかに依存する。欲求や願望は優勢度のヒエラルキー(hierarchies of prepotency)の下で配列されている。
(8)個別の動因をいくら列挙しても無意味である。動機の分類を行うのであれば,分類のレベルや特殊性についての問題を取り扱う必要がある。
(9)動機の分類は,駆動因よりも目標に基づいてなされなくてはならない。
(10)動機理論は,動物を中心にするのではなく,人間を中心として形成されるべきである。
(11)生体が反応する状況や場が考慮されなくてはならないが,その際,状況や場について力動的な解釈が伴われなくてはならない。
(12)生体の統合的な在り方だけでなく,分離的,特殊的,部分的な反応行動も考慮されなくてはならない。」
(出典:パーソナリティ研究におけるマズローの基本視座(三島斉紀,河野昭三,2010))
(索引:動機の理論.三島斉紀,河野昭三,1908-1970_アブラハム・マズロー)

2020年7月11日土曜日

識閾下での認知処理、前意識、意識、自発的行動の全ては、機能と一体化した潜在的な神経結合により遂行され、同時に、潜在的な結合へと再組織化、記憶化される。記憶の一部は、近似的な発火パターンが再構築され、想起される。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

潜在的な結合

【識閾下での認知処理、前意識、意識、自発的行動の全ては、機能と一体化した潜在的な神経結合により遂行され、同時に、潜在的な結合へと再組織化、記憶化される。記憶の一部は、近似的な発火パターンが再構築され、想起される。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

潜在的な結合
 (1)誕生前に形成されるシナプス結合
  生まれる前ですら、ニューロンは外界を統計的にサンプリングし、それに神経結合を適合させている。
 (2)記憶として存在するシナプス結合と学習された無意識の直感
  数百兆の単位で人の脳内に存在する皮質シナプスは、私たちの全生涯の眠った記憶を含む。とりわけ環境に対する脳の適応の最盛期をなす生後数年間は、毎日何百万ものシナプスが形成されたり、破壊されたりしている。
  (a)視覚処理のための記憶
   低次の視覚野では、皮質結合は、隣接する直線がいかに結びついて対象物の輪郭を構成するかについて、統計情報を編集する。
  (b)聴覚の記憶
   聴覚では、音のパターンに関する暗黙の知識が蓄えられる。
  (c)運動の記憶
   ピアノの練習を何年も続けると、これらの領域の灰白質の密度に検知可能な変化が生じるが、これは、シナプスの密度、樹状突起の大きさ、白質の構造、ニューロンを支えるグリア細胞の変化に起因すると考えられる。
  (d)エピソード記憶
   海馬には、いつどこで誰と一緒にいるときに、どのようなできごとが起こったかに関して、シナプスによってエピソード記憶が集められる。
 (3)記憶の意識化は、かつて存在した活性化パターンの近似的な再構築
  (a)記憶の知恵を直接取り出すことはできない。なぜなら、そのフォーマットは、意識的思考を支援するニューロンの発火パターンとはまったく違うからである。
  (b)想起するためには、記憶は眠った状態から活性化された状態へと変換されねばならない。記憶の想起に際して、シナプスは正確に発火パターンが再現されるように促す。

《概念図》

  環境
┌──│───────────────┐
│  │    潜在的な結合(無意識)│
│┌─│───┐           │
││ ↓   │           │
││感覚データ←機能と一体化した記憶 │
││記憶←──────記憶      │
││ │   │           │
││ ↓   │           │
││識閾下での←機能と一体化した記憶 │
││認知処理 →記憶化        │
││ │   │           │
││ ↓   │           │
││前意識  ←機能と一体化した記憶 │
││ │   →記憶化        │
││ ↓   │           │
││意識   ←機能と一体化した記憶 │
││自発的行動→記憶化        │
│└─────┘           │
└──────────────────┘

 「最後になるが、無意識の知識の五つ目のカテゴリーは、潜在的な結合という形態で、神経系に伏在する。ワークスペース理論によれば、脳全体にわたって活性化された細胞集成体が形成された場合にのみ、私たちはニューロンの発火パターンに気づく。とはいえ莫大な量の情報が、静的なシナプス結合に蓄えられている。生まれる前ですら、ニューロンは外界を統計的にサンプリングし、それに神経結合を適合させている。数百兆の単位で人の脳内に存在する皮質シナプスは、私たちの全生涯の眠った記憶を含む。とりわけ環境に対する脳の適応の最盛期をなす生後数年間は、毎日何百万ものシナプスが形成されたり、破壊されたりしている。こうした各シナプスには、シナプス前細胞と後細胞の発火の可能性に関して〔刺激をつたえるニューロンをシナプス前細胞、受け取るニューロンをシナプス後細胞という〕、ごくわずかずつ統計的な情報が保たれているのだ。
 このような結合の力によって、脳のいたる所で、学習された無意識の直感が支えられている。低次の視覚野では、皮質結合は、隣接する直線がいかに結びついて対象物の輪郭を構成するかについて、統計情報を編集する。聴覚・運動野では、音のパターンに関する暗黙の知識が蓄えられる。ピアノの練習を何年も続けると、これらの領域の灰白質の密度に検知可能な変化が生じるが、これは、シナプスの密度、樹状突起の大きさ、白質の構造、ニューロンを支えるグリア細胞の変化に起因すると考えられる。また、海馬(側頭葉の下に位置するカールした組織)には、いつどこで誰と一緒にいるときに、どのようなできごとが起こったかに関して、シナプスによってエピソード記憶が集められる。
 私たちの記憶は、何年間も眠ったままでいられる。その内容は、複数のシナプス・スパインに圧縮して分配される。このシナプスの知恵を直接取り出すことはできない。なぜなら、そのフォーマットは、意識的思考を支援するニューロンの発火パターンとはまったく違うからだ。想起するためには、記憶は眠った状態から活性化された状態へと変換されねばならない。記憶の想起に際して、シナプスは正確に発火パターンが再現されるように促す。この働きがなければ、私たちは過去のできごとを思い出せない。記憶の意識化とは、過去に経験した意識の瞬間の再現、つまりかつて存在した活性化パターンの近似的な再構築なのだ。脳画像法が示すところでは、記憶は、過去のできごとを意識に再現する前に、前頭前皮質、およびそれと相互結合する帯状回に広がる、ニューロンの明示的な活動パターンにまず変換されなければならない。過去を想起する際に生じる、遠隔の皮質領域をまたがる再活性化は、われわれが想起するワークスペース理論の予想に完全に合致する。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.273-274,高橋洋(訳))
(索引:潜在的な結合,記憶)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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脳内では感覚データ通りコード化されているにもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

