2020年5月16日土曜日

ミエリン形成グリアが知性や学習に関係があることを示唆する事実:オリゴデンドロサイトの数と脳梁の軸索の数への環境刺激の影響(若いラット,視覚野),脳梁領域への幼少期のネグレクトの影響などがある。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))

ミエリン形成グリア

【ミエリン形成グリアが知性や学習に関係があることを示唆する事実:オリゴデンドロサイトの数と脳梁の軸索の数への環境刺激の影響(若いラット,視覚野),脳梁領域への幼少期のネグレクトの影響などがある。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))】

ミエリン形成グリアが知性や学習に何らかの関係を持ちうる事実
 (a)病気や毒素、感染によるミエリンの損傷は、多くの神経学的な障害を引き起こす。傷害や疾患のあとには、電気的コミュニケーションと機能の回復のために、ミエリンが必ず修復されなくてはならない。
 (b)オリゴデンドロサイト
  刺激の豊かな環境で成育された若いラットの視覚野では、オリゴデンドロサイトの数が27~33パーセントも増加する。その働きは、軸索の周囲を被覆して密閉し、電流の漏出を防ぐことである。
 (c)脳梁の軸索の数
  刺激の豊かな環境で育ったラットでは、脳梁のミエリンで被覆された軸索の数も増加していた。脳梁は、脳の左右両側を連結する軸索の太い束である。
 (d)幼少期のネグレクトの影響など
  幼少期にネグレクトに苦しんだ子供では、脳梁領域が17パーセント減少することが、MRIスキャンによって示されている。なかでも最も意外だったのが、統合失調症やうつ病を含むある種の精神障害を患う人たちの脳スキャンでも、白質の発達が低下していることを明かした最近の発見である。灰白質ではなく、白質である。

 「アストロサイトがニューロンを保護し、そのあらゆる要求に応えるために存在していることは認識されていたものの、それが情報処理や学習に一役買っているかもしれないとまでは、考えが及ばなかった。実験動物におけるアストロサイト数のどんな変化も、血管系の増加が示すのと同じ意味合いしか持たないと受け止められた。すなわち、豊かな環境が提供する精神的刺激の増加によって、ニューロンの要求が増大し、その要求を満たすために支持細胞が応答したにすぎないというのだ。
 とりわけ、ミエリン形成グリアが知性や学習に何らかの関係を持ちうるという発想は、通説からあまりにかけ離れていたので、真剣な考察の対象とはならなかった。神経科学者は、ミエリンの働きを理解していた。つまり、軸索の絶縁だ。電気工学を専攻する学生の大多数が、銅線を包むプラスチック製の絶縁体を研究するエレクトロニクス分野に魅力を感じないように、神経生物学の学生でミエリンに興味を持つ者はほとんどいない。彼らの情熱は、認知や学習、記憶などの秘密を解き明かすことに向けられている。ミエリン研究を行っているのはおもに、脱髄疾患を研究する医学者や生化学者だ。ヒト脳の半分は白質であるため、生化学者が破砕して均質化した脳組織から試験管内へ抽出したものの大半は、ミエリンである。また医師にとっては、ミエリンは間違いなく、常に研究の中心にある。なぜなら、傷害や疾患のあとには、電気的コミュニケーションと機能の回復のために、ミエリンが必ず修復されなくてはならないからだ。病気や毒素、感染によるミエリンの損傷は、多くの神経学的な障害を引き起こすが、情報処理や学習といった脳の中核的な仕組みには、ミエリンは無関係だと考えられていた。これは今なお支配的な見解だが、それも変わりつつある。
 では次に、見捨てられていた手がかりを順にたどってみよう。40年も前から、刺激の豊かな環境で成育された若いラットの視覚野では、オリゴデンドロサイトの数が27~33パーセントも増加することが知られていた。この奇妙な発見は、どうも辻褄が合わない。なにしろ、オリゴデンドロサイトはニューロンの情報処理に何の関係もないのだ。その働きは、軸索の周囲を被覆して密閉し、電流の漏出を防ぐことだけである。オリゴデンドロサイトは、シナプスとも、樹状突起とも、ニューロンの細胞体とも関連がない。
 この手がかりは、突拍子もなく感じられるかもしれないが、証拠はこれだけではない。裏付けはほかにもあるのだ。この奇妙な現象は、視覚野のグリアに限定されたものではなく、刺激の豊かな環境で育ったラットでは、脳梁のミエリンで被覆された軸索の数も増加していた。脳梁は、第11章で論じたとおり、脳の左右両側を連結する軸索の太い束だ。この脳梁を介する大脳半球間の連絡は、私たちの脳のデュアルプロセッサーを、単一の連動システムに統合するために欠かせない。ではなぜ、豊かな環境で成育された動物では、私たちの左右の脳を連結するこのケーブルを包んでいる絶縁体が増加し、この絶縁体を形成するオリゴデンドロサイトの集団が3分の1近くも数を増すのだろうか?
 この奇妙な現象は、下位のラット以外でも観察されている。刺激の豊かな環境で養育されたアカゲザルでも、脳梁に通常より多くのミエリンが発現する。この差異はさらに、学習および記憶の試験で、それらのサルの認知能力が向上していることとも相関していた。
 情報処理へのグリアの関与を示唆する同様の手がかりは、次々と現われており、それはヒトを対象とした研究でも同じだ。幼少期にネグレクトに苦しんだ子供では、脳梁領域が17パーセント減少することが、MRIスキャンによって示されている。なかでも最も意外だったのが、統合失調症やうつ病を含むある種の精神障害を患う人たちの脳スキャンでも、白質の発達が低下していることを明かした最近の発見である。精神を病んだ人たち、あるいはネグレクトに遭い、心を育むために必要とされる正常な刺激を奪われた子供たちで、萎縮することが予想される灰白質ではなく、白質が萎縮しているというのだ。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.480-482,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:思考,記憶,グリア,シナプスを超えた思考,ミエリン形成グリア)

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)


(出典:R. Douglas Fields Home Page
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。一個のオリゴデンドロサイトは、多数の軸索を被覆している。ミクログリアは、脳内の広い範囲を自由に動き回る。アストロサイトは一個で、10万個ものシナプスを包み込むことができる。」(中略)「グリアが利用する細胞間コミュニケーションの化学的シグナルは、広く拡散し、配線で接続されたニューロン結合を超えて働いている。こうした特徴は、点と点をつなぐニューロンのシナプス結合とは根本的に異なる、もっと大きなスケールで脳内の情報処理を制御する能力を、グリアに授けている。このような高いレベルの監督能力はおそらく、情報処理や認知にとって大きな意義を持っているのだろう。」(中略)「アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質(モジュレーター)、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。」(中略)「アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。グリアは包括的なコミュニケーション・ネットワークの役割を担っており、それによって脳内のあらゆる種類(グリア、ホルモン、免疫、欠陥、そしてニューロン)の情報を、文字どおり連係させている。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)

R・ダグラス・フィールズ(19xx-)
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ミエリン形成の大部分は、生後5年間のうちに起こるが、その後、成人期に達するまでの間に、大脳皮質の後方から前方に向って緩やかに進行し、最後に、判断や複雑な論理的思考に欠かせない大脳皮質領域に至る。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))

ミエリン形成グリア

【ミエリン形成の大部分は、生後5年間のうちに起こるが、その後、成人期に達するまでの間に、大脳皮質の後方から前方に向って緩やかに進行し、最後に、判断や複雑な論理的思考に欠かせない大脳皮質領域に至る。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))】

ミエリン形成グリア
 (a)ミエリン形成の大部分は、生後5年間のうちに起こる。
 (b)その後、成人期に達するまでの間に、大脳皮質の後方から前方に向って、緩やかな波を描くようにミエリン形成が進行する。
 (c)青年期までは、前脳のミエリン形成はまだ完全ではない。ミエリン形成が最後に完了するこの脳部位は、判断や複雑な論理的思考に欠かせない大脳皮質領域である。

 「ミエリン形成の大部分は、生後5年間のうちに起こるものの、その過程が成人早期まで続くことは、何十年も前から知られていた。これはなぜだろう? ミエリンがたんなる電気的絶縁体にすぎないのならば、なぜ出生前にその仕事が完了していたいのだろうか?
 出生後のヒト脳におけるミエリン形成の進み方には、興味深いパターンがある。完全なミエリン形成が最後に完了する脳領域は、より高次の認知機能にかかわる部分なのである。ヒト脳では、成人期に達するまでの間に、大脳皮質の後方(シャツ襟の位置)から前方(額の位置)に向って、緩やかな波を描くようにミエリン形成が進行する。この波状に進むミエリン形成は、よく知られたティーンエイジャーに特有の衝動的行動の一因かもしれない。青年期までは、前脳のミエリン形成はまだ完全ではない。ミエリン形成が最後に完了するこの脳部位は、判断や複雑な論理的思考に欠かせない大脳皮質領域なのだ。またここは、前頭葉切截術(ロボトミー)で外科医によって断ち切られた部位でもある。ロボトミーを受けた患者は、複雑な決断、計画の立案、あるいは見通しを立てることなどができなくなる。この前脳領域へつながる伝達路の形成が完成していないとすれば、青年たちは、成人脳が複雑な状況下で理性的な意思決定を行うことを可能にしている完全な神経回路を持ち合せていないことになる。
 興味深いことに、多くの社会で個人に完全な法的責任が認められる年齢は、思春期ではなくもう少しあとで、それは偶然にも、前脳のミエリンが完成する時期(20歳前後)とほぼ一致している。つまり、ミエリン形成グリアは、法的責任を認める年齢に生物学的根拠を提供していると言える。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.476-477,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:思考,記憶,グリア,シナプスを超えた思考,ミエリン形成グリア)

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)


(出典:R. Douglas Fields Home Page
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。一個のオリゴデンドロサイトは、多数の軸索を被覆している。ミクログリアは、脳内の広い範囲を自由に動き回る。アストロサイトは一個で、10万個ものシナプスを包み込むことができる。」(中略)「グリアが利用する細胞間コミュニケーションの化学的シグナルは、広く拡散し、配線で接続されたニューロン結合を超えて働いている。こうした特徴は、点と点をつなぐニューロンのシナプス結合とは根本的に異なる、もっと大きなスケールで脳内の情報処理を制御する能力を、グリアに授けている。このような高いレベルの監督能力はおそらく、情報処理や認知にとって大きな意義を持っているのだろう。」(中略)「アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質(モジュレーター)、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。」(中略)「アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。グリアは包括的なコミュニケーション・ネットワークの役割を担っており、それによって脳内のあらゆる種類(グリア、ホルモン、免疫、欠陥、そしてニューロン)の情報を、文字どおり連係させている。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)

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2020年5月15日金曜日

感情や意図の共感能力と、現実に発生する残虐行為との矛盾の解決には、意識的、顕在的な問題を意識以前の潜在的な観点から理解し、局地的に作用しがちな共感が、他文化理解の基盤でもあることを解明する必要がある。(マルコ・イアコボーニ(1960-))

意識と無意識、局地的と普遍的

【感情や意図の共感能力と、現実に発生する残虐行為との矛盾の解決には、意識的、顕在的な問題を意識以前の潜在的な観点から理解し、局地的に作用しがちな共感が、他文化理解の基盤でもあることを解明する必要がある。(マルコ・イアコボーニ(1960-))】

(2.3)(2.4)追加。

(1)問題:人は感情や意図を共有し合える能力を持っているにもかかわらず、なぜ残虐にもなれるのか。
  人は感情や意図を共有し合える能力を持っているにもかかわらず、現実に発生する残虐行為を解決するには、科学的な事実と制度・政策との関係、人間の生物学的組成と社会性、自由意志の問題の解明が必要である。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
 (1.1)感情や意図の共有
  感情や意図を共有し合えるという能力は、人と人とを意識以前の基本的なレベルで互いに深く結びつけ、人間の社会的行動の根本的な出発点でもある。
 (1.2)残虐行為が存在するという事実
(2)仮説
 (2.1)科学的な事実と、制度・政策との関係の問題、人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題
  共感を促進するのと同じ神経生物学的メカニズムが、特定の環境や背景のものでは共感的行動と正反対の行動を生じさせている可能性があるが、科学的な事実と制度・政策との関係の問題と、人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題が絡み、解決を難しくしている。
  (2.1.1)暴力的な映像による模倣暴力の事例
    暴力的な映像による模倣暴力の存在は、実験で検証されている。攻撃的な行動は、未就学児でも青年期でも、性別、生来の性格、人種によらず一貫して観察される。実際の社会においても、因果関係が実証されている。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
  (2.1.2)科学的な事実と、制度・政策との関係の問題
   (a)これを解明するためには、科学的な事実を、社会全般の幸福を促進するための政策策定に反映させる制度的な仕組みが必要だが、そのような体制にはなっていない。
   (b)規制すべきかどうかの問題。言論の自由との絡みがある。
   (c)規制すべきかどうかの問題。市場と金銭的利害との絡みがある。
  (2.1.3)人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題
   (a)社会性と人間の自由意志の関係
    人間の最大の成功ではないかとも思える私たちの社会性が、一方では私たちの個としての自主性を制限する要因でもあることを示唆している。これは長きにわたって信じられてきた概念に対する重大な修正である。
   (b)人間の生物学的組成と自由意志の関係
    一方、人間はその生物学的組成を乗り越えて、自らの考えを社会の掟を通じて自らを定義できるとする見方がある。