複雑な発火パターンへの希釈

【脳内では感覚データ通りコード化されているにもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(3.4)追記。

(3)識閾下での認知作用
 (3.1)様々な認知作用
  知覚、言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的には、識閾下でなされ得る。
 (3.2)無意識の無数の統計マシン
  意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行する。
 (3.3)知覚の例
  (a)入力:感覚データ
   微かな動き、陰、光のしみなど。
  (b)推論:観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。
  (c)出力:感覚データの原因となった外界
   自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算する。

 (3.4)複雑な発火パターンへの希釈という現象
  脳内では感覚データ通りコード化されているにもかかわらず、このコードが無意識に留まり、コンパクトで明確な再コード化がなされず、異なる知覚が意識される場合がある。複雑な発火パターンへの希釈という現象である。
  (3.4.1)複雑な発火パターンへの希釈の事例
   (a)感覚データ
    目で判別できないほど稠密に表示された、もしくは素早く明滅する(50ヘルツ以上)格子模様を考えてみる。
   (b)経験される知覚
    一様に灰色がかった画面を知覚するだけである。
   (c)意識されないが脳内では処理されている
    だが、実験が示すところによれば、脳内では格子模様は実際にコード化されている。格子の方向によって、それぞれ別のニューロン群が発火する。無意識の領域には、無尽蔵の資源が発掘されるのを待っている。
   (d)意識されない感覚の解読技術の可能性
    コンピューターに支援された神経コードの解読技術の発達は将来、感覚によって検知されながら意識には見落とされているミクロのパターンを増幅することで、厳密な形態の超感覚的知覚、すなわち環境に対する高められた感覚の利用を可能にするかもしれない。
  (3.4.2)(仮説)脳内処理と経験される知覚との違いの原因
   (a)おそらくその理由は、それが一次視覚野の極端に錯綜した時空間的な発火パターンに依拠し、高次の皮質領域にあるグローバル・ワークスペースのニューロンには、はっきりと識別し得ないほど複雑なコード化がなされているからであろう。
   (b)次第に抽象性を増す特徴を、感覚入力から順次抽出する、階層的に構造化された感覚ニューロンが存在する。
    (i)メッセージの明確化
    (ii)コンパクトで、明確な形態で再コード化
    (iii)意味づけられたカテゴリーへの分類


 「ワークスペース理論に従えば、ニューロンの持つ情報が無意識に留まる第四の様態として、複雑な発火パターンへの《希釈》があげられる。こう言っただけではわかりにくいので、具体例として、目で判別できないほど稠密に表示された、もしくは素早く明滅する(50ヘルツ以上)格子模様を考えてみよう。それを見たあなたは一様に灰色がかった画面を知覚するだけだが、実験が示すところによれば、脳内では格子模様は実際にコード化されている。そう言えるのは、格子の方向によって、それぞれ別のニューロン群が発火するからだ。では、なぜこの神経活動のパターンは意識されないのか? おそらくその理由は、それが一次視覚野の極端に錯綜した時空間的な発火パターンに依拠し、高次の皮質領域にあるグローバル・ワークスペースのニューロンには、はっきりと識別し得ないほど複雑なコード化がなされているからであろう。神経コードについて十全な理解が得られているわけではないが、われわれの見るところでは、一片の情報が意識されるには、それはニューロンのコンパクトな集合によって、もう一度明確な形態でコード化し直される必要がある。視覚皮質の前部領域は、自身の活動が増幅され、情報を気づきにもたらすグローバル・ワークスペースの点火が引き起こされる前に、特定のニューロン群を意味のある視覚入力に割り当てなければならない。情報は、無数の無関係のニューロンの発火に紛れて希釈されたままだと、意識され得ないのである。
 私たちが目にするどんな顔も、耳にするいかなる言葉も、無数のニューロンのおのおのが、視覚や聴覚的場面のごくわずかな部分を検知し、時空間的にひどく錯綜した様態で一連のスパイクを放つ無意識のメカニズムのもとで始まる。これらの入力パターンのそれぞれには、解読できさえすれば、話者、メッセージ、情動、部屋の大きさなど、数限りない情報が含まれていることがわかるだろう。だが、この段階では解読はできない。私たちがこれらの潜在的な情報に気づくのは、高次の脳領域で、それらが意味づけられたカテゴリーに分類されたあとでのことだ。このように、メッセージの明確化は、次第に抽象性を増す特徴を感覚入力から順次抽出する、階層的に構造化された感覚ニューロンの重要な役割なのである。感覚のトレーニングは、かすかな光景や音に気づけるようにする。というのも、ニューロンはあらゆるレベルで、微視な感覚メッセージを増幅すべく、自らの特性を調節するからだ。学習する以前にも、メッセージは感覚野に達してはいるが、気づきにはアクセスできない希釈された発火パターンによって、暗黙的に存在するにすぎない。
 この事実から、フラッシュされた格子模様やかすかな意図など、脳内には、本人さえ知らないシグナルが行き交っていることがわかる。脳画像法によって、これらの暗号形態の解読が可能になりつつある。」(中略)「無意識の領域には、無尽蔵の資源が発掘されるのを待っている。コンピューターに支援された神経コードの解読技術の発達は将来、感覚によって検知されながら意識には見落とされているミクロのパターンを増幅することで、厳密な形態の超感覚的知覚、すなわち環境に対する高められた感覚の利用を可能にするかもしれない。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.271-272,高橋洋(訳))
(索引:複雑な発火パターンへの希釈)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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前意識、識閾下の状態とは異なる、前頭前皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは「切り離されたパターン」の無意識が存在する。脳幹に限定される呼吸をコントロールする発火パターンなどである。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

切り離されたパターンの無意識

【前意識、識閾下の状態とは異なる、前頭前皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは「切り離されたパターン」の無意識が存在する。脳幹に限定される呼吸をコントロールする発火パターンなどである。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

 「前意識と識閾下の区別が、無意識の分類のすべてではない。呼吸を考えてみよう。私たちの一生のあらゆる瞬間に、脳の奥深くの脳幹で生成され心筋に送られる、調和のとれたニューロンの発火パターンによって、生命を維持する呼吸のリズムが形作られる。このリズムは、巧妙なフィードバックループによって血中の酸素と二酸化炭素のレベルに合わせられる。この高度な神経装置は、完全に無意識のうちに作用する。なぜそう言えるのか? その際のニューロンの発火は、非常に強く時間的に引き延ばされる。したがって識閾下の作用ではない。しかしいくらそれに注意を集中しても、それを意識化することはできない。よって前意識の作用でもない。われわれの分類では、このケースは無意識の作用の三番目のカテゴリー、「切り離されたパターン」を構成する。呼吸をコントロールする発火パターンは脳幹に限定され、前頭前皮質や頭頂皮質のグローバル・ワークスペース・システムからは切り離されている。
 意識されるためには、細胞集成体内の情報は、前頭前皮質やその関連領域に存在するワークスペースのニューロンに伝達されねばならない。ところが呼吸のデータは、脳幹のニューロンに閉じ込められている。したがって血中の二酸化炭素濃度を告知するニューロンの発火パターンは、他の皮質領域には伝わらないので、私たちはその情報に気づかない。このように、機能が特化した神経回路の多くは、非常に深く埋め込まれているため、気づきに達するのに必要な結合を欠く。おもしろいことに、それに気づく唯一の方法は、別の感覚様式を介することだ。たとえば私たちは、胸の動きに注意を向けると、間接的に呼吸の様態に気づく。
 私たちの誰もが、自分の身体は自分でコントロールしているかのように感じるが、ニューロンが発する無数のシグナルが、高次の皮質領域から切り離された状態で、気づきに達することなく、つねに脳のモジュール間を行き交っている。卒中患者には、その状況が悪化した状態に置かれている者もいる。白質で構成される経路の損傷は、特定の感覚や認知システムを切り離し、突如として意識にアクセスできないようにする場合がある。顕著な例の一つに、二つの大脳半球を結ぶ神経線維の巨大な束、脳梁が、卒中によって損傷を受けると発症する離断症候群がある。この症状を抱える患者は、自身の運動制御に対する気づきを完全に喪失する場合がある。さらには、自分の左手の動きを否認して、「それは勝手に動いている」「私にはコントロールできない」などとコメントすることもある。この現象は、左手を動かす指令が右半球に由来するのに対し、言葉によるコメントは左半球によって形成されることから生じる。これら二つのシステムがひとたび切り離されると、患者の脳には、二つの損なわれたワークスペースが別個に存在するようになり、互いに他方が持つ情報に気づけない状態に陥るのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.269-271,高橋洋(訳))
(索引:)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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自発的な脳活動は、非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のもので、消費エネルギー総量の恐らくは5%未満を費やすにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

ニューロン活動の自発性

【自発的な脳活動は、非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のもので、消費エネルギー総量の恐らくは5%未満を費やすにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

 「われわれのシミュレーションで検出されたもう一つの興味深い現象はニューロン活動の自発性であり、ネットワークを刺激し続ける必要はなかった。入力を欠いた状況でも、ニューロンは、シナプスでランダムに発生する事象に導かれて自発的に発火したのだ。そしてこの無秩序な活動は、やがてはっきりとしたパターンへと自己組織化した。
 覚醒度を表すパラメーターに大きな値を設定すると、複雑な発火パターンが、成長したり減退したりする様子がコンピューター画面上で観察された。ときにそのなかに、いかなる刺激の入力も介在せずに引き起こされたグローバル・イグニションを確認できた。同一の刺激をコード化する皮質カラム全体が短期間活性化したあと、その活動は減退し、そのあとすぐに別の広域的な細胞集成体がそれにとって代わった。このように、きっかけになる刺激がまったく与えられなくても、ネットワークは一連のランダムな点火へと自己組織化したのだ。その様子は、外部刺激の知覚にともなって引き起こされる現象に類似する。唯一の相違は、自発的な活動には、ワークスペース領域の高次の皮質で生じ、感覚野へと下位の方向に伝播される傾向が強く見られる点で、これは外部刺激の知覚の場合とは逆である。
 このような内因性の活動の突発は、実際の脳でも発生するのだろうか? 答えは「イエス」だ。事実、組織化された自発的な活動は、神経系ではありふれている。本人が目覚めていようと眠っていようと、二つの大脳半球が、高周波の大規模な脳波を常時生成しているという事実は、脳波記録を見たことがある者なら誰もが知っている。この自発的な興奮は、脳の活動を支配するほど非常に激しい。それに比べ外部刺激によって喚起された活動は、平均化処理を十分に施したうえでかろうじて検出できる程度のものだ。刺激に喚起された活動は、脳が消費するエネルギーの総量のわずかな部分、おそらくは5パーセント未満を費やすにすぎない。神経系は第一に、自身の思考パターンを生む自律的な装置として機能するのだ。このように、暗闇で休息し「何もかんがえていない」ときでも、私たちの脳は休まずに、複雑かつ絶えず変化する一連のニューロンの活動をつねに生んでいる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.259-260,高橋洋(訳))
(索引:ニューロン活動の自発性)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

グローバル・ワークスペース理論

【ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(6.2.5)追記

 (6.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
  (仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))
  (6.2.1)グローバル・ワークスペース
   グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
  (6.2.2)意識されている情報
   引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。このとき、その情報は、意識化される。
  (6.2.3)意識されない情報、抑制機能
   その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
   (a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「ない」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
   (b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
   (c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
   (d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。
  (6.2.4)情報の広域化、利用可能化
   (a)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
   (b)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
  (6.2.5)グローバル・ワークスペースの機能
   ワークスペースのニューロンは、同一の心的表象の異なる側面をコード化する広域のプロセッサーと情報交換をし合い、大規模な並行処理を実行し、やがて一貫性を持ったトップダウンの同期処理が完了する。
   (a)数百ミリ秒間の活性化
    意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が、数百ミリ秒間安定して活性化されることでコード化される。
   (b)広域領域との情報交換
    ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫した解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。
   (c)トップダウンの同期処理
    それらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体として一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介してトップダウンに同期が保たれるからだ。
   (d)同一の心的表象の異なる側面
    多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面をコード化すると考えられる。グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
    (i)知覚
    (ii)記憶
    (iii)言語
  (6.2.6)グローバル・ワークスペースの機能のモデル例
   (a)各ニューロンは限られた刺激に特化している
    各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。例として、視覚皮質だけを取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざまなニューロンを見出せる。
  (例)
   ニューロン
    顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行き:Ni (i=1,2,3...n)
   ニューロン Ni が表現する特徴のコード
    fij (j=1,2,3...ni)
   ニューロン Ni が表現する知覚対象xの特徴のコード
    Ni(x)=fik
   (b)ニューロンが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。
     fij (i=1,2,3...n, j=1,2,3...ni)
     全ての特徴の組合せの数は、
     n1×n2×n3×...×nn
   (c)発火していないニューロンの情報
    この種のコード化の様式では、発火していないニューロンも情報のコード化に関わっている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝える。
   (d)知覚対象の表現
    いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識の焦点として選択される。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部のニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
  (例)イメージを理解するための例
    前頭前皮質にある一部のニューロン「対象 x は、246936117 だ!」
    N1(x)=f12
    N2(x)=f24
    N3(x)=f36
    N4(x)=f49
    N5(x)=f53
    N6(x)=f64
    N7(x)=f71
    N8(x)=f81
    N9(x)=f97