 (2.2)顕在的、計画的、意識的レベルと潜在的、反射的、意識以前のレベルの問題
  社会を形成する計画的で意識的な対話を、潜在的レベルの共感で基礎づけて理解することが、問題解決の鍵である。
  (2.2.1)顕在的、計画的、意識的レベル
    社会は明らかに、顕在的で、計画的で、意識的な対話の上に築かれる。
  (2.2.2)潜在的、反射的、意識以前のレベル
   (a)ミラーニューロンは前運動ニューロンであり、したがって私たちが意識して行う行動とはほとんど関係がない。潜在的で、反射的な、意識以前の現象である。
   (b)道徳の基盤は、人から「動かされる」こと、すなわち共感である。

 (2.3)局地的に作用する共感が、同時に他文化を理解する基盤でもある
  (2.3.1)共感の局地性
   (a)ミラーリングと模倣の強力な効果は、きわめて局地的である。
   (b)そうしてできあがった文化は互いに連結しないため、昨今、世界中のあちこちで見られるように、最終的に衝突にいたってしまう。
   (c)地域伝統の模倣が、個人の強力な形成要因として強く強調されている。そして、人々は集団の伝統を引き継ぐ者になる。
  (2.3.2)普遍的な共感性の可能性
   (a)私たちをつなぎあわせる神経生物学的機構が存在する。
   (b)神経生物学的メカニズムは、別の文化の存在を明かすこともできる。
   (c)ただし、宗教的または政治的な信念体系は、大きな影響力を持ち、真の異文化間の出会いを難しくしている。

 「理解と共感を促す神経生物学上の根本的な原動力が、その有益な効果を損なわれている第二の要因は、この神経生物学上の原動力が最もよく働く「レベル」にある。前にも述べたようにミラーニューロンは前運動ニューロンであり、したがって私たちが意識して行う行動とはほとんど関係がない。実際、カメレオン効果のようなミラーリング行動は、潜在的で、反射的な、意識以前の行動と思われる。一方、社会は明らかに、顕在的で、計画的で、意識的な対話の上に築かれる。潜在的な心理過程と顕在的な心理過程はめったに相互作用しない。むしろ分離するぐらいだ。しかし神経科学によるミラーニューロンの発見は、意識的なレベルでの他人の理解に対し、意識以前の神経生物学的なミラーリングのメカニズムがあることを明らかにしてしまった。この本が論争に巻き込まれるなら本望である。人はミラーリングの神経機構がどう働いているかを直感的に理解しているように見える。この研究のことを話すと、相手はみな――少なくも私の経験では――わかってくれる。自分がすでに意識以前のレベルで「知って」いることを、ようやく明確に言葉にできたのだ。」(中略)「誰か別の人を見ているときに心の中で動きを調整しようとすれば、その心の中で身体接触のようなものが起こる。人は「動かされる」ことが共感の基盤であり、ひいては道徳の基盤でもあると《直感的に》知っているらしい。この人間の共感的な性質をもっと顕在的なレベルで理解することが、いずれ社会を形成する計画的で意識的な対話の要因になってくれることを祈るばかりだ。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第11章 実存主義神経科学と社会,早川書房(2009),pp.329-330,塩原通緒(訳))
(索引:)
 「ミラーリングネットワークの好ましい効果であるべきものを抑制してしまう第三の要因は、さまざまな人間の文化を形成するにあたってのミラーリングと模倣の強力な効果が、きわめて《局地的》であることに関係している。そうしてできあがった文化は互いに連結しないため、昨今、世界中のあちこちで見られるように、最終的に衝突にいたってしまう。もともと実存主義現象学の流派では、地域伝統の模倣が個人の強力な形成要因として強く強調されている。人は集団の伝統を引き継ぐ者になる。当然だろう? しかしながら、この地域伝統の同化を可能にしているミラーリングの強力な神経生物学的メカニズムは、別の文化の存在を明かすこともできる。ただし、そうした出会いが本当に可能であるならばの話だ。私たちをつなぎあわせる根本的な神経生物学的機構を絶えず否定する巨大な信念体系――宗教的なものであれ政治的なものであれ――の影響があるかぎり、真の異文化間の出会いは決して望めない。
 私たちは現在、神経科学からの発見が、私たちの住む社会や私たち自身についての理解にとてつもなく深い影響と変化を及ぼせる地点に来ていると思う。いまこそこの選択肢を真剣に考慮すべきである。人間の社会性の根本にある強力な神経生物学的メカニズムを理解することは、どうやって暴力行為を減らし、共感を育て、自らの文化を保持したまま別の文化に寛容となるかを決定するのに、とても貴重な助けとなる。人間は別の人間と深くつながりあうように進化してきた。この事実に気づけば、私たちはさらに密接になれるし、また、そうしなくてはならないのである。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第11章 実存主義神経科学と社会,早川書房(2009),pp.331-332,塩原通緒(訳))
(索引:意識,無意識,共感能力,残虐行為,他文化理解)

ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ新書juice)


(出典:UCLA Brain Research Institute
マルコ・イアコボーニ(1960-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「ミラーリングネットワークの好ましい効果であるべきものを抑制してしまう第三の要因は、さまざまな人間の文化を形成するにあたってのミラーリングと模倣の強力な効果が、きわめて《局地的》であることに関係している。そうしてできあがった文化は互いに連結しないため、昨今、世界中のあちこちで見られるように、最終的に衝突にいたってしまう。もともと実存主義的現象学の流派では、地域伝統の模倣が個人の強力な形成要因として強く強調されている。人は集団の伝統を引き継ぐ者になる。当然だろう? しかしながら、この地域伝統の同化を可能にしているミラーリングの強力な神経生物学的メカニズムは、別の文化の存在を明かすこともできる。ただし、そうした出会いが本当に可能であるならばの話だ。私たちをつなぎあわせる根本的な神経生物学的機構を絶えず否定する巨大な信念体系――宗教的なものであれ政治的なものであれ――の影響があるかぎり、真の異文化間の出会いは決して望めない。
 私たちは現在、神経科学からの発見が、私たちの住む社会や私たち自身についての理解にとてつもなく深い影響と変化を及ぼせる地点に来ていると思う。いまこそこの選択肢を真剣に考慮すべきである。人間の社会性の根本にある強力な神経生物学的メカニズムを理解することは、どうやって暴力行為を減らし、共感を育て、自らの文化を保持したまま別の文化に寛容となるかを決定するのに、とても貴重な助けとなる。人間は別の人間と深くつながりあうように進化してきた。この事実に気づけば、私たちはさらに密接になれるし、また、そうしなくてはならないのである。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第11章 実存主義神経科学と社会,早川書房(2009),pp.331-332,塩原通緒(訳))
(索引:)

マルコ・イアコボーニ(1960-)
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鉛筆を口にくわえてほほ笑みの顔にすると、他者のほほ笑みの検知が困難になる。他者の顔が自己の運動表象等を生じ、その知覚が他者の情動を了解させるが、先行する同じ運動が知覚を妨げ、この現象が生じる。(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-))

ミラーニューロンの働き

【鉛筆を口にくわえてほほ笑みの顔にすると、他者のほほ笑みの検知が困難になる。他者の顔が自己の運動表象等を生じ、その知覚が他者の情動を了解させるが、先行する同じ運動が知覚を妨げ、この現象が生じる。(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-))】

(1)鉛筆を口にくわえる実験
 (1.1)実験事実
  (a)鉛筆をくわえて口を横に広げ、ほほ笑んでいるような格好にすると、他の人のほほ笑みを検知するのが困難になる。
  (b)しかし、しかめ面の検知には影響しない。
 (1.2)解釈(仮説)
  (a)鉛筆を口にくわえることによって、ほほ笑みに使われるのと同じ筋肉の多くが活性化される。
  (b)活性化された筋肉の情報が、ミラーニューロン・システムに流れ込む。
  (c)他者のほほ笑みの検知は、他者のほほ笑みという視覚情報に対して、自分のほほ笑みに使う筋肉を動かそうという表象が現れ、この表象の知覚が相手の感情の知覚となる。ところが、既に同じ筋肉が使われてしまっているので、相手のほほ笑みを検知することが困難となる。
  (d)参照: 他者の情動の表出を見るとき、その情動の基盤となっている内臓運動の表象が現れ、他者の情動が直ちに感知される。これは潜在的な場合もあれば実行されることもあり、複雑な対人関係の基盤の必要条件となっている。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

(2)左の縁上回に病変のある失行の患者の事例
 (2.1)症状
  (a)熟練を要する動作のまねが困難
   お茶をかきまぜる、ハンマーで釘を打つといった熟練を要する動作のまねをすることができない。
  (b)行動のメタファーが理解困難
   失行の患者は、たとえば「夢を追う」などの行動にもとづいたメタファーの解釈も苦手とするという事実がある。
 (2.2)解釈(仮説)
  (a)他者の対象物への働きかけという視覚情報の知覚が、その同じ働きかけの運動感覚の表象を生じさせ、他者の運動の意図を理解させる。これがミラーニューロンである。とするならば、熟練を要する動作の解釈が困難になることがわかる。
  (b)同様に、言葉により視覚情報が喚起されても、その視覚情報から、どんな運動なのかを理解させる自己の運動感覚の表象が生じなければ、理解が生じない。このことから、行動のメタファーの理解が困難になることがわかる。
  (c)対象物を見ると、それを操作する運動感覚の表象が伴う。これはカノニカルニューロンが実現している。また、他者の対象物への働きかけを見ると、その運動感覚の表象が伴う。これはミラーニューロンが実現している。(ジャコモ・リゾラッティ(1938-))

 「このミラーニューロン仮説で、ほかにもいくつか自閉症の奇異な症状が説明できる。たとえば、以前から知られているように、自閉症の子どもはことわざやメタファーの解釈が苦手な場合が多く、「落ち着いて(get a grip on yourself)(字義どおりに解釈すると、「自分をしっかりつかめ」という意味になる)」と言われると、自分の体をつかみはじめたりする。私たちは、「輝くものがみな金とは限らない(見かけはあてにならない)」ということわざの意味を説明するように求められた何人かの高機能自閉症患者が、「それは単に黄色い金属で、必ずしも金だとは限らないという意味です」と答える場面を経験した。このようなメタファーの解釈に対する困難は、自閉症児の一部に見られるだけだが、説明を必要とする。」(中略)「一つの具体的な例として、私がリンゼイ・オーバーマン、ピョトル・ウィンキールマンと共同でおこなった実験を紹介したい。私たちはその実験で、鉛筆を(くつわのように)くわえて口を横に広げ、ほほ笑んでいるような格好にすると、ほかの人のほほ笑みを検知するのが困難になる(しかめ面の検知には影響しない)という事実を示した。それは、鉛筆を口にくわえることによって、ほほ笑みに使われるのと同じ筋肉の多くが活性化され、その情報がミラーニューロン・システムに流れこんで、行動と知覚との混同を起こすためである(ある種のミラーニューロンは、あなたがある表情をしているときと、ほかの人のそれと同じ表情を観察しているときに発火する)。この実験結果は、行動と知覚が脳のなかで、一般に想定されているよりもはるかに密接にからみあっていることを示している。
 それが、自閉症やメタファーとどんな関係があるのだろうか? 私たちは最近、左の縁上回に病変のある失行の患者(お茶をかきまぜる、ハンマーで釘を打つといった熟練を要する動作のまねをすることができない患者)は、行動にもとづいたメタファー(たとえば「夢を追う」など)の解釈も苦手とするということに気づいた。縁上回にもミラーニューロンが存在するので、この所見は、人間のミラーニューロン・システムが熟練を要する動作の解釈に関与しているだけでなく、行動のメタファーの理解や、さらには身体性認知のほかの側面にも関与していることを示唆している。ミラーニューロンはサルにもあるが、彼らのミラーニューロンがメタファーに関与するためには、サルがさらに高度な複雑化のレベルに、すなわち人間だけにみられるようなたぐいのレベルに到達する必要があるのかもしれない。」
(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-),『物語を語る脳』,第5章 スティーヴンはどこに? 自閉症の謎,(日本語名『脳のなかの天使』),角川書店(2013),pp.205-206,山下篤子(訳))
(索引:ミラーニューロン,情動の検知,失行,行動のメタファー)