   ┌──グローバル・ワークスペース─┐
   │意識が生まれる         │
   │情報の広域化、利用可能化    │
   │                │
   │「対象 x は、246936117 だ!」  │    並行して機能する無意識の機能
   │ニューロン1─N1────────────機能1(特徴f12
   │ニューロン2─N2────────────機能2(特徴f24
   │ニューロン3─N3────────────機能3(特徴f35
   │ニューロン4─N4────────────機能4(特徴f46
   │ニューロン5─N5────────────機能5(特徴f53
   │ニューロン6─N6────────────機能6(特徴f66
   │ニューロン7─N7────────────機能7(特徴f71
   │ニューロン8─N8────────────機能8(特徴f81
   │ニューロン9─N9────────────機能9(特徴f97
   │                │
   │                │
   └────────────────┘

 「細胞集成体、伏魔殿、勝利の神経連合、アトラクター、収束域などの仮説は、いずれも相応の真実を含む。私が提起するグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論は、それらに強く依拠している。この理論では、意識的な状態は、ワークスペースのニューロンの一部が数百ミリ秒間安定して活性化されることでコード化され、多くの脳領域に分散するこれらニューロンはすべて、同一の心的表象の異なる側面をコード化すると考えられる。こうして、対象、意味の断片、記憶を処理する無数のニューロンが一度に活性化することで、私たちはモナ・リザがモナ・リザであることに気づくのだ。
 コンシャスアクセスが続くあいだ、ワークスペースのニューロンは、その長い軸索を利用して情報を交換し合い、一貫した解釈を得るべく同期しながら大規模な並行処理を実行する。そしてそれらが一つに収斂するとき、意識的知覚は完成する。その際、意識の内容をコード化する細胞集成体は脳全体に広がり、個々の脳領域によって抽出される情報の断片は、全体として一貫性を保つ。というのも、関連するすべてのニューロン間で、長距離の軸索を介してトップダウンに同期が保たれるからだ。
 この仕組みでは、ニューロンの同期が鍵になると考えてよいだろう。互いに遠く離れたニューロンが、背景で継続する電気的振動に各自のスパイクを同期させて巨大な集合を形成することを示す証拠が、相次いで得られている。それが正しければ、私たちの思考のそれぞれをコード化する脳のウェブは、集団の示す律動的なパターンに従って個体同士が光の明滅を調和させる、ホタルの群れに似ているとも言えよう。中規模の細胞集団でも、たとえば左側側頭葉の言語ネットワークの内部で単語の意味を無意識にコード化するケースなど、意識は欠いていたとしても局所的には同期しているかもしれない。とはいえその情報は、前頭前皮質によってアクセスされないため、広く共有されず、よって無意識のうちに留まる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.248-249,高橋洋(訳))
(索引:)
 「意識に関わる神経コードがいかなるものかを示すイメージをもう一例あげよう。皮質には約160億のニューロンが存在し、各ニューロンはごく限られた範囲の刺激に特化している。その多様性は驚くべきものだ。視覚皮質だけを取り上げても、顔、手、物体、遠近、形状、直線、曲線、色、奥行きなどに対応するさまざまなニューロンを見出せる。各細胞は、視覚的場面に関わるわずかな情報を伝えるにすぎない。ところがそれらが集まると、思考の無数のレパートリーを表現できる。いかなる瞬間にも、この巨大な可能性のなかから、たった一つの思考の対象が、意識の焦点として選択されるというのが、グローバル・ワークスペースモデルの主張するところだ。その際、関連するすべてのニューロンは、前頭前皮質にある一部のニューロンの支援を受け、部分的に同期しながら活性化する。
 この種のコード化の様式では、発火《していない》ニューロンも情報のコード化に関わっている点を理解しておく必要がある。沈黙によって、対応する特徴が見当たらない、もしくは現在の心的状態には無関係であることを他のニューロンに暗黙的に伝えるのだ。このように意識の内容は、活性化したニューロンと、沈黙するニューロンの双方によって定義される。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.249-250,高橋洋(訳))
(索引:グローバル・ワークスペース理論)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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2020年7月8日水曜日

注意により意識化できる前意識とは異なり、意識化できない「識閾下の状態」が存在する。視覚では50ms内外に閾値が存在し、意識の境界は比較的明確である。識閾下では検出可能な脳活動が生じるが、グローバル・イグニションには至らない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

識閾下の状態

【注意により意識化できる前意識とは異なり、意識化できない「識閾下の状態」が存在する。視覚では50ms内外に閾値が存在し、意識の境界は比較的明確である。識閾下では検出可能な脳活動が生じるが、グローバル・イグニションには至らない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

識閾下の状態
 (1)識閾下の状態と前意識との違い
  前意識の刺激は、それに注意を向けさえすれば意識されるのに対し、識閾下の刺激は、いくら努力しても意識し得ない。
 (2)閾値の存在
  (a)多くの実験においては、可視と不可視の境界は比較的明確である。
  (b)40ミリ秒間表示されたイメージはまったく見えないにもかかわらず、60ミリ秒になると楽に見えるようになる。個人差はあるが、つねに50ミリ秒内外の値をとる。
  (c)閾値に相当する期間だけ視覚刺激を表示すれば、物理的な刺激は一定でありながら主観的な知覚がトライアルごとに異なる。
 (3)識閾下の刺激が意識されない理由
  (a)目に見えないほどごくわずかな時間、かすかにイメージをフラッシュする。
  (b)識閾下の刺激は、視覚、意味、運動を司る脳領域に検出可能な活動を引き起こすが、この活動はごくわずかな時間しか持続しないため、グローバル・イグニションには至らない。
  (c)高次の領域から低次の領域の感覚野に向けてトップダウンにシグナルが戻され、入ってくる活動を増幅する機会が得られる頃には、もとの活動はすでに失われ、マスクに置き換えられている。
 (4)閾値を超える刺激でも、意識されない場合がある:マスキング手法
  (a)マスキングの例
   時間順の刺激 刺激1→刺激2→刺激3 刺激1,3で2をマスキングする手法
   時間順の刺激 図形パターン1→図形パターン2→図形パターン3
        図形パターン2の特定図形をマスキングする手法
   時間順の刺激 刺激1→刺激2 刺激2で1をマスキングする手法
  (b)閾値を超える刺激であっても、識閾下における様々な認知作用と、高次の領域から低次の領域への相互作用によって、意識されない場合があり、識閾下の機能と意識の機能の解明に役立つ。