脳のなかの天使



(出典:wikipedia
ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「バナナに手をのばすことならどんな類人猿にもできるが、星に手をのばすことができるのは人間だけだ。類人猿は森のなかで生き、競いあい、繁殖し、死ぬ――それで終わりだ。人間は文字を書き、研究し、創造し、探究する。遺伝子を接合し、原子を分裂させ、ロケットを打ち上げる。空を仰いでビッグバンの中心を見つめ、円周率の数字を深く掘り下げる。なかでも並はずれているのは、おそらく、その目を内側に向けて、ほかに類のない驚異的なみずからの脳のパズルをつなぎあわせ、その謎を解明しようとすることだ。まったく頭がくらくらする。いったいどうして、手のひらにのるくらいの大きさしかない、重さ3ポンドのゼリーのような物体が、天使を想像し、無限の意味を熟考し、宇宙におけるみずからの位置を問うことまでできるのだろうか? とりわけ畏怖の念を誘うのは、その脳がどれもみな(あなたの脳もふくめて)、何十億年も前にはるか遠くにあった無数の星の中心部でつくりだされた原子からできているという事実だ。何光年という距離を何十億年も漂ったそれらの粒子が、重力と偶然によっていまここに集まり、複雑な集合体――あなたの脳――を形成している。その脳は、それを誕生させた星々について思いを巡らせることができるだけでなく、みずからが考える能力について考え、不思議さに驚嘆する自らの能力に驚嘆することもできる。人間の登場とともに、宇宙はにわかに、それ自身を意識するようになったと言われている。これはまさに最大の謎である。」
(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-),『物語を語る脳』,はじめに――ただの類人猿ではない,(日本語名『脳のなかの天使』),角川書店(2013),pp.23-23,山下篤子(訳))

ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-)
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2020年5月14日木曜日

情動は,対象の感知による一時的変化が,体液性信号と神経信号を通じ全身に伝播し,内部環境,内臓,筋骨格の状態,身体風景の表象を変化させ,脳状態の変更を通じて,特定行動誘発,認知処理モードの変化等を引き起こす。(アントニオ・ダマシオ(1944-))

情動が引き起こす身体変化と脳変化

【情動は,対象の感知による一時的変化が,体液性信号と神経信号を通じ全身に伝播し,内部環境,内臓,筋骨格の状態,身体風景の表象を変化させ,脳状態の変更を通じて,特定行動誘発,認知処理モードの変化等を引き起こす。(アントニオ・ダマシオ(1944-))】

  (2.3.5)「脳や身体の状態を一時的に変更する」情動の身体過程
   (a)情動対象を感知する。
    (a.1)感覚で与えられた対象や事象を感知し、評価する。
    (場所:感覚連合皮質と高次の大脳皮質)
    (a.2)「あたかも身体ループ」:想起された対象や事象を感知し、評価する。
     この「あたかも」機構は、単に情動と感情にとって重要なだけでなく、「内的シミュレーション」とも言える一種の認知プロセスにとっても重要である。
   (b)有機体の状態が一時的に変化する。
    (b.1)身体状態と関係する変化:「身体ループ」または「あたかも身体ループ」
     (i)自動的に、神経的/化学的な反応の複雑な集まりが、引き起こされる。
     (場所:例えば「恐れ」であれば扁桃体が誘発し、前脳基底、視床下部、脳幹が実行する。)
     (ii)2種類の信号が変化を伝播する。
      (1)体液性信号:血流を介して運ばれる化学的メッセージ
      (2)神経信号:神経経路を介して運ばれる電気化学的メッセージ
     (iii)身体の内部環境、内蔵、筋骨格システムの状態が一時的に変化する。
      情動的状態は、身体の化学特性の無数の変化、内臓の状態の変化、そして顔面、咽喉、胴、四肢のさまざまな横紋筋の収縮の程度を変化させる。
     (iv)身体風景の表象が変化する。
      二種類の信号の結果として身体風景が変化し、脳幹から上の中枢神経の体性感覚構造に表象される。
    (b.2)認知状態と関係する変化
     脳構造の状態も一時的に変化し、身体のマップ化や思考へも影響を与える。
     次項目「思考や行動に影響を与える」へ。
   (c)有機体の一次的変化の表象
    一次的に変化した有機体の状態は、イメージとして表象される。
   (d)対象の意識化と自己感の発生
    有機体の一時的変化の表象は、情動の対象を強調し意識的なものに変化させる。同時に、対象を認識している自己感が出現する。
  (2.3.6)「思考や行動に影響を与える」:認知状態と関係する変化
   (a)情動のプロセスによって前脳基底部、視床下部、脳幹の核にいくつかの化学物質が分泌される。
   (b)分泌された神経調節物質が、大脳皮質、視床、大脳基底核に送られる。
   (c)その結果、以下のような重要な変化が多数起こる。
    (i)特定の行動の誘発
     たとえば、絆と養育、遊びと探索。
    (ii)現在進行中の身体状態の処理の変化
     たとえば、身体信号がフィルターにかけられたり通過を許されたり、選択的に抑制されたり強化されたりして、快、不快の質が変化することがある。
    (iii)認知処理モードの変化
     たとえば、聴覚イメージや視覚イメージに関して、遅いイメージが速くなる、シャープなイメージがぼやける、といった変化。この変化は情動の重要な要素である。
    (iv)引き起こされた特有な身体的パターン、行動パターンの種類がいくつか存在する。

「ある感情の基盤を構成する一連のニューラル・パターンは、二種類の生物学的変化の中で生じる。身体状態と関係する変化と、認知状態と関係する変化である。身体状態と関係する変化は、二つの機構によって実現される。一つの機構は、私が「身体ループ」と呼ぶもの。それは体液性信号(血流を介して運ばれる化学的メッセージ)と神経信号(神経経路を介して運ばれる電気化学的メッセージ)の双方を使う。二種類の信号の結果として身体風景が変化し、それは脳幹から上の中枢神経の体性感覚構造に表象される。
 身体風景の表象の変化は、部分的に「あたかも身体ループ」という別の機構によってもなされる。この代替的な機構では、身体関係の変化の表象が、たとえば前頭前皮質などにある他の神経部位の制御のもとで、直接、感覚身体マップの中につくられる。「あたかも」本当に身体が変化したかのようだが、実際にはそうではない。この「あたかも身体ループ」の機構は、部分的ないし全面的に身体をバイパスするようになっている。私はこれまで、身体をバイパスすることは時間とエネルギーを節約し、状況によってそれはひじょうに有用なものだと言ってきた。この「あたかも」機構は、単に情動と感情にとって重要なだけでなく、「内的シミュレーション」とも言える一種の認知プロセスにとっても重要だ。
 一方、認知状態と関係する変化が生み出されるのは、情動のプロセスによって前脳基底部、視床下部、脳幹の核にいくつかの化学物質が分泌され、それらの物質が他のいくつかの脳部位に送られるときだ。これらの核が大脳皮質、視床、大脳基底核に神経調節物質を放つと、それにより脳の作用に重要な変化が多数起こる。私が考えているもっとも重要な変化には以下のものがある。
(1) 特定の行動(たとえば、絆と養育、遊びと探索)の誘発。
(2) 現在進行中の身体状態の処理の変化(たとえば、身体信号がフィルターにかけられたり通過を許されたり、選択的に抑制されたり強化されたりして、快、不快の質が変化することがある)。
(3) 認知処理モードの変化(たとえば、聴覚イメージや視覚イメージに関して、遅いイメージが速くなる、シャープなイメージがぼやける、といった変化。この変化は情動の重要な要素である)。」(中略)
「要するに、情動的状態は身体の化学特性の無数の変化、内臓の状態の変化、そして顔面、咽喉、胴、四肢のさまざまな横紋筋の収縮の程度の変化によってきまる。しかし情動的状態はまた、そうした変化を引き起こすとともに脳そのものの中のいくつかの神経回路の状態に、重要な変化をもたらしている一連の神経構造における変化によってもきまる。
 情動とは具体的に生じた有機体の状態の一時的変化、と単純に定義するなら、情動を感じるとは、つぎのように単純に定義できる。つまり、情動を感じるとは、有機体の状態のそうした一時的変化を、ニューラル・パターンとそれがもたらすイメージで表象することだ。そして、それらのイメージにただちに認識中の自己感が伴い、それらのイメージが強調されると、それらは意識的なものとなる。真の意味で、それらのイメージは「感情の感情」(feeling of feelings)である。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『起こっていることの感覚』(日本語名『無意識の脳 自己意識の脳』)第4部 身体という劇場、第9章 情動と感情の基盤は何か、pp.336-338、講談社(2003)、田中三彦(訳))
(索引:身体,情動,感情,体液性信号,神経信号,内部環境,身体風景)

無意識の脳 自己意識の脳


(出典:wikipedia
アントニオ・ダマシオ(1944-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「もし社会的情動とその後の感情が存在しなかったら、たとえ他の知的能力は影響されないという非現実的な仮定を立てても、倫理的行動、宗教的信条、法、正義、政治組織といった文化的構築物は出現していなかったか、まったく別の種類の知的構築物になっていたかのいずれかだろう。が、少し付言しておきたい。私は情動と感情だけがそうした文化的構築物を出現させているなどと言おうとしているのではない。第一に、そうした文化的構築物の出現を可能にしていると思われる神経生物学的傾性には、情動と感情だけでなく、人間が複雑な自伝を構築するのを可能にしている大容量の個人的記憶、そして、感情と自己と外的事象の密接な相互関係を可能にしている延長意識のプロセスがある。第二に、倫理、宗教、法律、正義の誕生に対する単純な神経生物学的解釈にはほとんど望みがもてない。あえて言うなら、将来の解釈においては神経生物学が重要な役割を果たすだろう。しかし、こうした文化的現象を十分に理解するには、人間学、社会学、精神分析学、進化心理学などからの概念と、倫理、法律、宗教という分野における研究で得られた知見を考慮に入れる必要がある。実際、興味深い解釈を生み出す可能性がもっとも高いのは、これらすべての学問分野と神経生物学の〈双方〉から得られた統合的知識にもとづいて仮説を検証しようとする新しい種類の研究だ。」
(アントニオ・ダマシオ(1944-)『スピノザを探し求めて』(日本語名『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』)第4章 感情の存在理由、pp.209-210、ダイヤモンド社(2005)、田中三彦(訳))

アントニオ・ダマシオ(1944-)
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意識化されない無数の感覚刺激の中から、意味のある情報をふるい分ける機能の一部として、意識化に必要な持続時間条件があり、また「注意」による選択の仕組みが存在する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))

意識のフィルター機能

【意識化されない無数の感覚刺激の中から、意味のある情報をふるい分ける機能の一部として、意識化に必要な持続時間条件があり、また「注意」による選択の仕組みが存在する。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))】

ふるい分けされた、ごく一部の感覚入力が意識化される
 無数の感覚刺激が意識化されたら、無意味な騒音を抱え込みすぎることになる。意識はふるい分けの機能によって、一度にごく少数の事象や問題に集中することが可能になる。
 (1)意識化されない感覚入力をふるい分けるための仕組み
  (a)意識化に必要な持続時間条件
  (b)注意の機能
   おそらく注意のメカニズムが、与えられた選択された反応を、意識を引き出すために、十分に長い時間持続させる。
   参考:意識を伴わない感覚信号の検出、精神機能、ニューロン活動が存在し、活動の持続時間が500ms以上になると意識的な機能となる。持続時間の延長には、「注意」による選択が関与しているらしい(仮説)。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))
 (2)意識化されない無数の感覚刺激
  脳には、1秒間に何千回もの感覚入力が到達しているが、意識化されない。

 「(8) 意識経験のタイム-オン(持続時間)の必要条件は、どの時点においても意識経験を制限する「フィルター機能」の機能を果たすことができます。1秒間に何千回も脳に到達する感覚入力のうち、意識的なアウェアネスを生み出すことができるものはほとんどないことは明らかです。しかし、これらの感覚入力が、無意識に、重大な脳と心の反応へとつながる可能性があります。フランスの哲学者アンリ・ベルグソンは、感覚入力への意識を伴う反応が人間自身を圧倒しないように、脳はほとんどの感覚入力を意識化することからブロックすることができると提唱しました。現在の私たちの実験的な発見によって、このブロッキングを達成する生理学的なメカニズムが明らかにできるでしょう。
 つまり、私たちは次のように提案したいのです。大部分の感覚入力は適切な脳神経細胞が十分な長さのタイム-オン(持続時間)にわたって活動し続けていないため、それらの感覚入力は無意識のままになるのではないでしょうか。おそらく注意のメカニズムが、与えられた選択された反応を、アウェアネスを引き出すために十分に長い時間持続されるのでしょう。しかし、明らかに、注意そのものはアウェアネスのメカニズムには十分なものではありません。このように、アウェアネスのためのタイム-オン(持続時間)の必要条件は、アウェアネスに未だ至らない感覚入力をスクリーニングするためのメカニズムの一部でもあります。
 入力のスクリーニングまたはフィルタリングによって、意識的なアウェアネスが混乱することを避けられ、一度にごく少数の事象や問題に集中することが可能になるのです。もしあなたがすべての感覚入力に気づくようになったとしたら、意識事象の無意味な騒音を抱え込みすぎることになるでしょう。おそらくある種の精神障害は、アウェアネスに必要な脳活動の持続時間の異常な減少によって、このようなフィルターメカニズムが適切に働かないことを反映しているのでしょう。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第3章 無意識的/意識的な精神機能,岩波書店(2005),pp.134-135,下條信輔(訳))
(索引:無意識,意識,精神機能,フィルター機能)