 「前意識の状態は、われわれが「識閾下の状態」と呼ぶ、別のタイプの無意識とは際立った対照をなす。目に見えないほどごくわずかな時間、かすかにイメージをフラッシュしたとしよう。この場合に生じる状況は、前意識とは大きく異なる。いくら注意を向けても、隠れた刺激は知覚できない。図形に〔時間的に〕前後をはさまれてマスクされた単語に、私たちは気づけない。この種の識閾下の刺激は、視覚、意味、運動を司る脳領域に検出可能な活動を引き起こすが、この活動はごくわずかな時間しか持続しないため、グローバル・イグニションには至らない。われわれのコンピューター・シミュレーションでも、この状況が認識されており、短い活動パルスはグローバル・イグニションを引き起こせなかった。なぜなら、高次の領域から低次の領域の感覚野に向けてトップダウンにシグナルが戻され、入ってくる活動を増幅する機会が得られる頃には、もとの活動はすでに失われ、マスクに置き換えられているからだ。巧妙な心理学者たちは、グローバル・イグニションが一貫して妨げられるほど弱く短い、あるいは雑然とした刺激をいとも簡単に考案し、脳にトリックを仕掛けられる。「識閾下」という用語は、グローバル・ニューラル・ネットワークの岸辺に津波を起こす以前に、入ってくる感覚の波が消え去る、この種の状況に適用される。前意識の刺激は、それに注意を向けさえすれば意識されるのに対し、識閾下の刺激は、いくら努力しても意識し得ない。これは重要な相違であり、脳のレベルで種々の違った結果をもたらす。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.268-269,高橋洋(訳))
 「多くの実験においては、可視と不可視の境界は比較的明確で、40ミリ秒間表示されたイメージはまったく見えないにもかかわらず、60ミリ秒になると楽に見えるようになる。この事実は、識閾下(閾値より下)、識閾上(閾値より上)という言い方が妥当であることを示す。比喩的に言えば、意識への門戸は、明確に設置された敷居であり、フラッシュされたイメージは、その内側に入れるか入れないかのいずれかである。閾値は人によって多少異なるとはいえ、つねに50ミリ秒内外の値をとる。閾値付近では、人はその期間表示されるイメージをおよそ半分の割合で見る。したがって閾値に相当する期間だけ視覚刺激を表示すれば、物理的な刺激は一定でありながら主観的な知覚がトライアルごとに異なるという、絶妙にコントロールされた状況を実験的に作り出せる。
 意識を意のままに調節するために用いることのできるマスキング技法は、数種類ある。たとえば、攪乱したイメージではさむと、画像全体を完全に不可視にすることが可能だ。その画像に写っているのが笑っている顔や怒った顔であれば、被験者には意識的に認知できない、秘められた情動に関する識閾下の知覚を調査できる(無意識のレベルでは、情動は輝きを放つ)。マスキングの他のバリエーションに、一連の図形をフラッシュし、それらのうちの一つを長期間表示される四つの点で囲むというものがある。驚くべきことに、四つの点で囲まれた図形のみが意識にのぼらず、他の図形ははっきりと見える。四つの点は図形より長く表示されるので、それらとそれらによって取り囲まれる空間は、その位置にある図形の意識的知覚を置き換えて消し去るかのように見える。それゆえこの方法は「置き換えマスキング」と呼ばれる。
 マスキングは、実験パラメータの完全なコントロールが可能で、しかも時間的に高い精度をもって視覚情報を与えられるので、無意識の視覚刺激の成り行きを研究する際の格好の実験ツールになる。最良の条件は、ただ一つのターゲットイメージをフラッシュし、それからただ一つのマスクを表示させることだ。正確なタイミングで、被験者の脳に、精緻にコントロールされた量の視覚情報(単語など)を「注入」する。原理的にこの量は、通常は意識的に知覚できるに十分な程度というものになる。なぜなら、そうすれば後続のマスクを取り除くと、被験者はつねにターゲットイメージを見ることになるからだ。しかしマスクされていると、先行するターゲットイメージはマスクに抑制され、後者だけが見える。ということは、脳内で奇妙な競争が起こっているに違いない。単語のほうが先に脳に入ってきたにもかかわらず、後続のマスクがそれに追いついて、前者を意識的知覚から締め出したと見なせるからだ。一つには、脳が統計学者のごとく機能し、証拠に基づいてどちらのアイテムをとるかを評価している可能性が考えられる。ターゲットの単語の表示期間が十分に短く、マスクが強力な場合、被験者の脳は、マスクのみが表示されているという結論に有利な圧倒的証拠を受け取り、単語に気づかないのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第1章 意識の実験,紀伊國屋書店(2015),pp.61-62,高橋洋(訳))
(索引:識閾下の状態,閾値,前意識,グローバル・イグニション)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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2020年7月7日火曜日

既にコード化が完了し、注意によってアクセスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちていく前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

アクセス可能な前意識

【既にコード化が完了し、注意によってアクセスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちていく前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(4)、(5.2)追記。

(4)アクセス可能な前意識
 意識は能力が限られているため、新たな項目にアクセスするには、それまでとらえていた項目から撤退しなければならない。新たな項目は、前意識の状態に置かれ、アクセスは可能であったが、実際にアクセスされていなかったものだ。また、どの対象にアクセスすべきかを選択するのに、注意が意識への門戸として機能する。
 (4.1)知覚のコード化は終わっている
  情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえすればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態にある。
 (4.2)前意識(ジークムント・フロイト(1856-1939))
  「プロセスのなかには、(……)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもある。(……)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」
 (4.3)アクセスされない知覚情報
  (a)前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちていく。
  (b)慣れによって意識されない表象
   慣れによって、その印象に新鮮な魅力がなくなって、我々の注意力や記憶力を喚起するほど十分強力ではなくなり、感覚されなくなることがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

 (4.4)遅れてアクセスされた知覚情報
  (a)短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。
  (b)意識されない表象の記憶
   注意力が気づくことなく見過ごしていたある表象が、誰かが直ちにその表象について告げ知らせ、例えば今聞いたばかりの音に注意を向けさせるならば、我々はそれを思い起こし、まもなくそれについてある感覚を持っていたことに気づくことがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