マインド・タイム 脳と意識の時間


(出典:wikipedia
ベンジャミン・リベット(1916-2007)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
 私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
(索引:)

ベンジャミン・リベット(1916-2007)
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農水省は,一般品種は自由に自家増殖でき,制限されるのは登録品種だけだと説明するが,登録品種の数は急激に増えている。(日本の種子を守る会(2017-))

一般品種と登録品種

【農水省は,一般品種は自由に自家増殖でき,制限されるのは登録品種だけだと説明するが,登録品種の数は急激に増えている。(日本の種子を守る会(2017-))】

 「1、自家増殖禁止、品種登録制度の全面化による農家経営の圧迫に反対します。
(1) 種苗を開発し品種登録可能なのは、投資額と開発時間などにより、主に公的機関か 大企業が占めることが想定されます。その公的機関を縮小しその開発知見を民間に 移管するとする農業競争力強化支援法の下では、特定多国籍企業による占有が危惧 されます。
(2) 海外流出を「育成者の意図しない国や地域への防止」としていますが、日本の公的 機関が持つ育種知見が多国籍企業に移管されればむしろ日本の税金で育成された 種苗を合法的に海外に流出させてしまうことです。
(3) 農家などが「自家増殖を自由にできる一般品種」は現実にはその使用実態は把握さ れておらず、ここ数年で許諾を必要とする「品種登録の急速な増加」と今後の「登 録品種の拡大」により自由に使用できる「一般品種の大幅な縮小」が危惧されます。
(4) 農家の現場は、イチゴや芋類、サトウキビなど多種類が種苗を毎年新規に購入しそ のまま使う割合は 1 割以下であり、ほとんどが自家増殖で増やして使用していま す。その自家増殖を許諾制及び使用料が必要となれば、農家経営を圧迫し破綻に追 いやることです。
(5) 農水省は自家増殖禁止は世界のスタンダードであるかのように言いますが、米国で も EU でも主食などその国に重要な作物には例外として許可されており、今回の改 正案のように例外なしで一律に許諾制にしてしまう国は世界のどこにもありませ ん。
(6) 農水省は、今までとおり許諾制や使用料を支払う必要のない一般品種がほとんどだ と農家の不安を消すような情報を出しています。しかし、在来種などを守る法制度 が存在しない中で、果たして法に守られた登録品種と守られない在来品種との間で 訴訟になった時に、在来品種を使う農家の権利が守られるか、大きな疑問が存在し ています。」
種苗法改定案に対する見解 2020/4/9日本の種子を守る会
(索引:)

農水省の言う通り"登録品種の海外流出防止"が目的ならば,むしろ公的機関による管理が望ましく,貴重な知見を民間企業へ移行することは逆効果であり,手段が間違っている。あるいは別の目的があるのか?(日本の種子を守る会(2017-))

海外流出防止?

【農水省の言う通り"登録品種の海外流出防止"が目的ならば,むしろ公的機関による管理が望ましく,貴重な知見を民間企業へ移行することは逆効果であり,手段が間違っている。あるいは別の目的があるのか?(日本の種子を守る会(2017-))】

 「1、自家増殖禁止、品種登録制度の全面化による農家経営の圧迫に反対します。
(1) 種苗を開発し品種登録可能なのは、投資額と開発時間などにより、主に公的機関か 大企業が占めることが想定されます。その公的機関を縮小しその開発知見を民間に 移管するとする農業競争力強化支援法の下では、特定多国籍企業による占有が危惧 されます。
(2) 海外流出を「育成者の意図しない国や地域への防止」としていますが、日本の公的 機関が持つ育種知見が多国籍企業に移管されればむしろ日本の税金で育成された 種苗を合法的に海外に流出させてしまうことです。
(3) 農家などが「自家増殖を自由にできる一般品種」は現実にはその使用実態は把握さ れておらず、ここ数年で許諾を必要とする「品種登録の急速な増加」と今後の「登 録品種の拡大」により自由に使用できる「一般品種の大幅な縮小」が危惧されます。
(4) 農家の現場は、イチゴや芋類、サトウキビなど多種類が種苗を毎年新規に購入しそ のまま使う割合は 1 割以下であり、ほとんどが自家増殖で増やして使用していま す。その自家増殖を許諾制及び使用料が必要となれば、農家経営を圧迫し破綻に追 いやることです。
(5) 農水省は自家増殖禁止は世界のスタンダードであるかのように言いますが、米国で も EU でも主食などその国に重要な作物には例外として許可されており、今回の改 正案のように例外なしで一律に許諾制にしてしまう国は世界のどこにもありませ ん。
(6) 農水省は、今までとおり許諾制や使用料を支払う必要のない一般品種がほとんどだ と農家の不安を消すような情報を出しています。しかし、在来種などを守る法制度 が存在しない中で、果たして法に守られた登録品種と守られない在来品種との間で 訴訟になった時に、在来品種を使う農家の権利が守られるか、大きな疑問が存在し ています。」
種苗法改定案に対する見解 2020/4/9日本の種子を守る会
(索引:)

そもそも,種苗の開発には多くの時間と費用が必要なため,開発できるのは公的機関か大企業が中心である。このような中で,種苗事業を公的機関から民間へ移行する(農業競争力強化支援法8条4項)なら,どうなるか?(日本の種子を守る会(2017-))

農業競争力強化支援法

【そもそも,種苗の開発には多くの時間と費用が必要なため,開発できるのは公的機関か大企業が中心である。このような中で,種苗事業を公的機関から民間へ移行する(農業競争力強化支援法8条4項)なら,どうなるか?(日本の種子を守る会(2017-))】
 「1、自家増殖禁止、品種登録制度の全面化による農家経営の圧迫に反対します。
(1) 種苗を開発し品種登録可能なのは、投資額と開発時間などにより、主に公的機関か 大企業が占めることが想定されます。その公的機関を縮小しその開発知見を民間に 移管するとする農業競争力強化支援法の下では、特定多国籍企業による占有が危惧 されます。
(2) 海外流出を「育成者の意図しない国や地域への防止」としていますが、日本の公的 機関が持つ育種知見が多国籍企業に移管されればむしろ日本の税金で育成された 種苗を合法的に海外に流出させてしまうことです。
(3) 農家などが「自家増殖を自由にできる一般品種」は現実にはその使用実態は把握さ れておらず、ここ数年で許諾を必要とする「品種登録の急速な増加」と今後の「登 録品種の拡大」により自由に使用できる「一般品種の大幅な縮小」が危惧されます。
(4) 農家の現場は、イチゴや芋類、サトウキビなど多種類が種苗を毎年新規に購入しそ のまま使う割合は 1 割以下であり、ほとんどが自家増殖で増やして使用していま す。その自家増殖を許諾制及び使用料が必要となれば、農家経営を圧迫し破綻に追 いやることです。
(5) 農水省は自家増殖禁止は世界のスタンダードであるかのように言いますが、米国で も EU でも主食などその国に重要な作物には例外として許可されており、今回の改 正案のように例外なしで一律に許諾制にしてしまう国は世界のどこにもありませ ん。
(6) 農水省は、今までとおり許諾制や使用料を支払う必要のない一般品種がほとんどだ と農家の不安を消すような情報を出しています。しかし、在来種などを守る法制度 が存在しない中で、果たして法に守られた登録品種と守られない在来品種との間で 訴訟になった時に、在来品種を使う農家の権利が守られるか、大きな疑問が存在し ています。」
種苗法改定案に対する見解 2020/4/9日本の種子を守る会
(索引:)

"種苗法改正"の根源的な問題は,農漁業者の保護育成とは反対に,農業者を支えてきた公的な種苗事業を民間へ移行するという路線(農業競争力強化支援法8条4項)に沿い,農業者の自家増殖を制限することにある。(日本の種子を守る会(2017-))

公的な種苗事業を民間へ移行すること

【"種苗法改正"の根源的な問題は,農漁業者の保護育成とは反対に,農業者を支えてきた公的な種苗事業を民間へ移行するという路線(農業競争力強化支援法8条4項)に沿い,農業者の自家増殖を制限することにある。(日本の種子を守る会(2017-))】

 「まず、この法案は農漁業者への影響が甚大であると想定されるので、充分な時間をとり農 漁業者の幅広い意見を反映させて審議されるべきであると考えます。したがって現在の新 型コロナウィルス対応の緊急事態での拙速な審議は延期すべきであると申し上げます。

日本の種子を守る会は、今回農水省による改正案の問題は農業競争力強化支援法や 2017年11月の農水省事務次官の通知にあるように、公的な種苗事業を民間に移すという路線の元 に、事実上、多国籍企業にその権利を移そうとしていることに根源的な問題があると指摘し ます。農林水産業の担い手である「多数の農漁業者の保護育成」とは反対の改正法案となっ ている事です。農林水産業の担い手である地域の農家や地域の種苗会社も、都道府県の公共 種苗事業もこうした中で崩壊の危機に瀕します。」
種苗法改定案に対する見解 2020/4/9日本の種子を守る会

(索引:種苗法改正,公的な種苗事業,農業競争力強化支援法)

いま農業者は,県で開発された品種を購入,毎年株分けして増殖,栽培,出荷している。ところが"種苗法改正"で登録品種の自家増殖が禁止になると,対価を払って許諾を得るか,一般品種に変えざるを得なくなる。(山田正彦(1942-))

登録品種の自家増殖が禁止

【いま農業者は,県で開発された品種を購入,毎年株分けして増殖,栽培,出荷している。ところが"種苗法改正"で登録品種の自家増殖が禁止になると,対価を払って許諾を得るか,一般品種に変えざるを得なくなる。(山田正彦(1942-))】

 「登録された品種について自家増殖一律禁止となる、種苗法の今回審議される改定についての大事な話です。
ウドは日本の伝統的な品種だと思ってましたが、 すでにウドでも芳香1号2号という栃木県による品種が登録されています。
平成24年に登録されたのでまだ育種権の保護期間が20年近くあります。
私は栃木県大田原市のウド栽培農家を訪ねて話をお聞きしました。
古谷慶一さんは6年前に県からウドの芳香2号を1本300円で50本分けてもらい、それを毎年株分けして増殖、今では1万本を栽培して出荷を続けています。
種苗法が改定されると登録品種は一律自家増殖が禁止になるので、毎年対価を払って許諾を得るか、苗を全て購入しなければならなくなります。
皆さんウドでそのようなことになるとは夢にも思わなかったと驚いていました。
既に高崎市でF1のウドの苗をポットに入れて1本500円で売り出したそうですが、F1は一代限りで 増殖できず誰も購入者はいなかったそうです。
先に成立した農業競争力強化支援法8条4項では、栃木県の優良な育種知見も海外の企業も含む民間に提供するとなっています。
農水省は毎年800種の新品種の育種登録を認めています。
いずれウドも自家増殖禁止になって、民間企業によるF1の品種、ゲノム編集の品種を農家は高い価格で購入せざるを得なくなります。
古谷さんは、ウドでもそうなれば新たに500万円の負担増になるので、農業は続けられないと嘆いていました。
JAなすのウド部会長の助川悦夫さんは、そうなれば昔の品種「紫」に戻るしかないかなと。
もともとウドの登録品種芳香は伝統的な昔ながらの品種である愛知坊主とか紫など7種類の品種に改良を加えたものを栃木県が品種登録したそうです。
各県は農水省の説明で、県独自の開発した権利が海外での流出を免れるメリットがあると考えてるようです。 (長野県JA中央会清水常務談)
栃木県はイチゴなど独自の優良な品種が海外に持ち出されるのを禁止するメリットがあると考えているそうです。
しかしそれは本当に騙されています。
農水省が種子法を廃止する時に、種苗法で守るから大丈夫だと説明して回ったのは記憶に新しいことです。
ところが、種苗法改定では法のたて付けが違うの で種子法のことを入れることはできないとはっきり述べています。
各県が優良な品種の海外流出を防ぐことは、今の種苗法21条4項で刑事告訴も民事の損害賠償も十分できるのです。
農水省はユポフ91年条約加盟国にはできないのではと反論しますが、 加盟国であれば容易に育種登録ができるのでより確実に流出を防げます。
写真はウドの収穫と株(根っこ)を4つに切って増殖するところです。

やはり心配です。2020/3/17山田正彦 Official Blog

(索引:)

(出典:wikipedia
山田正彦(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)
山田正彦(1942-)
山田正彦 Official Blog
検索(山田正彦)

(8条1項)農薬や安全基準は"国際的な標準との調和"(2項)公的機関と民間の連携促進(3項)小規模多様な銘柄は生産性が低いので集約(4項)公的機関が"有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進"(農業競争力強化支援法)

農業競争力強化支援法

【(8条1項)農薬や安全基準は"国際的な標準との調和"(2項)公的機関と民間の連携促進(3項)小規模多様な銘柄は生産性が低いので集約(4項)公的機関が"有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進"(農業競争力強化支援法)】
「農業競争力強化支援法
第八条 国は、良質かつ低廉な農業資材の供給を実現する上で必要な事業環境の整備のため、次に掲げる措置その他の措置を講ずるものとする。
一 農薬の登録その他の農業資材に係る規制について、農業資材の安全性を確保するための見直し、国際的な標準との調和を図るための見直しその他の当該規制を最新の科学的知見を踏まえた合理的なものとするための見直しを行うこと。
二 農業機械その他の農業資材の開発について、良質かつ低廉な農業資材の供給の実現に向けた開発の目標を設定するとともに、独立行政法人の試験研究機関、大学及び民間事業者の間の連携を促進すること。
三 農業資材であってその銘柄が著しく多数であるため銘柄ごとのその生産の規模が小さくその生産を行う事業者の生産性が低いものについて、地方公共団体又は農業者団体が行う当該農業資材の銘柄の数の増加と関連する基準の見直しその他の当該農業資材の銘柄の集約の取組を促進すること。
四 種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること。

農業競争力強化支援法e-Gov 法令検索

(索引:農業競争力強化支援法8条)

種苗法改正は(1)登録品種の海外流出防止のため,栽培地域を制限できるようにし(2)現在,認められている登録品種の自家増殖を許諾制に変更する。(3)個人で懲役10年以下,1000万円以下,法人で3億円以下の罰則を設ける(農林水産省)

登録品種の海外流出防止策

【種苗法改正は(1)登録品種の海外流出防止のため,栽培地域を制限できるようにし(2)現在,認められている登録品種の自家増殖を許諾制に変更する。(3)個人で懲役10年以下,1000万円以下,法人で3億円以下の罰則を設ける(農林水産省)】

登録品種
 (1)購入した登録品種を海外へ持ち出すこと
  (a)登録品種が販売された後に海外に持ち出されることは、現行法上は違法ではない。
  (b)対策:輸出先国又は栽培地域を指定できるようにする
   登録品種について、育成者権者が利用条件(国内利用限定、国内栽培地域限定)を出願時に付した場合は、利用条件に反した行為を育成者権者が制限できることとする。
 (2)登録品種を自家増殖後に海外へ持ち出すこと(違法)
  登録品種が自家増殖された後に海外に持ち出されることは違法であるが、増殖の実態が把握できないため抑止できない。
  (a)農業者の自家増殖は、認められている。
  (b)対策:農業者による増殖は、育成者権者の許諾を必要とする。
   ※育成者権侵害は、流通差止や損害賠償請求等民事上の措置に加え、
   個人:懲役10年以下、罰金1千万円以下
   法人:罰金3億円以下
   の刑罰の対象となる。

 「登録品種の海外流出
1 近年、諸外国で我が国の登録品種が海外に流出。
2 これは、我が国農産物の輸出に影響する。
3 登録品種が販売された後に海外に持ち出されることは、現行法上は違法ではない。
4 登録品種が自家増殖された後に海外に持ち出されることは違法であるが、増殖の実態が把握できないため抑止できない。

出願期限が切れたシャインマスカットが中国・韓国に流出
①外国人と思われる者、非農業者と思われる者に販売
②ホームセンターで登録品種の種苗が不特定多数に販売
(いずれも違法ではない)

紅秀峰が豪州で産地化
①栽培を山形県内に限っていたサクランボ品種「紅秀峰」を県内農業者が増殖
②増殖した種苗を、育成者権者に無断で豪州人に譲渡

輸出先国又は栽培地域を指定できるようにする
・登録品種について、育成者権者が利用条件(国内利用限定、国内栽培地域限定)を出願時に付した場合は、利用条件に反した行為を育成者権者が制限できることとする

・登録品種には
①登録品種であること、
②利用制限を行った場合はその旨の表示を義務づける

農業者の自家増殖にも育成者権の効力が及ぶこととする
・登録品種に限り農業者による増殖は育成者権者の許諾を必要とする
(禁止ではない)

※育成者権侵害は、
流通差止や損害賠償請求等民事上の措置に加え
個人:懲役10年以下、罰金1千万円以下
法人:罰金3億円以下
の刑罰の対象となる。



種苗法の一部を改正する法律案について(農林水産省)種苗法の一部を改正する法律案について(農林水産省)
(索引:登録品種の海外流出)

2020年5月13日水曜日

我が国の農産物の品種には,一般品種と登録品種があり,ほとんどが一般品種となっている。一般品種は,(a)在来種,(b)品種登録されたことがない品種,(c)品種登録期間が切れた品種である。(農林水産省)

一般品種と登録品種

【我が国の農産物の品種には,一般品種と登録品種があり,ほとんどが一般品種となっている。一般品種は,(a)在来種,(b)品種登録されたことがない品種,(c)品種登録期間が切れた品種である。(農林水産省)】
 「我が国の農産物の品種には、一般品種と登録品種があり、ほとんどが一般品種となっている。
一般品種は、①在来種、②品種登録されたことがない品種、③品種登録期間が切れた品種である。」
種苗法の一部を改正する法律案について(農林水産省)種苗法の一部を改正する法律案について(農林水産省)
(索引:一般品種,登録品種)

8.科学技術が巨大化することにより抱える4つの問題:(1)実証性の虚構化(2)研究費への依存性増大による特定領域への偏向(3)研究の細分化と効率性追求による総合的視点の喪失(4)影響の巨大化と研究の私的性格との間の矛盾(高木仁三郎(1938-2000))

科学技術が巨大化がもたらす4つの問題

【科学技術が巨大化することにより抱える4つの問題:(1)実証性の虚構化(2)研究費への依存性増大による特定領域への偏向(3)研究の細分化と効率性追求による総合的視点の喪失(4)影響の巨大化と研究の私的性格との間の矛盾(高木仁三郎(1938-2000))】

(1)実証性の虚構化
 (a)人間的な感覚や思想からの乖離
  科学が、人間的な感覚や思想を通した実証的な営為であることを離れ、従来の実験室的な実証性にもはや依拠しえなくなる。
 (b)コンピュータに依存し過ぎた虚構化
  コンピュータに依存し過ぎた虚構的・観念的な存在になりつつある。
(2)研究費への依存性増大による特定領域への偏向
 (a)政府や官僚、政治家、大資本の影響
  研究が、研究費に大きく依存することになる結果、研究の方向づけが、研究費の分配に直接権限を持っている政府や官僚、政治家、大資本の利害に沿ったものになりやすい。
 (b)研究者の保守保身主義
  研究者も保守保身主義に陥りやすくなる。
(3)研究の細分化と効率性追求による総合的視点の喪失
 (a)研究の細分化
  科学の巨大さの度合いに応じて、個人の担う役割がますます細分化されていく。
 (b)総合的視点の喪失
  その結果、研究の全体性やその意味を、十分見通すことができなくなる。
 (c)科学の歴史、意味、目的を考える教育の軽視
  科学教育も、科学の歴史やその意味を総合的にとらえるといった教育は非効率的なものとされ、個別的な手法や技術をマスターさせることに教育の力点が置かれる。
(4)影響の巨大化と研究の私的性格との間の矛盾
 (a)研究結果の影響の巨大化
  科学上の発明・発見の影響が、人類全体の歩みを変えかねないほどの影響を持つようなことがある。
 (b)研究の私的性格
  それにもかかわらず、その研究が生みだされる実験室・研究室は、相変わらず科学者の私的な砦であるという基本的な性格を変えていない。そこから深刻な問題が生まれてくるように思われる。

 「巨大科学の問題点を考える場合には、大きく分けて四つぐらいの側面からアプローチする必要があると思われます。

その第一は、その扱うべき対象が巨大になり、旧来の実験室的な実証性にもはや依拠しえなくなった故の問題です。これは、科学が人間的な感覚や思想を通した実証的な営為であることを離れた虚構的・観念的な存在になりつつあるという問題としてすでに述べました。大型電算機の導入は、計算能力だけを不調和に増大するという効果により、非実証的な巨大化の傾向を加速しました。

 第二の側面は、科学研究が巨費を要するようになったため、研究費を確保できるか否かが科学者の死命を制するようになり、そのことによって研究の方向づけが決まってしまうということです。

研究が研究費によって支えられるという風潮下にあっては、研究を支えてくれるのは、研究費の分配に直接権限を持っている政府や官僚、政治家、大資本であり、その利害に忠実になるのが一番賢明だという考え方生き方が、知らず知らずのうちに身に付いてきます。

そこで研究者としての立場の利害を守ろうとすれば、どうしても既存の体制に忠実になるという保守保身主義に陥りやすくなります。」(中略)

「たとえば、原子核の研究を行おうとする場合、粒子を高エネルギーに加速し、原子核にぶつけ、原子核を壊して、その内部構造を調べるといった手法が必要となります。それも、時代とともに、ますます大きな重い粒子を高いエネルギーに加速し、高性能の測定装置で測るのでなければ、話しにならなくなります。

 こうして、直径何十メートル、何百メートルさらに、何キロという加速器が必要となり、それに見合った測定系も必要となってきます。

このような実験をなし遂げるには、大きな研究チームが必要です。加速器の運転や保守をする人、測定系の整備・改良を行う人、化学分離や試料の調整をする人、コンピュータの保守にあたる人、といった技術的な側面で研究を支えている人々のうえに、実際の実験や解析を計画し、遂行する「頭脳」の役割をする研究者が数人必要となり、そのうえに一切を統括する責任者がいる、というのが一般的な構造です。」(中略)

 「このような状況から、巨大科学の第三の側面が浮かび上がってきます。それは、巨大さの度合いに応じて、個人の担う役割が細分化され、機械のひとコマとなった個人は、その研究の全体性やその意味について、十分見通すことができなくなるということです。」(中略)

「このような細分化は、すでに科学教育にも大きな影を落としています。「一人前の」研究者・技術者に、若者たちを仕立て上がるためには、科学の歴史やその意味を総合的にとらえるといった教育は非効率的なものとされ、なるべく早いうちから個別的な手法や技術をマスターさせることに教育の力点が置かれます。

マスターすべき細目が増えれば増えるだけ、その負担のため広い視野に立って物を考えるような基礎を養うヒマもなくなるのです。」(中略)

「さて、私が特に強調したい第四の側面は、科学研究の産物が、ひとりひとりの人間にとって巨大なものとなり過ぎた、という点です。

必ずしも巨費を投じたものでなくとも、たとえば遺伝子工学にみられるように、そこから生まれる発明・発見の影響は、人類全体の歩みを変えかねないほどの影響を持つ事柄があまりにも多くなりました。

科学的知識の増大・強化は、一科学者の研究「成果」が、そのまま人類の存続に影響を及ぼすようなレベルにまで及んでいますが、その研究が生みだされる実験室・研究室は、相変わらず一科学者(複数であってももちろんかまわない)の私的な砦であるという基本的な性格を変えていません。そこから深刻な問題が生まれてくるように思えます。」

(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第七巻 市民科学者として生きるⅠ』科学は変わる Ⅲ 原子力の困難(二)、pp.74-77)
(索引:巨大科学技術の問題、実証性の虚構化、特定領域への偏向、総合的視点の喪失)

市民科学者として生きる〈1〉 (高木仁三郎著作集)


(出典:高木仁三郎の部屋
友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ
 「「死が間近い」と覚悟したときに思ったことのひとつに、なるべく多くのメッセージを多様な形で多様な人々に残しておきたいということがありました。そんな一環として、私はこの間少なからぬ本を書き上げたり、また未完にして終わったりしました。
 未完にして終わってはならないもののひとつが、この今書いているメッセージ。仮に「偲ぶ会」を適当な時期にやってほしい、と遺言しました。そうである以上、それに向けた私からの最低限のメッセージも必要でしょう。
 まず皆さん、ほんとうに長いことありがとうございました。体制内のごく標準的な一科学者として一生を終わっても何の不思議もない人間を、多くの方たちが暖かい手を差しのべて鍛え直して呉れました。それによってとにかくも「反原発の市民科学者」としての一生を貫徹することができました。
 反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、全国、全世界に真摯に生きる人々とともにあることと、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信から来る喜びは、小さな困難などをはるかに超えるものとして、いつも私を前に向って進めてくれました。幸いにして私は、ライト・ライブリフッド賞を始め、いくつかの賞に恵まれることになりましたが、繰り返し言って来たように、多くの志を共にする人たちと分かち合うものとしての受賞でした。
 残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならなくなりましたが、せめて「プルトニウム最後の日」くらいは、目にしたかったです。でもそれはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、楽観できないのは、この末期的症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。
 後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な終局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。
 私から一つだけ皆さんにお願いするとしたら、どうか今日を悲しい日にしないでください。
 泣き声や泣き顔は、私にはふさわしくありません。
 今日は、脱原発、反原発、そしてより平和で持続的な未来に向っての、心新たな誓いの日、スタートの楽しい日にして皆で楽しみましょう。高木仁三郎というバカな奴もいたなと、ちょっぴり思い出してくれながら、核のない社会に向けて、皆が楽しく夢を語る。そんな日にしましょう。
 いつまでも皆さんとともに
 高木 仁三郎
 世紀末にあたり、新しい世紀をのぞみつつ」
(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第四巻 プルートーンの火』未公刊資料 友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ、pp.672-674)