(5)アクセス中の表象としての意識
 ある項目が意識にのぼり、心がそれを利用できるようになる。私たちは基本的に、特定の一時点をとりあげれば、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。それらは、言語システムや、その他の記憶、注意、意図、計画に関するプロセスの対象として利用可能になる。そして、私たちの行動を導く。

 (5.1)意識の劇場(イポリット・テーヌ(1828-1893))
  人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))

 (5.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
  (仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))
  (5.2.1)グローバル・ワークスペース
   グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
  (5.2.2)意識されている情報
   引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。このとき、その情報は、意識化される。
  (5.2.3)意識されない情報
   その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
  (5.2.4)情報の広域化機能
   (i)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
   (ii)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
  (5.2.5)ワークスペースの抑制機能
   (a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「ない」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
   (b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
   (c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
   (d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。
  (5.2.6)グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
   (i)対応する外部刺激が途絶えたあとでも、それを長く心に留めておく機能
   (ii)外部刺激を名前と対応づける機能

 「「脳の作用のほとんどは無意識のうちに生じる」という、第2章の主たるメッセージを思い出そう。私たちは、呼吸から姿勢のコントロール、そして低次の視覚から微細な手の動き、さらには文字認識から文法に至るまで、自分が何をしているのか、何を知っているのかに気づいていない。非注意性盲目が生じると、着ぐるみのゴリラが胸を叩く様子でさえ見落とす。私たちのアイデンティティや行動様式は、無数の無意識のプロセッサーによって織り上げられているのだ。
 グローバル・ワークスペース理論は、この混乱したジャングルにいくばくかの秩序をもたらす。それは、メカニズムが劇的に異なる個々の脳領域における無意識の働きを分類する。非注意性盲目では何が生じるかを考えてみよう。それが起こると、意識的知覚が現れる通常の閾値をはるかに超えて視覚刺激が与えられるのに、別の課題によって心が完全に占められているため、それに気づかない。私はこの文章を妻の実家で書いている。それは17世紀の農家で(ヨーロッパの石造建築は何世紀も使用に耐える)、その魅力的な居間に置かれている巨大なホール時計の振り子が、たった今私の目の前で揺れ、時を刻んでいる。しかし本書の執筆に集中していると、時計のリズミックな音は、私の心から消え去る。このように、気づきは非注意性盲目によって妨げられるのである。
 われわれは、この種の無意識の情報には「前意識の」という形容詞を加えて分類するよう提案する。それは待機中の意識を指す。つまり、情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえすればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態を言う。われわれはこの用語をジークムント・フロイトから拝借した。『精神分析概説』で彼は、「プロセスのなかには、(……)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもある。(……)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」と述べる。
 グローバル・ワークスペースのシミュレーションによって、前意識の状態を生む神経メカニズムがいかなるものかを推定できる。シミュレーションに刺激を与えると、それによって引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。すると次に、この意識的な表象は、二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁を築く。この中枢での競争は避けられない。意識的な表象は、何であるかと同程度に、何では《ない》かによっても定義されると、先に述べた。われわれの仮説によれば、ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では《ない》かを報せるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。このような抑制の拡大は、皮質の高次の中枢にボトルネックを生む。いかなる意識ある状態においても必須の部分を構成する、活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。しかしそれは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちていく。短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.266-268,高橋洋(訳))
(索引:前意識)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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無意識の無数の認知機能が計算した確率的な推論結果からサンプルが抽出されるには、意識的な注意の働きが必要なことが、両眼視野闘争の実験などで示されている。ここには、量子力学の観測と類似の状況があるが、未解明である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

意識的な注意の働き

【無意識の無数の認知機能が計算した確率的な推論結果からサンプルが抽出されるには、意識的な注意の働きが必要なことが、両眼視野闘争の実験などで示されている。ここには、量子力学の観測と類似の状況があるが、未解明である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(3.3)追記。

(3)気づきの外での情報選択
 無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
 (3.1)入力:無意識の認知作用の確率的な推論結果
  無意識の認知作用は、感覚データの原因となった外界についての確率的な推論結果しか示さない。
 (3.2)出力:最善の解釈サンプルの抽出(全か無かのサンプル)
  あらゆる曖昧さを取り除き、その時点における外界の最善の解釈を抽出して、意思決定システムに受け渡す必要がある。私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性を整理して、たった一つの意識的なサンプルが抽出される。
 (3.3)作用の担い手:意識的な注意(精神の能動)
  (a)サンプリングは、意識的な注意の働きなくしては生じない。
  (b)例:両眼視野闘争
   (i)二つのイメージに注意を向けていると、それらは絶えず交互に意識に現われる。
   (ii)注意を別の対象に向けると、両眼視野闘争は停止する。
   (iii)サンプリングによる選択は、意識的な注意が向けられているときにのみ生じるらしい。
  (c)意識的な注意の量子力学における観測装置との類似性
   特定の対象に注意を向ける、まさにその意識の活動によって、さまざまな解釈の確率分布が収縮し、そのなかの一つだけを私たちは知覚する。このように意識の活動は、背後に存在する、無意識の計算の広大な領域のわずかな部分を垣間見せる、選別的な測定装置として機能する。
 (3.4)次の入力先:意識を持ったたった一つの意思決定者
  どんな生物も、確率のみに頼って行動できるわけではない。意識化されたサンプルを用いて、自発的行為のための意思決定を行う。

 「サンプリングは、意識的な注意の働きなくしては生じないという意味で、純粋にコンシャスアクセスの機能と考えられる。両目のおのおのに異なるイメージを提示すると生じる不安定な知覚、両眼視野闘争を考えてみよう。二つのイメージに注意を向けていると、それらは絶えず交互に意識に現われる。感覚入力はあいまいで、かつ固定しているが、私たちは一時にはどちらか一方のイメージにしか気づかないため、絶えず交替するものとしてそれらを知覚する。しかし重要なことに、注意を別の対象に向けると、両眼視野闘争は停止する。どうやらサンプリングによる選択は、意識的な注意が向けられているときにのみ生じるらしい。その結果、無意識のプロセスは意識のプロセスにより客観的になる。というのも、無意識の無数のニューロンが、外界の状況に関して真の確率分布を見積もるのに対し、意識はためらうことなく、それを全か無かのサンプルに還元するからだ。
 このプロセスは、奇しくも量子力学に似た側面がある(ニューロンのメカニズムが、古典力学のみに関係することはほぼ間違いないが)。量子力学によれば、物理的実体は、特定の状態で粒子が見出される確率を決定する波動関数の重ね合わせから構成される。しかし私たちが測定を行うやいなや、この確率は、全か無かの固定された状態へと収縮する。私たちは、半分生きていて半分死んでいるという、有名なシュレーディンガーの猫のような奇妙な混合状態を観察することはない。量子論に従えば、測定の行為それ自体によって、確率はたった一つの個別的な状態へと収縮するのである。脳内でも、類似の現象が起こる。つまり特定の対象に注意を向ける、まさにその意識の活動によって、さまざまな解釈の確率分布が収縮し、そのなかの一つだけを私たちは知覚する。このように意識の活動は、背後に存在する、無意識の計算の広大な領域のわずかな部分を垣間見せる、選別的な測定装置として機能する。
 とはいえ、この魅力的なたとえは、表面的なものにすぎないのかもしれない。量子力学の基盤となる数学が、意識的知覚の問題を扱う認知神経科学に適用できるかどうかは、今後の研究成果を待たねばならない。しかし人間の脳内ではそのような分業が至るところに見られ、無意識のプロセスが並行処理によって迅速な計算を実行する統計マシンであるのに対し、意識が緩慢なサンプリング装置であることは確実に言える。これは視覚のみならず言語の領域にも当てはまる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第3章 意識は何のためにあるのか?,紀伊國屋書店(2015),pp.140-141,高橋洋(訳))
(索引:意識的な注意の働き,意識,注意,量子力学と意識,両眼視野闘争)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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2020年7月6日月曜日

無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

意識は何のためにあるのか?

【無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(2)、(3)追記。

意識されない知覚情報、アクセス可能な前意識、アクセス中の意識
  無数の潜在的な知覚情報と記憶から、まず気づきの外で情報選択がなされ、注意によってある項目が意識にのぼる。特定の一時点においては、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(1)無数の潜在的な知覚情報と記憶
 私たちの環境は無数の潜在的な知覚情報に満ちあふれている。同様に、私たちの記憶は、次の瞬間には意識に浮上する可能性がある知識で満たされている。
(2)識閾下での認知作用
 (2.1)様々な認知作用
  知覚、言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的には、識閾下でなされ得る。
 (2.2)無意識の無数の統計マシン
  意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行する。
 (2.3)知覚の例
  (a)入力:感覚データ
   微かな動き、陰、光のしみなど。
  (b)推論:観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。
  (c)出力:感覚データの原因となった外界
   自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算する。
(3)気づきの外での情報選択
 無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。
 (3.1)無意識の認知作用の確率的な推論結果
  無意識の認知作用は、感覚データの原因となった外界についての確率的な推論結果しか示さない。
 (3.2)最善の解釈サンプルの抽出
  あらゆる曖昧さを取り除き、その時点における外界の最善の解釈を抽出して、意思決定システムに受け渡す必要がある。私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性を整理して、たった一つの意識的なサンプルが抽出される。
 (3.3)意識を持ったたった一つの意思決定者
  どんな生物も、確率のみに頼って行動できるわけではない。意識化されたサンプルを用いて、自発的行為のための意思決定を行う。

(4)アクセス可能な前意識
 意識は能力が限られているため、新たな項目にアクセスするには、それまでとらえていた項目から撤退しなければならない。新たな項目は、前意識の状態に置かれ、アクセスは可能であったが、実際にアクセスされていなかったものだ。また、どの対象にアクセスすべきかを選択するのに、注意が意識への門戸として機能する。
(5)アクセス中の表象としての意識
 ある項目が意識にのぼり、心がそれを利用できるようになる。私たちは基本的に、特定の一時点をとりあげれば、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。それらは、言語システムや、その他の記憶、注意、意図、計画に関するプロセスの対象として利用可能になる。そして、私たちの行動を導く。


 「私の提起する意識の構図は、自然な分業を前提にする。地下では、無数の無意識の職人が骨の折れる作業をこなし、最上階では、選抜された役員が、重要な局面のみに焦点を絞って、じっくりと意識的な決断を下している。そんなイメージだ。
 第2章では、無意識の力を検討した。知覚から言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的には、識閾下でなされ得る。意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行し、外界についての詳細で徹底した解釈をつねに引き出そうとしている。それらは、微かな動き、陰、光のしみなど、あらゆる知覚の微細なヒントを最大限に活用しながら、もろもろの特徴が現在の環境にも当てはまるか否かを計算する、一種の最適化された統計マシンとして機能する。気象庁が何十種類もの気象データを組み合わせて、明日、明後日の降水確率を計算するのと同様、無意識の知覚は、入力された感覚データをもとにして、自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算する。それに対して意識は、この確率的な宇宙の一端のみ、すなわち統計学者なら、無意識データの分布から得られた「標本」と呼ぶであろうもののみを取り上げる。そして、あらゆるあいまいさを取り除き、単純化された概観を、言い換えると、意思決定システムに受け渡せる、その時点における外界の最善の解釈を抽出するのだ。
 無意識の無数の統計マシンと、意識を持つたった一人の意思決定者のあいだのこの分業は、環境内を動き回り、外界に応じて行動する必要のある、あらゆる生物に課せられた要件なのかもしれない。どんな生物も、確率のみに頼って行動できるわけではない。いずれかの時点で、独裁的なプロセスが、あらゆる不確実性を整理して、決定を下さねばならない。」(中略)「いかなる自発的行為にも、そこを超えたら元には戻れない、ある一定の境界を踏み越えることが求められる。意識は、この境界の踏み越えを可能にする脳の装置かもしれない。つまり、私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性を整理して、たった一つの意識的なサンプルを抽出するのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第3章 意識は何のためにあるのか?,紀伊國屋書店(2015),pp.132-133,高橋洋(訳))
 「ベイズ推定は、統計的推論を遡及的に適用して、観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。一般に古典的な確率理論では、起こり得る事象がまず指定され(たとえば「52枚のカードから成る山札から3枚を引く」)、それから私たちは、当該理論に従って特定の結果が生じる確率を割り当てる(「引いた3枚のカードがすべてエースである確率はどれくらいか?」)。それに対してベイズ理論は、結果から未知の原因へと推論が逆方向になされる(「52枚のカードから成る山札から3枚を引き、それらがすべてエースだった場合、イカサマによってこの山札に5枚以上のエースが含まれる確率はどのくらいか?」)。この方法は「逆推論」、あるいは「ベイズ統計学」と呼ばれる。「脳はベイズ統計学者のごとく機能する」という仮説は、最新の神経科学の研究のなかでも、もっとも熱く、またもっとも激しい議論を呼んでいるテーマの一つだ。
 感覚のあいまいさのゆえに、人間の脳は一種の逆推論を行わねばならない。同じ感覚は、外界のさまざまな事物によって引き起こされ得る。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第3章 意識は何のためにあるのか?,紀伊國屋書店(2015),pp.134-135,高橋洋(訳))
(索引:意識は何のためにあるのか)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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ある役者が、学生に方角を尋ねる。通りがかりの労働者によって会話が一時的に中断され、わずか2秒ほどの間に髪型も服装も異なる別の役者に入れ替わるが、会話再開のとき学生はその事実に気づかない。変化盲という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