高木仁三郎(1938-2000、物理学、核化学)
原子力資料情報室(CNIC)
Citizens' Nuclear Information Center
認定NPO法人 高木仁三郎市民科学基金|THE TAKAGI FUND for CITIZEN SCIENCE
高木仁三郎の部屋
高木仁三郎の本(amazon)
検索(高木仁三郎)
ニュース(高木仁三郎)
高木仁三郎 略歴・業績Who's Whoarsvi.com立命館大学生存学研究センター
原子力市民委員会(2013-)
原子力市民委員会
Citizens' Commission on Nuclear Energy
原子力市民委員会 (@ccnejp) | Twitter
検索(原子力市民委員会)
ニュース(原子力市民委員会)

7.核技術は,まだ技術とは言えない。なぜなら,原子力の火は,つけることはできるが消せない火だからだ。寿命の長い放射能を寿命の短いものにするとか,放射能のないものに変えてしまうという試みは成功していない。(高木仁三郎(1938-2000))

消せない火

【核技術は,まだ技術とは言えない。なぜなら,原子力の火は,つけることはできるが消せない火だからだ。寿命の長い放射能を寿命の短いものにするとか,放射能のないものに変えてしまうという試みは成功していない。(高木仁三郎(1938-2000))】

 「この火を人工的に何とか消してしまおうという試みはありました。

例えば、ある他の核反応をさらに起こさせて寿命の長い放射能を寿命の短いものにしてしまう。そして寿命の短いものにしておいてしばらく待っていると死んでくれるだろうと、或いは放射能のないものに変えてしまうという、錬金術のような事の試みがありましたが、いろいろやっても結局旨くいかない。

つ放射能を消したかと思うと別の放射能が出来てしまう、もぐらたたきのような事をやっていましたね。結局旨くいかない。結局寿命の非常に長い放射能が残ってしまいます。」(中略)

「その消せない火を作り出すという事は、したがって人間がエネルギーの技術を手にしたという事にはならない。

人間がある火を手にしたというのは、その火を付けたいときに付けられるし、消したいときには消せるという事でないといけない。原子力の火は、付けたいときには付けられるようにはなったけれども、消したいときには消せるという点ではまったくこれ零です。出来ない。

そうである以上、これは完成された技術でもないし、人間が頼るべき技術でもない。私はそういう観点から今は確信を持って反対をする。これは事故があってもなくても駄目だと私は思っている。

そのうえに事故というのは人間のやる事ですから起こり得る事です。

チェルノブイリがなくても私はこれは原理的に駄目だと思っています。反対をしなくては、どこかでこの残った消せない火がかならず将来の世代を苦しめる事になると思います。私たちの時代に事故が起こらなかったとしてもね。」

(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第六巻 核の時代/エネルギー』核と人間、pp.380-381)
(索引:点火できるが消せない火)

核の時代・エネルギー (高木仁三郎著作集)


(出典:高木仁三郎の部屋
友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ
 「「死が間近い」と覚悟したときに思ったことのひとつに、なるべく多くのメッセージを多様な形で多様な人々に残しておきたいということがありました。そんな一環として、私はこの間少なからぬ本を書き上げたり、また未完にして終わったりしました。
 未完にして終わってはならないもののひとつが、この今書いているメッセージ。仮に「偲ぶ会」を適当な時期にやってほしい、と遺言しました。そうである以上、それに向けた私からの最低限のメッセージも必要でしょう。
 まず皆さん、ほんとうに長いことありがとうございました。体制内のごく標準的な一科学者として一生を終わっても何の不思議もない人間を、多くの方たちが暖かい手を差しのべて鍛え直して呉れました。それによってとにかくも「反原発の市民科学者」としての一生を貫徹することができました。
 反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、全国、全世界に真摯に生きる人々とともにあることと、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信から来る喜びは、小さな困難などをはるかに超えるものとして、いつも私を前に向って進めてくれました。幸いにして私は、ライト・ライブリフッド賞を始め、いくつかの賞に恵まれることになりましたが、繰り返し言って来たように、多くの志を共にする人たちと分かち合うものとしての受賞でした。
 残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならなくなりましたが、せめて「プルトニウム最後の日」くらいは、目にしたかったです。でもそれはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、楽観できないのは、この末期的症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。
 後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な終局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。
 私から一つだけ皆さんにお願いするとしたら、どうか今日を悲しい日にしないでください。
 泣き声や泣き顔は、私にはふさわしくありません。
 今日は、脱原発、反原発、そしてより平和で持続的な未来に向っての、心新たな誓いの日、スタートの楽しい日にして皆で楽しみましょう。高木仁三郎というバカな奴もいたなと、ちょっぴり思い出してくれながら、核のない社会に向けて、皆が楽しく夢を語る。そんな日にしましょう。
 いつまでも皆さんとともに
 高木 仁三郎
 世紀末にあたり、新しい世紀をのぞみつつ」
(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第四巻 プルートーンの火』未公刊資料 友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ、pp.672-674)

高木仁三郎(1938-2000、物理学、核化学)
原子力資料情報室(CNIC)
Citizens' Nuclear Information Center
認定NPO法人 高木仁三郎市民科学基金|THE TAKAGI FUND for CITIZEN SCIENCE
高木仁三郎の部屋
高木仁三郎の本(amazon)
検索(高木仁三郎)
ニュース(高木仁三郎)
高木仁三郎 略歴・業績Who's Whoarsvi.com立命館大学生存学研究センター
原子力市民委員会(2013-)
原子力市民委員会
Citizens' Commission on Nuclear Energy
原子力市民委員会 (@ccnejp) | Twitter
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ニュース(原子力市民委員会)

自由で批判的で公開的な討論とは異なる,世論という社会現象は,ときに過ち,操作され演出され計画され,自由の脅威ともなる。だが,しばしば政府より賢明であり,正義と道徳的価値を言い当てる。ただし条件がある。(カール・ポパー(1902-1994))

世論

【自由で批判的で公開的な討論とは異なる,世論という社会現象は,ときに過ち,操作され演出され計画され,自由の脅威ともなる。だが,しばしば政府より賢明であり,正義と道徳的価値を言い当てる。ただし条件がある。(カール・ポパー(1902-1994))】

(1)自由で批判的で公開的な討論
 世論は、正義の問題や他の道徳的テーマについての討論を含めて、学問において生じている自由で批判的で公開的な討論からは区別される。
(2)一つの社会現象としての世論
 (a)自由で批判的で公開的な討論によって、世論はたしかに影響される。
 (b)しかし、討論の成果として、世論が出現してくるわけではない。
 (c)また、討論によって世論を押さえつけられるものでもない。
(3)世論の否定的な側面
 (3.1)世論が真理と誤謬の裁判官ではない
  世論が、神の声として、真理と誤謬についての裁判官として、承認されることはあってはならない。
 (3.2)世論は操作され、演出され、計画される
  残念なことに世論は操作され、演出され、また計画される。
 (3.3)世論が自由にとっての脅威となることもある
  強固な自由主義の伝統による束縛を受けないならば、世論は、自由にとっての脅威となる。世論は趣味の問題の裁判官としては、危険なものなのである。
(4)世論の否定的な側面の克服
 (4.1)自由主義の伝統の強化
  これらすべての脅威に対してわれわれは、自由主義の伝統を強化することによってのみ対抗し得る。また、この自由主義を守るということにおいて、すべての人は共同することができる。
 (4.2)世論の積極的な側面
  (a)世論はしばしば政府より賢明
   世論は、確かに、政府などよりはしばしば啓発されていて賢明である。
  (b)世論は、正義と道徳的価値を言い当てる
   また世論は、往々にして、正義と他の道徳的価値にかんする啓発された裁判官でもある。

 「まとめておきましょう。
 「世論」と呼ばれている、かのいくぶん曖昧でまさに把握し難いものは、たしかに政府などよりはしばしば啓発されていて賢明でもありますが、強固な自由主義の伝統による束縛を受けないならば、自由にとっての脅威を意味します。世論が、神の声(vox dei)として、真理と誤謬についての裁判官として、承認されることはあってはなりませんが、世論は、往々にして、正義と他の道徳的価値にかんする啓発された裁判官です。(イギリス植民地における奴隷の解放)。世論は趣味の問題の裁判官としては危険なものです。残念なことに世論は「操作」され、「演出」され、また「計画」されるものです。これらすべての脅威に対してわれわれは、自由主義の伝統を強化することによってのみ対抗しうるのであり、またこうした意図のもとで各人は共同することができます。
 世論は、正義の問題や他の道徳的テーマについての討論を含めて、学問において生じている(あるいは生じるべき)自由で批判的で公開的な討論からは区別されるべきものです。こうした討論によって世論はたしかに影響されますが、世論は討論の成果として出現してくるのでもなければ、討論によって押さえつけられるものでもありません。」
(カール・ポパー(1902-1994),『よりよき世界を求めて』,第2部 歴史について,第11章 自由主義の原則に照らしてみた世論,8 まとめ,p.252,未来社(1995),小河原誠,蔭山泰之,(訳))
(索引:自由主義,世論)

よりよき世界を求めて (ポイエーシス叢書)


(出典:wikipedia
カール・ポパー(1902-1994)の命題集(Propositions of great philosophers)  「あらゆる合理的討論、つまり、真理探究に奉仕するあらゆる討論の基礎にある原則は、本来、《倫理的な》原則です。そのような原則を3つ述べておきましょう。
 1.可謬性の原則。おそらくわたくしが間違っているのであって、おそらくあなたが正しいのであろう。しかし、われわれ両方がともに間違っているのかもしれない。
 2.合理的討論の原則。われわれは、ある特定の批判可能な理論に対する賛否それぞれの理由を、可能なかぎり非個人的に比較検討しようと欲する。
 3.真理への接近の原則。ことがらに即した討論を通じて、われわれはほとんどいつでも真理に接近しようとする。そして、合意に達することができないときでも、よりよい理解には達する。
 これら3つの原則は、認識論的な、そして同時に倫理的な原則であるという点に気づくことが大切です。というのも、それらは、なんと言っても寛容を合意しているからです。わたくしがあなたから学ぶことができ、そして真理探究のために学ぼうとしているとき、わたくしはあなたに対して寛容であるだけでなく、あなたを潜在的に同等なものとして承認しなければなりません。あらゆる人間が潜在的には統一をもちうるのであり同等の権利をもちうるということが、合理的に討論しようとするわれわれの心構えの前提です。われわれは、討論が合意を導かないときでさえ、討論から多くを学ぶことができるという原則もまた重要です。なぜなら討論は、われわれの立場が抱えている弱点のいくつかを理解させてくれるからです。」
 「わたくしはこの点をさらに、知識人にとっての倫理という例に即して、とりわけ、知的職業の倫理、つまり、科学者、医者、法律家、技術者、建築家、公務員、そして非常に重要なこととしては、政治家にとっての倫理という例に即して、示してみたいと思います。」(中略)「わたくしは、その倫理を以下の12の原則に基礎をおくように提案します。そしてそれらを述べて〔この講演を〕終えたいと思います。
 1.われわれの客観的な推論知は、いつでも《ひとりの》人間が修得できるところをはるかに超えている。それゆえ《いかなる権威も存在しない》。このことは専門領域の内部においてもあてはまる。
 2.《すべての誤りを避けること》は、あるいはそれ自体として回避可能な一切の誤りを避けることは、《不可能である》。」(中略)「
 3.《もちろん、可能なかぎり誤りを避けることは依然としてわれわれの課題である》。しかしながら、まさに誤りを避けるためには、誤りを避けることがいかに難しいことであるか、そして何ぴとにせよ、それに完全に成功するわけではないことをとくに明確に自覚する必要がある。」(中略)「
 4.もっともよく確証された理論のうちにさえ、誤りは潜んでいるかもしれない。」(中略)「
 5.《それゆえ、われわれは誤りに対する態度を変更しなければならない》。われわれの実際上の倫理改革が始まるのは《ここにおいて》である。」(中略)「
 6.新しい原則は、学ぶためには、また可能なかぎり誤りを避けるためには、われわれは《まさに自らの誤りから学ば》ねばならないということである。それゆえ、誤りをもみ消すことは最大の知的犯罪である。
 7.それゆえ、われわれはたえずわれわれの誤りを見張っていなければならない。われわれは、誤りを見出したなら、それを心に刻まねばならない。誤りの根本に達するために、誤りをあらゆる角度から分析しなければならない。
 8.それゆえ、自己批判的な態度と誠実さが義務となる
 9.われわれは、誤りから学ばねばならないのであるから、他者がわれわれの誤りを気づかせてくれたときには、それを受け入れること、実際、《感謝の念をもって》受け入れることを学ばねばならない。われわれが他者の誤りを明らかにするときは、われわれ自身が彼らが犯したのと同じような誤りを犯したことがあることをいつでも思い出すべきである。」(中略)「
 10.《誤りを発見し、修正するために、われわれは他の人間を必要とする(また彼らはわれわれを必要とする)ということ》、とりわけ、異なった環境のもとで異なった理念のもとで育った他の人間を必要とすることが自覚されねばならない。これはまた寛容に通じる。
 11.われわれは、自己批判が最良の批判であること、しかし《他者による批判が必要な》ことを学ばねばならない。それは自己批判と同じくらい良いものである。
 12.合理的な批判は、いつでも特定されたものでなければならない。それは、なぜ特定の言明、特定の仮説が偽と思われるのか、あるいは特定の論証が妥当でないのかについての特定された理由を述べるものでなければならない。それは客観的真理に接近するという理念によって導かれていなければならない。このような意味において、合理的な批判は非個人的なものでなければならない。」
(カール・ポパー(1902-1994),『よりよき世界を求めて』,第3部 最近のものから,第14章 寛容と知的責任,VI~VIII,pp.316-317,319-321,未来社(1995),小河原誠,蔭山泰之,(訳))

カール・ポパー(1902-1994)
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2020年5月11日月曜日

支援者と資金が力の源泉である議員と,議員とのコネと影響力が欲しい大企業の幹部とは,潜在的に親しくなりやすい。誰しも,日常的に交際する人々の世界観から影響を受ける。かくして"不正なし"の政治腐敗が出現する。(ロバート・ライシュ(1946-))

不正なしの政治腐敗

【支援者と資金が力の源泉である議員と,議員とのコネと影響力が欲しい大企業の幹部とは,潜在的に親しくなりやすい。誰しも,日常的に交際する人々の世界観から影響を受ける。かくして"不正なし"の政治腐敗が出現する。(ロバート・ライシュ(1946-))】

(1)政治家
 (1.1)人脈は力なり
  例えば、金融業界や企業の役員あてに、コーヒーでも飲みましょうと声をかける。やがて、彼はこの重役を通じて、その友人や仕事仲間、同僚、所属する社交クラブや理事会といった裕福な人々のネットワークへのアクセスを獲得する。
 (1.2)資金は力なり
  選挙資金を寄付してもらえるかもしれないし、もらいないかもしれない。しかし、やがて寄付してもらえるだろう。そして、新しく知人になった人々も献金してくれるようになり、さらに新たな友人知人につないでくれるようになる。
 (1.3)日常的に交際する人々の世界観、提案、課題の影響
  この議員が富裕層ネットワークの中ではてしなく繰り広げられる社交に加わることで、必然的に、彼の世界観は影響を受ける。このようにして彼は、似たような提案、似たような懸念や優先的課題を聞くことになる。
 (1.4)普通の人々の考えは、届きにくい
  議員は、普通の人々のことは、世論調査の専門家や地元選挙区で時折行う演説会などを通して知る。しかし、彼もすでに居心地の良い世界に慣れてしまっているため、そのような社会問題に真剣に取り組もうとはしない。
(2)大企業の役員
 (2.1)人脈が力なり
  その役員にとってこのお茶飲みイベントの最大の価値は、彼がワシントンの大物議員に一目置かれているということを他の人に示すことができる点である。議員とのティータイム懇談を収めたサイン付きの写真は、役員の部屋の壁に飾られることになる。
 (2.2)影響力があるように見えること
  世間から、政界にコネを持つ人物、影響力を持つ人物と見なされたのだ。このような評判は、役員である彼にとって社会的に重要で、何より経済的に重要だ。彼と取引する人たちに、思ったことは何でも実現してしまう人物だという印象を与えることができるからだ。得意先や顧客、サプライヤー、債権者、投資家などとの今後の取引を、とてもやりやすくするのである。
(3)普通の人々
 普通の人々は議員とお茶を飲んだり食事をすることはないし、自分たちが社会をどう見ているかを、気さくな会話を通して、あるいは個人的な話を織り交ぜたりして、議員に直接繰り返し話すこともない。普通の人々は「彼らなりの」不安や懸念を、政治家の耳に継続的に届けることはできないのだ。

 「今日の政策における政治腐敗の実態は、あからさまな賄賂や特定の票につながる献金のように、はっきりとした形をとることはほとんどない。例えば、議会の重要な委員会の長から、金融業界や企業の役員あてに、コーヒーでも飲みましょうと声がかかる。この招待は、企業役員にとっては何でもないことだし、あるいはその役員のほうから議員に頼んでそうするかもしれない。いずれにしても、その役員にとってこのお茶飲みイベントの最大の価値は、彼がワシントンの大物議員に一目置かれているということを他の人に示すことができる点である。議員とのティータイム懇談を収めたサイン付きの写真は、役員の部屋の壁に飾られることになる。その議員から個人的な礼状が届いた日には、これみよがしに自慢もできる。
 このことは、この役員にとって計り知れない意味を持つ。彼は、今や政権の「側近」に近づくことができる有力者だ。世間から、政界にコネを持つ人物、影響力を持つ人物と見なされたのだ。このような評判は、役員である彼にとって社会的に重要で、何より経済的に重要だ。彼と取引する人たちに、思ったことは何でも実現してしまう人物だという印象を与えることができるからだ。そういう印象が本当かどうかは、この際関係ない。影響力があるように見えることが、得意先や顧客、サプライヤー、債権者、投資家などとの今後の取引を、とてもやりやすくするのである。
 議員のほうは、その見返りに、リッチな重役から選挙資金を寄付してもらえるかもしれないし、もらいないかもしれない。しかし政治家としてこの取引のポイントは、献金ではない。彼はこの重役を通じて、その友人や仕事仲間、同僚、所属する社交クラブや理事会といった裕福な人々のネットワークへのアクセスを獲得できるのだ。今後、この重役は機会が訪れれば、自分の友人や知人を議員に紹介するだろう。そのうち、彼から直接、朝食やお茶、晩さん会、ゴルフの誘いが届くようになる。そうこうするうちに、新しく知人になった人々が献金してくれるようになり、さらに新たな友人知人につないでくれるようになる。
 このことで、政策や法律や投票行動がすぐさま金持ちたちの意のままに変わるわけではない。しかし、この議員が富裕層ネットワークの中ではてしなく繰り広げられる社交に加わることで、必然的に、彼の世界観は影響を受ける。このようにして彼は、似たような提案、似たような懸念や優先的課題を聞くことになる。裕福な人々は、当然ながら自分たちの声を一つにまとめて主張することはしないが、互いに幅広い範囲で考え方を共有している。社会的に恵まれない人々からの声は、政治家のところには間接的・抽象的にしか届いていない。彼らは議員とお茶を飲んだり食事をすることはないし、自分たちが社会をどう見ているかを、気さくな会話を通して、あるいは個人的な話を織り交ぜたりして、議員に直接繰り返し話すこともない。普通の人々は「彼らなりの」不安や懸念を、政治家の耳に継続的に届けることはできないのだ。議員は、そういうことは世論調査の専門家や地元選挙区で時折行う演説会などを通して知る。しかし、彼もすでに居心地の良い世界に慣れてしまっているため、そのような社会問題に真剣に取り組もうとはしない。このように富裕層ネットワークは、必ずしも政治家の法案への投票行動を買うわけではないが、政治家の心を手なずけてしまうのである。」
(ロバート・ライシュ(1946-)『余震』(日本語名『余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる』)第2部 反動、第17章 富が集中するように仕組まれたゲーム、pp.131-133、東洋経済新報社 (2011)、雨宮寛・今井章子(訳))
(索引:不正なしの政治腐敗)

余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる

(出典:wikipedia
ロバート・ライシュ(1946)の命題集(Propositions of great philosophers) 「国家や政府は人間が作ったものであり、法律も企業もそして野球だって人間が作ったものだ。同じように市場も人間の産物である。他のシステムと同じく市場の構築の仕方にもさまざまな方法があるが、それがどう作られようと、人々のやる気や市場のルールによって生まれてくる。理想的には、ルールによって人々が働いたり協力しあう気になり、生産的で創造的でありたいと動機づけされるのが望ましい。つまり、ルールが人々が望む暮らしの実現を手助けするのである。ルールはまた、人々の倫理観や、何が良くて立派で、何が公平かについての判断基準をも映し出す。そしてルールは不変ではなく、時間の経過とともに変わっていく。願わくば、ルールにかかわる人のほとんどが、より良くより公平だと思う方向へ――。だが、常にそうなるとは限らない。ある特定の人々が自分たちを利するようにルールを変える力を得たことによっても、ルールは変わりうるからだ。これがこの数十年の間に、米国や他の多くの国々で起こったことである。
 私的所有独占への制限契約不履行に対処するための破産などの手段ルールの執行といった事柄は、いかなる市場にも必須の構成要素だ。資本主義と自由企業体制にはこれらが必要なのだ。だがこの要素の一つひとつを、多くの人ではなく、ひと握りの人々を利するように捻じ曲げることも可能である。」(中略)「経済的支配力が、政治的権力を増大させ、政治的権力がさらに経済的支配力を拡大させる。大企業と富裕層が市場を構築する政治の仕組みに影響を与え、彼らがその政治的決定によって最も恩恵を受けるという状況は加速するばかりだ。こうして彼らの富は増強され、その富によってますます、将来発生する決断事項への影響力を得ていくのである。」(中略)「拡大する不平等は「自由市場」の構成要素そのものにしっかりと焼き込まれている。グローバル化と技術革新がなくても減税や補助金がなくても、国民総所得のうち、企業と、企業収益に自分の所得が連動する重役たちや投資家に振り分けられる割合は、労働者層に向う割合よりも、相対的に増加している。こうして悪循環が勝手に成立していくのである。」
(ロバート・ライシュ(1946-)『資本主義を救う』(日本語名『最後の資本主義』)第1部 自由市場、第9章 まとめ――市場メカニズム全般、pp.108-111、東洋経済新報社 (2016)、雨宮寛・今井章子(訳))

ロバート・ライシュ(1946-)
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企業利益の主要な源泉が,大量の消費者を獲得できるアイディアに変化し,労働力への依存度が減少,比較的単純な仕事の担い手は,交換可能な部品,消耗品とみなされ,仕事の意義を見失い,同僚との結びつきも希薄化する。(ジグムント・バウマン(1925-2017))

仕事の意味が変わった

【企業利益の主要な源泉が,大量の消費者を獲得できるアイディアに変化し,労働力への依存度が減少,比較的単純な仕事の担い手は,交換可能な部品,消耗品とみなされ,仕事の意義を見失い,同僚との結びつきも希薄化する。(ジグムント・バウマン(1925-2017))】

(1)企業の利益の主要な源泉の変化
 (a)アイディアへの依存
  物質的対象というよりも、ますますアイディアになってきている。
 (b)消費者への依存
  アイディアは、多くの人々に依存しながら富を生み続けるのであり、生産者に依存することはない。資本はその競合性・有効性・収益性に関しては消費者に依存している。
 (c)消費者を作り出すということ
  「消費者を生産する」可能性、つまり手持ちのアイディアに対する需要を生み出し、それを増大させる可能性に導かれている。
(2)企業の利益の主要な源泉の変化の影響
 (2.1)労働力への依存度の減少
  資本の移動を計画し、その転位を促すにあたっては、労働力の依存はせいぜい二次的な意味しかもたないのである。その結果、ローカルな労働力が資本に対して、もっと一般的にいえば雇用条件と仕事の可能性に対して「保持する権力」は、かなり縮小したわけである。
 (2.2)仕事の類型と、仕事への影響
  (a)アイディアを生み出す仕事
   アイディアを生み出し、それを望ましいもの、売却可能なものにするやり方を発明する人々である。
  (b)労働の再生産の仕事
   教育者や、福祉国家のさまざまな職員たちのように、労働の再生産に従事する人々である。
  (c)サービスの受け手に対する対面的な接触が必要な仕事
   製品の売り手たちと、製品に対する欲望を効果的に演出するような人々が含まれる。
  (d)それ以外の仕事
   (i)単純な仕事
    組み立てラインや、最新の環境においてはコンピュータ・ネットワークや、レジ打ち機のように電子的に自動化された装置に結びつけられている人たちである。
   (ii)交換可能な部品、消耗品
    こうした人たちは最も消耗品扱いされ、使い捨て可能とされ、経済システムの交換可能な部品と見なされる。
   (iii)仕事への愛着と同僚との結びつきが希薄化、仕事に大切な価値を見い出しにくい
    その結果、自らの仕事に愛着をもって肩入れすることや、同僚との持続的な関係をもつことに、たいして重要性を感じていない。彼れはどんな仕事場でも忠誠を尽くすこと、投影された仕事場の未来に自らの人生目標をしるすといったことには慎重になる傾向があるのである。