変化盲

【ある役者が、学生に方角を尋ねる。通りがかりの労働者によって会話が一時的に中断され、わずか2秒ほどの間に髪型も服装も異なる別の役者に入れ替わるが、会話再開のとき学生はその事実に気づかない。変化盲という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

変化盲
 (a)ある役者が、通りかかった学生に方角を尋ねる。
 (b)しかし、通りがかりの労働者によって、その会話は一時的に中断される。
 (c)2秒後に会話が再開したときには、もとの役者は別の役者と入れ替わっている。
 (d)二人の役者は髪型も服装も異なるにもかかわらず、ほとんどの学生は交替した事実に気づかない。

 「ダン・シモンズは役者を使って仕組んだ実験で、変化盲の何たるかを例証した。ハーバード大学のキャンパスで、ある役者が通りかかった学生に方角を尋ねる。しかし通りがかりの労働者によって、その会話は一時的に中断される。2秒後に会話が再開したときには、もとの役者は別の役者と入れ替わっている。二人の役者は髪型も服装も異なるにもかかわらず、ほとんどの学生は交替した事実に気づかない。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第1章 意識の実験,紀伊國屋書店(2015),p.57,高橋洋(訳))
(索引:変化盲)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
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 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
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2020年7月2日木曜日

白シャツチームと黒シャツチームのバスケットボールの試合で、白シャツチームのパスの回数を数える課題を与えられたビデオ視聴者は、30秒程度のこのビデオに登場するゴリラを検知できない。非注意性盲目という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

非注意性盲目

【白シャツチームと黒シャツチームのバスケットボールの試合で、白シャツチームのパスの回数を数える課題を与えられたビデオ視聴者は、30秒程度のこのビデオに登場するゴリラを検知できない。非注意性盲目という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

非注意性盲目
(1)「見えないゴリラ」と呼ばれる実験
 (a)一方のチームは白いTシャツを、他方は黒いTシャツを着ている。
 (b)視聴者は、白いTシャツを着ているチームがしたパスの回数を数えるよう指示される。
 (c)ビデオは30秒ほど続く。
 (d)実験者は「ゴリラは見えましたか?」と訊く。
 (e)実験結果:「もちろんそんなものは見ていない!」と視聴者は答える。
 (f)実際のビデオの内容:ビデオをもう一度見せられると、確かにゴリラが登場することがわかる。途中で、着ぐるみのゴリラが現れ、あからさまに胸を何回か叩き、そして去っていくところが映っているのだ。

 「ほとんどの二重課題の実験では、瞬きは数分の1秒しか続かない。実際、文字を記憶に登録するには、わずかな時間しかかからない。しかしより長期間注意をそらせる課題を行なった場合はどうだろう? 驚くべきことに、私たちは外界のできごとにまったく気づかなくなり得る。熱心な読書家、チェスプレイヤー、数学者は、知的な作業に没頭することで、環境に対するあらゆる気づきを失った心的隔離の状況が長期にわたって生じ得ることをよく心得ている。「非注意性盲目」と呼ばれるこの現象は、実験室でも簡単に作り出せる。」(中略)「もう一つよく知られた例を紹介しよう。それは、ダン・シモンズとクリストファー・チャブリスによって考案された「見えないゴリラ」と呼ばれる驚くべき実験だ。ビデオには、二つのチームがバスケットボールをしているところが映されている。一方のチームは白いTシャツを、他方は黒いTシャツを着ている。視聴者は、白いTシャツを着ているチームがしたパスの回数を数えるよう指示される。ビデオは30秒ほど続き、少し集中して見ていれば、ほぼ誰もが、パスの回数は15回であることがわかる。そして実験者は「ゴリラは見えましたか?」と訊く。「もちろんそんなものは見ていない!」と視聴者は答える。しかしビデオをもう一度見せられると、確かにゴリラが登場することがわかる。途中で、着ぐるみのゴリラが現れ、あからさまに胸を何回か叩き、そして去っていくところが映っているのだ。大多数の視聴者は、最初に見せられたときにはゴリラを見落とし、「ゴリラなどいなかった」と強く主張する。そう固く信じているために、二度目には違うビデオを見せられたと抗議する者すらいる。白いTシャツを着たプレイヤーに注意を集中することで、黒いゴリラは忘却の彼方に吹き飛ばされてしまったのである。
 これは認知心理学では画期的な研究だ。同じ頃、研究者たちは非注意性盲目を引き起こす同様な状況を数多く見出している。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第1章 意識の実験,紀伊國屋書店(2015),pp.55-57,高橋洋(訳))
(索引:非注意性盲目)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
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人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))

意識の劇場

【人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))】


(出典:wikipedia
イポリット・テーヌ(1828-1893)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
イポリット・テーヌ(1828-1893)
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 「ワークスペースという概念は、注意と意識に関する初期のさまざまな心理学説を統合したもので、早くも1870年には、フランスの哲学者イポリット・テーヌが、「意識の劇場」というたとえを用いている。彼によれば、意識は、一度にはただ一人の演者の声しか聞けないように仕向ける幅の狭い舞台のごときものなのである。
 『人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くにしたがって広くなる舞台にたとえられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。(……)先端から離れるにしたがって、光からより隔たるがゆえに、背後に控える他の演者は、ますます姿がぼやけていく。さらにこれらのグループの背後、舞台裏や脇に近い位置を占める無数の演者は、ほとんど姿が見えないが、呼ばれれば前に出てくる。なかにはフットライトが直接あたる位置まで進出する者もいる。あらゆるタイプの演者から構成されるこの沸き立つ集団の内部でつねに生じる予測不能な展開によって、その都度コーラスリーダーが決まっては、走馬灯のように聴衆の目の前からすぎ去っていく。』
 フロイトの登場に数十年先立つテーヌのこの比喩は、ただ一つの事項のみが意識にのぼること、また、私たちの心が膨大な種類の無意識のプロセッサーから成ることを巧みに表現する。ワンマンショーをサポートするために、心は大勢のスタッフを抱えているのだ。いかなる瞬間においても、意識の内容は、背後に控えるバレーダンサーたちが織り成す、目には見えない無数の活動から生じる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),p.231,高橋洋(訳))
(索引:意識の劇場)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

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