「利益の主要な源泉――特に大きな利益の、したがってまた未来の資本の源泉――は、《物質的対象》というよりもますます《アイディア》になってきている。アイディアは一度だけ生み出され、その後で購買者/顧客/消費者として関わる多くの人々に依存しながら富を生み続けるのであり、商品の原型を繰り返し生産することに従事する多くの人々、つまり生産者に依存することはない。アイディアから利益を得ることが問題となるときには、競合する相手は消費者であり、生産者ではないのである。したがって、今日資本が関わりをもつのは主に消費者であるということには何の不思議もない。そしてこの関係においてだけ、「相互依存」について有意味な話ができるのである。資本はその競合性・有効性・収益性に関しては消費者に依存しているのであり、その回転率は消費者のあるなしと、「消費者を生産する」可能性、つまり手持ちのアイディアに対する需要を生み出し、それを増大させる可能性に導かれている。資本の移動を計画し、その転位を促すにあたっては、労働力の依存はせいぜい二次的な意味しかもたないのである。その結果、ローカルな労働力が資本に対して、もっと一般的にいえば雇用条件と仕事の可能性に対して「保持する権力」は、かなり縮小したわけである。
 現在、経済活動に従事している人々は大まかに四つの大きなカテゴリーに分類できるとロバート・ライシュが示唆している。「シンボル操作をおこなう者」、つまりアイディアを生み出し、それを望ましいもの、売却可能なものにするやり方を発明する人々が、第一のカテゴリーを形成する。また労働の再生産に従事する人々(教育者と、福祉国家のさまざまな職員たち)が、第二のカテゴリーに属する。第三のカテゴリーは、サービスの受け手に対する対面的な接触が必要となる「対人サービス」(ジョン・オニールが「スキントレード」と類別したような職業)で雇われている人々を指す。製品の売り手たちと、製品に対する欲望を効果的に演出するような人たちが、このカテゴリーの大部分をなしている。そして最後に第四のカテゴリーだが、これはここ一世紀半にわたって労働運動の「社会的下位階層」を形成してきた人たち属するものである。彼らは、ライシュの言葉でいえば「単純作業労働者」であり、組み立てラインや、最新の環境においてはコンピュータ・ネットワークや、レジ打ち機のように電子的に自動化された装置に結びつけられている人たちである。こうした人たちは最も消耗品扱いされ、使い捨て可能とされ、経済システムの交換可能な部品と見なされる存在である。彼らの仕事には、特別な技術も顧客との社会的相互行為の技法も必要とされない。それゆえに、彼らは最も容易に取り替えられ、あったとしても余分で取るに足らない交渉能力しかもっていないとされるのである。また彼らは自分たちが使い捨て可能と見なされていることを自覚しているがゆえに、自らの仕事に愛着をもって肩入れすることや、同僚との持続的な関係をもつことに、たいして重要性を感じていない。彼れはどんな仕事場でも忠誠を尽くすこと、投影された仕事場の未来に自らの人生目標をしるすといったことには慎重になる傾向があるのである。」
(ジグムント・バウマン(1925-2017)『個人化社会』第1章 労働の隆盛と衰退、pp.42-43、青弓社 (2008)、菅野博史(訳))
(索引:労働,仕事の意味)

個人化社会 (ソシオロジー選書)


(出典:wikipedia
ジグムント・バウマン(1925-2017)の命題集(Propositions of great philosophers) 「批判的思考の課題は「過去を保存することではなく、過去の希望を救済することである」というアドルノの教えは、その今日的な問題性をいささかなりとも失ってはいない。しかしまさしくその教えが今日的な問題性を持つのが急激に変化した状況においてであるがゆえに、批判的思考は、その課題を遂行するために、絶え間ない再考を必要とするものとなる。その再考の検討課題として、二つの主題が最高位に置かれなければならない。
 第一に、自由と安定性(セキュリティ)のあいだの許容しうるバランスをうまく作り出すことへの希望と可能性である。これら二つの、両立できるかどうか自明ではないとはいえ、等しくきわめて重要な人間社会の必須の(sine qua non)条件が、再考の努力の中心に置かれる必要がある。そして第二に、至急救い出される必要がある、過去に存在した数々の希望のなかでも、カント自身の「瓶に詰められたメッセージ」として保持されてきたもの、つまりカントの『世界市民的見地における一般史の構想』は、メタ希望としての地位を正当にも主張しうるものだということである。つまりそれは、希望するという果敢な振る舞いそのものを可能にすることができる――するであろう、すべきである――ような希望である。自由と安定性のあいだにいかなる新しいバランスを作ることが探究されるとしても、それは、地球規模のスケールで構想される必要がある。」
(ジグムント・バウマン(1925-2017)『液状不安』第6章 不安に抗する思考、pp.256-257、青弓社 (2012)、澤井敦(訳))

ジグムント・バウマン(1925-2017)
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3怒りの表出を伴う否定的裁可は、相手に恐怖を喚起する。これは、危険からの逃走、敵への攻撃という基盤を持つ感情のため効果的であるが、対抗的な怒りを生み、連帯を促進しない悪循環を生み出す可能性もある。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

否定的裁可

【怒りの表出を伴う否定的裁可は、相手に恐怖を喚起する。これは、危険からの逃走、敵への攻撃という基盤を持つ感情のため効果的であるが、対抗的な怒りを生み、連帯を促進しない悪循環を生み出す可能性もある。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】


否定的裁可
 (1)怒りの表出
  相手側が期待に適うことができなかったことに対する、当事者の怒りあるいはこの感情の変種を含んでいる。
 (2)恐怖の喚起
  間違いをした側に、恐怖心あるいはこの感情の変種を喚起する。
 (3)否定的裁可の効果
  否定的裁可は、ほとんどの哺乳類において原基的な感情である、怒りと恐れの感情を利用しているため、非常に効果的である。
  (a)恐怖
   恐怖心をもたない動物は、まもなく選択から除外される。
  (b)怒り
   防衛的攻撃を動員する能力をもたない動物は、逃げのびて退避できない場合に、捕食者の歯牙にかかって死ぬ運命にあるからである。
 (4)否定的裁可の問題点
  否定的裁可は、恐れを喚起するだけでなく、しばしば対抗的な怒りを生む。そのため、否定的裁可は連帯を促進しない怒り-恐れ-怒りという複雑な循環を生みだす可能性がある。

 「否定的裁可は非常に効果的である。

というのも、否定的裁可はほとんどの哺乳類において原基的な感情――反感-恐れと不平-攻撃――の活性化に頼っているからである。これらの感情がもっとも原基的である。

なぜなら、恐怖心をもたない動物はまもなく選択から除外され、そして防衛的攻撃を動員する能力をもたない動物は逃げのびて退避できない場合に、捕食者の歯牙にかかって死ぬ運命にあるからである(Le Doux 1991,1993a,1993b,1996)。

ゆえに否定的裁可は、相手側が期待に適うことができなかったことに対する当事者の怒り(あるいはこの感情の変種)を含んでいる。

そして行動の変更を行わせる裁可の力は、間違いをした側に恐怖心(あるいはこの感情の変種)を喚起する能力である。

しかし否定的裁可につきまとう問題は、それが最小限の感情結合(恐れと怒り)にしか基づいていないということである。さらに、他の個体を裁可するためにある個体の怒りを利用することは恐れを喚起するだけでなく、しばしば対抗的な怒りを生む。そのため、否定的裁可は連帯を促進しない怒り-恐れ-怒りという複雑な循環を生みだす可能性がある(Turner 1995,1996a)。」

(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第2章 選択力と感情の進化、pp.69-70、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:感情の進化,選択圧,否定的裁可,怒り,恐れ)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学


(出典:Evolution Institute
ジョナサン・H・ターナー(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『社会という檻』第8章 人間は社会的である、と考えすぎることの誤謬、pp.276-277、明石書店 (2009)、正岡寛司(訳))

ジョナサン・H・ターナー(1942-)
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2.人類の祖先は元来、弱い結合、移動、自律を好んだが、社会性と集団構造という選択圧により、感情エネルギーを確実に生成し、様々な場面で、焦点、感情状態、連帯を維持するために、儀礼を使用する能力を獲得した。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))

感情エネルギーの動員と経路づけ

【人類の祖先は元来、弱い結合、移動、自律を好んだが、社会性と集団構造という選択圧により、感情エネルギーを確実に生成し、様々な場面で、焦点、感情状態、連帯を維持するために、儀礼を使用する能力を獲得した。(ジョナサン・H・ターナー(1942-))】

感情エネルギーの動員と経路づけ
 (1)動物の儀礼
  他の動物も儀礼を使うが、しかし彼らのそれは神経学的に固定した形で配線され、そして求愛、配偶、性的争い、縄張り保全他の非常に基本的な活動に限られている。
 (2)人間の儀礼
  人間は、様々な場面で儀礼を使用し、そしてそれらを、焦点、感情状態、連帯を維持するために活用する。しかし、なぜ儀礼が必要となったのかが問題である。
 (3)人類の祖先は元来、弱い結合、移動、自律を好んだ
  (a)人類の祖先は元来、弱い結合、移動、自律を好んだ。そのため、必要な水準のエネルギーを確実に生成するために、儀礼を使用する必要に迫られた。
  (b)固体主義と集合主義の二元性の由来
   以上が、固体主義と集合主義の二元性の由来である。一方で、自由、自律を重んじ、他者の権威、束縛、統制に反抗する。もう一方で、連帯性、親密性、共同体などの結合関係を渇望する。

 「他の動物も儀礼を使うが、しかし彼らのそれは神経学的に固定した形で配線され、そして求愛、配偶、性的争い、縄張り保全他の非常に基本的な活動に限られている。

それとは対照的に、人間は相互作用の《それぞれの、またすべての》エピソードにおいて儀礼を使用し、そしてそれらを、焦点、感情状態、連帯を維持するために活用する必要がある。

ハーバート・スペンサー(H. Spencer,1874-96)とエミール・デュルケム(Durkheim 1912)は、ずっと以前に社会生活のこの事実を認識していた。

そしてほとんどの対人理論は儀礼活動のモデルをそれぞれの概念化に取り込んでいるが、しかしそのいずれも、《なぜ》儀礼が人間の相互作用にこれほどまで普及し、際だっているかということに疑問を差しはさんでいないように思われる。

 その答えは、われわれ祖先が弱い結合、移動、自律と低い社会性を好んだことのうちにあるとわたしは確信している。

ヒト科の脳は種々の感情を動員する能力を増強するために変更を余儀なくされたが、しかし選択は低い社会性という原初的傾向を一掃することはしなかった。むしろ進化上の証拠は、低位水準の社会性と連帯という元来の傾向の上に、感情エネルギーを動員し、そして必要な水準のエネルギーを確実に生成するために儀礼を使用できる拡張せられた能力が積み重ねられたにすぎないことを示唆している。

ゆえに人間は二つの心から成り立っている。一つは感情エネルギーを動員するために儀礼をわれわれに使わせようとする心であり、もう一つはわれわれ類人猿の祖先の傾向を主張する心である。

 この二元性が人間の社会的配置とイデオロギーに映しだされる。一方でわれわれは連帯性、親密性、共同体(community)他の結合関係を渇望し、もう一方でわれわれは他者の権威、束縛、統制に反抗する。

われわれは集合主義的イデオロギーを構築するが、しかし結局のところ、われわれは類人猿の祖先に押しつけるその束縛にわれわれは憤慨する。われわれは自由、自律、個体主義、そして利己主義を享受しながら、しかしなにか――社会的連帯の結合――を欠いていると感じる。

この二元性と、それが保持している恒常的な弁証法とが、われわれの神経学的特徴の一部分であると考えられるのである。だから、あらたな選択圧がわれわれの種を別の方向に連れていかない限り、われわれはこの二元性とともに歩むことを運命づけられているのである。

 わたしがこの二元性に言及する要点は、ヒト科の場合、エネルギーを動員する新しい方法がどれほど不安定であったかということである。選択はあらたな存在を創造したのではなく、われわれ類人猿の祖先の遺産の半分だけを新しいものに取り替えたのである。だからその遺産はわれわれとともにあり、それが消えてなくなる可能性は低い。

したがって人間は連帯を追求する熱狂的なマニアではない。彼らは、《必要なときだけ》、結合を動員するために儀礼を利用することのできる動物になったのである。」


(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『感情の起源』第2章 選択力と感情の進化、pp.64-65、明石書店 (2007)、正岡寛司(訳))
(索引:選択力,感情の進化,儀礼,感情エネルギー)

感情の起源 ジョナサン・ターナー 感情の社会学


(出典:Evolution Institute
ジョナサン・H・ターナー(1942-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
(ジョナサン・H・ターナー(1942-)『社会という檻』第8章 人間は社会的である、と考えすぎることの誤謬、pp.276-277、明石書店 (2009)、正岡寛司(訳))

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